第二百六話 蝶を狩る巨漢
時は少し遡り、オスクロ達が書斎の様な部屋で重要書類を探し始めた頃、右の道を選んだ天の蝶は広めで天井の高い廊下を歩いていた。先頭にはカトレア、後ろには女神官、その後ろには女レンジャーと女魔法使いが横に並んで歩いている。
一階よりも危険度の高い二階を探索する為、カトレア達は警戒しながら先へ進んでいるが、モンスターの気配は感じないので少しだけ安心していた。
「今のところは、大丈夫ね」
「油断しちゃダメよ? 一階を調べてた時の様に天井から突然モンスターが落ちてくる可能性だってあるんだから」
「分かってるわよ。だからちゃんと天井も警戒しながら進んでいるわ」
女レンジャーの忠告にカトレアは笑みを浮かべながら返事をする。カトレアの態度を見た女レンジャーと女魔法使いは本当に分かってるのか、と思いながら呆れた顔を浮かべており、女神官も苦笑いを浮かべながらカトレアを見ていた。
「それにしてもカトレア、今回はどうして聖刃が探索していない右側を選んだの? アンタの性格なら聖刃が先に探索した安全な左側の道を選ぶと思ったのに」
前を歩くカトレアを見ながら女レンジャーはカトレアに尋ねる。一階を探索する時は危険度の低い場所を選んだのに今回は未探索で左に道よりも危険度の高い右の道を選んだ理由がどうしても分からなかったのだ。女魔法使いと女神官もどうしてカトレアは危険な方を自ら選んだのか不思議に思っていた。
女レンジャー達が不思議に思いながらカトレアを見ていると、先頭を歩いていたカトレアは立ち止まって女レンジャー達の方を向く。
「確かに先に聖刃が探索した方は危険度も低いだろうし、進んで行けば聖刃と合流できるから危険は少ないわ。だけど、一階を調べる時に既に損する道を選んじゃったから今回は多少危険でもまだ誰も探索してない方を選ぼうと思ったのよ」
最初に損する道を選んだのだから今度は得をする道を選んだ、と言う単純な理由をカトレアから聞いた女レンジャーは答えが予想できていたのか、呆れた顔で肩を落とした。他の二人も何となく分かっていたのかお互いの顔を見合って少し呆れた顔をする。
「それに一階は誰も探索してない場所だったからあれだけの宝物を手に入れる事ができたけど、二階は既に聖刃が探索して宝物を回収しているはずよ? そんな状況で聖刃がいる方の道を選んだら宝物を手に入れる事なんてできないわ」
「確かに、聖刃がいる方の道の宝物は先に探索した聖刃が回収しているでしょうし、そっちの道を選んでも後から探索を始めた者は宝物は回収できないでしょうね」
「探索に体力を使うだけで宝物は何も手に入れられない、まさに損するだけ」
聖刃が探索している方の道を選んでも財宝は何も手に入れる事はできないというカトレアの話を聞いて女レンジャーと女神官は納得した様な反応を見せる。
今回の仕事では探索する場所で発見された財宝は発見した冒険者チームの物となり、その財宝はそのまま発見したチームの追加報酬となる。だから財宝を多く見つければそれだけ大量の追加報酬を手に入れる事ができるので、冒険者達の殆どは財宝を見つける事に強くこだわっていた。
「此処まで来たんだから、私達も少しぐらい欲を出してもバチは当たらないでしょう? だから今回は多少危険でも珍しい宝物が手に入る可能性が高い右の道を選んだのよ」
「成る程、貴女らしいわね」
ニッと笑っているカトレアを見て女魔法使いは呟き、女レンジャーと女神官も無言でカトレアを見つめている。
カトレア達、天の蝶もクランデット程ではないが財宝を手に入れる事に執着しており、どのチームよりも多くの財宝を手に入れようと考えていたのだ。だが、それでも本来の目的であるフルールア宮殿の探索と先行した冒険者達の捜索は忘れていない。その事もちゃんと考えながら探索をしている。
「さて、それじゃあ、もう少し奥を目指しましょう。もしかしたら隠し扉とがあって、魔法の武器みたいな超珍しいアイテムが手に入るかもしれないしね」
「まったく、仕方がない子ね」
前を向いて再び歩き出すカトレアを見ながら女レンジャーは苦笑いを浮かべ、女魔法使いと女神官も苦笑いを浮かべて歩いて行くカトレアの後を追った。
カトレアは少々ずる賢いところがあるが冒険者としての強さや注意力は一流だ。そして、彼女のずる賢さのおかげでこれまで何度も窮地を脱して来た為、仲間達はそんなずる賢いカトレアの事を信頼している。だから天の蝶のメンバーの中でカトレアを悪く思っている者は一人もいなかった。
長い廊下をしばらく進んで行くと先頭のカトレアが100mほど先に扉がある事に気付く。その扉は鉄製で鎖と南京錠で固く閉ざされており、明らかに普通とは違う雰囲気の扉だった。
扉を目にしたカトレアは意外そうな表情を浮かべ、後ろにいる三人も興味のありそうな顔で扉を見つめている。
「ねえねえ、あの扉……」
「ええ、明らかに今までの扉とは違うわ」
カトレアは扉を見つめながら笑みを浮かべ、女レンジャーも真剣な顔で扉を見ている。あの厳重に閉ざされた扉の先には絶対に何かある、彼女達の冒険者の感がそう言っていた。
「もしかしたら、もの凄い宝物があるかも」
「そうかしら? もしかしたら宝物じゃなくて、何かとんでもない物が保管されているかもしれないわよ?」
女魔法使いは財宝があると考えて楽しそうな表情を浮かべ、女神官は何か恐ろしい物が保管されているのではと不安な表情を浮かべた。二人の言葉を聞いた女レンジャーは僅かに表情を鋭くして扉を見つめている。
「まぁ、何にせよ、調べてみないと分からないわ。とりあえず、扉の前まで移動しましょう?」
「大丈夫なの?」
「平気よ。宝物だったら回収すればいいし、もしヤバそう物が入ってたら触らずにそのままにして先に行けばいいわ。勿論、何が起きてもいいように最低限の警戒はしておくつもりよ」
何も考えずに近づこうとは思っていないカトレアを見て女神官は少し安心し、女レンジャーと女魔法使いも最低限の警戒をするのなら構わないと言いたそうな顔をする。
カトレアは扉の向こうには何があるのだろう、と楽しみにしながら扉の方へ歩いて行き、女レンジャー達もカトレアと後を追う様に扉の方へ歩いて行く。扉に近づくまでの間にモンスターの襲撃を受ける可能性があるので、歩いている間もカトレア達は周囲への警戒を怠らなかった。
周囲や天井に注意しながら歩いて行き、カトレア達は扉の50m手前までやって来た。近づくにつれて扉の形状や鎖の太さ、南京錠の大きさなどがハッキリと分かるようになり、それらを見たカトレア達は相当厳重に閉ざされていると知って表情を鋭くする。
カトレア達は扉の向こうには何があるのか考えながら扉へと近づいて行く。すると、突然扉が大きな音を立てながら動き出し、それを見たカトレアは立ち止まって腰の剣に手を掛ける。女レンジャー達も咄嗟に自分達の武器を強く握って警戒した。
「何っ?」
「分からないわ。内側から何かが扉にぶつかっているみたいだし、宝物ではなさそうね……」
女レンジャーが弓矢を構えながら扉を睨み、女神官はやっぱり宝ではない、と不安そうな顔をしながらロッドを握った。
カトレア達が会話をしている間も扉は大きな音を立て、鎖や南京錠も激しく揺れている。何者かが扉を無理矢理開けようとしている、そう確信したカトレア達はゆっくりと動いて戦闘態勢に入ろうとした。その直後、扉は轟音を立てながら破壊され、大きく凹んだ扉は床に叩きつけられる。鎖の欠片や南京錠も床に散らばり、それを見てカトレア達は驚きながら警戒心を最大にした。
扉を睨みながら何が起きたんだ、と思いながらカトレア達が構えていると、扉の中から何かがゆっくりと出て来た。それは身長3m近くはある上半身裸の大男で白髪の短髪に若苗色の肌をしている。目は白く濁っており、右肩、左胸、背中には五枚の花弁を持つ紫色の花が付いていた。膝の所まで破れたボロボロの革製のズボンを穿いており、靴は履いておらず裸足で歩いている。そして両手は僅かに肥大しており、十本の指からは鋭く尖った爪が生えていた。
「な、何よアイツ?」
カトレアは現れた大男を見て目を見開きながら驚く。女レンジャー達もカトレアと同じように驚きながら大男を見つめている。
「アイツが何なのかは分からないけど、一つ言えるのは人間じゃないって事よ」
「じゃあ、アイツもモンスターなの?」
僅かに動揺を見せながらカトレアは剣を強く握り、女レンジャーも弓を構えて大男に狙いを付ける。女魔法使いは杖を構えていつでも魔法を発動できるようにしており、その隣では女神官がオスクロから貰った羊皮紙を取り出して目の前の大男の情報がないか調べていた。
「……ダメ、あの大男の事は書かれてないわ」
「と言う事は、あれはオスクロさん達も遭遇した事の無いモンスターって事ね……」
「ええ、しかも今まで私達が戦って来たモンスターとは明らかない雰囲気が違う……間違いなく手強いわよ」
「クッ! 皆、気を付けて!」
中段構えを取りながらカトレアは仲間達に警告し、仲間達も警戒心を強くして大男を鋭い目で見つめる。
カトレア達が戦闘態勢に入ると、大男はカトレア達の存在に気付き、ゆっくりと彼女達の方を向く。大男に気付かれた事でカトレア達は微量の汗を掻きながら体勢を少し変えて大男を睨みつける。大男はその場を動かずにジッとカトレア達を見つめており、しばらくすると天井を見上げながら大きな唸り声を上げた。
唸り声を上げた大男にカトレア達は驚いて思わず後ろに下がる。そして次の瞬間、大男はカトレア達に向かって走り出した。
――――――
唸り声を聞いたオスクロ達は廊下に出て、唸り声を上げた存在を探す。だが、廊下にはオスクロ達以外は誰もおらず、オスクロ達は不思議に思いながら周囲を見回した。
「さっきの唸り声、一体何だったんだ?」
ジェイクがタイタンを握りながら周囲を警戒する。先程の唸り声は明らかに人間の物ではなかったので、モンスターが現れたと考えて戦闘態勢に入ったのだ。レジーナとマティーリアもテンペストとジャバウォックを強く握りながら、周囲や天井を調べている。
「何処にもモンスターの姿が無いみたいだけど……」
「じゃが、さっきの唸り声の大きさからして、遠くにいる訳ではなさそうじゃ……きっとこの近くにおる、気を抜くなよ?」
「分かってるって」
マティーリアの忠告を聞いたレジーナはめんどくさそうな声で返事をしながらテンペストを構える。マティーリアもジャバウォックを構え直して唸り声を上げたモンスターの気配を探す。
レジーナ達がモンスターの居場所を調べている後ろではオスクロとノワールが三人と同じように唸り声を上げたモンスターを探している。二人は近くに声の主がいないと感じているのか、武器を構えていなかった。
「……マスター、僕が思うに、さっきの唸り声の主はこの辺りにはいないと思います」
「ああ、俺もそう思う。もし近くいるのなら廊下に出る前に俺かお前が気配に気付くはずだからな」
「となると、唸り声の主は僕達がいる左の道の更に奥、もしくは天の蝶の人達が調べている右の道の方にいる、と言う事になりますね」
唸り声を上げたモンスターはオスクロ達がいる道の奥かカトレア達が調べている方の道にいると考えるノワールは仮面を上げて難しい顔をしながら考え込む。
オスクロもノワールの想像どおり、奥か右の道のどちらかにいると思っていた。だが、どちらにいるのか分からず、腕を組みながら俯いて考える。すると、再びさっきと同じ唸り声が聞こえ、オスクロ達は唸り声が聞こえた方、自分達が通って来た道の方を向いた。
「兄貴、あっちから聞こえて来たぜ!」
「俺達が通って来た方向から聞こえた、と言う事は……」
「声の主は天の蝶が調べている方にいるって事ですね」
モンスターがカトレア達が調べている方にいると分かり、ノワールか上げていた仮面を下ろしてメイスを構える。レジーナ達も自分達の得物を構え直して唸り声が聞こえた方を睨んだ。
二度も唸り声が上がったと言う事はモンスターがカトレア達と遭遇し、戦闘を行っている可能性がある。どんなモンスターかは分からないが、六つ星冒険者チームである天の蝶なら大丈夫だとオスクロ達は考えていた。
「……うああああああぁっ!!」
大丈夫だと思った矢先、突然若い女の悲鳴が廊下に響き、それを聞いたオスクロ達は驚いて一斉に反応する。
「今のは!?」
悲鳴を聞いたジェイクの顔に緊張が走り、レジーナは目を見開いて来た道の方を見つめている。
「若殿、様子がおかしいぞ」
「ああ、分かっている。皆、行くぞ!」
カトレア達に何か遭ったと直感したオスクロはカトレア達の救援に向かう為に来た道を走って戻り、ノワール達もオスクロに続いて来た道を走って戻っていく。
長い廊下を走ってオスクロ達はカトレア達と別れたT字路に向かう。仮面で顔を隠しているオスクロとノワール以外の三人は全員鋭い表情を浮かべながら走っている。すると再び若い女の悲鳴が聞こえ、オスクロ達は反応した。
「……急げ!」
オスクロは走りながらついて来るノワール達を急かし、ノワール達はオスクロを見ながら無言で頷く。オスクロ達は更に走る速度を上げてカトレア達の下へ向かった。
同時刻、カトレア達はボロボロの状態で大男と向かい合っていた。カトレアは剣を構えながら大男を睨んでおり、その体の至る所には擦り傷や打撲の痕がある。傷の中には出血しているものもあり、カトレアは体中の痛みで表情を歪ませていた。
女レンジャーと女魔法使いも体のあちこちに傷を負っているがカトレアほどではない。二人とも軽い傷だけで重傷と言えるほどの怪我はしていなかった。そして、女神官は体に何かで切り裂かれた様な四つの大きな傷を負っており、目を開けたまま仰向けで倒れて絶命している。
倒れている女神官の姿を見たカトレアは奥歯を噛みしめて大男の方を向いて鋭い目で睨み付ける。大男はゆっくりと歩きながらカトレア達に近づいて行き、その右手の爪には血が付着していた。どうやら女神官は大男の爪で切り裂かれた殺されたようだ。
「どうするのよ、カトレア!?」
「このままだと全滅よ!」
女レンジャーと彼女の右隣にいる女魔法使いが前衛のカトレアに力の入った声で話しかける。カトレアは大男を睨んだままゆっくりと剣を構え直し、足の位置を僅かにずらした。
「私が戦技を叩きこむから、二人は後方から援護して!」
「何言ってるのよ! こんな奴に勝てるはずないじゃない。此処は逃げてオスクロさん達に救援を……」
「ダメよ! アイツの動きを見たでしょう? このまま逃げてもすぐに追いつかれるわ。確実に逃げる為にはコイツに強烈な攻撃を叩きこんで怯ませないと!」
「……分かったわ」
カトレアの言うとおり、安全に逃げるにはまず相手を怯ませて動きを封じるしかない、そう考えた女レンジャーは弓を構え、女魔法使いも杖を横にして魔法を発動させる態勢に入る。
仲間達が攻撃準備を終えたのを確認したカトレアは剣に気力を送り込んで刀身を橙色に光らせる。戦技を発動させる準備が整うと、カトレアは大男に向かって走り出す。傷のせいで体中に痛みが走るが、生き延びる為にカトレアは必死に耐える。
大男は走って来るカトレアを濁った目で見つめながら左腕をゆっくりと上げ、カトレアが目の前まで近づいて来た瞬間に左腕を勢いよく振り下ろして攻撃する。カトレアは素早く右へ跳んで振り下ろしを回避し、大男の左側面に回り込んだ。
「連牙嵐刺撃!」
カトレアと得意の戦技を発動させて大男の左腕、左脇腹に連続突きを放つ。突きは全て大男に命中し、それを見たカトレアはこれなら怯むだろうと感じた。ところが大男は殆どダメージを受けておらず、何事も無かったかのようにゆっくりとカトレアの方を向く。
攻撃が通用していない事にカトレアは驚き、咄嗟に後ろへ跳んで距離を取る。大男は離れたカトレアの後を追う様に歩き出し、カトレアは近づいて来る大男を睨みながら剣を構え直す。
「鉄貫撃!」
女レンジャーは戦技を発動させてカトレアに近づこうとする大男を攻撃した。紫色に光る矢は大男の右腕の上腕部に刺さり、矢を受けた大男は足を止めて女レンジャーの方を向く。
「火炎弾!」
大男が女レンジャーの方を向くと、女レンジャーの隣にいた女魔法使いが大男に向かって火球を放つ。火球は大男の胴体に命中すると爆発し、大男は炎に呑み込まれる。それを見たカトレア達はよし、と小さな笑みを浮かべた。
しばらくすると炎が消え、大男の姿が見えるようになってきた。しかし、大男の体には無数の火傷や焦げ目が付いているが大きなダメージを受けた様子は見られず、その光景を見たカトレア達は驚愕の表情を浮かべる。
「う、嘘でしょう? 火属性の魔法を受けても怯まないなんて……」
「マズいわよ、カトレア。一旦下がって態勢を……」
女レンジャーがカトレアに後退するよう伝えようとした、次の瞬間、大男は女レンジャーと女魔法使いに向かって走り出し、右手を大きく横に振って女レンジャーを張り飛ばした。
「うわあああっ!」
攻撃を受けた女レンジャーは背中から床に叩きつけられて仰向けに倒れ、飛ばされた女レンジャーを見た女魔法使いは驚きのあまり固まってしまう。そんな女魔法使いを大男は容赦なく右手の甲で殴り、女レンジャーの様に殴り飛ばす。
女魔法使いは壁に叩きつけられ、背中を壁で擦りながらその場に座り込む。大男は座り込む女魔法使いにゆっくりと近づき止めを刺そうとした。すると、最初に攻撃を受けた女レンジャーが痛みを堪えながら立ち上がり、大男の背中に矢を放ち攻撃する。
矢を受けた大男はゆっくりと振り返り、濁った目で女レンジャーを見つめる。そして、素早く女レンジャーの目の前まで近づき、右手の爪で女レンジャーの体を引き裂く。女レンジャーは体の激痛に声を上げながら仰向けに倒れ、目を開けたまま動かなくなった。
女レンジャーが殺された光景を見た女魔法使いは恐怖を感じながらも立ち上がって体勢を直そうとする。だが、大男は女魔法使いに体勢を直す隙を与えまいと一瞬にして彼女の前まで迫った。
「ま、待って……」
目の前の大男に女魔法使いは思わず助けを求める。しかし、大男は女魔法使いの言葉が理解できないのか、右手の爪で女魔法使いの体を刺し貫いた。
致命傷を負った女魔法使いは目を大きく見開きながら吐血し、持っている杖を床に落としてそのまま息絶えた。
「う、嘘……二人が、こんなにアッサリ……」
遠くから仲間が殺される光景を見ていたカトレアは声を僅かに震わせながら愕然とする。いくら目の前の大男が強くてもここまで簡単に仲間が倒されてしまうとは思ってもいなかったのだろう。
カトレアが驚いていると、大男はカトレアの方を向いて右腕を勢いよく横に振った。すると腕を振った勢いで貫かれていた女魔法使いの死体が抜けてカトレアの方へ飛んで行き、カトレアに勢いよくぶつかる。カトレアは仲間が殺された事に驚いていた為、反応に遅れてしまい、飛んで来た死体を避ける事ができなかった。
死体とぶつかった事でカトレアは仰向けに倒れてしまい、持っていた剣も落としてしまう。カトレアは痛みに耐えながら自分の上にある仲間の死体を退かして起き上がろうとする。だが、カトレアの前には倒れている自分を見下ろす大男の姿があり、その姿を見たカトレアは固まってしまう。そんなカトレアを大男は容赦なく爪で串刺しにした。
「がああぁっ!」
腹部を貫かれたカトレアは激痛の声を上げる。だが、まだ諦めていないのか震える手を伸ばして落ちている自分の剣を拾おうとした。しかし、剣との距離がある上に致命傷を負った為、とても拾う事はできない。カトレアは仲間を殺された事、何もできずにやられてしまった事を悔しく思い、僅かに涙を流しながら意識を失った。
カトレアが動かなくなると大男は腹部に刺さっている爪を引き抜いてカトレアを黙って見下ろす。するとそこへ唸り声と悲鳴を聞きつけて来たオスクロ達がやって来る。
「こ、これは……」
ジェイクは目の前の光景を見て目を見開く。無惨に殺されてしまっているカトレア達、そして彼女達の死体を黙って見下ろしている若苗色の肌をした大男、目の前の光景を見たオスクロ達は此処で何が起きたのかすぐに理解した。
「チッ、遅かったか」
マティーリアは救援が間に合わなかった事を悔しく思い舌打ちをする。レジーナとジェイクも僅かに表情を歪ませて倒れるカトレア達の死体を見ており、オスクロとノワールも酷い傷が付いているカトレア達を無言で見つめていた。
大男はオスクロ達の存在に気付くとオスクロ達を見つめながら大きな唸り声を上げ、オスクロ達も突然唸り声を上げる大男を警戒する。
「マスター、あの大男……」
「ああ、例の特殊なモンスター、つまり魔法使い達に改造された将軍だろう」
目の前の大男の正体が羊皮紙に書いてあった将軍だと考えるオスクロは短剣を構え、ノワールもメイスを構える。レジーナ達も自分達の得物を構えながら遠くにいる大男を睨み付けた。
オスクロ達が戦闘態勢に入ると、大男はオスクロ達に向かって走り出す。オスクロは走って来る大男を見つめながら短剣を持っていない方の手をポーチに入れ、片眼鏡のマジックアイテム、賢者の瞳を取り出してノワールに渡した。
「ノワール、俺が奴の相手をする。その間にそれで奴の名前やレベルを確認しろ」
「ハイ!」
賢者の瞳を受け取ったノワールは力の入った声で返事をし、オスクロは大男の方を向いて足の位置を僅かにずらす。レジーナ達はオスクロの邪魔にならないよう、構えたままノワールの近くで待機している。
オスクロは走って来る大男を見つめると足に力を入れ、勢いよく大男に向かって跳んだ。オスクロと大男はお互いに迫ってくる相手に向かって突っ込んでいい、大男は爪を、オスクロを短剣を光らせる。そして、すれ違う瞬間にオスクロと大男は短剣と爪を大きく振った。
すれ違い、お互いに背を向けた状態でオスクロと大男は立ち止まる。その光景をノワール達は動かずにジッと見つめていた。すると、大男の脇腹から血が噴き出し、大男は痛みで声を上げながら片膝をつく。すれ違った時にオスクロに短剣で切られたようだ。
一方でオスクロは大男の爪を受けた様子は無く、何事も無かったかのように体勢を直して大男の方を向いた。大男は脇腹の痛みが少し和らいだのかゆっくりと立ち上がり、振り返ってオスクロを鋭い目で睨み付ける。
「おいおい、兄貴の攻撃を受けて立ち上がれるのかよ?」
オスクロの攻撃を受けて倒れない大男を見てジェイクは大きく目を見開く。レジーナとマティーリアも攻撃を受けてすぐに立ち上がった大男のタフさを目にし、驚きの表情を浮かべていた。
レジーナ達が驚いていると、賢者の瞳を使って大男の情報を調べていたノワールが賢者の瞳を持っている手をゆっくりと下ろす。その直後、賢者の瞳は高い音を立てて消滅した。どうやら大男の情報を得る事ができたようだ。
「マスター、分かりました! 名前はグリーンターミネーター、このフルールア宮殿にのみ出現するレベル68の植物族モンスターです。特殊な能力や技術はありませんが、物理攻撃力と防御力、HPがレベル68とは思えないくらい高いです」
ノワールから大男の名前と情報を聞いたオスクロは大男を警戒しながらノワールの方を見る。レジーナ達も大男のレベルと身体能力の事を聞いて驚きの反応を見せながらノワールを見ていた。
オスクロは短剣を構えながら自分の方に歩いて来るグリーンターミネーターを見つめる。特殊な攻撃能力や技術が無い事を聞いて厄介な敵ではないと分かったが、異常なくらい高い物理攻撃力と防御力、そしてHPを持っているので油断はできなかった。
次にどんな攻撃をして来るか、オスクロがグリーンターミネーターを見ながら警戒していると、ゆっくりと歩いていたグリーンターミネーターが再びオスクロに向かって勢いよく走り出す。そして、オスクロに近づくと鋭い爪の生えた右手で貫手を放つ。オスクロは素早く右へ移動して貫手をかわすと、短剣でグリーンターミネーターの左上腕部を切る。グリーンターミネーターは切られた箇所から血を流し、苦痛の声を上げた。
グリーンターミネーターが怯むとオスクロは大きくノワール達のいる方へ跳んで距離を取る。オスクロは遠くにいるグリーンターミネーターを警戒しているとノワール達がオスクロの下に駆け寄り、オスクロと同じようにグリーンターミネーターを警戒した。
「やるわね、アイツ。兄さんの攻撃を二度喰らってもまだ倒れないなんて……」
「流石はこの宮殿にしか現れない特殊なモンスター、だな」
テンペストとタイタンを強く握りながらレジーナとジェイクは微量の汗を流す。暗黒騎士ダークとしての本来の力を出してないとは言え、オスクロの攻撃を二度受けても倒れないグリーンターミネーターに対して少し焦りを感じているようだ。
ノワールとマティーリアはレジーナとジェイクの様に焦りは見せておらず、普通に黙ってグリーンターミネーターを見つめている。そして、オスクロは久しぶりに手応えのありそうな敵と遭遇した事で少し戦いを楽しんでいる様な様子だった。
「……さて、次はどうするんじゃ、若殿?」
「そうだな……折角だから全員でアイツと戦ってみるか。一体の強力なモンスターに全員で戦う事も経験しておいた方がいいだろうからな」
全員でグリーンターミネーターと戦うと言うオスクロの言葉にマティーリアは興味が湧いたのかほおぉ、という顔をし、レジーナとジェイクは少し驚いた反応を見せてオスクロを見ている。
オスクロは腰に納めてあるもう一本の短剣も抜き、両手で短剣を握りながらグリーンターミネーターを見つめる。グリーンターミネーターもゆっくりとオスクロ達の方を向いてゆっくりと近づいて来た。
「アイツの相手は俺がする。お前達は俺を援護する形で攻撃してくれ」
「わ、分かったわ」
指示を聞いたレジーナはテンペストを構え直し、ジェイクとマティーリアもタイタンとジャバウォックを構えてグリーンターミネーターに視線を向ける。
「ノワール、お前はレジーナ達に補助魔法を掛けろ。もしグリーンターミネーターがレジーナ達を狙って来たら魔法で攻撃してレジーナ達を守れ」
「分かりました」
ノワールは仮面の下で真剣な表情を浮かべながら頷き、メイスを腰に納めると両手を前に伸ばして魔法を使う態勢に入った。
本来であればレジーナ達よりも主人であるオスクロを優先的に援護するのだが、そのオスクロの命令であればノワールは迷わず従う。何よりもレベル100のオスクロがグリーンターミネーターに負けるとは思っていなかった。
「物理攻撃強化拡散! 物理防御強化拡散! 移動速度強化拡散!」
ノワールは補助魔法を発動させてレジーナ、ジェイク、マティーリアの物理攻撃力、物理防御力、移動速度を強化した。レジーナ達の体は補助魔法を掛けられた事で薄っすらと光り、自分に補助魔法が掛かったのを確認したレジーナ達はグリーンターミネーターに視線を向けて戦いに集中する。
「……よし、それじゃあ、始めるとするか」
オスクロは短剣を握る手に力を入れ、グリーンターミネーターを見つめながら目を赤く光らせる。グリーンターミネーターはオスクロ達を見るとまた大きな唸り声を上げた。