第二百九話 巨漢、再来
戦闘態勢に入るオスクロとノワールを見てラガット達は更に驚いた表情を浮かべる。彼等が本当に目の前の怪物と戦おうとしていると理解し、驚きと同時に焦りを感じていた。
「レジーナさん、このままだと本当にオスクロさん達は殺されてしまいます。早く止めないと――」
「あぁ~もう! さっきからうるさいわねぇ」
騒ぐラガットに対してレジーナは頭を強く掻きながら苛立ちの籠った声を出す。ジェイクとマティーリアも絶対に勝てないと思い込んでいるラガット達を呆れた様な顔で見ている。レジーナの反応を見たラガットは目を丸くし、フィリアス達もまばたきをしながらレジーナを見ていた。
レジーナはゆっくりとラガット達の方を向くと腕を組み、目を細くしてジッと一番近くにいるラガットを見つめた。
「兄さんなら大丈夫だって言ってるでしょう? 少しはあたしの言葉を、というか兄さんの強さを信じなさいよ」
「え、え~っと……兄さんって、オスクロさんですか?」
「それ以外いないでしょう?」
不機嫌そうな声で質問に答えるレジーナを見ながらラガットはまばたきをし、視線をオスクロの方に向ける。実はこの時、ラガットはある違和感を感じていた。
(……レジーナさんって、冒険者だった頃のダーク陛下の事もダーク兄さんって呼んでたような気がしてたけど、もしかしてオスクロさんの正体って……)
ラガットは過去の記憶からレジーナがダークの事を何と呼んでいたのかを思い出し、同じように兄さんと呼ばれているオスクロを見て、彼の正体がダークではないかと感じる。姿や使っている武器は違うが、体格はダークに近く、声もダークに似ているのでもしかしてラガットは考えていた。
しばらくオスクロの背中を見ながらラガットはオスクロの正体について考える。やがてラガットは小さく俯いて首を横に振った。
(……まさかね。呼び方が同じだからと言って同一人物とは限らない)
考え過ぎだとラガットは自分にそう言い聞かせてオスクロの正体がダークだという答えを切り捨てる。そして、オスクロの正体よりもまずは現状を何とかしないといけないと気持ちを切り替えて落ちている騎士剣と聖王の盾を拾った。
ラガットは頭が良く、勘も鋭い為、オスクロの正体がダークだと自分でも気付かないうちに見抜いていた。だが、それはあり得ないと判断したラガットはオスクロがダークだと確信せずに考えるのをやめてしまう。このラガットの判断によってオスクロの正体がバレずに済んだ事をオスクロやレジーナは気付いていなかった。
オスクロ達の周りの地面からは無数の蔓が生えてオスクロ達を取り囲んでいる。目の前で動く大きな蔓を見てオスクロとノワールは構えながら警戒し、レジーナ達はラガット達を連れて蔓の攻撃が届きにくい場所へ移動した。
「物理防御強化拡散! 魔法防御強化拡散! 移動速度強化拡散!」
ノワールは自分とオスクロに補助魔法を掛けて物理防御力、魔法防御力、移動速度を強化する。レベル100のオスクロとレベル94の自分がフルールアツリーや蔓の攻撃を受けて大ダメージを負う事は無いだろうが、主の事が心配なノワールは念の為に補助魔法をオスクロに掛け、ついでに自分にも掛けたのだ。他にも補助魔法を使わないとフルールアツリーには勝てないとラガット達に思い込ませ、オスクロの本当の強さを隠すという理由もあった。
補助魔法を掛けてステータスを強化し終えると、オスクロの前にある蔓が動き出し、オスクロに向かって蔓の先端を突き出す。オスクロは軽く左に跳んで蔓の突きを回避した。
蔓の攻撃をかわしたオスクロはフルールアツリーに攻撃する為に勢いよく走り出してフルールアツリーとの距離を縮めていく。走るオスクロに気付いたのか、他の蔓もオスクロを止める為に一斉に襲い掛かろうとする。だが、オスクロは止まる事無く、フルールアツリーに向かって走り続けた。
オスクロが走る速度を上げようとした時、彼の右斜め前から一本の蔓が先端をオスクロに向けて勢いよく突き出して攻撃する。オスクロは迫って来る蔓をジャンプでかわし、更にその蔓を踏み台にしてフルールアツリーの方へ跳んで行く。すると今度は別の二本の蔓がオスクロを後ろから襲い掛かろうとした。
「火炎弾!」
ノワールは蔓がオスクロに襲い掛かろうとするのを見ると魔法を発動させて手から火球を放つ。火球は蔓に命中すると爆発して蔓を吹き飛ばし、それを確認したノワールは再び火球を放ち、もう一本の蔓も吹き飛ばした。
走っていたオスクロは自分を攻撃しようとした蔓が全て火球で破壊されたのを見ると小さく笑い、速度を落とす事無くフルールアツリーへ向かう。どうやらオスクロはノワールが蔓を何とかしてくれると分かっていたようだ。
「スゲェな、あの二人」
「ホント、流石と言うべきね」
中庭の左下ではオスクロとノワールの戦いを見ていたジェイクとレジーナが小さく笑いながら感心し、マティーリアも二人の間に入ってオスクロとノワールの戦いを眺め、黙りながら笑みを浮かべている。三人はこれまでに何度もオスクロ、つまりダークとノワールが一緒に戦っているのを見た事があり、その度に本当に二人は息がピッタリだと感心していた。
レジーナ達の後ろではラガット達が無数の蔓の中を全力で走るオスクロと、魔法で蔓を次々と破壊するノワールを見て目を見開きながら驚いていた。
「す、凄い……」
「ええ、あの蔓を相手にあそこまでやるなんて……」
ラガットとフィリアスはオスクロとノワールの戦いを見て目を見開きながら驚く。ガントミーも呆然としながらオスクロとノワールを見ており、ロザーナは回復魔法でラガット達の傷を癒しながら戦いを見ている。自分達をあれだけ追い詰めた蔓を相手に余裕の戦いをする二人にラガット達は驚きを隠せずにいた。
レジーナは後ろでオスクロとノワールの強さに驚くラガット達を見て小さく笑った。過去に何度も似たような光景を見た事があるが、見る度に笑ってしまう。
「どう? 兄さん達、凄いでしょう?」
「え? え、ええ」
自分の家族を自慢する様に笑みを浮かべながら声をかけてくるレジーナを見てラガットは頷きながら返事をする。ラガットの隣にいるフィリアスはレジーナの笑顔を見て、巨大モンスターを前に緊張感が無いな、と心の中で感じていた。
「まぁ、あれでも二人はまだ全力を出しておらんのじゃがな」
「えっ、あれで全力じゃない?」
オスクロとノワールを見ながら呟くマティーリアを見てラガットは思わず訊き返す。フィリアス達も一斉にマティーリアの方を向いて驚きの表情を浮かべる。自分達を追い詰めた敵を相手に全力を出していないと聞いたのだから驚くのは当然だ。
「そ、それ本当かよ?」
「ウム、本人達も少しだけ本気を出す、と言っておったからのぉ」
「おいおいおい、あれで少ししか本気を出してねぇって、どういう事だよ」
ガントミーは走るオスクロと火球を放つノワールの方を見て少し力の入った声を出す。ラガット達も視線をオスクロとノワールに戻して目を見開きながら二人を見つめる。
「一体、あの二人は何者なの?」
「……さあのぉ? 妾達にも分からん、教えてくれんのじゃ」
驚きながら尋ねてくるフィリアスを見たマティーリアはオスクロ達に視線を戻しながら答える。オスクロの正体を話す事はできないので、マティーリアは一番納得しそうな嘘をついた。
ラガット達は過去に多くの冒険者と出会い、共に依頼を受けて来た。その中には自分達に負けず劣らずの実力を持った冒険者もいたが、オスクロやノワールの様な存在には一度も会った事が無い。一体どうやってあれ程の力を手に入れたのか、彼等は何者なのか、ラガット達はオスクロとノワールを見ながら考える。そんなラガット達を見たジェイクはそっとラガット達に近づいた。
「二人の強さの秘密が気になるかもしれないが、今は何も考えずに体を休めておけ、回復魔法で傷は言えても疲れは取れねぇからな」
「……そう、ですね。分かりました」
オスクロとノワールの強さに秘密が気になるところだが、今はフルールア宮殿から無事に出る為に少しでも休んでおいた方がいいと感じたラガットは考えるのをやめて休む事にした。フィリアス達もジェイクの言葉を聞いて気持ちを休む事に切り替える。
体を休めるラガット達を見たジェイクは小さく頷き、レジーナはニッと笑う。レジーナ達が今いる場所は蔓に攻撃され難い場所なので少し安心できた。だが、絶対に攻撃されないという訳でもないので、レジーナ達は警戒を解かずにラガット達の護衛をしている。
レジーナ、ジェイク、マティーリアの三人は自分達の武器を握りながら蔓が攻撃を仕掛けて来ないか警戒する。すると、突然頭上、つまり二階のテラスの方から大きな音が聞こえ、三人は目を見開きながら頭上にあるテラスを見上げた。休んでいたラガット達も同じように目を見開きながら一斉に上を向く。
二階のテラスで何が起きたのか、レジーナ達が上を見ながら強く警戒していると、テラスから何かが下りて来てレジーナ達の前に背を向けて着地し、レジーナ達は下りて来たものを見て一斉に武器を構える。だが、下りて来たものを見た瞬間、レジーナ、ジェイク、マティーリアは目を見開いて驚く。
何と下りて来たのは少し前に戦ったグリーンターミネーターだったのだ。しかも前の戦闘で付けた傷は全て消えており、完全回復した状態だった。
「コ、コイツはっ!」
「グリーンターミネーター、こんなに早く出てくるなんて!」
「最悪じゃな、よりによってあの化け物大樹との戦闘中に現れるとは……」
現れたグリーンターミネーターを見たレジーナ達は驚きの表情を浮かべながら汗を流す。最初の戦いで倒した時から三十分ほどしか経過していないのに再び現れたのだから無理もない。グリーンターミネーターはレジーナ達に気付くとゆっくりと振り返り、白く濁った目でレジーナ達を見つめた。
突然現れた大男の姿を見たラガット達はレジーナ達の後ろで武器を構える。外見から目の前の大男もモンスター、それもレジーナ達が驚きの反応を見せている事からかなり強力なモンスターである事が分かった。ラガット達は大男を警戒するのと同時に、大樹や大男の様な強力なモンスターが出現するこの宮殿はどうなっているのだと感じる。
「レジーナさん、この男は何なんです?」
ラガットは騎士剣と聖王の盾を構えながら前にいるレジーナにグリーンターミネーターの事を尋ねる。レジーナはラガットの方は見ず、グリーンターミネーターに視線を合わせながらテンペストを握る手に力を入れた。
「コイツはグリーンターミネータ-、この宮殿の中を徘徊する厄介なモンスターよ」
「グリーンターミネータ-、聞いた事の無い名前ですね……」
初めて聞くモンスターの名前にラガットは目を鋭くしながら呟き、フィリアス達もグリーンターミネーターをジッと睨んでいる。
ラガット達がグリーンターミネーターを警戒しているとジェイクが何かを思い出した表情を浮かべ、グリーンターミネーターを睨んだままゆっくりと口を動かした。
「そう言えば、お前達に言わなきゃいけねぇ事があった」
「何です?」
敵を前に言わなけれないけない事があると話すジェイクにラガットは反応し、フィリアス達は一体何なんだ、と少し不満そうな顔でジェイクを見る。
「……天の蝶が全滅した」
「えっ! 全滅!?」
「ああ、このグリーンターミネーターにやられたんだ」
共にフルールア宮殿の探索をしていた天の蝶が全滅し、しかも目の前にいるグリーンターミネーターに殺されたと聞かされ、ラガット達は驚きの反応を見せる。
天の蝶が全滅した事は別に今伝えるべきでないのだが、天の蝶が全滅させたのが今自分達の前にいるモンスターである事を教え、少しでもラガット達の警戒心を強くさせた方がいいとジェイクは考え、あえて今教えたのだ。
ジェイクから天の蝶が全滅した事を聞いたラガット達は目の前にいるグリーンターミネーターは少なくとも六つ星冒険者チームを全滅させるほどの力を持っていると考えて警戒する。ジェイクの読みは当たり、ラガット達の警戒心は強くなった。
「このモンスター、一体どれほどの力を持ってるんですか?」
後方にいるロザーナがロッドを両手で握りながらグリーンターミネーターの強さを尋ねる。ロザーナの質問を聞いたレジーナは一瞬ロザーナの方に向き、すぐにグリーンターミネーターの方を向き直した。
「レベルは68でとんでもない馬鹿力を持ってるわ。あと、動きも凄く素早いわよ!」
「ろ、68!?」
「おいおい、あの大樹はレベル73だったんだろう? レベル60を超える化け物がワンサカいるのか、この宮殿は?」
グリーンターミネーターのレベルの高さに驚くロザーナの隣でガントミーは弓を構える。ラガットとフィリアスもグリーンターミネーターのレベルを聞いて微量の汗を流した。
「待ちな、お前さん達は下がって休んだろ。コイツは俺達が相手をする」
戦闘態勢に入ろうとするラガット達を見たジェイクはラガット達に下がるよう伝える。フルールアツリーとの戦いで体力を消耗しているラガット達を戦わせるのは危険だとジェイクは感じていた。
「で、でも、相手はレベル68なんでしょう? それなら全員で戦った方が勝つ可能性が高くなりますよ」
ラガットは少しでも勝つ確率を上げる為に自分達も戦うとジェイクに話す。すると、マティーリアが目を細くしてラガット達の方を見る。
「不要じゃ、妾達は一度コイツと戦った事があるのでどう戦えばいいのか分かっておるからな。それに体力を消耗しているお主達が一緒でも足手まといになるだけじゃ」
マティーリアの冷たい一言でラガットは口を閉じ、フィリアスは少し不満そうな顔でマティーリアを睨んだ。
確かにフルールアツリーと蔓との戦いでラガット達にはかなりの疲労が溜まっている。そんな状態で戦いに参加しても仲間どころか自分の身を守れるかどうかすら分からない。まともに戦えないラガット達を戦いに参加させるよりは後方に下がらせた方が戦いやすい状況だった。
「確かに、今の僕等がまともに戦う事すらできないかもしれません……分かりました、お任せします」
自分達の状態を確認したラガットは戦ってもレジーナ達の邪魔になってしまうと考え、戦いに参加するのをやめる。ガントミーとロザーナも自分達はまともに戦えないと理解したのか、反論する事無く頷く。フィリアスはまだ不満そうな顔をしているが、リーダーのラガットが決めた事なので仕方なく下がった。
ラガット達はグリーンターミネーターを警戒しながら後ろに下がってレジーナ達から離れる。ラガット達が離れるのを見たレジーナ達は視線をグリーンターミネーターに戻して武器を構えた。その直後、グリーンターミネーターは上を向いて大きな唸り声を上げる。
魔法でオスクロの援護をしていたノワールは突然聞こえて来た唸り声を聞いて左を向く。そして、レジーナ達と向かい合っているグリーンターミネーターを見て驚きの反応を見せる。
「あれはグリーンターミネーター! まさか、こんな所にも現れるなんて……」
レベル73のフルールアツリーがいる場所にグリーンターミネーターが現れるとは思っていなかったのか、ノワールか仮面の下で僅かに険しい表情を浮かべる。
一度に二体の強力なモンスターと遭遇してしまうという悪い状況にノワールは小さく声を漏らす。だが、まずはオスクロに今の状況を伝えないといけないと考え、遠くで無数の蔓と交戦しているオスクロの方を向いた。
「マスター! グリーンターミネーターが現れました!」
「何っ!?」
オスクロは大声でグリーンターミネーターが現れた事を知らせるノワールの方を向いて驚く。どうやらオスクロもグリーンターミネーターが中庭に現れるとは思っていなかったようだ。そんな驚くオスクロに一本の蔓が先端で勢いよく突きを放つ。
だが、オスクロは視線を素早くノワールから迫って来る蔓に変え、短剣で蔓の先端を粉々に切り刻んだ。切られた蔓はオスクロの足元に落ち、先端を失った蔓は大きな音を立てて地面に落ち、そのまま崩れる様に消滅した。
蔓を片付けたオスクロは小さく俯きながら今の状況をどうするか考える。レジーナ達には蔓だけを相手にしてラガット達を守るよう指示を出した。だが、グリーンターミネーターが現れた状況でラガット達を守りながら戦うのはレジーナ達にはキツすぎる。オスクロは何とかグリーンターミネーターを素早く倒さなくてはいけないと考えた。
オスクロが考え込んでいる間、周囲の蔓はオスクロに攻撃を仕掛ける。だが、蔓の攻撃はオスクロの技術である物理攻撃無効Ⅲによって全て弾かれていた。そんな中、オスクロは何かを思いついたのか、顔を上げて遠くにいるノワールの方を見る。
「ノワール、こっちは俺一人で何とかする。お前はレジーナ達と一緒にグリーンターミネーターの相手をしろ。短時間で片付ける為に本気を出して戦え!」
「……分かりました! 倒したらまた援護に戻りますので、それまで待っていてください!」
グリーンターミネーターの排除を任されたノワールは大きな声で返事をし、走ってレジーナ達の下へ向かう。ノワールが移動するのを見たオスクロは短剣を構え直して周囲の蔓に集中する。
レジーナ達は三方向からグリーンターミネーターを囲んで戦っていた。グリーンターミネーターはレジーナ達の中心で上半身を小さく左右に動かしながら立っており、レジーナは正面、ジェイクは右後ろ、マティーリアは左後ろの位置で武器を構えて警戒している。そして、ラガット達はレジーナ達から離れた所で戦いを見守っていた。
「二人とも、気を抜かないでよ? 前は兄さんが一緒に戦ってくれたから何とか勝てたけど、今回は兄さん抜きで戦うんだから」
「分かってるぜ」
「お主に言われるまでもない」
レジーナの忠告を聞いてジェイクとマティーリアはそれぞれ返事をして武器を強く握り、レジーナも持っているテンペストを構えながらグリーンターミネーターを睨んだ。その直後、グリーンターミネーターは正面にいるレジーナに向かって勢いよく走り出し、走って来るグリーンターミネーターを見たレジーナは足の位置を少しずらした。
グリーンターミネーターはレジーナの目の前まで近づくと右腕を振り下ろし、鋭い爪でレジーナを串刺しにしようとする。レジーナは後ろへ跳んでグリーンターミネーターの振り下ろしをかわすと素早く構え、テンペストに気力を送り込み、刀身を緑色に光らせた。
「天風斬!」
レジーナは戦技を発動させるとグリーンターミネーターの懐に向かって勢いよく跳び、横を通過する瞬間にグリーンターミネーターの脇腹をテンペストで切った。
脇腹を切られたグリーンターミネーターは声を上げながら少しふらつき、グリーンターミネーターの背後に移動したレジーナはすぐに振り返ってグリーンターミネーターを警戒する。ジェイクとマティーリアもレジーナの隣へ移動して武器を構えた。
グリーンターミネーターは脇腹の痛みが引くとゆっくりと振り返ってレジーナ達を見つめる。そして再び唸り声を上げながら三人に向かって走り出し、三人に近づくと右腕を大きく横に振って攻撃した。
迫って来るグリーンターミネーターの右腕を見たレジーナ達は回避行動を取った。マティーリアは竜翼を出して飛び上がり、レジーナは後ろへ跳び、ジェイクはヘルメスの光輪を発動させて高速移動をする。グリーンターミネーターの横振りはレジーナ達に当たる事無く空振りをした。
攻撃をかわされたグリーンターミネーターは視界に入っているレジーナとマティーリアを交互に見てどちらを攻撃するか考える。すると、グリーンターミネーターの背後にヘルメスの光輪で高速移動をしたジェイクが現れ、タイタンに気力を送り込みながら上段構えを取った。
「王魂断流撃!」
戦技を発動させたジェイクはタイタンを勢いよく振り下ろしてグリーンターミネーターの背後から攻撃する。黄色く光るタイタンの刃はグリーンターミネーターの背中に命中すると大きな傷を作り、同時に衝撃波を発生させた。振り下ろしと衝撃波を受けたグリーンターミネーターは声を上げて前によろける。
渾身の一撃を与える事に成功したジェイクは小さく笑みを浮かべる。すると、前によろけていたグリーンターミネーターは振り返りながら左腕を大きく外側に振り、背後にいるジェイクに反撃した。ジェイクは咄嗟にタイタンを構え直してグリーンターミネーターの左腕をタイタンの柄の部分で防ぐ。しかし、その攻撃はとても重く、ジェイクは止め切れずに大きく右へ飛ばされてしまう。
殴られたジェイクは7mほど飛ばされると仰向けの状態で地面に叩きつけられた。ジェイクは背中の痛みに表情を歪ませながら起き上がる。どうやら致命的なダメージは受けていないようだ。
「ジェイク、大丈夫!?」
「ああ、何とかな」
レジーナが安否を確認するとジェイクは痛みに耐えながら返事をし、それを見たレジーナはとりあえず安心した。
ジェイクは持っているタイタンと身に付けている鎧を見て、これが無かったらもっと大きなダメージを受けていただろうと感じ、タイタンと鎧を授けてくれたダークに感謝した。
グリーンターミネーターは起き上がったジェイクに再び攻撃を仕掛けようと彼の方は歩き出す。グリーンターミネーターが近づいて来るのに気づいたジェイクは立ち上がり、タイタンを構え直した。
すると、グリーンターミネーターは突然足を止めてゆっくりと左の方を向く。グリーンターミネーターの視線の先にラガット達の姿があり、ラガット達は自分達の方を向いたグリーンターミネーターを警戒して武器を構える。ラガット達に気付いたグリーンターミネーターは目標をラガット達に変え、彼等の方へ歩き出した。
「マズい! アイツ、ラガット達を!」
ジェイクはグリーンターミネーターがラガット達を狙っているのを見るとグリーンターミネーターを止める為に走り出す。レジーナも慌てて走り出し、グリーンターミネーターを止めようとする。だが、二人が走り出した直後にグリーンターミネーターもラガット達に向かって走り出し、レジーナとジェイクは走り出したグリーンターミネーターを見て目を見開く。
ラガット達は迫って来るグリーンターミネーターを見て汗を流し、グリーンターミネーターは走りながら右手を振り上げてラガット達を攻撃する体勢に入った。そして、ラガット達の2m手前まで近づいた瞬間、グリーンターミネーターは右手を振ってラガット達を爪で切り裂こうとする。
グリーンターミネーターの攻撃を防ぐ為に前にいたラガットが聖王の盾を構えて防御態勢に入る。すると、グリーンターミネーターとラガット達の間にマティーリアが素早く入り込み、グリーンターミネーターの爪をジャバウォックの刀身で止めた。
突然目の前に現れて自分の攻撃を止めたマティーリアをグリーンターミネーターは無表情で見つめながら小首を傾げる。ラガット達も自分達を助けてくれたマティーリアの後ろ姿を少し驚いた様子で見ていた。
「マ、マティーリアさん……」
「早く離れろ! 長くは止められんぞ!?」
「え? あ、ハイ!」
マティーリアの力の入った言葉を聞いてラガット達は慌ててその場を移動し、グリーンターミネーターから離れる。ラガット達が無事なのを見たレジーナとジェイクは安心の表情を浮かべながら小さく息を吐いた。
ラガット達が離れるのを確認したマティーリアはジャバウォックで止めていたグリーンターミネーターの右手を払った。そして、ジャバウォックを素早く構え直して気力を送り込んで刀身を赤く光らせる。
「剣王破砕斬!」
マティーリアはジャバウォックを勢いよく振ってグリーンターミネーターに袈裟切りを放つ。ジャバウォックの刃はグリーンターミネーターの左胸から右腰にまで切傷を作り、胴体を切られたグリーンターミネーターは声を上げながら後ろに下がる。だが、倒れる事は無く、すぐに体勢を直してマティーリアを濁った目で睨み付けた。
倒れないグリーンターミネーターを見てマティーリアは舌打ちをしながらジャバウォックを構え直す。グリーンターミネーターはマティーリアに反撃しようと右腕を振り上げた。
「貫通熱線!」
グリーンターミネーターがマティーリアに攻撃しようとした瞬間、右からオレンジ色の熱線が放たれてグリーンターミネーターの脇腹を貫いた。熱線を受けたグリーンターミネーターは声を上げながら片膝を付き、その光景を見たマティーリアは驚きの反応を見せながら右を向く。そして右手の人差し指をグリーンターミネーターに向けながら走って来るノワールの姿を目にした。
オスクロの援護をしていたノワールが自分達に加勢する姿を見てレジーナ達は驚く。だが同時に強力な助っ人が来てくれた心の中で安心していた。
片膝を付いていたグリーンターミネーターは痛みが引くとゆっくりと立ち上がろうとする。それを見たノワールは走る速度を上げて一気にグリーンターミネーターの前まで近づき、胸の高さまでジャンプした。ノワールは目の前にあるグリーンターミネーターの顔を見つめながら右手で手刀を作る。
「深紅の炎剣!」
ノワールが力の入った声を出すと右手は深紅の炎で包まれ、炎からは薄い煙が上がる。そして、その状態でグリーンターミネーターに手刀を放った。すると炎に包まれたノワールの手刀はまるで豆腐を切るかの様にグリーンターミネーターに胴体を切り裂き、同時に切られた箇所が炎で焼かれていく。グリーンターミネーターはその痛みに今まで聞いた事が無いくらい大きな声で断末魔を上げた。
<深紅の炎剣>は火属性の上級魔法で近距離で使う事ができる数少ない魔法の一つ。使用者の手刀に炎を纏わせ、その状態で相手を攻撃し、火属性と斬撃のダメージを相手に与える事ができる。消費するMPは多いが攻撃力が高く、目の前の敵を攻撃する事ができるので、接近戦を苦手とする魔法使い達からは頼りにされている魔法だ。
炎の手刀を受けたグリーンターミネーターは両膝を地面に付け、そのまま俯せに倒れて動かなくなる。ノワールは倒れたグリーンターミネーターを見て小さく息を吐き、マティーリアは構えていたジャバウォックを下ろして緊張を解く。遠くにいたレジーナとジェイクも二人と合流し、倒れているグリーンターミネーターを見つめた。
「倒したの?」
「ええ、強力な魔法で攻撃しましたから。ただ、しばらくすればまた蘇るでしょう」
「うへぇ……やっぱ、そうよね……」
再び蘇り、自分達の前に現れるだろうというノワールの言葉にレジーナは表情を歪ませる。ジェイクとマティーリアも僅かに面倒そうな顔しながらノワールの話を聞いていた。
「ですが、目の前の死体が再び立ち上がる事はありません。前と同じように気付かないうちに死体が消え、宮殿の何処かに現れるはずです」
「つまり、この後またコイツの相手をする心配は無いって事?」
「ハイ、フルールアツリーとの戦いに集中できます」
連続でグリーンターミネーターと戦う事はないと知ったレジーナは安心したのか小さく笑みを浮かべた後に溜め息をついた。
「しっかし、俺達がダメージを与えていたとはいえ、グリーンターミネーターを簡単に倒しちまうなんて、やっぱお前の魔法はスゲェな?」
「ウム、改めてお主が最高の魔法使いである事を認識した」
ノワールを見ながらニッと笑うジェイクと腕を組みながら微笑むマティーリア、ノワールは二人の言葉に照れたのか自分の後頭部を手で掻く。仮面の下では照れくさそうな表情を浮かべていた。
少し離れた場所ではラガット達が驚きの表情を浮かべながらグリーンターミネーターの死体を囲むノワール達を見ている。高レベルのモンスターを相手に押される事なく戦い、あっという間に倒した光景を見たのだから無理もなかった。
「つ、強い」
「アッサリと倒しちまったぞ」
「私達と同じ七つ星冒険者でも、彼等の方が間違いなく強いですね」
ラガット、ガントミー、ロザーナは自分達よりも実力が上のノワール達を目を見開きながら見つめている。ラガット達は少し前までレジーナ達は自分達と同じくらいの強さだろうと思っていたが、目の前の光景を目にしてそれは間違いだったと気付いた。
「彼も凄いけど、私はあの子の方が気になるわ」
驚きながらノワール達を見ているラガットの隣でフィリアスが真剣な表情を浮かべながらノワールに注目していた。ラガット達はフィリアスの言葉を聞いて視線をノワールに向ける。
「あの子がグリーンターミネーターとか言うモンスターを倒す時に使った魔法、どちらも私の知らない魔法だったわ」
「え? フィリアスさんでも知らない魔法ですか?」
エルフであり、聖刃のメンバーの中でも最も魔法の知識が豊富なフィリアスでも知らない魔法だと聞いてロザーナは意外そうな顔をする。ラガットとガントミーも少し驚いた様子でフィリアスの方を見た。
「あれほどの魔法を使える者がビフレスト王国にいるなんて……あの子、一体何者なの?」
目の前の仮面を付けた少年がビフレスト王国の首席魔導士だとは知らず、フィリアスは少年を見つめながら正体を考える。フィリアスはビフレスト王国に首席魔導士がいるとは知っているが、名前も外見も知らないのでノワールがその首席魔導士だとは疑わなかった。
その後、ノワール達はラガット達が無事なのを確認すると安全な場所へ移動させた。そしてノワールは引き続き、レジーナ達にラガット達の護衛を任せ、オスクロの援護に戻る為に彼の下へ戻っていく。