第二百十九話 縮まる距離
ダークたちと別れたアリシアはカイルスに案内されて負傷したセイレーンが集まっている場所に向かう。集落の中を移動する間、セイレーンたちはアリシアに注目しているが、カイルスが一緒にいるためか、集落に来た時のような不安や疑いを感じさせるような眼はしていなかった。
アリシアはセイレーンたちの視線を気にしながらカイルスの後をついていく。そして、しばらく歩くとアリシアとカイルスは一つの建物の前にやってきた。そこは縦25m、横10mほどの大きさの木造の建物で倉庫のような外見をしている。側面には窓らしき穴が幾つも開いており、中からは若い女の声が聞こえてきた。
「此処に負傷したセイレーンたちがいるのか?」
「ハイ、人数は十五人ほどで、軽傷の負った者や重傷を負った者、中には毒を受けているも者もいます」
「毒?」
カイルスの説明を聞いたアリシアは少し驚いた顔をしながらカイルスの方を向く。毒を受けているのなら早く解毒しなければ大変なことになるのではとアリシアは感じていた。
だが、仲間が毒を受けているにもかかわらず、カイルスは慌てることなく、落ち着いた様子でアリシアを見ていた。
「毒と言っても、命にかかわるようなものではありません。相手の体を麻痺させる、いわゆる麻痺毒です」
「そうか……」
死ぬような毒ではないと聞いてアリシアは少し安心する。体が麻痺する程度の毒ならカイルスが落ち着いているのも納得できた。
「しかし、その毒が思っていたよりも強力なもので、最初に毒を受けた者は二日経っても痺れが取れず、動けないままなんです」
「解毒は行ったのか?」
「それが、この島で採れる薬草では解毒することはできませんでした」
セイレーンたちでは麻痺を治すことができないと知ったアリシアは真剣な表情を浮かべ、視線をカイルスから建物に向ける。たとえ命を落とすことはなくても毒であることに変わりはないので、早く苦しむセイレーンたちを助けてやりたいと思っていた。
「とりあえず、セイレーンたちが今、どんな状態なのか見せてくれるか?」
「分かりました」
カイルスは建物の入口と思われる扉の方へ歩いていき、アリシアもカイルスに続いて扉へ向かう。扉の前にやってくると、カイルスは扉を静かに開ける。中を見ると床に敷かれた藁の上で横になっている大勢のセイレーンとそれを看護するセイレーンの姿があり、横になっているセイレーンは全員が傷を負った箇所に薬草らしき植物を付けていた。包帯を持たないセイレーンたちは薬草を傷口に当てて治療しているようだ。
負傷したセイレーンたちは全員、傷の痛みや痺れで表情を歪めており、看護するセイレーンたちは深刻そうな表情を浮かべながら薬草を取り替えたり、負傷しているセイレーンたちの汗を拭いたりしている。
仲間たちの様子を見たカイルスは表情を曇らせ、アリシアもセイレーンたちが苦しむ姿を見て僅かに目を鋭くする。二人は静かに中に入り、一番近くで横になっているセイレーンの下へ向かう。看護しているセイレーンは近づいてくる二人に気付き、看護の手を止めて振り向いた。そして、カイルスの後ろにいるアリシアを見て驚きの表情を浮かべる。
「容態はどう?」
「え? え、ええ……外傷はほぼ治ったけど、毒による痺れがまだ取れてないの」
アリシアに驚いていたセイレーンはカイルスに声をかけられると自分が看護している仲間の状態を説明する。負傷したセイレーンは全身の痺れに苦しんでおり、カイルスは気の毒そうな表情で横になっているセイレーンを見た。
カイルスと看護するセイレーンが表情を曇らせていると、アリシアが前に出て負傷しているセイレーンの隣で片膝を突ける。
「カイルス、この人間は?」
「彼女は族長が連れてきた人間の王様の仲間だよ。皆の治療をするために来たんだ」
「治療を?」
人間がセイレーンである自分たちを助けると聞いて、セイレーンは意外そうな表情を浮かべる。他の看護をするセイレーンや麻痺していないセイレーンたちもカイルスの言葉を聞いて視線をアリシアに向けた。
自分たちをこんな目に遭わせた海賊と同じ、人間を信用できるのか、治療を任せて大丈夫なのか、セイレーンたちは色々な思いを胸にアリシアを見ている。アリシアは自分に注目するセイレーンたちをチラッと見たあとに目の前で横になっているセイレーンに視線を向けて右手を近づけた。
「浄化の光!」
アリシアが状態異常を治す魔法を発動させるとアリシアの右手が白く光りだし、同時に負傷しているセイレーンの体も光りだす。突然の光にカイルスとセイレーンたちは目を見開いて驚いた。
やがて光が治まり、アリシアは右手をゆっくりと下ろす。その直後、横になっていたセイレーンは目を開けて不思議そうな表情を浮かべながら起き上がった。
カイルスと看護をしていたセイレーンは麻痺していたセイレーンが自分の力で起き上がった姿を見て目を丸くする。今まで起き上がることすらできなかった仲間が突然起き上がったのだから当然だ。
「……どうなってるの? さっきまでの痺れが無くなってる」
起き上がったセイレーンは自分の両手を見ながら全身の痺れが消えたことに驚いており、セイレーンの言葉を聞いたカイルスや他のセイレーンたちも驚いた。アリシアだけは麻痺がちゃんと治っていることを知って笑みを浮かべている。
「あ、貴女、本当に大丈夫なの?」
「ええ、手も足も普通に動かせるわ」
セイレーンは自分を看護してくれていた仲間の方を見ながらなんともないことを伝え、他のセイレーンたちは信じられない出来事にざわつき出した。
アリシアはゆっくりと立ち上がって建物の中にいるセイレーンたちを見回すと、両手を負傷しているセイレーンたちに向ける。
「治癒拡散!」
負傷しているセイレーン全員に対してアリシアは回復魔法を発動させた。すると、セイレーンたちの体は一斉に光りだし、体中の傷が見る見る治っていく。セイレーンたちは自分の体が光りだしたこと、そして傷が治っていくことに呆然とする。
セイレーンたちの傷が完全に治ると光は静かに消え、アリシアはゆっくりと両手を下ろす。セイレーンたちは体から痛みと傷が消えたことに驚き、傷があった箇所を確認しだす。
「凄い、傷が綺麗に消えちゃった」
「あんなに大きな傷が最初から無かったようになるなんて……」
「これが魔法の力なの?」
初めて体験する回復魔法の力にセイレーンたちは少し興奮しているような声を出す。アリシアは元気になったセイレーンたちを見て小さく笑い、カイルスは目を見開き、驚きの表情を浮かべたまま固まっている。
「さて、外傷はこれでいいが、まだ麻痺しているセイレーンがいるからな。そっちもちゃんと治してやらないと」
アリシアは呟くと藁の上で横になっているセイレーンに近づき、再び浄化の光を発動させて麻痺を治していく。セイレーンの麻痺が治ると次のセイレーンのところへ移動して同じ作業を繰り返した。
数分後、アリシアによって麻痺していたセイレーンたちは全員回復した。セイレーンたちは立ち上がると麻痺が本当に治ったのかを確認するように手足や翼を動かし、痺れを感じないと確認すると笑みを浮かべる。
アリシアは自分の魔法で多くのセイレーンを助けることができたことに喜びを感じ、微笑みながらセイレーンたちを見ている。ただ、一度魔法を発動すると、再び同じ魔法を発動するのにしばらく時間をおかないといけないので、全てのセイレーンの麻痺を治すのに思った以上の時間が掛かってしまった。
「す、凄い、短時間で全員を完治させるなんて……」
負傷していたセイレーンたちが元気になった姿を見てカイルスは驚く。最初は人間に仲間の治療を任せて大丈夫かと不安を感じていたが、完治した仲間たちの姿を見て不安は最初から無かったように消えてしまい、同時にアリシアや彼女の仲間であるダークは信用できると感じた。
「ありがとうございます、仲間たちを助けてくれて」
カイルスはセイレーンたちを見ているアリシアの隣まで移動するとアリシアに向かって深く頭を下げて礼を言う。アリシアはカイルスの方を見ると軽く首を横に振った。
「気にするな、私が自分から治療すると言ってやったことだ。礼を言う必要は」
「いいえ、こちらが頼んでいなくても、貴女が仲間たちを助けてくれたのは事実ですから」
仲間を助けてもらったという事実を第一に考えてカイルスは感謝し、そんな礼儀正しいカイルスの姿を見たアリシアは流石は次代族長となる存在だと心の中で感心した。
「セイレーンたちの治療は終わったようじゃな?」
突然聞こえてきた声にアリシアとカイルスは反応し、声の聞こえた方を向く。そこには腕を組んで自分たちを見ているマティーリアの姿があった。いつの間にか建物の中に入っていたマティーリアにカイルスは驚きの表情を浮かべる。
「マティーリア、ダークたちは一緒じゃないのか?」
「若殿たちは東の浜辺に向かった。オールドシードラゴンや浜辺の様子を確認するためにのぉ」
「そうか、お前は一緒に行かなかったのか?」
「ああ、お主に若殿たちが浜辺に行ったことを伝えるために残ったんじゃ」
「そうか、すまないな」
「別に謝るようなことではない」
マティーリアは無表情で首を横に振る。普段から偉そうな態度を取っていても、ちゃんと仲間のことを考えているマティーリアをアリシアは小さく笑いながら見つめた。
「あのぉ、ちょっといいですか?」
アリシアがマティーリアを見て笑っていると、カイルスがアリシアに声をかけてきた。アリシアは笑顔を解いてカイルスの方を向き、マティーリアもカイルスに視線を向ける。
「何だ?」
「……族長とダーク殿の会話を聞いていた時から気になっていたのですが、仮に皆さんが僕らに加勢してくださったとして、海賊たちに勝つことができるのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「海賊たちの人数は七十人から九十人なのでしょう? それに比べ、こちらは皆さんを加えても四十人ほど、もし海賊たちが全ての戦力をぶつけてきたら勝ち目は無いと僕は思っているんです」
戦力の差があり過ぎることから、たとえダークたちが加わっても次の戦いに勝てる可能性は低いとカイルスは考え、俯きながら不安そうな表情を浮かべた。アリシアとマティーリアは暗い顔をするカイルスを黙って見つめている。
確かに海賊たちがジェイクの言ったとおりの人数で攻めてきたら勝ち目は無い、普通なら誰もがそう考えるだろう。だが、アリシアとマティーリアは勝ち目は無いとは微塵も思っていなかった。
「心配するな、私たちが加われば絶対に勝てる」
「え?」
アリシアの言葉にカイルスはふとアリシアの方を向く。そこには余裕の笑みを浮かべているアリシアの顔があり、それを見たカイルスは思わずまばたきをした。
「自分で言うのも変だが、私たちはかなり強い。海賊たちなど簡単に倒すことができる」
「え? いや、ですが……」
自信満々の態度を取るアリシアにカイルスは戸惑う。当然だ、百人近くの海賊と相手にする事になるかもしれないのに、不安を見せるどころか絶対に勝つと言っているのだから。
その自信はどこから来るのか、カイルスはアリシアを見ながら疑問に思う。すると、今度はマティーリアがカイルスに近づいて声をかけてくる。
「落ち着け小僧、妾たちは全員英雄級の実力をもっておる。海賊ごときには負けん」
「え、英雄級!?」
カイルスはマティーリアたちの強さを聞いて驚きの反応を見せ、セイレーンたちも目を見開いてマティーリアとアリシアの方を見ている。目の前にいる二人が英雄級の実力を持っているのだから、驚くのは無理もなかった。
「お、お二人とも、そんなに強いですか?」
「ウム、もっとも若殿、つまりダークとそこにいるアリシア、そしてノワールは妾とは比べものにならないくらい強いがのぉ」
ダークとアリシアがマティーリアよりも強いと聞かされ、カイルスはまばたきをしながらアリシアの方を向く。アリシアは自分を見てまばたきをするカイルスを見て小さな苦笑いを浮かべていた。
セイレーンたちはアリシアとマティーリアがどれ程の力を持っているのか気になるのか、興味がありそうな目で二人を見ている。しかし、中にはマティーリアの言葉が信じられず、二人の強さを疑うセイレーンもいた。
マティーリアは自分とアリシアを見ながら小声で話し合っているセイレーンに気付くと、すぐに自分たちの強さを疑っていると感じ、若干目を鋭くする。だが、出会ったばかりの自分たちの言葉が信じられないのは無理もないことだと考えたのか、マティーリアは疑うセイレーンたちに何も言わなかった。
「……まぁ、妾の言葉を信じるかはお主たちの自由じゃ。と言うより、妾たちがお主たちセイレーンと共に戦うのかどうかはまだ決まっておらん。共闘することにならなければ強さを証明できんのじゃから、何の意味もないな」
目を閉じ、腕を組みながらマティーリアは呟き、カイルスはマティーリアが口にした現状を聞いて黙り込む。セイレーンたちもマティーリアの方を見ながら若干表情を歪めていた。
マティーリアの言うとおり、彼女やダークたちの強さを信じる以前に共闘しなければ、真実を確かめる事はできない。そして、ダークたちと共闘せずにセイレーンたちだけで戦うことになれば、海賊たちに負けてしまう可能性が高かった。
現時点では勝てる可能性が低いと感じたカイルスはなんとかダークたちと共に海賊と戦いたいと考えていた。しかし、ダークたちと共に戦うかどうかは仲間たちの考え次第で決まる。カイルスは心の中でベガンになんとか仲間たちを説得してほしいと祈っていた。
この時のカイルスはダークたちの強さの真実を確かめるためではなく、仲間たちの未来のためにダークたちと共闘したいと思っていた。
「さて、セイレーンたちの治療は終わったが、アリシア、お主はこの後どうする?」
「この後か?」
カイルスが考え込んでいると、マティーリアはアリシアの方を向いてこの後の予定について尋ね、アリシアは右手の親指と人差し指で顎を摘まみながら俯いて考え込む。負傷したセイレーンたちの治療をすることだけを考えて行動したので、アリシアはそれが終わった後のことは何も考えていなかった。
「……とりあえず、集落の中を見て回ろうと思っている。それが終わったら私も東の浜辺に行ってみるつもりだ」
「そうか、では妾も一緒に集落の中を見てからお主と一緒に浜辺に行くとしよう」
一人で行動するのもつまらないので、マティーリアはアリシアと共に行動することにした。アリシアは同行すると言うマティーリアを見ると目を閉じて小さく笑う。
「カイルス、私たちは集落の中を見てみたいのだ。案内してくれないか?」
アリシアがカイルスの方を向いて集落の案内を頼む。声をかけられたカイルスはフッと顔を上げ、少し驚いた様子で二人の方を向いた。
「あ、ハイ、分かりました」
考え込んでいたカイルスは気持ちを切り替えてアリシアとマティーリアに集落を案内するため、建物の外へ出ていく。アリシアとマティーリアもカイルスの後をついていくように建物から出ていき、残ったセイレーンたちはアリシアたちを黙って見送る。
怪我と麻痺を治してくれたことに感謝しているからなのか、セイレーンたちの表情からはアリシアとマティーリアに対する不安などは一切感じられなかった。
一方、ダークたちはポリアと共に東に浜辺に向かっていた。集落へ向かう時に使っていた山道を降りて森の入ると、ポリアに案内されて近道である獣道を通り、森を出て目的地の浜辺に到着する。
浜辺には海賊たちを警戒するセイレーンの戦士たちの姿があり、全員が槍や弓矢を持って東を見ている。そんな中、オールドシードラゴンは浅瀬で静かにくつろいでおり、セイレーンたちの中にはオールドシードラゴンが近くにいることに緊張しているのか、チラチラとオールドシードラゴンを見ながら東を見張っている者もいた。
「あっ、真面目に見張ってる!」
仲間たちの姿を見たポリアは翼を広げてセイレーンたちの下へ飛んでいき、ダークたちは歩いてセイレーンたちのところへ向かう。
「案内する身でありながら、俺たちをおいて仲間のところに行っちまうなんて、やっぱスゲェお嬢ちゃんだな」
「ホントね、うちの妹はあんな風に育ってほしくないわ」
「ハハハ、そうだな」
歩きながら呆れ顔で呟くレジーナにジェイクは苦笑いを浮かべながら同意する。ジェイクにもレジーナの妹と歳の近い娘がいるため、自分の娘もポリアに似た性格になってもらいたくないと感じたのだろう。
レジーナとジェイクの前ではダークが歩いており、その肩にはノワールが乗っている。二人はレジーナとジェイクの話を聞いていないのか、振り返ることなく浜辺を見張っているセイレーンたち、浅瀬で休んでいるオールドシードラゴンを見ていた。
「セイレーンの数はパッと見たところ、十五人ってところですね」
「ああ、海賊たちが近づいて来ていないかを見張るための部隊だろう。他の場所でも同じような部隊が見張りをしているとポリアが言っていたからな」
ダークはセイレーンたちを見ながら浜辺に向かう途中でポリアから聞いたことを話し、それを聞いたノワールは見張るだけの部隊なら戦力が少なくてもおかしくないと納得する。
セイレーンたちは孤島の東西南北で海賊が上陸が使いそうな場所にそれぞれ見張りの部隊を配置しており、もし海賊たちを見かけたら他の見張りの部隊に海賊が現れた場所を知らせ、増援に向かわせるようにしている。単純な方法だが一番迎撃しやすい作戦と言えた。
「ところで、オールドシードラゴンはどうします? この東の浜辺の護りに使いますか?」
ノワールがオールドシードラゴンをどう使うかダークに尋ねると、ダークはチラッと肩のノワールに視線を向けた。
「いや、水中で待機させておく。海賊どもが海賊船を動かした時や不測の事態が起きた時に備えてな」
「そうですか」
「それに水中に隠しておいた方が海賊どもがこちらには強大な戦力は無いと考えるだろうしな。奴らを油断させるためにもオールドシードラゴンは水中で待機させておく」
「ハハハ、意地悪ですね、マスターは」
肩に乗りながら笑うノワールを見てダークも小さく笑う。ノワールは意地悪と笑っているが、ダーク自身は自分のやっていることは意地悪と言えるような生易しいものではないと思っていた。
ダークたちはそれぞれ思い思いのことを話しながら歩き、セイレーンたちのところまでやって来た。セイレーンたちはダークたちの姿を見ると若干不安そうな表情を浮かべる。
ポリアからダークたちの素性、ベガンたちがダークたちを信用し、彼らと共闘するか仲間と話し合っていることなどを聞いたが、やはり人間であるダークたちをまだ信用できないようだ。
「ポリア、私たちのことは伝えたのか?」
「うん、ダークさんが人間の国の王様だってことや、浜辺の様子を見に来たこと、あと一緒に海賊たち戦うかもしれないってことも伝えたよ」
笑顔を浮かべながら答えるポリアを見てダークは小さく頷く。そして視線をポリアから近くにいる見張りのセイレーンに向ける。ダークと目があった事でセイレーンはピクッと少し驚いたような反応を見せた。
「ポリアから聞いたとおり、私たちは貴公らと共闘することになるかもしれない。その時のためにこの浜辺がどんな状態なのか、浅瀬の広さや海賊船はどこまで近づけるのかなどを確認しに来た。この浜辺がどんな場所なのか詳しく聞かせてほしい」
「わ、分かりました……」
セイレーンは冷静に話すダークを見て小さな戸惑いを見せながらも浜辺の詳しい情報を説明する。共闘するかはまだ分からないが、共闘する時に効率よく動けるよう、細かく情報を教えておこうと思ったのだろう。
ダークはまず、待機していたオールドシードラゴンを浅瀬から深間へ移動させ、その後にセイレーンから今いる浜辺や他に海賊が上陸に使うと思われる道や場所のことを細かく教えてもらい、同時に海賊と戦闘が始まったらどう戦うかをセイレーンたちと相談する。レジーナとジェイク、そしてポリアはダークから少し離れた所で会話を聞いていた。
「今までの襲撃で海賊たちは二度、この浜辺から上陸し、一度だけ西にある崖を登って上陸しようとしていました。浜辺からの上陸には成功していましたが、崖を登る時は崖の高さと私たちの妨害もあり失敗しています。ですから次の襲撃の時もこの浜辺から上陸してくる可能性が高いと思います」
「なるほど、だから私たちが来た時も大勢のセイレーンがいた訳か……海賊たちは北と南からは上陸してこないのか?」
「一応、北と南にも上陸に使える道はありますが、険しすぎてとても人間では通れません。海賊どもが北と南から上陸してくる可能性は低いでしょう……ですが、念のために北と南にも見張りの部隊を置いています」
セイレーンから話を聞いたダークは東と西以外の方角から海賊たちが襲撃して来る可能性が低いと聞いてとりあえず納得する。海賊もセイレーンと戦う前に体力を消耗するような険しい道を通ったりはしないだろうとダークは考えていた。
「海賊たちがこの浜辺から上陸しようとする可能性は高いだろう。それで、上陸してきたらお前たちはどう戦うつもりだ?」
海を見ながらダークは隣にいるセイレーンに海賊たちとどう戦うか尋ねる。セイレーンは難しい顔をしながら小さく俯いて考え込み、しばらくすると顔を上げてダークと同じように海を見つめた。
「勿論、全戦力をぶつけて戦うつもりです。海賊たちは恐らく……いいえ、間違いなく次も混乱を防ぐためのポーションを使用してくるでしょう。ポーションの効き目が効いている間は武器を使って戦い、効き目が切れたら歌を歌って混乱させるつもりです」
「……だが、海賊たちも今までの戦いでお前たちがポーションの効き目が切れた時を狙って歌を歌ってくると予想しているはずだ。となると、奴らが多めに混乱防止のポーションを用意してくる可能性が高いぞ?」
ダークの話を聞いたセイレーンは僅かに表情を歪める。セイレーンたちが海賊たちの行動バターンを把握したように、海賊たちもセイレーンたちがどんな戦い方をするのか理解しているだろう。なら当然、セイレーン達にとって最大の武器と言える歌声を最も警戒し、混乱防止の準備を万全にしてくるはずだ。
しかも海賊たちはセイレーンたちよりも戦力が多い。歌声が使えない状態で長い時間戦闘を続けていれば、いつかはセイレーンたちの体力が無くなり、混乱防止のポーションの効き目が切れる前に集落と孤島は制圧されてしまう。セイレーンたちにとっては非常に苦しい状態だった。
「何か歌を使わずに海賊たちに勝つ作戦はあるのか?」
「……いえ、何も」
セイレーンは俯きながら呟き、ダークはそんなセイレーンを見て軽く息を吐く。ダークの肩に乗っているノワールは僅かに目を細くしながらセイレーンを見ていた。
「まあ、歌が使えないのなら、島の地形といった地の利を活かして戦うしかないな。あとは、私たちと共闘できるよう、祈るぐらいだ」
そう言ってダークは振り返り、レジーナ、ジェイク、ポリアの方へ歩いていく。セイレーンは離れていくダークを深刻そうな顔で見た後、仲間同士でどう戦うかを話し合った。
セイレーンとの話し合いを終えたダークとノワールはレジーナたちと合流する。レジーナとジェイクは戻ってきたダークを真剣な顔で見ており、ポリアはまばたきをしながら見ていた。
「どうだった? 兄貴」
「セイレーンたちの話では海賊たちはこの東の浜辺から上陸してくる可能性が高いとのことだ。もし海賊たちを確認したら全戦力を東に集結させて戦うと言っている」
「全戦力でか……だけどよぉ、海賊どもにはセイレーンの歌声が通用しないんだろう? いくら全戦力をぶつけても、歌声が使えねぇんじゃキツくねぇか?」
「ああ、間違いないだろう。しかも彼女たちは歌声が使えない状態でどう戦うのか、作戦を考えていないようだ」
「マジかよ」
ジェイクは目を見開きながらダークを見つめ、レジーナも大丈夫なの、と言いたそうな顔をしている。ポリアはダークの話を聞いて不安を感じたのか、少し暗い表情を浮かべていた。
ダークはレジーナたちの顔を見るとゆっくりと先程会話をしたセイレーンたちの方を向いた。
「私たちが加勢できれば間違いなく勝てるのだが、こればかりはベガン殿たちの話し合い次第だ」
「話し合い次第、か……もしセイレーンたちがあたしたちと共闘するのを断った場合、ダーク兄さんはどうするつもり? 勝手に海賊たちと戦っちゃう?」
「……さあな、その時の状況次第だ」
セイレーンたちを見ながらダークは呟き、レジーナとジェイクはそんなダークをジッと見つめる。三人の会話を聞いていたポリアは何の問題も起きずに仲間たちがダークたちと共闘することを選んでほしいと思っていた。
「……さて、東の浜辺がどうなっているのかは大体把握した。次は島の中を見てどんな地形になっているかを確かめるとしよう」
「そうですね」
オールドシードラゴンを待機させ、東の浜辺の状況確認が済んだダークは孤島がどんな場所なのかを確認することにし、ノワールもそれに賛成する。レジーナとジェイクも異議は無いのか無言で頷き、ポリアは次の場所を案内するために気持ちを切り替えて笑顔を浮かべた。
「あっ、そうだ。ダーク兄さんにずっと訊きたかったことがあったんだったわ」
「ん?」
ダークたちが移動しようとした時、突然レジーナが声を出し、ダークはレジーナに視線を向ける。ノワールやジェイク、ポリアも一斉にレジーナの方を向いて不思議そうな顔をした。
「この島に来た時、セイレーンたちの歌声であたしたち、気分を悪くしたでしょう?」
「ああ」
「ダーク兄さんとノワールはともかく、どうしてアリシア姉さんは気分を悪くしなかったの?」
レジーナは孤島に辿り着いた直後にセイレーンたちの歌声で混乱しかけた時、アリシアが歌声の影響を受けなかったことがどうしても気になっていたのだ。ダークとノワールはLMFの技術で状態異常にならないことは分かっている。だが、この世界の住人であるアリシアが歌声の影響を受けなかった理由は分からなかった。
セイレーンの歌声の影響を受けるタイミングは歌声を聞いた者によって変化する。だが、聞いた者によって影響を受けるタイミングが変わるとしても、アリシアは歌声が聞こえてからかなりの時間平気でいた。いくらアリシアがレベル100でも長時間歌声の影響を受けないのはあり得ない事だ。
ジェイクもレジーナの話を聞いてアリシアが気分を悪くしなかったのを思い出すと、ダークの方を向いて興味のありそうな顔をする。ダークはレジーナとジェイクの表情を見ると、ああぁ、というような反応を見せた。
「実はアリシアは私の――」
「海賊だぁーっ!」
ダークがアリシアが歌声の影響を受けなかった理由を説明しようとした時、浜辺を見張っていたセイレーンの一人が声を上げる。声を聞いたダークたちは一斉に振り向き、セイレーンたちの下へ走り出す。
セイレーンたちと合流したダークたちは沖の方を見る。すると、3kmほど先に小さな影が二つ見え、それを見つけたダークは鷲眼の技術を発動させて遠くに見える影を確認した。それは作りが似ている二隻の帆船でそれを見たダークは目を薄っすらと赤く光らせる。
「あれが海賊たちの船か?」
ダークが沖の方を見ながら隣にいるセイレーンに尋ねると、セイレーンはダークと同じように沖を見つめながら険しい顔で頷く。
「ハイ、間違いありません。ですが、今までは一隻だったのに今回は二隻の船で来ています」
セイレーンは今までと違い、海賊たちが二隻の帆船を使って孤島に来たことを口にし、それを聞いたレジーナ、ジェイク、ポリアは目を見開いた。ジェイクが話したとおり、海賊たちが二隻の船を所有していたことに驚いたようだ。
「……ジェイク、お前の話したとおり、海賊たちは全部で九十人近くいるようだな」
「ああ、正直俺も驚いてる」
「どうする、ダーク兄さん?」
レジーナが真剣な表情を浮かべながら尋ねると、ダークは鷲眼の技術を解いてレジーナたちの方を向いた。そして、視線を驚いているポリアの方へ向ける。
「ポリア、急いで集落へ戻り、このことを私の仲間であるアリシアとマティーリア、そしてベガン殿たちに伝えてこい。あと、他の場所を見張っているセイレーンたちにもな」
「え? あ、ハイ、分かりました!」
「ノワール、お前も彼女と一緒に集落へ戻れ。そして、アリシアとマティーリアに会ったら転移魔法で二人を連れて此処に戻って来い」
「分かりました」
ダークの指示を聞いたポリアとノワールは返事をし、自分の翼を広げて集落の方へ飛んでいった。ダークは二人を見送るともう一度沖の方を向き、遠くに見える海賊船を見つめる。
「私たちは此処で海賊たちを見張る。そしてもし、奴らが上陸してきたら足止めをする」
低い声を出しながらダークを周りにいるレジーナとジェイク、セイレーンたちにも指示を出す。レジーナには状況次第で海賊と戦うと言っていたが、どうやらダークはセイレーンが共闘を求めようが拒もうが、最初から海賊と戦うつもりでいたようだ。レジーナとジェイクは相変わらず気まぐれなダークに小さな笑みを浮かべた。
セイレーンたちはダークの声を聞くと一斉に真剣な表情を浮かべた。人間に指揮を執られるのは不満だが、今はそんなことを考えている場合ではないと、海賊を足止めすることに集中する。そんな中、レジーナとジェイクは自分たちが防衛に参加すると、足止めではなく、殲滅させてしまうのではと思い、苦笑いを浮かべて遠くの海賊船を見つめた。