第二百一話 侵食された宮殿
フルールア宮殿の中に入ったオスクロ達はゆっくりと奥へ進みながら周囲を見回す。そこは体育館と同じくらいの広さと高さがあるエントランスで壁や柱には苔や蔦が張り付いており、床からは雑草が生えている。エントランスの中央には天井に吊るされていたと思われるシャンデリアが落ちて粉々になっており、まさに何十年も放ったらかしにされた廃墟の様な状態だった。
エントランスの奥には二階へ続く階段があり、二階からは一階を見下ろせるようになっている。階段の裏側、エントランス一階の左右、二階の奥には扉があり、エントランスからフルールア宮殿の色んな場所へ行けるようになっていた。エントランスの状態を見たオスクロ、ノワール以外の三人は目を見開いて驚く。
「外の状態を見て何となく察していたが、此処もかなり酷い状態だな」
「ええ、あちこちに植物が生えているし、本当に植物に支配されてるって感じね」
ジェイクとレジーナはエントランスを見回しながら感想を口にする。マティーリアもジャバウォックを肩に担ぎながら無言でエントランスを見ていた。
オスクロとノワールも三人と同じようにエントランスを見回しているが、二人の場合はエントランスの状態に驚いている訳ではなく、以前に訪れた時と同じ状態のダンジョンに懐かしさを感じていた。
「マスター、構造はLMFと同じのようですね?」
「ああ、だがまだ全てが同じとは限らない。LMFではなく、異世界に扉が現れたんだ。前にも話したように何かが違う可能性もある。十分注意して調べた方がいい」
「ハイ」
仮面の目を薄っすらと赤く光らせながら話すオスクロを見てノワールは頷いた。LMFのダンジョンは色んな意味で異世界のダンジョンよりも厄介な場所だと言える。ノワールはこれからやって来る他の冒険者達や自分達が少しでも楽に探索ができるよう出来るだけ多くの情報を集めようと思っていた。
「……ん? おい、アレを見ろ」
エントランスを見回していたマティーリアが何かに気付いて指を差す。オスクロ達がマティーリアが指差し方を見るとエントランス一階の壁に数枚に絵が飾られてあるのを見つけた。
オスクロ達は絵に近づき、何か描かれているか確認する。そこには美しい色とりどりの花と緑色の葉に囲まれた美しい庭園が描かれていた。
「へぇ~、綺麗な庭が描かれてるわね。此処とは大違い」
「そうだな……」
レジーナは描かれている庭園の美しさに感心しており、その隣ではジェイクが難しそうな顔で絵を見ている。この時、ジェイクは絵に描かれている庭園を何処かで見た事がある様な気がしていた。
「此処って一体何処の庭なのかしら?」
「……レジーナ、まだ気づかんのか?」
マティーリアは少し呆れた様な声でレジーナに話しかけ、レジーナはそんなマティーリアの言い方にカチンと来たのかマティーリアを軽く睨む。
「何がよ?」
「この絵に描かれてある庭園、このフルールア宮殿の庭園じゃぞ?」
「……えっ?」
絵に描かれている場所が今自分達がいるフルールア宮殿の庭園だと聞かされたレジーナは驚き、もう一度絵を確認する。よく見ると庭園の奥には綺麗な宮殿が描かれており、その宮殿の作りがフルールア宮殿と同じである事に気付き、レジーナは目を見開く。
「本当だ、よく見たらこの宮殿の庭だわ」
「やっぱりな、俺も絵を見て何処かで見た事があると思ってたんだ」
レジーナの隣にいたジェイクも見覚えがあった事を話し、マティーリアはレジーナと違って描かれている庭園がフルールア宮殿ではないかと感じていたジェイクを見て小さく笑う。レジーナよりもジェイクの方がしっかりしていると感じたようだ。
目の前にある絵を確認したレジーナとジェイクは別の絵を確認する。他の絵も庭園を違う角度から描いた物で、全て今の庭園と違い草花が枯れていない美しい状態だった。
三人が一階に飾られている絵を確認しているとオスクロが目の前の絵を見つめながら静かに腕を組む。
「このエントランスに飾られている絵は全てこの宮殿が植物に支配される前の状態だ。これほど美しかった庭園をあんな状態にしてしまうほど、この宮殿を支配している植物は恐ろしいって事だ」
「確かに厄介そうね……ダーク兄さん、その植物ってどんな奴なの?」
「俺にも分からん、最後まで行った事がないからな……あとレジーナ、この姿の時はダークと呼ぶなって言っただろう?」
「あ、ごめん」
つい何時もの癖でダークと呼んでしまった事にレジーナは口に手を当てながら謝罪する。オスクロやジェイクはこんな調子だと何時かレジーナが人前でオスクロをダークと呼ぶのではと不安を感じており、マティーリアも呆れ顔でレジーナを見ていた。
「そ、それじゃあ、そろそろ探索を始めましょうか」
空気が重くなっている事に気付いたノワールは手を叩きながら話題を探索に変える。オスクロ達もそれを聞いて今やるべき事をやろうと気持ちを切り替えた。
ノワールは全員の意識が絵から探索に変わったのを確認すると軽く咳き込んでオスクロ達を見上げる。
「まず、僕達がやるべき事は先行したクランデットのメンバーを見つける事です。そして、彼等を探しながら宮殿内の探索や他の冒険者達を捜索を行う、と言う事でいいんですよね、マスター?」
オスクロの方を見てノワールが仕事の内容を確認するとオスクロはノワールを見て小さく俯く。
「そうだ、恐らくクランデットの連中はこのエントランスから行ける一階の何処かにいるはずだ。二階には鍵となるアイテムを見つけないと進めないからな」
「流石は一度このダンジョンに入った事があるだけあって詳しいな」
ジェイクはオスクロの推理を聞いて小さく笑う。一度フルールア宮殿に入った事があるオスクロはジェイク達にとってはどんな強力なマジックアイテムよりも頼りになる存在だった。
「でも兄さん、どうしてクランデットの連中が一階にいるってことが分かるの? もしかしたら二階に行ってるかもしれないわよ?」
「それはあり得ない。見てみろ」
オスクロはレジーナの質問に答える代わりに二階へ続く階段の奥を指差し、レジーナ達は階段の方を向く。階段の奥には二階の更に奥へ進む為の二枚扉があるが、その扉は無数の蔓が絡みついて開く事ができない状態だった。
「あの蔓が絡みついている限り、扉を開ける事はできない。あの蔓はどんな攻撃や魔法でも壊す事はできない特別な蔓で特殊なアイテムを使わないと壊せないんだ」
「つまり、扉の蔓が絡みついているからまだ誰も二階には入っていないって事?」
「そのとおりだ。そしてさっき言った鍵となるアイテムこそがあの蔓を壊す為の特殊アイテムなんだ」
「成る程ねぇ……」
レジーナはオスクロの説明を聞いて腕を組みながら納得する。同時にクランデットが二階へ行っていない為、一階だけを調べればいいと分かって少し捜索が楽になったとレジーナは感じていた。
二階を調べる必要が無くなり、オスクロ達は一階を集中的に調べようと考える。だがフルールア宮殿は広く、一階を調べるだけでもかなり大変だった。オスクロ達はどのように宮殿内を探索するか考える。
「どうする、兄貴? 効率よく探索する為に二手に分かれるか?」
「いや、ここは敢えて戦力を分けずに固まって探索する。いくら俺が昔行った事があるとしても、細かい情報が無い状態で安易に戦力を分断するのは危険だからな」
「確かに、いくら妾達が英雄級以上の実力を持っているとは言え、此処にはどんなモンスターや罠が存在するか分からんのじゃからな」
効率のよさよりも安全を優先するオスクロの考えにマティーリアは同意し、ジェイクもオスクロが決めたのならそれでいいと納得の反応を見せる。ノワールとレジーナも異議がないようで黙ってオスクロを見ていた。
「それで若殿、まずは右と左、どちらから調べる?」
マティーリアは右の扉と左の扉、どちらを先に調べるかオスクロに尋ねる。オスクロは左右の扉を確認し、どちらにするか考え、同時に昔の記憶を思い出してどちらの道に何があるのかを思い出す。
しばらく考えていたオスクロは顔を上げて左側の扉を指差した。
「左から調べよう。俺の記憶どおり、LMFと同じなら左の扉の先にはこの宮殿のモンスター達と戦うのに便利なアイテムがあるはずだ」
「戦うのに便利なアイテムか、それは手に入れておいた方がいいのぉ」
「んじゃ、行ってみましょうか」
戦いを有利に進める事の出来るアイテムが手に入る事を聞いたマティーリアは小さく笑みを浮かべ、レジーナも鞘に納めてあるテンペストを抜きながら笑みを浮かべた。ノワールとジェイクも反対する様子は見せずにメイスとタイタンを両手で握りながら左の扉を見ている。
全員が左から調べる事に賛成するとオスクロは腰に納めてある二本の短剣の内、一本を右手で抜いてから左側の扉の方へ歩き出し、ノワール達もそれに続く。扉の前まで来たオスクロは左手でドアノブをゆっくりと回し、ノワール達は少しずつ開く扉を見つめながら武器を構えた。
扉が全開するとオスクロ達は扉の向こう側を確認する。すると、オスクロ達は僅かに驚いた反応を見せた。扉の先は少し広めの廊下となっており、エントランスと同じように廊下の床からは雑草が生え、壁には蔦が張り付いている。更に窓ガラスも割れ、外からは植物の蔓が廊下に入り込んでおり、エントランスよりも酷い状態だった。
オスクロ達は廊下がエントランスよりも酷い事に驚いたが、それ以上に驚いたのは人間の死体が植物に絡め取られ、床や壁に張り付いている事だ。死体の殆どが鎧を身に付けた戦士の様な恰好で水分を抜き取られたミイラの様な状態となっていた。
「な、何よ、あれ?」
レジーナは大きく目を開きながら死体を見つめ、ジェイクとマティーリアもその光景を目にして驚いている。オスクロは廊下に入ると死体に近づき、ノワールもオスクロに続いて廊下へ入った。驚いていた三人も普通に歩いて行く二人を見て廊下に入って行く。
死体の前まで移動したオスクロは片膝を付いて死体を調べる。ノワールはオスクロの後ろで周囲を見回し、植物や他の死体の状態を確認した。
「……兄さん、その死体、もしかしてクランデットのメンバー?」
レジーナは死体の覗き込みながらオスクロに死体の身元を尋ねる。するとオスクロはレジーナの方を向いて小さく首を横に振った。
「いや、クランデットの連中じゃない。アイツ等とは装備が違うし、死体もかなり前から此処にあった様な状態だ。恐らく、最初からこの宮殿にあったものだろう」
「最初から……もしかして、この宮殿が植物に支配される前にこの宮殿にいた兵士?」
「多分な……」
死体を調べ終えたオスクロはゆっくりと立ち上がり、レジーナはミイラ状態の死体を見て表情を歪ませる。ジェイクとマティーリアも僅かに不快そうな顔をしていた。
「しっかし、一体どうすれば人間をこんな状態にする事ができるんだ?」
「恐らく植物で絡め取った時に何らかの方法で体中の水分を吸い尽くしたんだろう」
「うげぇ、想像しただけで恐ろしいな」
ジェイクは舌を出しながら気分の悪そうな顔をし、レジーナも同じような顔をした。マティーリアは殺し方が気に入らないのか小さく舌打ちをする。自分達も目の前の死体と同じ末路を辿らないようにしようとレジーナ達は心の中で強く思った。
「……マスター、此処には死体以外は何も無いようです」
「そうか、ならさっさと先へ進むとしよう」
オスクロは短剣を握りながら先へ進み、ノワールもそれに続く。レジーナ達は死体を見ても動揺などを見せないオスクロとノワールを見て、流石一度訪れた事がある者達だと感心しながら二人の後を追った。
しばらく長い廊下を進むとオスクロ達は一つの扉の前までやって来た。扉を確認したオスクロは立ち止まり、扉をじっくりと観察する。その間、ノワール達はモンスターがいないか周囲を警戒していた。
「……この扉、誰かが開けた形跡があるな」
「本当ですか?」
「ああ、しかも開けてからそれほど時間が経っていない」
自分達が来る少し前に誰かが扉を開けたというオスクロの言葉にノワール達は一斉に反応した。
「時間が経ってないって事か、誰かがこの部屋の中にいるかもしれねぇって事か?」
「それは分からない。部屋の中から物音は聞こえないし、もしかしたらもう部屋を調べ終えて別の場所に移動したのかもしれない」
「そうか……」
「まぁ、何にせよ、俺達が来る直前に誰かが此処にいたって言うのは間違いないだろうな」
誰かが自分達がいる一階左側の廊下にいたというオスクロの言葉にレジーナ達は目を若干鋭くし、ノワールも仮面の下で真剣な表情を浮かべた。
オスクロ達がフルールア宮殿に入る直前までに宮殿内にいたのはラッツ達、クランデットのメンバーのみ。その為、クランデットがこの部屋に入った可能性は高い。しかし、クランデット以外の冒険者達、オスクロ達が来る前にフルールア宮殿を探索していた冒険者達の生き残りである可能性もあった。
だが、もし生き残りだったとしたら、宮殿の出入口が近くにあるのに外に脱出せずにこの部屋に入るなど考え難い。何よりもオスクロ達が宮殿内に入るまでの間に誰も宮殿から出て来なかった。つまり、クランデット以前の冒険者である可能性は低いと言う事だ。
「誰が扉を開けたかは分かんないけど、とりあえず部屋に入って中を調べてみましょう」
部屋の前で考えるよりも直接見て確かめようと言うレジーナの言葉にオスクロ達はレジーナを見ながら確かにそうだ、と言いたそうな反応を見せる。オスクロはドアノブに手を掛けてゆっくりと回そうとした。すると、突然廊下の天井から何かが床に落ちて来て、その音を聞いたオスクロ達は一斉に音が聞こえた方を向く。
オスクロ達の数m先には濃い緑色の植物の塊が三つあり、その塊はウネウネと不気味な動きをしながら形を変えていく。レジーナ、ジェイク、マティーリアは動く塊を睨みながら自分達の得物を構えた。
やがて三つの塊は細長い蔓の手足を持つ人型のモンスターへと姿を変えた。丸い塊からは手足以外にも短い触手が何本も生えており、頭部は三枚の花弁を持つ花になっている。花からは透明の粘液を出し、その姿を見たレジーナは思わず表情を歪めた。
「な、何よアイツ等?」
始めて見る植物族モンスターにレジーナはテンペストを構えながら警戒し、ジェイクもタイタンを強く握りながら目を鋭くする。マティーリアは驚いた様子も見せず、黙って植物族モンスターを睨みながらジャバウォックを構えていた。
レジーナ達が植物族モンスターを見ていると、オスクロはドアノブから手を放して目を薄っすらと光らせる。
「ソイツ等はヒューマノイドプラント、LMFに存在する下級の植物族モンスターだ。レベルは20から23と大して強くはないが毒の粘液を吐いて攻撃して来る。気を付けろ」
オスクロは現れた植物族モンスターの情報をレジーナ達に説明する。レジーナとジェイクはオスクロのおかげで相手がどんなモンスターなのか理解し、戦いやすくなったと感じて笑みを浮かべる。
毒の粘液を警戒し、レジーナとジェイクは足の位置を少し動かす。仮に毒の粘液を受けても二人は毒食いの指輪を装備しているので毒状態にはならない。だが粘液を受ければダメージは受けるので、毒状態にならなくても攻撃を受けないように注意していた。
「待て、二人とも」
レジーナとジェイクがヒューマノイドプラントに攻撃しようとした時、二人の前にいたマティーリアが腕とジャバウォックを二人の前に出して止めた。いきなり止めるマティーリアにレジーナとジェイクは目を丸くする。
「何よ、いきなり?」
「こ奴等は妾がやる。下がっておれ」
「はあ? アンタ一人で?」
自分だけでヒューマノイドプラントと戦おうとするマティーリアをレジーナは目を細くして睨む。下級とは言え、未知のモンスター三体を一人で相手にしようとするマティーリアの態度が気に入らないようだ。
レジーナに睨まれている事など気にせずにマティーリアはジャバウォックを地面に刺して前に出る。レジーナは武器を置いて敵に向かって行くマティーリアをムスッとしながら見ており、ジェイクはマティーリアには何か考えがあるのだろうと思い、黙って彼女を見守っていた。オスクロとノワールもジェイクと同じようにマティーリアを黙って見ている。
マティーリアがヒューマノイドプラントに近づいて行くと、三体のヒューマノイドプラントは近づいて来るマティーリアを敵と認識し、一斉に花の中心から毒の粘液を吐いて攻撃する。マティーリアは飛んで来る粘液を姿勢を低くして素早く回避し、ヒューマノイドプラント達の目の前に滑り込んだ。そして大きく息を吸い、口から炎を吐いて反撃した。
炎を受けたヒューマノイドプラント達は苦しむ様に動く。植物族モンスターにとって炎は効果的でかなりのダメージを与える事ができる。マティーリアはそれを知っていて一人で戦うと言ったのだ。やがてヒューマノイドプラント達は黒焦げになってその場に崩れるように倒れる。戦いが始まってから僅か数秒で三体のヒューマノイドプラントはマティーリアに倒された。
「ウソォ……アッサリと」
一撃で全てのヒューマノイドプラントを倒したマティーリアを見てレジーナは呆然とする。炎による攻撃とは言え、まさか一撃で倒すとは思っていなかったようだ。ジェイクはマティーリアの活躍を見てニッと笑い、オスクロとノワールも流石、と言いたそうな反応を見せる。
ヒューマノイドプラントを倒したマティーリアは余裕の笑みを浮かべながらオスクロ達の下に戻り、床に刺してあるジャバウォックを抜いて肩に担いだ。
「ざっとこんなもんじゃ」
「ヘッ、流石は元グランドドラゴンだな?」
マティーリアの活躍にジェイクは感心し、ノワールもうんうんと頷きながら同意する。
「どうじゃ、レジーナ? 今回の冒険、妾ほど適任な存在はおらんのではないか?」
「ぐぬぬぬぬぅ~っ!」
レジーナを見ながらマティーリアはニヤリと笑い、そんなマティーリアにレジーナは悔しそうな顔をする。
確かに炎を吐いて攻撃する事ができるマティーリアは植物族モンスターを相手にする今回の冒険ではかなり役に立つ。レジーナは先程のマティーリアの活躍を目にし、何も言い返せなかった。
「マティーリア、分かってると思うが、炎攻撃ができるからと言って油断するな? 先へ進めば進むほど強いモンスターと遭遇するんだ。強力なモンスターなら例え弱点の炎にでも耐える事ができる、さっきの様には行かないかもしれないぞ」
「分かっておる、油断はせんよ」
オスクロの忠告を聞いてマティーリアは笑って返事をする。それを見たオスクロはそれならいい、と思ったのか小さく頷く。
黒焦げになったヒューマノイドプラントを見てオスクロ達はまた動き出すのでは、と警戒する。するとヒューマノイドプラントの体が崩れ始め、灰の様な状態に変わった。そしてその中から金色に光る数枚の金貨が顔を出す。
金貨に気付いたレジーナ達は金貨を拾い上げて確かめる。それはこの世界の金貨とは全く違う作りの綺麗な金貨だった。
「何、この金貨?」
「俺達の世界の金貨とは違うな……」
「……若殿、これが何か分かるか?」
マティーリアは持っている金貨をオスクロに向かって投げ、オスクロはそれを左手でキャッチして金貨を確認する。
「これはLMFの金貨だ」
「何じゃと?」
オスクロの言葉にマティーリアは驚き、レジーナとジェイクも驚きの表情を浮かべながら視線をオスクロに向ける。オスクロの隣にいたノワールもオスクロの肩に飛び乗り、仮面を上にあげてオスクロが持っている金貨を確認した。
「間違いありませんね、LMFの通貨です」
「LMFのダンジョンだから手に入るアイテムはLMFの物だけだと予想はしていたが、通貨まで同じとはな……」
アイテムだけでなく、通貨までもがLMFと同じである事には流石にオスクロも驚いたのか意外そうな声を出す。ノワールも真剣な表情を浮かべながら金貨を見つめていた。
(さっきヒューマノイドプラントを倒した時、体が消滅して体の中から金貨が出て来た。あれはLMFでモンスターを倒した時にモンスターがアイテムをドロップする時と同じだ。つまり、此処ではモンスターを倒すとLMFと同じようにアイテムを得るって事か……)
モンスターだけでなく、ダンジョン内で起きる現象までもがLMFだと同じだと知ったオスクロは視線を金貨から廊下に変え、どこまでLMFと同じなのだと考えた。
(まぁ、今考えても仕方がない。詳しい事はダンジョンを調べながら確かめればいいさ)
オスクロは持っている金貨をマティーリアに返し、マティーリアは金貨をキャッチして自分のポーチにしまった。レジーナとジェイクも持っている金貨をしまい、残りの金貨を回収する。
全ての金貨が回収し終わるとオスクロ達は再び目の前の扉に視線を向ける。オスクロはドアノブを握り、ノワールもオスクロの肩から下りて扉を見つめていた。二人の後ろではレジーナ達は金貨の分け前をどうするかで言い合いをしている。そんなレジーナ達の事を気にせずにオスクロは扉を開けた。
中に入るとそこは縦15m、横10m程の広さの部屋で部屋のあちこちには無数の机や椅子の残骸が転がっており、壁や天井には蔦が張り付いている。植物に支配される前は大人数の会議室として使われていたようだ。
部屋に入ったオスクロ達は歩きながら周囲を見回す。すると、部屋の奥に五つの人影があり、全員が部屋の奥の壁を見つめている。人影を見たオスクロ達は立ち止まって警戒するが、恰好を見てすぐに警戒を解いた。その人影はラッツ達、クランデットのメンバーだったのだ。
「いた、クランデットの連中よ。こんな所にいたのね」
予想していたとおり、クランデットのメンバーがいたのを見てレジーナはとりあえず安心する。あまり好かない連中だが、やはり無事であってほしいと言う気持ちも多少はあったのだ。
ジェイクとマティーリアもラッツ達の姿を見て安心していたが、オスクロとノワールはラッツ達を見てある疑問を抱いていた。
(おかしいな、此処は入口の近くにある部屋なのにどうして外に出ずにこんな所にいるんだ?)
オスクロはクランデットがフルールア宮殿の入口近くにいるのに外に出ずに部屋の中にいる事を不思議に思っていた。モンスターに追われてこの部屋に逃げ込んだのかと考えたが、入口近くに現れるモンスターは弱く、クランデッドでも難なく倒せるので逃げ込んだ可能性は低い。道に迷ってしまい、救助が来るまでこの部屋に籠っていたとも考えられるが、入口があるエントランスまでは一本道なので迷ってしまったという可能性も消えた。
ラッツ達が部屋を出ずに籠っている理由が分からず、オスクロは腕を組みながら考え込む。ノワールもオスクロの隣で遠くにいるラッツ達を見ていた。その間、レジーナ達はラッツ達の状態を確認する為に彼等の方へ歩いて行く。
「大丈夫? てっきりモンスター達にやられちゃったのかと思ってたわよ?」
「マーディングさん達も心配してるんだ、さっさと外に行って安心させて来いよ」
レジーナとジェイクは歩きながらラッツ達に声を掛けるがラッツ達は反応せずに黙って壁を見つめたままだった。レジーナ達はラッツ達の様子がおかしい事に気付くと部屋の真ん中で立ち止まり、ラッツ達を見つめる。
「ねぇ、何かおかしくない?」
「ああ、俺もそう感じた」
「まるで妾達の声が聞こえておらん様じゃな」
ラッツ達を見つめながら三人は小声で会話をし、同時に武器を握って警戒する。すると、壁を見ていたラッツ達がゆっくりとレジーナ達の方を向く。その顔には血の気が無く、目も白く濁っており、首や脇腹には野球ボール程の大きさで五枚の花弁を持つオレンジ色の花が付いている。レジーナ達の位置から見えない箇所についていたのでレジーナ達も花の事に気付かなかったのだ。
姿が変わったラッツ達はレジーナ達の姿を見た瞬間、呻き声を上げながら近づいて来た。まるでゾンビの様な姿となったラッツ達にレジーナ達は驚いて武器を構えた。オスクロとノワールもラッツ達を見るとレジーナ達と合流し、短剣とメイスを構える。
「おいおい、アイツ等なんかゾンビみたいになってるぜ。兄貴、ありゃどうなってるんだよ?」
「あの花が原因だ」
「花?」
ジェイクは近づいて来るラッツ達の体に付いているオレンジ色の花に注目する。
「あれはコープスフラワーと言って死体に寄生し、その死体を自分の体として利用するモンスターだ」
「死体に寄生する花?」
「と言う事は、ラッツ達はもう死んでるって事?」
レジーナの問いにオスクロは答えずに無言で小さく頷く。レジーナ達はラッツ達が死んだ事を知ると僅かに目元を動かしてラッツ達を睨む。別に仲がよかった訳でもないので死んでもそれほど悲しみは感じなかった。
オスクロ達がモンスターについて話している間もラッツ達は近づいて来る。オスクロ達は構えや足の位置を僅かに変えてラッツ達を見つめた。
「操られた死体はゾンビの様に動きも遅く、弱い攻撃しかしてこない。だが、死体を攻撃しても意味はないぞ。本体である花を攻撃しないと倒す事はできない」
コープスフラワーに操られた死体を止めるにはどうすればいいか、オスクロはレジーナ達に分かりやすく説明する。レジーナ達もオスクロの話を聞いて表情を更に鋭くし、ラッツ達の体に付いているコープスフラワーを睨む。だがその時、天井から無数の植物の塊がオスクロ達を取り囲む様に落下し、オスクロ達は落ちて来た塊に視線を向けた。
植物の塊は形を変えて先程遭遇したヒューマノイドプラントへと姿を変える。更にヒューマノイドプラントの足元にはラッツ達の体に付いているコープスフラワーが複数の根を足の様にして動いている姿もあった。
現れた植物族モンスターはヒューマノイドプラントが十体とコープスフラワーが六体の合計十六体、そこにラッツ達を加えれば全部で二十一体になる。突然現れた大量のモンスターにレジーナ達は表情を僅かに歪めた。
「ちょっとちょっと、いくら何でも多すぎじゃない?」
レジーナは目を丸くしながら現れた植物族モンスターを見回す。いくらレベルが低いと言っても一度に大量に現れればレジーナ達も驚く。
「まさか、こんなにいるとは思ってなかったぜ……」
「……そうか、クランデットの奴等はこの部屋に入った瞬間にこ奴等に襲われて全滅、その死体にコープスフラワーが寄生してああなった、と言う訳じゃな」
「成る程、これほどの数を一度に相手すれば、いくらクランデットでも歯が立たなかったという訳か」
いくら六つ星冒険者チームであるクランデットでも未知のモンスターを一度に大勢相手にすればやられても仕方がない、ジェイクとマティーリアはラッツ達が倒されてしまった事に納得する。
「お前達、お喋りはそれぐらいにしろ。そろそろ向こうさんが動き出すぞ」
オスクロが声を掛けるとジェイクとマティーリアは表情を変え、ノワールとレジーナも近くにいる植物族モンスターを睨み付ける。オスクロはもう一本の短剣も抜き、両手で短剣を握りながら目を赤く光らせた。
その直後、オスクロ達は散開し、自分達を取り囲む植物族モンスター達に突撃する。