第二百十二話 魔植物を裁く大剣
砂煙を上げる壁を見たノワール達は蔓の攻撃でオスクロが飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられたと知り、ノワールは仮面の下で目を見開く。レジーナ、ジェイク、マティーリアは驚愕の表情を浮かべながらオスクロが叩きつけられた壁を見つめている。
出会ってから今日まで一度もオスクロが敵の攻撃を受けた光景を見た事が無かった為、オスクロがトラジェディープラントの攻撃で殴り飛ばされたと知ったレジーナ達は驚きを隠せずにいた。
「あ、兄貴がまともに攻撃を受けた……」
「嘘でしょう? 今まではどんなモンスターの攻撃も直前で弾いていたのに、どうして……」
レジーナとジェイクはオスクロが攻撃を受けた事が未だに信じられないのか、目を見開きながら僅かに震えた声を出す。常に冷静なマティーリアも今回は驚いたのか驚愕の表情を浮かべており、ノワールはオスクロが叩きつけられた壁を黙って見つめている。
ノワール達がオスクロの方を見ていると、周囲の蔓が一斉にノワール達に襲い掛かる。蔓に気付いたノワールは咄嗟に後ろへ跳んで攻撃を回避する事ができたが、レジーナ達は回避が間に合わず、蔓の攻撃をまともに受けてしまう。
「うああぁっ!」
「ぐううぅっ!」
「ううっ!」
攻撃を受けたレジーナ達は大きく飛ばされてしまい、そのまま床に体を強く叩きつけられる。三人は蔓の攻撃を受けた箇所、床に叩きつけられた箇所から伝わる痛みに表情を歪めた。
「皆さん!」
蔓の攻撃を受けて倒れる三人を見てノワールは思わず叫んだ。すると、ノワールの背後から蔓が先端を勢いよく突き出してノワールに攻撃して来た。ノワールは素早く振り返り、迫って来る蔓の先端を見ながら大きく後ろへ跳んだ。そして攻撃して来た蔓に素早く火球を放って反撃し、蔓を爆発で吹き飛ばした。
ノワールは襲って来た蔓を吹き飛ばすと走ってレジーナ達の下へ移動する。運よく三人は同じ方角に飛ばされた為、ノワールはすぐに三人と合流できた。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ、何とかね……」
レジーナは痛みに耐えながらなんとか起き上がり、ジェイクとマティーリアも表情を歪めながら体を起こした。会話や立ち上がる事ができる三人を見たノワールは致命傷は負っていないと考えてとりあえず安心する。
「兄貴がくれたこの鎧を着てなかったらもっと酷い怪我を負ってただろうな」
「そうじゃな。しかしその若殿から授かった防具を身に付けてもこれ程のダメージを受けるとは……あの蔓、いや、トラジェディープラントはどれ程の力を持っておるんじゃ」
マティーリアは蔓の攻撃力に驚きながら遠くのトラジェディープラントを睨み付ける。ジェイクとレジーナも痛みに耐えながらトラジェディープラントを鋭い目で見つめていた。
三人がトラジェディープラントを見ていると、ノワールは座り込んでいる三人の中心へ移動し、顔に付けていた仮面をゆっくりと外す。そして、真剣な表情を浮かべながら懐から巻物を取り出して素早く広げた。
「恩恵の雨!」
ノワールが力の入った声を出し、レジーナ達は視線をノワールに向ける。するとノワール達の頭上に大きな青い魔法陣が展開され、魔法陣からパラパラと光り輝く雨が降って来た。
レジーナ達が降って来た雨を見て不思議に思っていると、雨がレジーナ達の体の傷に掛かり、蔓の攻撃によって付いた傷を綺麗に治した。
<恩恵の雨>は水属性の上級魔法で光属性以外で傷を治す事ができる数少ない魔法の一つ。LMFにしか存在しない魔法で、発動すると頭上に魔法陣を展開させて雨を降らせ、その雨を浴びた者のHPを回復する事ができる。更に光属性以外でHPを回復する事ができる珍しい魔法と言う事から、LMFではこの魔法を習得できるプレイヤーはほぼ全員が習得していた。
ノワールが取り出した巻物は探索を始める前にダークから渡された物で、何か遭った時はこれを使って自分やレジーナ達の傷を癒すよう言われていた。蔓の攻撃を受けたレジーナ達を見たノワールは竜の魂の自動回復効果だけでは完全回復に時間が掛かると感じ、ベネフィットレインを封印した巻物を使ったのだ。
しばらくすると雨は止み、魔法陣と巻物は消滅した。雨が止んだ時にはレジーナ達の体からは痛みが消えており、レジーナ達は少し驚きの表情を浮かべている。
「凄い、傷が治っちゃった」
「まだどこか痛みますか?」
「ううん、大丈夫」
レジーナは立ち上がりながら答え、ジェイクとマティーリアも痛みを感じている様子は無く、普通に立ち上がる。そんな三人の姿を見てノワールは小さく笑みを浮かべた。
傷が完全に治ったレジーナ達は前を向いてゆっくりと動いている数本の蔓を睨みながら武器を構え直し、ノワールも再び魔法で浮かび上がり、蔓を鋭い目で見つめる。幸いノワール達は回復する間、蔓に攻撃される事がなかったので、落ち着いて体勢を立て直す事ができた。
「回復魔法を封印した巻物はもうありませんので、気を付けてくださいね」
「ああ、肝に銘じておくぜ」
「それにしても、まさか若殿が攻撃を受けるとは思わなかったぞ」
ジャバウォックを両手で強く握りながらマティーリアは低い声を出し、それを聞いてレジーナとジェイクは視線をマティーリアに向ける。二人もオスクロが蔓の攻撃を受けて殴り飛ばされるとは思っていなかった為、オスクロが壁に叩きつけられた光景を見た時はかなり動揺していた。
「……今までマスターは技術の一つである物理攻撃無効Ⅲでレベル70以下の敵の攻撃は全て無効化してきました。ですが、トラジェディープラントのレベルは83、物理攻撃無効Ⅲの影響を受けない為、マスターに攻撃を当てる事ができたんです」
「成る程のぉ、フルールアツリーとの戦いの時に遭遇した蔓はフルールアツリーが操る低レベルの別のモンスターだったから若殿に触れる事はできなかった。じゃが、今度の蔓はトラジェディープラントの体の一部じゃからトラジェディープラント自身の攻撃となるので若殿に触れる事ができたという訳か……」
ノワールの説明を聞いてマティーリアは蔓がオスクロを攻撃する事ができた理由を知り納得する。レジーナとジェイクもマティーリアの話を聞いて蔓がオスクロに触れられた訳を知り、緊迫した表情を浮かべていた。
「ね、ねぇ、技術でも止める事ができなかった攻撃を受けちゃったって事は、兄さんはもしかして……」
最悪の結果を想像したレジーナは汗を掻きながらオスクロが叩きつけられた壁の方を見る。ジェイクとマティーリアはレジーナの言葉を聞き、縁起でもない事を言うな、と思いながら僅かに鋭い視線をレジーナに向けた。
「心配ないですよ。物理攻撃無効Ⅲを突破されたとしても、マスターはたかがレベル83のモンスターの攻撃で致命傷を負ったりはしません」
前を見ながらノワールは落ち着いた様子で答え、ノワールの言葉を聞いた三人は意外そうな顔でノワールの方を向いた。
レジーナ達がノワールに注目していると、オスクロが叩きつけられて崩れた壁の瓦礫が動き、その下からオスクロが姿を見せた。姿を見せたオスクロに気付いたレジーナ達は少し驚いた表情を浮かべる。
「イッテ~、俺としたことが一撃喰らっちまうとはな」
攻撃を受けて壁に叩きつけられたにもかかわらず、オスクロは呑気そうな声を出しながら体の砂埃を手で払い、その光景を見たレジーナ達は驚きから呆然とした顔へと表情を変える。
「あ、あれ? なんか普通に出て来たわよ、兄さん」
「そう、だな……」
「まるで殆どダメージを受けておらんようじゃ」
オスクロが砂埃を払う姿を不思議に思いながらレジーナ達はオスクロを見つめる。そんな三人を見たノワールは視線をオスクロに向けて口を動かした。
「マスターは元々物理防御力が高く、防御力を高める技術も幾つか付けています。しかも今は竜の魂の影響で全ステータスが強化されています。ですから今のマスターはレベル80代までの敵の攻撃を受けても大きなダメージは受けないんです」
「そ、そうなのか……」
ノワールの説明を聞いたジェイクは思わず苦笑いを浮かべ、レジーナも同じように苦笑いを浮かべており、マティーリアは目を見開きながらノワールを見ている。
一方、オスクロは遠くで会話をしているノワール達の方を向き、一度ノワール達と合流しようと思ったのか彼等の方に向かって軽く走り出す。だが、トラジェディープラントがそれを見逃すはずがない。トラジェディープラントはオスクロの近くの蔓を操り、走り出すオスクロに攻撃を仕掛けた。
オスクロは迫って来る蔓に気付くと素早く跳んで蔓の攻撃を回避する。その直後に別の蔓が攻撃を仕掛けて来たが、オスクロはこれも余裕で回避し、蔓の攻撃を避けながら少しずつノワール達との距離を縮めていった。
やがて、オスクロが蔓の攻撃が届かない場所まで移動すると蔓はオスクロへの攻撃をやめる。安全なのを確認したオスクロは走るのをやめ、蔓をチラッと見た後にノワール達の方へ歩いて行く。ノワール達はオスクロが自分達の近くまでやって来たのを見るとオスクロの下へ移動して合流した。
「兄さん、大丈夫?」
「ああ、大した事ねぇよ。竜の魂の自動回復効果もあるし、すぐに全快するさ」
オスクロの返事を聞いたレジーナは本当に重傷ではないと知って驚き、同時にオスクロが無事な事に安心する。ジェイクとマティーリアも同じ気持ちでオスクロを見ており、ノワールは黙って小さな笑みを浮かべていた。
「しかし驚いたぜ。こっちの世界でモンスターの攻撃を受けたのは初めてだったからな」
「驚いた、と言ってもお主にとっては大した痛みでもないのじゃろう?」
「ああ、アリシアとの模擬戦闘で受けた痛みに比べたら大した事ない」
「そ、そうなんだ……」
マティーリアの問いに右肩を回しながら答えるオスクロを見てレジーナは苦笑いを浮かべる。ジェイクも腕を組みながらオスクロの防御力の高さに感心した。
ノワール達がオスクロに注目していると、オスクロはゆっくりと振り返って遠くにいるトラジェディープラントを見つめる。そして薄っすらと目を赤く光らせた。
「さてと、それじゃあ戦闘を再開するか……と言いたいところだが、今使っている武器ではアイツに大きなダメージを与える事ができない。あの蔓にも小さな切傷を付けるのが精一杯だ」
オスクロは低い声を出しながら今の自分の装備ではトラジェディープラントや蔓に大ダメージを与える事はできないと呟き、それを聞いたノワール達は真剣な表情を浮かべる。
トラジェディープラントに大ダメージを与えるにはどうすればいいか、オスクロは小さく俯きながら考える。しばらくすると、オスクロは顔を上げて軽く溜め息をつく。
「……本当はこの姿のままこの宮殿を完全攻略したかったのだが、相手が相手だし、そんなこと言ってられないか」
そう言ってオスクロはメニュー画面を開き、素早く指を動かして画面を操作する。レジーナ達は何をしているのだろう、と不思議そうな顔でオスクロを見ており、ノワールはオスクロのやろうとしている事に気付いたのか意外そうな顔をしていた。
やがてオスクロはある画面を開き、画面の中にあるボタンを押す。するとオスクロの姿が盗賊風の恰好から漆黒の全身甲冑と大剣を装備したいつもの暗黒騎士ダークとしての姿へと変わった。その光景を見たレジーナ達は一斉に目を見開いて驚く。
「確実にダメージを与え、短時間で奴を倒す為にも、暗黒騎士ダークとして本気で戦うとしよう」
暗黒騎士の口調でそう言うダークはトラジェディープラントを睨みながら目を赤く光らせ、背負っている大剣を抜いた。
ダークが本気で戦う事にした理由は二つある。一つは先ほども言ったように短時間でトラジェディープラントを倒す為、そしてもう一つは自分よりもレベルの低い相手から攻撃を一撃喰らってしまった事で不愉快になり、本気で倒してやろうと言う子供の様な気持ちになったからだ。
遂に冒険者オスクロとしてではなく、暗黒騎士ダークとして戦うのだとレジーナ達は驚きと心強さを感じる。ノワールはダークが本気を出して戦う理由に気付いているのか、小さな苦笑いを浮かべていた。
「トラジェディープラントは今までどおり私が叩く。レジーナ、ジェイク、マティーリア、お前達は自分達の身を守る事に集中し、もし蔓が襲って来たらソイツの相手をしろ」
「え? でも、あたし達も一緒にトラジェディープラントと戦った方が……」
「いや、私が本気を出したらお前達を巻き込みかねない。私には近づかず、できるだけ離れて戦え」
低い声で話すダークを見てレジーナは反応する。自分達を巻き込んでしまう可能性があるくらいダークは本気を出して戦おうとしている、そう感じたレジーナやジェイク、マティーリアの顔に僅かだが緊張が走った。
ダークの邪魔をしない為にも彼の言うとおり、近づかずに戦った方がいいとレジーナ達は感じたのかお互いの顔を見ながら無言で頷く。
「分かったわ。その代わり、ちゃっちゃと倒しちゃってよ?」
「フッ、言われるまでもない……ノワール、お前はレジーナ達の援護を頼む」
「分かりました、マスター」
指示を受けたノワールは真剣な表情で頷き、視線をレジーナ達の方に向ける。視線が合ったレジーナ達はノワールの方を向いて小さく笑い、頼んだぞ、と目で伝えた。三人の笑顔を見たノワールはレジーナ達の意思を感じ取ったのか微笑みを返す。
「さて、そろそろ始めるとしよう」
全ての準備が整うとダークはトラジェディープラントとその周囲にある蔓を見つめながら大剣を構え、ノワール達も戦闘態勢に入る。トラジェディープラントは構えるダーク達を見て高い鳴き声を上げ、無数の蔓を大きく動かした。
「女王を喰らい宮殿を地獄に変えた貪食な植物よ、断罪の始まりだ」
ダークは目を赤く光らせながら低い声で戦闘開始の宣言をし、勢いよくトラジェディープラントに向かって走り出す。ノワール達はダークが突撃するのを確認すると蔓の攻撃に備えて迎撃態勢に入った。
トラジェディープラントは突撃して来るダークに気付くと蔓を操りダークに攻撃を仕掛ける。床、天井の蔓が一斉にダークに向かって行き、ダークは迫って来る無数の蔓を避ける事無く大剣を素早く振り回す。すると、最初に使っていた短剣と違い、大剣は迫って来る蔓を次々と両断していった。
ダークが装備している大剣は装備する者のステータスを大きく低下させてしまう。その為、オスクロだった時と比べると今のダークは弱くなっている。だが、武器の切れ味や強度は短剣と比べると大剣の方が圧倒的に上なので、例えステータスが低下した状態でも蔓を切る事ができるのだ。
襲い掛かる蔓を次々と切り捨てながらオスクロはトラジェディープラントとの距離を縮めていく。だが、トラジェディープラントもこれ以上ダークを近づけたくないのか、口から黄金色の液体を吐いて応戦する。
ダークは飛んできた黄金色の液体を横に移動して回避し、かわされた液体は蔓の残骸に掛かった。すると残骸は煙を上げながら見る見る溶けていく。どうやらトラジェディープラントが吐いた液体は強力な酸のようだ。
「やはりあの液体は酸性だったか。あれを喰らえばダメージを受けるだけでなく、防具の耐久力も低下してしまう。注意した方がいいな」
蔓の残骸が溶けるのを見たダークは黄金色の液体だけは絶対に避けるよう考え、走る速度を更に上げた。そんなダークをトラジェディープラントは蔓や魔法を使って迎え撃つ。
ノワール達は戦闘の構えを取り、ダークが蔓を倒しながら突撃する姿を遠くから見ている。先程までとまるで違うダークの姿にノワールは笑みを浮かべており、レジーナ達は流石、と言いたそうな顔をしていた。
「やっぱ、本気を出した兄貴はつえぇな」
「うん、それに兄さんはあの暗黒騎士としての姿で戦った方がいいわ」
「確かにのぉ、盗賊オスクロとして戦うのも悪くはないのじゃが、妾達にはあの姿の若殿の方がしっくり来る」
ダークが圧倒的な力で蔓を薙ぎ倒していく姿を見た三人はやはり暗黒騎士のダークの方がいいと感じる。ノワールは自分の主の本当の姿が一番だと話すレジーナ達を見て嬉しく思ったのか三人に気付かれないくらい小さな笑顔を見せた。
レジーナ達がダークの勇姿に見とれていると、四人の頭上から二本の蔓が先端を勢いよく突き出して襲い掛かって来た。蔓に気付いたノワール達は咄嗟にその場を移動して蔓の攻撃を回避する。回避するとノワール達はすぐに襲って来た蔓を見上げながらそれぞれの武器を構えた。
「僕達もマスターに言われたとおり、襲ってくる蔓の相手をしていきましょう!」
ノワールが力の入った声を出すとレジーナ達はノワールの方を向いて力強く頷く。そして視線を蔓に戻すと蔓は再びノワール達に向かって襲い掛かる。ノワール達もダークに負けないよう、自分達の戦いを始めた。
その頃、ダークは襲い掛かって来る無数の蔓を怯む事無く大剣で切り捨て、少しずつトラジェディープラントとの距離を縮めていった。そんなダークを何とかしようとトラジェディープラントも黄金色の液体を吐いたり、魔法を使って全力で迎撃しているが、ダークはそれを全て回避する。
「無駄だ、お前如きでは今の私は止められん」
ダークはそう言って大剣を振り、目の前の蔓を切り捨てる。今の攻撃によってダークの前から全ての蔓が消え、トラジェディープラントとの間に障害となる物は無くなり、一気に近づく事ができるようになった。ダークはこのチャンスを逃してはならないと考え、大剣を構えながらトラジェディープラントに向かって走って行く。
トラジェディープラントは真っすぐ走って来るダークに向かって高い鳴き声を上げる。そして花の左右に大きな青い魔法陣を展開させ、そこから無数の雹を放って攻撃した。
「雹の連弾か、近づかせない為に回避の難しい魔法を使ってくるとは、それなりに知恵があるようだな……だが、私には通用しない」
視界を埋め尽くすほどの雹を見つめながらダークは目を薄っすらと赤く光らせ、走りながら大剣を両手で勢いよく回した。すると雹は回転する大剣によって全て弾かれて粉々になり、小さな欠片となって床に落ちる。
ダークは走る速度を落とさずに大剣を回し続け、雹が飛んでこなくなると大剣を回すのをやめる。そして、トラジェディープラントの前まで近づくとダークはトラジェディープラントに連続切りを放ちダメージを与えた。
連続切りが終わるとダークはトラジェディープラントの花と同じ高さまでジャンプして大剣を上段構えに持つ。
「これはさっきの一撃のお返しだ……黒炎爆死斬!」
暗黒剣技を発動させたダークは大剣を勢いよく振り下ろしてトラジェディープラントの花を切る。大剣の刃が花を切ると、同時に大爆発が起きてトラジェディープラントを巻き込む。ダークの攻撃によって大ダメージを受けたトラジェディープラントは大きな鳴き声を上げ、それを聞いたノワール達はトラジェディープラントの方を向く。しかし、爆発はダークが起こしたものだとすぐに気づき、爆発を簡単に確認するとすぐに視線を蔓に戻して戦いに集中した。
爆発でトラジェディープラントにダメージを与えたダークは着地すると素早く後ろへ跳んで距離を取る。トラジェディープラントは爆発で発生した煙によって見えなくなっており、ダークはジッと見つめながら煙が消えるのを待つ。やがて煙が消え、煙の奥からボロボロになった花が姿を見せた。
「流石はイベントステージのボス、私の全力の暗黒剣技を受けても一撃では死なんか……」
ダークは自分の大技を受けても生き残ったトラジェディープラントを見て感心した様な声を出す。傷を負ったトラジェディープラントは鳴き声を出すが、その鳴き声からは今までの力強さは無く、かなりダメージを受けているとダークは感じていた。
トラジェディープラントはダークの方を向きながら大きく花を揺らす。するとダークの足元の蔓が二本動き出して左右からダークに攻撃する。ダークはチラッと迫って来る蔓を見ると素早く大剣を振って二本の蔓を切り捨てた。
「無駄な抵抗はやめろ、私が暗黒騎士として戦い始めてた時点でお前の負けは確定しているのだ」
トラジェディープラントに向かって低い声を出しながらダークは再び上段構えを取り、大剣の刀身に黒い靄を纏わせた。トラジェディープラントは構えるダークに向かって黄金色の液体を吐いて攻撃する。だがダークは液体が飛んで来ているにもかかわらず、上段構えを取ったまま動こうとしなかった。
「これで最後だ、黒瘴炎熱波!」
再び暗黒剣技を発動させたダークは大剣を振り下ろし、刀身に纏われている黒い靄を一直線に放つ。靄はトラジェディープラントが吐き出した黄金色の液体を呑み込んで真っすぐトラジェディープラントに向かって行き、そのままトラジェディープラントに直撃した。
トラジェディープラントは黒い靄に呑み込まれ、全身の熱さと痛みに鳴き声を上げる。必死に動いて靄を消そうとすらが靄は消えず、靄はトラジェディープラントの体力を奪って行く。そして、遂に体力が尽きたのか、トラジェディープラントは鳴き声を上げながらゆっくりと動かなくなり、同時にトラジェディープラントを呑み込んでいた靄も消えた。
靄が消えた瞬間、トラジェディープラントの体は崩れ始め、同時に部屋全体に広がっていた蔓も消滅していく。ダークから離れて戦っていたノワール達は消滅していく蔓を見て驚きの表情を浮かべていた。
「蔓が消えていく……と言う事は!」
レジーナはフッとトラジェディープラントの方を向き、体が崩れていくトラジェディープラントとそれを見つめているダークの姿を確認する。
「やったぁ、兄さんがトラジェディープラントを倒した!」
「流石は兄貴だな」
「ま、若殿なら絶対に勝つと分かっていたがのぉ」
はしゃいでいるレジーナの近くでジェイクとマティーリアは微笑みを浮かべており、ノワールも小さく笑いながらダークの姿を見つめていた。
「皆さん、トラジェディープラントが死んだ事で蔓も全て消滅しました。もう僕達を襲ってくる事はありません、マスターの所へ行きましょう」
「そうじゃな」
ダークと合流しようと話すノワールを見てマティーリアは返事をし、レジーナとジェイクも笑いながら頷く。ノワール達は消滅していく蔓の中を歩いてダークの下へ向かった。
一方、ダークは大剣を背中に納めながらトラジェディープラントを見つめていた。崩れるトラジェディープラントの中からは大量の金貨や宝石が出て来て床に散らばっていく。その量はとんでもないもので、普通の人間なら狂喜乱舞してもおかしくないくらいだった。やがてトラジェディープラントの体は完全に崩れて消滅し、ダークの前には金貨の山が残り、その中から宝石や無数のマジックアイテムが顔を出している。
「フッ、イベントボスを倒したんだから、これぐらいの報酬は出してもらわないとな……」
「な、何これぇ!?」
ダークが笑っていると背後からレジーナの驚きの声が聞こえ、ダークはゆっくりと振り返る。そこには目を丸くするレジーナとジェイク、目を見開いたマティーリア、そして笑みを浮かべるノワールの姿があった。
「マスター、お疲れさまでした」
「お前達もな。あれから何も問題はなかったか?」
「ハイ、誰一人怪我は負っていません」
「そうか」
笑顔で答えるノワールを見てダークは小さく笑う。ノワールの隣ではレジーナとジェイクがあり得ない量の金貨を見て小さく震えていた。
「に、兄さん、これってもしかして……」
「ああ、トラジェディープラントを倒した事で出て来たドロップアイテムだ」
「こ、これだけの金貨を出すなんて、スゲェんだな、あの化け物は……」
レジーナとジェイクは金貨の山を見ながら僅かに震えた声を出す。別世界の金貨とは言え、山ができるほどの大量の金貨を見れば驚くのは当然と言える。
「それで若殿、この金貨の山はどうするんじゃ?」
マティーリアはダークの方を向いて金貨の山を指差しながら尋ねる。ダークはチラッとマティーリアの方を向いた後に視線を金貨の山に向けた。
「この世界ではLMFの金貨は使えない。だが、金としての値打ちはあるから、持って帰って売り飛ばすのもいいだろう」
「それでは……」
「金貨を持てるだけ持って地上に戻る。持ち帰れなかった分は後日回収しにくればいい」
ダークの答えを聞いてノワールとマティーリアはそれがいい、と思ったのか無言で頷く。ダークはポーチから大きめの革袋を幾つか取り出し、ノワール達に渡して金貨の回収を始める。
袋に入れず、ダークのポーチに直接入れて回収するという手もあるが、袋などに入れずに直接ポーチに入れてしまうと取り出す時にばらけた状態になってしまうので、できれば袋に入れて回収したいとダークは思っていた。
しばらくしてダーク達は金貨を革袋に詰め終えた。ダークが取り出し革袋は全て金貨で一杯になったが、それでもまだ金貨は残っている。全部回収できなかった事に対してレジーナとジェイクは少し悔しそうな顔をしていた。ダークは金貨をどうしても全て回収したいとは思っていないので、金貨を残して地上へ戻る事になんの抵抗も感じていない。
「よし、とりあえずはこれだけ持って地上へ戻る。残りは新しい革袋を手に入れてから回収に来ればいい」
そう言ってダークは金貨の入った革袋を自分のポーチへしまっていく。大きくなった革袋は小さなポーチにスッと入って行き、その光景を見たマティーリアは改めてダークのポーチはどんな作りになっているのだろうと疑問に思う。
全ての革袋をポーチにしまうとダークは部屋を出ようと扉の方を向き、ノワール達も部屋から出る為に扉の方を向いた。だがその時、ダークは出入口の扉の前に何かがいる事に気付いて背負っている大剣を握る。
突然大剣を握るダークを見てノワール達は不思議そうに前を向いた。何と扉の前にはグリーンターミネーターが立っている姿があり、それを見たノワール達は驚きの反応を見せる。
「グ、グリーンターミネーター!?」
「おいおい、またかよっ!」
「本当にしつこい奴じゃな」
三度も現れたグリーンターミネーターにレジーナ達は驚きながら得物を構える。ノワールも両手を前に出していつでも魔法が使える体勢に入った。ところが、グリーンターミネーターはダーク達に気付いても襲ってくる様子は無く、ただダーク達の後ろ、部屋の一番奥をジッと見つめている。
ダーク達は攻撃してこないグリーンターミネーターを見て不思議に思っている。するとグリーンターミネーターはゆっくりと歩き出し、それを見たダーク達は警戒心を強くする。
グリーンターミネーターはダーク達にゆっくりと近づいて行き、もうすぐ攻撃が届く所までやって来る。ダーク達はグリーンターミネーターがどんな攻撃をしてきてもすぐに対応できるよう構えや足の位置を変えた。そして、グリーンターミネーターは遂にダーク達の目の前まで近づく。しかし、グリーンターミネーターはダーク達の横を通過して部屋の奥へと向かって行った。
ダーク達はグリーンターミネーターの行動を意外に思い、グリーンターミネーターの方を向いた。グリーンターミネーターは金貨の山の更に奥へ移動し、女王の白骨死体の前で立ち止まる。そしてゆっくりと両膝をつき、大きな手で女王の白骨死体を抱き上げ、黙って見つめた。
「何なの、あれ?」
「分からねぇ」
グリーンターミネーターの行動の意味が理解できずにレジーナとジェイクは不思議そうな顔をする。
「……恐らく、女王の白骨死体を見た事でグリーンターミネーターの将軍だった時の記憶が戻ったのだろう。そして、変わり果てた女王を見て、彼女を守れなかった事を悔やんでいるのだろうな」
ダークは自分が想像したグリーンターミネーターの行動の意味を口にし、それを聞いたレジーナ達は成る程、と納得した様な反応を見せた。
(モンスターが白骨死体に近づいてそれを抱き上げるなんて、これもLMFの設定なのか? ……まさかな)
グリーンターミネーターの行動はLMFでの設定が関係しているのではとダークは考えるが、いくら何でもそれはあり得ないとすぐに否定した。
ダーク達がグリーンターミネーターの後ろ姿を見ていると、突然地下室が揺れ出し、天井から砂埃や天井の材料である石などが降って来た。突然揺れ出す部屋にダーク達は驚いて天井を見上げる。
「な、何? どうしたの?」
「……チッ! 恐らくトラジェディープラントが死んだ事でこの宮殿を保つ力が消えたのだろう」
「え!? それってマズくない?」
「ああ、非常にマズい。このままだと宮殿が倒壊する」
フルールア宮殿が倒壊すると聞かされてノワール達は驚愕の表情を浮かべる。いくら自分達が英雄級以上の力を持っていても、建物の倒壊に巻き込まれては無事では済まない。宮殿の外にいるアリシア達にもその事を伝える為に急いで宮殿から脱出しなければならなかった。
「急いで地上へ出るぞ! いつ倒壊するか分からない、全力で地上に向かって走れ!」
ダークが大きな声で指示を出し、それを聞いたノワールとマティーリアは真剣な表情で頷き、レジーナとジェイクは焦り顔で頷く。残っている金貨を残して脱出する事をレジーナとジェイクは悔しく思っているが、死んでしまっては何の意味も無いので諦めた。
天井から砂埃と石が落ちる中、ダーク達は急いで部屋を出た。最後尾を走るノワールは振り返り、女王の白骨死体を抱き上げたまま動かないグリーンターミネーターを見つめる。グリーンターミネーターが何を思っているのか少し気になるが、脱出する事の方が大事なので、考えるのをやめては全力で走った。
ダーク達が部屋を出た直後、天井が一気に崩れる。そして、部屋に残ったグリーンターミネーターは
女王の白骨死体と共にその下敷きとなった。
――――――
フルールア宮殿の外で待機していたアリシア達は突然宮殿や庭園内が揺れ出した事に驚いていた。アリシアとファウは宮殿を見上げており、マーディングやセルメティア騎士、そしてラガット達、聖刃のメンバーは驚きながら周囲を警戒している。
「い、一体何が起きたのです?」
「落ち着いてください。とにかく、一度宮殿から離れましょう」
アリシアは動揺するマーディングを落ち着かせ、周囲にいる者達に避難するよう指示を出す。マーディング達は言われたとおり、急いでフルールア宮殿から離れ、庭園と元の世界の岩山を繋ぐ扉の前まで移動する。
マーディング達は移動したが、アリシアとファウ、黄金騎士達はその場を動かずに宮殿の扉を見つめ、ダーク達が出てくるのを待っている。その間も庭園や宮殿は大きく揺れ、宮殿はいつ倒壊してもおかしくない状態になっていった。
「……ダーク、何をしている? 早くしないと宮殿が崩れてしまうぞ」
アリシアが緊迫した表情を浮かべながら半開きの扉を見て呟く。幸い、マーディング達は遠くにいる為、ダークと口にしても聞こえる事はなかった。
ファウもアリシアの隣でダーク達が出て来ない事に不安そうな顔をしていた。すると、宮殿の中からレジーナ、マティーリア、ジェイクが飛び出す様に出て来て、その後に仮面を付けたノワールとオスクロの姿となったダークが現れる。オスクロとしてフルールア宮殿に入ったのに暗黒騎士の姿で出てきてしまったらオスクロがダークだとバレてしまうので、外に出る前に装備を変えたのだ。
「皆、大丈夫か!?」
戻って来たダーク達を見てアリシアは駆け寄り、ファウもその後に続いて戻って来たダーク達と合流した。
「一体何が起きたんだ? 外にいたら突然庭園が揺れて宮殿も崩れ始めたが……」
「地下にいた元凶の植物を倒したから宮殿が倒壊し始めたんだ」
「そうか……と言う事は、その元凶の植物を倒したって事なんだな?」
「詳しい事は後で話す、急いで元の世界の岩山まで避難するぞ。元凶の植物を倒して宮殿が倒壊し始めたのなら、今いるこの空間も崩壊する可能性が高い」
「わ、分かった!」
ダークはアリシアに脱出するよう話し、アリシアも現状を思い出して返事をする。もし今いる空間が崩壊してしまったら自分達もどうなるか分からない。まずは安全な元の世界へ戻る事を優先するべきだと考えた。
「マーディンク殿達はどうした?」
「既に岩山に続く扉の前に避難しています」
ファウはダークにマーディング達が先に避難した事を伝え、それを聞いたダークは扉の方を向いてマーディング達の姿を確認した。
「よし、俺達も脱出するぞ」
ダークが力の入った声を出すとアリシア達は一斉に頷き、今いる庭園と元の世界を繋ぐ扉まで走った。ダーク達は走り出した直後、フルールア宮殿は本格的に倒壊し始め、庭園も崩れ始める。後ろから轟音が聞こえてくるが、ダーク達は振り返る事無く走り続けた。
扉の前まで移動し、マーディング達と合流するとダーク達は急いで扉を潜り、元の世界へ脱出した。全員が元の世界に出ると扉からもの凄い勢いで砂埃が噴き出し、その直後に扉は静かに消滅する。ダーク達は扉があった場所をジッと見つめた。
「オスクロさん、お怪我はありませんか?」
ダークが扉があった場所を見つめていると、マーディングが声をかけて来た。ダークは視線をマーディングに向けると小さく頷く。
「ええ、大丈夫です。俺もレジーナ達も大した怪我はしていません」
「そうですか……」
誰も大怪我はしていない知り、マーディングはホッと胸を撫でおろす。そんな安心するマーディングを見たダークは小さく笑い、アリシアも苦笑いを浮かべていた。
「……結局、あの扉は何だったのでしょうか? どうしてこの岩山に?」
「分かりません。自然に湧いて出たのか、それとも誰かが何らかの方法でこの場所に設置したのか……」
扉があった場所を見つめながらダークは呟き、マーディングも真剣な表情で扉があった場所を見ている。二人の周りにいるアリシア達も真剣な表情を浮かべていた。
(自然に湧いたのは考え難いな。この異世界にLMFで作られたイベントダンジョンへの入口が勝手に現れるなんて……いや、LMFをプレイしていた俺がこっちの世界に転移したんだから、自然に湧いた可能性もゼロとは言えないか)
ダークは腕を組みながら頭の中でフルールア宮殿と繋がっていた扉が現れた理由を考えた。考えれば考えるほど可能性は幾つも出てくる。だが、可能性を一つに絞り込むには今はあまりにも情報が少なかった。
(……今は情報が無さすぎる。もう少し情報を集め、詳しく調べてから答えを出した方がいいな)
確実な答えを見つける為にもまずは情報を集めるところから始めようと考えたダークは腕を組むのをやめて目を薄っすらと赤く光らせた。
しばらく扉があった場所を見つめていたマーディングは小さく息を吐いてからゆっくりとアリシアの方へ歩き出し、彼女の前まで移動した。
「……アリシアさん、とりあえず、この件についてはマクルダム陛下にご報告し、詳しい事を調べてみようと思っております」
「そうですか、私達もダーク陛下に報告し、なぜあの扉が現れたのかなどを調べるつもりです」
「よろしくお願いします。あと、詳しい事が分かるまで、今回の件は公にしない方がいいでしょう。もし公になれば国のあちこちで騒ぎが起こる可能性があるので……」
「そうですね。此処にいる者達にも口外しないよう伝えておきましょう」
アリシアとマーディングは国内で騒ぎが起きないよう、今回の一件を隠す事にした。話を聞いていたダークやノワール達もそれがいいと感じ、黙って二人の会話を聞いていた。
その後、ダーク達はアリシア達に宮殿内で何が遭ったのかを細かく説明した。そして、手に入れた情報や財宝、今回の一件を口外しない事などを簡単に話し合った後、一同は岩山を下りてセルメティア王国の首都、アルメニスへと戻っていく。
こうして、セルメティア王国の領内で起きた謎の扉の先にある宮殿の探索は無事に終了する。だがそれと同時になぜLMFのダンジョンが異世界に現れたのかという大きな謎が残った。
今回で第十五章は終了です。もう少し短めになると思ってましたが、思ったよりも長くなりました。第十六章はまたしばらくしたら投稿します。