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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二章~湿地の略奪者~
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第二十一話  絶対強者

 マザースパイダーの相手をダークに任せてアリシアたちは空洞の奥へ進み、ジェイクの家族を救出に向かう。だがマザースパイダーから奥には大量のパラサイトスパイダーがいると聞かされ、アリシアたちはどれほどの数がいるのか分からずに不安を感じていた。

 一本道を固まって走るアリシアたち。地面も壁も天井も蜘蛛の糸で覆われ、不気味な感じがアリシア達を包み込む。そんな中、アリシアたちはパラサイトスパイダーがジェイクの家族を既に襲って食べてしまっているのではないかという気持ちになり、急いで奥へ向かった。

 走っていると四人はようやく通路を出て、マザースパイダーたちの部屋と思われる空洞に出た。そこは松明などが無く真っ暗だが、空洞に出た雰囲気からさっき自分たちがいた空洞と同じくらいの広さと思われる。アリシアたちは通路の出口前で立ち止まり、真っ暗な空洞を見回した。


「此処がパラサイトスパイダーたちの部屋なの?」

「ああ。だが、俺らも奥には入ったことはねぇ。手に入れた食料や苗床をこの辺りでマザースパイダーたちに渡してそのまま出ていったからな」


 何も見えない空洞を見上げながらレジーナは隣になっているジェイクに尋ねる。ジェイクは同じように空洞を見上げながら返事をした。

 二人が空洞を見渡していると、アリシアとノワールは真っ暗な奥をジッと見つめている。奥から何かが動くような音が僅かに聞こえ、それがパラサイトスパイダーが動く音だとすぐに気づいた。


「……アリシア姉さん、どうしたの?」

「しぃっ、静かに。奥から何かが動く音が聞こえる。恐らくパラサイトスパイダーだ……」

「え? そんな音、聞こえないけど……」


 レジーナは自分には聞こえない音をアリシアが聞いているということを知り、少し驚いた顔で奥を見る。ジェイクも聞こえないのかアリシアとノワールを見た後に空洞の奥を見た。だが、松明が無くて真っ暗な奥は見えず、どうなっているのか全く分からなかった。

 しばらく暗い奥を見ていたアリシアは隣で同じように奥を見ているノワールの方を向き、そっと声をかけた。


「ノワール、空洞を明るくする魔法とかは使えないのか?」

「使えますよ? この程度の暗さなら昼間のように明るくできます」

「なら、その魔法でこの空洞を照らしてくれ」

「……分かりました。ですが、気を付けてくださいね? 暗い所をいきなり明るくすれば目が眩んでしまうことがあります。僕が魔法を発動したらすぐに目を隠してください」

「分かった」


 ノワールの忠告を聞いたアリシアはレジーナとジェイクに魔法で空洞を明るくすることを伝える。話を聞いた二人はノワールを見て、そんなことまでできるのかと言いたそうな表情を浮かべた。

 アリシアが二人に魔法のことを話していると、ノワールは見習い魔法使いの杖を両手で持ち、杖を高くかざす。すると杖の先からテニスボールくらいの大きさの光球が現れ、ノワールは杖を軽く振り、その光球を空洞の天井に向かって飛ばした。飛ばされた光球は天井ギリギリまで行くとゆっくりと止まる。


小さな太陽スモールサニー!」


 魔法の名を叫ぶと、光球は突然光り出して真っ暗な空洞を照らす。突然の強烈な光にアリシアたちは驚きながら慌てて目を逸らしたり、腕で光から目を守った。

 <小さな太陽スモールサニー>はLMFでは夜や暗いダンジョン内を明るくするための下級魔法でダンジョン攻略では役に立つ。だが明るくする時間は短く、突然明るくすればプレイヤーたちの目が眩んでしまうという欠点もある。そのうえ、魔法使いの職業クラスを持つ者しか使えないので、暗い所でも視界が良くなるアイテムや技術スキルを使うプレイヤーが多かった。しかし、視界をよくする技術スキルは体得し難いのでこの魔法を使う者も多く、LMF内では微妙な存在の魔法と言われている。

 アリシアたちはいきなり明るくなったことでやはり少し目が眩んでしまったのか動けなくなっていた。だが次第に目が慣れていき、アリシアたちはゆっくりと目を開ける。


「……なっ!? こ、これは……」


 明るくなった空洞の奥を見たアリシアは驚愕の表情を浮かべながら自分の目を疑った。同じように目が慣れて奥を見たレジーナとジェイクも驚きの表情を浮かべている。ノワールも珍しく少し驚いたような顔をしていた。

 アリシアたちの目に飛び込んできたのは空洞の奥で糸まみれにされながら倒れたり、壁に貼り付けられている大勢の若い女と大量のパラサイトスパイダーだった。その数は尋常ではなく、すぐには数え切れないほどだ。しかも天井にも女は沢山吊るされ、パラサイトスパイダーは張り付いている。空洞の壁や天井の全てが蜘蛛と女で埋め尽くされていた。


「な、何よこれ……これ全部がパラサイトスパイダー?」

「それだけじゃねぇ、糸まみれになっている女どもは全部苗床ってことになるぜ」

「ア、アンタたち、こんなに沢山の人たちをさらったの?」

「馬鹿を言うな! 俺らがさらってきたのはほんの数人だ」

「そ、それじゃあ、この数の苗床って……」

「俺らがさらってくる前からコイツらが捕まえた苗床ってことになるな……」


 青ざめながらレジーナは空洞内の苗床を見る。ジェイクも自分がさらってきて女の数よりも遥かに多い苗床の数を見て表情が固まっていた。アリシアも奥にまだこんなに沢山のパラサイトスパイダーがいるとは思わなかったのか愕然としている。

 アリシアたちが驚いていると動かずにジッとしていたパラサイトスパイダーたちが動き出し、アリシアたちに向かって一斉に動き出した。どうやらパラサイトスパイダーたちもスモールサニーの発光で目が眩み、しばらく動けなかったようだ。


「マズイ、パラサイトスパイダーが動き出した!」

「ど、どうしよう!?」

「あれだけの数を俺らだけでどうにかするなんて……」


 迫ってくるパラサイトスパイダーの群れを見てアリシアたち武器を構える。だが、ノワールだけは慌てず冷静に動いていた。そんなノワールを見てアリシアたちは彼の神経の図太さに別の意味で驚く。

 すると、ノワールがパラサイトスパイダーを見ながらアリシアたちの前に移動した。


「皆さん、下がってください!」


 後ろに下がれと言うノワールにアリシアたちは一瞬戸惑いを見せる。だが、ノワールは何かをしようとしていると理解した三人は言われたとおり後ろ下がってノワールから距離を取った。

 アリシアたちが離れるのを確認したノワールは迫ってくるパラサイトスパイダーの群れを見つめながら再び杖をかざす。


熱湯の波ボイリングウェーブ!」


 ノワールが叫びながら杖を振り下ろし、先端で地面を叩いた。するとそこからもの凄い勢いで水が噴き出て空洞に広がっていく。だがよく見るとその水からは熱気が感じられ、湯気も上がっている。噴き出た水は熱湯だったのだ。

 熱湯は徐々に大きくなり、やがて大きな波となり迫ってくるパラサイトスパイダーの群れを飲み込んだ。パラサイトスパイダーたちは突然の熱湯の波を受け、その高熱に鳴き声を上げる。熱湯はあっという間に空洞の奥まで流れていき、パラサイトスパイダーの大半が熱湯の餌食となった。

 <熱湯の波ボイリングウェーブ>は水属性の中級魔法で広範囲の敵の攻撃することができる。熱湯の波で攻撃することから受けた敵は一定の確率で火傷を負い、微量のダメージを受け続けるという追加効果もあるのでLMFでは使うプレイヤーも多い。だがノワールはあまり強い魔法とは思っていないようだ。

 アリシアたちはノワールの魔法で多くのパラサイトスパイダーが倒された光景を黙ったまま驚きの表情を浮かべている。


「す、凄いわね、ノワールの魔法って……」

「あれだけいたパラサイトスパイダーの半分以上を倒しちまうとは……」

「でも……あれでもまだ全力の半分も出していないんでしょうね……」


 レジーナはバルガンスの町の魔法訓練場で見たノワールの魔法を思い出し、まだノワールが本当の力を出していないことを知って呟く。ジェイクはレジーナの呟きを聞いてまだノワールが本気じゃないことを知ると更に驚きの表情を浮かべた。

 熱湯の波で空洞内のパラサイトスパイダーのほとんどは倒せたが、壁に張り付いている一部のパラサイトスパイダーは生き残っていた。魔法で出された熱湯は消えて無くなり、それを見たパラサイトスパイダーは地面に降りて再びアリシアたちに向かっていく。


「クッ! また迫ってくるぞ!」


 アリシアが生き残ったパラサイトスパイダーが近づいてくるのを見てノワールたちに知らせる。レジーナとジェイクは咄嗟に自分の武器を構え、ノワールも杖を掲げた。


物理防御強化拡散アタックプロテクションプラス! 移動速度強化拡散スピードアッププラス! 物理攻撃強化拡散パワーストライクプラス! 炎の素子鎧エレメントフレイム!」


 ノワールは連続で四つの魔法を発動させる。アリシア達の体が一瞬黄色く光り、続いて青く、赤く光って最後に体をオレンジ色の炎が包み込んだ。

 アリシアたちは自分の体に何が起きたのか分からずに炎を纏う自分の体を見つめた。


「ノワール、これは?」

「補助魔法を掛けました。これでパラサイトスパイダーとも楽に戦えるはずです。皆で残りを片付けちゃいましょう!」


 自分を含む全員に魔法を掛け終え、近づいてくるパラサイトスパイダーたちを睨みながら杖を構えるノワール。アリシアたちは自分の身に何が起きたのかいまいち分かっていないが、パラサイトスパイダーが近づいてくるのを見て慌てて武器を構えた。

 ノワールが発動した四つの魔法で<物理防御強化アタックプロテクション>は物理防御力を上昇させる魔法で<移動速度強化スピードアップ>はその名の通り移動速度を上げ、<物理攻撃強化パワーストライク>は物理攻撃力を高めるための魔法だ。自分や仲間のステータスを強化するための補助魔法で、LMFのプレイヤーは全員が使ってもおかしくないと言われているもの。因みに三つの魔法に付いている<拡散プラス>は複数を対象に掛けることができる魔法でプラスが付いていない場合は単体にしか発動できない。

 そして最後に発動した<炎の素子鎧エレメントフレイム>は掛けられた対象に近づいて敵に火属性の追加ダメージを与える魔法である。パラサイトスパイダーは火に弱いということを知ったノワールは少しでも戦いが有利になるよう全員に掛けたのだ。この魔法は他の三つとは違い、プラスが付いていなくても複数の対象に掛けることができる。


「皆で片付けるって言ってもよぉ、まだかなりの数が残ってるんだぜ? 俺らだけで全部倒せるのかよ?」

「そうよ、いくらアンタが強い魔法が使えるとしてもこの数は……あっ! さっき使った蜘蛛たちを弱らせる煙をまた使えば……」

「無理です。蟲病みの煙は一度使うとしばらくしてからじゃないと使えないんです。もう一度使うにまだ時間が掛かります」


 蟲病みの煙が使えないことを聞かされてレジーナとジェイクは愕然とした。

 ダークが使う暗黒剣技やノワールが使った蟲病みの煙のようなLMFで使われる職業クラスの各能力は一度使うと同じ能力を使うまで時間が掛かるようになっている。例えば、ダークが暗黒剣技の黒炎爆死斬こくえんばくしざんを一度使うと十数秒経ってからでないと再び使うことはできない。つまり同じ能力を連続で使用することはできないのだ。

 同じ能力を使うのならしばらく時間が経ってからでないと使えない、それはLMFで強い能力ばかりを使って敵を簡単に倒してしまわないようにするためであり、ゲームのスリルを楽しんでもらうために考えられたものだ。どうやらこの世界に来てもその能力の使用条件は残っているらしい。

 パラサイトスパイダーたちを弱体化させられないことからレジーナとジェイクは少し焦っているような顔を見せている。だが二人が焦っている中、アリシアだけは慌てること無く剣を構えてパラサイトスパイダーたちを睨んでいる。それは自分のレベルが70であることと、ノワールが補助魔法を掛けてくれたことで自分が少し強くなったと分かり安心しているからだ。


「二人とも、動揺するな! ノワールも魔法で援護してくれるし補助魔法も掛けてくれたのだ。恐れることはない!」


 アリシアは二人を勇気づけると迫ってくるパラサイトスパイダーに向かって走りだした。

 勢いよく剣を振ってアリシアはパラサイトスパイダーを切り捨てていく。パワーストライクのおかげで攻撃力が上昇しているため、蟲病みの煙で弱まったパラサイトスパイダーを切った時ほどではないが、硬い甲殻の上からでも楽々と切って倒すことができる。パラサイトスパイダーたちはアリシアを取り囲んで攻撃を仕掛けるが、移動速度が上昇しているアリシアはパラサイトスパイダーの攻撃を全てかわして反撃していく。時には攻撃を回避できずに体当たりなどの攻撃を受けてしまうが殆ど痛みは感じなかった。これもレベルが70であることと補助魔法で防御力が高まっているおかげだろう。

 更にアリシアに近づいたり、飛び掛かったりしてきたパラサイトスパイダーの体は突然燃え上がる。体を焼かれるパラサイトスパイダーは鳴き声を上げながらもがき苦しみ、やがて命を落とした。これが自分の体に纏われている炎の力だと知り、アリシアは驚きの表情を浮かべる。

 アリシアが一人で次々とパラサイトスパイダーを倒していく光景を目にしたレジーナとジェイクは自分たちも戦おうという気持ちになりパラサイトスパイダーの群れに突っ込んでいく。パラサイトスパイダーたちも走ってくる二人に気付いて一斉に襲い掛かった。

 レジーナとジェイクは普通の攻撃をしたり、戦技を使ったりなど状況に応じて戦い方を変えていき、一体ずつ確実にパラサイトスパイダーを倒していく。だが、それでもまだ数は多く、戦況に大きな変化は見られなった。


(ノワールの魔法で大半のパラサイトスパイダーは倒せたがそれでもまだこの数だ。補助魔法で戦いやすくなってはいるがこちらの体力には限界がある。補助魔法が解ける前になんとか勝負をつけなくては……)


 戦いの時間が掛かるほど不利になっていくことを考え、アリシアはどう戦えば早く片付くのかを頭の中で考えた。すると、考え事をして隙のできたアリシアの背後から一匹のパラサイトスパイダーが飛び掛かりアリシアの背中に取り付いた。

 アリシアはなんとか取り付いたパラサイトスパイダーを背中から離そうと体を大きく動かすが、パラサイトスパイダーは炎の素子鎧エレメントフレイムの炎で体を燃やされながらもしっかりと取り付いてなかなか離れない。そして、燃えるパラサイトスパイダーは暴れるアリシアの左肩に強く噛みついた。


「グウゥ! しまったぁ!」


 噛まれたことで表情が歪むアリシアは急いで剣でパラサイトスパイダーの顔面を刺して倒す。顔面を刺されたことでようやくパラサイトスパイダーはアリシアの背中から離れて地面に落ち、炎に焼かれながら動かなくなった。

 アリシアは噛まれた箇所を抑えながら自分を取り囲むパラサイトスパイダーたちを見る。


(しくじった! パラサイトスパイダーの毒は即効性ですぐに全身が麻痺して動かなくなる。これではもうまともに戦うことも……)


 すぐに毒で体がいうことを聞かなくなるとアリシアは悔しそうな表情を浮かべる。体が動かなくてはもう勝ち目は無い、そう感じて目を閉じた。ところがいつまで経っても体は痺れず痛みも感じなかった。アリシアは変に思って自分の体や手を見る。するとダークから貰った毒食いの指輪が目に飛び込み、ダークが言っていたことを思い出す。


(あらゆる毒から身を守る指輪……。助かった、これが無かったら私は今頃……)


 ダークに心の中で感謝するアリシアは小さく微笑みを浮かべる。そんなアリシアにパラサイトスパイダーたちは一斉に飛び掛かる。アリシアは襲ってくるパラサイトスパイダーたちを見てハッとした。同時にまた隙を作ってしまった自分を情けなく思う。

 だが次の瞬間、飛び掛かってきたパラサイトスパイダーたちは電気の矢を受けて大きく飛ばされた。アリシアが電気の矢が飛んできた方を見ると杖の先をこちらに向けているノワールが目に入る。どうやらノワールが雷の槍サンダージャベリンで助けてくれたようだ。


「アリシアさん、迂闊ですよ!」

「す、すまない」

「今ようやく蟲病みの煙を使えるようになりました。一気に勝負をつけましょう!」

「あ、ああ、頼む!」


 剣を構え直すアリシアを見てノワールは杖を回してから強く地面を叩き、苔色の煙を空洞内に広げる。再び蟲病みの煙でパラサイトスパイダーたちが弱体化し、そのチャンスを逃すまいとアリシアたちは一気に攻撃を仕掛けた。


――――――


 蟲病みの煙のおかげで戦況は一変し、アリシアたちは全てのパラサイトスパイダーを倒すことができた。空洞のあちこちには切られたり潰されたりなどされたパラサイトスパイダーの死骸が多く転がっており、その真ん中でアリシアとレジーナは座り込んでいる。


「ふぅ~、疲れたぁ~!」

「この空洞にいたパラサイトスパイダーは全て倒した。とりあえず此処はもう安全だろう」


 アリシアは呟きながら応急処置用の道具を使って自分の傷の手当てをする。レジーナも自分の道具を使って応急処置をした。

 あれからアリシアたちは蟲病みの煙で弱体化したパラサイトスパイダーたちを倒していったが、動けるパラサイトスパイダーもいて反撃を受けてしまい、僅かに傷を負ってしまう。だが命に係わるような傷は負っておらず、全員が無事だった。


「それにしても凄いわね、この指輪? ダーク兄さんの言うとおり本当に毒が効かないんだもん。パラサイトスパイダーに噛まれて毒を注入された時はもう終わったって感じたけど、その後にピンピンしてるからビックリしちゃった」

「彼の持つアイテムは優れた物ばかりだ。毒を無力化するアイテムがあっても不思議ではない」

「……ダーク兄さんって、本当に何者なのかしら?」


 レジーナはダークの正体が気になり難しい顔をして考え込む。そんなレジーナをアリシアは黙って見つめている。彼が別の世界からきたレベル100の暗黒騎士であるということをバレないようにするためにアリシアは黙っていた。もしバレてしまえば色々と大変なことになってしまうからだ。それはダークの協力者になった時に彼と話し合って決めている。アリシアはその約束を守るために自分からダークの素性のついては絶対に話さなかった。

 アリシアとレジーナが休んでいると空洞の隅ではノワールとジェイクが何かを探していた。冷静な表情を浮かべながら探しているノワールに対してジェイクは少し慌てたような表情を浮かべている。二人はこの空洞の何処かにいるはずのジェイクの家族を探していたのだ。


「……ん? これは……」


 蜘蛛の糸が付いている壁を調べていたノワールが他と比べてやたら蜘蛛の糸が厚く付いている壁を見つけて杖で突いた。すると蜘蛛の糸の下から小さな金属音が聞こえ、ノワールはふと反応する。


「ジェイクさん! こっちに来てください」


 ノワールが大声でジェイクを呼び、呼ばれたジェイクや傷の手当てをしていたアリシアとレジーナはノワールの下に駆け寄る。

 アリシアたちが蜘蛛の糸の前に集まるとノワールが金属音が聞こえたことをアリシアたちに伝え、アリシアたちは持っている剣やバルディッシュを使って蜘蛛の糸を切っていく。しばらく切っていると蜘蛛の糸の下から鉄製の扉が現れ、アリシアたちはその扉をゆっくりと開いた。扉の中は大人一人が入れるくらいのスペースになっており、その中には二十代後半ぐらいで茶色い長髪をした女性と五歳ぐらいの女の子がボロボロの姿で抱き合いながら座り込んでいる姿があった。


「モニカ! アイリ!」

「え? ……あ、あなた!」

「パパァ!」


 二人の姿を見た瞬間、ジェイクは目を見開きながら声を上げ、それを聞いた女性と女の子も驚きの顔でジェイクを見つめる。どうやらこの二人がジェイクの妻と娘のモニカとアイリのようだ。

 ジェイクはモニカとアイリを出すと大きな腕で二人を抱きしめた。妻子の無事を確認できたジェイクの目からは涙があふれ、モニカとアイリに泣きながら抱き返す。


「よかった、本当によかった! お前たち、どこも怪我はないか? 苗床にはされていないか?」

「ええ、大丈夫。マザースパイダーに捕まってからはずっと此処に閉じ込められていたけど、酷いことはされなかったわ」

「そうか……危険な目に遭わせてすまなかった」


 妻を抱きしめながら謝罪するジェイクにモニカは涙目で笑いながら首を横に振り、気にしないでと伝えた。


「……アイリもゴメンな? パパがしっかりしていなかったせいで」

「ううん、パパなら助けてくれるって信じてたよ」


 アイリの笑顔を見てジェイクは更に涙を流しながらアイリを抱き寄せる。

 無事に家族を取り戻したジェイクとその家族の姿を見てレジーナは感動したのか涙を流しながら見守っており、アリシアも小さく笑いながら見つめていた。だが、ノワールだけは真剣な顔で周囲を見回している。


「感動の再会はそれぐらいにして早く此処から出た方がいいですよ?」

「え?」


 ノワールの言葉にアリシアは思わず声を出し、レジーナたちも不思議そうな顔をしている。ノワールは鋭い目で空洞の奥にある苗床の女の死体を見つめ、アリシアたちもノワールが見ている苗床に注目した。すると、苗床の女の腹部が突然動き出し、そこからパラサイトスパイダーが腹部を食い破って出てきた。その大きさはアリシアたちが戦ったパラサイトスパイダーと比べると明らかに小さい。どうやら苗床の中の幼虫が一定の大きさまで成長して外に出てきたようだ。

 おぞましい光景を見たアリシアたちは思わず青ざめてしまう。すると他の苗床からも小さなパラサイトスパイダーが次々に出てくる。数えられないくらいの苗床から多くのパラサイトスパイダーが生まれ、空洞は再びパラサイトスパイダーでいっぱいになろうとしていた。


「ちょちょちょちょ! どうするのよこれ!?」

「このままだと俺らは全員アイツらの餌になっちまうぜ!」


 レジーナとジェイクは天井や壁を見て思わず慌ててしまう。モニカとアイリも大量のパラサイトスパイダーを見て完全に怯えていた。


「……ノワール、なんとかならないのか?」


 アリシアはノワールにこの状況を打開する策はないか尋ねる。するとノワールは杖を強く握って天井を見上げた。


「皆さん、急いでこの空洞から出てください!」


 ノワールから突然空洞を出ろと言われ、アリシアは何か策があるのだと感じ、レジーナたちを連れて空洞の出入口へ向かって走りだす。ノワールはパラサイトスパイダーたちを警戒しながら後をついていく。アリシアたちは空洞を出ると立ち止まって振り返る。最後尾を走っていたノワールは出入口の前までくると立ち止まって杖の先を空洞に向けた。


油の雨オイルシャワー!」


 アリシアたちに背を向けたままノワールは魔法を発動させる。杖の先からは薄い茶色の液体が噴水のように噴き出て空洞内に広がっていく。液体が空洞の奥まで広がると噴き出ていた液体は止まり、ノワールは液体まみれの空洞を黙って眺めた。


「なんだ、あの液体は……んんっ!?」


 空洞内を満たす液体を見ていたアリシアは突然鼻を刺すような強烈な臭いを嗅ぎ思わず鼻を手で覆う。レジーナたちも同じように悪臭を嗅いで一斉に鼻を押さえた。


「こ、このキツイ臭い……」

「もしかして……」


 ジェイクとレジーナが液体の正体を察し、思わず後ろに下がる。アリシアやモニカとアイリも気付いて驚きの表情を浮かべていた。


火弾ファイヤーバレット!」


 ノワールは苗床から出てきたパラサイトスパイダーたちが地面に広がる液体に触れたのを確認すると地面に向かって火球を放った。そして火球が液体に触れた瞬間、炎はもの凄い速さで空洞内に広がっていき、生まれたばかりのパラサイトスパイダーたちを焼き尽くした。

 先程ノワールが使った<油の雨オイルシャワー>は油を広範囲にまき散らす魔法でこれを敵に使用した後に火属性の魔法や攻撃を当てると敵により多くのダメージを与えることができる。中級魔法で消費するMPは少々多いが、LMFではこの魔法を受けた敵が火属性の攻撃を受ければ100%火傷状態になって追加ダメージを与えることもできるので火属性の魔法を多く持つプレイヤーは必ず習得しているのだ。こちらの世界では普通に油をまき散らすだけの魔法らしい。

 ノワールは目の前に広がる炎の海を見つめている。アリシアたちもその光景を見て驚いていた。炎の中ではパラサイトスパイダーたちが鳴き声を上げながら焼け死んでいき、天井や壁に付いている苗床から出てきたパラサイトスパイダーも炎から上がる煙によって上手く動けなくなり、次々と炎の中に落ちていく。


「……これで後始末は完了です。さぁ、火がこっちに来る前に戻りましょう」


 振り返ったノワールはそう言って来た道を戻っていき、アリシアたちもその後に続く。アリシアたちは無事にジェイクの妻と娘を救出し、残りのパラサイトスパイダーも全て倒すことができた。

 

――――――


 時は少々遡り、アリシアたちがパラサイトスパイダーと戦闘を開始した頃、残ったダークはマザースパイダーとそれが連れていた四匹のパラサイトスパイダーの相手をしていた。たった一人で戦うなど無謀だと普通の者は考えるが、ダークにとっては脅威にすらならない相手だ。

 大剣を構えるダークの足元には既に真っ二つにされたパラサイトスパイダーの死骸が二つ転がっており、ダークの前には残りの二匹のパラサイトスパイダーがどうやって攻撃すればいいのか分からずにジッと動かずにダークを見ている。その後ろ、数m離れた所ではマザースパイダーが意外そうな顔で見ていた。ダーク一人にパラサイトスパイダーが二匹もやられるとは思わなかったのだろう。


「……さっきまでの勢いはどうした? 仲間がやられて怖気づいたか?」


 ダークは低い声でパラサイトスパイダーたちを挑発をする。その挑発がパラサイトスパイダーたちに通じたのかは分からないが、パラサイトスパイダーたちは目を光らせながらダークに向かって走りだした。

 二匹のうち、一匹はジャンプしてダークに飛び掛かり、もう一匹は右側面に回り込んで攻撃しようとした。だがダークは前と右から迫ってくるパラサイトスパイダーを見ながら落ち着いて行動する。素早く前から飛び掛かってきたパラサイトスパイダーの左へ回り込み、大剣で胴体から真っ二つにし、そのままもう一匹に向かって走り、大剣を大きく横に振ってパラサイトスパイダーを切り捨てる。切られたパラサイトスパイダーの死骸はバラバラになって広範囲に肉片が散らばった。

 あっという間に四匹のパラサイトスパイダーを片付けたダークを見てマザースパイダーは笑いながら拍手をした。


「いやぁ~、なかなかやるわね。一人で私の子供たちを倒しちゃうなんて。貴方ってレベル幾つなの?」

「素直に教えると思うか?」

「ううん、思ってないわよ。ただ聞いてみただけ」

「フン……では今度は私から質問させてもらおう」

「んん?」

「……この隠れ家を攻撃した王国騎士団の第八小隊、その隊長である女騎士の姿が見当たらないのだが、何処にいる?」


 ダークはこの隠れ家に入ってから一度も見ていないべネゼラの姿が気になっており、マザースパイダーにべネゼラのことを尋ねた。そんなダークを見てマザースパイダーは不敵な笑みを浮かべる。


「そっちが質問に答えなかったのに私が質問に答えると思うのぉ?」

「思っていないさ。……と言うよりも、大体察しはついている」

「フゥ~ン……」

「……奴はもう死んでいるんだろう?」


 フルフェイスの兜から見えている赤い目を光らせながらダークは尋ねた。今まで見てきた兵士や盗賊たちの死体の数と状態からべネゼラがどうなったのかダークは薄々気づいていたのだ。だが、それでもやはり兵士や盗賊たちを襲ったパラサイトスパイダーたちの女王であるマザースパイダーの口から直接聞いてみたいと考えていた。

 ダークの確認を聞いたマザースパイダーはしばらく黙り込んだが、すぐにまた不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「そうよぉ? あの女はとっくに死んでるわ」

「苗床にしたのか?」

「ハアァ? まっさかぁ! あんなゴミ女、苗床にする価値も無いわ」

「どういうことだ?」

「あの女、この隠れ家を襲撃して盗賊どもを押していた時は威勢がよかったのに、私の子供たちが盗賊どもや部下の兵士たちを次々と殺していった途端に態度を変えたの。そして捕まえたあの女を苗床にしようとした時、アイツ私になんて言ったと思う?」


 マザースパイダーが呆れるような顔で話しているのをダークは黙って聞く。


「『私の部下たちは餌にするなり好きにしていいから私は逃がして!』、なぁんて言ったのよぉ? それを聞いた時に私は思ったわ。コイツは腐ってる、コイツを苗床にしたら出来の悪い子供たちが生まれちゃうってね。だからあの女だけは男どもと同じように餌にしてやったの」

「……なるほど」

「自分のことしか考えないゴミ女なんて苗床にする価値もないからね。生きたまま子供たちの餌にしてやったのよ。フフフフフ、その時のあの女の泣き顔と悲鳴、今思い出しただけどもゾクゾクしちゃうわぁ! ……ああぁ、ごめんなさぁい? 仲間を馬鹿にされて、気分を悪くしちゃったぁ?」


 笑いながらダークに謝るマザースパイダーだったが、その表情からは罪悪感というものはまったく感じられなかった。ただ人間が死ぬ光景を見たことで最高に気分がいいという感情だけを感じさせている。

 そんな愉快な態度を取るマザースパイダーを見ていたダークは大剣を肩に担ぎながら低い声を出す。


「別に気にしてはいない。私もあの女は気に入らなかったからな。寧ろスカッとした」

「へぇ~? 貴方って結構酷い男なのねぇ? てっきり仲間を殺して怒るんじゃないかと思ったのに。やっぱり黒騎士なんてそんなものよね」

「盗賊たちを利用するだけ利用して最後には皆殺しにするお前と比べたらまだマシだと思うがな? まぁ、所詮はちっぽけな知識しかない害虫だ。そうすることでしか生き残れなかったのだろう」

「ああぁ? アンタ、自分の立場が分かってんのぉ? 子供たちを倒したからって調子に乗るんじゃないわよ。子供たちと私はレベルが全然違うの、子供たちは倒せても私を倒すことはできないのよ!」

「だったらそれを証明してみろ。私とお前のレベル、どちらが高いのかをな」

「……ええ、いいわよ。望み通りにしてあげる」


 不快な表情を浮かべるマザースパイダーはダークを睨みながらゆっくりと八本の脚に力を入れる。ダークもマザースパイダーを見つめながら大剣を構えた。その直後、マザースパイダーは勢いよく地面を蹴り大きく跳び上がる。そして跳び上がった状態のまま胴体の先端を地上にいるダークに向け、そこからもの凄い勢いで蜘蛛の糸を出した。

 ダークは飛んでくる蜘蛛の糸を見ると素早くその場を移動する。蜘蛛の糸はダークが立っていた場所に当たり、べったりとへばり付く。ダークが蜘蛛の糸を避けたのを見たマザースパイダーは舌打ちをしながら天井に張り付き、再び胴体の先端をダークに向けて蜘蛛の糸を飛ばす。今度出された糸は球状になっており、まるで銃撃するように連続でダークに放たれた。飛ばされた糸玉は走るダークの足元に命中し、地面に深くめり込む。その光景はまさに地面に当たった銃弾そのものだった。


「ホラホラホラァ、ちゃんと避けないと大怪我するわよぉ!」


 マザースパイダーはヘラヘラと笑いながら糸玉を撃ち続ける。ダークは走りながら飛んでくる糸玉を全てかわし、マザースパイダーの動きを観察した。

 パラサイトスパイダーが普通の蜘蛛のような行動しかできないことからマザースパイダーも同じかと思っていたが、糸を球状にして飛ばしたり、天井に張り付いたまま攻撃ができることを知ってマザースパイダーが雑魚モンスターとは違うとすぐに理解した。


「フッ、あんなことまでできるとはな。だが、LMFで遭遇したモンスターはもっと複雑なこともできた。奴らと比べるとまだまだと言うべきか」


 ダークは何処か楽しそうな口調でLMFとこの世界のモンスターを比べる。彼がLMFで戦ってきたモンスターはもっと強く、予想もつかない行動を取ってきた。だがマザースパイダーは少し考えればあり得ると言える程度のことしかやってこない。実際ダークはマザースパイダーが糸を出してきた時から糸で攻撃をしてくると予想していた。

 空洞内を走るダークを見ていたマザースパイダーは楽しそうに笑い続けていた。彼女はダークが反撃できず、ただ逃げ回っているのだと勘違いをしている。ダークは自分よりも弱く、強い敵を前に逃げることしかできない弱者だと思い込んでいるのだ。


「まったく、アイツもあのゴミ女と同じで口だけの馬鹿だったのかぁ。あ~あ、あんな雑魚と遊んでも面白くないわぁ。じっくりと甚振ってから殺そうと思ったんだけど、その気も失せちゃった」


 マザースパイダーは呆れ顔で呟きながら天井から離れ、空中で体勢を立て直し地面に着地する。

 ダークは天井から下りてきたマザースパイダーに気付くと足を止め、離れた所からマザースパイダーを見つめた。


「どうした? 安全な天井から攻撃してこないのか?」

「はあぁ? 何それ。まるで私がアンタよりも弱いから攻撃の届かない所から一方的に攻撃していたみたいじゃない」

「違うのか?」

「……アンタ、本当に調子に乗るんじゃないわよ? 逃げてばかりの腰抜けが私を雑魚扱いするなんて、いい加減にしないとマジで殺すよ?」

「だから、それをやってみると言っているのだ。そもそも、剣で戦う私を相手に高い天井に張り付いて攻撃してくるお前の方が腰抜けではないのか?」

「クウウウゥッ! ……いいわ、そんなに私と戦いたいのなら望み通り、アンタの攻撃が届くところで戦ってあげる。でもすぐには殺さないわ。手足を引きちぎって動けなくなった後にじっくりと痛めつけてから殺してあげる。早く殺してくださいって慈悲を乞うまでね!」


 歯を噛みしめながら苛立ちを見せるマザースパイダーはゆっくりと構えを取る。さっきまで甚振る気分ではなかったが彼女も自分より弱いと思っているダークにあそこまで挑発されれば痛めつけたくなるのも当然だ。今のマザースパイダーにはダークを八つ裂きにすることしか頭になかった。


「……そうか、もういいのか。もう少し天井に張り付いて戦っていればよかったのに……」


 自分の攻撃が届く場所で戦うことにしたマザースパイダーを見てダークは小さく笑いながら言う。それはマザースパイダーを見下すような笑い声だった。

 ダークの言葉を聞いたマザースパイダーは遂に堪忍袋の緒が切れたのか、八本の足で地面を蹴り、ダークに向かって突っ込んでいく。ダークを睨みながら両手の爪を光らせる。マザースパイダーの爪にはパラサイトスパイダーと同じ毒が塗られており、引っ掻かれただけで致命傷になる。その毒でダークが苦しんでいる間に甚振ってやろうと考えているのだろう。

 マザースパイダーはダークの2m前まで近づき、此処まで近づけばもう避けられないと確信したマザースパイダーはニヤリと笑う。だが次の瞬間、ダークはマザースパイダーの視界から消え、一瞬にして彼女の背後に移動していた。


「な、なんですって!?」


 目にも止まらぬ速さで背後に移動したダークにマザースパイダーは初めて驚きの表情を浮かべる。足が地面に付くと、マザースパイダーは素早く振り返って背を向けているダークを睨み付けた。


「……アンタ、今何をしたの? どうやって私の背後に回り込んだの?」

「……質問に答えてやってもいい。聞くことができたらな」

「はあぁ? 何を言って……」


 マザースパイダーがダークに言い返そうとした瞬間、マザースパイダーの右肩から左脇腹まで大きな切傷が生まれ、そこからパラサイトスパイダーと同じ薄紫の血が大量に噴き出た。

 実はダークはマザースパイダーの背後に回り込む一瞬の間に彼女の体を着ているビキニアーマーごと大剣で切り、マザースパイダーが振り返った後に遅延効果で切傷が生まれたのだ。

 突然自分の体にできた致命傷と言える深い傷を見てマザースパイダーは呆然としながら自分の血を見つめる。


「え? ……な、何が……起きた、の?」


 何が起きたのか理解できずにマザースパイダーはその場に崩れるように倒れ、二度と起き上がることは無かった。

 マザースパイダーが倒れるとダークは一度大剣を振ってから背中に納め、ゆっくりと振り返ってマザースパイダーの死骸を見つめる。


「だから言ったのだ、もう天井から攻撃してこないのかと。私の攻撃が届かない天井で戦えばもう少しは生きていられたのに……ああ、そういえばまだ質問に答えてなかったな? ……お前が目で追えないくらいの速さで移動したんだ」


 先ほどのマザースパイダーの質問に答えたダークはアリシアたちが入った奥の穴の方を向く。もう少し戦えると思っていたのだがアッサリと勝負が付いてしまい、ダークは何処かつまらなそうな様子だった。

 しばらくその場でアリシアたちが出てくるのを待っていたダークだが、少し時間が掛かることが気になり、アリシアたちのところへ向かおうと歩きだす。すると穴から黒い煙が出てきてそれを見たダークは足を止める。その直後にアリシアたちが煙と共に穴から出てきた。


「無事だったか」


 出てきたアリシアたちを見てダークは彼女たちの下に歩いていく。アリシアたちの怪我をしている姿を見て少し驚くダークだが、ピンピンしている姿と毒も受けていない様子から、心配ないと感じた。

 ジェイクの隣にはモニカとアイリの姿があり、二人を見たダークはそれがジェイクの妻子だとすぐに気づく。


「どうやら無事だったみたいだな?」

「ああ、苗床にもされていなかったぜ」

「フッ、そうか……」


 妻と娘の無事を喜ぶジェイクを見てダークは小さく笑う。顔は見えないが兜の下ではジェイクの家族の無事を喜ぶ微笑みを浮かべていた。

 ダークたちが話をしていると穴から更に黒煙が出てきて、それに気付いたノワールがダークを見上げながら口を開いた。


「マスター、奥のマザースパイダーの部屋には沢山の苗床がありました。それを全て燃やすために火を放ったので急いで此処を出ましょう。時期に隠れ家は煙でいっぱいになります」

「分かった。急いで此処から脱出するぞ!」

「ハイ!」

「あっ、待ってくれ。まだべネゼラを見つけていない。嫌な奴だが、このまま放っておくわけには……」


 アリシアがべネゼラのことを気にして空洞内を見回す。嫌いだったとはいえ、一応同じ騎士団の同士であるため、探して助けださないといけないと感じているのだ。そういった考え方ではアリシアはべネゼラよりも遥かに騎士らしいと言える。


「……べネゼラならもう死んでる。マザースパイダーがパラサイトスパイダーどもの餌にしたと笑いながら言っていた」

「……そうか。悪い奴だったが、いざ死んだと聞かされると複雑な気分だ」


 べネゼラの死を聞かされたアリシアは少し暗い顔をしながら呟く。嫌いな相手が死んで心を痛めるアリシアを見たダークは彼女の優しさを心から敬服した。

 黒煙は見る見るうちに空洞内に広がっていき、ダークたちは隠れ家が煙で満たされる前に隠れ家を脱出しようと出口へ向かう。今度の煙はノワールの蟲病みの煙とは違って人間にも危険な煙だ。吸って動けなくなる前に出ようと全員が走りだす。

 空洞を出ようとした時にアリシアとノワールは倒れているマザースパイダーとパラサイトスパイダーの死骸を見たがダークなら絶対に勝つと信じていたのか驚きはしなかった。ただし、二人以外の全員は驚いている。

 ダークたちは全速力で通路を走り、無事に外に出て待機していた第六小隊と合流する。それから兵士たちはダークたちからパラサイトスパイダーたちと第八小隊の全滅を聞かされ、驚いたり、落ち込んだりなど、様々な表情を浮かべるのだった。


――――――


 セルメティア王国の首都、アルメニスの街道。青空の下で町の住民たちが賑わう中をアリシアが一人歩いている姿がある。既にパラサイトスパイダーとの戦いから数日が経ち、体にはパラサイトスパイダーとの戦いで負った傷は無く、綺麗に完治していた。

 街道を出たアリシアはダークの拠点のある広場へやってくる。広場には相変わらず粗大ゴミとダークの拠点の入口である倉庫以外は無く殺風景な場所だった。アリシアが広場の中を進んでいくと、入口である倉庫から少し離れた所に人影があるのを見つける。それはバルディッシュを振って特訓をしているジェイクだった。

 ジェイクの姿を見たアリシアは静かにジェイクへ近づいていく。するとジェイクはアリシアの存在に気付き、素振りをやめる。


「おお、アリシアの姉貴。今日も来たのか?」

「ああ、ダークの報告だ。……それよりも、その姉貴と言うのはやめてもらえないか?」

「ええぇ? いいじゃねぇか。ダークの兄貴と姉貴は俺たち家族の恩人なんだ。敬意をこめてそう呼ぶのは当然だろう?」

「け、敬意、なのか?」

「ああ。……それにしても、ダークの兄貴には本当に驚かされたぜ。あんな方法で俺たちを助けるなんてよ」

「……確かにな」


 アリシアとジェイクはダークの行為を思い出しながら苦笑いを浮かべる。

 あの日、湿地からバルガンスの町へ戻ったダークたちは町長に盗賊とパラサイトスパイダーのことを伝えた。そしてジェイクに若い女たちをパラサイトスパイダーの苗床としてマザースパイダーに差し出した罪を償わせるためにダークの冒険者仲間になることになり、全員でアルメニスへ戻った。だが、罪を犯した盗賊の頭目であるジェイクをこのまま無罪にすることはできない。騎士団からも生き残った盗賊は全員連行しろと言われている。

 そこでダークは、ジェイクは部下の盗賊たちと共にパラサイトスパイダーたちに殺されたことにすることを思いついた。死んだことにすればジェイクも牢獄に入れられることも無く、家族と引き離されることはない。幸い、盗賊たちに襲われて逃げ延びた旅人や商人たちはジェイクの顔を見ておらず、ジェイクが生きていても彼が盗賊団の頭目とは誰も分からない。これこそがダークがジェイクを助けるために考えた作戦だったのだ。

 アルメニスに戻ったダークはすぐにジェイクを冒険者にし、ジェイクと彼の家族を守るために自分の拠点に住まわせることにした。そのため、ジェイクはダークの購入した土地にある広場で特訓をしていたのだ。


「兄貴がいなけりゃ、俺たちは今頃どうなっていたか……生き残った俺の部下たちも全員故郷に戻ったし、これで一安心だ」

「そうだな……ところで、ダークはいるか?」

「ああ、拠点の中にいるぜ」


 ジェイクは倉庫の方を見ながらアリシアにダークがいることを伝える。アリシアもジェイクに挨拶をして倉庫の方へ歩きだした。

 倉庫の前にくるとアリシアは扉を二回ノックする。すると扉が開き、中から子竜の姿のノワールが顔を出し、アリシアはを点内に招き入れた。中に入るとそこには兜を外して素顔を見せながらテーブルに座って紅茶を飲んでいるダークの姿がある。奥ではキッチンで仕事をしているモニカとその手伝いをしているアイリの姿もあった。二人はジェイクと共に住まわせてもらう代わりに食事の用意などを手伝ってくれることになったのだ。因みにジェイクたちは初めてダークの素顔を見た時、てっきり年上だと思ったらしく、若いダークの顔を見てかなり驚いていたらしい。


「よぉ、アリシア」

「お邪魔するぞ?」


 ノワールに案内されて奥へ入るアリシアはダークの向かいの席に腰を下ろした。モニカは客人のアリシアに紅茶を出し、アイリもアリシアに礼儀正しく挨拶をした。そんな二人を見てアリシアは微笑みを浮かべる。だが、ダークの顔を見た瞬間にその表情は変わった。


「また上の方で騒ぎがあったのか?」

「ああ、モルトン男爵のことで騎士団は大騒ぎだ」

「ハァ、本当に馬鹿な男だよ、アイツは」


 ダークはアリシアの話を聞いて呆れるような顔で溜め息をつく。

 アリシアはジェイクと彼の家族の生存以外、湿地で起きた一件のことを全て騎士団の報告した。ダークたちの協力、パラサイトスパイダー、第八小隊の全滅、勿論べネゼラの戦死も全てマーディングに話した。報告を聞いたマーディングは王城やべネゼラの父親であるモルトン男爵にも知らせたが、それを聞いたモルトン男爵は娘の死は騎士団の責任だと抗議してきたのだ。しかしマーディングは騎士団の所属している以上はいつ戦死してもおかしくないとモルトン男爵に説明して説得する。

 だが、そんなことでは納得できないモルトン男爵は今度は財務局に勤めていることを利用して騎士団に責任を取らせようとした。だが、その行いはさすがにマーディング以外の他の貴族たちの怒りを買い、とんでもない騒ぎになってしまったのだ。


「私がマーディング卿に報告した日からずっとこの調子だ。最初の一日や二日は平和的な話し合いをしていたのだが、三日目からはモルトン男爵も財務局の力を使うという強行策に出てな。騎士団に関わる貴族全員を敵に回してしまった。おかげで彼は財務局を追われて男爵の称号も剥奪、今は騎士団と財務局で後任の貴族を選出している」

「財務局の力を使って責任を取らせようとしたんだ、全てを失って当然だな。あと、噂で聞いたんだが、被害にあった騎士団関係者も後任を決める話し合いに参加させるよう、財務局に要求したんだろう?」

「そのとおりだ。だから今日も騎士団の詰め所は大騒ぎだ」


 疲れた顔で出された紅茶を一口飲むアリシアをダークとノワールは気の毒そうに見ていた。モニカとアイリは自分たちには関係ない話を聞かない方がいいと奥の部屋へ下がる。残ったダークたちは静かになった部屋で紅茶を飲む。


「そういえば、君の家は大丈夫なのか? べネゼラの父親が一緒に任務に出ていた君にも責任を取らせようなんて馬鹿なことは……」

「ああぁ、そっちの方は心配ない。マーディング卿と団長が私には責任は無いとモルトン男爵に説明したからな」

「当然だな。べネゼラは君に相談すること無く独断で隠れ家を攻撃してパラサイトスパイダーの餌食になったんだ。アリシアは悪くない」

「そう言ってくれると少しだけホッとする……」

「……だが気をつけろよ? 貴族っていうのは自分の気に入らない相手は権力や立場を利用して潰そうとしてくる。君も貴族なんだから他の貴族に狙われてもおかしくない。くれぐれも他の貴族たちを敵に回すような言動は控えろよ?」

「ああ、分かっている」


 ダークの忠告を聞き、アリシアは真剣な顔で頷く。盗賊の調査任務のはずがパラサイトスパイダーとの戦闘というとんでもない事態が起きてしまった。だがそのおかげでジェイクという新しい仲間と出会うことができた。ダークは今回の一件でこの世界のモンスターの危険さ、そしてモンスターから家族を守るためには悪に手を染めないといけないこともあるのだと知る。改めてこの世界と元いた世界の違いを理解したのだった。


第二章終了しました。次の投稿は年明けにする予定です。

皆さん良いお年を。

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