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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十六章~孤島の半人半鳥~
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第二百十五話  セイレーンの島


 大陸の西南西にある大海、その中に一つの孤島がある。大きさはビフレスト王国の領土よりも小さいが、緑が多く、砂浜や高台もあり、サバイバルの知識を持つ人間なら十分生きることができそうな島と言えた。

 その島の中央には森に囲まれた岩山があり、その岩山の高い場所にある広場には無数の木造の小屋が建てられている。そしてその小屋の周りには薄クリーム色の翼、同じ色の鳥の足を持ち、平民が着るような服を着た亜人達の姿があった。しかも、広場にいる亜人の全てが若い女の姿をしている。彼女たちこそが空を飛べる亜人の中でも優れた亜人と言われているセイレーンだ。


「篝火に使えそうな薪はあった?」

「森の北側で沢山拾えたわ。あっ、そう言えば森の東側に寝床に使えそうな枯れ草が沢山あったわよ」

「本当? じゃあ、私も後で取りに行ってくるわ」

「そうしなさい。最近は夜が冷えるから沢山あった方が温まるしね」


 セイレーンたちは森の中で拾ってきた薪を広場の一ヵ所に集めると翼を広げて森の東側へ飛んでいく。広場の上空には革製の鎧を身に付け、槍を持った数人のセイレーンが広場の周囲を見張っている姿がある。どうやらこの広場はセイレーンたちの集落のようだ。

 集落のセイレーンたちは皆、笑いながら仕事をしている。しかし、不思議なことに集落のセイレーンは全員若い女の姿をしており、男の姿をしたセイレーンは一人もいなかった。実は女の姿したセイレーン、つまり雌のセイレーンが多いのはセイレーンの生態に関係がある。

 セイレーンは亜人の中でも生まれてくるのが雌ばかりの種族で雄が生まれてくる確率は雌と比べてかなり低い。そのため、殆どのセイレーンの一族は雌ばかりであることは珍しくなかった。

 しかし、雄が生まれず、雌ばかりが生まれてしまうと、いつかはその一族は滅んでしまう。それを防ぐために雌のセイレーンたちは大陸にいる若い人間の男と性交を行い、その身に子供を宿してくるのだ。

 因みに性交を行う相手に人間を選ぶのは姿が似ていることと、別の亜人と性交を行って相手の亜人と同じ種族の子供が生まれるのを防ぐためである。人間との性交なら確実にセイレーンが生まれるため、雌のセイレーンたちは人間の男を選ぶのだ。

 だが、一族のためとは言え、雌のセイレーンの中には人間との間に子供を作ることに抵抗を持つ者もおり、できるのなら同じセイレーンの雄との間に子供を作りたいと考える者もいる。そのため、雄のセイレーンが生まれると、雄は子孫を残すのに欠かせない存在として、一族の中では特別に扱われていた。


「……岩山の近くに異常はないようだな。よし、次は島の南側を調べてみるか」


 集落の上空を飛んでいた見張りのセイレーンは翼を広げて孤島の南側へ移動しようとする。すると、集落で仕事をしていたセイレーンの一人が見張りのセイレーンの前まで飛んできた。


「ねぇ、カイルスが何処にいるか知らない?」

「カイルスか? いや、私は見ていないな」

「そう……まったくもう、何処に行っちゃったのかしら?」


 尋ねてきたセイレーンは両手を腰に当てながら少し不機嫌そうな顔をする。それを見た見張りのセイレーンは小首を傾げながら目の前の仲間を見つめた。


「なにかカイルスに用でもあったのか?」

「ええ、魚を獲る手伝いをしてもらうはずだったんだけど、集落の何処にもいないのよ。今、ポリアにも探してもらっているんだけど……」

「……もしかすると、また森で訓練をしているんじゃないのか?」


 見張りのセイレーンは思い当たる場所を口にし、それを聞いたセイレーンはあっ、という表情を浮かべる。


「あの子ならあり得るわね」

「ああ、なにしろ次の族長となる雄だからな」


 小さく笑いながら見張りのセイレーンは持っている槍を肩に掛け、セイレーンはやれやれ、と言いたそうな顔をする。どうやらカイルスと呼ばれている存在は雄のセイレーンのようだ。

 他の亜人と同じようにセイレーンにも族長が存在し、その族長の下で協力し合いながら生活をしているらしい。そして、二人の会話の内容からして、雄のセイレーンには族長になる資格があり、カイルスは次のセイレーンの族長になる存在のようだ。


「どうする? 彼がいつも訓練している場所へ行ってみるか?」

「……そうね、他に探す場所もないし、行ってみるわ」


 そう言ってセイレーンは翼を広げて飛んでいき、残った見張りのセイレーンもそれを見届けると孤島の南の方へ飛んでいった。

 集落がある岩山の北東にある草原の丘の上に一つの人影がある。その人影は金色の短髪に青い目をした十三歳ぐらいの少年で白い長袖の服を着ており、青い半ズボンを穿いていた。そして背中からは薄クリームの翼を生やし、両足は鳥の足になっている。見た目からして、彼は若い雄のセイレーンのようだ。

 少年セイレーンの手には弓と矢が握られており、少年セイレーンは真剣な表情を浮かべながらジッと前を見ている。彼の視線の先、約20mほど離れた所には一本の木が生えており、その幹には的が付いていた。

 的を見つめていた少年セイレーンはゆっくりと弓矢を構え、遠くに見える的に狙いを付ける。力一杯弓を引き、狙いがさだまるとパッと手を放す。すると矢はもの凄い勢いで飛んでいき、的のど真ん中に命中した。


「よし、命中したぞ」


 矢が的に当たると少年セイレーンは少し嬉しそうな声を出す。少年セイレーンは的の方へ歩いていき、木の前までくると矢が的の何処に刺さっているのかを確認する。


「ど真ん中、今日は調子がいいな。よし、この調子で訓練を続けよう」

「カイルスー!」


 どこからが少女の声が聞こえ、それを聞いた少年セイレーンはふと反応する。実はこの少年セイレーンこそがセイレーンたちの次の族長となる雄のセイレーン、カイルスなのだ。

 カイルスは声が聞こえた方を向くと、空から一人のセイレーンが飛んでくるのが見えた。そのセイレーンはカイルスと同じ十三歳くらいの少女の姿をしており、金色のふわミディヘアに緑色の目を持ち、白い半袖と黄色のスカートを穿いた姿をしている。

 少女セイレーンはカイルスの目の前で着地し、不思議そうな顔をするカイルスを見つめた。


「ポリア、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。今日は魚を獲る約束をしてたんじゃないの?」

「……あっ! しまった、忘れてた」


 カイルスは魚を獲る約束をしていたのを思い出し、弓を持っていない方の手を頭に当てる。そんなカイルスを見てポリアと呼ばれて少女セイレーンは少し呆れたような顔を見せた。


「もう、ダメじゃない。大切な約束を忘れちゃあ」

「ゴメンゴメン、訓練のことで頭が一杯だったから……」


 苦笑いを浮かべながら謝罪するカイルスを見てポリアは小さく息を吐いた。そして、ポリアはカイルスの隣に移動すると木に付いている的を見つめる。


「そりゃあ、カイルスは次の族長になるんだから、訓練をしないといけないっていうのは分かるよ? でも、だからって約束を忘れてちゃ、族長としてちゃんと皆を引っ張っていくことはできないよ」

「それは分かってるよ。でも、今のうちからしっかりと訓練して力を付けておかないと強い族長にはなれないって族長が言ってたから……」

「……族長は、力を付けるのも大事だけど、仲間と助け合って誰もが認める立派な族長になれ、とも言ってたはずだけど?」

「うっ……」


 痛いところを突かれたカイルスは複雑な表情を浮かべながら黙り込む。そんなカイルスをポリアはジト目で見つめ、カイルスはゆっくりと一歩下がった。

 実はカイルスとポリアは幼馴染で小さい頃から共に行動することが多かった。そのせいか、二人はお互いに相手のことをよく理解しており、相手がどこでなにをしているのかなどが分かるようになっていた。だからポリアはカイルスが草原の丘で訓練していると分かり、草原でカイルスを見つけることができたのだ。


「まったく、ポリアには敵わないなぁ」

「ハァ……そんなことはいいから、早く魚を獲る手伝いにいきなよ」

「そうだね、そうするよ」


 カイルスはそう言って翼を広げて飛び上がり、集落の方へ飛んでいく。ポリアもカイルスに続いて翼を広げ、彼の後を追うように飛んでいった。

 二人は横に並びながら集落の方へ飛んでいく。すると、前の方から見張りのセイレーンと会話をしていたセイレーンが飛んできて二人の前で停止する。カイルスとポリアもセイレーンが止まるのと同時に停止した。


「ポリア、カイルスを見つけたのね?」

「うん、いつもの草原で弓の練習をしてたよ」

「そう、ありがとう……カイルス?」


 セイレーンはポリアに礼を言うとジロッとカイルスに視線を向ける。セイレーンは明らかに機嫌を悪くしており、そんな彼女の顔を見たカイルスは苦笑いを浮かべながら微量の汗を流す。


「昨日、あれほど忘れないでって言ったのにどういうことなの?」

「ゴ、ゴメン、訓練のことで頭が一杯だったから、つい忘れちゃったんだ」

「まったく、訓練をするのも大事だけど、約束を忘れるようじゃ、いい族長にはなれないわよ?」

「うう、同じことをポリアにも言われたよ……」


 先程ポリアに言われたことをセイレーンにも言われ、カイルスは反省の表情を浮かべながら俯く。そんなカイルスを隣で見ていたポリアはクスクスと笑っていた。

 セイレーンはカイルスをジッと睨んでいたが、やがて静かに目を閉じて小さく息を吐いた。


「……これからは約束を忘れないように気を付けて、約束とかを全部終わらせてから訓練をするようにしなさい。分かったわね?」

「ハ、ハイ」

「なら、今日はこれで許してあげるから、すぐに魚を獲りに行くわよ?」

「分かった」


 カイルスは顔を上げると目の前にいるセイレーンを見て返事をし、そんなカイルスを見たポリアは微笑み、セイレーンは苦笑いを浮かべた。


「それじゃあ、早速魚を獲りに東の浜辺に向かいましょうか?」

「うん」

「私も手伝うわ」

「ありがとう、ポリア」


 三人のセイレーンは翼を広げて孤島の東へ飛んでいく。三人が翼をはばたかせると、翼から美しい羽が抜けて宙を舞うように落ちていった。

 東の浜辺にやってきたカイルスたちは浜辺に下り立ち、海の方を向いて歌い出す。その歌声はとても美しく、人間では決して出すことができないだろうと言えるほどのものだ。

 波の音だけが聞こえる浜辺で三人のセイレーンは目を閉じて歌い続ける。すると、カイルス達の足元に数匹の魚が打ち上げられた。魚に気付いたカイルス達は歌うのをやめて魚を拾い上げる。


「よし、いい感じね。このまま人数分の魚を獲りましょう」


 拾った魚を近くにおいてある木製の籠に入れながらセイレーンはカイルスとポリアに声をかけ、二人も頷いてから拾った魚を籠へ入れた。

 セイレーンが魚を獲る方法、それは自分達の歌を使うというものだ。他者を混乱させる歌声を使い、魚達を混乱させて浅瀬まで移動させる。あとは波を利用して生きたまま浜辺に打ち上げてそれを拾う。これは歌声で他人を混乱させるられるセイレーンだからこそできる方法だ。

 その後もカイルスたちは歌い続けて魚を次々と獲っていく。歌い始めてから僅か五分ほどで大量の魚を獲ることができた。


「これで人数分はあるかな?」

「うん、十分足りると思うよ」


 籠の上で跳ねる魚を見てポリアとカイルスは笑みを浮かべる。歌っただけでこれだけの魚が獲れたことに二人は喜びと楽しさを感じていた。

 カイルスとポリアが籠の魚を覗いていると、セイレーンが籠を両手でゆっくりと持ち上げる。


「さあ、急いで集落へ戻ってお昼にしましょう。時間が経てば魚が悪くなって味も落ちちゃうわ」

「そうだね」

「行こう行こう!」


 獲れたばかりの魚を集落へ運ぶため、カイルスたちは翼を広げて飛び上がろうとする。すると、笑っていたポリアが海の方を見て僅かに表情を変えた。


「ねえ、カイルス。あれ何かな?」

「え?」


 突然声をかけられたカイルスはポリアの方を向き、彼女が沖の方を見ているのを確認すると視線を沖に向けた。すると、600mほど先に一隻の茶色い帆船が浮かんでいるのが目に入る。大きさは約50mで二つのマストと白い帆、側面に小船を付けたブリッグ船のような形をしていた。

 帆船を目にしたカイルスとセイレーンは少し驚いたような顔をしており、ポリアは興味のありそうな顔で帆船を見つめている。どうやらポリアは帆船を見るのは初めてなようだ。


「カイルス、何なのあれ?」

「あれは船だよ」

「フネ?」

「うん、人間たちが海を移動するときに使う乗り物だよ」

「へぇ~、人間の乗り物かぁ」


 ポリアは笑みを浮かべながら遠くに見える帆船を見つめる。しかし、カイルスとセイレーンは少し緊迫したような表情を浮かべて帆船を見ていた。


「……おかしくない? この辺りには人間が住んでいる島は無いし、大陸にある人間の港町からもかなり離れているんだよ。それなのにあんなに大きな船がこんな所を移動しているなんて」

「確かに妙ね」


 カイルスの話を聞いてセイレーンは低い声を出しながら頷く。ポリアはカイルスとセイレーンの表情を見ると不思議そうな表情を浮かべる。

 セイレーンの次の族長となるカイルスは族長としてふさわしい存在になるため、戦闘の訓練だけでなく、大陸に関する知識も仲間達から学んでいた。そのため、同世代のポリアが知らないことをカイルスは知っており、帆船が近寄らない場所に現れたことを不審に思ってたのだ。

 カイルスは真剣な表情で帆船を見つめている。すると、カイルスの隣で同じように帆船を見ていたセイレーンが持っていた魚の乗った籠をカイルスに渡した。


「カイルス、貴方はポリアと一緒に集落へ戻ってこのことを族長や他の皆に伝えて。そして、なにか嫌な予感がするから数人の戦士をここに送ってほしいと族長に頼んで」

「え? でも……」

「私はここに残って船を見張っているわ」


 帆船を見つめながらセイレーンはカイルスに指示を出し、カイルスは少し不安そうな表情を浮かべてセイレーンを見ている。ポリアも二人の態度を見て、ようやく不穏な雰囲気がすると感じたのか表情から笑みが消えた。


「……分かった、急いで知らせてくるよ。でも、もし何かマズいことが起きたらすぐに此処から離れてよ?」

「ええ、分かってるわ」


 カイルスの忠告を聞いてセイレーンは小さく笑いながら返事をした。


「ポリア、急いで集落へ戻ろう。族長たちにあの船の事を伝えるんだ」

「う、うん」


 二人は翼を広げると高く飛び上がり、岩山の方へ飛んでいく。できるだけ早く帆船のことを伝えるため、二人はいつもよりも速い速度で集落へ向かう。あまりの速さに折角獲った魚が何匹が落ちてしまったが、カイルスはそんなことは一切気にしていなかった。

 集落ではセイレーンたちが微笑みながら自分たちの仕事をしている。集落にいるセイレーンたちは誰一人として孤島に怪しい帆船が近づいていることに気付いていなかった。

 そんな中、カイルスとポリアがもの凄い勢いで飛んできて集落の中央になる広場に下り立つ。いきなり広場に下りた二人を見て周囲のセイレーンたちは目を見開いた。


「ふ、二人とも、どうしたの?」


 近くにいたセイレーンがカイルスとポリアに近づいて尋ねると、カイルスは持っていた籠をセイレーンに差し出す。セイレーンはいきなり差し出された籠に驚いたが無意識にその籠を受け取った。


「ちょっと族長に用があるんだ、悪いけどこれを持ってて」


 カイルスはセイレーンに籠を渡すとは走り出し、ポリアもその後に続いて走りだす。セイレーンたちは意味が分からず、不思議そうな表情で走っていく二人の後ろ姿を見つめていた。

 走るカイルスとポリアは集落の中で最も大きな小屋の前にやってきた。小屋の入口前には見張りと思われるセイレーンが二人、槍を持って立っている。


「貴方たち、どうしたの?」


 見張りのセイレーンが走ってきたカイルスとポリアを見て声をかける。カイルスは微量の汗を掻きながら見張りのセイレーンの方を向いた。


「族長はいる?」

「族長? ああ、小屋の中におられるが、何かあったのか?」

「うん……実は島の東側の沖に人間の船が現れたんだ」

「何? 人間の船だと?」


 カイルスの口から出て言葉に見張りのセイレーンは驚きの反応を見せる。もう一人の見張りや近くにいた他のセイレーンたちもカイルスの話を聞いて目を大きく見開いて驚いた。


「どうして人間の船が現れたんだ?」

「そんなの分からないよ。ただ、どうも様子がおかしくて、族長に頼んで数人の戦士を連れてきてほしいって言われたんだ」


 一緒に魚を獲っていたセイレーンの伝言をカイルスは見張りのセイレーンに伝える。話を聞いた見張りのセイレーンは確かに人間の船がこの近くの海に現れるのはおかしいと感じ、難しい顔をして考え込む。周りのセイレーンたちは人間の船が現れたのを知って不安を感じたのかざわつき始めた。

 セイレーンたちがざわついていると、小屋の中から誰かが出てきた。それは三十代前半くらいの若さで身長180cmほど、茶色い短髪とガッシリとした肉体を持った雄のセイレーンだった。白い長袖の服の上に革製の鎧を付け、濃い茶色の長ズボンを穿き、背中から他のセイレーンよりも少し立派な翼を生やしている。


「ベガン族長!」


 カイルスは小屋から出てきた雄のセイレーンは見て力の入った声を出し、ポリアや他のセイレーンたちもカイルスの言葉を聞いて小屋の方を向き、雄のセイレーンの姿を目にする。そう、このベガンと呼ばれた雄のセイレーンこそが孤島にいるセイレーンたちの族長なのだ。

 ベガンはゆっくりとカイルスの方へ歩いていく。族長であるベガンが現れたことでセイレーンたちは安心したのかざわつくのをやめてベガンに注目していた。


「族長、実は……」

「聞こえていた、沖に人間たちの船が現れたのだろう?」

「ハイ、なにか起きた時のために戦士の人を何人か連れていきたいんです」

「……分かった。優秀な戦士たちに声をかける。念のために私も同行しよう」


 戦士だけでなく、族長であるベガンも一緒に来てくれると聞いてカイルスとポリアは安心の笑みを浮かべる。他のセイレーン達も集落で最高の力を持つ族長が行けばなにかあってもすぐに対応できるだろうと思い安心した。そして、準備が整うと、カイルスはベガンと戦士のセイレーンたちを連れて東の浜辺へと向かう。ポリアは集落に残り、飛んでいくカイルスたちを見送った。

 東の浜辺ではセイレーンが沖に浮かんでいる帆船を見つめていた。帆船は沖に停泊したままで大きな動きは見せていないが、セイレーンは警戒と解かずに帆船を視界から外さなかった。


「あれから動く気配は無いけど、いったい何が目的なの?」

「おーい!」


 後方から声が聞こえ、セイレーンは後ろを向く。そこにはカイルスとベガン、槍と弓矢を持った数人のセイレーンが飛んでくる姿があり、カイルスがちゃんと戦士たちを連れてきてくれたのを知り、セイレーンは安心の表情を浮かべる。ただ、族長であるベガンが一緒だというのは予想外だったため、ベガンを見ると驚きの少し驚いた反応を見えた。

 カイルスたちはセイレーンの前に下り立つと、沖に停泊している帆船を確認し、ベガンは真剣な表情を浮かべて帆船を見つめる。


「状況はどうなっている?」

「ハイ、船を見つけた時からずっと見張っていたんですが、動く気配はありません」

「そうか……」

「ただ、船の上に薄っすらと人間たちの姿が確認でき、なにかをしているようです」

「人間たちが?」


 セイレーンの話を聞いたベガンは視線を帆船に戻して確かめた。確かに帆船の甲板で数人の人間が何かの作業をしている姿が見える。だが、なにをしているのかハッキリとは分からない。


「どうします? 歌声で操り、連中の目的を聞き出しますか?」

「いや、此処からでは私たちの歌声は届かない。かと言って、正体も分からない相手に無暗に近づくのは危険だ。もう少し様子を見る」


 ベガンは慎重に帆船に乗る者たちの情報を集めることにし、カイルスやセイレーンたちもそれがいいと考え、警戒しながら帆船を見張ることにした。すると、帆船に取り付けられていた小船が海面に降ろされ、甲板の上の人間たちが小船に乗り移っていき、それを見たカイルス達は表情を鋭くする。


「人間たちが小船に乗り換えました」

「……どうやら、島に上陸するつもりのようだな」


 帆船の人間たちが孤島に上陸する、ベガンの言葉を聞いたカイルスやセイレーンたちはベガンの方を向いて目を見開く。人間たちが自分たちの島に上陸しようとしている、カイルスは人間たちが何のために上陸するのか分からず、小さな不安を感じていた。

 カイルスが不安を感じている中、ベガンが目を鋭くして近づいて来る四隻の小船を見つめる。孤島に近づいてくることによって、少しずつ小舟に乗る人間たちの姿が確認できるようになってきた。

 一隻の小船には八人から十人の人間の男が乗っており、その内の八人がオールで小船を漕いでいる。そして漕いでいない者は小船の船首や後ろで前や後ろを確認していた。小舟に乗っている男たちのほぼ全員がボロボロの長袖、長ズボンの恰好をしており、サーベルや弓矢の武器を装備している。そしてなにより、男たちは全員が目つきの悪い悪党面をしていた。

 ベガンは近づいてくる四隻の小舟に乗る全ての人間を確認すると、表情を鋭くして近づいてくる小船を睨んだ。


「……奴らの様子と姿、恐らく奴らは海賊だ」

「海賊!? どうして海賊がこの島に?」」


 近づいてくる人間たちの正体が海賊、帆船が海賊船だと知ったカイルスは驚きのあまり力の入った声を出す。周りにいるセイレーンたちも驚きの表情を浮かべてベガンに視線を向けた。


「どうしてこの島に来たのかは、直接訊いてみれば分かる」


 そう言ってベガンは目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。どうやら歌声で海賊たちを操り、何をしに来たのか聞き出すつもりのようだ。幸い、小船は歌声が届く所まで近づいてきているので、歌声を聞かせることは可能だった。

 カイルスとセイレーンたちはベガンが歌声で海賊たちを操ろうとしていることに気付くと、彼を手伝うために自分たちも歌を歌う態勢に入る。だが、カイルスたちが歌おうとした瞬間、小船の方から矢が飛んできてカイルスたちの足元に刺さった。カイルスたちは矢に驚いて小船の方を向く。小船の上では小船を漕いでいない海賊たちが不敵な笑みを浮かべて弓矢を構えている姿があった。


「海賊たちが矢を撃ってきた!」


 海賊たちを見てカイルスは声を上げ、戦士のセイレーンたちは海賊たちを睨みながら槍と弓矢を構える。敵が矢を放って攻撃してくる状況では歌を歌う事はできない。もし狙われている状態で歌など歌えばいい的になってしまう。

 ベガンは海賊たちを睨みながら腰にはいする剣を抜き、視線を海賊たちに向けたまま口を開いた。


「カイルス、すぐに集落へ戻って皆に伝えろ! 島に人間の海賊がやって来た、奴らは明らかな敵意を持っている、すぐに集落に集まって護りを固めろと!」

「えっ、でも、族長たちは……」

「私たちは海賊たちの相手をしたら戻る。早く行け、族長命令だ!」


 武器を構えて近づいてくる海賊たちを睨むベガンとセイレーンの戦士たちをカイルスは少し動揺するような顔で見つめる。自分も弓矢を持っているので、一緒に戦うべきなのだが、集落にいるポリアたちは海賊が攻めてきたことを知らない。ここでベガンたちと共に戦い、もし捕まってしまったら集落に海賊たちのことを知らせることができなくなってしまう。

 仲間に海賊たちのことを知らせて集落を護るためにも、ベガンの指示に従うべきだとカイルスは考えた。


「分かりました、無理はしないでくださいね」


 そう言ってカイルスは翼を広げて飛び上がり、集落の方へと飛んでいく。カイルスが飛び立った直後、海賊たちが乗る小船は浅瀬に着いた。海賊たちは一斉に小船から降りて腰のサーベルを抜き、ベガンたちに近づいていく。

 ベガンたちは笑いながらサーベルを握る海賊たちを睨みながら戦闘態勢に入る。目の前にいるので、何をしに来たのか尋ねるべきなのだが、海賊たちの様子から質問に答える気は無いと感じ、ベガンは質問するのをやめた。

 そして次の瞬間、海賊たちは一斉にベガンたちに襲い掛かった。


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