第二百七話 巨漢を裁く者達
二階の奥にある広い部屋、そこには大小様々な大きさの絵画が壁に飾られており、その近くには彫刻が置かれてある。ただ、その殆どが埃をかぶり、傷や穴だらけになったガラクタ同然の物ばかりだった。
そんな絵画や彫刻だらけの部屋の中をラガット達、聖刃のメンバーが探索している。見た事の無い絵画や彫刻にラガット達は興味のありそうな表情を浮かべていた。
「……此処は美術室の様だね」
「ええ、雰囲気からして間違いないわ」
壁に飾られている絵画を見ていたラガットは呟き、それを聞いたフィリアスは探索をやめてラガットの方を見ながら答える。ガントミーとロザーナも探索をの手を止めて目の前にある絵画や彫刻に注目した。
「最初にこの部屋に入った時は汚い絵や像ばかり置いてあったから、俺はてっきり物置か何かだと思ってたぜ」
「そうですか? 私はバランスよく絵画や彫刻が飾られてあったので、美術室だとすぐに分かりましたけど……」
ガントミーの方を見ながらロザーナは自分が感じた部屋の雰囲気を語り、それを聞いたガントミーはチラッとロザーナを見ながら黙り込む。この時のガントミーはラガットやフィリアスだけでなく、最年少のロザーナまでが今いる部屋が美術室とすぐに分かったのに観察力の優れたハイ・レンジャーの自分だけが物置だと思っていた事を恥ずかしく思っていた。
自分だけ気付かなかった事を恥ずかしく思い、ガントミーはロザーナから目をそらす。突然目をそらしたガントミーを見てロザーナは不思議そうな顔で小首を傾げる。そんな二人の様子を見ていたラガットは苦笑いを浮かべており、フィリアスは目を細く時ながら呆れた様子でガントミーを見ていた。
ラガット達が落ち着いた雰囲気に包まれていると部屋の外から唸り声が聞こえ、それを聞いたラガット達は一斉に唸り声が聞こえて来た方を向いた。
「……またあの唸り声ですね」
「声の大きさからして、結構遠くから聞こえてきているようだな」
唸り声を聞いたロザーナとガントミーは真剣な表情を浮かべ、ラガットとフィリアスも目を僅かに鋭くして警戒する。
ラガット達は今いる美術室に来る前にも何度か同じ唸り声を聞いており、二階には普通のモンスターよりも危険な存在がいるのだと感じていた。しかし、唸り声が聞こえても声の主がラガット達の前に現れる事は無かったので、ラガット達は唸り声を聞いても少し警戒だけして先へ進んだのだ。
今回もその唸り声が聞こえて来たが、声の大きさから自分達の所にやって来る可能性は低いと考え、ラガット達は戦闘態勢に入る事はなかった。
「何度も聞こえてきますが、あの唸り声の持ち主は今何処にいるのでしょうか?」
「分からないわ、この二階にいる事は間違いないだろうけどね」
「それなら、どうして今まで私達の前に現れなかったのでしょう?」
唸り声を何度も聞いているのにその唸り声を上げた存在と遭遇しない事にロザーナは疑問を抱き、フィリアスも腕を組みながら難しい顔をする。
「もしかすると、僕達以外のチームも二階に上がって来たのかもしれないね」
ラガットが他の冒険者達が二階に来たのかもと口にすると考え込んでいたフィリアスとロザーナがラガットの視線を向ける。
「一階の探索を終えたオスクロさんのチームか天の蝶が二階に上がって来て探索をしている時にあの唸り声の主と遭遇して、戦闘になっているのかもしれない」
「成る程な、それなら今まで俺達の前に現れなかったのも頷けるな」
ガントミーはラガットの考えを聞いて納得の表情を浮かべ、フィリアスもあり得る、と言いたそうにラガットを見ながら頷いている。しかし、ロザーナだけ少し不安そうな顔をしていた。
「あの、私達は行かなくていいんでしょうか? もしどちらかのチームがあの声の主と遭遇して戦闘になっていたとしたら、苦戦する可能性が高いと思います。私達も行って加勢したほうが……」
ロザーナは唸り声の主と遭遇しているかもしれないチームの事が心配で助けに向かった方がいいと語る。プリーストを職業にしている彼女にとっては危険な目に遭っている者を見過ごす事ができなかった。
「大丈夫でしょう? オスクロ達は七つ星冒険者でカトレア達も六つ星冒険者よ。レベル60以上の敵でもない限り苦戦する事は無いわ」
「確かにそうだな。レベル60以上のモンスターと言えばドラゴンの様な上級モンスターぐらいだ。今まで遭遇したモンスターの強さから考えて、この宮殿に強力なモンスターがいるとは思えねぇ」
「そうね、あの唸り声の主がレベル60以上あるとは思えないわ」
心配するロザーナとは正反対にフィリアスとガントミーは不安を見せる事無く普通に答える。ラガットも大丈夫だと思っているのか何も言わずにロザーナを見ていた。
七つ星冒険者として多くの戦闘を経験して来たラガット達はどれくらいのレベルの冒険者ならどんなモンスターに勝てるのか大体分かっていた。七つ星と六つ星の冒険者であればレベル50代半ばまでのモンスターには普通に勝てると分かっている為、ラガット達は唸り声の主と交戦しているかもしれない冒険者達の助けに行く必要が無いと思っていた。
勿論、助けに行くのが面倒だからとか、冒険者の数が減れば財宝を独り占めできるから助けに行かないとか、そんな恐ろしい事は考えていない。ラガット達は共に探索をしているオスクロ達の力を信じているから助けに行かなくても大丈夫だと考えたのだ。
冒険者仲間を信用するラガット達とは逆にロザーナはまだ少し心配そうな顔をしている。唸り声の主の詳しい情報が分からない以上、例え上級の冒険者達でも苦戦するかもしれないと思っているのだ。
「大丈夫だよ、ロザーナ。彼等ならどんな敵と遭遇しても勝てるし、仮にレベル60以上の遭遇したら無茶はせずに後退するさ。彼等を信じて、僕等は自分達の仕事をしよう」
「……分かりました」
ラガットに説得され、ロザーナはとりあえず納得する。ロザーナが納得するとラガット達は再び美術室の探索を再開した。
しばらく部屋の中を探索したラガット達は珍しい薬草や小さな絵画の裏に隠された小型の宝箱を発見した。中には金貨と宝石が入っており、大量の金貨と宝石を見つけてラガットとガントミーは笑みを浮かべる。だが、それ以降は何も見つける事はできなかった。
「隅々まで探したけど、見つけられた宝物はこれだけか……」
「ちぇ、少しは期待してたんだがなぁ」
「やはり、絵画や彫刻を飾るだけの部屋ですから宝物は少ないのかもしれませんね」
足元にある宝箱を見下ろしながらラガットとガントミーは少し残念そうな顔をし、ロザーナは仕方がない、と言いたそうな表情を浮かべていた。フィリアスは財宝を少ししか見つけられなかった事に対して不満は感じていないのか無表情で宝箱を見つめている。
「これ以上此処を調べても宝は見つかりそうにないし、次の部屋へ移動しましょう?」
「そうだな……ん?」
ガントミーはふと美術室の奥で山積みにされている壊れた絵画や彫刻を見て何かに気付く。目を凝らして絵画と彫刻の山を見つめると、その後ろから僅かに扉の一部が見えるのを確認し、ガントミーは目を見開いた。
「おい、あんな所に扉があるぞ」
絵画と彫刻の山を指差しながらガントミーはラガット達に扉の存在を教える。ラガット達はガントミーが指差す方を向き、絵画と彫刻の後ろから少しだけ顔を出す扉を見つけた。
「本当だ、部屋を探索している時は気づかなかったけど、あんな所に……」
「まるで誰かがわざと隠したみたいね」
扉を見ながらラガットは意外そうな表情を浮かべ、フィリアスは僅かに目を鋭くしながら呟く。もしガントミーが気付かなかったら扉を調べる事なく、そのまま美術室を出て行くところだった。
ラガット達は山積みにされている絵画や彫刻に近づくと扉をしっかりと確認する為に前にある絵画と彫刻を一つずつ慎重に退かしていく。絵画と彫刻はどれも重そうな物ばかりなので男であるラガットとガントミーが移動させ、女であるフィリアスとロザーナは少し離れて二人の作業を見ていた。
作業を始めてから数分後、全ての絵画と彫刻を退かし終え、ラガット達の前に扉が姿を見せる。見た目は宮殿内にある扉と同じで、細工などが施されている様子もない。何処にでもあるごく普通の扉だった。
「この扉、何処へ繋がっているのでしょうか?」
「分からねぇ。ただ、絵や像をあんな風に置いて開けられないようにしてあったんだ、この先には何かとんでもない物があるかもしれないな」
「とんでもない物……宝物とかですか?」
ロザーナが尋ねるとガントミーはロザーナの方を見て、さあな、と肩を竦めた。
「とにかく、何があるか分からない以上は警戒した方がいい。全員、戦闘が起きたらすぐに戦えるようにしておいて」
ラガットが騎士剣を抜きながら仲間達に声を掛けると、フィリアス達も自分の武器を強くに握って臨戦態勢に入る。全員が戦える状態になったのを確認したラガットは騎士剣を持つ方の手でドアノブを上手く握り、ゆっくりと回して扉を少しずつ開けていく。
人一人が通れるくらいまで扉が開くと扉を開けたラガットが最初に先へ進み、フィリアス達はその後に続く。扉を潜った先にはテラスがあり、一階にあるフルールア宮殿の中庭を一望する事ができた。
中庭は体育館より少し狭いくらいの広さで四方を宮殿の壁に囲まれており、あちこちに壊れた無数のベンチやテーブル、石レンガなどが散らばっている。そして中庭の中心には大樹が一本だけ生えており、とても殺風景な場所だった。ラガット達がいる二階のテラスはそんな中庭を囲む壁に沿うように作られており、四方どこからでも中庭を眺める事ができるようになっている。
「テラスに繋がっていたのか」
ラガットは周囲を見回してテラスの状態を確認する。壊れている足場やモンスターの姿が無く、安全だと判断するとラガットは騎士剣を下ろし、フィリアス達も警戒を解いた。
「このテラスには気になる様なものは何も無いみたいだな」
「そうね……寧ろ気になるのは、あれね」
フィリアスは中庭の中心にある大樹を見ながら呟き、ラガット達も大樹に視線を向けた。
「あの大樹、最初からあの中庭にあったって訳ではなさそうよ?」
「ああ、周りにあるベンチや石レンガとかの壊れ方からして、後から生えて来たって感じだな」
「きっと、この宮殿が植物に支配された時、もしくはその後に生えて来たんでしょうね」
低い声を出しながらフィリアスは大樹をジッと見つめる。目の前の大樹もフルールア宮殿を今の状態にした原因の一つではないかとフィリアスは思っていた。
「……皆さん! あそこに階段がありますよ」
フィリアスが大樹を見つめていると、ロザーナがテラスの端に中庭へ続いている階段があるのを見つける。ラガット達もロザーナの声を聞いて視線を大樹から階段へ向けた。
「あそこからなら中庭に行けそうだね……ちょっと行ってみる?」
「そうね、もしかしたら何か分かるかもしれないし」
「俺も構わねぇぜ」
「私もです」
全員が中庭に下りてもいいと答え、三人を見たラガットは小さく笑いながら頷く。聖刃は役に立つ情報が手に入る事を願いながら中庭へ続く階段の方へ歩いて行った。
――――――
フルールア宮殿の二階の廊下ではオスクロ達がグリーンターミネーターと交戦していた。オスクロは短剣を構えながら鋭い爪を光らせるグリーンターミネーターと向かい合い、ノワールは離れた所で向かい合うオスクロとグリーンターミネーターを見つめている。レジーナ、ジェイク、マティーリアは自分達の得物を構えながらグリーンターミネーターを睨んでいた。
グリーンターミネーターは目の前のオスクロを見て唸り声を上げ、両腕を大きく振りながらオスクロに突っ込んでいく。大きな体のくせに素早く動くグリーンターミネーターにレジーナ達は表情を歪ませるが、オスクロとノワールは驚く事も慌てる事も無く落ち着いていた。
オスクロの目の前まで近づいたグリーンターミネーターは右手でオスクロに掌底を打ち込む。オスクロはその掌底をかわすと右手の短剣を素早く振り、グリーンターミネーターの腹部に大きな切傷を付けた。反撃を受けたグリーンターミネーターは低い声を上げながら後ろに下がり、痛みが引くとオスクロを鋭い眼光で睨み付ける。オスクロは短剣を構えてグリーンターミネーターを睨み返した。
「結構攻撃したのにまだ動けるのか。やっぱ、イベントクエストのダンジョンに出てくる特殊モンスターは無駄にHPが高いな」
動きが鈍らないグリーンターミネーターの姿を見たオスクロは呟きながら足の位置をずらして次の攻撃に備える。すると、グリーンターミネーターは両腕を勢いよく振りまわしてオスクロに攻撃を仕掛けて来た。迫って来る爪をオスクロは短剣で防ぐが、グリーンターミネーターは攻撃をやめずにオスクロに近づきながら両腕を振り続ける。
近づきながら連続攻撃を繰り出すグリーンターミネーターが鬱陶しくなってきたのか、オスクロは小さく舌打ちをして後ろへ跳び、グリーンターミネーターから距離を取った。
「あんな攻撃までしてくるのかよ、本当に面倒くさい奴だな」
グリーンターミネーターを睨みながらオスクロは短剣を構え直した。だがその直後、グリーンターミネーターは唸り声を上げながら再びオスクロに向かって走り出す。突撃して来るグリーンターミネーターを見たオスクロは足に力を入れ、グリーンターミネーターに向かって跳ぼうとする。すると、グリーンターミネーターの背後から竜翼を広げたマティーリアが現れ、グリーンターミネーターの背中をジャバウォックで攻撃した。
突然背中から伝わる痛みにグリーンターミネーターは声を上げながら急停止し、オスクロも現れたマティーリアを見て少し驚いた反応を見せる。
「押されていると思って加勢したのじゃが、余計なお世話だったかのぉ?」
驚くオスクロを見てマティーリアがニッと笑みを浮かべながら尋ねると、マティーリアを見たオスクロは小さく笑い、首を横に軽く振った。
「いいや、おかげでグリーンターミネーターの動きを止める事ができた。ありがとな」
オスクロが礼を言うと、飛んでいるマティーリアはどこか嬉しそうな顔でオスクロを見下ろす。すると、止まっていたグリーンターミネーターは飛んでいるマティーリアの方を向き、振り返りながら左腕を横に振り、鋭い爪で飛んでいるマティーリアを切り裂こうとする。マティーリアがグリーンターミネーターの攻撃に気付くと後ろへ移動して爪をギリギリで回避した。
攻撃をかわされたグリーンターミネーターはそのままマティーリアを追撃しようとするが、マティーリアに狙いを変えた事で今度はオスクロに背を向ける事になり、その隙を突いてオスクロは短剣でグリーンターミネーターの背中を攻撃した。
再び背中を攻撃されたグリーンターミネーターは痛みと同時に怒りを感じたのか、奥歯を強く噛みしめながらオスクロの方を向く。オスクロは再び自分に敵意を向けるグリーンターミネーターを見て軽く後ろへ跳び、素早く短剣を構え直す。
グリーンターミネーターはオスクロに攻撃をしようと彼に近づいて行く。すると今度はレジーナとジェイクがグリーンターミネーターを挟む様に左右に素早く移動した。
「あたし達もいるって事を!」
「忘れんじゃねぇぞ!」
力の入った声を出しながらレジーナは右から、ジェイクは左からテンペストとタイタンを振ってグリーンターミネーターの脇腹を同時に攻撃した。脇腹から伝わる激痛にグリーンターミネーターは声を上げて僅かによろける。だが、それでもまだ倒れず、左右にいるレジーナとジェイクを爪で串刺しにしようと両腕を上げた。
「拘束の蔓!」
グリーンターミネーターがレジーナとジェイクを攻撃しようとした瞬間、後方に待機していたノワールが右手を床に付けながら叫ぶ。すると、グリーンターミネーターの足元から無数の細長い蔓が出てきてグリーンターミネーターの体に絡みつき、動きを封じた。
<拘束の蔓>はLMFのドルイド系の職業が習得できる能力の一つ。敵の体に蔓を絡みつかせて一定時間動きを封じる事ができる為、敵に一気にダメージを与える時に使える能力である。ただ、対象となる敵のレベルによって動きを封じる時間は変化し、レベルが高い敵は僅か数秒しか動きを封じる事ができない。そしてこの能力は森の様な草が生えている場所でしか使用する事ができないので、LMFではいまいち使い難い能力と言われていた。
グリーンターミネーターは絡みつく蔓を引き千切ろうと体を大きく動かすが、蔓はなかなか千切れない。レジーナとジェイクはその間にグリーンターミネーターから距離を取り、二人が離れた直後、グリーンターミネーターは絡みついていた蔓を引き千切り拘束から解放された。
「やっぱりレベル68の敵は五秒くらいしか拘束できないかぁ……」
ノワールはグリーンターミネーターが蔓を引き千切った光景を見て少し残念そうな声を出す。しかし、上級モンスターの動きを数秒だけでも封じる事ができたので文句は口にしなかった。
体の動きが自由になったグリーンターミネーターは周囲を見回し、自分に攻撃したレジーナとジェイクの立ち位置を確認する。二人はグリーンターミネーターを睨みながら構えており、グリーンターミネーターが攻撃を仕掛けて来てもすぐに対処できるようにしていた。そんな中、グリーンターミネーターはレジーナの方を向くとゆっくりと彼女に近づいて行く。どうやらレジーナに狙いを付けたようだ。
レジーナは自分に近づいて来るグリーンターミネーターを睨みながらテンペストを逆手に持ち直して中段構えを取る。その直後、歩いていたグリーンターミネーターは突然走り出して一気にレジーナとの距離を縮めた。突然走り出したグリーンターミネーターを見てレジーナは表情を鋭くして回避行動を取るタイミングを計ろうとする。すると、左の方から火球が飛んで来てグリーンターミネーターに命中した。
火球が命中した事でグリーンターミネーターは炎に包まれ、グリーンターミネーターは炎の熱さに苦しみ体を大きく動かす。レジーナが火球が飛んで来た方へ向けると、遠くから右手をグリーンターミネータ―に向けているノワールの姿があった。先程の火球がノワールからの援護魔法だと知ったレジーナは小さく笑いながら手を振り、無言でノワールに礼を伝える。ノワールも手を振るレジーナを見て軽く手を振り返した。
グリーンターミネーターの体を包む炎が消えると、熱さから解放されたグリーンターミネーターは後ろに二歩下がってから片膝を付く。ノワールの魔法でかなりのダメージを受けたようだ。動きが止まったグリーンターミネーターを見てレジーナは軽く後ろへ跳んで距離を取る。そして、オスクロは目を薄っすらと赤く光らせながらグリーンターミネーターに向かって勢いよく跳んだ。
「これで終わらせるぜ!」
力の入った声を出しながらオスクロはグリーンターミネーターの背後に周り、短剣を握る手に力を入れた。
「ダブルスラッシュ!」
オスクロはハイ・レンジャーの能力を発動させると右手の短剣を素早く振ってグリーンターミネーターの背中を二回連続で切った。背中を切られたグリーンターミネーターは声を上げてながらその場に俯せに倒れ込む。
倒れた直後は何とか立ち上がろうとしたが、体に力が入らないのか何度やっても上手く立ち上がる事はできない。それからしばらくは立ち上がろうとする動作を繰り返していたが、結局一度も立ち上がれず、再び俯せに倒れ、グリーンターミネーターはそのまま動かなくなった。
「……どうやら倒したようだな」
動かなくなったグリーンターミネーターを見たオスクロはゆっくりと短剣を握る手を下ろし、ノワールはグリーンターミネーターに向けていた両手を下ろす。
レジーナとジェイクは倒したと言葉をオスクロの口から聞くと緊張が解けたのかその場に座り込む。飛んでいたマティーリアもゆっくりと床に下り立ち、竜翼をしまいながら軽く息を吐く。長いようで短かった攻防が終わり、三人はようやく心に余裕を持つ事ができた。
オスクロは動かなくなったグリーンターミネーターを黙って見つめている。普通なら倒したモンスターの死体は崩れ、その中からドロップアイテムが出てくるのだが、目の前のグリーンターミネーターの死体はいつまで経っても崩れない。オスクロはそれが気になっていた。
「……どうして崩れない? 今まで遭遇したモンスターはすぐに死体が崩れたのに……特殊モンスターであるコイツの場合は死体が崩れないのか?」
グリーンターミネーターの死体を見つめながらオスクロは短剣を鞘に納める。LMFでフルールア宮殿を攻略していた頃はグリーンターミネーターと戦った事が無かったので、倒した後になぜ死体が崩れないのか理由が全く分からなかった。
「マスター、天の蝶の人達はどうしますか?」
オスクロが考え込んでいるとノワールが駆け寄って来てカトレア達の死体をどうするか尋ねる。グリーンターミネーターの死体が崩れない理由も気になるが、今はカトレア達の死体を何とかしようとオスクロは一度グリーンターミネーターの事を考えるのをやめた。
「……とりあえず一ヵ所に集めろ。コープスフラワーが湧いて出て、寄生する可能性があるから布か何かでしっかりと死体を包んでおけ」
「分かりました」
ノワールは振り返って遠くにあるカトレア達の死体の方へ走って行く。既にレジーナ達はカトレア達の死体を一ヵ所に集めており、それを見たオスクロもレジーナ達を手伝う為に彼女達の方へ歩き出した。
数分後、死体を集め終えたオスクロ達は天の蝶のメンバーの死体を布で包んで横一列に並べる。死体の上には彼女達が使っていた武器を置き、オスクロ達は死体を黙って見つめた。
もう少し早く駆けつけていたら彼女達は助かったかもしれない、レジーナとジェイクは少し申し訳なさそうな顔をしている。しかし、マティーリアは冒険者をやっている以上は今回の様な展開が起きても仕方がない、と考えており、無表情で死体を見つめていた。オスクロとノワールもマティーリアと同じ考え方をしており、仮面の下で無表情を浮かべている。
「……兄さん、死体はどうするの?」
「とりあえず、安全な部屋を見つけてそこに置いておこう。その後は探索を再開し、時間が来たらクランデットの連中の時と同じ様に宮殿の外へ運ぶ」
レジーナはオスクロの方を向いて小さく頷き、ジェイクとマティーリアも文句は無いのか黙ってオスクロを見ている。オスクロ達はこの時、探索する事以外にも先に奥へ向かった聖刃に天の蝶が全滅した事を伝える為に奥へ進もうと思っていた。
オスクロ達はカトレア達の死体を置いておく部屋を見つける為に奥へ進もうと振り返る。すると、さっきまで倒れていたグリーンターミネーターの死体が消えており、オスクロ達は僅かに驚いた反応を見せた。
「嘘、死体が消えてる?」
「お、おい、何処行っちまったんだ?」
レジーナとジェイクは目を見開きながらグリーンターミネーターの死体を探すが、何処にも死体は無い。今までのモンスターと同じように死体が崩れた様子もなく、レジーナとジェイクは動揺した表情を見せる。
オスクロは小さく声を漏らしながら死体があった場所を見つめている。そんな彼の隣にノワールとマティーリアがやって来て同じように死体のあった場所を見つめた。
「……どうやらアイツは完全に死んでなかったみたいだな」
「ハイ、恐らくHPをゼロにすると一定時間動かなくなり、時間が経つと死体が消えてまた何処かに現れるようになっているのでしょう」
「倒してもまた別の場所に現れ、遭遇したら襲って来るって事か……チッ、ほんっとうに面倒だな」
ノワールの考えを聞いたオスクロはグリーンターミネーターが特殊なモンスターと呼ばれる理由を知って小さく舌打ちをする。倒しても蘇り、遭遇したらまた襲い掛かって来る、ある意味で非常に厄介なモンスターと言えた。
「若殿、どうする? また遭遇したら先程と同じように戦うか?」
「そうだな……状況によっては戦わないといけないかもしれないが、戦いを避ける事ができるのなら避けた方がいいだろうな。俺とノワールはともかく、あんな奴と何度も戦うのはお前達にはちとキツイだろう?」
「……まあ、正直に言うと、あれほどのモンスターと何度も戦うのは御免じゃな」
普通のモンスターよりも強く、情報の少ないLMFのモンスターと戦うのはしんどいのか、マティーリアは戦いたくないと正直に答える。オスクロもレジーナ達の体力を考えると何度も戦わない方がいいと考えた。
「それなら、もし次に奴と遭遇した場合、逃げる事ができるのなら逃げる事にしよう。もし、戦わないといけない状況だった場合は俺とノワールが相手をする」
「分かった、レジーナとジェイクにはそう伝えておく」
マティーリアはグリーンターミネーターと再び遭遇した時にどうするかをレジーナとジェイクに伝える為に二人の下へ移動する。二人は未だにグリーンターミネーターの死体が消えていた事に動揺し、少し慌てた様子を見せていた。
それからオスクロ達はカトレア達の死体を置いておく部屋を探す為、カトレア達の死体を運びながら二階の奥へ進む。マティーリアから再びグリーンターミネーターと遭遇する可能性があると聞かされたレジーナとジェイクは警戒しながら歩いて行く。特にレジーナは誰が見ても分かるくらい不安そうな顔をしていた。
歩き始めてから数分、オスクロ達は廊下の左側に一つの扉があるのを見つける。オスクロは扉の数m前でノワール達を止め、ノワール達は一斉に立ち止まる。カトレア達の死体はノワールの魔法によって宙に浮いており、ノワール達が立ち止まると死体もゆっくりと床に下りた。
「あの部屋の中を調べてくる、お前達は此処で待ってろ」
「分かりました」
一人で部屋の様子を調べて来ると言うオスクロを見てノワールは返事をし、レジーナ達もオスクロを見て頷く。
オスクロは腰の短剣の一本を抜き、右手で持ちながら扉に近づく。扉の前までやって来ると顔を扉に近づけて部屋の中から音が聞こえないかを調べ、何も聞こえないのを確認するとゆっくりと扉を開けて中の様子を窺う。部屋の中にはモンスターの姿は無く、今まで探索した部屋と比べたら少しは綺麗な部屋だった。
部屋の中が安全である事を確認するとオスクロは遠くにいるノワール達の方を向いて手招きをする。それを見たレジーナ達は部屋の方に歩いて行き、ノワールもカトレア達の死体を魔法で浮かせてレジーナ達の後を追った。
ノワール達と合流するとオスクロは扉を全開させて部屋の中に入り、ノワール達もそれに続く。部屋は縦8mに横10mほどの広さで部屋の左端にはキングサイズのベッドや大きめの本棚、反対側には高級そうな机やドレッサー、そして中央にはソファーとテーブルが置かれてあった。
「今までの部屋と比べたら随分と高級感のある部屋ね?」
「雰囲気から王族、しかも女が使っていた部屋みてぇだな」
「……もしや事はこの宮殿の女王の部屋かもしれんぞ」
部屋の中を見回しながらレジーナ達は思った事を口にする。オスクロも黙って部屋を見回しており、ノワールは運んで来てカトレア達の死体を床に置いてから部屋の中を確認する。
「マスター、どうやらこの部屋は安全エリアのようですね」
「ああ、此処からモンスターが湧いて出る事も、外から侵入してくる事もないだろう」
オスクロとノワールは今自分達がいる部屋が安全な場所である事を確認すると、フルールア宮殿に入ってから一度も解かなかった警戒心を初めて解いた。レジーナ達は落ち着いた様子のオスクロとノワールを見て少し意外そうな顔をする。
LMFには様々なダンジョンが存在し、その中には簡単には攻略できない大規模なダンジョンなども存在する。そのようなダンジョンにはモンスターに襲われる事無く休息を取る事ができる安全エリアと呼ばれる物が幾つか存在しており、ある程度ダンジョンを攻略したプレイヤーはその安全エリアに立ち寄り、HPやMPの回復や装備の調整などを行う。中には転移魔法などで一度拠点に戻り、装備やアイテムを整えてから再び安全エリアに転移して攻略を再開する者もいた。
オスクロ達が攻略しているフルールア宮殿も攻略が難しいダンジョンなので、今いる部屋の様な安全エリアが幾つか存在している。しかし、今まで攻略して来た一階はモンスターのレベルが低く攻略するのが簡単だったので安全エリアが無く、オスクロ達は安全エリアを見つける事無く二階の奥までやって来たのだ。
ある程度部屋を確認したオスクロは短剣を鞘に納め、レジーナ達の方を歩いて行く。ノワールもオスクロの後に続いてレジーナ達の下へ向かった。
「この部屋にはモンスターが侵入してくる事は無い。死体を置いといても問題は無いはずだ」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、心配ない。俺達も少し此処で休憩してから探索を再開しよう」
オスクロの言葉を聞いたレジーナはオスクロが大丈夫だというなら本当に大丈夫なのだろう、と感じて小さく息を吐く。ここまで緊張が続いており、ようやく安全な場所に来れてホッとしたようだ。ジェイクとマティーリアも安心したのか持っている武器を下ろして一息つく。緊張が解けた三人を見てオスクロとノワールは小さく笑った。
それからオスクロ達はしばらく体を休め、今後どのように探索をするかを話し合う。そして話し合いが済むとオスクロ達は部屋の中を調べ始める。安全エリアでも財宝が隠されている事があるので念の為に確認しているのだ。
レジーナとマティーリアはキングサイズのベッドや本棚を調べ、オスクロとノワールは中央のテーブルやソファーを調べている。そしてジェイクは高級そうな机を細かく調べていた。
「んん?」
机を調べていたジェイクが机の中央にある一冊の本を手に取る。それは机の上に並べられている他の本とは少し雰囲気が違っており、ジェイクはその本に重要な事が書かれているかもしれないと感じていた。
本を開いて中身を確認するが、やはり書かれてあるのは日本語でジェイクには全く読めなかった。
「兄貴、ちょっとこれを見てくれ」
ジェイクは本の内容を確認する為に文字が読めるオスクロに声をかけた。呼ばれたオスクロは探索をやめてジェイクのところへ歩いて行く。
「何だ、それは?」
「机の上に置いてあったんだ。他の本とは少し雰囲気が違って見えたから開いてみたんだが、読めねぇから兄貴に読んでもらおうと思ってな」
申し訳なさそうな苦笑いを浮かべながらジェイクは見つけた本を差し出す。本を見たオスクロは興味が湧いたのかしばらく本を見つめた後、本をジェイクから受け取って最初のページを開いた。
「……これは」
最初のページに書かれてある文章を少し黙読したオスクロは何かに気付いて声を漏らす。ジェイクはそんなオスクロを見てどうしたんだ、と言いたそうな顔をした。
「何何、どうしたの?」
オスクロの声を聞いたレジーナがオスクロとジェイクの下に移動し、ノワールとマティーリアも何を見つけたのか気になり近づいて来た。
ノワール達が集まるとオスクロはノワール達の方を向いて持っている本を見せた。
「これは日記だ」
ジェイクが見つけた本が何なのか聞かされ、ノワール達は一斉に意外そうな表情を浮かべた。