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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十五章~魔植園の冒険者~
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第二百八話  魔の大樹


「日記ですか?」

「ああ、しかも嘗てこの宮殿に住んでいた女王の日記だ」


 見つかった日記がフルールア宮殿に住んでいた女王の物だと知ってノワール達は意外そうな顔をする。宮殿が植物に支配される前は慈悲深き女王として国民達に慕われていた女王が付けていた日記、もしかするとなぜフルールア宮殿が植物に支配されてしまったのか、その原因が書いてあるかもしれないと考えたノワール達は女王の日記に興味があった。


「……それで、どんな事が書いてあるのじゃ?」


 マティーリアが日記の内容について尋ねるとオスクロは視線を開いている日記に向けて書かれてある文章を確認する。オスクロ自身も何か重要な事が日記に書かれているかもしれないと思っており、詳しい事を知る為に日記を黙読していく。

 しばらく黙読したオスクロは日記を見つめながら低い声を漏らし、そんなオスクロを見たノワール達は不思議そうな顔をする。そしてオスクロは視線を日記からノワール達に向けた。


「この日記を書いた人物、つまり女王は魔法使い達が権力を奪取しようとしている事に気付いてから奴等を国から追放する為に貴族達に魔法使い達が権力奪取を企んでいたという証拠を探させていたらしい。そして、証拠が見つかり次第、魔法使い達を国から追放するつもりだったようだ」


 オスクロは日記に書かれてあった事をノワール達に説明し、ノワール達はそれを黙って聞いている。


「だが、証拠を探している最中に突然将軍が行方不明になってしまい、女王は証拠探しを中断して貴族達に将軍を探させたんだ」

「将軍、あのグリーンターミネーターですね?」

「ああ、女王や貴族達は必死に将軍を探したようだが、結局見つからず、将軍抜きで魔法使い達を追放する事になった。恐らく、将軍はこの時既にグリーンターミネーターに改造されていたんだろう」


 将軍が魔法使い達によってモンスターに改造されていた事を知らずに必死に将軍を探す女王を想像したのか、レジーナとジェイクは少し気の毒そうな顔をする。マティーリアは腕を組みながら目を閉じて黙っていた。


「そして、ようやく魔法使い達が権力奪取を企んでいるという証拠を見つけ、女王達は魔法使い達を追放する準備に入り、それが終わり次第、魔法使い達を拘束するつもりだった……ところが証拠を手に入れた日の夜、宮殿の地下で事故が起きた」

「事故?」


 オスクロの話を聞いたマティーリアは反応して片方の目を開ける。レジーナとジェイクも事故という単語を聞いて僅かの表情を鋭くし、オスクロに視線を向けた。


「どうやら魔法使い達が地下室で自分達が開発した魔法薬を使った何らかの実験をしていたらしい。だが、その魔法薬を被験体である植物に使った途端に植物が暴走し、地下室にした魔法使い達を全員殺した。そして植物はそのまま成長していき、宮殿を呑み込み始めたそうだ」

「植物が暴走して宮殿を呑み込んでいった? と言う事は……」


 何かに気付いたのかジェイクは鋭い表情のまま小さく俯く。レジーナとマティーリアもジェイクと同じように何かに気付いたらしく、少し驚いた表情、鋭い表情を浮かべていた。そんな三人の反応を見たオスクロは目を薄っすらと赤く光らせる。


「お前達の想像どおりだ、その暴走した植物こそがこのフルールア宮殿をこんな姿にした元凶だ」

「なんてこった……」

「その植物を暴走させた魔法使い達って、権力を奪おうとしていた魔法使い達なんでしょう?」

「じゃろうな。大方、その魔法薬も権力奪取に利用するつもりだったのじゃろう。それが実験に失敗し、その魔法薬で暴走した植物に皆殺しにされるとは……何とも愚かな話じゃ」


 魔法使い達の最後にマティーリアは呆れ顔で首を横に振る。レジーナとジェイクも同じ気持ちなのかマティーリアを見て、まったくだ、と言いたそうな顔をしていた。そんな中、オスクロは日記のページをめくって書かれてある内容を確認する。


「……植物の暴走を知った女王は貴族や宮殿の兵士達を地下へ向かわせ、植物の暴走を止めようとしたらしい。だが、その植物は既にモンスター化しており、地下へ向かった貴族、兵士達は次々と犠牲になっていった。女王は宮殿から避難するよう兵士達から言われたが、彼女は避難せずに何とか暴走を止められないか考え続けたらしい。だが、その間も植物は宮殿を少しずつ呑み込んでいき、もう一刻の猶予も無い状態にまでなっていた」


 オスクロが日記に書かれてある内容を話し、ノワールは黙って聞いている。レジーナ達も視線をオスクロに向けて話を聞いていた。


「女王は時間も無く、これ以上犠牲を出せないと考え、自分自身で植物をどうにかしようと考えたようだ」

「女王自身がですか?」

「ああ、どうやら彼女は女王であるのと同時に優秀な魔法使いでもあるようだ」


 レジーナ達は女王が魔法使いである事を聞いて、へぇ~と意外そうな反応する。異世界でも王族が戦士系や魔法使い系の職業クラスを持っているのは珍しい事ではないのでレジーナ達は女王が魔法使いだと聞いても驚いたりしなかった。


「女王は宮殿と国民を守る為に地下へ行き、暴走した植物を止めに向かった……此処で日記は終わっている」


 そう言ってオスクロは開いている日記を閉じた。レジーナ達はフルールア宮殿が今の状態になった理由を知って深刻そうな顔をする。ノワールも仮面の下で難しい表情を浮かべていた。


「それで、その女王様はどうなったの?」

「訊かなくても分かるじゃろう? 女王は植物の暴走を止める為に地下へ向かった。しかし、宮殿は植物に支配された状態のままなんじゃ、つまり……」

「女王様は暴走を止める事に失敗してしまった?」


 レジーナが確認するとマティーリアはレジーナの方をチラッと見て小さく頷く。全てを守る為に単身地下へ向かった女王が暴走を止められなかった事に対し、レジーナは気の毒そうな顔をする。ジェイクも何処か悔しそうな顔で強く手を握っていた。オスクロはレジーナ達をしばらく見た後、持っている日記を最初に置いてあった机の上に戻す。

 

「マスター、エントランスに地下へ続く扉がありましたが、もしかするとあの扉の先が……」

「ああ、間違いなく日記に書かれていた地下室だろうな」

「つまり、あの先にこのフルールア宮殿をこんな状態にした元凶の植物族モンスターがいるって事ですね」


 ノワールの言葉を聞いたオスクロはノワールを見下ろしながら無言で頷く。フルールア宮殿の入口があったエントランスに元凶である植物がいる地下への入口があった事にノワールが真剣な表情を浮かべる。まさか入口がある場所から元凶がいる部屋へ行けるとは思ってもいなかったようだ。


「……どうしましょう? 今からエントランスへ戻って地下へ向かいますか?」


 しばらく考え込んでいたノワールがオスクロを見上げて地下を目指すか尋ねる。元凶の居場所が分かった以上、すぐにその元凶を叩いた方がいいと思ったのだろう。するとオスクロはノワールを見下ろしながら首を横に振った。


「いや、まだだ。最初に確認したが、地下への扉は特別な鍵が無いと開ける事はできないみたいなんだ」

「鍵ですか?」

「ああ、調べてみたらごく普通の鍵穴があった。多分、草滅水や魔溶液とは違うごく普通の鍵だろう」

「その鍵が無いと地下へは行けない?」

「そう言う事だ。だからまず、この宮殿のどこかにある鍵を見つける必要がある」

「成る程、簡単には元凶の所へは行かせてくれないって事ですか」


 ノワールは目的の場所にすぐにはいけない事を知り、腕を組みながら仮面の下で少し悔しそうな顔をする。オスクロはLMFで様々なダンジョンを攻略し、その時に今の様な状況を何度も経験した事がある為、慣れているせいかノワールの様に悔しがることは無かった。寧ろ、これも冒険やダンジョン攻略の楽しみの一つなのだろうと感じている。

 日記の内容を確認し終えたオスクロ達は再び安全エリアの探索を再開する。だが結局、財宝と言える物は何も見つからず、オスクロ達は今回の安全エリアには何も無かった事を残念に思った。


「あ~あ、何にもなかったわね、宝物?」

「まあ、そう言う時もたまにはある。あまり気を落とすな」

「ハァ、分かったわよ」


 声をかけてきたオスクロを見ながらレジーナは少し不満そうな顔で返事をする。そんなレジーナを見たノワールは仮面を上げながら小さく笑い、ジェイクとマティーリアはやれやれ、と言いたそうな顔でレジーナを見ていた。


「さて、休憩も済んだ事だし、そろそろ次の場所へ向か……」


 オスクロが出発するよう話そうとした時、何処からか何かを叩きつける様な轟音が聞こえ、同時にオスクロ達がいる安全エリアが揺れる。天井からは僅かに砂埃が落ち、オスクロ達は一斉に天井を見上げた。


「な、何だ、今のデカい音は?」

「音と部屋の揺れ方からして、それほど遠くはなさそじゃな」

「……もしかすると、グリーンターミネーターの様な強力なモンスターが暴れているのかもしれません。それか、何か罠が起動したのか……」


 何かとんでもない事が起きている、そう感じてノワールは僅かに低い声を出した。

 現在、フルールア宮殿にいる冒険者は死んだカトレア達を除けばオスクロ達とラガット達、聖刃しかいなかった。オスクロ達は安全エリアにいる為、モンスターの襲撃やトラップに引っかかるなどの問題に巻き込まれる事はない。となると、考えられる答えは一つだけだった。


「ラガット達に何か遭ったのかもしれないな」

「兄さん、どうする?」


 レジーナがオスクロに尋ねるとオスクロは目を薄っすらと赤く光らせながらノワール達を見た。


「当然行くさ。天の蝶の様にアイツ等を全滅させる訳にはいかないからな」


 ラガット達の救援に向かうというオスクロの答えを聞いてレジーナ、ジェイク、マティーリアは真剣な顔で頷き、ノワールも小さく頷いてから上げている仮面を下ろして素顔を隠した。

 オスクロ達は安全エリアから廊下に出ると周囲を見回して何処にラガット達がいるか調べる。すると、再び轟音が聞こえ、天井から砂埃が落ちた。

 ノワール達は周囲を見回し、廊下の右と左、どちらへ行けばいいのか考える。そんな中、オスクロは音が左の方、二階の更に奥から聞こえてくる事に気付き、視線を奥へと向ける。


「こっちだ!」


 オスクロは二階の奥へ走り出し、ノワール達もそれに続いて奥へと進んで行く。オスクロ達が走っている間も轟音が何度も聞こえ、天井から砂埃が落ちて来た。

 轟音が聞こえる方へ向かってオスクロ達は廊下を全速力で走る。その間、何度かヒューマノイドプラントやオービーバインの様な植物族モンスターと遭遇したが、先頭を走るオスクロとノワールによって短時間で倒された。二人がモンスターを難なく倒す姿を見てレジーナ達は流石だ、と心の中で感服する。

 やがてオスクロ達は一つの部屋の前にやって来た。部屋の入口は二枚扉となっており、轟音は扉の奥から聞こえてくる。オスクロ達はそれぞれの得物を強く握りながら警戒心を最大にし、扉の前にいるオスクロは扉を開けた。

 部屋の中に入ると、そこには無数の小汚い絵画や彫刻が飾られており、それを見たレジーナ達は意外そうな反応を見せる。


「何だ、此処は?」

「どうやら美術室のようだな」


 ジェイクが部屋を見ながらまばたきをしていると、オスクロがジェイクに部屋がどんな場所なのかを教える。美術室だと聞かされたジェイクやレジーナ、マティーリアは興味のありそうな顔で部屋の中を見回す。

 実はオスクロ達がいる部屋は少し前にラガット達、聖刃が探索していた美術室だったのだ。どうやらラガット達が探索していた左の道とオスクロ達が進んで来た右の道は奥で繋がっていたらしい。

 オスクロ達はラガット達が今いる美術室を先に調べていた事に気付かないまま、警戒しながら奥へと進んで行く。すると、一番奥に扉があり、そこから轟音が聞こえて来た。


「あの扉の先から音が聞こえるぜ」

「間違いなく、何かとんでもないモンスターがおるな」


 マティーリアはジャバウォックを構えながら扉をジッと見つめ、ジェイクもタイタンを両手で握りながら扉を睨んでいた。

 オスクロ達は奥にある扉に近づき、扉の前までやってくるとオスクロは勢いよく扉を蹴破る。そこには大きなテラスがあり、オスクロ達は一斉にテラスに出た。扉を開けた事で轟音は今まで以上に大きく響き、轟音を聞いたレジーナとジェイクは僅かに表情を歪める。

 テラスに出たオスクロは周囲を見回して轟音の原因を探す。すると、テラスから見下ろす事ができる一階の中庭に大樹があるのを見つける。その大樹は幹を大きく横に揺らす様に動いており、地面からは無数の濃緑色の蔓が生えていた。

 蔓は大きく動き、地面や中庭を囲む宮殿の壁を強く叩いて暴れている。その光景をテラスから見下ろしていたオスクロ達は蔓が轟音を出していた原因だと知った。


「な、何よ、あの木?」

「分からん。じゃが一つだけ言えるのは、あれは間違いなくモンスターで、妾達の敵だと言う事だけじゃ」


 驚くレジーナの隣でマティーリアが冷静に答える。とんでもない大きさの大樹とその周りで暴れる蔓、オスクロはその様子を見て蔓は大樹が操っていると気付いた。


「マスター、あれを!」


 オスクロが大樹と蔓を見ていると、ノワールが中庭の右下の角を指差しながら力の入った声を出す。オスクロがノワールが指差す方に視線を向けると、そこにはボロボロの姿で大樹を見ているラガット達の姿があった。


「あれ、ラガット達じゃない!」

「どうやらラガットさん達は僕等より先にこの中庭に来て運悪くあの大樹と接触し、戦闘になってしまったみたいですね」


 ノワールはラガット達を見つめながら語り、レジーナとジェイクは険しい顔をしながらラガット達を見ている。戦況とラガット達の状態から彼等が大樹を相手に苦戦を強いられている事は一目で分かった。

 オスクロはテラスを見回して中庭に下りられる場所を探した。すると、テラスの端に中庭へ続いている階段があるのを見つける。


「レジーナ、ジェイク、お前達はあそこにある階段を使って中庭に下りてラガット達と合流しろ」

「分かった」

「任せといて」


 指示を受けたジェイクとレジーナはオスクロの方を向いて返事をする。階段はラガット達がいる中庭の角から少し離れた所に続いており、階段を下りた後に走ればすぐに合流できた。


「俺は此処から飛び下りて先にラガット達の救援に向かう。マティーリア、お前も一緒に来い」

「了解した」


 一緒に来るよう言われたマティーリアも真剣な顔で頷いた。レジーナ達に指示を出したオスクロは最後にノワールに視線を向ける。


「ノワール、お前は此処から賢者の瞳を使ってあの大樹の生態を確認しろ。その後に中庭へ下りて魔法で攻撃するんだ」

「分かりました」


 ノワールが返事をするとオスクロはポーチから賢者の瞳を取り出してノワールに渡す。全ての準備が整うと、オスクロはテラスから中庭へ飛び下り、マティーリアも竜翼を広げるとオスクロの後に続いて中庭へ下りて行く。

 レジーナとジェイクはテラスを走って階段に向かい、残ったノワールは賢者の瞳を使用して暴れている大樹に生態を調べ始めた。

 中庭の右下の角にいるラガット達は傷だらけになりながら大樹を睨んでいた。聖王の盾を構えたラガットが前に立ち、その後ろに弓を構えるガントミーと杖を構えるフィリアス、そしてその二人の後ろではロザーナが座り込んでいる。四人の背後と左右は宮殿の壁がある為、側面や背後から攻撃を受ける心配はない。だからラガット達は大樹がいる前だけに集中して防御態勢に入っていた。


「皆、大丈夫!?」

「ああ、こっちは心配ねぇ」


 ラガットが自分の後ろにいる三人の声をかけて状態を確認するとガントミーが苦笑いを浮かべながら答える。余裕の態度を取るガントミーだが、怪我の状態から無理しているのがすぐに分かった。フィリアスとロザーナも似たような状態でそんな三人を見たラガットは僅かに表情を歪める。

 最初、中庭に下りたラガット達はフルールア宮殿の情報を見つける為に中庭を調べていた。だが、中庭の中心にある大樹を調べようとした時、突然大樹が動き出し、同時に地面から無数の蔓が生えて来てラガット達に襲い掛かる。ラガット達は慌てて戦闘態勢に入り応戦した。

 フィリアスとロザーナの補助魔法で身体能力を強化されたラガットとガントミーは戦技を使って大樹や蔓に攻撃した。ところが戦技を使っても大樹には傷を付ける事はできず、蔓は倒す事はできてもまた新しい蔓が地面から出て来てしまう。切りの無い状態にラガットとガントミーは徐々に焦りを見せ始め、そんな二人を援護する為にフィリアスが火属性の魔法で攻撃を仕掛けた。

 火属性の魔法は大樹と蔓に命中し、ラガット達はこれなら大きなダメージを与えられると確信した。しかし、蔓は火属性魔法で黒焦げになったが、大樹の方は殆どダメージを受けておらず、それを見たラガット達は驚愕の表情を浮かべる。そして、黒焦げになった蔓の穴からまた新しい蔓が出て来てラガット達を攻撃した。

 驚いて隙を作っていたラガット達は蔓の攻撃を受け、四人は大きくと殴り飛ばされてしまう。地面に叩きつけられたラガット達は痛みに耐えながら傷を癒す為に一番近くにあった右下の角へ移動し、現在に至るという訳だ。


「ロザーナ、大丈夫?」

「ハ、ハイ、何とか……」


 フィリアスが声をかけるとロザーナは弱々しい声で返事をする。ロザーナは魔法使い系の職業クラスで防御力が低い上に四人の中でレベルが一番低い、その為、四人の中で最も大きなダメージを受けていた。


「ロザーナ、まずは貴女自信の傷を癒しなさい」

「で、でも、まずは前衛のラガットさんを……」

「いいから! 回復担当の貴女が動けなくなったら誰が私達の傷を癒すの!?」

「わ、分かりました……ヒール!」


 怒鳴る様に話すフィリアスを見てロザーナは言われたとおり、自分の胸に手を当てると回復魔法を発動させる。ロザーナの体は光に包まれて彼女の傷は綺麗に治った。

 ロザーナの体の傷が治り、顔色が良くなったのを見たフィリアスとガントミーはとりあえず安心する。ラガットも聖王の盾を構えながらロザーナの見て小さく笑う。


「私はもう大丈夫です。次はラガットさんを……」


 前衛のラガットを治療しようとロザーナは前を見た瞬間、ロザーナの視線にラガットを攻撃しようとする蔓が入り、それを見たロザーナは目を大きく見開く。


「ラガットさん!」

「!?」


 名を叫ばれたラガットは前を向き、自分に襲い掛かろうとする蔓を目にする。その直後、蔓はラガットを叩き潰そうと勢いよく振り下ろされた。

 迫って来る蔓を見たラガットは咄嗟に聖王の盾を蔓に向けた。すると、聖王の盾が水色に光り出し、聖王の盾より二回りほど大きな光の盾が聖王の盾を中心に作り出される。その光の盾によって振り下ろされた蔓はラガットや彼の後ろにいるフィリアス達を傷つける事無く止められた。

 ラガットが使う聖王の盾は光の盾を作り出し、強力な攻撃や攻撃範囲の広い攻撃を防ぐ特殊能力がある。作られた光の盾はとても防御力が高く、上級モンスターの攻撃や魔法を防ぐ事も可能だ。ただし、この特殊能力は一日三回までしか使用できず、三回使ってしまうと日にちが変わらない限り、再び使えるようにはならない。

 特殊能力で蔓が防がれると光の盾は消滅し、聖王の盾は元の状態に戻る。そして、それと同時にラガットは片膝を付き、疲れ切った表情を浮かべた。聖王の盾の特殊能力で蔓は防げたが、特殊能力を使った事でラガットの体力が大きく削られてしまったようだ。


「大丈夫、ラガット!?」


 フィリアスがラガット近づいて声をかけるとラガットはフィリアスの方を向いて苦笑いを浮かべる。


「な、何とか大丈夫……でも、今ので盾の力の最後の一回を使っちゃったから、次の攻撃は止められないね」


 ラガットは聖王の盾の特殊能力を全て使った事をフィリアスに伝え、それを聞いたフィリアスはマズい、と感じて表情を歪めながら大樹の方を向く。ガントミーとロザーナも絶体絶命の状況に少し焦りを見せていた。

 どうすればこの状況を打開できるか、ラガット達が必死に考えていると、先程聖王の盾で止めた蔓が再びラガット達に襲い掛かろうとした。蔓に気付いたラガット達は驚きの表情を浮かべ、フィリアスは自分の魔法で蔓を破壊しようと魔法を発動させる態勢に入る。

 しかし、フィリアスが魔法を発動しようとした時、既に蔓はラガット達を叩き潰そうと振り下ろされていた。迎撃も回避も間に合わず、ラガット達は目を見開いて迫って来る蔓を見つめる。だがその時、突然振り下ろされた蔓がバラバラになり、ラガット達の目の前に落ちた。

 何が起きたのか理解できずにラガット達は呆然としながら蔓の残骸を見つめている。すると、ラガット達の前に二つの人影が背を向けて下り立った。人影の内、一つは両手に短剣を持ち、黒いフード付きマント、仮面を付けた盗賊風の男で、もう一つは黒い刀剣を握り、竜翼を広げる少女だった。


「大丈夫か?」

「……ッ! オスクロさん!」


 目の前に立つ男がオスクロ、もう一人がオスクロの少女が仲間のマティーリアだと知ったラガットは力の入った声を出す。その声からは絶体絶命の自分達を助けてくれたオスクロとマティーリアへの感謝と生き残った事への嬉しさが感じられた。

 フィリアスとガントミーも意外な助っ人の登場に驚きの表情を浮かべており、ロザーナは助けた来た事が嬉しいのか笑みを浮かべている。


「危ないところだったな?」

「あ、ありがとうございます。でも、どうして此処に?」

「デカい音が聞こえたから何か起きたのかと思って駆けつけて来たんだ。そしたら、お前達がデカい木と蔓に襲われているのが見えてな、加勢させてもらったんだ」

「そうだったんですか……」


 オスクロは大樹の方を見ながら自分が中庭にやって来た理由を説明し、それを聞いたラガットは小さく息を吐く。

 同じ七つ星の冒険者が二人加勢してくれる事はとてもありがたい事だが、ラガットはオスクロ達が加勢しても目の前の大樹や蔓には勝てないと感じていた。

 片膝を付いていたラガットはフィリアスの手を借りて立ち上がり、オスクロの背中を真剣な表情で見つめる。


「オスクロさん、加勢してくださる事には感謝します。ですが、このモンスターは僕達の手には負えません。何とかこの中庭を脱出して宮殿の外にいるマーディング卿達に報告しましょう」

「どういう事だ?」

「地面から出てきている蔓は倒す事ができますが、その後に新しい蔓がまた現れて切りが無いんです。そして、あの大樹は戦技やフィリアスの魔法でも大きなダメージを与える事はできませんでした」


 今の状態では大樹や蔓を倒せないとラガットは語り、それを聞いたオスクロとマティーリアは大樹とその周りの蔓を見つめる。


(蔓は倒しても何度も現れる……成る程な、あの大樹を倒さない限り、蔓は無限湧きするって事か)


 オスクロは心の中で蔓が何度も現れる理由に気付くと先に大樹を倒してしまおうと考え、短剣を握る手に力を入れた。


「ラガット、あの大樹は俺達が何とかする。お前達は安全な所へ移動して傷を癒せ」

「えっ?」


 ラガットはオスクロの口から出て来た予想外の言葉に思わず声を出し、フィリアス達もオスクロが大樹を倒すという言葉を聞いて目を見開きながら驚いた。マティーリアはオスクロの答えを聞いて小さく笑みを浮かべている。


「貴方、ラガットの言ったこと分かってるの? あの大樹は私の魔法でもピンピンしてるのよ?」

「そうだぜ? うちのフィリアスはレベル64、人間の限界レベルを越えたレベルを持ってるんだ。そんなフィリアスの魔法でもダメージを与えれない奴をアンタが倒せる訳ねぇだろう」


 フィリアスとガントミーはオスクロを止めようとするが、オスクロは二人の言葉を無視する様に黙って背を向けている。マティーリアはフィリアスのレベルが自分より低いと知ると小さく鼻で笑い、オスクロと同じように大樹の方を向く。そんな二人をラガット達は何を考えているのだと思いながら見ていた。

 オスクロが大樹や蔓を見ていると、階段を駆け下りて来てレジーナ、ジェイクがオスクロとマティーリアの下にやって来た。合流したレジーナとジェイクはボロボロのラガット達を見て、うわあぁ、という表情を浮かべる。自分達が来るまでの間、かなり苦戦していたのだなとレジーナとジェイクは感じていた。


「お前達、俺はこれからあの大樹をぶった切って来る。お前達はラガット達を襲ってくる蔓から守ってやってくれ」

「分かったわ」


 レジーナはオスクロの指示を聞くと笑いながら頷き、ジェイクとマティーリアも小さく笑いながら頷く。ラガット達はオスクロ一人で行かせるレジーナ達の反応を見て更に驚きの表情を浮かべる。


「レ、レジーナさん、オスクロさんを止めてください! あの大樹は普通のモンスターじゃありません、挑んだら間違いなく殺されてしまいます」


 ラガットはレジーナにオスクロを止めるよう話す。自分達が四人全員で挑んでも勝てない相手に一人で勝つ事など不可能だとラガットは思っていた。いや、ラガットだけでなく、普通なら誰でもそう思うだろう。

 心配するラガットを見たレジーナはラガットに近づき、両手に腰を当ててニッと笑う。


「心配ないわよ、あの人は絶対に負けない。それにあたし達にはもう一人心強い味方がいるしね」


 笑いながら話すレジーナを見ているラガット達は言葉の意味が分からずにいる。すると、オスクロ達の頭上から仮面を付けた少年が下りて来て、それを見たラガット達は思わず警戒した。だが、その少年がオスクロの仲間である少年だと気付くとすぐに警戒を解いて安心する。

 オスクロは下りて来た少年、つまりノワールの方を向くと目を薄っすらと赤く光らせた。


「分かったか?」

「ハイ、あの大樹はフルールアツリー、レベル73の上級植物族モンスターです」


 ノワールが賢者の瞳で得た大樹の情報を説明すると、大樹のレベルを聞いたレジーナ達は僅かに目を鋭くし、ラガット達は驚愕の表情を浮かべる。

 レジーナ達はレベル100のオスクロと行動を共にしている為、レベル73と聞いても驚きはしないが、レベル60のモンスターとも稀にしか遭遇しないラガット達は大樹のレベルを聞いて驚きを隠せなかった。


「あの大樹、HPはグリーンターミネーターよりも低いですが、周りの蔓や魔法を使って攻撃してきます」

「近距離と遠距離、どちらでも攻撃できるという訳か……なら、ちょっと本気を出した方がいいかもしれないな」


 オスクロが低い声で呟き、それを聞いたノワールは無言で頷いた。


「俺は接近して短剣で攻撃する。お前は魔法で援護しろ」

「ハイ!」


 返事をしたノワールは持っていたメイスを腰に納め、両手を前に伸ばす。オスクロとノワールの姿を見たレジーナ達は二人が本気を出すと感じて僅かに表情を変えた。


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