第二百十三話 存在に気付いた者達
月だけが姿を見せる夜空、その下にはセルメティア王国の領土が広がっており、その中に草木が殆どない岩山がある。夜のせいか、岩山からは動物やモンスターの鳴き声は一切聞こえなかった。
岩山の入口から少し登った所にある広場、その中に一人の少女の姿があった。十四歳ぐらいで身長は150cmほど、黒いおかっぱに若干鋭い目をしている。服装は白と紫の長袖と同じ色のミニスカート姿で頭には銀色の羽の髪飾りを付け、右手には先端に青い宝石が付いた銀色のロッドを持っていた。どの装備もそこらの武具店では買う事ができないくらいの高級感が感じられる。
月明かりに照らされているせいか、少女は幻想的な雰囲気を漂わせている。しかし少女はそんな雰囲気には似合わない鋭い目で広場の一ヵ所をジッと見つめていた。
実は今少女がいる場所はダーク達が攻略したフルールア宮殿の空間へ続く扉が発見された場所で、少女が見つめている場所はその扉があった場所なのだ。ダーク達がフルールア宮殿を攻略した日からかなり時間が経過しており、既に広場には何も残っていなかった。
「……まさか、あの宮殿を攻略する者がいるとは」
僅かに低い声を出しながら少女は呟く。口調からして、彼女はフルールア宮殿の事を知っているようだ。
少女が扉があった場所を見つめていると、背後から足音が聞こえ、少女はゆっくりと振り返る。そこにはダークと同じくらいの身長で黄土色のフード付きマントを身に付けている人物がおり、その人物はゆっくりと少女の方へ歩いて行く。
「既に来ていたのか」
フード付きマントの人物は歩きながら低い声で少女の話しかける。顔はフードの陰に隠れているので見えないが、声の低さからして、どうやらフード付きマントの人物は三十代半ばくらいの男のようだ。
少女はフード付きマントの男の方を向くと軽く頭を下げる。男は少女の前までやって来ると立ち止まり、少女が見ていた扉があった場所の方を向く。
「何も残っていなかったのか?」
「ハイ、私が来た時には既に扉は消滅しており、宮殿を攻略した者の姿もありませんでした」
男の質問に答えながら少女も視線を扉があった場所に向ける。男と少女が同じ場所を見つめていると、広場に冷たい風が吹き、二人の服やマントを揺らす。
「確か宮殿のボスはかなり強力なモンスターだったな?」
「ええ、レベルも80代でそこそこ手強いモンスターだったはずです。宮殿を攻略したと言う事は、そのボスモンスターを倒したと言う事になります」
「つまり、今この世界にはレベル80代のモンスターを倒せる実力を持った存在がいると言う事か」
男はマントの下から両腕を出してゆっくりと腕を組む。その腕には白銀のガントレットを装備しており、肌や衣服などは全く見えなかった。どうやら男は戦士系の職業を持っているらしい。
腕を組む男を見上げながら少女は真剣な表情で頷く。二人の会話の内容からして、彼等はフルールア宮殿へ続く扉が今いる岩山にあった事を知っているらしい。だが、フルールア宮殿の件は詳しい情報を得るまでは公にはされない事になっている。それなのにこの二人がフルールア宮殿の事を知っているのは明らかに変だと言えた。
「宮殿を攻略した者の情報について、何か分かったか?」
「いいえ、セルメティア王国の首都であるアルメニスで情報を集めようとしたのですが、誰一人宮殿の事を知っている者はいませんでした」
「そうか……まぁ、別の空間に続く扉が発見された、などというこの世界では考えられない事が起きのだ。騒ぎになる事を恐れた王族や貴族が発表をせずにいるのだろう」
男は腕を組むのをやめてアルメニスがある方角を向き、少女も男の隣で同じ方角を向いて小さく見えるアルメニスを見つめた。
「まぁ、宮殿を攻略した人物の情報は少しずつ時間を掛けて集めればいい。それより、他の国については何か分かったか?」
フルールア宮殿を攻略した人物の話が終わると、男は少女の方を向いて周辺国家の情報について尋ねた。すると少女は視線を男に向けて目を僅かに鋭くする。
「マルゼント王国はこれといって大きな動きは見せていません。デカンテス帝国は例の国との一件以来、大人しくしています」
「例の国……ビフレスト王国か」
少女の報告を聞いた男は僅かに低い声を出した。
「ハイ、暗黒騎士ダークを名乗る男がセルメティア王国とエルギス教国の中間に建国した新国家です。周辺国家の中では最も領土は小さいですが、その軍事力は高く、デカンテス帝国の大軍を完膚なきまでに叩きのめすほどです」
「完膚なきまでにか……確か強力なモンスターを従えて帝国軍と戦ったのだったな?」
「ええ……あと、これは噂なのですが、国王である暗黒騎士ダークは強力なマジックアイテムを幾つも所持しているそうなのです」
男を見つめながら少女は自分が得た情報を説明する。男は強力なモンスターの軍団やマジックアイテムを所持しているダークの事を考え、ダークは何者なのか、そしてどうやってそれだけのモンスターやマジックアイテムを手に入れたのか疑問に思う。
フルールア宮殿を攻略した人物や新国家の国王である暗黒騎士、男は強力な力を持っているであろう、二つの存在について考え込む。少女は考え込む男を見て、男が何を考えているのか気付いたのか、真剣な表情を浮かべる。
「もしよろしければ、私が暗黒騎士ダークやビフレスト王国の情報を集めてきますが……」
「……いや、モンスターを従え、強力なマジックアイテムを持つ者がいる国に迂闊に近づかない方がいい。色んな意味で危険だからな」
「分かりました」
「それに、フルールア宮殿を攻略した人物やビフレスト王国の王である暗黒騎士の正体については少し心当たりがある」
「え?」
男の言葉を聞いて少女は少し驚いた様な反応を見せる。
「……二つの存在のどちらか、もしくは両方とも私と同じ存在である可能性がある」
「そ、そんな! あり得るのですか?」
「あり得るさ、何しろ私が此処にいるのだからな」
男は自分の胸にガントレットを付けた手を当てながら少女の方を向く。少女はさっきまでとは違い、かなり驚いた様子で男を見上げている。
少女にとって、目の前の男はかなり特別な存在のようだ。その特別な存在と同じ存在がこの世界にいるかもしれないと言う言葉に少女は大きな衝撃を受けたらしい。
「もしそうなら、やはり私がビフレスト王国へ向かって調査をした方が……」
「言っただろう? 強力なモンスターやマジックアイテムを所持する物が支配する国に迂闊に近づくのは危険だと、私と同じ存在であれば尚更だ」
「し、しかし……」
「それにまだ私と同じ存在である可能性があるだけで確証はない。現時点では情報が少なすぎる、詳しく調べるのはもっと情報を集めてからだ。何よりも私達にはやるべき事がある、まずはそれは片付ける事が重要だ」
「……分かりました」
男の言葉で驚きの表情を浮かべていた少女は落ち着きを取り戻す。冷静になった少女を見た男はゆっくりと月しか見えない夜空を見上げた。
「今回の件で分かった事が二つある。この世界にはフルールア宮殿を攻略するだけの力を持った人物がいる事、そして、この世界ではLMFのダンジョンがある空間へ続く扉を作る事ができると言う事だ」
僅かに力の入った声を出しながら男は手に入れた情報を口にし、少女はそれを聞くと驚きの表情を真剣な表情へと変え、男を見上げながら小さく頷く。男の言葉でこの二人がLMFという世界の存在やそれにい関する知識は情報を持っている事、そして、彼等が岩山にフルールア宮殿に続く扉を設置したと言う事がハッキリした。
「とりあえず、情報整理と今後の事を決める為に一旦拠点へ戻るぞ」
「ハイ、情報整理が終わりましたら、私は引き続き例の作業に戻ります」
「ああ、そうしてくれ……あと、作業を進めながらで構わない、調べてほしい事がある」
「何でしょう?」
「……私と同じ存在が他にもいないかどうかを調べるんだ」
男の言葉を聞いて少女は僅かに目を鋭くしながら男を見つめる。
「確証がないとはいえ、あり得ないと判断する訳にもいかない。作業を進めながら強大な力を持つ存在がいないかを調べ、私と同じ存在である可能性がある者を見つけたらマークしておくんだ」
「……分かりました、お任せください」
指示を聞いた少女は返事をしながら軽く頭を下げる。どうやら彼女は男に絶対的な忠誠心を持っているようだ。
「では、拠点に戻るぞ?」
「分かりました、マスター」
会話を終えた直後、男と少女はその場から一瞬で消えた。
――――――
静かな正午、ビフレスト王国の首都バーネストの王城にある執務室にダークの姿があった。机には大量の書物や巻物が置かれており、ダークはその中の一つである書物を開いて何かを調べている。集中して調べる為か、ダークはフルフェイスの兜を外していた。
フルールア宮殿の一件で異世界からLMFのダンジョンへ行ける事を知ったダークはバーネストに戻ると古い書物などを集め、なぜLMFのダンジョンがある空間へ続く扉が現れたのか調べ始めた。既に自分がLMFから持って来た書物などは全て目を通したが、有力な情報は何一つ手に入れる事はできず、異世界の書物を調べる事にしたのだ。
バーネストで手に入る書物を調べる以外にも、ビフレスト王国領にある各町の図書館を調べたり、ヴァレリアから話を聞いたりなどをして情報を集めたりもしたが、それでもLMFのダンジョンがある空間へ続く扉が現れた理由は分からず、それに繋がる手掛かりも得られなかった。
「……クッソォ、これにも載ってなかったか」
ダークは悔しそうな声を出しながら開いている書物を閉じる。朝から多くの書物や巻物を調べていた為、ダークはかなり疲れた溜まっているのか書物を閉じた直後に椅子にもたれかかった。
「異世界で起きた現象だから異世界の書物を調べれば何か手掛かりが手に入ると思ったんだけど、過去に似たような現象が起きたとは書かれていなかったし……結局、手掛かりゼロか」
椅子にもたれながらダークは天井を見上げて溜め息をつく。フルールア宮殿の一件を片付けて数日が経過しているが、何一つ有力な情報を得られず、ダークは自身の情報収集能力の無さを情けなく思った。
フルールア宮殿の依頼を受けた時の様に冒険者オスクロとなって他国へ向かい、情報を集めると言う手もあるが、国王としての職務もある為、あまり長い時間バーネストを離れる事はできない。
「この国は周辺国家の中でこの国は最も小さい。町や村の数も少なく、手に入る書物や巻物も限られている。この国だけではこれ以上重要な情報は手に入らないだろうな……」
ダークは目を閉じ、自分が直接動かなくても効率よく情報を得られる方法を考える。確実に有力な情報を得る為であれば多少は非合法な手段を取る必要もあり、ダークはそれらを含めて情報を得る手段を考えた。
しばらく考えると、ダークはゆっくりと目を開けて椅子にもたれるのをうやめ、静かに頬杖をついた。
「……情報を集める奴を周辺国家に送り込むか。同盟国であるセルメティア王国とエルギス教国には前もって説明しておけば問題無いし、接触していないマルゼント王国も普通に送り込む事はできる。だが、戦争したデカンテス帝国には正体を隠して送り込むしかないな」
難しい顔をしながらダークは情報収集を行う存在を周辺国家に送り込む事にし、誰をどの国に送り込むかを考える。協力者であるアリシア達はできるだけ自分の傍に置いておきたい為、ダークはアリシア達を候補から外した。他に誰かいないかダークは考えるが、LMFに関係する情報を集めるのに協力者でもない異世界の人間を送り込む訳にもいかない。
LMFの情報を集めるのに誰が最も適任かダークは考える。すると、執務室の扉をノックする音が聞こえ、ダークはフッと扉の方を向き、机の上に置いてある兜を手に取った。
「誰だ?」
「私だ、アリシアだ」
扉の向こうにいるのがアリシアだと知ると、ダークは兜を再び机の上に戻す。協力者であり、自分の素顔を知っているアリシアなら兜を被って顔を隠す必要が無かった。
「入ってくれ」
入室を許可すると扉が開き、アリシアが部屋に入って来た。いつもの総軍団長の白い鎧と白いマントを装備し、腰にはフレイヤが収められている。その姿はとても凛々しく感じられ、ダークはそんなアリシアを見て無意識に小さな笑みを浮かべた。
アリシアは扉を閉めるとダークの方へ歩いて行き、机の前で静かに立ち止まった。
「ダーク、貴方達が回収して来た例の金貨や宝石だが、かなりの額で売る事ができたぞ」
「へぇ~、そうか。それでどれくらいの額で売れたんだ?」
「ここに細かい事が書いてある」
そう言ってアリシアは丸めた羊皮紙を取り出してダークに差し出す。ダークは羊皮紙を受け取ると広げて書かれてある内容を確認した。そこにはフルールア宮殿を探索して手に入れた金貨と宝石が大量に売られた事が書かれてあり、どちらがどれほど額で売れたのかもしっかりと書かれてある。その額を見たダークはおおぉ、意外そうな反応をした。
ダークの反応を見てアリシアは小さく笑みを浮かべている。すると、ダークの机の上に置かれてある大量の書物や巻物が視界に入り、それを見たアリシアの表情が僅かに分かった。
「どうだ? 何か分かった事はあるか?」
アリシアがLMFのダンジョンが異世界に現れた原因について尋ねると、ダークは視線をアリシアに向け、持っている羊皮紙を机の上に置いた。
「いいや、何も分からない。こっちの世界で起きた事だからこっちの世界の書物を調べれば何かわかると思ったんだが、何も分からなかった」
「貴方が持って来た書物にも何も手掛かりはなかったのか?」
「ああ、無い」
アリシアはダークの答えを聞くと少し残念そうな表情を浮かべる。そんなアリシアを見たダークは真剣な顔をしながら口を動かす。
「それでだ、より多くの情報を得る為に俺は周辺国家に情報収集を行う存在を送り込もうと思っている」
「情報収集をする存在?」
「ああ、この国は他の国と比べて情報力が弱すぎるからな」
「だが、大丈夫なのか? 同盟国やマルゼント王国はともかく、デカンテス帝国は嘗て戦争をした国だ。そんな所にこの国の人間を送り込んだら問題が起こると思うが……」
「分かっている、デカンテスを担当する奴には正体を隠して行かせるつもりだ。同盟国であるセルメティアとエルギスには前もって仲間を行かせるとマクルダム陛下とソラ陛下に手紙を送っておく。マルゼント王国は……まぁ、正体を隠さなくても大丈夫だろう」
「そうか……確かに、多くの情報を得る為には他国に誰かを向かわせて情報を集めさせるのがいいかもしれないな」
ダークの話を聞いたアリシアは腕を組みながら真剣な顔で呟く。アリシアもビフレスト王国の情報力が周辺国家と比べて低い事が分かっている為、ダークの考えた方法がいい案だと思っているようだ。
少しでも情報を手にしていれば、今後、周辺国家との間で何かが起きても対処しやすくなる。ビフレスト王国の未来の為にもダークとアリシアは周辺国家に情報収集を担当する者を送り込む事を決めた。
「それで、一体誰を送り込むつもりなんだ?」
「周辺国家に仲間を送り理由は周辺国家での出来事や俺達の知らない情報、そしてLMFのダンジョンがある空間に続く扉が現れた原因やそれに繋がる手掛かりを得る為だ。だから、LMFの存在を知っている奴を送り込むのがいいだろう」
「なら、私かレジーナ達の誰かが行く事になるのか?」
「いいや、君達は俺の数少ない協力者だ。できるだけ、俺の傍に置いておきたいんだ。それに君やレジーナ、ジェイクには家族がいる。情報を集めるとなると、長期間他国で暮らす事になる。家族がいる君達にそんな仕事を任せるのはちょっとな……」
苦笑いを浮かべながら語るダークを見て、アリシアはダークが自分達と家族の事をしっかり考えていてくれていると知り、小さく笑いながら心の中で感謝する。ダークは微笑むアリシアに気付く事無く話を続けた。
「それと、周辺国家には人間を送り込むつもりはない。少し考えたんだが、サモンピースを使ってモンスターを召喚し、ソイツ等に任せようと思っている」
「モンスターを? だが、それだとかえって目立つんじゃないか? 何より、モンスターでは人々が怯えてパニックになってしまう」
「大丈夫だ。人に紛れて情報を集められるよう、召喚するのは人間の姿をしたモンスターにするつもりだ」
「そ、そうか、それなら大丈夫だな」
騒ぎにならないように考えてある事を知ってアリシアは安心する。情報を集める為に誰かを送り込んでも、人外の姿をしていたら情報を集めるどころか、人の前にすら出る事すらできない。騒ぎを起こさず、効率よく情報を集める為にも人間の姿をしたモンスターを送り込むのが一番だった。
ダークは早速ポーチに手を入れて召喚するモンスターのサモンピースを選び始める。長期間他国に留まるので、人間の姿をしているだけではなく、できるだけレベルの高いモンスターにした方がいいとダークは考え、慎重にサモンピースを選んでいく。
「ところでダーク、あのフルールア宮殿がある空間に続く扉なのだが、LMFではどんなふうに扉が開かれるんだ?」
サモンピースを選んでいるダークにアリシアが尋ねると、ダークはサモンピースを選ぶのをやめてアリシアの方を向いた。
「ああ、あれか。LMFでは特殊なアイテムを使えば扉が現れるようになっている」
「特殊なアイテム?」
「そうだ、イベントクエストで手に入るアイテムでな。それを使えばダンジョンがある場所へ続く扉が……」
ダークがアリシアにどうすれば扉が開くのか説明していると、突然ダークは言葉を止め、何かに気付いた様な表情を浮かべた。アリシアは突然黙り込んだダークを見て不思議そうな顔をしている。その直後、ダークは目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべ、勢いよく立ち上がった。
「ど、どうした、ダーク?」
いきなり立ち上がったダークにアリシアも驚き、まばたきをしながら尋ねる。立ち上がったダークは机に両手をつけ、俯きながら歯を噛みしめて僅かに険しい表情を浮かべていた。
「……俺は馬鹿だ。何でこんな単純な答えに今まで気づかなかったんだ。いや、それ以前にどうして扉の話を聞いた時に気付かなかったんだ」
「ダーク?」
俯きながら僅かに低い声を出すダークを見てアリシアは小首を傾げる。ダークはゆっくりと顔を上げ目の前にいるアリシアの顔をジッと見つめた。
「アリシア、君のおかげで最も重要な事に気付いた」
「重要な事?」
「ああ、LMFのダンジョンへ続く扉が現れた原因で最も可能性の高い答えだ」
「……何だ、それは?」
アリシアが真剣な表情で尋ねると、ダークは目を鋭くして口を動かした。
「俺以外に、LMFからこの世界に来たプレイヤーがいるかもしれないって言う事だ」
「!!?」
ダークの口から出た言葉にアリシアは驚愕の表情を浮かべる。ダーク以外にLMFからこの世界に転移した者がいるかもしれない、そんな事を聞かされれば驚くのは当然だった。
「ダ、ダーク以外にLMFから来た存在がいる?」
「ああ、それならLMFのダンジョンがある空間へ続く扉が現れたのも納得がいく。誰かが特殊なアイテムを使ってあの岩山に扉を開いたのなら……」
「た、確かに、今まで考えた可能性の中では一番あり得るな……」
アリシアは最も可能性が高い答えに小さく俯きながら呟く。ダークは机につけてた両手を退かし、右手を自分の顔に当てる。今になって他のプレイヤーがいるかの知れないという可能性に気付いた自分の鈍さをダークは情けなく思った。
「……ただ、それは可能性というだけで、本当にLMFのプレイヤーがこの世界にいると言う根拠は無い。この世界にいるのか、いないのかはもう少し情報を集めてから判断した方がいいだろうな」
「……あ、ああ、そうだな。確信するにはまだ情報が足りないな」
あくまでも可能性、というダークの言葉にアリシアは静かに答える。だが、フルールア宮殿の空間へ続いている扉が見つかったと言う状況から、二人は他にLMFのプレイヤーがいるかもしれないと言う可能性が高いと考えていた。
「それで、この事はノワールやレジーナ達に話すのか?」
「勿論だ、こういった重要な事はちゃんと話しておいた方がいい。それに、もしLMFのプレイヤーがいたとしたら、友好的な関係を築きたい。それらしい人物を見かけたら敵対行動は慎むようレジーナ達に伝えておく必要もあるしな」
「それがいいな」
LMFのプレイヤーであれば、ダークの様に高レベルで強力なマジックアイテムを持っている可能性は高い。そんな存在を敵に回せば非常に面倒な事になってしまう。二人は自分達の為、そして相手の為にも敵に回すような行動は取らないようにしようと考えた。
「さて、LMFのプレイヤーがいるかもしれないとなると、周辺国家に向かわせる奴等に出す命令を一つ付け加えないといけないな」
「LMFの存在とその手掛かりを探せ、と?」
「ああ、それとLMFのプレイヤーであれば、LMFのモンスターの情報も得ているはずだから、情報収集を行うモンスター達の正体に気付く可能性もある。正体がバレないように注意して行動しろ、とも伝えないとな」
用心すべき点を一つずつ確かめながらダークはサモンピースを選んでいく。アリシアはダークが選ぶサモンピースを見て、どんなモンスターを召喚するのだろうと興味のありそうな顔でダークの作業を見ていた。
それからしばらくして、ダークは召喚するモンスターのサモンピースを選び終えた。机の上には色と模様が違うサモンピースが三つ置かれており、それ以外のサモンピースは全てポーチに戻す。
「決まったのか?」
「ああ、とりあえず此処にあるサモンピースで召喚できるモンスターに情報収集を任せる事にした。彼等を召喚して各国に送り込んだら、俺達は自分達の仕事をしながら情報が届くのを待てばいい」
「これでこの国の情報力も少しはマシになったかもしれないな」
「ハハ、そうかもな」
アリシアの言葉にダークは小さく笑い、アリシアも笑い返した。さっきまでLMFのプレイヤーの話をしていたかなり緊張していた様子だったのに、今はその緊張が解けたのかいつもの二人に戻っている。
「とりあえず、有力な情報が入って来るまではプレイヤーと扉の件は保留する。俺達は今までどおり、自分達の仕事に集中する、いいな?」
「ああ」
ダークの言葉にアリシアは小さく頷く。情報が少ない事でいつまでも悩んでいても仕方がない、今は自分達のやるべき事をやるべきだと、ダークとアリシアは自分自身に言い聞かせて気持ちを切り替えた。
二人が向かい合って話をしていると、扉をノックする音が聞こえ、ダークとアリシアは視線を扉の方へ向けた。
「誰だ?」
「失礼します、ダーク様」
扉の向こうから少し高めの女性の声が聞こえ、同時にゆっくりと扉が開き、メイド長である鬼姫が執務室に入って来た。鬼姫はダークとアリシアの姿を目にすると軽く頭を下げる。
「鬼姫か、どうした?」
「ご昼食のお時間になりましたが、お食事になさいますか?」
「もうそんな時間か……そうだな、そうするか」
ダークは机の上に置かれてある兜を手に取り、それを被るとアリシアの方を向いた。
「私は昼食に向かうが、アリシア、君はどうする?」
暗黒騎士としての口調でダークはアリシアにこの後どうするかを尋ねる。するとアリシアはダークの方を見ながら小さく笑った。
「私も昼食はまだなんだ、一緒に行かせてもらおう」
「そうか、では食堂に向かうとしよう」
二人は執務室を出ると長い廊下の真ん中を歩いて食堂へ向かう。昼食の時間を知らせに来た鬼姫もダークとアリシアの後ろをついて行くように歩いて食堂へ移動した。
今日から投稿を再開します。次は十六章で前回よりは少し短めになると思います。