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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十六章~孤島の半人半鳥~
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第二百十六話  渡洋


 ビフレスト王国領の西端にある大きな海岸にダークたちの姿があった。白く、広い砂浜の中で横一列に並びながら海を見つめており、海岸に風が吹くとダークたちの衣服やマントが揺れる。ダークたちが海岸にやってきた理由は勿論、セイレーンのいる孤島へ向かい、そこでセイレーンたちを仲間として引き入れることだ。

 セイレーンを仲間に引き入れること、新しく港町を造ることを決めた日から五日が経ち、ダークたちはセイレーンが住む孤島へ向かうために海岸にやってきた。上手くセイレーンたちを仲間にすることができたら今いる海岸に港町を造り、そこで漁をしながら生活させ、セイレーンたちが獲った海魚をビフレスト王国中に送るつもりでいる。


「なかなか綺麗な海岸だな」

「うん、一度家族で泳ぎに来てみたいわ」


 海岸を見回しながらジェイクとレジーナは小さな笑みを浮かべる。最近は冒険者の仕事で海岸や港町の近くに行くことはあるが、家族と一緒に来たことがないので、機会があれば一度ゆっくりと家族水入らずで海を堪能してみたいと二人は思っていた。

 レジーナとジェイクが家族と海を楽しむ姿を想像していると、二人を見ていたアリシアが少し困ったような顔をしながら小さく溜め息をついた。


「二人とも、家族との旅行について考えるのもいいが、今は仕事中だということを忘れないでくれ?」

「分かってるわよ、アリシア姉さん」

「ああ、海に出たらちゃんと気持ちを切り替えて仕事に集中するぜ」


 忠告してくるアリシアの方を向いて、レジーナとジェイクは笑みを浮かべながら返事をする。そんな二人を見てアリシアは少し呆れたような表情を浮かべた。

 マティーリアは笑いながらアリシアと話をするレジーナとジェイクの姿を見て興味の無さそうな顔をしている。彼女は二人と違ってバーネストを出た時から仕事のことだけを考えおり、どのようにセイレーンたちを仲間にするか、孤島に向かう途中でモンスターに遭遇しないかなどを考えていた。


「さて、そろそろ出発するか」


 ダークは海を見つめながら低い声を出し、それを聞いたアリシアたちは視線をダークに向ける。さっきまで笑っていたレジーナとジェイクも仕事が始まると気持ちを切り替えて真面目な顔になった。


「まずは孤島へ向かうために乗るモンスターを召喚するんでしたよね?」

「ああ、地図では孤島までは距離があるらしいからな。長距離を移動でき、私たち全員が乗れるくらいの大きさのモンスターを召喚する必要がある」


 ノワールの確認に答えたダークはモンスターを召喚するためにポーチに手を入れてサモンピースを取り出そうとする。ノワールはダークの肩に乗り、どんなモンスターを召喚するのだろう、と興味のありそうな様子でポーチを見下ろしていた。


「それにしても、今回の仕事の話を聞いた時は本当に驚いたわよね?」

「ああ、いきなり港町を造ってセイレーンに漁をさせるって言いだすんだもんな」


 レジーナとジェイクはお互いの顔を見ながら苦笑いを浮かべて今回の仕事の話をしだす。アリシアも二人の方を見ながら小さな苦笑いを浮かべた。

 五日前、ダークはレジーナ、ジェイク、マティーリアにビフレスト王国の領内に港町を造り、港町で漁をするセイレーンたちを仲間にするために孤島へ行くと伝えた。いきなりとんでもない話を聞いたレジーナたちはなぜ港町を造ることにしたのか理由を尋ねる。その時にダークから海の魚を獲って国中に送るという国が関係する話、生魚を使った料理を食べたいというダークの個人的な話を聞かされた。

 海魚を国中に送るという話はついてはレジーナたちも普通に納得したが、ダークの生魚を使った料理を食べたいという話を聞いた時はアリシアと同じようにかなり驚いた。三人も生魚を食べるなどあり得ないと考えていたが、ダークから海魚は生でも食べれるという話を聞かされて意外に思い、小さな興味を持つようになる。

 レジーナたちは生魚を使った料理をこの目で見てみたいという気持ちと、ビフレスト王国をより素晴らしい国にしたいという気持ちからダークの手伝いをすることにし、こうして海岸までやってきたのだ。


「でも、ダーク兄さん、本当に海の魚は生で食べれるの? 兄さんがいた世界とこの世界とでは環境とかが違うんでしょう? もしかしたら、海の魚も食べられないかもしれないじゃない」


 一通り話は聞いたが、まだ完全に信じることができないのか、レジーナは不安そうな顔でダークに尋ねる。ジェイクも少し心配なのか複雑そうな顔をしながらダークを見ていた。


「仕事の内容を話した時に言っただろう? これから私たちが仲間にしにいくセイレーンたちは海の魚を生、しかも生きたまま口にしている。人間に近い姿をした彼らが口にして平気なら、私たち人間が口にしても大丈夫なはずだ」

「で、でもぉ……」

「まあ、念のためにノワールの魔法で口にしても問題無いか調べるつもりだがな」


 ダークはそう言いながらポーチから色と模様の違うサモンピースを数個取り出し、どれにするか考える。レジーナはセイレーンが食べられるのなら大丈夫だと聞かされても、まだ少し不安なのか複雑そうな顔でダークを見ていた。


「しかし若殿、わざわざ貴重なマジックアイテムを使ってモンスターを召喚せんでも、ドラゴンの姿になった妾に乗っていけばよいのではないのか?」


 マティーリアはサモンピースを選んでいるダークを見て腕を組みながら尋ねる。肩に乗っているノワールやアリシアたちはマティーリアの言葉を聞いて視線を彼女に向けた。

 実はマティーリアは竜人の姿から元のグランドドラゴンの姿に戻ることができるのだ。グランドドラゴンの姿に戻れば竜人の姿ではできない、巨大な物を持ち上げて空を飛ぶことや仲間を背中に乗せて移動することができる。勿論、竜人の姿も戻ることも自由にでき、ダークの協力者の中ではアリシアの次に強いと言ってもいい力を持っていた。

 遠くにあるセイレーンの孤島に向かうのから、モンスターを召喚しなくても、グランドドラゴンの姿になった自分の背中に乗って孤島へ向かえばいいのではとマティーリアは思っていた。


「それも仕事のことを話す時に言っただろう? せっかく孤島へ行くのだから海を移動できるモンスターを召喚して生態を調べてみたいと。だから今回はサモンピースでモンスターを召喚し、ソイツに乗って孤島へ向かうことにしたのだ。それにグランドドラゴンの姿になるとお前は体力をかなり消耗するのだろう? ただ孤島に行くためだけにお前が体力を消耗する必要は無い」

「……まあ、若殿がそうしたいのであれば、妾はそれで構わない」


 モンスターの生態を調べるだけでなく、自分のことを考えてモンスターを召喚するというダークの答えを聞き、マティーリアは照れているのか、少しだけ頬を赤くして納得した。そんなマティーリアの反応を見たノワールは不思議に思いながら小首を傾げる。

 それからダークはポーチから取り出したサモンピースの中から一つを選び、他のサモンピースをポーチの中にしまう。

 ダークが選んだのは薄っすらと紫色のラインが入った薄い水色のルークの形をしたサモンピースだった。アリシアたちはダークが選んだサモンピースを見てどんなモンスターが召喚されるのだろうと、興味のありそうな顔をする。


「それでは、出てきてもらうか」


 ダークはそう言って持っているサモンピースを海に向かって投げた。サモンピースは海に落ちると沈みながらガラスが割れたような音を立てて砕ける。すると、砕けた破片は水色の光りだして少しずつ形を変えて大きくなっていく。

 サモンピースが落ちた場所が光りだす光景をダークたちは浜辺から黙って見つめていた。しばらくすると光が消え、アリシアたちはどうなったんだ、といいたそうな表情を浮かべる。その直後、水中から何かが勢いよく飛び出し、アリシアたちは目を見開いて驚いた。

 水中から出てきたのは丸めの胴体に長い首、短い尾と四肢の先に大きなヒレを付けた体長5mほどのモンスターだ。全身は薄い水色で、ヒレの先は薄い紫色になっている。胴体と違って頭部は小さく、口からは牙が生えており、その姿はジュラ紀に生息していた首長竜、プレシオサウルスに似ていた。

 モンスターは長い首を動かして頭部をダークに前まで持っていき、大きな目でダークを見つめると口を開けて小さく鳴き声を出す。そんなモンスターの鼻先をダークは小さく笑いながらそっと撫でた。


「ダーク、このモンスターは?」


 驚いていたアリシアはダークに召喚したモンスターのついて尋ねる。するとダークはアリシアたちの方を向いてモンスターの説明を始めた。


「コイツはオールドシードラゴン、レベル65の水生族モンスターだ」

「水生族? ドラゴンの名が付いているのにか?」

「ああ、コイツはLMFでは海にしか生息しないモンスターなんだ。だから水生族扱いされているのだろう」


 ダークはオールドシードラゴンを見ながらLMFでの情報をアリシアたちに話す。目の前のドラゴンの名を持つモンスターがドラゴン族扱いされていないことが意外だったのか、アリシアたちはまばたきをしながらオールドシードラゴンを見つめた。


「因みにコイツって、どのくらい強いの?」

「海と陸の両方で戦うことができ、水中ではもの凄い速さで移動することができる。逆に陸に上がると移動速度が大きく低下するため、海で戦う時より弱くなるんだ」

「ふ~ん、じゃあもし、あたしたちがコイツと戦う場合、陸で戦えば勝てるかもしれないの?」

「ああ、今のお前たちなら十分可能だ」


 今ではレベル65のモンスターに勝つことができるくらいの強さを自分たちは持っている、そうダークから聞かされたレジーナは驚きと嬉しさを感じて思わず笑みを浮かべてしまう。マティーリアも腕を組みながらオールドシードラゴンを見て小さな笑みを浮かべている。

 オールドシードラゴンは長い首を動かして頭部をダークの近くにいるアリシアたちに近づけた。いきなり頭部を近づけてきたオールドシードラゴンにアリシアたちは一瞬驚くが、暴れることなく大人しくしている姿を見てすぐに警戒心は消える。

 アリシアたちがしばらくオールドシードラゴンを見ていると、オールドシードラゴンはゆっくりと砂浜に上がって右を向き、腹側部をダークたちに向けた。アリシアたちはオールドシードラゴンが何をしているのか分からずに小首を傾げる。すると、ダークがオールドシードラゴンに近づき、ジャンプして背中に飛び乗った。

 

「では、セイレーンの孤島に向かう。全員背中に乗れ」


 オールドシードラゴンの背中からアリシアたちを見下ろし、ダークは出発することを伝える。アリシアたちはダークの言葉を聞いてオールドシードラゴンが自分たちを背中に乗せるために砂浜に上がり、乗りやすいように腹側部を自分たちに向けたのだと気付いた。

 アリシアたちはダークに続いて一人ずつオールドシードラゴンの背中に乗る。そして全員が乗るとダークはオールドシードラゴンの方を向く。


「オールドシードラゴン、西南西に向かって進め」


 ダークが指示を出すとオールドシードラゴンは鳴き声を上げてから海へと入っていく。オールドシードラゴンが海へ入ると海水が背中に乗っているダークたちに近づいてくる。アリシアたちは海水を見て濡れてしまうと心配するが、オールドシードラゴンは首から上と背中を海面に出しながら進んでいるため、海水がダークたちに掛かることはなかった。

 アリシアたちは海水が掛からないことに安心したのか小さく息を吐く。しかし、何かの拍子で濡れてしまう可能性があると考え、アリシアたちはできるだけ真ん中に移動して座っている。ダークだけは座らずに立ったまま前を見ていた。

 オールドシードラゴンはダークたちを乗せてセイレーンたちが住んでいる孤島へと向かう。幸い、オールドシードラゴンはそれほど恐ろしい外見ではないので、これならセイレーンの孤島に近づいてもセイレーンたちが恐れることはないだろうとダークたちは考えていた。

 海岸を出てから五分ほどが経過し、ダークたちを乗せたオールドシードラゴンは海を進んでいた。若干強い風がダークたちの体に当たり、衣服やマントが静かになびいている。


「凄いわね、まだそれほど時間が経っていないのにもう海岸が見えなくなっちゃったわ」


 レジーナは座りながら後ろを向いて自分たちがやってきた方角を指差し、ダークたちはレジーナが指さす方を向く。大陸は見えているが、さっきまでいた海岸は小さくなっており、アリシア、ジェイク、マティーリアはオールドシードラゴンの移動速度に驚いて目を見開いた。


(五分ほどでここまで移動できるのか。オールドシードラゴンの移動速度は30kmってところか)


 腕を組みながら遠くに見える大陸を見て、ダークはオールドシードラゴンの移動速度を想像する。自分たちを背中に乗せたままでそれだけの速度を出せるのなら、背中に乗せていない時ならどれほどの速度で移動できるのだろうとダークは考えた。


「マスター、あれを見てください」


 ダークがオールドシードラゴンの移動速度について考えていると、肩に乗っているノワールが前を見ながら話しかけてきた。ダークはノワールの方を向いた後に視線を前に向ける。すると、数km先に島があるのが見え、ダークは薄っすらと目を赤く光らせた。


「あれが、セイレーンのいる孤島か?」

「方角からして、間違いないと思います」


 ノワールは島を見つめながら呟いた。ダークはポーチからコンパスを取り出し、オールドシードラゴンが進んでいる方角が西南西であることを確認すると、見えているのが目的地の孤島だと確信する。

 通常、海や砂漠と言った同じ風景が広がる場所を何の道具も持たずに移動すると、気付かないうちに見当違いの方角へ進んでしまい、高い確率で迷子になってしまう。それを防ぐためにも海や砂漠を移動する場合はコンパスのような方角が分かる道具を持ち歩かなければならないのだ。

 オールドシードラゴンはダークの西南西へ向かえという指示を受けてから迷わずに移動し、目的地であるセイレーンのいる孤島が確認できる所までやってきた。どうやら彼らは本能か何かで方角が分かるらしい。

 ダークはコンパスをポーチにしまうと振り返って座っているアリシアたちの方を向いた。


「セイレーンの孤島が見えてきた」

「え? もう見えたの?」


 出発してから殆ど時間が経っていないのにもう目的地が見えてきたと聞いてレジーナは驚き、アリシアたちも意外そうな顔を見せた。


「ああ、このままいけばあと十五分ほどで着くはずだ」

「その島、本当にセイレーンが住んでる島なの?」


 レジーナは少し不安そうな表情を浮かべながらダークに尋ねる。予想していたよりも早く島が確認できたため、別の島と間違えているのではと思ったのだろう。


「大丈夫です、セイレーンが住む孤島以外、西南西の方角に島はありませんから」

「本当?」

「ええ、地図を見てしっかりと確認しましたから間違いありません」


 ダークの肩に乗っているノワールが自信満々の口調で答え、それを聞いたレジーナはノワールがそこまで言うのなら間違いないのだろうと思い、とりあえず納得した。

 アリシアたちは立ち上がって進行方向を覗き、遠くに見える孤島を確認する。あの島にセイレーンがいるのか、そう考えたアリシアたちは表情を僅かに鋭くした。


「それで、島に上陸したらまずはどうするつもりなんだ?」


 視線を孤島からダークに変えたアリシアは上陸した後はどうするのか尋ねた。レジーナとジェイク、マティーリアも気になるのか一斉にダークの方を向いた。


「まず、上陸したらセイレーンたちが住処にしている場所を見つける。そしてセイレーンたちの代表と会い、新しくできる港町の住人になってもらうよう頼むのだ」

「セイレーンたちが素直にこちらの頼みを聞いてくれるとよいのじゃがな」

「それは交渉次第だな」


 難しい表情を浮かべるマティーリアを見たダークはゆっくりと孤島の方を向く。今まで人間の国と深く関わってこなかったセイレーンたちが人間の国で暮らしてほしいと言われた時にどんな反応を見せるのか、ダークたちは孤島を見つめながら考えた。


「とにかく、まずは孤島に上陸してセイレーンたちと接触する。分かっているとは思うが、セイレーンたちの気分を悪くするような行動は控えろ?」

「ああ、分かっている。彼らは今回の計画で最も重要な存在だからな」


 ダークの確認を聞いてアリシアは真剣な表情を浮かべながら頷き、レジーナたちも同じような表情でダークを見ている。アリシアたちの反応を見たダークは彼女たちは大丈夫だと感じたのか無言で頷く。


「オールドシードラゴン、速度を上げてあの孤島に向かえ」


 再び孤島の方を向いたダークはオールドシードラゴンに指示を出した。オールドシードラゴンは鳴き声を上げると言われたとおり速度を上げる。いきなり速度を上げたオールドシードラゴンにアリシアたちは驚き、バランスを崩してその場に座り込んでしまう。ダークはよろけることなく、ジッとセイレーンの孤島を見つめていた。

 オールドシードラゴンはダークたちを背中に乗せてまっすぐセイレーンの孤島へと向かう。速度を上げたせいか、ダークたちは予想していた時間よりも早く孤島の近くまで来ることができた。

 孤島の東側、数百m手前までやってくると、ダークはオールドシードラゴンに速度を落とさせ、ゆっくりと孤島に近づかせる。遠くからは小さく見えたが、近くで見ると予想していたよりも大きな孤島だったのでダークたちは意外そうな反応を見せた。


「へぇ~、なかなか綺麗な島ね」

「この島には凶暴なモンスターなどは一切棲みついておらず、数年間、人間も近づかなかったため、島は昔と殆ど変わらずに存在していたようですよ」

「なるほどねぇ、緑が多くて凶暴なモンスターもいない、セイレーンたちにとっては暮らしやすい場所ってわけね」


 ノワールから孤島の情報を聞いたレジーナは座りながら遠くに見える森や岩山を見つめている。これほどの自然豊かな孤島なら生活に不自由することなく生きていけるだろうとレジーナたちは孤島を見て感じていた。

 レジーナたちが孤島を眺めている間、ダークとアリシア、ノワールは何処から上陸しようか、孤島を眺めながら考えている。すると、アリシアは遠くに浅瀬と繋がっている砂浜があるのを見つけた。


「ダーク、あの砂浜からなら上陸できるのではないか?」


 アリシアは砂浜を指差しながらダークに教え、ダークとノワールはアリシアが見つけた砂浜を確認する。


「確かにあそこからならオールドシードラゴンに乗ったまま上陸できそうだな」

「では、あそこから上陸するか?」

「ああ、他に上陸できそうな場所もないようだしな」


 上陸する場所が決まり、アリシアはレジーナたちにこれから孤島に上陸することを伝え、ダークはオールドシードラゴンに砂浜へ向かうよう指示を出す。オールドシードラゴンは小さく鳴き声を上げながら砂浜の方へ移動する。

 少しずつ砂浜との距離が縮んでいき、ダークたちは砂浜をジッと見つめている。レジーナだけは早く上陸したいのか少しワクワクした様子で砂浜を見ていた。

 オールドシードラゴンは砂浜まであと300mの所まで近づく。その時、何処から美しい歌声が聞こえ、歌声を聞いたダークたちは一斉に反応する。ダークは移動するオールドシードラゴンに止まるよう指示を出し、指示を受けたオールドシードラゴンは素早くその場に停止した。


「何だ、この歌声は?」

「凄く綺麗な歌声ですね」


 ダークとノワールは突然聞こえてきた歌声を不思議に思いながら歌声の主を探す。だが周囲を見回しても自分たち以外は誰もいなかった。


「どうなっているんだ? 誰もいない場所からなぜ歌声が……」


 アリシアもダークやノワールと同じように周囲を見回して歌声の主を探している。すると、アリシアはレジーナたちの方を向いて驚きの表情を浮かべた。レジーナ、ジェイク、マティーリアが片手を頭部に当てながら気分が悪そうな顔をしていたのだ。


「どうした、三人とも?」


 レジーナたちを見てアリシアは少し力の入った声を出す。ダークとノワールもアリシアの声を聞いて視線をレジーナたちに向けた。


「あ、ああ、突然、頭がクラクラしてきてな……」

「なんだか、今にも意識が飛んじゃいそうな気分……」

「もしや、この歌声が原因なのかもしれん……」


 頭を押さえながらジェイク、レジーナ、マティーリアは少し辛そうな口調で話し、そんな三人を見てアリシアは目を見開いた。


「歌声が原因? ……まさか」


 マティーリアの話を聞いたダークは何かに気付いたのはフッと反応し、肩に乗っているノワールを見る。ノワールはダークの方を向くと、彼の意思を感じ取ったのかダークを見て頷き、肩から飛び下りた。そして、そのまま少年の姿になり、オールドシードラゴンの背中に下り立つと、両手をレジーナたちに向ける。


精神安定の鈴拡散サニティーベルプラス!」


 ノワールが魔法を発動させ、彼の両手の中に緑色の小さな魔法陣が展開される。すると、魔法陣からベルが鳴るような音が聞こえ、それを聞いたレジーナ、ジェイク、マティーリアの顔色が見る見る元に戻っていく。


「な、何だ? 急に頭が楽になりやがった」


 今まで感じていた頭のクラクラが急に消えたことにジェイクは驚きの反応を見せ、レジーナとマティーリアも意外そうな顔をしている。


「もしかして、ノワールのおかげ?」


 レジーナがまばたきをしながらノワールの方を向くと、ノワールは両手を下ろし、ニコッと笑みを浮かべる。彼の反応を見て、レジーナたちはやっぱりな、と言いたそうな反応を見せる。

 <精神安定の鈴サニティーベル>は風属性の下級魔法で味方の混乱状態を治し、一定時間、混乱状態にならないようにすることができる回復魔法の一つ。この魔法は物理防御強化アタックプロテクションのような補助魔法と同じように、拡散プラスの魔法を加えれば一度に複数の味方に魔法を掛ける事ができる。大勢の味方が混乱状態になった時には役に立つと言われているが、LMFではプレイヤーの殆どが混乱無効の技術スキルを装備するので、活躍の場は少なかった。

 レジーナたちが正常になったの見て、アリシアは安心し、軽く息を吐く。ダークも三人を見て小さく頷くが、すぐに周囲を見回して警戒態勢に入った。歌声は未だに海に響いており、アリシアたちも体勢を直して警戒する。


「……マティーリアの言ったとおり、三人の異変の原因はこの歌声で間違いないだろうな」

「ああ、私もそう思う……この歌声は恐らく、いや、間違いなくセイレーンの歌声だ」


 アリシアは腰にはいてあるフレイヤにそっと手を掛けながら呟き、アリシアの言葉を聞いたレジーナ、ジェイク、マティーリアは少し驚いた反応を見せる。ダークとノワールは歌声の主の正体を察していたのか驚くことはなかった。


「どうしてセイレーンが歌であたしたちを混乱させようとするのよ?」

「分からない、直接本人たちに尋ねるしかない」

「尋ねるって言っても、どうやって……」


 困り顔でレジーナは周囲の見回す。質問しようにも歌を歌っているセイレーンたちの姿が確認できなくては質問することもできない。レジーナだけでなく、ジェイクとマティーリアも表情を僅かに鋭くしてどうすればいいのか考える。

 アリシアたちは感覚を研ぎ澄ましてセイレーンの居場所を探している。そんな中、ダークは浜辺の方を見ながら黙り込んでおり、ノワールは黙っているダークを見上げていた。


「……上だ」


 黙っていたダークが突然低い声を出し、それを聞いたノワールやアリシアたちは上を向いた。だが、ダークたちの真上には太陽しかなく、太陽の光を見てアリシアたちは目を眩ます。だが、ノワールだけは目を眩ませることなく、太陽を見つめて右手を太陽に向けた。


衝撃ショックバーン!」


 ノワールは攻撃力の無い衝撃ショックバーンを発動させ、見えない衝撃波を太陽に向かって放った。すると、何処からか若い女の叫び声が聞こえ、太陽の中から二つの影が落ちてくる。

 落ちてきた影を見てアリシアたちは目を見開いて驚き、影はそのまま海に向かって真っ逆さまに落ちた。アリシアたちは影が落ちた場所を見て自分たちの得物を構える。すると、水中から皮の鎧を身に付けた雌のセイレーンが二人顔を出した。

 アリシアたちは現れたセイレーンたちを見て意外そうな顔をする。どうやらセイレーンたちはダークたちの真上を飛びながら太陽をバックにして歌っていたらしい。太陽をバックにしておけば、例え自分たちの居場所がバレても太陽光で相手の目を眩ませて隙を作らせることができると思っていたようだ。しかし、そんな作戦もダークとノワールには通用しなかった。


「……お前たち、この孤島に住んでいるセイレーンだな?」


 ダークは腕を組みながら顔を出しているセイレーンたちに声をかける。すると、セイレーンたちはダークたちの方を向くと、目を鋭くして睨んできた。


「いきなり歌を歌って我々を混乱させようとは、どういう了見だ?」

「どういう了見、ですって? 白々しい事を!」


 セイレーンの一人がダークの質問に答えることなく、敵意の籠った声を出す。ダークたちはセイレーンの言っていることの意味が分からずに不思議そうな反応を見せる。


「性懲りもなく、また私たちをさらいに来たんでしょう!? しかも今度はモンスターまで連れてくるなんて、しつこいにもほどがあるのよ!」

「私たちは、貴方たちの金儲けの道具じゃないのよ!」

「さらいに来た? 金儲けの道具?」


 敵意をむき出しにするセイレーンたちを見てダークは小首を傾げる。何の話をしているのか理解できないが、セイレーンたちが自分たちを誰かと勘違いしているということは理解できた。

 ダークはとりあえず、セイレーンたちと話をするために彼女たちを落ち着かせようとする。だがその時、ダークたちの周りに大勢のセイレーンが現れてダークたちを取り囲んだ。セイレーンたちは槍や弓矢を構えてダークたちを睨んでおり、いつでも攻撃できる態勢を取っていた。

 突然現れた大勢のセイレーンたちにアリシアたちは目を見開いて驚く。なぜここまで自分達に敵意を向けているのか、アリシアたちには理解できなかった。

 ダークは視線だけを動かして取り囲んでいるセイレーンたちの位置や人数を確認しようとする。すると、ダークの前に一人の雄のセイレーンがやってきた。孤島に住むセイレーンたちの族長、ベガンだ。

 ベガンはダークを鋭い目で見つめており、ダークは目の前にいる雄のセイレーンが周りのセイレーンと雰囲気が違うことにすぐに気づき、目の前にいるセイレーンがリーダーだと考える。


「懲りずにまたやってきたのか。それだけの人数で最も警戒が厳しい東側から上陸しようとするとは、お前たちは囮か? だとしたら無駄なことだ。我々の仲間たちが他の場所をしっかりと守っている。お前たちの仲間は集落には辿り着けん!」


 ベガンは持っている剣の切っ先をダークに向けながら力の入った声を出す。ダークは今までのセイレーンたちの言葉から、彼らが何者かに襲われ、自分たちをその襲ってきた存在の仲間だと勘違いしているのだと知る。

 オールドシードラゴンは自分の主であるダークに剣を向けるベガンが気に入らないのか、大きく口を上げて鳴き声を上げる。いきなり鳴き声を上げたオールドシードラゴンにセイレーンたちは驚いて警戒心を更に強くした。

 ダークはセイレーンに敵意を向けるオールドシードラゴンの首を軽く叩く。オールドシードラゴンがダークの方を見ると、ダークは軽く首を横に振り、それを見たオールドシードラゴンはセイレーンに向けていた敵意を消して大人しくなった。

 オールドシードラゴンが大人しくなると、ダークはベガンの方を向く。


「……誰と勘違いしているかは知らないが、私たちはお前たちの敵ではない」

「何?」


 ベガンはダークの口から出た言葉に思わず訊き返す。周りのセイレーンたちも少し意外そうな表情を浮かべている。しかし、完全にダークの言葉を信じてはおらず、ダークたちが何をしてもすぐに攻撃できるよう武器は構えたままだった


「私はダーク・ビフレスト、大陸に存在する小国の王だ」

「……人間の国の王? 海賊どもの仲間ではないのか?」

「海賊? 私たちは海賊ではない。ただの騎士と冒険者だ」


 ダークは自分たちが海賊ではなく普通の騎士と冒険者であることをベガンに伝える。ダークの後ろで話を聞いていたアリシアは、英雄以上の実力を持つ自分たちは普通ではない、と思っているのか苦笑いを浮かべながらダークの背中を見ていた。

 ベガンは近くにいたセイレーンの方を向き、どうなっている、と目で尋ねる。セイレーンはベガンの方を向いて、分かりません、と首を横に振った。周りのセイレーンたちも状況が理解できずに少し混乱した様子を見せている。


「……本当にアイツらの仲間ではないのだな?」

「ああ」


 ダークはベガンの質問に頷きながら答える。ダークの態度を見て、ベガンは本当に目の前の人間たちは海賊ではないのかもしれないと感じ始める。

 しばらくダークを見つめていると、ベガンは剣を持っていない方の手を上げ、周りにいるセイレーンたちに警戒を解くよう伝える。ベガンの方を見たセイレーンたちは若干不安そうな反応を見えるが、言われたとおり警戒を解いた。ベガンもセイレーンたちが警戒を解いたのを確認すると剣を鞘に納める。


「私はセイレーンたちの族長でベガンという。貴方がたが島に近づいてくるのを見て、てっきり海賊だと思ってしまった。どうか、許してほしい」

「構わん、海賊に襲われていたのであれば、警戒するのは当然だ」


 最初はいきなり歌声で混乱させようとしてきたセイレーンにカチンときていたダークだが、海賊と戦ってピリピリしていたのなら文句は言えないと水に流した。アリシアたちも同じことを思っていたのか、黙って謝罪するベガンを見つめている。


「それで、海賊ではないダーク殿たちはなぜこの島に?」

「……それを話す前に、お前たちを襲った海賊のことについて聞かせてくれないか?」

「海賊のことについて?」


 ベガンの言葉にダークは無言で頷き、ベガンは小さく俯きながら考え込む。普通なら関係の無いダークたちに話す必要は無いが、その海賊たちと間違えられたダークたちには話を聞く権利があると考え、ベガンは真剣な表情を浮かべる。


「……分かった、詳しく説明しよう。此処ではなんなので、我々の集落まで」


 そう言ってベガンは浜辺の方へ飛んでいき、ダークもオールドシードラゴンを浜辺に移動させる。セイレーンたちは空中から移動するオールドシードラゴンをまばたきをしながら見ていた。

 オールドシードラゴンが浜辺に上がると、背中に乗っていたダークたちは浜辺に下り、それを見たベガンは数人のセイレーンたちを連れてダークたちを自分たちの集落まで案内した。


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