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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十六章~孤島の半人半鳥~
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第二百十七話  欲深き海賊


 ベガンたちに案内されながら、ダークたちはセイレーンたちの集落へ向かう。深い森の中をしばらく進み、ダークたちは森を抜けて集落がある岩山の真正面に出る。そこからダークたちは険しい山道を登っていき、ベガンたちは空を飛んで移動した。

 空を飛ぶことができる自分たちだけ楽をし、ダークたちを歩かせることに対してベガンたちは申し訳なさそうな顔をしているが、鳥の足を持ち、脚力が人間よりも劣っているセイレーンたちでは険しい山道を登ることは難しい。ダークたちもそのことを知っているのか、飛んでいるセイレーンたちに文句を言うこと無く登っていった。

 山道を登っていくと、ダークたちは広い場所に出た。そこには無数の木造の小屋が建っており、その近くや中央の広場には大勢のセイレーンの姿があった。それを見たダークたちは此処がセイレーンの集落だと気付く。

 集落にいたセイレーンたちは現れたダークたちの姿を見て驚きの反応を見せる。ベガンはそんなセイレーンたちに事情を説明し、ダークたちが海賊ではないと知ったセイレーンたちはダークたちに対する警戒を解いた。

 だが、それでもまだセイレーンたちは不安そうな表情を浮かべてダークたちを見ている。人間の海賊が孤島に攻め込んできたのだから、同じ人間であるダークたちに対して不安を感じるのも仕方がない。

 ベガンはダークたちを自分の小屋へ連れていくため、集落の奥へと歩いていく。周囲のセイレーンたちがダークたちに注目する中、ダークとノワールは視線を気にすることなくベガンの後をついていった。だが、アリシアたちはセイレーンたちの視線を気になるのか、複雑そうな表情を浮かべながらダークたちの後を追う。

 小屋の前までやってくると、入口を見張っていたセイレーンたちがベガンに気付いて挨拶をした。だが、彼の後ろにいるダークたちに気付くと驚きの反応を見せ、持っている槍を構えようとする。だが、ベガンは見張りのセイレーンたちにダークたちは敵でないことを説明し、見張りのセイレーンたちは警戒を解いた。


「中へ入ってくれ。そこで海賊たちのことを詳しく説明する」


 見張りのセイレーンたちに説明し終えると、ベガンはダークたちに小屋に入るよう伝えて中に入り、ダークたちもベガンに続いて小屋に入っていく。中には、少し小さめの机と椅子が置かれてあり、隅には小さな棚、そして奥には寝床と思われる藁が敷かれてあった。

 ベガンは机に近づくとゆっくりと椅子に腰を下ろし、ダークに向かいの席に着くよう手を差し出す。それを見たダークは無言で椅子に座ってベガンと向かい合う。

 ダークとベガンは椅子に座りながら黙って目の前の相手を見つめ、アリシアたちはそんな二人を黙って見つめている。外にいる見張りのセイレーンたちも小屋の中の様子が気になり、気付かれないようにそっと覗いていた。


「我らの集落へようこそ……改めて、自己紹介をさせてもらう。私がセイレーンたちの族長、ベガンだ」

「私ももう一度、名乗らせてもらおう……ダーク・ビフレスト、ビフレスト王国を治める暗黒騎士だ」

「先程は失礼なことをした、どうか許してほしい」

「もういい、事情が事情だからな」


 頭を下げて謝罪するベガンを見てダークは首を軽く横に振る。海賊に襲われて緊迫した状態だったので、海賊と間違えて攻撃しても仕方がないとダークは思っていたので、ベガンを責める気は無かった。寧ろ、気にしていないのに何度も謝られては逆に申し訳なく思えてしまうので、謝ってほしくないと思っている。

 ダークが気にしていないことを知ると、ベガンは顔を上げて安心した表情を浮かべた。人間の王を海賊と間違えて襲ってしまったため、自分たちの立場が危うくなってしまうのではと少し心配していたのだろう。

 不安が一つ無くなったことで楽になったベガンは早速、海賊のことを話そうとする。すると、ダークたちの背後、小屋の入口の方から声が聞こえてきた。


「族長! 人間を集落に招いたって本当ですか?」


 若い少年の声を聞いてダークたちは一斉に振り返る。そこには少年の姿をしたセイレーン、カイルスと少女の姿をしたセイレーン、ポリアの姿があった。ベガンが集落に人間を連れてきたという話を他のセイレーンから聞いて様子を見にきたようだ。

 小屋に入ったカイルスは目の前のダークたちの姿を見ると目を大きく見開きながら驚く。ポリアは初めて見る人間に興味があるのか、驚きの反応は見せず、まばたきをしながらダークたちを見ている。


「カイルス、ポリア、今は大切な話をしている。外に出ていろ」


 ベガンは少し困ったような顔でカイルスとポリアを見ながら外に出るよう伝える。これから大切な話をするのに、子供である二人がいては落ち着いて話ができないと思ったのだろう。

 ポリアはベガンの言葉につまらなそうな顔をする。カイルスは目を閉じながら小さく俯いて黙り込む。そして、しばらくすると目を開けながら顔を上げてベガンの方を向いた。


「族長、もしよかったら僕も一緒に話を聞いていいですか?」

「何?」


 カイルスの口から出て意外な言葉にベガンは訊き返す。ダークたちは話を聞かせてほしいと語る少年のセイレーンを黙って見つめていた。


「族長たちが今から話すのは例の海賊のことですよね?」

「ああ、そうだが?」

「僕はいずれ次の族長となる雄です。僕が族長になった後に今回のような事件が起きた時、どうすればいいのかを学ぶため、族長たちの話を聞いておきたいんです」

「……私は彼らに海賊のことを説明するだけだ。聞いても学べることは何も無いぞ」

「それでも構いません」


 真剣な表情を浮かべながらカイルスは自分を同席させてほしいと頼み、隣にいるポリアはそんなカイルスを見てカッコいいと思ったのか、おおぉ、という表情を浮かべていた。

 ベガンは引き下がろうとしないカイルスを見て困り顔になる。すると、さっきまで黙ってカイルスを見ていたダークがゆっくりとベガンの方を向いた。


「ベガン殿、私たちは構わないぞ」

「え? だが……」

「会話の内容から、彼は貴公の後を継ぐ者なのだろう? いずれ族長となる者なら、一度は今回のような会話に同席させておくのもいいと思う」


 ダークは僅かに低い声を出してカイルスを同席させてもいいと語り、アリシアたちも構わないと思っているのか、何も言わずにベガンを見ている。カイルスはダークの言葉を聞いて少し驚いたような反応を見せるが、自分が同席しても大丈夫だと考えていることを知って少し嬉しく思った。

 ベガンは小さく俯きながら考え込む。ダークたちやカイルスは考えるベガンの姿を黙って見ていた。やがてベガンは顔を上げ、小さく息を吐きながらカイルスを見る。


「……カイルス、邪魔をするようなことはするな?」


 カイルスはベガンの言葉を聞いて、自分が同席してもよいと知り笑みを浮かべた。ベガンは笑うカイルスを見ながら自分の隣へ来るよう手招きをし、カイルスはベガンの隣へ移動しようとする。すると、隣に立っているポリアがカイルスの服を引っ張って彼を止めた。


「おっとっと、なんだよ、ポリア」

「カイルスだけズルいよ、私も一緒に話を聞きたい!」

「ズルいって、僕は遊びで同席するんじゃないんだよ?」

「わたしだってこの集落のセイレーンだもん。皆を守れるようになるために勉強したいって思ってるもん」


 服を掴んだまま放さないポリアにカイルスは困り顔になる。そんなポリアをアリシアたちはまばたきをしながら見ており、ベガンは呆れ顔で溜め息をついた。


「カイルス、早くこっちへ来い」

「で、でも、ポリアが……」

「ポリアも一緒で構わないから、早くしろ」


 ポリアの態度から、なにを言っても小屋から出ていかないと感じたベガンはポリアも同席させることにした。カイルスはベガンの言葉に、ええぇ、と言いたそうな顔をしており、ポリアはやったぁ、というような笑みを浮かべて掴んでいるカイルスの服を放す。

 カイルスとポリアはベガンと両隣に移動するとダークの方を向く。ダークは二人の若いセイレーンを黙って見ており、アリシアたちはポカーンとしながらポリアを見ている。


「ダーク殿、申し訳ない。もう一人同席させることになってしまい……」

「構わんさ、一人も二人も大して変わらない」

「本当に申し訳ない。一応、二人を紹介しておく。こっちの雄はカイルス、先程話したように次代の族長となる者で、私を除くとこの集落では唯一の雄だ。そして、こっちがポリア、集落にいる雌のセイレーンの中で最も若い存在だ」

「よろしくお願いします」

「よろしくね」


 紹介されて礼儀正しく挨拶をするカイルスと軽い態度で挨拶をするポリア、ダークは態度の違う二人の若いセイレーンを見てジッと見ていた。

 二人の挨拶が済むとベガンは少し大きめの咳をし、それを聞いたカイルスとポリアは黙り、話を聞く体勢を取った。二人の姿を見たベガンは小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると真剣な表情でダークを見つめる。


「……では、海賊たちについて説明をさせてもらう」


 ようやく海賊たちのことを聞けると、ダークは薄っすらと目を赤く光らせ、アリシアたちも真剣な表情を浮かべてベガンに注目する。カイルスはダークたちの雰囲気が変わったことに驚いたのかピクッと小さく反応した。


「……あれは三日前のことだった。突如、島の東に海賊たちの乗る船が現れ、奴らは小船を使って島に上陸してきた」


 ベガンは目を閉じながら海賊が孤島に現れた時のことを語り始めた。


――――――


 遡ること三日、東の浜辺から上陸してきた海賊たちは小船を降りると一斉にベガンたちと襲い掛かった。話し合いをする様子を見せない海賊たちを見て、ベガンや一緒にいたセイレーンたちは海賊たちを迎え撃つために武器を構える。

 一番前にいた海賊が持っているサーベルでベガンに袈裟切りを放ち、ベガンはそれを剣で防ぐ。他の海賊たちもセイレーンたちを攻撃し、セイレーンたちも槍を上手く使って海賊たちの攻撃を防ぎ、隙を見つけると素早く反撃した。


「オラオラ、どうした鳥人間どもぉ! お前らの実力はその程度かよ?」

「上位の亜人つっても、所詮は鳥だもんなぁ!」


 海賊たちはベガンたちを挑発しながら攻撃し、ベガンやセイレーンたちは海賊たちを睨みながら戦う。既に海賊たちはベガンたちを取り囲んでおり、自分たちが優勢だと考えて笑みを浮かべている。

 セイレーン側の人数はベガンを含めて七人、対する海賊側は三十八人とベガンたちの五倍以上の人数だった。誰がどう見ても多勢に無勢と言える戦況だったが、ベガンたちは勝ち目が無いとは思っていない。それにはちゃんと理由があった。


「お前ら、分かってるだろうが、絶対に殺すなよ? コイツラは珍しい亜人だからな、高く買い取ってくれるはずだ」


 海賊の一人が周りにいる仲間たちに声を変えると海賊たちは声を揃えて返事をする。ベガンは目を鋭くし、大きく翼を広げて飛び上がった。他のセイレーンたちもベガンに続いて飛び上がり、ベガンたちは空中から海賊たちを見下ろす。

 ベガンたちが大勢の海賊を相手に勝ち目が無いと思わない理由、その一つが空を飛べることにあった。戦いでは制空権を握ったものが有利に立つ、空中で戦えば、例え戦力が劣っていても勝てる可能性があるとベガンたちは考えていたのだ。

 翼をはばたかせながらベガンやセイレーンたちは地上の海賊たちを睨む。海賊たちはそんなベガンたちを見上げながらニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。


「なんだお前ら、空に逃げるなんて、俺たちが怖いのかぁ?」

「ハハハハッ! 救えねぇくらい腰抜けな奴らだなぁ」

「まぁ、仕方ねぇよな。所詮は鳥人間だ、鳥みてぇに人間様を見るとビビっちまうんだろうよ!」

 

 海賊たちはベガンたちを見上げながら挑発的な言葉を口にする。セイレーンたちはそんな海賊たちの言葉にカチンときたのか、槍を構えて海賊たちに突撃しようとする。だが、前に立つベガンは腕を前に出してセイレーンたちを止め、彼女たちの方を見ながら、挑発に乗るな、と目で伝えた。

 ベガンの意思を感じ取ったセイレーンたち悔しそうな顔で海賊たちを睨みつける。海賊たちは飛んだまま動こうとしないベガンたちを見て大笑いをし、更に挑発してくる。


「おいおい、お前ら、あんまり連中を馬鹿にするんじゃねぇよ」


 海賊たちが笑っていると、彼らの後ろから男の声が聞こえ、海賊たちは笑うのやめて一斉に振り返る。ベガンたちも男の声を聞いて海賊たちの後ろ、浅瀬の方を向いた。

 浅瀬には最初に近づいてきた四隻とは別の小船が一隻浮かんでおり、その小船から一人の男が海賊たちの方へ歩いてくる姿があった。その男は四十代前半ぐらいで濃い茶色のボサボサな長髪に痩せこけた顔をしている。服装は高級感のある白い長袖、茶色の長ズボンの恰好をしており、紺色の上着を着て白いブーツを履いていた。頭には黒い三角帽子を被り、腰には他の海賊が使っているサーベルより高価そうなサーベルを佩している。

 男は不敵な笑みを浮かべながら海賊たちの方へ歩いていき、海賊たちは小さく笑いながら男のために道を開ける。ベガンは海賊たちの中を通る男を見て、その男が海賊たちの頭、つまり海賊船の船長だと確信した。

 船長は一番前まで来ると、両手を腰に当てながら飛んでいるベガンたちを見上げた。


「よお、セイレーンども、調子はどうだぁ?」

「……いきなり襲ってきておいて、謝罪どころか挨拶も無しか。随分と失礼な人間だな」

「ハハハハッ、失礼で結構、俺は海賊だからな」


 大きな声で船長が笑い出すと、彼の後ろにいる海賊たちもつられるように笑い出す。海賊たちの罪悪感が感じられない態度にベガンは目を鋭くし、他のセイレーンたちも表情に険しさが増した。


「でもまぁ、自己紹介くらいはしてやらねぇとな。俺はキャプテン・シャルディー、最強の海賊団、シャルディー海賊団の船長だ」

「やはり海賊だったか……それで、その海賊がこの島に何の用だ?」


 ベガンはシャルディーと名乗る船長に自分たちが住む孤島へやってきた理由を尋ねる。海賊たちがいきなり襲ってきたことから、平和的な理由ではないことは確かだった。

 シャルディーは険しい顔で空中から睨むベガンを見ると、再び不敵な笑みを浮かべる。


「単刀直入に言うぞ? 大人しく俺たちに捕まれ」

「なんだと?」


 いきなり捕まれと訳の分からないことを言いだすシャルディーにベガンは訊き返す。セイレーンたちも目の前の人間は何を言っているのだ、と言いたそうな顔でシャルディーを見ている。


「お前たちセイレーンは亜人の中でも珍しい種族なんだろう? 大陸にはお前らのような珍しい亜人を欲しがる連中が山ほどいるんだよ」

「……お前たちは私たちを捕らえて大陸の人間に奴隷として売りさばくつもりか?」

「そのとおりだ、珍しい亜人ほど高い額で買い取ってくれるからな」


 目の前にいる海賊たちは自分たちを大陸に住む人間たちに売るために孤島にやってきた、それを知ったベガンやセイレーンたちは海賊たちの醜い欲望に呆れ果て、同時に自分たちを奴隷として売ろうとする考え方に腹を立てた。


「それにお前たちセイレーンはガキを作るために大陸に行って男とヤりまくってるんだろう? そういう淫乱な種族なら娼館を営む奴らがどこよりも高値で買い取ってくれるはずだろうしな」

「貴様っ、我々セイレーンを愚弄する気か?」

「本当のことじゃねぇか」


 険しい顔をするベガンにシャルディーは笑いながら挑発する。すると、シャルディーの部下の海賊たちは一斉に声を揃えて笑いだし、そんな海賊たちを見てセイレーンたちはベガン以上に険しい表情を浮かべた。

 雌のセイレーンたちは一族のために大陸にいる人間の男と性交を行っている。そんな自分たちを淫乱な種族などと言われれば腹を立てるのは当たり前だ。そして、性交を行う雌のセイレーンたちはベガンのような雄のセイレーン以上に怒りを感じていた。

 ベガンたちが険しい顔をしている中、海賊たちは大きな口を開けて笑い続けている。やがて、シャルディーが笑っている海賊たちを黙らせ、視線をベガンに戻した。


「という訳で、さっさと下りてこい。あと、この島の何処かにあるお前らの住処に案内しろ」

「ふざけるな! そう言われて大人しく従うほど、私たちは愚かではない。お前たちが私たちを捕らえて売りさばくためにこの島に来たと分かった以上、私たちも全力で抵抗する!」


 力の入った声を出しながらベガンは剣の切っ先をシャルディーに向ける。セイレーンたちも槍を構えて海賊たちを睨みつけた。

 シャルディーは自分に従わず、戦う道を選んだベガンたちを見て哀れむような表情を浮かべる。同時に、自分に従わないことに対して小さな苛立ちを感じていた。


「大人しく従えば丁重に扱ってやろうと思ったんだがなぁ、俺の良心を無下にするとは、馬鹿な亜人どもだ」

「笑わせるな、亜人を捕らえて売りさばくような貴様に良心などあるはずがない」

「ハッ、口だけは一人前だな。そういうことは俺たちに勝ってから言うんだな」


 飛んでいるベガンを見ながらシャルディーは腰のサーベルを抜き、海賊たちは一斉に武器を構える。再び戦闘が始まることにベガンやセイレーンたちの表情に更に鋭さが増す。シャルディーと海賊たちは少ない人数で自分たちと戦うベガンたちを見上げながら不敵な笑みを浮かべた。

 シャルディーがベガンたちをしばらく見上げていると、サーベルを持たない方の手を素早く上げ、動いたシャルディーを見てベガンたちは警戒する。


「矢を放てぇ!」


 大きな声を出してシャルディーは海賊たちに命令した。すると、海賊たちの中で弓矢を装備している者たちが一斉に空中のベガンたちに向かって矢を放ち攻撃する。放たれた無数の矢は勢いよくベガンやセイレーンたちに迫っていき、ベガンたちは避けたり武器で矢を弾いたりなどして海賊たちの攻撃を凌いだ。

 海賊たちの攻撃を凌いだベガンたちは体勢を直して海賊たちを睨む。海賊たちは全てのセイレーンが自分たちの攻撃を凌いだ光景を見て意外に思い、楽しい戦いになりそうだと感じたのか笑みを浮かべている。そんな中、ベガンは後ろにいる二人のセイレーンに剣を持っていない方の手で何かの合図を送った。

 ベガンの合図を見た二人のセイレーンはゆっくりと後ろに下がり、目を閉じてゆっくりと息を吐く。そして、セイレーンたちはほぼ同じタイミングで歌を歌い始めた。

 美しい歌声は浜辺に響き、それを聞いた海賊たちは驚きの反応を見せる。そしてすぐに、海賊たちの中に顔色を悪くする者たちが現れ、それに気付いた他の海賊やシャルディーは目を見開いて気分を悪くする仲間を見た。


「チッ、セイレーンの歌で混乱しかかっているのか。もう一度矢を放て!」


 セイレーンの歌声のせいで仲間が混乱しかかっていることに気付いたシャルディーは弓矢を持つ海賊たちに指示を出す。指示を聞いた海賊たちは一斉にベガンたちに向かって矢を放った。ベガンやセイレーンたちは飛んできた矢を素早く回避し、歌を歌ていたセイレーンたちも矢が放たれたのを見ると、歌うのをやめて矢をかわす。セイレーンの歌声が消えたことで、気分を悪くしていた海賊たちの顔色は元に戻った。


「ヘッ、情報どおりだな。歌声が消えれば体調はすぐに回復し、歌の影響が出るタイミングは全員同じじゃない」


 シャルディーは飛んでいるベガンたちを見て笑みを浮かべる。そんなシャルディーを見たベガンは小さく舌打ちをした。

 セイレーンは歌声で相手を混乱させる場合、一定時間対象に歌声を聞かせなければならない。つまり、混乱する前に歌うのをやめてしまったら、対象は元の状態に戻ってしまうのだ。そして、混乱し始めるタイミングは人によって早かったり、遅かったりするため、大勢の敵を同時に混乱せるのは難しく、使い方によっては自分の立場を悪くしてしまう場合もあった。

 海賊たちはセイレーンたちに歌を歌わせないようにするために連続で矢を放ち攻撃する。セイレーンたちも矢をかわしながら槍で攻撃し、少しずつ海賊たちと倒そうとするが、あまりにも戦力に違いがあるため、徐々にセイレーンたちは追い込まれていった。

 しばらく攻防が続き、セイレーンたちと海賊たちは距離を取って相手の警戒する。ベガンとセイレーンたちは疲労が溜まってきたのか、少ししんどそうな顔をしており、シャルディーと海賊たちはまだ戦えるのか余裕の笑みを浮かべていた。


「ハハハハ、そろそろ体力の限界がきたようだな」

「クウゥ!」


 シャルディーの挑発を聞いてベガンは悔しそうな表情を浮かべ、海賊たちはベガンやセイレーンたちを見ながら大笑いする。


「先に言っておくが、今更降伏しても手遅れだぜ? 最初に俺の優しさを踏みにじったんだ、徹底的に痛めつけてからとっ捕まえてやる」


 サーベルを飛んでいるベガンに突きつけながらシャルディーは降伏を認めないと告げる。だが、ベガンは降伏する気など最初からなく、剣を両手で構えながらシャルディーを睨み付けた。他のセイレーンたちも槍を構えて海賊たちを見つめる。


「なあ、船長。コイツらを捕まえたら、奴隷商とかに売る前に俺たちがセイレーンの女を楽しんでもいいか?」


 シャルディーの後ろにいた一人の海賊がベガンの周りにいるセイレーンたちを見つめながら話しかけてきた。その内容と海賊の表情から彼が何を考えているのかシャルディーはすぐに理解する。勿論、ベガンやセイレーンたちもすぐに分かり、セイレーンたちは僅かに顔色を悪くした。


「ああ、好きにしな。その代わり、売り物にならないような状態にはすんなよ?」


 海賊の方を向きながらシャルディーが許可を出すと、海賊たちは歓声をを上げる。海賊たちはやる気が出たのか、サーベルや弓矢を構えながら不敵な笑みを浮かべてベガンたちを見上げた。ベガンたちは闘志を燃やす海賊たちを見て、絶対に負けられないと武器を強く握る。

 ベガンは海賊たちと仲間の状態を確認しながらどのように戦うかを考える。すると、後方から幼い少年の声が聞こえてきた。


「族長!」


 聞き覚えのある声を聞いてベガンやセイレーンたちは声のした方を向くと、300mほど先にカイルスが大勢の武装したセイレーンたちを連れて飛んでくる光景が目に入った。ベガンたちのことが心配になったカイルスが増援を連れて戻ってきたのだ。

 予想外の増援にベガンたちは意外そうな顔をし、シャルディーたちは驚きの反応を見せる。カイルスが連れてきたセイレーンの数は約二十人、数は海賊たちよりも少ないが、空を飛べることや歌声で敵を混乱させることができるを考えると、戦力的には海賊たちよりも上と言えた。


「族長、大丈夫ですか?」


 ベガンたちと合流したカイルスが安否を確認する。彼が連れてきたセイレーンたちも仲間の安否を確認してから海賊たちの方を向いて武器を構えた。


「カイルス、なぜ戻ってきた? 集落に戻ったら護りを固めるよう言ったはずだぞ?」

「すみません。なかなか戻ってこない族長たちが心配になって……」


 小さく俯きながらカイルスは謝り、そんなカイルスをベガンは黙って見つめた。海賊の相手をしたら集落に戻ると言ったのにいつまで経っても戻らなければ、カイルスや他のセイレーンたちが心配するのも当然だ。しかもカイルスからは無理はしないでほしいとも言われていた。

 ベガンはカイルスに言われたことを忘れて戦い続けていたことに対して申し訳ない気持ちになり、俯いているカイルスの頭にそっと手を乗せる。


「いや、私こそ心配させてすまなかった。簡単に相手をして後退するつもりだったのだが、引き下がれない状況になってしまってな」


 自分の失態を素直に認めたベガンはカイルスに謝り、カイルスは顔を上げて苦笑いを浮かべるベガンを見た。


「正直、少し苦戦を強いられてな。お前が仲間を連れてきてくれた助かった。礼を言うぞ」

「族長……」


 カイルスはベガンが自分に感謝してくれたことが嬉しいのか小さな笑みを浮かべる。次の族長になる者が今の族長の命令に従わず、勝手な行動を取ってしまったことに少し罪悪感を感じていたが、それがベガンを助ける結果に繋がったので、少しホッとしたようだ。

 戦力が強化され、海賊と戦うことができるようになったベガンは海賊たちの方を向く。シャルディーは不愉快そうな顔でベガンたちを見ており、海賊たちも大勢のセイレーンたちを見て少し驚いた反応を見せていた。


「これで戦力はほぼ互角、勝負は分からなくなったぞ」


 ベガンが力の入った声を出すと、海賊たちは武器を握りながら不安そうな表情を浮かべた。


「せ、船長、どうするんだ?」


 一人の海賊がシャルディーに小声で尋ね、シャルディーは険しい顔をしながらベガンたちを見上げる。数人のセイレーンが相手なら今の戦力でも余裕で勝てるが、大勢のセイレーンと戦うとなると今の戦力では不利だとシャルディーは感じていた。

 ベガンたちを見上げながらシャルディーはしばらく考え込み、やがて険しい表情のまま海賊たちの方を向いて声を上げる。


「野郎ども、撤退だぁ! 船まで下がれぇ!」


 シャルディーは海賊たちに撤退の命令を出し、それを聞いた海賊たちは一斉に小船に乗り込む。最強を自称するのに亜人相手に撤退するのは納得できないが、勝率の低い状態で戦いを続けようとはシャルディーも考えていなかった。

 海賊たちが全員が乗ると小船は沖に停泊している海賊船に向かって移動する。だが、ベガンたちもいきなり孤島にやってきて自分たちを捕らえようとした海賊たちをそのまま逃がす気などなかった。弓矢を持つセイレーンたちは小船に乗る海賊たちに向かって矢は放つ。放たれた矢の内、その殆どが海に落ちてしまったが、二、三本は海賊たちの腕や足に刺さった。

 矢を受けた海賊たちは痛みで表情を歪ませ、仲間がやられたのを見た他の海賊たちはセイレーンたちを睨み付けた。そして、弓矢を持つ海賊たちも小船に乗りながらセイレーンたちに向かって矢を放ち反撃する。

 セイレーンたちは海賊が連続で放つ矢をかわしながら反撃しようとするが、海賊たちの小船は既に矢が届かない所まで移動していた。セイレーンたちは追撃するために飛んで海賊たちの後を追おうとするが、セイレーンたちが追う前にベガンがそれを止める。


「追うな、下手に奴らの海賊船に近づくのは危険だ」


 仲間たちの身の安全を考え、ベガンは追撃をやめさせ、ベガンの言葉を聞いたセイレーンたちも海賊たちを追うのをやめた。

 海賊たちが乗る小船が海賊船の側面に付くと、小船に乗っていた海賊たちは縄梯子を使って海賊船に上がっていき、ベガンたちはその光景を孤島から眺めていた。


「なんとか追い返すことができましたね」

「ああ」

「……族長、彼らはまた来ると思いますか?」


 カイルスが少し不安そうな顔でベガンに尋ねると、ベガンは海賊船の方を見ながら小さく頷く。


「恐らくな、アイツらの様子からして、諦めたとは思えない」

「それじゃあ……」

「次の襲撃の備え、しばらくの間は常に臨戦態勢に入るようにし、島の周囲を細かく調べるようにする」


 海賊たちが再び襲撃してくると考えるベガンは警戒を強くするよう語り、それを聞いたカイルスや周囲のセイレーンたちは真剣な表情を浮かべる。

 その後、海賊船が孤島から離れていくのを確認したベガンたちは集落へと戻っていった。


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