第二百五話 未知の領域へ
冒険者達がフルールア宮殿の中を探索している時、宮殿の外ではマーディングやセルメティア王国の騎士達が冒険者達の無事を祈りながら待っていた。クランデットと同じようにモンスターにやられているのでは、そう不安を感じながらマーディングは半開きの扉を見つめている。
マーディング達の後ろではアリシアとファウが扉を見つめており、二人の後ろでは黄金騎士達がピクリとも動かずに横一列に並んで待機している。
「……皆さんが宮殿に入ってもうすぐ一時間が経ちますね」
「ああ」
「皆さん、大丈夫でしょうか?」
ファウは隣にいるアリシアにオスクロ達が大丈夫か小声で尋ねる。アリシアはチラッとファウの方を見た後に再び扉の方を向いて口を動かす。
「心配ないさ、ダーク達なら必ず無事に戻って来る」
「でも、この宮殿はダーク様でも攻略できなかった場所なのでしょう?」
「それは昔のダークの話だ。今のダークはレベル100、神の匹敵する力を持っているんだ。絶対に大丈夫だ」
マーディング達に聞こえないようにアリシアは小声で話し、ファウはまだ少し不安そうな顔でアリシアを見ながら話を聞いている。
「それにダークは完全に攻略する為にLMFの情報をかなり細かく調べたらしいからな。この宮殿も攻略してくれるはずだ」
「そ、そうでしょうか……」
「大丈夫だ、絶対にな」
ファウの方を向いてアリシアは微笑み浮かべ、そんなアリシアの笑顔を見たファウは少し意外そうな表情を浮かべる。アリシアの笑顔からはダークの事を誰よりも強く信じているという気持ちが感じられ、ファウはアリシアが本当に大丈夫だと思っているのだと知った。
アリシアは腕を組みながら再び視線を扉に向け、ファウも同じように扉の方を見た。二人はしばらく扉を見つめていたが、ファウは視線だけを動かしてアリシアの横顔を見つめる。
「……あのぉ、アリシア軍団長」
「何だ?」
声を掛けられたアリシアはファウと同じように視線だけを動かしてファウの方を向く。ファウはアリシアが自分を見ている事を確認するとしばらくアリシアの顔を見てからゆっくりと口を開いた。
「ずっと前から訊こうと思ってたんですけど……アリシア軍団長って、ダーク様の事をどう思ってらっしゃるんですか?」
「どう、とは?」
質問の意味が分からずにアリシアは訊き返す。するとファウは視線だけでなく、顔も動かしたアリシアの方を向いた。
「もしかして、ダーク様に好意を抱いてらっしゃるんですか?」
ファウの口から出た言葉を聞いてアリシアはファウを見ながら黙り込む。だが、しばらくするとファウの言葉の意味を理解し、顔を徐々に赤くしていく。
「な、ななな、何を言い出すんだいきなりっ!」
誰が見ても動揺していると分かるような反応を見せながらアリシアは声を上げる。そんなアリシアの声を聞いて扉を見ていたマーディングやセルメティア騎士達は一斉にアリシア達の方を向いた。
「アリシアさん、どうかしましたか?」
「あ……い、いいえ! 何でもありません!」
マーディングが不思議そうな顔で尋ねるとアリシアはマーディングの方を向いて苦笑いを浮かべる。僅かに顔を赤くしているアリシアを見てマーディング達は小首を傾げるが、何でもないならそれでいいと思ったのか再び扉の方を向いた。
何とかマーディング達を誤魔化せた事にアリシアは安心したのか小さく息を吐き、そんなアリシアを見てファウは呆然としていた。アリシアが予想以上の動揺を見せたのでファウも驚いたのだろう。
「ど、どうしてそんな事を訊く?」
「え、え~っと……」
アリシアはまだ僅かに顔を赤くしながらファウの方を見て小声で尋ねる。呆然としていたファウもアリシアに声を掛けられて我に返り、苦笑いを浮かべながら自分の頬を指で掻く。
「アリシア軍団長、ダーク様が宮殿に入られる前にとても心配されていましたし、頭を撫でられた時もとても恥ずかしそうにしていましたから……」
「それは別に不思議な事でもないだろう。仲間を心配するのは当然だし、人前で頭を撫でられれば誰だって恥ずかしがる」
「でも、あの時のアリシア軍団長の反応、何だか普通の女の子みたいでしたから」
「……それは遠回しに私が普通の女ではないと言っている様に聞こえるのだが?」
目を細くしながら僅かに低い声を出すアリシア。ファウはアリシアの機嫌を損ねてしまった事に気付き、目を見開きながら首を横に振る。
「い、いいえ! 私は別にそう言うつもりじゃ……そ、それでどうなんですか? ダーク様の事、好きなんですか?」
強引に話題を変えたファウをアリシアはジト目で見つめる。だが、別にそれほど気にもしていないので話題を戻そうとはしなかった。
アリシアは扉の方を向くと小さく俯きながら目を閉じて黙り込む。ファウは俯いているアリシアを見ながら答えるのを待つ。だが、先程のアリシアの反応を見てファウは何となく答えが分かっていた。しかし、直接アリシアの口から聞いてみたくて彼女が答えるのを待っているのだ。
しばらくするとアリシアは顔を上げてゆっくりと口を動かした。
「……確かに、私はダークに好意を抱いている」
隠す事もせずに素直に認めたアリシアを見てファウは少し驚いた顔をする。アリシアの性格からてっきり好意は無いと答えると思ってたいのだろう。
「意外ですね、てっきり騎士である私には異性に恋をする暇は無い、とか言うと思ったんですけど」
ファウの言葉にアリシアは僅かに表情を歪ませる。昔の自分も同じような事を言っていたので、今の状態で言われると少し複雑な気分になってしまう。
「確かに昔の私もそんな考えをしていた。だが、母から人を愛するのに騎士の立場など関係ない、と言われてな。自分の考え方が古い事に気付いたのだ」
「そうだったんですか……それで、ダーク様に想いを伝えたんですか?」
ダークに告白したのか、ファウが尋ねるとアリシアは再び顔を赤くして俯く。その姿を見たファウはまだ何も言ってないと直感した。
「伝えてないんですね……それなら、私が先に伝えようかなぁ? ダーク様に好きですって」
「はあぁっ!?」
ファウの言葉にアリシアは目を見開きながら声を出してファウの方を見る。自分以外の女がダークに告白する、それを聞いたアリシアは驚きと焦り、そして今まで感じた事の無い不快感を感じた。
「……冗談ですよ」
アリシアを見ながらファウはニッと笑いながら言い、それを聞いたアリシアは呆然とする。だが同時に今まで感じていた不快感などが消え、強い安心感に包まれた。
「ふ、ふざけるのもいい加減にして、ちゃんと仕事に集中しろ」
「ハイ」
落ち着いたアリシアは前を向き直し、ファウはそんなアリシアを見て笑いながら返事をする。
ファウは冗談と言っていたが、彼女も本当はダークに対して好意を抱いていた。ただ、その好意はアリシアの様な女としての好意ではなく、一人の男を尊敬する存在としての好意である。ダークの事を心酔するファウにとってダークは偉大な存在、そんなダークの傍に付いて彼の役に立ちたい、そんな感情をファウは抱いていたのだ。
形は違えど、ファウもアリシアと同じようにダークに想いを寄せていた。ファウはアリシアにとってある意味で強力なライバルになると言えるだろう。
同時刻、自分達の担当場所の探索を終えたオスクロ達はフルールア宮殿のエントランスに向かって廊下を移動していた。当然、誰一人負傷する事も無く、全員が無傷の状態だ。
「やっと終わったわね」
「ああ、思ったよりも時間が掛かっちまった」
少し疲れた様な顔をしながらレジーナとジェイクは歩いており、マティーリアは二人と違って疲れた様子は一切見せずに無表情を浮かべていた。三人の後ろを歩いているオスクロとノワールは仮面を付けているので顔は見えない。
広間の探索を終えた後、オスクロ達は更に奥へ進んで幾つかの部屋を探索し、使えそうな薬草やアイテムを見つける事ができたがモンスターとも遭遇してしまい戦闘になってしまう。しかし、全て下級モンスターか弱い中級モンスターだったので苦戦する事無く勝利する事ができた。
担当していた場所を探索し、オスクロ達は多くのアイテムを回収する事に成功した。金貨や宝石、ポーションを調合するのに使う薬草、植物に効果がある草滅水、他にも色んなアイテムが手に入ったが、マジックアイテムの様な珍しいアイテムは手に入らなかったのでレジーナ達は満足していない。
不満に思っていたレジーナ達にオスクロが一階では珍しい物は手に入らないと説明すると、それを聞いたレジーナ達はとりあえず納得し、二階へ向かう為にエントランスに向かっていたのだ。
「二階にはもっといいアイテムがあるといいわねぇ」
「……アイテムもよいが、妾達はこの宮殿の事を調べる為、そして先行した者達を救助する為に来た事を忘れるな?」
「分かってるわよ、相変わらず真面目なんだから」
注意するマティーリアの言葉にレジーナは少し低い声で返事をする。もう少し肩の力を抜いて気楽にできないのか、レジーナはマティーリアを見ながら心の中でそう思っていた。
「……俺達はこの後、エントランスから二階に上がって探索をする訳だが……俺はLMFにいた頃、フルールア宮殿の二階の入口近くまでは行った事があるが、二階の奥には行った事が無い。つまり二階の構造がどうなっているのか、どんなモンスターが現れるのかは俺にも分からないって事だ」
オスクロが前を歩くレジーナ達を見ながらこれから向かう二階の情報が無い事を伝え、それを聞いたレジーナ達は歩きながら後ろにいるオスクロの方を向く。いよいよオスクロも知らない未知の領域に足を踏み入れるのだと感じ、三人は少し緊張していた。
「分かっていると思うが二階に出現するモンスターは一階のモンスターよりも強いぞ? 奥に進めば進むほど強力なモンスターが出てくるのがLMFのダンジョンの常識だからな。最深部には英雄級の実力者でも苦戦するモンスターも出てくるはずだ、油断するなよ?」
「ああ、分かってるぜ」
「無茶だけは絶対にしないわ」
「二階に入ったらこれまで以上に慎重に探索するつもりじゃ」
忠告を聞いてジェイクとレジーナは小さく笑いながら返事をし、マティーリアも真剣な顔で答える。三人は事前に途中からフルールア宮殿の情報が無い事、上級モンスターの様な強力な敵と遭遇する事は聞いていたので取り乱すような事は無かった。
「まぁ、イザとなったら僕とマスターが本気を出して戦いますので、皆さんは自分の身を第一に考えてください」
ノワールが仮面を上げ、笑顔を見せながらレジーナ達に語り、そんなノワールを見たレジーナとジェイクは小さく笑ったまま、分かったと頷く。
オスクロは今回の依頼を今の姿のまま完遂しようと思っていたが、レジーナ達の身に危険が迫ったら完遂の仕方などにはこだわらず、ノワールの言うとおり、暗黒騎士ダークの姿となって本気で戦おうと思っている。オスクロにとっては完遂する事よりもレジーナ達の命の方が大切だった。
会話をしながら廊下を歩いていたオスクロ達はようやくエントランスに続く扉の前までやって来た。先頭にいたレジーナが扉を開けてオスクロ達はエントランスに入る。エントランスはラガット達と別れた時と何も変わっておらず、誰かがフルールア宮殿に入って来た形跡も外に出た形跡もない。
何も変化のないエントランスをオスクロ達が眺めているとエントランスの右側の扉が開く。オスクロ達が視線を扉に向けると、扉の向こうからカトレア達、天の蝶の冒険者達がエントランスに入って来た。天の蝶も自分達の担当場所の探索を終えてエントランスに戻ってきたようだ。
「あら、貴方達も戻って来たのね」
オスクロ達の存在に気付いたカトレアは小さく笑い、他のメンバーもオスクロ達の無事な姿を見て安心したのか笑みを浮かべる。勿論、オスクロ達も天の蝶が無事なのを知って安心した様子を見せた。
「お疲れ様、何か凄いアイテムはあった?」
レジーナがカトレアに探索の成果を尋ねるとカトレアはニッと笑いながら後ろを親指で指す。オスクロ達が視線をカトレアの後ろに向けるとカトレアの後ろには女レンジャーが宝箱を持っている姿があり、女レンジャーは少し重そうな顔をしながら宝箱を両手で持っていた。
カトレアは振り返って女レンジャーに宝箱を下ろさせると蓋を開け、中身を確認した後にオスクロ達を手招きして呼んだ。呼ばれたオスクロ達はカトレア達の下へ移動して宝箱の中を確認するとそこには大量の金貨や宝石が入っており、それを見たカトレア、ジェイク、マティーリアは目を見開いて驚く。
「す、凄いわね。アンタ達の方にはこんなのがあったの?」
「まあね、最初に調べた部屋にあって見つけた時は皆で大はしゃぎよ」
「いいわねぇ、あたし達の方はちょっと金貨や宝石があっただけだったわ」
レジーナは苦笑いを浮かべながら自分達には大した成果は無かった事を話す。天の蝶は七つ星冒険者であるオスクロ達が自分達よりも回収した財宝の量が少ない事を知り、少し意外そうな顔をする。てっきり自分達よりも多くの財宝を手に入れたのではと思っていたのだ。
それからカトレア達は宝箱以外に手に入れたアイテムなどをオスクロ達に見せ、オスクロ達も自分達の手に入れたアイテムなどを見せてお互いに簡単な成果報告をし合う。報告が済むとオスクロ達は二階へ続く階段の前に移動して階段を見上げた。
「さて、これから俺達は聖刃の後を追って二階へ向かう訳だが……カトレア、お前達はどうする?」
オスクロがカトレアの方を向いてこの後どうするか尋ねるとカトレアは目を閉じながら胸を張る。
「勿論、私達も行くわよ。二階には一階よりも凄い財宝があるはずだからね」
「そうか、見つけた宝はどうする? 一度外に運ぶか?」
「いいえ、このエントランスに置いておくわ。いちいち外に運びに行くのも面倒だし」
そう言ってカトレアは一階で見つけた宝箱を階段の近くに置き、仲間達の方を向いて、行くわよと目で伝える。女レンジャー達も休まずにそのまま二階へ行く気らしく、カトレアを見ながら無言で頷いた。
オスクロ達は休息を取らずに続けて探索をする天の蝶を黙って見ている。別に彼女達に来てもらいたくないとは思っておらず、カトレア達が行きたければそれでいいと思っていた。
全員が二階の探索へ向かう事が決まるとオスクロ達は階段を上って二階へ移動する。階段を上がるとオスクロは二階の奥へ続く二枚扉をゆっくりと開けた。扉の向こうは少し天井が高い一本道の廊下となっており、オスクロ達とカトレア達は固まって廊下を歩き、奥へと進んで行く。
しばらく廊下を歩いて行くと一同はT字路に差し掛かり、レジーナとジェイク、カトレア達は右の道と左の道、どちらを選ぶか考える。するとオスクロが姿勢を低くして床の隙間から生えている草を調べ、ノワール達はそれを黙って見ていた。
「……左の道の草が踏まれた跡がある。どうやら先に来た聖刃は左の道を選んだらしい」
「と言う事は、左の道を進めば聖刃の人達と合流できるって事ですね」
「そう言う事だ」
聖刃が左の道を進んだ事を確認したオスクロはゆっくりと立ち上がり、ノワールは左の道を見つめる。レジーナ達やカトレア達も聖刃の選んだ方を知って僅かに表情が変わった。
「カトレア、お前達はどちらの道を選ぶ? 俺達はお前達が選ばなかった方の道で構わない」
「え? また私達から選んでもいいの? 宮殿に入った時も貴方達は残り物を選んだじゃない」
「別に構わない」
普通に答えるオスクロを見てカトレアは驚き、まばたきをしながらオスクロを見ている。ノワールは他人に先に選ばせるオスクロを仮面の下で微笑みながら見ており、ジェイクとマティーリアもオスクロを見ながら欲が無いな、と思っているのか苦笑いを浮かべていた。ただ、レジーナだけは今回は先に選んでもよかったのに、と思っているのか少し不満そうな顔をしている。
カトレアは仲間とどちらの道を選ぶか相談し、しばらく話し合うと答えが出たのかカトレアはオスクロの方を向いて真剣な表情を浮かべた。
「それじゃあ、私達は右の道を選ばせてもらうわ。最初は聖刃に二階の探索権を譲っちゃったから、今回は聖刃が行っていない場所、つまり未探索の場所がある方を選びたいの」
「なら、俺達は聖刃がいると思われる左の道だな」
「……もう一度訊くけど、本当に左でいいの? 貴方達、この宮殿に入ってずっと損な選択ばかりしてたじゃない」
「別に損はしていない。俺達は残った方でいいと思ったからそうしただけだ。それに一度探索された場所でもしっかり調べれば見落とされた隠し通路や宝が結構あるからな」
「そ、そう? 貴方達がそれでいいって言うなら、私達もそれでいいけど」
まったく欲が感じられないオスクロの答えを聞いてカトレアはオスクロが何を考えているのか分からずに変に思う。だが、自分達に先に好きな方を選ばせてくれたのでそれで満足なのか、あまり深く考えたりしないようにした。
それからオスクロ達と天の蝶は二手に分かれ、自分達が探索する道を歩いて行く。
天の蝶と別れたオスクロ達は長い廊下を固まって歩いている。T字路で別れてからここまでモンスターとは遭遇しておらず、順調に進む事ができた。
「……兄さん、よかったの? 天の蝶にまだ未探索の右の道を譲っちゃって? 未探索の方がいい宝物が手に入るかもしれないのに」
「別にいいさ。俺達の目的はLMFのダンジョンであるこのフルールア宮殿がどうしてこの世界に現れたのかを調べる事、お宝を手に入れるのはついでだ。他の冒険者達に譲っても問題無い」
「宮殿が現れた理由を調べるって言うのは分かってるけど、あたし達も少しぐらいは宝物を回収してもいいんじゃない?」
レジーナは少しムスッとしながら歩いて不満を口にする。そんなレジーナを見てジェイクとマティーリアはやれやれ、と言いたそうな顔で首を横に振った。
そんな会話をしながらしばらく歩くとオスクロ達は一つの部屋の前にやって来た。部屋の中から気配を感じ、オスクロ達は武器を握りながら扉を見つめる。オスクロがドアノブをゆっくりと回して扉を開けると、中は書斎の様な部屋でボロボロの机と本棚が二つ置かれていた。そして部屋の中央にはヒューマノイドプラントが二体、オスクロ達に背を向けて立っている。
部屋からは他にモンスターの気配は無く、視界に入っている二体のヒューマノイドプラントだけのようだ。他にモンスターがいないと知ったオスクロは扉を開けると中に入り、素早くヒューマノイドプラントに近づいて短剣で二体のヒューマノイドプラントを切り捨てる。切られたヒューマノイドプラントは何が起きたのか気付く事無く倒れ、そのまま動かなくなった。
オスクロは倒れたヒューマノイドプラントが二体とも死んだ事を確認すると短剣を鞘に納め、外にいたノワール達も警戒を解いて部屋に入り、部屋の中を見回す。
「此処は、雰囲気からして書斎のようですね」
「書斎なら何かこの宮殿の情報が書かれた書物があるかもしれねぇな」
ジェイクは一番近くにある本棚を見ながらフルールア宮殿の情報が得られるかもと考えて小さく笑う。確かにダンジョン内になる本棚を調べればそのダンジョンの事を何か知る事ができかもしれない。更にフルールア宮殿が異世界に現れた情報も可能性は低いが見つかるかもしれないとオスクロ達は思っていた。
「でも、先に来た聖刃がもう回収してるかもしれないわよ?」
「いや、それはあり得んと思うぞ? この宮殿内にある書物は全部若殿の世界の文字で書かれてあるからな、例え重要書類を見つけても聖刃の連中には内容は理解できん」
「つまり、字が読めないから重要書類かどうかも分からないので聖刃が回収する事は無いって事?」
「そのとおりじゃ。だからこの部屋に宮殿の事が書かれた書物が残っている可能性は高い」
「そっか……じゃあ、とりあえず此処にある本棚を調べてみましょう」
そう言ってレジーナは目の前にある本棚を調べて重要書類を探し始め、オスクロ達も分かれて二つある本棚を細かく調べた。ただ、LMFの文字、つまり日本語を読む事ができるのはオスクロとノワールだけなので、実際はオスクロとノワールの二人だけで情報が書かれた重要書物を探している様なものだった。
調べ始めてから十分が経過し、レジーナは面倒くさくなったのか本棚に寄り掛かりながら座り込んでいる。ジェイクも目が疲れたのか目頭を押さえながら小さく俯いていた。オスクロとノワール、マティーリアは疲れを一切見せずに本棚に並べられている本を調べている。
マティーリアは持っている本を調べ終えると次の本を調べようと別の本を本棚から取ろうとする。すると、本と本の間から一枚の羊皮紙が出て来て床に落ちた。マティーリアは落ちた羊皮紙を拾って書かれてある内容を確かめるが、やはり日本語で書いてあり、マティーリアには何と書いてあるか分からない。
「若殿、これを見てくれ」
隣にいるオスクロにマティーリアは拾った羊皮紙を差し出す。オスクロはマティーリアが持っている羊皮紙を受け取ると書かれてある内容を黙読し始める。
「何か見つかりましたか?」
オスクロが羊皮紙を見ている姿を見てノワールはオスクロの下に駆け寄った。休憩していたレジーナとジェイクもオスクロのところへ移動し、彼が持っている羊皮紙を確認する。もっともレジーナとジェイクも日本語は読めないので何と書いてあるか分からなかった。
しばらく羊皮紙の内容を黙読していたオスクロは目を薄っすらと赤く光らせる。目を光らせるオスクロを見てノワール達は何か重要な事が羊皮紙に書かれてあったのではと感じた。
「マスター、何かこの宮殿に関する事が書いてあったのですか?」
「……ああ、確かに宮殿に関わる重要な事が書いてあった。ただ、どうしてこの宮殿がこの世界に来たのか、この宮殿がどうして植物に支配されてしまったのかなどは書かれていない」
「じゃあ、何と?」
ノワールはオスクロを見上げながら書かれてあった内容を尋ねる。するとオスクロは羊皮紙を持っている手をゆっくりと下ろし、自分の周りにいるノワール達に視線を向けた。
「この宮殿には普通のモンスターとは違う特殊なモンスターが存在するらしい。この羊皮紙にはその特殊なモンスターについて書かれてあった」
「特殊なモンスター?」
今まで遭遇して来たヒューマノイドプラントなどとは違うモンスターがいると聞いてレジーナは訊き返す。ノワール、ジェイク、マティーリアも普通とは違う敵が宮殿内に存在していると知って僅かに反応を見せる。
「このフルールア宮殿が植物に支配される前、此処には女王が住んでおり、国民達から慕われていたというのは前に話したな?」
以前話したフルールア宮殿の事を再確認する様にオスクロはノワール達に尋ね、ノワール達はオスクロを見ながら無言で頷いた。
「女王は多くの国民達や貴族達から慕われていた。だが、この宮殿で魔法の研究をしている魔法使い達は女王の事を野心の無い愚かな女だと見下しており、女王から権力を奪取しようと企んでいたようだ」
オスクロは嘗てフルールア宮殿にいた女王とその女王を蔑む魔法使い達の事を語り、ノワール達はそれを黙って聞いている。
マティーリアが見つけた羊皮紙には特殊なモンスターの事以外にも植物に支配される前のフルールア宮殿の事が少しだけ書かれており、それを読んだオスクロはノワール達にその事を説明したのだ。
「権力奪取を企む魔法使い達は色々と手を尽くしたが、女王には心から信頼する将軍がおり、その将軍が女王を守り、魔法使い達に企みを阻止していたようだ」
「将軍、ですか?」
「ああ、魔法使い達は次第にその将軍の事も目障りに思うようになり、女王よりも先にその将軍を何とかしようと考えた。魔法使い達は将軍の隙を突いて彼を捕らえ、密かに開発していた特殊な魔法薬を将軍に摂取させたんだ。すると、将軍の体は変異を始め、見る見るモンスターへと変わってしまった」
「モンスター? もしかして、特殊なモンスターと言うのは……」
「そうだ、その魔法使い達に改造された将軍の事だ」
特殊なモンスターの正体が嘗てフルールア宮殿にいた女王の信頼する将軍だと知り、ノワールは仮面の下で驚きの表情を浮かべる。レジーナ達も驚いて目を見開きながらオスクロを見ていた。
オスクロが話しているのはLMFで設定されていたフルールア宮殿を舞台とした物語の内容の一部である。LMFではイベントクエストが発生するとこうした細かい設定が付くようになっていた。理由はイベントクエストをより楽しむ為だ。レジーナ達には設定などと言えないので過去に宮殿内で起きた事件と言う事にして説明している。
LMFにいた頃、ダークはフルールア宮殿の攻略を途中でやめてしまった為、特殊なモンスターの設定を知らなかった。勿論、使い魔であるノワールも知らず、今回の攻略で二人は初めてその設定を知ったのだ。
「魔法使い達はモンスターに改造した将軍を使って女王を脅し、権力を奪おうと考えた。そして、もしそれでも女王が権力を捨てなければ、モンスターと化した将軍を使って女王を暗殺しようと思っていたらしい」
「酷い連中ね」
「……ところが、改造された将軍は凶暴化し、魔法使い達でも操る頃ができない状態だったらしく、結局使えなくなり、この宮殿の何処かに監禁してそのまま放置されたそうだ」
「権力を得る為に勝手に改造しておいたくせに、使えなくなったら放っておくって、救いようのない連中ね、その魔法使い達」
レジーナはあまりにも勝手な行動をする魔法使い達に苛立ちを感じ、腕を組みながら険しい顔をする。ジェイクも同じように不機嫌そうな顔をしており、オスクロは設定上の人物を憎むレジーナとジェイクを見て複雑な気分になった。
「モンスター化した将軍の力は強力で普通の人間には倒せない、解き放たれたら全てが破壊されてしまうろう、と羊皮紙には書いてある」
「成る程……それにしても随分と細かく書かれてあったのぉ?」
「恐らく、この羊皮紙を書いたのがその将軍を改造した魔法使いの一人なんだろう。そして、書いたのはいいが何処にしまっておけばいい分からずにこの部屋の本棚に隠したってところじゃないか?」
持っている羊皮紙をヒラヒラと揺らしながらオスクロは語り、マティーリアは羊皮紙をジッと見つめながら成る程、と納得の反応を見せる。同時に意外と間抜けな魔法使いだとマティーリアは感じた。
「マスター、その将軍、つまり特殊なモンスターが何処に監禁されているのかは書かれてあったんですか?」
「いや、それは書いていなかった。多分、監禁場所を書く事まで気が回らなかったんだろう」
特殊なモンスターがどうやって作られたのか、何の為に改造したのかなどは記録しているのに監禁場所は書いていなかった事を知り、ノワールは呆れたのか俯いて首を横に振る。オスクロは呆れるノワールを見ながら心の中でイベントの設定だから仕方がない、と思いながら仮面の下で苦笑いを浮かべた。
「それで兄貴、そのモンスターは何て名前でどんな力を持ってるんだ?」
ジェイクが特殊なモンスターの生態について尋ねるとオスクロはもう一度持っている羊皮紙を確認する。
「ちょっと待てよ。さっき見た時にモンスターの事が少し書いてあったんだ……ああぁ、これだな。え~っと、名前は……」
オスクロが特殊なモンスターの名前を見つけ、それを読み上げようとする。だがその時、何処からか大きな唸り声が聞こえて来た。
「何だ?」
唸り声を聞き、オスクロ達は一斉に廊下の方を向いた。