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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十六章~孤島の半人半鳥~
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第二百二十話  海賊襲撃


 集落の中に他の小屋よりも大きめの小屋がある。中には少し大きめの円卓と無数の椅子が置かれており、雰囲気からして集会場のようだ。そこでベガンと数人のセイレーンが円卓を囲んで話し合っている。会話の内容は勿論、ダークたちと共闘して海賊と戦うかどうかについてだ。

 ベガンは真剣な表情を浮かべながら周りのセイレーンたちを見ており、他のセイレーンたちも真剣な表情でベガンを見ている。集まっているベガン以外のセイレーンたちは皆、集落でもそれなりの地位を持つセイレーンたちだった。


「……では、お前たちは彼らと共闘することに反対なんだな?」

「当然よ。アイツらも海賊たちと同じ人間なのよ? 信用できないわ」

「そうだ、最後には手の平を返して自分たちの言うことを聞けって言ってくるに決まっている」


 ベガンの向かいの席についている二人のセイレーンが僅かに力の入った声でダークたちと共闘ことに反対する。彼女たちの近くにいるセイレーンも同じ気持ちなのか、真剣な表情を浮かべて頷いた。


「彼らは我々が協力を拒んでも強要はしないと言っていた、それはさっきも話しただろう。それに海賊たちが百人近くの人数で攻めてくるのなら、今の我々の戦力では勝ち目は無い。海賊たちに勝つためにも彼らの力を借りるべきだ」

「確かにそうね、奴らは私たちの切り札である歌の対策もしてきているし、今のままでは勝つのは難しいかもね」


 ダークたちは信用できるから共闘を求めようとベガンは語り、彼の隣に座っているセイレーンも現状では海賊たちに勝てないと判断し、ダークたちと共闘した方がいいと考える。二人の傍にいるセイレーンたちもその方がいいと考えたのか無言で頷く。

 状況からして、ベガンと彼の近くにいるセイレーンたちはダークと共闘するべきだと考え、彼らの向かいにいるセイレーンたちはダークたちと共闘することに反対しているようだ。自分たちを守るためにダークたちの力を借りようと考えるベガンたちと、海賊と同じ人間のダークたちは信用できないと考える反対派のセイレーンたち、双方は相手側を説得しようと自分たちの意見をぶつけ合う。


「どうして族長たちはアイツらを信用するの? アイツらが私たちの味方だっていう根拠はどこにも無いじゃない」

「同感だ。それに奴ら現れたのは海賊たちが私たちを襲った数日後の今日だぞ? タイミングが良すぎると思わないのか?」


 一人の反対派のセイレーンの言葉にベガンは目を鋭くする。その表情からは僅かだが苛立ちのようなものが感じられた。


「……何が言いたいんだ?」

「もしかしたら、奴らは海賊たちの仲間で、私たちを油断させるために島にやって来て、共闘しようと言ってきたのかもしれない、ということだ」

「馬鹿なことを言うんじゃない」


 ベガンは反対派のセイレーンを睨みながら力の入った声を出す。ベガンの近くにいる賛成派のセイレーンたちも反対派のセイレーンたちを鋭い目で見つめた。


「もし海賊たちの仲間ならこの集落に辿り着いた直後に私たちを襲っているはずだ。だが、彼らは集落に入ってから一度だってそれらしい行動を見せなかった」

「そうよ、そもそも彼らが海賊の仲間なら島の周辺の何処かで海賊船を確認できたはずよ。でも、彼らが島に上陸した時には海賊船は何処にも見当たらなかったって、見張りをしている子たちから報告があったわ」

「つまり、彼らは海賊の仲間ではないということだ」


 ダークたちが海賊の仲間ではないという根拠を聞かされ、反対派のセイレーンたちは黙り込む。ベガンは反対派のセイレーンたちを黙って見つめ、賛成派のセイレーンたちは少し自分たちに有利な状況になったことで表情に余裕を浮かべた。


「で、でも、海賊の仲間でないとしても、彼らが私たちを騙していないとは限らないじゃない」

「そうだな、もしかすると、海賊たちを倒した後に私たちを力と権力で支配しようとするかもしれない」


 海賊ではないという根拠を聞かされてもダークたちには下心があると疑う反対派のセイレーンたちを見てベガンは呆れ顔になり、賛成派のセイレーンたちも不満そうな顔で反対派のセイレーンたちを睨んだ。


「じゃあ、どうすれば貴女たちは彼らを信じるのよ?」

「信じられないわ、たとえどんな状況でもね。そもそも亜人の中でも上位種の私たちが人間の支配下に入れるはずがないじゃない」


 反対派のセイレーンは賛成派のセイレーンの言葉に耳を貸そうとせずにそっぽを向き、そんな態度に賛成派のセイレーンは苛立ちを感じて歯ぎしりをする。

 賛成派と反対派はお互いに一歩も引かずに自分たちが正しいと思うことを口にする。ベガンはいつまで経っても平行線の状態にどうすればいいのか分からず、一人頭を抱えた。


「……もうおし、アンタたち」


 セイレーンたちが騒ぐ中、年老いた女の声が聞こえ、セイレーンたちは声のした方を向く。ベガンも顔を上げてゆっくりと右を向き、円卓の右側の席についている一人のセイレーンに注目する。そのセイレーンは他のセイレーンと違って老婆の姿をしており、長い白髪と古そうな服を着ていた。恰好と雰囲気からして、かなり古株のようだ。


「リシャーナ様……」


 賛成派のセイレーンが老婆のセイレーンをリシャーナと呼びながら少し不満そうな顔をする。反対派のセイレーンたちも同じような顔をしていた。

 リシャーナは孤島に存在するセイレーンたちの中でも最年長で、若い頃は孤島を守る戦士たちの隊長を務めていた。現在は現役を退いて隠居生活を送っているが、族長のベガンに助言をしたり、他のセイレーンたちの悩みなどを聞いたりしている。そのため、ベガンたちからは信頼されており、今回のダークたちに助力を求めるか、彼らの計画に協力するかについての話し合いに参加してほしいとベガンから頼まれたのだ。

 最年長であり、自分たちの大先輩であるリシャーナの言葉に、集まっているセイレーンたちは黙り込み、ベガンもジッとリシャーナを見つめていた。


「少し冷静になって話し合いな。でないとまとまる話もまとまらないよ」

「し、しかし、この者たちがセイレーンの誇りを汚すような考えを……」

「何ですって!?」


 賛成派のセイレーンは反対派のセイレーンの言葉に気分を悪くし、力の入った声を出す。それを聞いた反対派のセイレーンも賛成派のセイレーンの方を向いて鋭い目で睨む。二人が睨み合うことで他の賛成派と反対派のセイレーンたちも相手側を睨み付け、更に緊迫した空気となってしまった。すると、リシャーナが険しい表情で円卓を強く叩く。


「いい加減におしっ!」


 リシャーナの怒鳴り声にセイレーンたちは一斉に驚き、リシャーナの方を見ながら固まった。やはりセイレーンたちにとって、リシャーナは逆らえないほど大きな存在のようだ。

 固まるセイレーンたちを見たリシャーナは呆れたような顔で溜め息をつき、椅子にもたれながらセイレーンたちを見回す。


「……まったく、最近の若者はすぐ感情的になるから困る。儂が若かった頃のセイレーンたちは皆、どんな時でも冷静に話し合い、相手の考えを理解しようとしておったのにのぉ」

「すみません、婆様。お見苦しい姿を……」


 呆れるリシャーナにベガンは静かに謝罪する。リシャーナは部下たちに代わって謝罪するベガンを見ると、やれやれと言いたそうに顔を横に振り、再び視線をベガンに向けた。


「ベガンよ、確認するが、お主はダークと言う人間の王の力を借りるべきだと考えておるのじゃな?」

「ハイ、ダーク殿は我々が自分たちの計画に手を貸す、貸さないに関係なく共闘すると言っておりました。こちらには何一つ失うものないのであれば、彼らの力を借りるべきだと考えています」

「フム……確かにお主の言うとおり、無条件で力を貸してくれるのなら力を借りるべきであろう。じゃが、反対する者たちが言うように、あの者たちが儂らを騙していないとも言い切れん。海賊たちを倒した後に態度を変える可能性だって十分ある」

「……私には彼らが嘘をついているとは思えません。ダーク殿の言葉からは海賊たちのように我々を傷つけ、利用しようといった悪意や欲望は感じられませんでした」

「だからお主はあの者が儂らを騙していないと考え、信じて力を借りようと思ったのか」


 リシャーナが確認するとベガンは自信に満ちた表情を浮かべながら頷く。そんなベガンを見てセイレーンたちは、ベガンは本気でダークたちを信用していると感じる。

 賛成派のセイレーンたちは笑顔でベガンを見ており、反対派のセイレーンたちはまだ若干疑うような表情を浮かべている。そして、最年長のリシャーナは小さく俯きながら黙り込んでいた。


「婆様、貴女はどう思っておられますか?」


 最年長であるリシャーナの意見を聞くため、ベガンはリシャーナに声をかける。リシャーナは顔を上げるとベガンの方を向いて真剣な表情を浮かべながら口を動かした。


「……何とも言えんな。直接この目でその人間たちを見てみないことには判断できん」

「そうですか……では、これからその人間たちの下へ向かい、直接お話しをされてから……」


 ベガンがリシャーナにダークたちと会ってもらうよう話していると、突然出入口の扉が勢いよく開き、カイルスが慌てて小屋に飛び込んできた。扉が開く音にベガンたちは驚いて一斉に扉の方を向く。


「族長、大変です!」

「どうしたんだ、今は話し合いの最中だぞ?」

「それどころじゃないです。また海賊たちが現れました!」

「何ぃっ!?」


 カイルスの報告を聞いたベガンは驚愕の表情を浮かべながら立ち上がり、リシャーナやセイレーンたちも一斉に目を見開く。また現れるだろうとは思っていたが、自分たちが予想していた以上に早く現れたので驚いたようだ。


「間違いないのか?」

「ハイ、ついさっき、外から戻ってきたポリアから聞きましたから……」


 集落の外に出ていた者からの報告なら信用できると感じたのか、ベガンの顔から驚きが消えて険しさが増す。リシャーナとセイレーンたちも鋭い表情を浮かべてカイルスの話を聞いていた。

 ベガンはどうしてこれほど早く海賊たちがまた現れたのか理由が気になるが、今はそんなことよりも敵の情報と状況を確認することが優先だと考える。


「……海賊たちの戦力は? 島のどの方角から攻めてきた?」

「方角は東の浜辺です。ただ、今回は二隻の船を用意して現れたそうです」

「二隻だと!? ……クッ、海賊たちは全戦力で攻めてきたという訳か」


 ダークたちと話し合っている時に聞いた海賊たちの戦力と所有する海賊船の数を思い出したベガンは海賊たちが遂に本気を出してきたのだと歯を強く噛みしめる。カイルスも最悪の状況に深刻な顔をしており、セイレーンたちもざわつき出す。


「静かにおし!」


 ざわついているセイレーンたちをリシャーナは力の入った声で黙らせる。セイレーンたちが静かになると、リシャーナはベガンの方を見ながらゆっくりと立ち上がった。


「ベガン、戦うことができる者はどのくらいおるのじゃ?」

「万全の状態で戦えるのは四十人ほどです。前回の戦いで負傷した者たちはまだ戦える状態ではありません」

「四十人か……確か前の戦いでは海賊は五十人ほどで攻めてきたのじゃったな?」

「ハイ……ですが今度は前回よりも遥かに多い戦力で攻めてきているはずです。前回の戦いでは全戦力で海賊たちと戦い、苦戦を強いられましたがなんとか勝利することができました」


 低い声で語るベガンを見てリシャーナとセイレーンたちは僅かに表情を曇らせる。全戦力で五十人ほどの海賊たちに挑んで苦戦したのに、仲間が負傷し、全ての戦力が動かせない状態で全戦力で攻めていた海賊に挑んでも勝てるはずがない、セイレーンたちはそう思っていた。

 このまま戦いを挑んでも確実に負ける、そう感じたセイレーンたちは士気を低下させていく。ベガンは仲間たちの様子を見てマズいと感じ、なんとか士気を高めなくてはと考えた。


「あ、あのぉ、負傷している人たちなんですけど……全員、元気になりしました」

「……は?」


 今まで黙っていたカイルスが負傷した者たちが完治したことを伝え、それを聞いたベガンはどこか抜けたような声を出す。リシャーナやセイレーンたちもカイルスの言葉を聞いて呆然としたような顔で彼に視線を向ける。


「カイルス、元気になったとは、どういうことだ?」

「実は少し前にダーク殿の仲間であるアリシアさんが魔法で負傷している人たちを治してくれたんです」

「治した? 傷も、麻痺もか?」

「ハイ」


 カイルスは頷きながら返事をし、ベガンたちは驚きの表情を浮かべながらカイルスを見ていた。

 体の傷だけでなく、自分たちではどうすることもできなかった麻痺すらも簡単に治してしまうほどの力を持つダークの仲間にベガンは驚くのと同時に感心する。

 一方でセイレーンたちは傷と麻痺を治したことにも驚いているが、人間が亜人を助けたということに驚いて目を大きく見開いている。自分たちを騙していると思っていた人間が予想外のことをしたことで衝撃を受けたのだろう。


「まさか、怪我と麻痺を同時に、しかも簡単に治してしまうとは思わなかった……」

「ですが族長、これでこちらも全戦力で海賊たちを迎え撃つ事ができますよ?」


 ベガンの隣にいるセイレーンは自分たちも全戦力で戦えることで勝率が少し上がったと感じたのか、小さな笑みを浮かべながらベガンに声をかける。他のセイレーンたちも同じように笑みを浮かべており、士気が少しだけ高まったように見えた。

 だが、ベガンは険しい表情を浮かべたまま、俯いて黙り込んでおり、リシャーナも真剣な表情を浮かべている。


「……確かにこちらも全戦力で戦えるようにはなったじゃろう。しかし、それでもまだ海賊たちと比べると戦力が少なすぎるのではないか?」

「ハイ、海賊たちの人数は約九十人、こちらの倍近くの人数がいます。昨日のように運よく勝つことはできないでしょう。しかも向こうはこちらの切り札である歌声の対策までしている、勝率が低いことに変わりはありません」


 海賊との戦力差、そして最大の武器である歌声が使えないという現状にセイレーンたちは再び士気を低下させたのか、深刻そうな顔をする。リシャーナは暗くなるセイレーンたちを真剣な表情で見つめていた。


「それで、どうするつもりなんだい?」

「……やはり、ダーク殿たちに共闘してもらうよう要請するしかないでしょう」


 ベガンはリシャーナの方を向きながら彼女の問いに答える。リシャーナは若干目を鋭くしながらベガンを見つめ、暗い顔をしていたセイレーンたちは一斉にベガンの方を向いた。

 賛成派のセイレーンたちは今すぐに助けを求めた方がいいと考えているのか、真剣な顔でベガンを見つめている。反対派のセイレーンたちは仲間を助けてくれた存在でも、まだ人間を信用できないのか複雑そうな顔をしていた。しかも人数は五人と一匹の子竜だけ、彼らが加わったとしても殆ど変化は無いだろうと感じている。

 しかし、海賊が目の前まで迫ってきており、他に方法が思いつかないのなら、たとえ少人数でも力を貸すと言っている人間たちを戦わせた方がいいと考えたのか、反対派のセイレーンたちは異議を上げることなく黙っている。

 何も言わずに黙っている反対派のセイレーンを見たベガンは彼女たちも状況からダークたちに共闘を要請することに納得したと感じた。


「婆様、海賊たちを倒すため、そして我々の未来のために私はダーク・ビフレスト殿とその仲間たちに共闘を要請します。よろしいですね?」

「……族長はお主じゃ、好きおし」

「……ハイ! 聞いたとおりだ、急いで戦いの準備をしろ。あと、ダーク殿たちに加勢してもらうよう伝えるんだ!」


 リシャーナの許可を得たベガンは力の入った声でセイレーンたちに指示を出す。セイレーンたちは指示を聞くと戦いの準備をするために一斉に小屋の外に出ようとする。


「あ、あの、族長」

「何だ?」


 セイレーンたちが動く中、カイルスはベガンに声をかけてきた。ベガンはもうすぐ戦いが始まるせいか、険しい顔でカイルスの方を見る。


「じ、実はダーク殿たちは既に東の浜辺にいらっしゃるみたいです」

「何っ?」


 ダークたちが東の浜辺にいると聞いたベガンは思わず声を上げる。セイレーンたちも動きを止め、意外そうな顔をしながらカイルスの方を見ている。ベガンたちが驚く中、カイルスは苦笑いを浮かべながら話し続けた。


「え、え~っと、理由は分からないけど、ダーク殿はポリアを連れて東の浜辺に向かい、そこで海賊たちが現れたのを見つけて、ポリアに海賊たちのことを僕らに知らせるよう指示したそうです」

「ダーク殿が?」

「ハイ、因みにダーク殿とその仲間は浜辺に残ったらしいです。多分、海賊たちを足止めするつもりなのだと思います」


 自分たちが共闘する前にダークたちが海賊たちと戦おうとしていると知り、ベガンやセイレーンたちは目を見開いて驚く。この時、ベガンたちはダークは最初から自分たちを助けるつもりでいたのではと感じて衝撃を受けていた。


「あっ、それから、僕はさっきまでアリシアさんとマティーリアさんに集落の中を案内していたんですが、お二人はポリアから海賊のことを聞いたら浜辺に向かいました」

「何? ダーク殿の仲間たちがか?」

「ハイ、ダーク殿が肩に乗せていた子竜がポリアと一緒に戻って来たので、その子竜と一緒に集落を出ていきました」


 自分たちよりも先に人間が東の浜辺に向かった事を知ったベガンとセイレーンたちは更に驚く。

 共闘を要請していないのに海賊と戦おうとしているだけでなく、自分たちが出撃するよりも先に戦場に向かった、ベガンはダークたちの心の広さに感服し、セイレーンたち、特に反対派のセイレーンたちは自分たちはダークたちのことを完全に誤解していたのだと悟る。

 ベガンたちは次々と予想外の行動を取るダークたちに驚いている。そんなベガンたちをカイルスはまばたきをしながら見ていた。しばらくすると、驚いていたベガンはフッと我に返り、驚いているセイレーンたちの方を向く。


「と、とにかく、我々も東の浜辺に向かう。全員、すぐに武装し、準備が整った者から浜辺に向かえ!」

『ハイ!』


 セイレーンたちは声を揃えて返事をし、走って外へ出ていく。全員が出ていくのを見届けたベガンはカイルスの方を向いた。


「カイルス、お前は集落に残っている者たちと島を脱出の準備をしておけ」

「脱出の準備、ですか?」

「ああ、今度の戦いは勝てるかどうか分からない。もし、我々が負けて海賊たちに防衛線を突破された時はすぐに脱出できるようにしておくんだ」

「……分かりました」


 最悪の結果に備えて準備をしておく、ベガンの口からそれを聞かされたカイルスは表情を暗くしながら返事をする。海賊たちに敗北し、孤島から逃げ出すなど考えたくないが、海賊との戦力差を考えると、負ける可能性は十分あったのでさすがに準備をしておく必要があった。


「……では婆様、行ってまいります」

「ウム、油断するなよ?」

「ハイ」


 リシャーナの忠告を聞いたベガンは頷き、走って小屋から出ていく。残ったカイルスとリシャーナはベガンの背中を黙って見つけていた。


――――――


 東の浜辺ではダークたちが近づいてくる海賊船を警戒している。海賊船は既に浜辺から1kmほど離れた所まで近づいてきており、いつ海賊たちが小船に乗り換えて上陸してきてもおかしくなかった。

 ダークは腕を組みながら一番前で海賊船を見張っており、その後ろではレジーナ、ジェイクが並んでダークと同じように遠くの海賊船を見つめている。そして、三人の頭上では見張りのセイレーンたちが空を飛びながら海賊船を睨んでいた。


「もうあそこまで来やがったのか、思った以上に速いな」


 ジェイクは海賊船が予想以上に早く近づいてくるのを見ながらタイタンを強く握り、レジーナも腰のテンペストを握りながらいつでも抜けるようにしていた。

 セイレーンたちは空を飛びながら海賊船を見て微量の汗を流している。今までよりも多い人数で海賊たちが攻めてきたこと、そして二隻の海賊船が少しずつ近づいてくることに緊張しているのだろう。

 ジェイクたちが海賊船を真剣な表情で見つめている間、ダークは大剣を背負ったまま黙って海賊船を見つめていた。すると、ダークたちの背後から少年の姿をしたノワールとアリシア、マティーリアが現れる。ダークに言われたとおり、アリシアとマティーリアの二人と合流したノワールが転移魔法を使って戻って来たのだ。

 ダーク、レジーナ、ジェイクはアリシアたちの気配に気付いて同時に振り返る。セイレーンたちはさっきまでいなかった人間が突然現れたことに驚いて目を大きく見開いていた。


「状況はどうなっている?」


 合流したアリシアはダークたちの方に歩きながら現状を尋ねる。ノワールとマティーリアもアリシアの後を追うように歩き出してダークたちの下へ移動した。


「海賊船は此処からでもハッキリと見える所まで近づいてきている。あと三、四分もすれば上陸できる所まで来るはずだ」


 ダークは海賊船を見つめながらアリシアに海賊船が孤島に辿り着く時間を伝え、それを聞いたアリシアは目を鋭くして海賊船を睨む。ノワールもダークの隣に移動して海賊船を見つめており、マティーリアはレジーナ、ジェイクと合流し、ジャバウォックを肩に担ぎながら海賊船を興味の無さそうな顔で見ていた。

 驚いていたセイレーンたちは視線をダークたちから海賊船に戻す。さっきと変わらず少し緊張した様子で近づいてくる海賊船を見つめていた。

 アリシアたちがダークたちと合流してから二分が経ち、二隻の海賊船はダークたちがいる浜辺から600mほど離れた所で停泊した。セイレーンたちは停まった海賊船を睨みながら警戒を強くする。だが、ダークたちは体勢を変えることなくただ黙って海賊船を見つめていた。

 すると、そこへ武装したベガン、集落にいた戦士のセイレーンたちがやって来る。東の浜辺以外の場所を見張っていたセイレーンたちも合流し、彼らに気付いたダークたちは一斉にベガンたちの方を向いた。


「ダーク殿!」

「おお、ベガン殿。間に合ったようだな」


 飛んできたベガンはダークの前にゆっくりと着地する。ベガンと一緒に来たセイレーンたちは飛んだり、ベガンと同じように地上に下りたりして海賊船を警戒していた。


「既に海賊たちはあそこまで近づいて来ている。いつ戦いが始まってもおかしくない、気を付けろ?」

「ああ、分かっている」


 ダークの忠告を聞いたベガンは真剣な表情を浮かべながら返事をし、ダークも視線を海賊船に戻して海賊たちの動きを見張る。アリシアたちも海賊たちはどれ程の人数で攻めてくるのか、どんな攻め方をしてくるのか、色んなことを考えながら海賊たちを見張っていた。


「……ダーク殿、訊きたいことがあるのだが、よいか?」

「構わない」


 もうすぐ海賊との戦いが始まるという状況で突然ベガンがダークに質問をしてきた。ダークが海賊船を見つめながら質問を許可すると、ベガンはチラッとダークの方を向いて口を開く。


「我々はまだ貴方がたに加勢してもらうことを要請していない。にもかかわらず、貴方がたは此処に来て海賊たちと戦おうとしている……貴方は我々の返答に関係なく、最初から海賊たちと戦うつもりでいたのか?」


 ベガンはカイルスから海賊が攻めてきたという報告を聞いた時からずっと気になっていたことを尋ねた。他のセイレーンたちもベガンの言葉を聞いてダークの本心が気になるのか、視線だけを動かしたダークを見ている。

 アリシアたちは周囲のセイレーンたちがダークに注目する姿を見て少し驚いたような表情を浮かべている。すると、ダークは笑い出し、ゆっくりとベガンの方を向いた。


「私は気まぐれな性格でね、その時の状況や気分次第でどう動くかを決めているんだ。だから今回、貴公らの答えを聞く前に海賊たちと戦おうとしたのも、ただの気まぐれなのだよ」

「き、気まぐれ?」


 ダークの答えを聞いたベガンは目を丸くしながらダークを見ており、セイレーンたちも呆然としながらダークを見つめている。

 アリシアたちは苦笑いを浮かべながらダークを見ていた。ダーク自身は気まぐれだと言っていたが、本当はただセイレーンたちを助けたいという気持ちで動いていることを彼女たちは知っている。それをベガンたちに伝えずにカッコつけているダークを見てアリシアたちは素直ではないと感じているのだ。


「質問はそれだけか? ならそろそろ気持ちを切り替えて戦いに集中した方がいいぞ」


 ダークはそう言いながら海賊船の方を向いて目を薄っすらと赤く光らせる。ベガンはダークの言葉を聞くとフッと海賊船の方に向く。

 海賊たちは海賊船から小船を海に下ろすと一人ずつ縄梯子を降りて小船に乗り換え、その光景を見たベガンやセイレーンたちは表情を険しくして武器を構える。アリシアたちも自分たちの得物を持って海賊たちを睨んだ。だが、ダークだけはまだ大剣を抜かず、腕を組んだまま海賊たちを見ている。


「さて、一体どれほどの戦力で攻めてきたのだろうな」


 小船に乗り換える海賊たちを見つめながらダークは周りに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


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