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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二章~湿地の略奪者~
21/327

第二十話  パラサイトスパイダーとの戦い

 蜘蛛の巣だらけの道を進んでいくダークたち。先頭を歩くダークは首を動かさずに真っ直ぐ前だけを見ながら歩いている。顔の向きは変えていないが彼は歩きながら常に周囲を警戒し、いつどこから敵が飛び出してもすぐに対応できる状態だった。その後ろを歩くアリシアとノワールもダークの後をついていきながら周囲を警戒しているが、ダークのように前だけを見ているわけではなく、左右や上を見ながら進んでいる。一方でレジーナとジェイクは三人とは違い、余裕の無い表情で警戒し三人の後ろを歩いていた。

 此処まではパラサイトスパイダーに遭遇することもなく順調に進んでこられたが、道中に蜘蛛の糸を体中に纏って息絶えている第八小隊の兵士やジェイクの部下である盗賊たちの死体が転がっていた。彼らも必死にパラサイトスパイダーと戦って生き延びようとしたのだが、その思いも虚しく殺されてしまったらしい。そんな倒れている死体を見る度にアリシアとジェイクは表情を曇らせた。

 

「……チッ、此処にもか」


 歩いていたダークは足を止め、足元を見ながら舌打ちをした。そこには蜘蛛の糸で手足を封じられ、首筋を嚙み切られた盗賊の死体が転がっている。

 ダークの後ろからそれを見るアリシアはあまりにも無残な光景に表情を歪ませる。レジーナは気分が悪くなったのか目を逸らしながら俯き、ジェイクは死んだ部下の姿に歯を噛みしめ、パラサイトスパイダーたちへの怒りを露わにした。


「なんてことをしやがるんだ。さんざん俺たちを利用するだけしておいて……」

「所詮は奴らもモンスターだ。人間など自分たちにとって便利な道具としか見ていないのだろう」


 後ろで悔しがるジェイクに背を向けながらダークは低い声で言った。

 人間たちが馬や牛のような家畜を生活のために役立てているのと同じように、パラサイトスパイダーたちは自分より弱い人間を家畜と同じ存在としか見ていない。この世界ではそれが当たり前だと考える人間も少なくなかった。

 ダークは足元の死体を見た後に通路の奥を見る。そこには蜘蛛の糸で壁に張り付けられたり天井から吊るされている兵士や盗賊の死体が沢山あった。その光景を見たダークは最悪の状況を想像する。


「これは、全滅しているのを覚悟しておく必要があるかもしれないな」

「なっ、馬鹿なこと言うんじゃねぇよ! まだ死んだとは限らないじゃねぇか!」


 ジェイクはダークの言葉に思わず声を上げる。捕まっているかもしれない妻子と部下たちが死んでいるかもしれないと言われれば感情的になるのも当然のことだ。

 ダークはゆっくりと振り返り、背後で声を上げるジェイクを見ると冷静な態度で言う。


「覚悟はしておけと言っただけだ。私もまだ全員が死んだとは思っていない。しかし、お前も此処に来るまでに多くの死体を目にしてきただろう。全員が殺されている可能性だって十分あり得る」

「グッ、それは……」


 一理あるダークの言葉にジェイクは何も言い返せずに黙り込んだ。確かに今までパラサイトスパイダーにやられた多くの死体を見てきた。それを考えれば全員がパラサイトスパイダーに殺されていることも考えられる。しかし、ジェイクは妻子や仲間が殺されているかもしれないということを考えたくなかった。

 小さく俯いているジェイクをアリシアとレジーナは黙って見つめている。敵であった盗賊とは言え、家族や仲間が死んでいるかもしれない現実を前にしたジェイクが少し気の毒に感じているのだろう。

 ダークはジェイクをしばらく見つめた後、再びアリシアたちに背を向けて前を向いた。


「……もう一度言っておくぞ? 覚悟はしておけ、そうすればショックも少しは和らぐだろう」

「……ああ、分かったよ」

「よし、先を急ぐぞ。生き残っている者たちを助けるために」


 そう言ってダークは先へ進んでいく。口では覚悟をしておけと言っているが、彼もまだ全員が死んだとは思っていない。盗賊や第八小隊を助けるために急いで先へ進むことを考えながら奥へ歩いていく。

 アリシアたちも遅れてダークの後を追い、静かな通路を進んだ。ダークの背中を見ながらアリシアは覚悟をしておけなどと冷たい言葉を言い放っても彼らを心配するその優しさに小さく笑っていた。

 それからまたしばらく警戒しながら先へ進んでいくダークたち。やはり進んだ先にも大量の死体が転がっており、その光景はまるでこれ以上進むとお前たちもこうなるぞという警告のように見えた。


「なんだか奥に進むにつれて死体の数が増えてるように見えますね」


 ノワールが真剣な表情を浮かべながら通路に倒れている死体を確認する。最初は死体が一つ二つ見かける程度だったが、今では床、壁、天井に沢山の死体が転がり、貼り付けられている光景が目に飛び込んでくるばかりだった。視界から死体が映らないことがなくなってきているのだ。

 死体の真横を通り過ぎる時、アリシアとジェイクは微量の汗を流しながら歩いている。だがレジーナはおぞましい光景が続くあまり、顔色が悪くなっていた。


「そ、そういえばさぁ、ずっと気になってたんだけど……此処に来るまで、女の人の死体が一つも無かったよね?」


 レジーナが気分が悪いことに耐えながら自分が気付いたことを口にした。

 これまでダークたちは第八小隊の兵士と盗賊たちの死体を見てきたが、それは全て男の死体だった。第八小隊にはべネゼラや女兵士、盗賊の中には女盗賊もいたが、彼女たちの死体はまだ見ていない。普通なら死体として見ていない彼女たちはまだ生きていると考えるが、ダークたちは別のことを考えていた。


「……女たちはパラサイトスパイダーたちの苗床にされる可能性がある。だとするともっと奥の方で捕まっているかもしれないな」


 ダークが今までのパラサイトスパイダーの行動を振り返り、パラサイトスパイダーたちが取りそうな行動を考えて答えた。

 アリシアもそうかもしれないと感じたのか表情に鋭さが増す。人の体を仲間を増やすための苗床にしようと考えるパラサイトスパイダーたちに対して不快な気分になった。


「でも、どうしてパラサイトスパイダーたちは若い女の人ばかりを苗床にしたのかしら? ただ若くて栄養価の高い人間を苗床にするなら若い男でもいいはずなのに」

「マザースパイダーの話では女は子供を妊娠し、出産までの間、体内で子供を育てるから体に蓄えられる栄養が男よりも多いって話らしい。だからアイツは若い女ばかりを捕まえろって俺らに命令しやがったのさ……」

「だ、だから若い女の人をさらわせてたのね……」


 ジェイクから聞かされた苗床を若い娘だけにする理由を聞いたレジーナは青ざめながら納得する。下手をすれば自分もパラサイトスパイダーの苗床になるかもしれないと考えたのだろう。だがそれはアリシアも同じだ。しかし彼女は不安になる自分を見せないよう顔には出さずにいた。

 そんな会話をしていると、ダークたちはようやく通路を出て空洞に出た。体育館ぐらいの広さを持つ場所で木製のテーブルや丸椅子、樽、木箱が置かれ、剣なども空洞の隅に立て掛けられている。

 空洞に出たダークたちは周囲を見回す。雰囲気から此処が盗賊たちが隠れ家で最も活用している場所だということが分かった。


「此処が俺たちが飯を食ったり、仲間たちと作戦会議をする場所だ」

「なるほど、隠れ家の中心場所ということか」

「この部屋はそれほど危険じゃなさそうだし、少しは安全かもしれないわね」


 レジーナがようやく安心できる場所に来られたことでホッとする。だが、そんなレジーナの言葉を聞いたダークが低い声で話しかけてきた。


「此処はパラサイトスパイダーどもの巣なんだぞ? 安全な場所などない。気を抜くな」

「ゴ、ゴメン……」


 気を抜いたことでダークに注意されたレジーナはシュンとしながら反省する。そんなレジーナを見てアリシアとジェイクは呆れたような顔になった。

 凶暴なパラサイトスパイダーの巣の中にいる以上はいつ襲われてもおかしくない。そんな状態で少しでも油断すればあっという間にやられてしまう。いつ命を落としてもおかしくない場所にダークたちは立っているのだ。

 レジーナを注意した後、ダークは空洞の奥の薄暗い所を見てそこを指差した。


「それにあんな物がある場所を安全とは言えないぞ?」

「え?」


 ダークが指差す場所を目を凝らしてみるレジーナ。薄暗くてハッキリとは見えないがそこには通ってきた通路で見たのと同じように蜘蛛の糸まみれになりパラサイトスパイダーに食い殺された兵士や盗賊たちの死体がある。

 更にその近くには第八小隊にいた女兵士や女盗賊たちが糸まみれになって倒れている姿もあった。ただ彼女たちは他の死体と比べて損傷は殆どなく、糸まみれになっていること以外に変わったところはない。

 ようやく見つけた女の姿を見てアリシアたちの表情が変わった。


「あれは第八小隊にいた女兵士たちだ」

「俺んところの若い娘もいやがる。糸まみれで倒れているってことは、アイツらはもう苗床になっちまったのか?」

「恐らくな……」


 倒れて動かない女たちの姿を見てアリシアとジェイクの表情が曇る。男たちは既に餌として食い殺されているのだ、女たちも既に苗床になっていてもおかしくない。二人は助けるのが遅かったことを悔やみ歯を食いしばった。


「……ねぇ、アリシア姉さん。産み付けられた卵を取り除けばまだ助けられるんじゃないの?」

「いや、無理だ。パラサイトスパイダーは苗床になった生き物が逃げないように毒で動きを封じる。苗床になった生き物は毒で体は麻痺し、やがて死んでしまう。そもそも産み付けられた卵を取り除くなんてできない……。苗床になった生物が助かる可能性はゼロだ」

「そんな……」


 苗床になった女たちを助けられないという現実を知り、レジーナも表情を曇らせた。

 アリシアたちが俯きながら暗い顔をしていると、ノワールがあることに気付いて空洞の中を見回す。


「そういえば、べネゼラさんの姿が見当たりませんけど……何処にいるんでしょうか?」

「え? ……そういえば、あの馬鹿女の姿が見えないわね。何処にいるのかしら……」


 倒れている女兵士や女盗賊たちの近くを探してもべネゼラの姿は無かった。女たちが苗床になってこの空洞にいるのだから、彼女も苗床になっているのならこの空洞にいる可能性が高いが、何処にもべネゼラの姿は見えない。

 アリシアたちはべネゼラの性格から部下を置いて一人で逃げたのではないかと考えた。するとジェイクが空洞の奥を見ながらアリシアたちに声をかけてきた。


「もしかすると、奥の部屋に連れていかれたかもしれねぇぞ」

「奥の部屋?」

「ああ、この奥にマザースパイダーの部屋へ続く穴があって俺たちはそこからアイツの部屋に食料と苗床となる娘を運ばされていたんだ」


 説明するジェイクが見ている先をアリシアたちは見つめた。暗くて見え難いところに穴があり、それを見つけたアリシアたちの表情が鋭くなる。その穴からは何やら不気味な気配のようなものが感じられ、アリシアたちの体に緊張が走った。


「……お喋りはそこまでだ。どうやら歓迎パーティーが始まるようだぞ」


 黙っていたダークが低い声でアリシアたちに語り掛け、それを聞いたアリシアたちは周りを見回した。空洞の奥から無数のパラサイトスパイダーたちが目を光らせながら姿を見せ、空洞の壁や天井にも多くのパラサイトスパイダーが張り付いてダークたちを見つめている。既にダークたちはパラサイトスパイダーの群れに囲まれていた。

 いつの間にか囲まれていたことと想像以上の敵の数にアリシアとレジーナは驚愕の表情を浮かべる。ジェイクはパラサイトスパイダーの数が多いことを知っていたため、あまり驚かなかったが、あっという間に囲まれていたことには驚き、緊迫した顔をしていた。

 灰色の体の赤い目をしたパラサイトスパイダーはゆっくりとダークたちに近づいてくる。アリシアたちは近づいてくるパラサイトスパイダーたちを睨みながら武器を構える。この数が一斉に襲い掛かってきたらお終いだ。そう考えながらどうするかアリシアはパラサイトスパイダーたちを警戒しながら考えた。

 そんな時、ダークとノワールが数歩前に出て周りにいるパラサイトスパイダーたちを見回す。ノワールは無表情で杖を握りながら天井を見ており、ダークはで空洞内を見渡している。その表情は兜で隠れていて見えないが恐らくダークは余裕の表情をしているはずだ。


「なかなかの数だな。数は……二十から三十ってところだろう」


 ダークは冷静にモンスター察知の技術スキルを使って空洞内にいるパラサイトスパイダーの数を調べる。その隣にはノワールが無表情のまま立って正面にいる数匹のパラサイトスパイダーを見ていた。

 レジーナとジェイクは大勢のモンスターを前に取り乱すことなく普通に会話をしているダークとノワールを見て目を丸くしながら驚いている。アリシアはダークの強さとその使い魔であるノワールのことを知っているため、驚いてはいなかった。

 背後でアリシアたちに見られていることを気にせずにダークとノワールは会話を続ける。


「さすがにこれだけの数を相手にするのは面倒だ。……仕方がないな、ノワール、あれを使え」

「ハイ、マスター」


 ノワールは返事をすると持っている見習い魔法使いの杖をクルクルと回し始める。それを見たダークは後ろに数歩下がりノワールの後ろに立つ。


蟲病むしやみのけむり!」


 回していた杖の先で地面を強く叩くノワール。すると叩いたところから苔色の煙がもの凄い勢いで噴き出て空洞内に広がっていく。


「な、なんだこの煙は?」

「す、凄い臭い!」

「ま、まさか毒の煙か!?」


 突然出てきた煙にアリシアたちは驚いて声を上げる。煙はあっという間に空洞内に充満し、空洞は煙で包まれた。

 パラサイトスパイダーたちは苔色の煙の中で周囲を見回している。ダークは落ち着いたままパラサイトスパイダーたちを見ていた。


「ダ、ダーク! この煙はなんだ? まさか毒の煙か?」

「ちょっ! 冗談じゃないわよ! ちょっと吸っちゃったわよ!?」


 アリシアとレジーナは咳き込みながら声を上げる。この煙がパラサイトスパイダーたちをなんとかするための物であることはアリシアたちも分かっていた。だが、敵に対して使われた煙を自分たちも吸ってしまえば取り乱すのも当然だ。


「慌てるな、この煙は人間には害はない。あれをよく見てみろ」


 後ろで騒いでいるアリシアとレジーナにダークは腕を組みながら前を見て言う。アリシアたちは目を凝らしてダークが向いている先を見た。煙でよく見えないが、視線の先には痙攣しながらその場に倒れ込んでいるパラサイトスパイダーたちの姿があった。

 壁や天井に張り付いていたパラサイトスパイダーたちも地面に落ちて仰向けになりながら痙攣しており、空洞内にいる全てのパラサイトスパイダーは動けなくなっていた。その光景を目にしたアリシアたちは何が起きたのか分からずに驚いている。


「ど、どうなっているんだ? パラサイトスパイダーたちが痙攣しているぞ……」

「もしかして、この煙のせい?」

「だ、だが奴らに効果があるのにどうして俺らは平気なんだ?」


 何が起きたのか分からずに混乱するアリシアたち。三人は一斉にダークの方を向いて何が起きたのかを尋ねようとする。ダークはアリシアたちの方を向き、空洞に充満している煙について説明し始めた。


「この煙は蟲病みの煙と言って一定時間、昆虫族のモンスターを弱体化させることのできるドルイドの能力だ」

「ドルイド? ……もしかして、ノワールはサブ職業クラスはドルイドなのか?」

「正確にはハイ・ドルイドというドルイドより上の職業だ」


 ダークからノワールの職業について聞かされ、納得の表情を浮かべるアリシア。ダークがサブ職業を持っているのだから使い魔のノワールが持っていても不思議ではないと考えたのだろう。

 そんな会話をしていると次第に空洞内に充満した煙が薄れていき、やがて綺麗に消えて無くなる。煙が消えて視界がよくなるとそこには痙攣して動けなくなったパラサイトスパイダーたちがおり、それを見たダークは大剣を構えた。


「奴らは今弱体化している。回復する前に奴らを叩くぞ!」

「あ、ああ、分かった!」

「ハイ!」


 ダークはパラサイトスパイダーを倒すために走り出し、アリシアとノワールもそれに続いて走り出す。驚きのあまりポカーンとしていたレジーナとジェイクも走る三人を見ると慌てて後を追った。

 煙の効果で痙攣して動くことのできないパラサイトスパイダーを大剣で両断するダーク。アリシアも剣でパラサイトスパイダーを切り捨てていき、ノワールは杖で殴打する。ノワールはレベルが94のため、魔法を使わない通常攻撃でも簡単にパラサイトスパイダーを倒せる攻撃力を持っていた。そのため、パラサイトスパイダーを一撃で倒すことができる。

 レジーナとジェイクも弱体化しているパラサイトスパイダーを短剣やバルディッシュで次々に倒していく。凶暴なパラサイトスパイダーをこんなに簡単に倒せることが信じられないのか、二人は驚きの表情を浮かべながら戦っていた。


「ス、スゲェ、パラサイトスパイダーがこんなに簡単に倒せるなんて……」

「噂だと、コイツラの甲殻は凄く硬いって聞いたんだけど、まるで卵の殻みたいに楽に壊せるわ」

「ああ、俺らのレベルじゃこんな簡単に倒せるなんてまずありえねぇのに……あの黒騎士と坊主、本当に何者なんだ?」


 ジェイクは離れた所でパラサイトスパイダーを倒しているダークとノワールを見て呟く。弱体化していないパラサイトスパイダーを一撃で倒すダークと弱体化させる力を持つノワール、この時点で既に二人が只の冒険者ではないことは分かっていた。ジェイクは二人が英雄級の力を持つ冒険者ではないかと感じており、レジーナもそう感じている。だが実際、ダークとノワールは二人が想像している以上に強いことをレジーナとジェイクは知らなかった。

 二人がダークたちを見ていると近くにいた二匹のパラサイトスパイダーがレジーナとジェイクに近づいてくる。どうやら蟲病みの煙の影響が少ないパラサイトスパイダーもいるようだ。近づいてくるパラサイトスパイダーに気付いてレジーナとジェイクは素早くパラサイトスパイダーの側面に回り込む。


「岩砕斬!」

疾風斬しっぷうぎり!」


 ジェイクはアリシアとの戦いで使った戦技を発動させ、バルディッシュの刃を黄色く光らせて目の前のパラサイトスパイダーに向かって振り下ろした。バルディッシュの刃はパラサイトスパイダーの体を真っ二つにし、周囲に薄紫色の血が広がる。影響が少なくてもやはり弱体化しているのか岩砕斬を受けたパラサイトスパイダーは一撃で動かなくなった。

 レジーナは持っている短剣を逆さまに持ちながら短剣に気力を送り、刃を緑色に光らせながらパラサイトスパイダーに向かって跳んでいき、大きく短剣を横に振りながらパラサイトスパイダーの真横を通過する。するとパラサイトスパイダーの側面に大きな切傷が生まれ、そこから血を噴き出しながらパラサイトスパイダーは糸の切れた人形のように倒れた。

 <疾風斬り>は武器の切れ味を高めた後に相手にもの凄い速さで突っ込み切りかかる戦技だ。主に身軽な盗賊関係の職業クラスを持つ者が習得できる戦技でジェイクの岩砕斬よりも威力は劣るが攻撃速度が速いので回避されにくいという点があるため、習得した者たちからはよく使われている戦技の一つだ。

 短剣に付いた血を払い落としたレジーナは小さく息を吐きながらパラサイトスパイダーの死骸を見下ろす。そんな彼女の隣にバルディッシュを構えるジェイクが近づいてきた。


「へぇ? 驚いたな、まさかお前も戦技が使えたなんてよ」

「あたしも二つ星の冒険者よ? 戦技の一つぐらい使えて当然じゃない」

「へっ、そうかい。てっきり勢いだけのお嬢ちゃんかと思ったんだがな」

「なんですってぇ!」


 馬鹿にされてレジーナは隣に立つジェイクを見上げながら睨み付ける。ジェイクはそんなレジーナをニヤニヤと笑いながら見ていた。


「おい、お前たち、何をもめているんだ」


 二人の下にアリシアが呆れ顔で近づいてくる。二人がアリシアの方を向き、ジェイクはなんでもないというように首を横に振り、レジーナは不機嫌そうな顔で腕を組みながら目を逸らす。アリシアはそんな二人を不思議そうな顔で見た。

 アリシアの方を見ているとレジーナとジェイクは周囲が静かになったことに気付いて周りを見回す。空洞内にはいつの間にか大量のパラサイトスパイダーの死骸が転がっており、生きているパラサイトスパイダーは一匹もいなかった。自分たちが必死で戦っている間にもう全てのパラサイトスパイダーを倒したダークたちに二人は思わず目を疑ってしまう。

 驚いていると、奥からダークとノワールが近づいてきてアリシアたちの前にやってくる。ダークとノワールは敵の中に真っ先に突っ込んでいったにもかかわらず全くの無傷でそれを見たレジーナとジェイクは更に衝撃を受けた。


「この部屋にいる蜘蛛どもは全部倒したが、これで全部だとは思えない。まだ奥にもかなりの数がいるはずだ」

「そうですね。油断せずに行きましょう」


 無傷なことで驚かれていることに気付いていないのかダークとノワールは普通に会話しており、アリシアはそんな二人の会話を黙って聞いていた。

 ダークたちは空洞の奥にある穴を見て先へ進もうとする。だが、ダークは一歩進んですぐに足を止めて後ろにいるアリシアたちを止めた。突然立ち止まったダークにアリシアたちは不思議そうな顔をしながら前を見た。するとダークたちが向かおうとしている穴から薄紫の長髪に黒いビキニアーマーを着た若い女が現れる。だがその女の下半身は灰色の蜘蛛の頭胸部と繋がっており、人間ではないのが一目で分かった。

 その女は四匹のパラサイトスパイダーを従えてダークたちに近づいて行き、彼らの10mほど前で立ち止まる。ダークたちは突然現れた下半身が蜘蛛の女を見てそれがマザースパイダーだとすぐに気付く。

 

「へぇ~、あの数を全部倒したんだぁ? 一体どんな手を使ったのかしら?」

「クッ! テメェ!」


 ジェイクはマザースパイダーを睨みながらバルディッシュを構える。そんなジェイクを見てマザースパイダーは子供のような笑い声を上げた。


「アハハハハ、こわぁ~い。そんなに怒ると体に悪いわよぉ?」

「うるせぇ! それよりもどういうつもりだ? どうして騎士団の連中だけじゃなく、俺の部下たちまで襲ったんだ!?」

「どうして? ウフフフ、そぉんなの決まってるじゃない。敵の侵入を許すような奴らは生かしておく価値がないからよ」

「な、なんだと……そんな理由で俺の部下たちを……」

「そうよぉ? 私たちを守れないような連中は子供たちのために餌や苗床になることぐらいしか価値がないんだもの」


 ジェイクの部下たちを殺させ、苗床にしたことに対してなんの罪悪感も無いような口調で話すマザースパイダー。そんなマザースパイダーにジェイクの怒りは徐々に大きくなっていく。

 アリシアとレジーナもマザースパイダーの態度を見て苛立ちを感じているのか表情が険しくなっている。さんざん利用するだけ利用しておいて使えなくなったと判断したら容赦なく殺す。そんな考えをするマザースパイダーを見て頭に来ないはずがない。


「おい、モニカとアイリはどうした! 生きてるんだろうなぁ!?」

「ん~? ああぁ、貴方の家族ねぇ……。さぁ、もう死んでるかもねぇ」

「な、なん……だと……」


 マザースパイダーの言葉を聞いてジェイクは耳を疑う。今まで妻子を助けるためにやりたくないことをやっていたのに、その助けるはずの妻子が死んでいると聞かされ、ジェイクはショックのあまり両膝をつく。

 話を聞いたアリシアはマザースパイダーの血も涙もない冷酷な行いに我慢の限界が来たのか剣を構えてマザースパイダーに斬りかかろうとした。するとダークがアリシアの前に腕を出して止める。


「落ちつけ、ジェイク。お前の家族はまだ生きているかもしれないぞ」

「……え?」


 さっきから黙っていたダークがマザースパイダーを見ながら言う。それを聞いたジェイクやアリシアたちは少し驚きながらダークの方を向き、マザースパイダーは目を細くしながらダークを見つめている。


「ど、どうして分かるんだ?」

「お前たちが使えなくなったと判断し、餌や苗床にしようと考えた時点でもう人質は必要なくなった。つまり、もう人質を生かしておく必要もなくなったのだから餌にするか苗床にして殺すはずだ」

「あ、ああ……」


 低い声で話すダークを見てジェイクは頷く。だがまだダークが何を言いたいのか分からず、ジェイクやアリシアたちはダークの話に耳を傾けている。

 やがてダークはゆっくりとジェイクの方を向いた。


「分かるか? もしとっくに殺しているのなら、お前から家族のことを聞かれた時に死んだと答えるはずだ。なのにアイツは死んでいるかもと曖昧な言葉を言った。つまり、まだお前の家族が生きている可能性は高いということだ」

「!」


 家族が生きている、そう聞かされたジェイクは驚きの表情を浮かべる。アリシアとレジーナもダークの言葉の意味を理解して目を見開く。マザースパイダーの言葉を聞いてそこまでの答えを導き出したダークに二人は感服したようだ。

 三人の反応を見たダークはもう一度マザースパイダーの方を向き、間違っているかと視線で尋ねる。するとダークを見たマザースパイダーはニッと笑いながら拍手をし出した。


「いやいやいやぁ~、ビックリしちゃった。まさか見抜かれちゃうなんてねぇ」

(なんだ、本当だったのか。ただアイツの言葉から想像して答えただけなのに……。いやぁ、当たってよかったよ。もし外れたら大恥だったぜ)


 マザースパイダーが白状したのを聞き、ダークは心の中で安心する。そんなダークの本心を知らずにアリシアたちはダークを尊敬し、楽しそうに笑っているマザースパイダーを睨んでいた。

 ダークたちに見られている中、マザースパイダーは鋭く尖っている自分の爪を舐めて爪を綺麗にするとダークたちを見て後ろにある穴を指差した。


「確かにソイツの家族は私の部屋でまだ生かしてあるわよぉ。おじさんを殺して死体を見せた後に苗床にしてやろうと考えてねぇ」

「なんて奴だ……」

「ものすっごく性格悪いわね!」


 アリシアとレジーナはとんでもないことを笑いながら話すマザースパイダーを睨みながら剣と短剣を構える。そんな二人のことを気にもせずにマザースパイダーは話し続けた。


「でも、私の部屋にはお腹を空かせている子供たちがた~っくさんいるのぉ。私がいない間にあの二人を食べちゃうかもねぇ?」

「な、なんだと!」

「ああぁ、私に当たらないでよぉ。私は食べていいとは言っていないんだから、文句なら貴方の家族を食べちゃった子供たちに言って。……と言っても、皆が皆同じ姿だからどの子が食べたのか分からないだろうけどね。アハハハハ!」


 ジェイクはマザースパイダーを歯を噛みしめながら睨み付ける。今すぐにでも飛び掛かって真っ二つにしてやりたい、そんな気持ちで一杯だった。するとダークが前に出てアリシアたちに背を向けながらマザースパイダーを見つめて目を赤く光らせる。


「お喋りはそれぐらいでいいだろう。さっさと殺し合いを始めようじゃないか。」

「んん?」


 低い声で言うダークを見てマザースパイダーは小首を傾げる。アリシアたちも突然前に出ておっかないことを言い出すダークの背中を黙って見つめた。

 

「アリシア、コイツらは私が相手をする。君はノワールたちと一緒に奥へ行き、ジェイクの家族を救出しろ」

「え? 大丈夫なのか?」

「フッ、誰に言っている?」


 アリシアの心配を小さく笑って返すダーク。そんな彼の答えを聞いたアリシアも余計な心配だった、と小さく笑った。ダークの強さをよく知っているアリシアはこれ以上心配する必要はないと考えてノワールたちの方を向く。


「皆、此処はダークに任せて私たちは奥へ進もう」

「ハイ!」

「えっ? 相手は五匹よ?」

「いくらアイツが強くてもマザースパイダーと四匹のパラサイトスパイダーを相手に一人で戦うのは危険すぎだ」


 心配をしていないノワールに対してダークの本当の強さを知らないレジーナとジェイクは心配する。だがアリシアはそんな心配する二人を見てゆっくりと口を開いて言った。


「彼なら心配ない。何しろグランドドラゴンを撃退するほどの実力を持っているのだからな」

「は? グランドドラゴン?」


 レジーナはアリシアが何を言っているのか一瞬理解できずに聞き返す。ジェイクも聞き間違いかと言いたそうな顔でアリシアを見ていた。

 アリシアは呆然としている二人からマザースパイダーの後ろにある穴に視線を向け、マザースパイダーたちを警戒しながら走り出した。ノワールもその後に続いて走り出し、そんな二人に気付いたレジーナとジェイクは慌てて後を追う。

 マザースパイダーの真横を通る時、アリシアとノワールはいつ襲い掛かってくるか分からないマザースパイダーとパラサイトスパイダーを警戒する。だが、なぜかマザースパイダーたちはアリシアたちを止めようとせずに素通りさせた。不思議に思いながらもアリシアたちは走って穴に入り、奥へ進んでいった。

 

 ダークはなぜマザースパイダーがアリシアたちを止めなかったのか気にしながらマザースパイダーを見つめている。すると、マザースパイダーはダークの方を見て不敵な笑みを浮かべた。


「あ~あ、あの子たち可哀想ねぇ。 私の部屋には沢山の子供たちがいるって言ったばかりなのに行っちゃうんだもの。奥へは行かずに逃げれば寿命が少しは延びたのになぁ」

「……なるほど、そういうことか」


 マザースパイダーの哀れむような発言を聞いたダークはマザースパイダーがなぜアリシアたちを素通りさせたのか理解する。マザースパイダーは奥にいる自分の子供、つまりパラサイトスパイダーたちにアリシアたちを始末させようと考えていたのだ。ジェイクの妻と娘を助けようとするアリシア達をパラサイトスパイダーたちに襲わせて自分は残ったダークの相手をする。自分が動かなくてもアリシアたちは勝手に死ぬと考えていたのだ。

 そんな考えをするマザースパイダーをダークは冷静な態度で見ていた。レベル70のアリシアとレベル94のノワールの二人がいればパラサイトスパイダーの群れなど簡単に倒せると確信していたからだ。


「彼女たちならお前の子供如き簡単に叩き潰せる。敵の心配よりも自分の心配をしたらどうだ?」

「はあぁ? まさか私に勝つつもりでいるのぉ? アッハハハハ! 傑作ね! ……アンタがどれほどの実力でどうやってこの空洞にいた子供たちを倒したかは知らないけど、たった一人で私に勝てると思ってんのぉ? 随分と自惚れてるのねぇ?」

「そう思うのなら私を倒してみろ……そして自分との力の差を思い知ればいい」


 冷静を保ったまま挑発するような口調で言い返すダークをマザースパイダーは舌打ちをしながら睨む。マザースパイダーが右手を軽く上げると控えていた四匹のパラサイトスパイダーが動き出してダークの前で横一列に並ぶ。その光景はまるでマザースパイダーと戦いたかったら、まず自分たちを倒してみろと言っているように見える。

 立ち塞がるパラサイトスパイダーを見てダークは再び目を赤く光らせた。


「さあ……断罪の始まりだ」


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