第二百十一話 現れた元凶
準備を整えたオスクロ達は再びフルールア宮殿の入口前に移動する。オスクロは半開きの扉を見つめており、その後ろではノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリアが同じように扉を見ていた。
オスクロ達の後ろにはアリシアとファウ、マーディングとラガット達、聖刃のメンバー達がオスクロ達を見送る為に集まっていた。アリシアとファウは真剣な表情を浮かべており、マーディングとラガット達は少し不安そうな顔をしている。
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ、気を付けて言って来てくれ。あと、探索時間を忘れないようにしてくれ?」
「分かっている。確か二時間だったな、それまでには戻って来る」
忠告するアリシアの方を向いてオスクロは小さく頷きながら答える。二人の会話をする姿を見ていたマーディングはオスクロがアリシアと対等の立場で会話をしているところから、オスクロもレジーナ達と同じ、ダークの友人なのかと考えた。
マーディングやラガットが注目する中、アリシアはオスクロに近づき、軽く背伸びをしながらオスクロの顔に自分の顔を近づける。
「……ダーク、これから向かう地下にはこの宮殿で最も強いモンスター、それもレベルが80以上あるかもしれない敵がいるのだろう? いくら貴方が神に匹敵する力を持っているとしても、油断はしないでくれ?」
アリシアは周囲には聞こえないくらい小さな声でオスクロに忠告する。すると、それを聞いたオスクロはアリシアを見ながら小さく笑う。
「今更俺にそれを言うか? 心配しなくても俺は自分の力を感心したりとかはしないって、自分よりレベルが低い相手だろうと、警戒して戦う」
「そう、だったな。貴方はいつもそうやって来て戦って来たんだった……すまない」
「いいって、君が俺の事を心配してくれているのは分かってるからさ」
首を横に軽く振りながら小声で話すオスクロを見てアリシアは背伸びをやめ、小さく笑みを浮かべる。その頬は僅かに桜色に染まっており、少し照れている様に見えた。
LMFではイベントクエストのダンジョンの最深部には必ず高レベルのモンスター、つまりボスが出現するようになっていた。ダークもLMFにいた頃に何度もイベントクエストのダンジョンに入っているので、ボスが出現する事は知っている。だからフルールア宮殿の地下にいるであろう元凶の植物も高レベルだと考え、油断せずに攻略しようと思っていた。
無言で互いを見つめ合っているオスクロとアリシア、そんな二人の姿をノワール、レジーナ、ジェイクの三人は黙って見ており、マティーリアとファウはニヤニヤと笑いながら見ている。
「あのぉ、お二人とも、そろそろよろしいでしょうか?」
見つめ合ったまま、なかなか動かない二人を見てマーディングが声をかける。するとアリシアは突然声をかけられて驚いたのか目を見開きながらマーディングの方を向いた。
「ああぁ、すみません。すぐに行きます」
驚くアリシアと違ってオスクロは普通にマーディングの方を向いて返事をした。アリシアは自分と見つめ合って何も感じていない様子のオスクロを見て僅かに不機嫌そうな表情を浮かべる。マティーリアとファウはアリシアの顔を見ながらクスクスと笑いを堪えていた。
オスクロはアリシアの反応に気付く事無くフルールア宮殿の方を向き、半開きの扉の方へ歩いて行く。ノワール達もそれに続いて歩き出し、残ったアリシア達は真剣な表情を浮かべながら宮殿に入って行くオスクロ達の後ろ姿を見て、彼等が無事に戻って来る事を祈った。
扉を潜ってエントランスに入ったオスクロ達は周囲を確認し、さっきまでと何か変化は無いか調べる。そして、何も変化が無い事を確かめると、オスクロ達は二階へ続く階段の裏側に向かって歩き出した。
階段の裏側までやってくると、更に下へ下りる階段があり、階段の一番下が小さく見える。オスクロ達は階段を静かに下りて行き、一番下まで下りると二枚扉がオスクロ達の視界に入った。
「これが地下への扉ですか」
「ああ、今までの情報だと、この先にこの宮殿を支配している植物がいるはずだ」
扉の先に今まで遭遇したモンスターとは比べ物にならないモンスターがいる、オスクロの話を聞いてレジーナ、ジェイクの表情が僅かに鋭くなる。マティーリアも低い声を出しながら扉を睨んでいた。
オスクロはポーチに手を入れてフルールアツリーとの戦いで手に入れた鍵を取り出す。もし自分の予想が正しければこの鍵で扉が開くはず、オスクロはそう考えながら鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと鍵を回した。すると鍵が開く音が聞こえ、それを聞いたオスクロはよし、と小さく頷き、レジーナ達も小さな笑みを浮かべる。
解錠されると鍵は高い音を立てて消滅し、鍵が消えるとオスクロは二枚扉のノブを両手で回して扉を開けた。扉が開くのと同時にノワール達はいつでも戦えるよう、武器を握りながら警戒する。
扉の先は薄暗い少し広めの廊下となっていた。湿った空気が漂い、壁には無数の松明が付いており、どこか不気味さが感じられる。オスクロ達は廊下にモンスターがいないか警戒しながらゆっくりと廊下に入った。
「……薄気味悪いわねぇ。確か権力を奪おうとしていた魔法使い達はこの地下で何かの実験をしてたのよね?」
「ああ、そんでその実験が失敗し、実験に使われていた植物が暴走して宮殿を支配しちまったんだ」
「改めて考えると、その魔法使い達はとんでもない愚か者じゃな。権力を奪取する為に実験をしていたのに、その実験のせいで宮殿をこんな姿にしてしまったのじゃからな」
薄暗い廊下を見回しながらレジーナ達は魔法使い達がしていた実験について話す。女王から国の全てを奪うつもりが、実験のせいで宮殿を支配され、自分達も命を落としてしまうという結末にレジーナ達は心底呆れていた。
「お喋りはそこまでだ、そろそろ探索を始めるぞ?」
オスクロがレジーナ達に声をかけると三人は表情を鋭くして気を引き締めた。三人が気持ちを切り替えたのを確認したオスクロは短剣を一本抜いて前進する。ノワールもオスクロの後ろをついて行き、レジーナ達も二人の後を追う様に先へ進んだ。
不気味な一本道の廊下をオスクロ達はゆっくりと歩き、その度に廊下にオスクロ達の足音が響く。先頭を歩くオスクロは前を見つめ、その後ろにいるノワールも前や頭上を見ながら歩き、レジーナ達は周囲、そして後ろを警戒しながら歩いている。
これまで探索していたフルールア宮殿の地上と違い、今いる廊下は薄暗く、先が見えない。しかも、フルールアツリーを倒さなければ先へ進めない場所なので強力なモンスターが出現するかもしれない為、オスクロ達、特にレジーナ、ジェイク、マティーリアは今まで以上に警戒していた。
「今のところは何も起きてないわね」
「油断するな? 何が起こるか分からないのがダンジョンの恐ろしいところなんじゃからな」
「分かってるわよ、ここで油断するほどあたしは馬鹿じゃないわ」
「だといいのじゃがな」
マティーリアは信用していない様な口調で呟き、それを聞いたレジーナは目を細くしてマティーリアをジッと睨む。ジェイクは二人を見ながら少し困った様な顔をしている。今までよりも危険度の高い場所で喧嘩をしないでくれ、とジェイクは心の中で思っていた。
オスクロはレジーナとマティーリアの会話が聞こえていないのか、振り返る事なく前を向いて歩いている。ノワールはチラッと後ろの三人の姿を確認すると再び前を向いて進む先を警戒した。
「……待て」
歩いていたオスクロが何かに気付いて立ち止まり、ノワール達に止まるよう指示を出す。指示を聞いたノワール達は一斉に立ち止まり、前を見ながら武器を構える。
「どうしたんだ、兄貴」
「どうやら、俺達をこの先には行かせたくないらしい」
「は?」
ジェイクは不思議そうな顔をしながら前を確認する。すると、暗い奥から五体のモンスターが横一列に並んで姿を現し、レジーナ達は表情を鋭くして警戒した。
現れたのは頭が赤い薔薇になっている人型のモンスターで、金色の装飾が施された黒いローブを着ている。更に右手には杖を持っており、手足は無数の細長い蔓が束になったものだった。
「何じゃ、あのモンスターは? 魔法使いの様な恰好をしておるが……」
マティーリアは現れたモンスターを睨みながらジャバウォックを強く握り、レジーナとジェイクも自分の得物を握りながら足の位置や構えを変える。
オスクロはポーチから賢者の瞳を取り出して現れたモンスター達の情報を確認した。情報を得るとオスクロは賢者の瞳を覗くのをやめ、それと同時に賢者の瞳は砕けて消滅する。
「アイツはローズウィザード、レベル50の植物族モンスターで魔法を使ってくる面倒な敵だ」
「ええぇ、魔法を使う植物族モンスターなんているの?」
レジーナはオスクロからモンスターの情報を聞くと驚きの表情を浮かべる。すると、ジェイクがレジーナを見ながら呆れた様な顔をした。
「いるのって、フルールアツリーだって使ってたじゃねぇか」
「え?」
ジェイクの言葉にレジーナは間の抜けた様な顔でジェイクの方を向く。マティーリアはレジーナの反応を見るとやれやれと首を横に振る。二人の反応を見たレジーナはフルールアツリーの事を思い出し、誤魔化す様に苦笑いを浮かべた。
ローズウィザード達はオスクロ達に気付くと杖の先をオスクロ達に向ける。そしてオスクロ達に向かって一斉に火球を放ち攻撃した。いきなり魔法を放って来たローズウィザード達を見て苦笑いを浮かべていたレジーナ、呆れ顔をしていたジェイク、マティーリアは驚いて目を見開く。
「ノワール!」
迫って来る火球を見たオスクロは力の入った声で叫ぶ。すると、後ろにいたノワールがオスクロの前に素早く移動して両手を前に出した。
「岩の盾!」
ノワールが魔法を発動させるとノワールの前に大きな八角形の岩の盾が現れ、ローズウィザード達が放った火球を全て防いだ。火球を全て防ぐと岩の盾は静かに消滅する。
「フゥ、危なかったな」
「て言うか、何で植物族モンスターが火属性の魔法を使うのよ!?」
「いや、俺にだった分からねぇよ」
火に弱い植物族モンスターが火属性の魔法を使う事に納得できないレジーナを見てオスクロは少し困った様な声を出す。レジーナが騒いでいるとローズウィザード達は再び杖をオスクロ達に向けて魔法を撃ち込もうとする。それに気付いたオスクロは目を薄っすらと赤く光らせた。
「文句を言うのは後だ、まずはアイツ等を片付けるぞ!」
ローズウィザード達が再び攻撃してこようとするのを見たオスクロは短剣を構え直し、オスクロの言葉を聞いたレジーナ達は僅かに目を鋭くしてローズウィザード達を睨んだ。その直後、ローズウィザード達は杖の先から一斉に火球を放つ。
オスクロ達は散開して火球を避け、走ってローズウィザード達に向かって行く。ローズウィザード達との距離はそんなに長くなかったので、オスクロ達はあっという間にローズウィザード達の目の前まで近づく事ができた。
ローズウィザード達の目の前まで近づいたオスクロ達は距離を取られる前に素早く自分達が持つ武器で目の前にいるローズウィザードを攻撃する。オスクロ達とローズウィザードは人数が一緒だった為、一人一体ずつ攻撃する事ができた。
攻撃を受けたローズウィザードの内、オスクロとノワールが攻撃したローズウィザードは一撃で倒れ、残りの三体は体勢を崩してゆっくりと後ろに下がる。
「マティーリア、やれ!」
後退するローズウィザード達を見たオスクロはマティーリアに声をかけ、マティーリアは何をすればいいのか分かったのか、オスクロの方を向いて頷く。マティーリアはローズウィザード達の方を向くと大きく息を吸い、口から炎を吐いてローズウィザード達を火だるまにした。
炎に包まれたローズウィザード達は体を大きく動かして苦しむ。やがて黒焦げとなり、その場に倒れると全ての死体は崩れ、中から金貨やクアイテムが姿を現した。
「レベル50って言うわりにはアッサリと倒せたわね」
「妾達が強すぎるのじゃろう。妾達はレベル60代じゃが、若殿から譲ってもらった武具のおかげでレベル70代の強さを持っておるからのぉ」
「成る程ね、20以上も差があれば、簡単に倒せて当然か」
レジーナは崩れたローズウィザードの死体を見下ろしながらテンペストを鞘に納める。ジェイクとマティーリアもタイタンとジャバウォックを肩に担ぎながら死体を見ていた。
今日までレジーナ達は自分達がレベル60以上、つまり人間の限界と言える力を手にしても、自身が強くなった事に実感が湧かなかった。だが、レベル68のグリーンターミネーターと互角に戦い、レベル50のローズウィザードを簡単に倒した事でレジーナ達は自分達が強いのだと理解したのだ。
オスクロはローズウィザードの死体に近づいて金貨やアイテムを回収する。回収したアイテムの中には魔溶液の小瓶も入っており、それを見たオスクロはこの先に魔溶液を使う場所があるのかと考えた。
回収した金貨はレジーナ達と平等に分け、レジーナ達はオスクロから金貨を受け取ると自分のポーチや服のポケットなどにしまう。それが済むとオスクロ達は再び地下の奥へ向かう為に歩き出した。
それからしばらく廊下を進むと、オスクロ達は廊下の最深部に辿り着く。幸い、ローズウィザード達との戦闘以来、モンスターとは遭遇せずに最深部に来る事ができた。
オスクロ達の前には大きな二枚扉があり、その扉には無数の太い蔓が絡みつき、開ける事ができなくなっている。オスクロは絡みついている蔓を見て、先程手に入れた魔溶液は此処で使うのだと気付いた。
「蔓が絡みついてるな、と言う事はこの先に何かあるって事だ」
「もしかすると、元凶の植物がいる部屋かもしれませんね」
「その可能性は高いだろうな」
扉を見上げながらジェイクは小さく笑い、ノワールも仮面の下で真剣な表情を浮かべながら扉を見ている。
ノワールとジェイクが扉を見ながら会話をしていると、オスクロがポーチから先程手に入れた魔溶液を取り出して扉に絡みついている蔓に掛けた。魔溶液が掛かると蔓は見る見る枯れていき、扉から離れてオスクロの足元に落ちる。
「扉が開いた、これから中に入るぞ」
オスクロが振り返って後ろにいるノワール達に声をかける。声をかけられたノワール達は視線をオスクロに向け、レジーナ、ジェイク、マティーリアは真剣な表情を浮かべた。
「この扉には魔溶液でしか破壊する事ができない蔓が絡みついてあった。ノワールが言ったようにこの先には元凶の植物がいる可能性がある。そして恐らく、いや、間違いなくその植物は今まで遭遇したモンスターよりも強い、絶対に油断するな?」
いつもより真剣な様子で語るオスクロをレジーナ達はジッと見つめている。これから自分達はオスクロも警戒する強大な力を持つモンスターと戦うと考え、三人は微量の汗を掻いていた。
ノワールはレジーナ達と違って落ち着いた態度を取っている。だが、久しぶりに強敵と言えるようなモンスターと戦うのでいつも以上に真剣な様子を見せていた。
「攻撃は俺とノワールが行う。レジーナ、ジェイク、マティーリアは俺達を援護する形で戦え。そして、何かあった時はすぐに後方に下がり、自分達の身を守る事に専念しろ」
「分かったぜ」
オスクロの指示を聞いてジェイクは返事をし、ノワール、レジーナ、マティーリアも無言で頷く。最後の確認が済むと、オスクロは扉の方を向き、両手で二枚扉を押し開けた。
扉が開くとオスクロは二本の短剣を抜いて両手でしっかりと握り、ノワール達も自分達の武器を握りながら扉の奥を見つめる。扉の奥は廊下以上に暗く、今いる位置では奥がどうなっているのか確認できなかった。
「……行くぞ」
オスクロは低い声で呟くと扉の奥へ進んで行き、ノワール達もオスクロの後を追う様に部屋へと入った。
部屋の中には重苦しい空気が漂っており、それを感じるとレジーナとジェイクはより警戒心を強くし、ノワールとマティーリアは視線だけを動かした周囲を見回す。先頭のオスクロも今回は慎重に歩いていた。
奥へ向かって歩いていると、先頭のオスクロが何かを軽く踏んだ。気付いたオスクロは立ち止まり、後ろにいたノワール達も立ち止まったオスクロを見て少し驚いた様子で立ち止まる。
「どうしました、マスター?」
「いや、何か柔らかい物を踏みつけてな」
「柔らかい物?」
ノワールは小首を傾げながらオスクロの足元を見るが、部屋が暗いせいでよく見えない。ノワールがしっかり確認する為にオスクロの足元に顔を近づけた、その時、オスクロ達が入って来た扉が突然勢いよく閉まる。
扉が閉まった事で明かりが消え、オスクロ達は周囲を警戒した。すると部屋の壁に取り付けられているランプに勝手に火が付き、部屋の中が少しずつ明るくなっていく。一人でに火が付くランプにオスクロ達は反応し、その場を動かずに部屋の奥に注目する。そして全てのランプに火が付くと部屋の中が確認できるようになった。
部屋は体育館と同じくらいで部屋の隅には無数の戸棚や机が置かれてあるが、全て粉々になっている。そして、部屋の一番奥の壁に巨大な植物族モンスターが張り付いている姿があった。
そのモンスターは八枚の大きな赤い花弁が付いた花の姿をしており、中心には鋭い牙が並んで大きな口がある。そして、花托部分からは無数の細長い蔓が部屋全体に広がり、床や壁、天井に張り付いていた。その蔓はオスクロ達がいる所にも届いており、オスクロが踏んだのはその蔓の一部だったのだ。
奥にいる巨大な植物族モンスターを見てレジーナとジェイクは目を見開いて驚き、オスクロ、ノワール、マティーリアは僅かに態勢を変えて植物族モンスターを見ている。
「あれが宮殿を植物だらけにしちまった元凶の植物なのか」
「フルールアツリーと比べるとそんなに大きくはないが、あ奴からは不気味な何かを感じるのぉ」
ジェイクとマティーリアはタイタンとジャバウォックを両手でしっかりと握りながら構え、意識を植物族モンスターに集中させて動きを警戒した。植物族モンスターはオスクロ達に気付いていないのか、花の中心にある口から唾液を垂らし、天井から垂れている蔓の数本を動かしている。
「……ねぇ、あそこ見て」
オスクロ達が植物族モンスターを睨んでいると、レジーナが何かに気付いて植物族モンスターの方を指差した。オスクロ達がレジーナが指差す方を見ると、植物族モンスターのすぐ真下に蔓で全身を絡め取られた白骨死体があるのを見つける。その白骨死体は金色の長い髪を生やしてボロボロのドレスを着ており、どこかの王族の様な恰好をしていた。
「あの白骨死体……もしかして」
ノワールは白骨死体を見て何か心当たりがあるのか、意外そうな声を出す。オスクロはノワールの呟きを聞いてチラッと視線をノワールに向ける。
「ノワール、お前も気付いたか?」
「ハイ……あの白骨死体は日記に書かれてあったこの宮殿の女王様でしょう」
白骨死体が安全エリアで見つけた日記を書いた女王だとノワールは語り、それを聞いたレジーナ達は驚きの反応を見せる。オスクロは既に気付いていた為、驚く事無くノワールを見ていた。
「日記に書かれてあった内容と植物に支配されていたままの宮殿を見て、女王様が元凶の植物を倒すのに失敗していたのか分かっていましたけど、まさかこんな所に死体があるとは思っていませんでした」
「恐らく、モンスターに返り討ちに遭って殺されてしまった後、死体はああやって蔓に絡め取られたんだろう」
「何の為に?」
「さぁな? 食料か何かにするつもりだったんじゃないのか」
女王の死体を見つめながらオスクロは低い声を出し、ノワールは惨い事をするな、と思いながら元凶の植物を見ている。そして、レジーナとジェイクは女王の死体を見て気の毒そうな顔をしていた。
オスクロ達が元凶の植物と女王の死体を見ていると、天井から何かが落ちて来てオスクロ達は視線を足元に向ける。床には一本の短剣が落ちており、不思議に思ったオスクロ達は天井を見上げた。
天井には無数のミイラ化した死体が蔓に絡め取られて張り付いている光景があり、その死体の全てが冒険者風の恰好をしている。死体を見たレジーナとジェイクは驚きの反応を見せ、マティーリアも目を見開いて死体を見上げた。
「な、何あの死体?」
「まさか、俺達より先に宮殿の探索に向かった冒険者達か?」
「……間違いないじゃろう、腕に冒険者の証である腕輪が付いておる」
マティーリアはミイラ化した死体の全ての左手首に腕輪が付けられているのを見つけ、先行した冒険者達だと確信する。レジーナとジェイクも腕輪を見て目を大きく見開いて更に驚いた。
「宮殿内の何処にも死体が無いと思ったら、まさかこんな所にあったとはのぉ」
「でも、どうしてこんな所に先行した冒険者達の死体があるのよ?」
「……想像じゃが、地上の宮殿でモンスター達に殺された後、死体がモンスターに食われる前に何らかの方法でこの地下に運ばれたのじゃろう。大方、あ奴等も女王と同様、元凶の植物の食料か何かにされる為に運ばれたのではないか?」
目を細くしながら自分の想像を口にするマティーリアを見てレジーナとジェイクは一理あると感じる。実際、フルールア宮殿に入ってから先行した冒険者達に遭遇する事も死体を見つける事もできずにオスクロ達は不思議に思っていた。
だが、死体が地下にあるのを見て、オスクロ達は宮殿内で遭遇しなかった事、死体を見つけられなかった事に納得する。
オスクロ達が天井に張り付いている死体を見ていると、元凶の植物が植物とは思えないくらい高い鳴き声を上げ、それを聞いたオスクロ達は視線を植物に向ける。その直後、天井に張り付いている蔓の一部が動き出し、オスクロ達に襲い掛かった。
頭上から襲って来た蔓に気付いたオスクロ達は一斉に散開し、蔓の攻撃を回避する。そして、回避した直後に武器を構え直して襲い掛かって来た蔓を睨む。
「いきなり攻撃して来るなんて、随分セコいモンスターね!」
「相手は知識も理性も無いモンスターだ、俺達の都合なんて関係ないんだろうよ」
テンペストを逆手に持ちながら不機嫌そうな口調で話すレジーナにジェイクは仕方がない、と言いたそうな顔でタイタンを構える。マティーリアもジャバウォックを両手で構えながら目を鋭くして蔓を見つめていた。
レジーナ達が蔓を睨んでいる中、オスクロはポーチから賢者の瞳を取り出して元凶の植物の情報を確認する。ノワールはオスクロの護衛をする為に彼の近くで周囲を警戒していた。やがて、情報を手に入れるとオスクロは賢者の瞳を投げ捨てて小さく舌打ちをする。
「予想していたとおりのレベルだ、しかも面倒な技術を持ってやがる」
「厄介? どんな奴だったんですか?」
ノワールが元凶の植物の事を尋ねると、オスクロはノワールをチラッと見た後に離れているレジーナ達の方を向く。そして、レジーナ達にも聞こえる様に少し大きな声で説明を始める。
「皆、よく聞け。奴の名はトラジェディープラント、レベルは83でHPと全ステータスはフルールアツリーやグリーンターミネーターを凌いでいる。しかも全ての状態異常に耐性があり、植物族モンスターの弱点である火属性のダメージを軽減する技術や敵にダメージを与える度に自分のHPを回復する技術を持っている。おまけに魔法まで使う事ができる、気を付けろ」
オスクロから元凶の植物の名前と情報を聞かされたノワールは仮面の下で僅かに表情を鋭くする。レベル80代のモンスターなのでそこそこのステータスでいくつか技術を持っている事も予想していたのか、あまり驚かなかった。
一方でレジーナ、ジェイク、そしてマティーリアも情報を聞いて目を大きく見開いていた。フルールアツリーやグリーンターミネーターよりも強く、火属性の攻撃も効き難い、更に敵にダメージを与えれた自分の体力が回復すると聞けば驚くのも当然だ。
「ちょっとちょっとぉ、いくら何でもそれはヤバすぎるでしょう!?」
「毒とかにならない上に敵を攻撃する為に体力が回復するなんて、俺等の世界じゃあり得ねぇよ!」
「これが、若殿とノワールがいた世界のモンスターの力、という訳か……」
三人はトラジェディープラントを見つめながら思い思いの事を口にする。この世界の常識ではあり得ない力を持つLMFの世界のモンスター、そしてそんなモンスター達が生息する世界から来たオスクロとノワール、三人はLMFが自分達の常識など全く通用しない世界なのだと改めて理解した。
レジーナ達が驚いていると、トラジェディープラントは再び高い鳴き声を上げ、それを聞いたオスクロ達はトラジェディープラントの方を向いて構える。すると、トラジェディープラントの前に青と紫色の魔法陣が展開され、そこから水の矢と闇の光弾はオスクロとノワールに向かって放たれた。
オスクロは水の矢を短剣で叩き落とし、ノワールも闇の光弾を横に跳んで回避する。二人はトラジェディープラントを警戒しながら軽く後ろへ跳び、離れていたレジーナ達も二人と合流した。
「ノワール、補助魔法を掛けろ。できるだけ強力なやつだ」
「分かりました……竜の魂!」
ノワールは上級の補助魔法を発動させ、自分を含むその場にいる全員のステータスを強化し、体力の自動回復効果も付けた。ノワールのおかげでオスクロ達は攻撃力などが上昇し、少しだけ戦いやすい状態になる。だが、それでも決して油断はできず、オスクロ達はトラジェディープラントを警戒し、自分達の得物を強く握った。
「よし、最初に話したように俺が前に出て攻撃する。ノワールは後方から魔法で攻撃し、レジーナ達は援護しろ。そして、もし危険な状態になったらすぐに後方へ下がって自分達の身を守れ。いいな?」
オスクロの確認を聞いてノワールは小さく声を出しながら頷き、レジーナ、ジェイク、マティーリアは黙って頷く。確認が済むと、オスクロはトラジェディープラントを見つめながら目を赤く光らせて両足を軽く曲げる。
「脚力強化!」
ハイ・レンジャーの能力が発動し、オスクロの両足が薄っすらと水色の光る。その直後、オスクロは地を蹴ってトラジェディープラントに向かって大きく跳ぶ。ノワールも魔法で宙に浮き、低空飛行をしながらオスクロの後を追う。残った三人も走ってトラジェディープラントに向かって走り出した。
オスクロは一気にトラジェディープラントの目の前まで近づき、両手に持つ短剣でトラジェディープラントに攻撃を仕掛けようとする。すると、オスクロの足元の蔓が動き出し、オスクロの左右から同時に攻撃を仕掛けて来た。オスクロはトラジェディープラントへの攻撃を中断し、左右から迫って来る蔓を二本の短剣で素早く切る。だが、フルールアツリーの蔓よりも防御力が高いのか、切っても傷を付けるだけで蔓を倒す事はできなかった。
攻撃で蔓の動きが一瞬止まると、オスクロは前を向いて再びトラジェディープラントを攻撃しようとする。だが今度はトラジェディープラントが魔法を発動させ、オスクロに水の矢を放つ。オスクロは咄嗟に後ろへ跳んで水の矢をかわして構え直す。その直後、天井の蔓が三本、先端で突きを放ちオスクロに頭上から襲い掛かる。
オスクロは頭上から迫って来る蔓に気付いて迎撃しようとする。だが、オスクロが迎撃する前に後方から火球が飛んで来て蔓に命中し、三本全てを炎で焼き尽くす。オスクロが後ろを向くとノワールが宙に浮いて右手を前の伸ばす姿があった。
「大丈夫ですか?」
「助かったぜ、ノワール!」
援護してくれたノワールにオスクロは簡単に礼を言うと、前を向きなおしてトラジェディープラントや無数の蔓を警戒した。
トラジェディープラントが操る蔓は次々とオスクロ達に襲い掛かり、オスクロは短剣で襲い掛かって来る蔓を一本ずつ迎撃し、ノワールも魔法やメイスを使って応戦する。レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人もお互いの背後を守りながら自分達に襲い掛かる蔓を迎撃していった。
「クソォ、コイツ等やたらとかてぇ! しかも苦労して倒してもまた新しい蔓が出てきやがる。やっぱフルールアツリーの時みたいにあの馬鹿デカい花を倒さないと蔓はどんどん出てくるみたいだな」
「だったら早く兄さんに倒してもらわないと!」
「その若殿も今は蔓を相手に苦戦しているようじゃ。これは長期戦になると思うぞ」
三人は会話をしながら自分に近づいて来る蔓を得物で攻撃し、何とかオスクロがトラジェディープラントに近づく手助けをしようと考える。だが今回の蔓は簡単には倒せず、倒してもまたすぐに新しい蔓が現れて邪魔をして来るので、なかなかオスクロの援護に向かえなかった。
レジーナ達が必死に戦っている時、オスクロも蔓と戦いながらなんとかトラジェディープラントに近づこうとしていたが、蔓だけでなく、トラジェディープラントまでもが魔法で攻撃して来るのでなかなか距離を縮める事ができなかった。
「流石はイベントクエストのボスモンスター、ダメージを与えるどころか近づく事すら難しいとはな」
オスクロはトラジェディープラントの攻撃や近づく事のできない難しさに納得した様な声を出す。フルールアツリーと違ってトラジェディープラントはフルールア宮殿のボスなので、オスクロはレベル100の自分が苦戦しても不満などは一切見せなかった。
攻撃して来る蔓をオスクロは動き回りながら攻撃して少しずつ倒していく。時間は掛かっているが確実に数は減ってきているので、オスクロはそろそろトラジェディープラントに近づけるだろうと考える。すそんな時、トラジェディープラントは口から黄金色の液体をオスクロに向かって吐き出して攻撃して来た。
オスクロは高くジャンプして黄金色の液体を難なくかわす。だが、液体をかわしたオスクロの右側から一本の蔓がもの凄い勢いで迫って来た。
「何!?」
突然右側から現れた蔓にオスクロは驚きの反応を見せる。回避しようにもジャンプしている為、回避する事はできず、迎撃しようにも短剣では勢いのある蔓の攻撃を止める事はできない。
回避も迎撃も無理だと考えたオスクロは両腕を交差させて防御態勢に入る。その直後、蔓は交差している腕の上からオスクロを攻撃し、そのまま十数m先の壁まで叩き飛ばす。オスクロがぶつかった事で壁は轟音を立てながら崩れ、同時に灰色の砂煙を上がった。
『!!』
蔓と戦っていたノワール達は轟音を聞くと驚きの反応を見せながらオスクロの方を向く。そこにオスクロの姿は無く、崩れた壁から砂煙が上がる光景だけあった。