第二百二話 怪植物との戦い
オスクロ達が動き出すと植物族モンスター達も一斉に攻撃を開始する。十体のヒューマノイドプラントはそれぞれ向かってくるオスクロ達に向かって毒液を吐き、オスクロ達はその毒液をかわしながらヒューマノイドプラント達に近づいて行く。英雄級の実力を持つオスクロ達にとって低級モンスターの攻撃をかわしながら近づく事など簡単な事だった。
距離と縮めていく中、先に攻撃を仕掛けたのはレジーナだった。レジーナは姿勢を低くしながら目の前にいるヒューマノイドプラントの懐に入り込み、胴体をテンペストで攻撃した。胴体を切られたヒューマノイドプラントはゆっくりと後ろに倒れて動かなくなり、レジーナはヒューマノイドプラントを倒すと小さく笑う。
レジーナが余裕の笑みを浮かべていると背後から一体のコープスフラワーが飛び掛かって来る。コープスフラワーは死体の体に寄生してその死体を操るモンスターだが、寄生しないと戦えない訳ではない。寄生していない状態でも敵に飛び掛かり、無数の細長い根で攻撃する事ができるのだ。
コープスフラワーが根の先をレジーナのうなじに向けながら襲い掛かろうとする。すると、レジーナは表情を鋭くしながら素早く振り返り、テンペストを横に振ってコープスフラワーを両断した。切られたコープスフラワーは花弁を散らせながら床に落ち、しばらく痙攣してから動かなくなる。
「あたしに不意打ちを仕掛けようなんて十年早いのよ」
動かなくなったコープスフラワーの死骸を睨みながらレジーナは低い声を出す。知性の低い下級モンスターが不意打ちなんて姑息な手を使った事が気に入らなかったようだ。
レジーナが鋭い表情を浮かべながら構えを直そうとすると今度は左側から別のヒューマノイドプラントが蔓の右腕を大きく振って攻撃して来る。レジーナは左を向くとテンペストでヒューマノイドプラントの右腕を切り落とし、ヒューマノイドプラントを一瞬怯ませた。その隙にテンペストに気力を送り込み、刀身を緑色の光らせる。
「天風斬!」
戦技を発動させたレジーナは怯んでいるヒューマノイドプラントに向かって勢いよく跳び、真横を通過する瞬間にテンペストを振った。テンペストはヒューマノイドプラントの体を切り裂いて大ダメージを与え、切られたヒューマノイドプラントは前に倒れる。
一瞬にして三体の植物族モンスターを倒したレジーナはよし、と小さく頷く。そしてすぐに別の植物族モンスターに視線を向け、テンペストを強く握りながらモンスターに向かって走り出す。
レジーナから少し所ではジェイクがタイタンを振り回して植物族モンスター達と戦っていた。タイタンの柄を両手で握りながらジェイクは目の前にいる二体のヒューマノイドプラントを睨んでいる。ヒューマノイドプラントも体から生えている触手を動かしながたゆっくりとジェイクに向かって歩いていた。
ジェイクはタイタンを強く握り、右側にいるヒューマノイドプラントに向かって大きく踏み込む。踏み込むのと同時にタイタンで袈裟切りを放ち、ヒューマノイドプラントの体を切り裂いた。ヒューマノイドプラントは左肩部分から右腰の辺りまで切られ、崩れる様にその場に倒れる。そこへ左側にいたもう一体のヒューマノイドプラントが左腕の蔓を振ってジェイクに攻撃を仕掛けた。
ヒューマノイドプラントの攻撃に気付いたジェイクは後ろへ跳んで攻撃を回避し、タイタンを構え直してヒューマノイドプラントを睨み付けた。そんなジェイクの背後から別のヒューマノイドプラントが毒液を吐いてジェイクに攻撃する。
「チッ!」
ジェイクは背後からの攻撃に気付くと毒液を吐いたヒューマノイドプラントを睨みながら舌打ちをする。毒液はジェイクの背中に向かって飛んでいき、このままでは毒液をまともに受けてしまう状況だった。
するとジェイクは慌てずに腕に付けているヘルメスの光輪を発動させ、目にも止まらぬ速さで毒液を回避し、毒液を吐いたヒューマノイドプラントの真正面に移動する。そしてタイタンを勢いよく振り下ろしてヒューマノイドプラントを真っ二つにした。
頭から両断されたヒューマノイドプラントの体は二つに割れ、緑色の液体を出しながら倒れる。ジェイクは倒したヒューマノイドプラントを見下ろしながらタイタンを振って刃に付いている液体を払い落とした。その直後、今度は先程ジェイクが相手をしていたヒューマノイドプラントが毒液を吐いて離れた所にいるジェイクに攻撃を仕掛ける。
「今度はそっちかよ!」
次から次へと攻撃を仕掛けて来る敵にジェイクは文句を口にしながら毒液をかわし、ヒューマノイドプラントの方へ走り、走りながらタイタンの気力を送り込んで刃を黄色く光らせる。
ヒューマノイドプラントは走って来るジェイクに再び毒液を吐いて応戦したがジェイクは素早く毒液を回避してヒューマノイドプラントの目の前まで近づくと戦技を発動させた。
「岩砕斬!」
ジェイクは刃を光らせるタイタンを勢いよく振り、ヒューマノイドプラントの体を切り裂く。切られたヒューマノイドプラントは切られた箇所から緑色の液体を噴き出しながら倒れ、やがて動かなくなる。
三体のヒューマノイドプラントを倒してジェイクは軽く息を吐く。だが周りにはまだ多くの植物族モンスターがおり、オスクロ達が交戦している姿がある。オスクロ達なら問題無く倒せると分かってはいるが、短時間で敵を倒さなくてはならないと考えたジェイクは一番多くのモンスターを相手にしている仲間に加勢する為にその仲間の下へ移動した。
マティーリアもジャバウォックを振り回してヒューマノイドプラントやコープスフラワーの相手をしていた。マティーリアの周りには二体のヒューマノイドプラントと三体のコープスフラワーが取り囲む様に立っており、マティーリアは鋭い目で周囲の植物族モンスター達を睨んでいた。
「フン、下級モンスターの分際で仲間と連携を取る様な行動をしおって、生意気な奴等じゃ」
植物族モンスター達の行動を目にしたマティーリアは低い声を出しながらジャバウォックを構え、足の位置を僅かにずらす。その直後、一体のコープスフラワーがジャンプし、マティーリアの左後ろから飛び掛かって来た。
マティーリアはコープスフラワーが襲って来た事にすぐに気づくと視線を動かして左後ろを見る。そして振り返りながらジャバウォックを横に振って襲って来たコープスフラワーを切り捨てた。すると、動かずにジッとしていたヒューマノイドプラントの一体が蔓の両腕を振り下ろしてマティーリアを背後から攻撃する。
「……甘い!」
ヒューマノイドプラントの攻撃に気付いたマティーリアは表情を鋭くしながら呟き、振り返りながら後ろに軽く跳んでヒューマノイドプラントの振り下ろしをかわす。攻撃をかわしたマティーリアは素早くジャバウォックを振って攻撃して来たヒューマノイドプラントを倒し、そのままもう一体のヒューマノイドプラントもジャバウォックで切り捨てた。
自分を取り囲んでいたヒューマノイドプラントを全て倒したマティーリアはヒューマノイドプラントの死骸を見下ろしながら目を細くする。そこへ二体のコープスフラワーがマティーリアの正面から同時に飛び掛かって来た。マティーリアは顔を上げると息を吸い、口から炎を吐いて飛び掛かって来たコープスフラー達を火だるまにする。
炎に包まれたコープスフラワーはしばらく苦しむ様に動き回っていたが、やがて黒い塊となって動かなくなる。近くにいた植物族モンスターを全て倒したマティーリアはジャバウォックを肩に担ぎながら小さく息を吐いた。
「よし、これで妾の近くにいるモンスターは全て倒したな。レジーナとジェイクの方も片付いたようじゃな。若殿とノワールの方は……」
レジーナとジェイクの様子を確認したマティーリアはオスクロとノワールの方を向く。すると、彼女の視界にヒューマノイドプラントとコープスフラワーの死骸に囲まれながら普通に立っているオスクロとノワールの姿が飛び込んで来た。二人とも無傷で疲れた様子も一切見せずに立っている。
「……あの二人の心配は無用じゃったな」
マティーリアは自分よりも遥かに強いオスクロとノワールが下級モンスター相手に苦戦したり、疲れを見せるはずがないと感じ、少し力の抜けた様な声を出す。
部屋に現れたヒューマノイドプラントとコープスフラワーは全て倒され、残るはコープスフラワーに操られているラッツ達だけだった。
「残りはあ奴等だけか……まったく、死んだ後でも迷惑を掛けるとは、とんでもない青二才どもじゃ」
めんどくさそうな口調で呟きながらマティーリアはジャバウォックを構えてラッツ達に突撃しようとする。すると、マティーリアが動くよりも先にオスクロとノワールがラッツ達に向かって走り出した。
短剣とメイスを握りながらオスクロとノワールはラッツ達に近づいて行き、ラッツ達も走って来る二人に気付くと呻き声を上げながら二人に向かって歩き出す。オスクロは固まって近づいて来るラッツ達を見ると目を赤く光らせ、素早くラッツ達の右側面に回り込み、一番近くにいる盗賊の脇腹に付いているコープスフラワーを短剣で切り捨てた。
切られたコープスフラワーは花弁を散らせ、脇腹に付いていた花托の部分も離れて床に落ちる。それと同時に盗賊の死体も糸の切れた人形の様に倒れた。
「まず一体」
オスクロは盗賊の死体を見ながらそっと呟く。すると、オスクロの右側から神官が呻き声を上げながら襲ってくる。オスクロは素早く体勢を低くして神官の背後に回り込み、神官の首に付いているコープスフラワーを短剣で刺して難なく倒した。
二体目のコープスフラワーを倒すとオスクロはチラッと視線を動かす。視線の先には両手をオスクロに向けて伸ばしながら迫って来るラッツの姿があった。呻き声を上げながら近づいて来るラッツを見てオスクロは小さく舌打ちをする。
「俺達を先に行かせればこんな事にはならなかったものを……馬鹿めっ」
低い声で喋りながらオスクロは両手に持っている短剣を素早く振り、ラッツの両腕を切り落とす。そしてラッツの胴体を蹴って仰向けに倒した後、首に付いているコープスフラワーを短剣で刺した。短剣で刺されたコープスフラワーはしばらく痙攣してからゆっくりと動かなくなる。
オスクロはコープスフラワーを刺している短剣を引き抜くと短剣を振って刃に付いている粘液を払い落とす。そして動かなくなったラッツの死体を黙って見下ろした。
ノワールもオスクロから少し離れて残り二体のコープスフラワーの相手をしていた。コープスフラワーは戦士と魔法使いの体を操って小さなノワールに攻撃を仕掛ける。だがノワールは遅い攻撃を難なくかわしている。
戦士の攻撃をかわしたノワールは左側面に回り込み、戦士の脇腹に付いているコープスフラワーをメイスで攻撃する。メイスはコープスフラワーにめり込む様に当たるとそのまま粉々にし、コープスフラワーを失った戦士の死体は前に倒れて動かなくなった。コープスフラワーに操られた死体が相手ならわざわざ魔法を使う必要もないらしい。
ノワールはメイスを構え直してもう一体のコープスフラワーの方を向く。コープスフラワーに操られた魔法使いはノワールの目の前まで近づいており、ノワールに蹴りを放つ。ノワールは魔法使いの蹴りをメイスを持たない方の手で簡単に止めた。
「こんな蹴りじゃ僕にダメージを与える事はできませんよ?」
生気の無い魔法使うの顔を見上げながらノワールは呟き、止めていた魔法使いの足を軽く払う。そして払った瞬間に素早くジャンプし、魔法使いの顔の高さまで跳び上がった。魔法使いの首にはコープスフラワーが付いており、それを見たノワールはメイスを横に振って攻撃する。
メイスは首に付いているコープスフラワーを粉砕し、同時に魔法使いの頭部も一緒に粉砕する。コープスフラワーと頭部を失った魔法使いの体は後ろに倒れ、仰向けのまま動かなくなった。ノワールはコープスフラワーごと魔法使いの頭部を破壊してしまった事に罪悪感を感じたのか僅かに申し訳なさそうな顔をする。
部屋の中にいた植物族モンスターを全て倒したオスクロ達はもう一度部屋を見回して他にモンスターがいないか確かめ、他にモンスターがいないのを確認すると警戒を解いた。
「とりあえず、安全は確保できたわね」
「ああ、まさか宮殿に入っていきなりこんな大量のモンスターを相手にする事になるとは思わなかったぜ」
レジーナとジェイクは部屋中に散乱している植物族モンスター達の死骸を見ながら話し、マティーリアも近くに転がっているヒューマノイドプラントの死骸を黙って見下ろしている。すると、オスクロ達が倒したクランデット以外の植物族モンスター達の死骸が崩れて砂の山の様になった。そしてその中から先程回収したLMFの金貨と無数の見た事の無い小さなアイテムが顔を出す。
アイテムが出て来たのを見たレジーナ達は素早く金貨とアイテムを回収する。全てのアイテムを回収すると砂の山の様になっていた死骸は最初からそこに無かったかのように消滅した。
LMFではモンスターを倒すとその死骸からアイテムを回収する事ができ、一定時間が経つと死骸は消滅してしまう。モンスターの死骸が消滅する点もLMFと同じのようだ。
全てのアイテムを回収したレジーナ達は集まり、それぞれがどんなアイテムを手に入れたのか確認し合う。
「今回も結構な数のアイテムが手に入ったな」
「うん、でも今度はさっきと違って見た事の無いアイテムもあったわよ」
そう言ってレジーナは自分が回収したアイテムの一つをジェイクとマティーリアに見せる。それは薄い水色の液体が入った手の平サイズの瓶だった。
「何だこれは? 魔法薬か?」
「この見た目だと、恐らくそうじゃろうな」
「傷を治すポーションか?」
レジーナが持つ瓶の中身が分からずにジェイクは難しい顔をしながら小首を傾げ、レジーナとマティーリアも目を細くしながら瓶を見ている。
「どうかしましたか?」
手に入れた瓶の中身について事を話しているとノワールが近づいて来る。レジーナ達はノワールなら瓶の中身が何か知っているだろうと考え、ノワールに訊いてみる事にした。
「ノワール、この瓶の中身、何か分かる?」
レジーナは持っている瓶を見せながらノワールに尋ねる。ノワールはレジーナから瓶を受け取り、中に入っている薄い水色の液体を確認した。しばらくするとノワールはレジーナ達の方を向き、持っている瓶を三人に見せる。
「これは毒消しですね」
「毒消し?」
「ええ、この中身を飲めば毒状態を治す事ができます」
「これがLMFの毒消しだったのか」
瓶の中身がLMFの世界の毒消しだと知ってジェイクは意外そうな顔をする。この時、ジェイクはヒューマノイドプラントのような毒液を吐いて攻撃するモンスターがいるのだから毒消しが手に入ってもおかしくはないか、と一応納得した。
ノワールはレジーナに毒消しを返し、瓶を受け取ったレジーナは改めて瓶の中身を観察した。すると、毒消しを見ていたレジーナの頭の中にある疑問が浮上する。
「……そう言えば、モンスターの体の中から出て来た魔法薬って、飲んでも大丈夫なの?」
その言葉にジェイクとマティーリアは反応し、レジーナが持つ毒消しをジッと見つめる。確かにモンスターの体の中から出て来た魔法薬が無害とは考え難い。そもそも異世界ではモンスターの体からアイテムが出てくる事自体があり得ない事なので、三人の不安に思うのも仕方がなかった。
「大丈夫だと思いますよ? この宮殿で起きている現象がLMFと同じならモンスターの体内から出て来た魔法薬を飲んでも体に害はないはずです」
「ほ、本当?」
ノワールの答えを聞いたレジーナは僅かに不安を見せる。ジェイクとマティーリアも同じような顔でノワールを見ていた。
「ええ、LMFではモンスターの体内からアイテムが出て来るのは普通ですし、マスターもLMFにいた頃はモンスターを倒して手に入れたアイテムをその場で使っていましたから」
「そ、そうなんだ……で、でも、ここはLMFの世界じゃないから、LMFと同じようにアイテムを使うのは少し危険なんじゃないかなぁ?」
「た、確かにな。使う前に一度しっかり調べておいた方がいいかもしれねぇ……」
苦笑いを浮かべながらレジーナとジェイクは毒消しをすぐに使うのはやめようと話す。マティーリアも真剣な表情を浮かべながら黙って頷く。マティーリアもモンスターの体内から出て来た魔法薬をいきなり使おうとは思わないようだ。
ノワールはレジーナ達が会話をする姿をしばらく見ると視線をオスクロの方へ向ける。オスクロはクランデットのメンバーの死体を一ヵ所に集め、仰向けにしながら横一列に並べていた。そして、死体を並べ終えると片膝を付き、死体の前で何かを始める。
「ノワール、若殿は何をしておるのじゃ?」
マティーリアがオスクロの姿を見てノワールに何をしているのか尋ねた。レジーナとジェイクもマティーリアの声を聞くと笑うのをやめてオスクロに視線を向ける。
「クランデットのメンバーの死体を簡単に清めているんですよ。失礼な人達でしたが、一応今回共に冒険をする人達でしたからね。死体はできるだけ綺麗な状態にして持ち帰ろう、とマスターは仰いました」
「成る程」
「あと、彼等がこの宮殿を攻略するのに役に立つアイテムを手に入れているかもしれないので、持ち物を確認し、役に立ちそうな物は貰っておこう、とも言っていました」
「そうか、相変わらず優しいのか厳しいのか分からん男じゃな、若殿は……」
無言で作業をするオスクロの姿を見ながらマティーリアは呟き、レジーナとジェイクもオスクロを黙って見ていた。
長い事オスクロ、いやダークと行動を共にしていたが、レジーナ達は未だにダークの性格が分からなかった。仲間に対しては優しく、時に厳しい一面を見せ、敵には冷徹な一面を見せる。レジーナ達は今まで見て来たダークの姿でどれが本当の彼なのか分からない。
だが、レジーナ達にとってはどれが本当のダークなのかなど、どうでもよかった。ダークが自分達に生きる道を与え、何度も助けてくれた恩人なのは確かな事だ。そんなダークと共に生きていける事ができればそれで満足だと思っていた。
オスクロはクランデットのメンバーの持ち物を一通り確認すると自身のポーチの中から大きな布を取り出して並べてあるクランデットのメンバーの死体に被せる。死体を公にしない為、そしてまたコープスフラワーに寄生されないようにする為の行動だった。
「マスター、終わりましたか?」
ノワールがレジーナ達を連れてオスクロの下にやって来る。オスクロはノワール達の方を向くとゆっくりと立ち上がった。
「ああ、死体はひとまず此処に置いておいて探索を続ける。一通り探索が終わったらもう一度この部屋に立ち寄って死体を回収し、外に出よう」
「それがいいですね、わざわざ死体を持ち歩くのは面倒ですし」
「一度死体を外に運んでからもう一度探索をしに行く、という方法もあるが、それだと探索する時間が短くなってしまうからな」
効率よく探索をする為にも死体はそのままにして奥へ進む、オスクロの考えにノワール達は反対せず無言で頷く。彼等も貴重な探索する時間を削りたくないと考えていたらしい。
仲間なので死体は持ち帰ろうとオスクロ達は考えていたが、探索する時間を削ってまでわざわざ死体を安全な外に運ぼうとは考えていないようだ。
「ところでラッツ達は何か使えそうなアイテムを持ってたの?」
「ああ、幾つかな」
オスクロはレジーナの質問に答え、回収したアイテムを見せる。オスクロの手の中にはLMFの金貨や先程レジーナが手に入れた毒消しがあり、どれも珍しいと言えるアイテムではなかった。ただ、一つだけレジーナ達も見た事の無いアイテムがある。毒消しの瓶よりも一回り大きく、中に緑色の液体が入った瓶だ。
「この緑色の液体は何?」
「コイツはこのフルールア宮殿でのみ手に入る特殊アイテムだ。草滅水と言って植物族モンスターに投げつける事で大ダメージを与える事ができる」
緑色の液体が入った瓶を見せながらオスクロは自分の記憶の中にあるアイテムの情報を話す。レジーナ達は興味のありそうな顔をしながら聞いていた。
「草滅水……一体どれくらいの力があるんだ?」
「レベル25以下のモンスターなら一撃で倒す事ができる。ただコイツは植物族モンスターにしかダメージを与える事はできない。他の種族のモンスターに投げつけても効果は無い」
「成る程、植物族モンスター限定の攻撃アイテムって訳か」
「ああ、もしまたコイツを見つけたらできるだけ手に入れておいた方がいいだろうな」
そう言いながらオスクロは回収したアイテムをポーチにしまう。草滅水の存在を知ったレジーナとジェイクはこの先、もっと面白そうなアイテムが手に入るかもしれないと感じたのか小さな笑みを浮かべた。
「しかし、部屋に入った途端にいきなり天井から大量のモンスターが降ってくるとは思わんかった。若殿、お主は一度この宮殿に来た事があるのであろう? だったら今回の事も予想できたのではないか?」
「それは無理だ。宮殿の構造や出現するモンスターは同じだが、どの部屋にどんなモンスターが出現するかはランダムになっている。だから一度此処に来た事がある俺でもどの部屋にどんなモンスターが出現するかは分からない」
「フム、成る程。確かにそれでは若殿でも対処できんな」
「だから言っただろう? 俺が一緒でも簡単には攻略できないかもしれないって」
オスクロの言葉にマティーリアは納得の表情を浮かべる。経験者のオスクロが一緒でも何処に何があり、どのタイミングで敵が現れるかは分からない。レジーナとジェイクも改めて油断してはいけないと認識した。
それからオスクロ達は部屋の中に何かないが細かく調べるが、結局何も見つからず部屋を後にする。部屋を出たオスクロ達は廊下を歩いて宮殿の更に奥へと進んで行く。
廊下をしばらく進むとオスクロ達はT字路の前に出た。そのT字路は左の道は通れるが右の道には太い植物に蔓が床から生えて生き物の様に動いている。蔓を見たオスクロ達は右の道を通ろうとすれば蔓が襲い掛かって来るだろうとすぐに分かった。
「うわぁ、気持ち悪い」
「とても植物とは思えねぇな」
動く蔓を見てレジーナとジェイクは気持ち悪がる。今まで生き物の様な動きをする蔓は見た事が無いのでいくら二人でも思わず引いてしまうようだ。
「若殿、この蔓もモンスターなのか?」
「少し違うな。この蔓は確かに俺達を襲ってくるが正式なモンスターとして扱われていない。近づいて来る生き物を攻撃するだけで特殊な能力も何もない只の蔓だ」
「ほお? それでこの蔓は普通に攻撃すれば倒せるのか?」
「ああ」
オスクロの答えを聞いたマティーリアはそうか、と言いたそうな表情を浮かべて視線を蔓に向ける。そして大きく息を吸い、炎を吐いて蔓を焼き払おうとした。するとオスクロがマティーリアの肩に手を置いてマティーリアのブレスを止める。
「待て、折角だからさっき手に入れた草滅水を使ってみよう」
そう言ってオスクロはポーチから草滅水を取り出してマティーリアの前に出る。レジーナ達は植物族モンスターに効く攻撃アイテムの効力がどれ程の物なのか興味があるらしく、オスクロの後ろから様子を窺う。
ノワール達が見守る中、オスクロは草滅水の瓶を蔓に向かって投げる。瓶は床に当たると高い音を立てて割れ、中に入っていた緑色の液体が蔓に掛かった。すると蔓はまるで毒を受けて苦しんでいるかの様に暴れ出し、しばらくすると動かなくなり煙を上げながら枯れてしまう。
「うわぁ、凄い。枯れちゃった」
「確かに植物族モンスターにはよく効くな」
草滅水の効力を見て驚くレジーナとジェイク。マティーリアもおおぉ、と言いたそうな顔で枯れた蔓を見ていた。
「でもよかったの? こんな蔓に貴重な草滅水を使っちゃって?」
「大丈夫だ。草滅水は意外と手に入りやすいアイテムだからな。宝箱やモンスタードロップでも手に入る」
「そ、そうなんだ……」
「これだけの効力があるアイテムが簡単に手に入るのかよ……」
レジーナとジェイクはオスクロから草滅水が簡単に手に入ると聞かされて苦笑いを浮かべる。自分達の世界ではかなりの価値があると思われるアイテムがフルールア宮殿では簡単に手に入る、レジーナとジェイクはLMFの世界のアイテムはとんでもない物が多いのだなと感じた。
「さて若殿、右と左、どちらも通れるようになった訳じゃが、どちらから行く?」
マティーリアはオスクロの方を向き、どちらの道を選ぶが尋ねる。オスクロは左右の道を交互に確認しながら頭の中でどちらを調べるか考えた。
「左からだな。もしクランデットの連中がこの先を調べていたとすれば、左の道を進んだ可能性がある。右の道は蔓が邪魔して通れなかったからな」
「でもクランデットが左の道を調べたとしたらもう左には何も無いと思うわよ? それならまだ調べてない右を行った方がいいんじゃない?」
「かもしれないな。だが、もしかするとクランデットが何かアイテムを見落としている可能性がある。念の為に調べておいた方がいい」
「そう? 兄さんがそう言うのなら……」
特に反対する理由が無いレジーナは左を調べる事に納得し、ジェイクとマティーリア、ノワールも反対せずに黙ってオスクロを見つめた。
左から調べる事が決まるとオスクロ達はT字路の左の道を進む。左の道も壁や床が植物に覆われており、少し不気味な雰囲気を漂わせていた。
一本道を歩いているとオスクロ達は一つの扉を見つけ、扉の前で立ち止まる。オスクロがゆっくりとドアノブを回して扉を開け、中の様子を確認する。そこは畳八畳ほどの広さに部屋で二つの机と無数の本棚があった。
「此処は、書斎か?」
「のようじゃな、モンスターの気配は無いが、宝がある様にも見えん」
部屋の中を見たジェイクとマティーリアは少しつまらなそうな顔しながら調べる必要は無さそうだと感じる。
オスクロは中に入ると部屋を見回し、ノワールもオスクロの隣で部屋の中を調べ始めた。レジーナ達もとりあえず部屋の中に入って部屋を見回すが、やはり宝と呼べるようなアイテムは見つからない。
「兄貴、この部屋にはなにも無さそうだぜ。別の部屋を調べねぇか?」
「……いや、俺の記憶が正しければ、此処には重要なアイテムがあるはずだ」
ジェイクはオスクロの言葉を聞いて反応し、レジーナとマティーリアも意外そうな顔をする。
オスクロは近くにある本棚に近づいて本棚の下の方を調べる。すると、床に本棚をずらした跡が残っており、それを見たオスクロは小さく笑う。そして本棚の本を調べ、一冊の本を指で手前に引くと本棚がゆっくりと横に動き出す。本棚が動いたのを見たレジーナ達は驚きの表情を浮かべた。
「こんな所に隠し扉があったのか……と言うか兄貴、よく隠し扉があるのが分かったな」
「これも以前宮殿に入った時の記憶があるから分かったのじゃろう」
腕を組みながらオスクロの後ろ姿を見るマティーリアの言葉にジェイクは成る程、と納得した反応を見せる。
オスクロは隠し扉の奥にある薄暗い部屋に入った。畳三畳ほどの小部屋で人一人が入れるくらいの広さで部屋の中には小さな机があり、その上に濃緑色の液体が入った高級感のある瓶と一枚の羊皮紙が置かれてある。
机の上にある瓶と羊皮紙を手に取ったオスクロは周りを簡単に確認した後に小部屋を出てノワール達がいる書斎に戻った。
「兄さん、奥に何かあった?」
「ああ、重要なアイテムがあったぜ」
そう言ってオスクロは手に入れた濃緑色の液体が入った瓶と羊皮紙を見せる。レジーナ達は二つのアイテムを見て不思議そうな表情を浮かべた。
「何かが書かれた羊皮紙と……その液体は何? 見た目からして草滅水に似てるけど……」
「確かにこれは植物に効果のある液体だが草滅水とは違ってモンスターにダメージを与えるアイテムじゃない」
草滅水とは全く違うアイテムだと聞いてレジーナ達はオスクロの顔を見つめる。オスクロは濃緑色の液体が入った瓶をレジーナ達に見せながら説明した。
「コイツは魔溶液と言って普通の攻撃では破壊できない植物を破壊する事ができる特殊な液体だ」
「破壊できない植物?」
「エントランスから二階の奥へ行く扉に絡み付いていた蔓があっただろう?」
オスクロがフルールア宮殿に入った直後の事を話し、それを思い出したレジーナ達はあっ、と反応する。
「あの扉の絡みついていた蔓か……と言う事は、この魔溶液が宮殿の奥へ進む為の鍵となる特殊なアイテムなのか?」
「ああ、これを使えば蔓が枯れて二階の扉の様に開けられなかった扉を開ける事ができるようになる」
魔溶液がフルールア宮殿の更に奥へ進む為の鍵だと知ってレジーナ達は驚きの表情を浮かべながらオスクロが持つ魔溶液を見つめる。同時に鍵となる特殊アイテムがこんなにも早く見つかるとは、と心の中で驚いた。
「こっちの羊皮紙には魔溶液の詳しい効力などが書かれてあるが、それほど重要な物じゃない」
そう言ってオスクロは羊皮紙を差し出し、マティーリアはその羊皮紙を受け取った書かれてある内容を確認する。だがそこに書かれてあるのは日本語の文章で異世界の住人であるマティーリア達には読む事はできない。
「若殿、もしやこれはLMFの世界の文字か?」
「そうだ、もし内容が気になるなら外に出た時に読み方を教えてやるよ」
マティーリアはオスクロを見ながら、頼むと目で合図を送り、持っている羊皮紙をレジーナとジェイクに渡す。二人も別の世界の文字で書かれた羊皮紙を興味がありそうな顔で見つめる。
三人が魔溶液の情報が書かれた羊皮紙を見ているとオスクロの隣にいたノワールが持っていた懐中時計を見てフッと反応した。
「マスター、もうすぐ一時間が経過します。エントランスまでの距離を考えるとそろそろ戻った方がいいかと思います」
「何? もうそんな時間なのか」
ノワールから時間が迫っている事を聞いてオスクロは少し驚いた声を出し、羊皮紙を見ていたレジーナ達も意外そうな表情でノワールの方を向いた。
この後にはT字路の右の道の先も調べようと思っていたのだが、もし右を調べてしまうと一時間以内にフルールア宮殿の外に出る事ができなくなる。調べる余裕が無い事を知ってレジーナ達は少し複雑そうな表情を浮かべた。
「どうする、兄さん?」
「……どうするもこうするも、もうすぐ一時間経つのなら戻るしかないだろう?」
もう少しフルールア宮殿の構造やモンスターの種類などを調べておきたいとオスクロは思っていたが、規定時間が過ぎても戻らなかったらアリシアやマーディング達を心配させる事になるので仕方なく右の道を調べる事は断念した。レジーナ達も少し納得のいかない様な顔をしていたが、仕方がないと感じてこれ以上の探索は諦めようと考える。
「よし、それじゃあ外に戻るぞ? エントランスに向かう途中でまたモンスターと遭遇する可能性があるから油断するなよ。あと、クランデットのメンバーの死体を回収するのも忘れないように」
「ああ、分かってるぜ」
オスクロの確認を聞いてジェイクは返事をし、オスクロ達は書斎を後にする。その後、オスクロ達は一度だけ下級モンスターと遭遇したが難なく撃破し、途中の部屋に置いたあったクランデットのメンバーの死体を回収してエントランスへ向かった。