第二百十話 大樹を滅する刃と炎
五本の蔓に囲まれているオスクロは蔓の突きや叩きつけを回避しながら戦っている。蔓の攻撃は普通の人間には速くて回避するのは難しいが、高レベルのオスクロには蔓の攻撃がゆっくりに見えるので回避する事に何の苦労もしなかった。
ノワールをレジーナ達の援護に向かわせた後も蔓の攻撃を回避し続けていたが、オスクロは疲れた様子を一切見せておらず、余裕で蔓の攻撃を避けている。しかし、いつまでも回避し続ける訳にもいかないので、オスクロはそろそろ攻撃に移ろうと考えていた。
オスクロは一番近くの蔓に視線を向けると両手に持っている短剣を強く握り、蔓の方へ走り出す。蔓は走って来るオスクロに向かって突きを放つが、オスクロは素早く右へ移動して蔓の突きをかわし、走りながら左手の短剣を素早く振って蔓を粉々に切り刻む。粉々になった蔓は地面に落ち、静かに消滅した。
「まずは一本目」
一本目の蔓を倒したオスクロは低い声で呟くと急停止し、振り返って他の蔓に視線を向ける。残り四本の蔓は大きく揺れており、オスクロは蔓を見て目を薄っすらと赤く光らせた。その直後、四本の蔓が一斉にオスクロに向かって突きを放ち、オスクロはその突きをジャンプで難なくかわした。
足元で地面に先端を埋める蔓を見たオスクロは鼻で笑い、右手に持っている短剣を鞘に納めた。オスクロは空いた右手をポーチに入れ、中から草滅水が入った小瓶を三つ取り出す。この草滅水はフルールア宮殿の一階を探索している時に見つけた物で、これまで使う事なくとっておいたのだ。
オスクロを取り出した草滅水を真下の蔓に向かって投げつけた。小瓶は蔓に当たると高い音を立てて割れ、中の液体は広がって四本の蔓全てに掛かる。すると液体が掛かった箇所から煙が上がり、蔓は苦しむ様に大きく体をくねらせた。
「やっぱり一撃で倒す事はできないか。まぁ、アイツ等にも草滅水が効くと分かっただけでもよしとしよう」
草滅水が蔓に効果があるのを確認したオスクロは着地して蔓の方を向く。草滅水の効き目がまだ続いているのか蔓は暴れており、オスクロはその隙に攻撃の準備を進める。
「脚力強化!」
右手で短剣を抜いたオスクロは能力を発動させて移動速度とジャンプ力を高める。そして暴れる蔓を見つめながら両足を曲げ、勢いよく地面を蹴った。
オスクロは一瞬で蔓の前まで移動し、両手の短剣で蔓をバツの字に切る。切られた蔓は動きを止め、大きく横に倒れて消滅した。二本目の蔓を倒したオスクロはすぐに移動して三本目の蔓に近づき、右手の短剣を刃を上に向けた状態で蔓に突き刺し、そのまま真上にジャンプする。刃を上に向けている為、短剣はオスクロがジャンプするのと同時に蔓を切り裂き、一瞬にして蔓は真っ二つになった。
切られた蔓は左右に割れる様に倒れて消滅し、オスクロは三本目の蔓も難なく倒す。そして地面に着地すると最後の蔓に走って近づき、二本の短剣で連続切りを放つ。蔓はオスクロの連続切りを受けた事で無数の切傷を負い、大きな音を立てて倒れ、消滅する。脚力強化を発動してから僅か二十秒、オスクロは一撃も蔓の反撃を受ける事無く四本の蔓を倒した。
「よし、今の内にフルールアツリーに近づいて一気に勝負をつける」
新たな蔓が現れる前にフルールアツリーを倒してしまおうと考えたオスクロはフルールアツリーに向かって走り出す。まだ脚力強化の効力は消えておらず、オスクロはあっという間にフルールアツリーの正面に辿り着いた。
オスクロはフルールアツリーを見上げると、幹を攻撃する為にジャンプして二本の短剣を構える。すると、フルールアツリーの幹の前に青いい魔法陣が展開され、そこから水の矢がオスクロに向かって放たれた。
飛んで来た水の矢を見たオスクロは一瞬驚きの反応を見せるが短剣で飛んでいた水の矢は弾き、何とか直撃を受けずに済んだ。
「今のは水撃の矢……そう言えば、フルールアツリーは魔法を使うってノワールが言ってたな」
フルールアツリーが魔法を使える事を思い出したオスクロは小さく舌打ちをする。結局、フルールアツリーの魔法による迎撃でオスクロはフルールアツリーにダメージを与えられずに地面に下り立つ。そして同時に脚力強化の効力も消えてしまった。
オスクロが着地するとフルールアツリーは再び青い魔法陣を展開させ、オスクロに向かって水の矢を連続で放つ。オスクロは後ろに跳んで水の矢を回避し、時には短剣で水の矢を叩き落としたりしながらフルールアツリーの魔法を防いだ。
しばらくしてフルールアツリーは魔法による攻撃を止め、オスクロも回避行動をやめる。攻撃が止んだ時、オスクロはフルールアツリーからかなり遠くまで押し戻されてしまった。
「クソォ、折角近づいたのかなり戻されちまったなぁ……次は魔法の迎撃に注意しながら攻めないと……」
遠くのフルールアツリーを睨みながらオスクロは低い声を出す。初めて戦うモンスターとは言え、レベル100の自分がレベル73のモンスターを相手に押し戻された事が気に入らなかったのか、声からは少し不機嫌さが感じられた。
オスクロはもう一度フルールアツリーに近づく為に走る体勢に入る。すると、オスクロの周りの地面から蔓が飛び出してオスクロを取り囲んだ。
「おいおい、もう新しいのが出て来たのかよ」
新たに現れた蔓を見てオスクロは面倒くさそうな口調で呟く。蔓の数は五本とさっきと同じなので苦戦はしないが、まだ脚力強化の冷却時間が残っているので脚力強化を使う事はできない。脚力強化が使えないとなると、前よりも蔓を倒すのに時間が掛かると感じてオスクロは再び舌打ちをした。
オスクロは蔓の位置を確認しながら短剣を構え直し、どの蔓から先に倒そうか考える。すると五本の蔓は一斉に先端をオスクロに突き出して攻撃を仕掛け、蔓の一斉攻撃を目にしたオスクロは回避行動を取ろうと足を動かす。
「三連火輪!」
オスクロが蔓の攻撃をかわそうとした時、ノワールの声が聞こえ、同時に三つの炎の輪が蔓を五本の蔓の内、三本を真ん中から両断した。
両断された蔓は炎に包まれた黒焦げとなって消滅し、オスクロが炎の輪が飛んで来た方を見ると、宙に浮いて両手を蔓に向けるノワールの姿があった。
「マスター、お待たせしました!」
「ノワール、グリーンターミネーターは倒したのか?」
「ハイ、レジーナさん達が先にダメージを与えてくれたおかげで早く片付きました。レジーナさん達は引き続き、ラガットさん達の護衛をしています」
「そうか」
グリーンターミネーターを倒せた事、ラガット達が無事なのを聞き、オスクロはこれでフルールアツリーとの戦いに集中できると感じる。そんな中、残っている二つの蔓がオスクロとノワールにそれぞれ攻撃を仕掛けて来た。
オスクロが後ろを向くと頭上から自分を叩き潰そうと迫って来る蔓が視界に入り、オスクロは咄嗟に横に移動して蔓の叩きつけを回避する。そしてそのまま短剣で反撃し、蔓を素早く倒した。ノワールも正面から迫って来る蔓の先端を見て右手を蔓に向け、手から火球を放ち応戦する。火球は蔓の命中する爆発し、爆発で先端を失った蔓は消滅した。
全ての蔓を倒すとオスクロは宙に浮いているノワールを見上げ、ノワールも地上から自分を見ているオスクロを見下ろした。
「このままフルールアツリーの所に向かう。ノワール、お前は最初に話したとおり魔法で攻撃しろ」
「分かりました!」
ノワールは力の入った声で返事をし、返事を聞いたオスクロはフルールアツリーの方を向いて走り出す。ノワールも空中を移動してフルールアツリーの方へ移動した。
オスクロは真っすぐ走ってフルールアツリーに近づいて行く。フルールアツリーはそんなオスクロに気付くと魔法を発動させて幹の前に黄色の魔法陣を展開させる。すると、フルールアツリーの根元から砂の刃が地面に沿ってオスクロの方に迫っていく。空中のノワールはその光景を見て目を見開いた。
「あれは砂の斬撃! マスター、避けてください!」
ノワールは地上を走るオスクロに向かって叫び、それを聞いたオスクロは正面から迫って来る砂の刃をジャンプでかわした。かわされた砂の刃は中庭の壁に命中し、二等辺三角形の様な形の穴を開ける。
<砂の斬撃>とは地面に沿って砂の刃を放ち攻撃する事ができる土属性の上級魔法の一つ。攻撃力が高く、砂の刃は岩石を簡単に両断してしまうくらい鋭い切れ味を持っている。更に刃が放たれる速度も速く、レベルの低い者には回避は困難な魔法と言われているのだ。
砂の刃をかわしたオスクロは飛んでいるノワールの方を向き、手を振って感謝する。それを見たノワールは仮面の下で笑みを浮かべ、視線をフルールアツリーに向けた。
フルールアツリーはオスクロが砂の刃をかわすと再び魔法を発動させ、青い魔法陣を幹の前に展開させた。するとオスクロの頭上に大きな水球が現れ、オスクロに向かって落下する。
オスクロは水球に気付くと咄嗟に右へ跳ぶ。その直後、オスクロがいた所に水球が落ちて破裂し、周囲に泡をまき散らす。そして泡は銃声の様な音を立ててながら炸裂した。水球をかわしたオスクロは炸裂した泡を見た後に再びフルールアツリーに向かって走り出す。
「今度は衝撃の泡……フルールアツリーは上級魔法を何種類も使えるみたいだなぁ」
空中のノワールは水球が破裂した場所を真剣な表情で見つめながら呟き、フルールアツリーが幾つもの強力な魔法を習得しているのだと知った。
<衝撃の泡>は敵の頭上から水球を落として周囲に泡を広げ、それを爆発させて敵にダメージを与える水属性の上級魔法。水属性魔法の中では攻撃力が高く、消費するMPも少ない上に一定の確率で水属性の耐性を低下させる効果があるので使い続ければ少しずつ水属性ダメージを増やす事ができる。
ノワールはLMFにいた頃に光属性以外の属性の魔法をほぼ全て習得しているので敵が発動させた魔法を見ればどんな魔法なのか大抵は分かる。その為、フルールアツリーがサンドスラッシュを放った時もすぐにオスクロに避けるよう助言する事ができたのだ。
水球を避けられた後、フルールアツリーは連続で魔法を発動させ、無数の水の矢や風の刃を地上を走るオスクロに向かって放ち、空中を飛んでいるノワールにも水の矢と風の刃を放って応戦する。だが二人は飛んで来る魔法を避けながら少しずつフルールアツリーとの距離を縮めていき、あっという間にフルールアツリーの前まで近づいた。
オスクロは短剣を構えてジャンプし、フルールアツリーの幹を攻撃しようとする。だが、フルールアツリーはジャンプするオスクロの前に青い魔法陣を展開させて再び魔法でオスクロを迎撃する態勢に入った。
「火炎弾!」
フルールアツリーが迎撃の魔法をオスクロに放とうとした瞬間、空中のノワールがフルールアツリーに向かって火球を連続で放つ。火球はフルールアツリーの幹や枝、葉に命中して爆発し、フルールアツリーを炎で包み込んだ。
炎に包まれたフルールアツリーは苦しんでいるのか大きく左右に揺れ、その揺れによって枝の付いている葉や火の粉が落ちていく。同時にオスクロの前に展開されていた魔法陣が消滅し、オスクロは魔法陣が消えると両手の短剣を素早く振り、フルールアツリーに攻撃した。
幹を短剣で切られたフルールアツリーは更に大きく揺れ、それを見たオスクロは攻撃が効いていると感じて短剣で幹を切り続ける。ノワールも空中から火球を放ち続け、フルールアツリーに攻撃を仕掛けた。
「このまま一気に勝負をつける、攻撃を続けろ!」
「ハイ!」
オスクロとノワールはフルールアツリーに反撃の隙を与えない為に休まずに攻撃を続ける。フルールアツリーは二人の猛攻を受けているせいで魔法を発動する事ができなくなっていた。
蔓を使って二人を止めようにも、オスクロとノワールは蔓が届かない所から攻撃しているのでどうする事もできない。フルールアツリーは一方的に攻撃される状態にあった。
「す、凄い……」
オスクロとノワールの戦いは遠くから見守っているラガットは驚きの表情を浮かべながら呟く。フィリアス達も目を丸くしながら二人の戦いを見ており、レジーナ達は流石、と思っているのか小さく笑ってオスクロとノワールを見ていた。
「私の魔法で焦げ目すらつける事ができなかったあの大樹を火だるまにするなんて、あの子、どれだけ魔法の攻撃力と魔力が高いのよ?」
「いや、あの坊主もスゲェが、オスクロもとんでもない奴だぜ? 短剣であの化け物に無数の切り傷を付けちまってるんだからな」
「あんなの、普通の人間では決してできない事です」
自分達を苦しめた大樹を圧倒しているオスクロとノワールの姿にフィリアス、ガントミー、ロザーナは目を大きく見開き、ラガットも口を小さく開けながらオスクロとノワールを見ている。この時、聖刃のメンバーはあまりに激しく、予想外の出来事が起きている戦いを見て、自分達は夢を見ているのかと感じていた。
「この勝負、兄さん達の勝ちね」
「ああ、あの状態じゃあ、もうフルールアツリーはどうする事もできねぇだろう」
「と言うか、あの二人がたかがレベル73の木に負けるなんてあり得ん事じゃ」
ラガット達が驚いている中、レジーナ達はオスクロとノワールの戦う姿を見てもう勝負は決まったと話している。ラガット達はレジーナ達の会話を聞いて呆然としながら三人を見ている。レジーナ達の話している内容があまりにも常識から離れている為、ラガット達は会話について行く事も参加する事もできなかった。
レジーナ達が会話をしている中、オスクロとノワールはフルールアツリーへの攻撃を続けている。既にフルールアツリーはオスクロの攻撃によって幹に大量の切傷を付けており、ノワールの火属性の魔法によって枝は焼け焦げ、葉も殆どが焼け落ちてしまっていた。そして、体力に限界がきているのか、フルールアツリーは弱々しく横に揺れている。
「そろそろか……ノワール、もう奴のHPは殆ど残ってないはずだ。最後にデカい攻撃を叩きこんで止めを刺すぞ」
「分かりました!」
ノワールは火球の連射をやめると後ろに下がり、両手を燃えているフルールアツリーに向けて少し大きめの赤い魔法陣を展開させる。オスクロは左手に持っている短剣を鞘に納め、左手をもう一本の短剣を握る右手の上から被せる様にし、両手で短剣をしっかりと握った。
「ヘビーアタック!」
「深紅の新星!」
オスクロとノワールはほぼ同時に動き、オスクロは両手で握る短剣を勢いよく振ってフルールアツリーの幹に大きな切傷を付ける。ノワールは魔法陣から深紅の大きな火球を放ち、火球はフルールアツリーの樹冠部分に命中すると爆発した。
<ヘビーアタック>はLMFで戦士系の職業を持つプレイヤーが体得できる攻撃能力の一つ。敵を一度攻撃するだけのシンプルな技だが、攻撃力はそこそこ高く、通常の攻撃よりも敵に大きなダメージを与える事ができ、高レベルのプレイヤーが使えば上級モンスターを一撃で瀕死状態にする事も可能だ。
二人の攻撃を受けたフルールアツリーは大きく揺れながら苦しみ、オスクロとノワールは巻き込まれないよう暴れるフルールアツリーから離れた。離れた所にいるレジーナ達も暴れるフルールアツリーを見て目を見開く。やがてフルールアツリーは動かなくなり、幹や枝は見る見る枯れていく。周りの蔓もフルールアツリーが枯れるのと同時に次々と消滅していった。
全ての蔓が消滅すると枯れたフルールアツリーも静かに消滅し、フルールアツリーが生えていた所にはクレーターの様な大きな穴だけが残った。
オスクロが穴に近づいて穴の中を確認すると、穴の中心に何かが光っているのを見つけ、オスクロは穴の中に入り、その光る物を拾い上げる。それは金色の光る小さなカギだった。
「鍵……もしかして、これがエントランスにあった地下に続いている扉の鍵か?」
オスクロが鍵を見つめながらエントランスの扉の事を考えていると、飛んでいたノワールが降下して来てオスクロの隣に下り立った。
「マスター、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
「何かありましたか?」
「ああ、何処かの鍵が落ちていた」
「鍵?」
ノワールが小首を傾げるとオスクロは拾った鍵をノワールに差し出した。ノワールは鍵を受け取り、仮面を上げて鍵を確認する。
「……もしかすると、例の元凶の植物がいる地下への扉の鍵じゃないでしょうか?」
「お前もそう思うか?」
「ハイ、フルールアツリーのような強力なモンスターを倒した後に出て来た鍵ですから可能性は高いと思います」
仮面を下ろしたノワールは鍵をオスクロに返しながら自信満々に答える。鍵を受け取ったオスクロはしばらくと鍵を見つめてからポーチの中にしまった。
「まぁ、本当に地下の扉の鍵かどうかは分からない。実際に鍵穴に差し込んで回してみないとな」
「確かにそうですね」
「とりあえず、まずはレジーナ達の所へ戻るぞ」
「ハイ」
オスクロはジャンプして穴から出るとレジーナ達がいる方へ歩き出し、ノワールも魔法で宙に浮き、オスクロの後を追う様にレジーナ達の所へ移動した。
二人がレジーナ達の所に戻ると、レジーナ、ジェイク、マティーリアは笑顔でオスクロとノワールに近づく。二人なら無傷でフルールアツリーを倒すと分かっていたのか、三人は怪我をしていないかなど、心配する様子は一切見せなかった。
一方でラガット達はフルールアツリーをたった二人で倒してしまった光景に衝撃を受けたのか呆然としながらオスクロとノワールを見ている。そんなラガット達を見たノワールは不思議そうに小首を傾げた。
「お疲れ様、アイテムか何か手に入った?」
レジーナはフルールアツリーが何かをドロップしたかオスクロに尋ねる。ジェイクとマティーリアはいきなりアイテムの話をするレジーナを呆れ顔で見つめた。
「ああ、鍵を一つ見つけた。多分、地下へ続く扉の鍵だろう」
オスクロはポーチから先程手に入れた鍵を取り出してレジーナ達に見せる。鍵を見た三人はほおぉ、と意外そうな表情を浮かべた。
「鍵を見つけたって事はこの後、地下を調べに行くの?」
「……いや、もうすぐ三時間が経つ。一度外に出てアリシア達に探索の結果を報告する。その後にもう一度宮殿に入って地下を調べる」
「え? でも、三時間経ってあたし達が出てきたら次の探索は明日にするってマーディング卿が言ってたわよ?」
「いや、マーディング殿は今日中に宮殿の全てを探索できなかったら明日にすると言った。外はまだ昼頃だ、探索できる時間は十分ある。三時間経って出て来た後にもう一度宮殿に入って探索する事はできるだろう」
「ああぁ、成る程ね」
「まっ、もう一度宮殿に入っていいかはマーディング殿に訊いてみないと分からないけどな」
フルールア宮殿を一度出てアリシア達に報告し、マーディングの許可を得てからもう一度宮殿内を調べるというオスクロの話を聞いてレジーナ達はうんうんと無言で頷く。
このまま探索を続けて予定時間の三時間が過ぎてしまったらアリシア達は宮殿内に突入して来る。そうなったら宮殿内が騒がしくなり、多くのモンスターに囲まれてしまうかもしれない。何よりも決められた時間を守れなかったらオスクロ達の冒険者としての評価が下がってしまう可能性もある。何の問題も無く探索する為にも一度外に出てアリシア達にしっかりと報告しておくべきだとオスクロ達は考えていた。
「それじゃあ、とりあえず宮殿の外に出る為にエントランスまで戻るとするか」
「途中でカトレア達の死体を回収する事も忘れんようにな?」
「わぁってるって」
ジェイクは肩を回しながらマティーリアを見下ろして答える。レジーナはカトレア達の事を忘れていたのか、マティーリアの話を聞いて、あっと反応した。マティーリアはレジーナの反応を見て再び呆れ顔を見せる。
レジーナ達は装備を簡単に確認して中庭を出る準備を進める。そんな中、オスクロはラガット達にフルールア宮殿から出る事を知らせる為に彼等の方へ歩いて行く。
「ラガット、もうすぐ三時間が経過する。俺達は出入口へ向かうが、お前達も一緒に行くか?」
「え? あ、ハイ、そうします」
オスクロに声をかけられたラガットは少し緊張した様子で返事をする。フィリアス達もラガット程ではないが少し落ち着かない様子を見せており、そんなラガット達をオスクロは不思議に思った。
「それじゃあ、さっさと中庭を出るぞ」
そう言ってオスクロは二階のテラスに上がる為に階段の方へ歩き出す。不思議な事に一階には中庭から出る扉が一つも無いので、中庭を出るには階段を上がってテラスから宮殿内に入るしかなかった。
「あの、オスクロさん」
オスクロが階段に向かおうとした時、背後からラガットが声をかけて来た。オスクロは立ち止まってゆっくりとラガットの方を向く。
「何だ?」
「あの……オスクロさんって、何者なんですか?」
「何者、とは?」
「レベル73のモンスターをたった二人で倒すなんて英雄級の実力者でも不可能です。それを貴方とあの少年は簡単に倒してしまいました」
先程の戦いの結果が信じられないラガットは驚いた顔で話し続ける。オスクロはラガットが自分の強さについて疑問を抱く事が分かっていたのか、驚いたり慌てる様な反応はせずに黙ってラガットを見つめながら話を聞いていた。
「仮に何か特別なマジックアイテムを使っていたとしても、あれほどの戦いはできません。オスクロさん、貴方とあの少年は一体何者なんです?」
ラガットはオスクロを見つめながら彼が答えるのを待つ。フィリアス達もオスクロとノワールの強さが気になり、黙ってオスクロを見つめていた。
「……ラガット、世の中には知らない方がいい事が沢山ある。もし、此処で俺の強さの秘密を知ってしまったら、お前達は何時かとんでもない災難に襲われるだろう」
低い声で目を赤く光らせながらオスクロは答え、それを聞いたラガット達はオスクロから僅かに不気味さを感じて全身に悪寒を走らせる。なぜか知らないがオスクロの言葉にはとても説得力があり、オスクロの正体や秘密を知ってしまったら絶対に後悔するとラガット達は感じていたのだ。
「そ、そう、ですか……すみません」
「謝る事はない、冒険者なら気になるのは当たり前だ。だが、お前達にためにも、俺や俺の仲間達の強さについては知らない方がいい」
そう言うとオスクロは再び階段の方へ歩き出した。ラガット達はオスクロの後ろ姿をしばらく見つめ、落ち着くと微量の汗を流しながらオスクロやノワール達の後を追い、二階へ上がる階段へ向かう。
階段に向かっているオスクロは歩きながら周囲を見回す。そして、ノワール達が倒したはずのグリーンターミネーターの死体が消えている事に気付く。出入口に向かっている時にまたグリーンターミネーターと遭遇するかもしれない、オスクロは警戒心を強くしながら歩いた。
その後、オスクロ達はテラスから美術室に入り、来た道を戻って出入口のあるエントランスに向かう。その途中、安全エリアに残してきた天の蝶のメンバーの死体も忘れずに回収した。
――――――
フルールア宮殿の入口前はビフレスト王国の黄金騎士とセルメティア王国の騎士達が待機している。彼等は開いている扉をジッと見つめながら探索に向かって冒険者達の帰りを待っていた。
「……おい、もうすぐ予定の三時間が経つぞ? 冒険者達は大丈夫なのか?」
一人のセルメティア騎士が隣にいる仲間に小声で声をかける。声をかけられたセルメティア騎士はチラッと仲間の方を見た後に扉に視線を戻す。
「大丈夫だろう、七つ星冒険者チームが二つと六つ星冒険者チームが入ったんだ。簡単には負けたりしないさ」
「だけど、六つ星冒険者チームのクランデットは全滅しちまったし、彼等よりも先に先行した冒険者達も未だに出て来ないじゃないか。もしかして、彼等も……」
フルールア宮殿に入ったオスクロ達も先行した者達と同じ末路を辿ったのでは、セルメティア騎士は不安そうな顔で呟き、それを聞いて他のセルメティア騎士達の顔にも少しずつ不安が出て来た。黄金騎士達はセルメティア騎士達の会話を聞いていないのか無言で扉を見つめている。
セルメティア騎士達がオスクロ達の安否を心配していると、フルールア宮殿の中から気配がし、気配に気付いたセルメティア騎士達は一斉に腰に納めてある騎士剣に手を掛け、黄金騎士達も僅かに体勢を変える。騎士達が薄暗い扉の奥に注目していると、オスクロを先頭に宮殿を探索していた冒険者達が姿を見せた。無事に戻って来たオスクロ達を見てセルメティア騎士達は僅かに驚きの表情を浮かべる。
「う~~ん! やっと外に出られたわね」
「ああ、三時間しか中にいなかったのに何日も宮殿の中にいた様な感覚だ」
レジーナは外に出ると背筋を伸ばしながら大きく息を吸い、ジェイクも肩を回しながら懐かしさを感じる。マティーリアはそんな二人を見ながら小さく笑みを浮かべており、オスクロとノワールは外を見ながら小さく息を吐く。ラガット達、聖刃のメンバーは無事に外に出られた事に対して安心した様子を見せていた。
中庭から出入口に向かうまでの間、オスクロ達は下級、中級の植物族モンスターと何度か遭遇したが、苦戦する事無く全て撃退する。グリーンターミネーターにも運よく遭遇せず、オスクロ達は無事にエントランスに辿り着いて外に出る事ができた。
オスクロ達が帰還するとセルメティア騎士の一人がマーディングとアリシア、ファウにオスクロ達が戻って来た事を知らせに向かう。知らせを聞いたアリシア達は庭園に入り、無事に戻って来たオスクロ達の姿を見て笑みを浮かべた。
アリシア達と再会したオスクロはフルールア宮殿の中で多くのモンスターと遭遇した事、そして天の蝶が全滅した事を伝える。報告を聞いたアリシア達はオスクロ達が回収した天の蝶のメンバーの死体を見てながら気の毒そうな表情を浮かべ、マーディングはクランデットの時の様にセルメティア騎士に死体をアルメニスに運ばせる指示を出した。
オスクロはアリシア達への報告が済むとアリシア、ファウ、マーディング、ラガットを集めて再びフルールア宮殿に戻って調べていない所を調べに行く事を話す。アリシアとファウはオスクロ達がすぐに宮殿に戻る事を予想していたのか、驚く事無くオスクロを見ているが、マーディングとラガットは驚きの表情を浮かべてオスクロを見ていた。
「ほ、本気ですが、オスクロさん?」
「ええ、まだ昼を少し過ぎたくらいで探索する時間は残っているはずです。ですから今日中に全てを調べてしまおうと思っています」
驚きながら尋ねるマーディングを見ながらオスクロは頷いて答える。二人の近くで会話を聞いていたアリシアとファウは驚くマーディンクを黙って見つめていた。
「確かにまだ探索する時間は残っていますが、既に六つ星冒険者チームが二つも全滅してしまっています。無理をせずに慎重に探索した方がよいのではないでしょうか? それに皆さんも探索から戻って来たばかりで疲れていらっしゃるでしょうし……」
「俺達は大丈夫です。それほど疲れていませんし、レジーナ達も探索に戻る事には賛成しています」
「し、しかし、皆さんはダーク陛下からお借りした冒険者です。もし皆さんに何かあれば……」
オスクロ達に何か遭ったらダークに申し訳ない、そう考えてマーディングは深刻そうな顔をする。アリシアは目の前にいるオスクロがダーク本人だと知らずに暗い顔をするマーディングを見て苦笑いを浮かべ、ファウはマーディングに気付かれないように笑いを堪えていた。
「マーディング卿、責任は全て俺が取ります。ですからこのまま探索に戻らせてください」
深刻な顔をするマーディングにオスクロは近づいて探索する許可を求める。マーディングはオスクロを見ながらしばらく考え込み、チラッとアリシアの方に視線を向けた。
アリシアはマーディングの顔を見ると苦笑いを消して小さく頷く。
「ダーク陛下にはオスクロが自分から探索に戻ったと私から伝えておきます。ですから彼等を行かせてあげてください」
「……分かりました。アリシアさんがそう仰るのなら」
考えた末に許可したマーディングを見てアリシアは微笑み、ファウもニッと笑う。オスクロもマーディングに聞こえないくらい小さな声で笑た。
「ラガットさん、貴方がたはどうしますか?」
マーディングは黙って話を聞いているラガットの方を向き、聖刃は探索に向かうのか尋ねる。オスクロ達は一斉にラガットに視線を向けて彼の答えを待つ。
「い、いえ、僕等は今回は遠慮させていただきます」
ラガットは苦笑いを浮かべながら首を横に振り、オスクロ達と共に探索へ戻る事を断った。
既にラガットや彼の仲間達はフルールアツリーとの戦いで肉体的に疲労が溜まっており、オスクロ達がフルールアツリーとグリーンターミネーターを倒した光景を見て驚き、精神的にも疲労が溜まっている。とてもではないが、再びフルールア宮殿に入って探索をする気にはなれなかった。
ラガット達が探索に参加しないというのを聞いてオスクロは心の中で安心する。次の探索でオスクロ達はフルールア宮殿を今の状態に変えた元凶の植物がいる地下へ向かう。その元凶の植物は間違い無くフルールアツリーやグリーンターミネーターよりも強い。そんな所にラガット達がついて来たら彼等は高い確率で死んでしまう。
仮に地下について来なかったとしても、グリーンターミネーターが徘徊している宮殿内をラガット達だけで探索するのは危険だ。彼等の安全の為にもオスクロやアリシアはラガット達には探索に参加してほしくないと思っていた。
「それでは、探索再開は三十分後と言う事でよろしいでしょうか?」
「ええ、それで構いません。俺達もその間に探索の準備を済ませたいと思っていましたから」
「分かりました。必要な物があれば仰ってください、騎士達に準備させますので」
次にフルールア宮殿に入る時間を決めるとオスクロ達は話し合いを終えて解散する。オスクロはアリシアとファウに次の探索で何処を調べるかを伝え、マーディングとラガットはオスクロの姿を見ながら、オスクロは自分達が思っている以上に大胆で恐れ知らずな性格をしていると感じていた。