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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十六章~孤島の半人半鳥~
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第二百十四話  生魚料理と港町建設


 長い廊下はしばらく歩き、ダーク達は食堂の扉の前までやって来る。王城の中には二つの食堂があり、一つは王城で働く者達が使う大食堂、もう一つは王族、つまりダークやアリシア達の様な特別な存在だけが使う特別食堂となっており、ダーク達はその二つの内の後者である特別食堂の前に来ていた。

 ダークは二枚扉の片方を開けて中に入り、アリシアと鬼姫もそれに続く。部屋の中には長方形の机が一つとそれを囲む様に幾つもの椅子があるだけだが、少人数で使うには十分だ。そして、そんな特別食堂には小竜の姿をしたノワールといつもの黒い三角帽子を被り、露出度の高い服を着たヴァレリアの姿があった。


「マスター、アリシアさん」

「お前達も昼食か?」

「ハイ、ただ、レジーナさん達は僕達より先に昼食を済ませたみたいなので、これから食事をするのは僕等だけみたいです」


 机の上に座りながら昼食をしに来たのは自分とヴァレリアだけだとノワールは小さく笑いながら語り、ヴァレリアは椅子に座りながら黙って食堂に入って来たダーク達を見ている。

 冒険者であるレジーナ、ジェイク、マティーリア、そしてその家族は決められた時間に昼食を取る事ができるが、職務のあるダーク、アリシア、ヴァレリアは決められた時間に昼食を取る事ができない時があるので、今回の様にレジーナ達と一緒に食事を取る事ができない時がたまにある。

 レジーナ達はダーク達が昼食を取る時まで自分達も昼食を取らずに待っていると言っていたが、それではいつ食べられるか分からないので、ダークはレジーナ達に自分の事は気にせずに好きな時に食事を取るよう言った。レジーナ達もダークがそう言うのなら、家族の事もあるのでそうさせてもらうと納得したのだ。

 ダークとアリシアは料理が来るのを座って待っている二人を見ながら近くの席につく。ヴァレリアも魔法薬の研究という仕事を終えたので昼食を取りに食堂に来ていた。ノワールはダーク達ほど忙しくないので、レジーナ達と一緒に食事を取る事はできたのだが、主であるダークが仕事をしているのに、使い魔の自分が先に食事を取る事はできないと、昼食を取らずにいたのだ。


「すぐにお料理をお持ちしますので、もうしばらくお待ちください」


 鬼姫は座っているダーク達に食事を用意する事を伝えて食堂を後にする。食堂に残ったダーク達は昼食が運ばれてくるのを会話をしながら待つ事にした。


「ヴァレリア、魔法薬の研究はどこまで進んだ?」


 ダークは自分の右斜め前の席に座っているヴァレリアに魔法薬の研究と調合について尋ねる。ヴァレリアはダークの方をチラッと見た後に自分の髪を指で捩じり出した。


「まだ完成はしていないが、試作品を調合できるところまで来ている。お前達が回収して来てくれた未知の薬草や魔法薬の成分を分析したりして少し時間が掛かってしまったが、それでも順調に研究できている」


 ヴァレリアは魔法薬の調合が順調に進んでいる事を伝え、それを聞いたダークと彼の隣に座るアリシアは流石は一流の調合師と思っていた。

 ダーク達はフルールア宮殿の探索に向かう前にヴァレリアから珍しい薬草などがあれば魔法薬の研究と調合に役立てたいので採取して来てほしいと頼まれた。ダーク達は頼まれたとおり薬草を採取し、バーネストに戻った時にヴァレリアに薬草や魔法薬を渡したのだ。

 ヴァレリアはダーク達から薬草や魔法薬を受け取るとすぐに成分の分析を開始した。始めて見る薬草や魔法薬の成分はどれも素晴らしい物でヴァレリアはかなり驚いたらしい。ヴァレリアはそんな素晴らしい薬草を使って様々な魔法薬の研究と調合を始め、僅かな時間で新しい魔法薬の試作品を調合できるところまで来た。それは並の調合師では決してできない芸当である。


「この調子なら一ヶ月後には新しい魔法薬が完成すると思うぞ」

「そうか、期待しているぞ。あと、何か必要な物資や道具があれば言ってくれ、すぐに用意させる」

「フッ、なら遠慮なく注文させてもらうぞ? 最高の魔法薬を完成させるには薬草も道具もまだまだ足りないからな」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながらヴァレリアはダークの方を見た。そんなヴァレリアの反応を見たアリシアとノワールは小さな苦笑いを浮かべる。ヴァレリアは過去にも何度かとんでもない量の材料や道具を用意するよう言って来たので、今回もその時と同じくらいの量を注文して来るのだろうな、二人は感じていた。

 ヴァレリアの魔法薬の研究については話が終わるとダークはノワールとヴァレリアの顔を見て小さく息を吐く。そして、もう一度二人の顔を見てから目を薄っすらと赤く光らせた。


「ノワール、ヴァレリア、お前達二人に伝えておかなければならない事がある」


 ダークが低い声で語り始める姿を見たノワールとヴァレリアはフッと反応する。アリシアはダークを見て、先程話したLMFのプレイヤーの存在についての話をするのだと気付き、目が僅かに鋭くなった。


「何ですか、伝えておかなければならない事とは?」

「レジーナ達にも後で話すつもりだが、まずはお前達に話しておく」

「だから、それは何なんだ?」


 ヴァレリアは腕を組みながらどんな話なのか尋ねる。ダークは数分前に執務室でアリシアと話したLMFのプレイヤーが異世界にいる可能性がある事とノワールとヴァレリアに説明した。

 数分後、ダークの説明が終わり、話を聞いたノワールは驚きの表情を浮かべ、ヴァレリアも目を見開いてダークを見ている。


「僕やマスター以外にLMFの世界から来た存在がいるかもしれない……」

「ああ、私も先程その事に気付いてな、情報を集めながらプレイヤーを探そうとアリシアと相談したのだ」

「……それでマスター、今後別のプレイヤーに対してはどのような対策を取られるおつもりですか?」

「先程も話したように、周辺国家に情報収集を行う者を送り込み、LMFのプレイヤーやその情報を探させる。あと、この国にもプレイヤーがいる可能性がある為、念の為にビフレスト領内にある全ての町や村などを調べるつもりだ」


 ダークの話を聞いたノワールは今の時点ではそれが一番いい方法だと感じたのか、真剣な表情を浮かべながら頷く。アリシアもそれがいいと思いながら黙って二人の会話を聞いている。


「それでダーク、そのプレイヤーと言う存在はどのくらい強いのだ?」


 ヴァレリアはいるかもしれないLMFのプレイヤーの強さについてダークに尋ねる。ヴァレリアの言葉を聞いたダークやアリシア、ノワールは一斉に視線を彼女に向けた。


「さあな、今も言ったように情報が少なすぎる。それらを調べる為にも周辺国家に情報を集める者を送り込むんだ」

「成る程」

「……ただ、そのプレイヤーが私と同じくらいの強さを持っている可能性はある」


 レベル100のダークと同じくらいの実力を持っているかもしれないと聞き、ヴァレリアは再び目を大きく見開く。神に匹敵する力を持つ存在が他にもいるかもしれない、そんな事を聞かされれば驚くのは当然だった。


「とにかく、情報が入り次第、すぐに対策を練るつもりだ。それまでは今までどおりの生活をしていてくれ。あと、分かっていると思うが、この事はLMFの存在を知っている者以外には決して話すな?」


 ダークの忠告を聞いてアリシア、ノワール、ヴァレリアは真剣な表情で頷く。LMFのプレイヤーの事も気になるが、分からない事をいくら考えても何も変わらないので、今は深く考えずに普段どおり過ごしていよう三人は考えた。

 プレイヤーの話が終わると、食堂の扉を叩く音が聞こえ、ダーク達は扉の方を向く。扉が静かに開き、鬼姫と数人のメイドが料理の乗ったカートを押しながら食堂に入る。そして一番最後に背中から小さな悪魔の翼を生やした卵色の長髪をした女コック、料理長のリンバーグが入って来た。


「お待たせしました、ご昼食の用意が整いました」


 鬼姫は運んできた昼食をダークの前に並べていき、他のメイド達もアリシア達の隣に移動してカートの上の料理を一つずつ丁寧に並べていく。ノワールも子竜から少年の姿へと変わり、空いている席に座って料理が並べられるのを見ていた。

 全ての料理や食器を並べ終えると鬼姫とメイド達はカートを押して部屋の隅へ移動する。すると、今度はリンバーグが前の出て小さく頭を下げた。


「本日の昼食は川魚のガーリックムニエルとライ麦パン、ホルトビーンズのスープでございます」

「ほぉ、ムニエルか」


 リンバーグが料理を説明し、ダークは真ん中に置かれてあるムニエルを見つめる。王城に住む者が食べるには少し質素な料理だが、ダーク達には豪華な料理よりもこれくらいの料理が丁度よかった。

 料理の説明が終わると、ダーク達は食事を始める。ダークは兜の口の部分の装甲をスライドさせて穴を開け、そこからムニエルやライ麦パンを口へと運ぶ。ノワールとヴァレリアはマナーなどは一切気にせずに自分のペースで食事をしている。アリシアは貴族の出身である為か、綺麗な姿勢で音を立てずに食べており、四人の中でも最も行儀よく食事をしていると言えた。

 四人は食事中に無駄なお喋りは一切せず、静かに料理を食べていく。そして、食事を始めてから二十分ほどが経過した頃、全員の食事が終わり、鬼姫達は空になった皿を片付けて食堂を後にした。

 昼食が済むと、ダーク達は出された食後の紅茶を飲む。仕事に戻るにはまだ時間があるので、少しだけ食堂で休んでから仕事に戻る事にしたのだ。


「今回の食事もなかなか美味かったな」

「リンバーグさんは料理を得意とするモンスターですからね」


 ヴァレリアは紅茶を飲みながら昼食の感想を口にし、ノワールはヴァレリアの方を見ながら微笑みを浮かべる。アリシアも紅茶の入ったティーカップを持ちながら目を閉じて笑っていた。


「彼女が作る料理はどれもこの世界の料理人では作る事ができない物ばかりですからね。何度食べても飽きる事は無いと思いますよ」

「フッ、確かにそうだな」


 リンバーグの料理を褒めるノワールを見てヴァレリアは小さく笑いながら同意する。

 四人の中で最年長であるヴァレリアは過去に色んな料理を食べて来た。庶民が食べる質素な料理から貴族が食べる豪華な料理、その中には美味い料理もあったが、リンバーグの作る料理はそんな料理とは比べ物にならないほど美味いとヴァレリアは思っている。

 ノワールとヴァレリアが料理の事を話している中、ダークは腕を組みながら小さく俯いている。紅茶を飲んでいたアリシアはそんなダークに気付くとティーカップを置き、不思議そうな顔でダークを見た。


「ダーク、どうかしたのか?」

「ん? ああ、いや……今回の昼食に出て来たムニエルを見てな、久しぶりに刺身を食いたいと思ってたんだ」


 ダークは天井を見上げながら語り、アリシアはダークの話を聞くと彼を見つめながらまばたきをした。

 異世界に来てからというもの、魚料理はムニエルや焼き魚ばかりで刺身と言った生魚を使った料理は食べていない。ダークは現実リアルの世界で何度も食べた事のある料理を懐かしく思い、久しぶりに口にしてみたいと思っていたのだ。


「サシミ? 何だそれは?」


 聞いた事の無い料理名を聞いてアリシアはダークに尋ねる。料理の話をしていたノワールとヴァレリアも話をやめてダークとアリシアに視線を向けた。


「刺身と言うのは私が以前住んでいた世界の料理で生の魚を食する料理だ」

「な、生の魚を?」


 刺身が生魚を食べる料理だと聞いたアリシアは目を見開き、ヴァレリアも同じような反応を見せる。異世界では魚を生で食べる事は無いので、異世界の住人であるアリシアとヴァレリアはダークの話を聞いてかなり驚いたようだ。


「そう言えば、マスター達が住んでいらっしゃる世界にはその刺身以外にも寿司やカルパッチョと言った料理があり、それらも生魚を使っていると聞いた事があります」


 ノワールはLMFにいた頃に得た知識を話し、アリシアとヴァレリアはノワールの話を聞くと目を見開いたまま彼の方を向いた。


「スシ、カルパッチョ、聞いた事の無い料理だな……LMFの世界にはそんな料理があるのか?」

「ん? あ、ああ、そうだ」


 驚きの表情のまま尋ねてくるアリシアを見てダークは少し動揺する様な反応を見せながら頷く。

 ダークが言った以前住んでいた世界、と言うのはLMFの世界ではなく、現実リアルの世界の事だ。アリシア達はその現実リアルの世界の事を知らなず、ダークがLMFの世界の出身だと思い、刺身もLMFに存在する料理だと思い込んでいる。ダークはLMFに刺身があると勘違いしているアリシアを見て少し複雑な気分になっていた。


(今更LMFじゃなく、現実リアルの世界の出身とは言えないからな、このままLMFには刺身とかがあるって事にしておくか……)


 話をややこしくしたくないダークはLMFには生魚を使った料理が存在する、と言う事で押し切る事にした。

 ダークは視線をノワールに向け、顎を小さく動かしながら話を合わせるよう、ノワールに無言で伝える。ダークを見たノワールはダークの意思を理解したのか、無言で小さく頷いた。


「しかし、生で魚を食べるとは……そんな事をして大丈夫なのか?」

「確かに、生で食べると毒などが体に入る為、その毒などを取り除く為に焼いたり、蒸したりなどして調理するんだ。調理せずに生で食べるのは危険ではないのか?」


 生で食べる危険性についてアリシアとヴァレリアは難しい顔で語る。確かに生で食べると細菌などが体内に入り、腹痛などを引き起こす事があるので、熱してそれらを殺してから食するのが普通だ。アリシアとヴァレリアにとって、ダークの言う生で魚を食するなどあり得ない考えだった。


「勿論、生で食べるのは危険な物もある。例えば、川魚なんかには寄生虫がおり、生で食べるとその寄生虫によって腹痛などが起こり、最悪の場合は死に至る。だから食べる前に魚を熱してその寄生虫を殺してから口にするんだ」

「寄生虫……やはり、魚を生で食べるのは危険じゃないか」

「だが、海で獲れる魚は違う。海魚の寄生虫は人間の体内では生きる事ができない為、体内に入っても胃の中で溶かされてしまう為、死に至るような事は無い」

「そ、そうなのか?」

「ああ、魚に詳しい仲間からそう教えてもらった」


 海魚の殆どが生で食べても平気だと言う知識はLMFの仲間から聞いたとダークは話し、それを聞いたアリシアは川魚と海魚の違いを知って意外そうな顔をする。ヴァレリアもダークの話を聞いてほほぉ、と反応した。

 しかし、ダークがいた世界とこの世界とでは生物も環境も違う為、この世界の海魚を食べても本当に害は無いと保証はない。アリシアはまだ少し納得できない様子を見せている。すると、ヴァレリアは何かを思い出したのかフッと顔を上げた。


「そう言えば、亜人の中に海の魚を生で食べる種族がいると聞いた事があるな……」

「えっ、亜人の中にですか?」

「ウム、確かセイレーンだったような気がするぞ」


 ヴァレリアは生魚を食べる亜人を口にし、それを聞いたアリシアは亜人の中に生魚を食べる種族がいる事を知って驚いたのか、目を大きく見開いた。ダークとノワールも異世界に生魚を食べる種族がいるのを聞いて意外そうな反応を見せる。


「セイレーン、確かホークマンやハーピーの様に人間の体に鳥の翼を生やした亜人でしたよね?」

「正確には少し違うな。ホークマンは人間が背中に翼を付けた姿をしており、ハーピーは腕の部分が翼になっており、下半身が鳥の足という姿をしている。セイレーンは下半身が鳥の足になっている人間が背中に翼を付けた、ホークマンとハーピーが一つになった様な姿をしているのだ」

「ホークマンとハーピーが一つになった様な姿、ですか……」

「更にセイレーンは歌声で他の生き物を混乱させ、自分達の思い通りに操る力を持っている。その点を考えればセイレーンは他の二つの種族よりも優れた種族と言えるだろうな。因みに、主食である海の魚を獲る時もその歌声を使って魚達を操っているらしい」


 セイレーンの情報を聞いたアリシアはセイレーンの姿や歌声で他人を操る姿を想像し、ダークとノワールは興味のありそうな様子でヴァレリアの話を聞いている。

 LMFではセイレーンは亜人ではなく、モンスターとして存在するので、異世界のセイレーンがどんな存在なのかダークとノワールは気になるようだ。


「……ヴァレリア、この近くにセイレーンはいるのか?」


 ダークはヴァレリアにセイレーンの生息地を尋ねる。ヴァレリアはチラッとダークの方を向いて少し意外そうな顔をした。


「この近くでか? そうだな……近くとは言えないが、確か此処から西南西の方角にある小さな孤島にセイレーンの住処があると聞いた事がある。とは言っても、十年以上前に手に入れた情報だ。まだその孤島に住んでいるかどうかは分からない」

「孤島か」


 セイレーンの生息地を聞いたダークは立ち上がり、ポーチに手を入れて一枚の丸めた羊皮紙を取り出す。そして目の前に置かれてあるティーカップを退かすと、そこに羊皮紙を広げる。それはビフレスト王国の領内と大陸の西側、そして海が描かれた地図だった。

 地図を広げたダークはヴァレリアが言っていた西南西の方角を調べる。アリシアとノワールも立ち上がり、ダークの隣で地図を覗き見た。


「……これか」


 ダークは地図の端の方に海に囲まれた小さな島が描かれてあるのを見つけて指を差す。西南西の方角にはその島以外に島は無いのでこの島で間違いないとダークは考えた。

 ヴァレリアはダークがセイレーンの住処がある孤島を見つけたのを見ると立ち上がって地図を確認する。


「ああ、多分その島だろう。しかしダーク、セイレーンの居場所などを訊いてどうするつもりだ?」


 何の為にセイレーンの生息地を訊いたのか、ヴァレリアはダークに理由を尋ねる。アリシアとノワールもどうして訊いたのか気になるダークの方を向いた。


「……それを説明する前に、確認しておきたい事がある」


 地図を見つめながらダークは低い声で語り、アリシア達は小首を傾げながらダークを見ている。すると、ダークは地図に描かれたビフレスト王国の領土を確認した後にチラッとアリシアの方を見た。


「アリシア、この国には港町は無かったな?」

「え? ああ、港町は一つも無い」

「だが、海に面した場所は存在する」


 ダークはそう言って地図に描かれているビフレスト王国の領土を指差す。アリシア達が地図を覗くと確かにビフレスト王国の西端の領土に海に面した場所があった。実はビフレスト王国を建国する為の領土をセルメティア王国とエルギス教国から譲り受けた時に両国から海に面している場所も譲ってもらっていたのだ。


「確かに西の方に海に面している場所があるな……それがどうかしたのか?」


 未だにダークの考えが理解できないアリシアは視線をダークに向けて尋ねる。するとダークは地図を見つめながら薄っすらと目を赤く光らせた。


「この海に面した場所に新たに港町を造る」

「ええっ!?」


 いきなり港町を造ると言い出すダークにアリシアは思わず声を上げる。ヴァレリアも少し驚いた様子でダークを見ており、ノワールは驚く事無く無表情でダークを見つめていた。


「い、いきなり何を言い出すんだ、ダーク」

「港町を造り、そこで獲った海魚を国中に送る。海の魚を使えばこれまで食べた事の無い料理を作る事ができ、この国の名物の一つになるだろう。上手くすれば、国民の暮らしも多少は良くする事ができるはずだ」

「これまでにない料理、さっき話した刺身の様な生魚を使った料理とかの事か? ……生魚を食べるなどこの世界では考えられない事だ、人々が受け入れるとは考え難いが……」

「別に海魚で作れる料理は刺身だけではない。他にも海魚が使える料理は沢山あるのだから、その材料に使えばいい。そもそも、私は刺身は国中に広げるつもりはない。ただ久しぶりに食べてみたいと思っただけだ」

「そ、そうか……」


 ビフレスト王国に刺身を広げるつもりは無いと聞いたアリシアは少し安心する。異世界では考えられない生魚を使った料理を国中に広げれば国民や周辺国家から気味悪がられてビフレスト王国の評判が悪くなってしまうかもしれないとアリシアは思っていた。だからもし、ダークが刺身は国中に広げようとしていたら止めるつもりでいたのだ。


「海魚を国中に送る、という点については私に異存はない。だが、新しく港町を造るとなると色々大変だぞ?」

「確かにそうだな、町一つを造るのにはかなりの時間が掛かる。その港町に住む者や魚を獲る事の出来る人材を集める事も必要だ。そもそも、その港町を造る事とセイレーンの居場所を知る事に何か関係があるのか?」


 ヴァレリアが港町とセイレーンにどんな関係があるのか尋ね、アリシアも気になってダークを黙って見つめる。


「セイレーン達をその新しくできる港町に移住させ、彼等に魚を獲ってもらう」

「えっ?」

「セイレーンに?」


 ダークの口から出て驚くべき内容にアリシアとヴァレリアは目を見開く。ノワールは分かっていたのか驚く事無く黙ってダーク達の会話を聞いている。


「彼等は歌声で魚を獲っているのだろう? その歌声を使って漁をしてもらえば大量の魚を獲る事ができるはずだ」

「確かに、彼等の能力を使えば大量の魚が獲れるだろう……だが、獲れたとして、どうやって魚を国中に送るつもりだ? 何もしていない状態で送ってもすぐに傷んで食べられなくなるぞ」

「心配するな、その点についてはちゃんと考えてある」


 魚の輸送方法については手を打ってあると聞いたヴァレリアはとりあえず納得した顔を浮かべた。一体どんな方法で魚を運ぶのか、ヴァレリアは少し気になるのか腕を組みながら考える。


「ダーク、魚を獲る方法や国中へ運ぶ方法は分かった。だが、それ以前にどうやってセイレーン達を新しくできる港町に移住させるつもりだ?」


 アリシアは最も気になっている点についてダークに尋ねる。ノワールとヴァレリアもアリシアの話を聞いて視線をダークに向けた。

 セイレーン達が住んでいる孤島はビフレスト王国の領内には入っておらず、ビフレスト王国が建国される前もセルメティア王国とエルギス教国、どちらの領内にも入っていなかった。つまり、孤島に住んでいるセイレーン達には人間に支配されておらず、自由に生きているのだ。稀に孤島のセイレーン達は大陸に行く事はあるが、決して人間の国で暮らそうとは考えず孤島に戻って来る。

 そんな自由なセイレーン達を人間の国の港町に移住させるの非常に難しく、下手をすればセイレーン達との仲が悪くなり、争いが起きる可能性がある。アリシアはセイレーンとの間に大きな問題が起きる事を恐れていた。


「話し合いで決めるつもりだ。孤島へ向かい、直接セイレーン達と話して移住する気のある者がいれば、その者達を連れて行く。勿論、それ相応の見返りは付けるつもりだ」

「もし、孤島のセイレーン達が誰も移住する気が無いと答えたら?」

「その時は別の場所に住むセイレーンを探して、彼等に頼むだけだ。それでもダメなら漁ができる人間を見つけて彼等にやってもらう。ただ、人間がやると獲れる量が少なかったり、魚を傷つけてしまう可能性があるからな。できればセイレーン達に任せたいと思っている」

「そうか、それで新しい港町はどうやって造るんだ? ヴァレリア殿が言ったように町を一つ造るのにはかなりの時間が掛かるぞ?」

「町の方は私が召喚したモンスター達に造らせるつもりだ。カーペンアントやゴーレム系のモンスターを使えば二週間ほどで小さな町ができる」


 港町を造る方法や流れなどをダークは細かく説明していき、アリシア達は真剣な表情を浮かべながらそれを黙って聞いていた。

 それからダーク達は食堂で新しくできる港町やセイレーンの事について話し合った。昼食が済んでから既に三十分程が経過し、ティーカップの紅茶はスッカリ冷たくなっている。


「……では、五日後の朝にバーネストを出発し、孤島へ向かうのだな?」

「ああ、孤島へ向かうのは私とアリシア、ノワールとレジーナ、ジェイク、マティーリアの六人だ。あまり大人数で行ってもセイレーン達を脅かすだけだからな」

「そうだな、私もその方がいいと思う」


 少人数で向かおうというダークの考えにアリシアは賛成した。大人数で行けばダーク達がセイレーン達を捕らえる為に来たのではと誤解される可能性がある。誤解されない為、そして平和的な話し合いをする為にダーク達は数人で孤島へ向かう事にした。


「マスター、孤島へ向かうには海を渡る必要がありますが、そっちの方はどうします? 僕の魔法で空から向かいますか?」


 ノワールは自分の魔法を使って孤島へ向かうのかダークに尋ねる。海を渡るのだから船を使おうと考えるのが普通だが、現在ビフレスト王国には遠くにある孤島へ行けるほどの船は無かった。

 ダークはノワールの方を向くと小さく首を横に振る。


「いや、モンスターに乗って孤島へ向かう。折角だから海に生息するモンスターを召喚して生態を確かめてみようと思っている」

「しかし、モンスターに乗って孤島に近づけばセイレーン達が警戒するのでは?」

「心配するな、できるだけ外見のいいモンスターを選んで召喚する。それにセイレーンの孤島にはこれまで一度も人間は近づかなかったんだ。モンスターに乗っていようが、空を飛んでいようが人間が近づいてくればセイレーン達は警戒するさ」

「まぁ、確かにそうですね」


 どんな方法で孤島に近づいても警戒されるのならモンスターでも大して問題じゃないと感じたノワールは腕を組んで納得した顔をする。


「ノワール、五日後の出発までに少しでもいいからセイレーンの事を調べておけ。彼等がどんな種族で、何を好んでいるのかなどをな」

「分かりました」


 指示を受けたノワールは真剣な顔で返事をする。ヴァレリアはそんなノワールの姿を黙って見つめていた。


「しかしダーク、貴方もとんでもない事を言い出すな? 生魚の料理を食べたいと口にしたら、いきなり新しい港町を造り、セイレーンを仲間にしようか考えるとは」

「フッ、私は気まぐれな性格をしているからな」

「ハハ、そうだったな」


 ダークの言葉にアリシアは苦笑いを浮かべる。もう長い時間、ダークと行動を共にしているが、アリシアは未だにダークの気まぐれなところには慣れていなかった。

 話し合いが終わるとダーク達は食堂を後にし、自分達の仕事場へと戻っていった。


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