第二百話 先行する者
岩山に到着した冒険者達は馬車を降り、山道を登って扉がある広場へ移動する。途中でモンスターと遭遇する事も無く、冒険者は無駄な体力を使う事もアイテムを消費する事も無く広場へ到着した。
広場にやって来た冒険者達はまず、自分達が使うテントを張り、その後に扉を確認する。岩山の中に本当に扉があるのを見てオスクロ以外の冒険者達は驚く。しばらく観察すると冒険者達は扉を潜り、向こうにある庭園とフルールア宮殿の偵察をする。初めて目にし、しかも今まで攻略したダンジョンとは雰囲気の違う場所にオスクロ、アリシア、ノワール、そしてマーディング以外の者達は目を見開いて驚いた。
庭園の中やフルールア宮殿の周りを一通り確認すると冒険者達は広場に戻り、作戦会議を行う為にマーディングのテントに集まった。テントの中ではマーディングと各冒険者チームのリーダーが小さな机を囲んで座っており、オスクロの後ろには宮殿の外で待機するアリシア、ファウが立っている。顔を隠しているオスクロ以外は全員真剣な表情を浮かべていた。
「全員集まりましたので、早速作戦会議を始めます」
マーディングがオスクロ達を見ながら語り始め、オスクロ達は黙ってマーディングを見ている。
「扉の向こうを調べたところ、庭園には先行した冒険者達の姿は無く、怪しい所もありません。宮殿の周りにも何も無く、正面の入口以外に中に入る扉などはありませんでした。宮殿に入るには正面の入口を使うしかなく、先行した冒険者達も宮殿の中にいる、と言う事になります。無事なら、の話ですが……」
最悪のケースを考えているマーディングは僅かに低い声を出し、それを聞いたラガットとカトレアもその可能性はあると考えて僅かに表情を変える。
オスクロとアリシアはもう先行した冒険者達は死んでいると考えており、オスクロは小さく声を漏らし、アリシアは目を閉じて黙っていた。
「皆さんには正面の入口から宮殿内に入り、宮殿内の探索、先行した冒険者達の捜索と救助を行っていただきます。分かっていると思いますが、優先するのは先行した方々の救助です。もし財宝と冒険者達を同時に見つけたら迷わずに冒険者達を助けてください」
「ええ、分かっています」
ラガットはマーディングを見ながら真剣な顔で返事をし、カトレアもうんうん、と無言で頷く。二人の反応を見たオスクロ、アリシア、ファウの三人は流石はセルメティア王国でも優秀と言われている冒険者チームのリーダーだけあって正義感が強いと感じていた。
だが、ラッツだけは冒険者達の救助を優先する事に不満を抱いているのか、腕を組みながら気に入らなそうな顔をしている。そんなラッツを見たファウは目を細くし、呆れる様な表情を浮かべた。
「マーディング殿、もし先行した冒険者達が死んでいたら、どうしますか?」
オスクロが低い声を出しながら冒険者達が死んでいた場合どうすればいいか尋ねる。マーディングはオスクロの方を向くと目を閉じながら静かに息を吐く。
「その場合は遺体を回収してください。冒険者達の身元を確認し、その後に家族の下に送りますので……」
「分かりました」
マーディングの答えを聞いたオスクロは再び低い声を出し、会話を聞いていたラガットとカトレアは少しだけ表情を曇らせる。心の中では助けたいと思っているが、既に死んでしまっているのならそうするしかないと、二人も感じていた。
「それでマーディング卿、宮殿の中で発見した財宝はどうするんです? 見つけたら各チームで分配するんすか?」
オスクロ達が先行した冒険者達について話していると、ラッツは宮殿内で見つけた宝について尋ねて来た。それを聞いたオスクロ達は一斉にラッツに視線を向ける。
冒険者達が死んでいるかもしれないという会話をしている中で一人宝の話をするラッツを見て、オスクロ以外の全員が空気の読めない男だ、と不快な気分になり表情を鋭くする。ラッツの頭の中では既に先行した冒険者達は死んでいるようだ。
「……財宝は先に見つけた冒険者チームの物です」
「と言う事は、一つのチームが大量に財宝を見つけても、他のチームに分ける必要は無いって事っすね?」
「ええ、そのとおりです。ですがそれは、別のチームが大量の財宝を見つけてもそれを横取りする様な行為はしてはならない、と言う事です……忘れないでください?」
「ヘッ、わぁ~てますよ」
マーディングの忠告と思える言葉を聞いてラッツは椅子にもたれるながら笑って返事をした。その表情は自分には関係ない、と言いたそうな顔で、そんなラッツを見たファウとカトレアは表情を険しくする。どうしてこんな欲深い男が六つ星冒険者になれたのか、ファウとカトレアは苛立ちを感じながら不思議に思っていた。
オスクロ以外の冒険者、そしてアリシアとファウがラッツの態度に気分を悪くする中、マーディングは話を戻す為に咳をしてオスクロ達の注目を集める。マーディングの咳を聞いたオスクロ達は視線をマーディングに向けて耳を傾けた。
「次に探索についてですが、あの宮殿は中がどんな構造になっているのか、どんなモンスターがいるのか全く分かっていません。そこでまず先遣隊を送り込み、宮殿の中がどうなっているのかをある程度調べ、先遣隊が戻った後に全てのチームで宮殿の中を探索した方がよいと思います」
「確かに、どうなっているか分からない場所にいきなり全てのチームで入るのは得策ではありませんね」
「宮殿の中に入った直後に罠に掛かったり、強力なモンスターと遭遇して全滅、なんて事もありえますから……」
何の情報も無い状態で全ての冒険者が入るのは危険すぎるとラガットとカトレアは考え、マーディングも二人の言うとおりだと真剣な顔で頷く。ラッツも同じ事を考えているのか無言で二人の会話を聞いていた。
(そう言えばLMFにいた時にどっかのギルドが未探索のダンジョンを初見でクリアしてやる、とか言って何も手を打たずに突入し、あっという間に全滅させられた事件があったっけなぁ……あの一件以来、俺等もダンジョンとかを攻略の前には念入りに情報を集めるようにしてたっけ……)
マーディング達の会話を聞いていたオスクロはLMFでの出来事を思い出し、懐かしく思ったのか仮面の下で小さな笑みを浮かべる。ダンジョンを攻略する前に情報収集をしたり、アイテムなどの準備をするのもゲームの楽しみの一つなので、オスクロにとってはそれも良い思い出の一つだった。
「では、四つのチームの中から一チームを選び、そのチームに先遣隊を務めていただきますが、志願する方はいますか?」
チームリーダー達を見てマーディングは先遣隊を引き受けるか尋ねる。すると、ラガット達が考えるより先にオスクロが素早く手を上げた。
「俺達が行きましょう」
オスクロを見て他の三人のチームは目を見開く。考える事無く先遣隊を志願するオスクロを見て少し驚いた様だ。アリシアとファウはオスクロが先遣隊となって先に宮殿の中を調べに行くという事を知っていた為、驚く事無くオスクロを見ている。
「オスクロさん達がですか?」
「ええ、俺達は何度か未探索の建物の中を調べる依頼を受けた事があります。ですから最初に何をするべきが、何処をどう調べればいいのか何となく分かりますので……」
「成る程……」
マーディングはオスクロの話を聞いて納得した様な反応を見せる。
LMFという別の世界で同じ宮殿に入った事があります、などとは絶対に言えないのでオスクロは適当にマーディングが納得するような理由を話したのだ。
マーディングはしばらく考え、ダーク直轄の冒険者チームなら大丈夫だろうと感じ、オスクロ達に先遣隊を任せる事にした。だが、他の三人の意見を聞かずに決めるのはよくないと考え、ラガット達の意見を聞いてみる。
「私はオスクロさんのチームに先遣隊を任せようと思っています。皆さんはどう思いますか?」
「僕は構いません」
「私もです。建物の探索とは慣れてないし、ここは経験豊富な人に任せた方がいいとも思います」
ラガットとカトレアはオスクロに任せてもいいと考えているらしく、オスクロ達に任せる事に賛成する。だが、ラッツだけは険しい顔でマーディング達を見ていた。
「俺は反対だ! コイツ等が先遣隊として先に入るって事は、宮殿の中にある財宝はコイツ等が先に手に入れちまうって事じゃねぇか」
先遣隊として先に宮殿に入るオスクロ達に財宝を先に取られるのが気に入らない、ラッツはそれが理由でオスクロ達に先遣隊を任せる事に反対しているようだ。
あまりにもくだらない理由で反対するラッツをアリシア、ラガット、カトレアは呆れた顔で見ており、ファウは小さく歯ぎしりをしながらラッツを睨んでいる。マーディングも困った様な顔でラッツを見ていた。
「……聞き違いか? 今の言葉、俺達が財宝を先に手に入れたいから先遣隊を引き受けようとしている、と言っている様に聞こえたのだが?」
「ああぁ? 違うのかよ?」
オスクロが宝目当てで先にフルールア宮殿に入ろうとしているとラッツは考えていたらしく、オスクロを睨みながら尋ねる。そんなラッツの態度を見たファウは今にもラッツに切り掛かりそうなくらい苛立ちを露わにしており、アリシアは険しい顔のファウを落ち着かせた。
「俺はお前の様に財宝が欲しくて行くのではない。あの宮殿がどんな場所なのかを調べる為、そして先行した者達を助ける為に行くのだ」
「ケッ! そう言って俺等を納得させて先に宮殿に入ろうって魂胆なんだろう? 俺は引っかからねぇぞ、七つ星冒険者だからって自分の発言が優先されると思ったら大間違いだ」
何があってもオスクロ達を先に宮殿に行かせたくないラッツは引く事無くオスクロに喧嘩を売る。オスクロは自分が儲かる事しか考えていない目の前の男を心の中で哀れに思った。
「……そんなに俺達に先に入られるのが嫌なら、お前達に先遣隊を譲ってもいいぞ?」
「何っ?」
オスクロの口から出た予想外の言葉にラッツは耳を疑う。アリシアとファウも先遣隊を引き受けるはずのオスクロがラッツに先遣隊を譲ろうとしているのを見て意外そうな表情を浮かべた。
「お前達が先に行けは見つけた財宝はお前達の物だ。俺達はそれを横取りする気もないし、妬んだりもしない」
「ほぉ? 嘘じゃねぇだろうな?」
「ああ」
「なら、遠慮なく俺等が先遣隊を務めさせてもらうぜ」
ラッツは自分のチームが先遣隊になった事を笑って喜ぶ。ラガットとカトレアはオスクロが譲ってもいいと言うのなら文句を言う気は無いらしく、オスクロとラッツを見ながら黙っている。だがその表情からは僅かに不満が感じられた。
マーディングはわざわざビフレスト王国から来てくれたのにオスクロに不快な思いをさせてしまった事を申し訳なく思ったのか、アリシアの方を向いて頭を下げた。アリシアはそっと手をマーディングの方に向けて、気にしないでほしいと無言で伝える。そして同時にどうしてオスクロが先遣隊をラッツ達に譲ったのか疑問に思った。
それからオスクロ達は先遣隊がフルールア宮殿に入る時間と宮殿内を探索する時間などを簡単に決めて作戦会議を終わらせた。
作戦会議が終わり、各チームは自分達のテントで冒険の準備を行う。オスクロ達も自分達のテントの中で作戦会議の内容を確認したり、持って行くアイテムの準備をしていた。
「むっかぁ~~っ! 何なのよ、あの男ぉ!」
テントの中でファウは自分の髪を強く掻きながら声を上げ、そんなファウをレジーナとマティーリアは呆然と見ている。オスクロとノワールは苛立つファウを黙って見ており、ジェイクはファウの苛立ちを気にする事無く冒険の準備をしていた。
ファウが腹を立てている原因、それは勿論作戦会議中のラッツの態度にあった。自分にとって神のような存在であるダーク、つまりオスクロに無礼な態度を取った事が気に入らずイライラしていたのだ。
「落ち着け、ファウ。あれぐらいの事で感情的になるな」
「し、しかし……」
冷静に宥めるオスクロにファウは納得のいかない顔を向ける。そんなファウの顔を見たオスクロは小さく溜め息をついた。
「奴は所詮、自分達の名誉、財宝にしか興味の無い小物だ。小物の挑発や態度にいちいち反応していてはその小物と同じだぞ? もう少し気を長く持て」
「うう……分かりました」
喧嘩を売られたオスクロ自身が冷静でいるのに自分が感情的になっているのが恥ずかしくなったのか、ファウは少し暗い声で返事をしする。オスクロは一応納得したファウを見てやれやれと言いたそうに肩を落とした。
秘密を明かしてからファウはダークを心酔し、ダークの考え全てを正しい、素晴らしいと考えるようになった。自分は決して神の様に思われるほど立派な存在ではないのに、そんな自分を神の様に慕うファウの考え方や態度をダークは苦手としていたのだ。
「それよりもオスクロ、よかったのか? クランデットに先遣隊を譲ってしまって?」
オスクロの後ろに控えていたアリシアが腕を組みながらオスクロに尋ねる。ファウの事を考えていたオスクロはフッとアリシアの方を向き、ノワール達も視線をアリシアに向けた。
本当ならオスクロ達が先遣隊を引き受けてフルールア宮殿の中を調べ、その後に待機している他の冒険者達と合流し、用意していた宮殿内の情報が書かれた羊皮紙を渡すつもりだった。だが、クランデットが先遣隊となって先に宮殿に入ってしまうと全員が無傷の状態で羊皮紙を渡す事はできなくなる。当初の予定が大きく狂ってしまうのだ。
「仕方がないだろう、ラッツの奴が俺達を先に行かせたくないと言うんだから……」
「あの宮殿の中にとても危険なのだろう? せめて貴方達が同行すれば……」
「無理だな。奴にとっては未探索の場所に俺達を先に行かせる事自体が許せないんだ。どんな理由だろうと奴が俺達が同行する事に納得するはずがない。俺達以外のチームでも同じだ」
「要するにクランデットは誰であろうと自分達よりも先に宮殿に入る事が許せない、と言うか?」
「ああ」
ラッツの考えを知ったアリシアは呆れ顔となり、レジーナ、ジェイク、マティーリアもアリシアと同じように呆れた顔をしながら溜め息をつく。ファウもふざけた考え方をするラッツに再び不機嫌そうな表情を浮かべる。
「兄貴、先行するクランデットの連中、無事に出て来れると思うか?」
アイテムのチェックを終えたジェイクはオスクロの方を向き、呆れ顔のまま両手を腰に当ててクランデットが戻って来れるか尋ねる。ふざけた連中でも一応同じ冒険者なので無事に戻って来れるか気になるようだ。
「あれでも六つ星冒険者だ。強いモンスターと遭遇したり、自分達に危険が迫っていると感じれば撤退するだろう」
「だといいんだがな……」
オスクロの言葉を聞いたジェイクは少し複雑そうな表情を浮かべる。レジーナとマティーリアは絶対に撤退はしないだろう、と言いたそうな顔をしていた。
クランデットは六つ星冒険者チームではあるが、セルメティア王国の冒険者チームの中ではあまり評判のいいチームではない。依頼完遂よりも依頼中に発見した財宝の確保や自分達の功績を上げる事を優先し、別のチームと共に依頼を受けた時は目的の為にそのチームを利用する事もある。
ダーク達もビフレスト王国が建国される前からクランデットの悪い噂を耳にしていた為、クランデットの事をよく思っていなかった。結局、ビフレスト王国が建国された後もクランデットのやり方は変わらず、今でも七つ星になれずに六つ星のままなのだ。
「失礼します」
オスクロ達がクランデットが無事に戻って来るか話をしていると、テントの外からセルメティア王国の騎士と思われる男の声が聞こえて来た。オスクロ達は一斉に声が聞こえた方角、テントの入口がある方に視線を向ける。
「先遣隊であるクランデットの冒険者達が出発する時間です。アリシア総軍団長殿、そしてビフレスト王国の冒険者の皆さん、扉の先にある庭園前まで移動してください」
「分かった、すぐに行くとマーディング殿に伝えてくれ」
「ハッ!」
アリシアが答えるとテントの向こう側にいるセルメティア騎士は返事をし、そのすぐ後にその場を移動する足音が聞こえて来る。予定の時間となり、オスクロ達は最後にもう一度装備を確認し、万全の状態である事を確かめるとテントの外に出た。
外に出ると他のテントで待機していた聖刃と天の蝶の冒険者達も外に出ており、広場の奥にある扉の方へ歩いて行く。クランデットの冒険者達は既に扉の向こう側に移動しているのか姿は無かった。
オスクロ達は扉を潜って庭園に出ると奥にあるフルールア宮殿の方へ歩いて行く。宮殿の前にはマーディングと護衛のセルメティア騎士達、そしてラッツ達、クランデットの冒険者達の姿がある。やはりクランデットはオスクロ達よりも先に来ていたようだ。
「遅いぞお前等、何をもたもたしてやがる?」
遅れて来たオスクロ達を見てラッツは癇に障る様な笑みを浮かべる。他のクランデットの冒険者達も遅れて来た者達を馬鹿にする様に笑っていた。そんなラッツ達の姿にレジーナ達は僅かに目を鋭くする。
「アンタ達が予定よりも早く来てただけでしょう? 私達は決められた時間に来ただけよ」
挑発して来るラッツにカトレアは言い返し、その後ろにいる天の蝶の女冒険者達もクランデットの冒険者達を無言で睨んでいる。ラガット達、聖刃の冒険者達はいちいち反応するのが面倒なのか何も言わずに無視していた。
全員がフルールア宮殿の入口前に集まるとマーディングは深く深呼吸をしてから冒険者達の方を向いた。
「では、これより皆さんにはこの宮殿の探索を行っていただきますが、最後にもう一度だけ確認をいたします」
冒険者達が無事に探索できるようにマーディングは最終確認を行う。オスクロ達はマーディングに注目しながら黙って話を聞いていた。
「アリシアさん達は私達と共にこの庭園に待機していただき、何か起きた時には宮殿内に突入していただきます」
アリシアの方を見て彼女の役割を確認する様に語るマーディング。アリシアはそれを聞くと黙って頷き、ファウも無言でマーディングを見ている。
「オスクロさん、ラガットさん、カトレアさんのチームはラッツさん達のチームが戻られた後に宮殿内に入り、探索を行っていただきます。ラッツさんのチームは戻った後に一度休息を取っていただいても、再び宮殿に入っていただいても構いません。皆さんでご相談して決めてください」
冒険者達にも何をするべきか伝え、オスクロ、ラガット、カトレアは頷いた。ラッツは小さく笑いながらマーディングの話を聞いている。そんなラッツを見てマーディングは真剣な表情を向けた。
「ラッツさん、もう一度確認しますが、先遣隊である貴方がたが宮殿の中を探索する時間は一時間です。一時間後、もしくはその前には必ず此処に戻って来るようにしてください? もし一時間過ぎても此処に戻って来なかった場合は何か遭ったと判断し、別のチームを送ります」
「わぁ~ってますって、大丈夫っすよ。宮殿の中がどうなってるかは知りませんが、俺等は六つ星ですよ? くだらないヘマはしません」
マーディングの忠告を軽く流し、へらへらと笑うラッツ。マーディングは警戒心がまるでないラッツや彼の仲間を黙って見つめている。
アリシア達は折角心配してくれているマーディングの話を真面目に聞いていないラッツ達に気分を悪くする。オスクロとノワールも仮面の下で僅かに目を鋭くしていた。
「んじゃ、そろそろ時間なんで、行ってきますわ」
ラッツはマーディングに軽い挨拶をすると仲間の冒険者達に扉を開けるよう指示を出す。指示を受けた戦士風の冒険者と盗賊風の冒険者はフルールア宮殿の大きな二枚扉をゆっくりと開け、半分ほど開くとラッツ、魔法使い、神官が宮殿内に入り、戦士と盗賊もその後に続く。
クランデットのメンバーが全員フルールア宮殿に入ると、残った冒険者達は呆れ顔になってクランデットに対する嫌味を口にする。今まで我慢していた鬱憤を一気に吐き出す様に仲間どうしてラッツ達の嫌なところなどを語った。
オスクロは周りの冒険者達が会話をする中、腕を組みながら黙って半開き状態の扉を見ていた。するとアリシアがオスクロの隣にやって来る。
「……オスクロ、クランデットの実力ならどこまで行けると思う?」
アリシアが小声でクランデットがフルールア宮殿のどの辺りまで探索できるのか尋ねる。するとオスクロは腕を組んだまま、姿勢だけを低くしてアリシアに顔を近づけた。
「六つ星冒険者であればレベルは35から45の間ぐらいはあるはずだ。それぐらいの強さなら最初の方で遭遇するモンスターには負けないだろう」
「そうか……」
「ただ、大勢のモンスターが潜んでいる部屋に誤って入ってしまったらソイツ等をまとめて相手にする事になる。そうなったらいくら六つ星冒険者でもキツイ、俺もLMFにいた頃にそんな部屋に入って痛い思いをしたからな」
「モンスターが大量に出現する部屋、か……」
「あとは罠だな。引っかかってしまったら即死する罠なんかもある」
フルールア宮殿の中にとんでもない罠が幾つも仕掛けれている事を知り、アリシアは僅かに緊迫した表情を浮かべる。そして、やはりオスクロ達が先遣隊として先に行くべきだったのではと感じていた。
オスクロ以外の冒険者達はフルールア宮殿を見つめながらクランデットが早く出て来ないか、あまり財宝を見つけないでほしい、などと話しながら予定の時間が来るのを待つ。会話をしていると時間の流れが早く感じるのか、あっという間に予定の一時間が経過した。
ところが、それから五分が過ぎてもクランデットは出て来ない。あれだけ忠告したのに出て来ないラッツ達にマーディングは僅かに不安を感じる。オスクロも予想していた事態になった事に対して小さな溜め息をついた。
「……これは、何かありましたね」
出て来ないクランデットのメンバーにマーディングは微量の汗を掻きながら低い声を出す。聖刃と天の蝶の冒険者達もフルールア宮殿を見つめながら目を鋭くする。オスクロ達も黙って開いている扉を見つめた。
マーディングは一度深呼吸をしてから待機しているとオスクロ達の方を向く。オスクロ達は自分達の方を向いたマーディングを見て表情を変える。
「クランデットの方々は戻ってきません。やはり宮殿の中には何かあり、彼等はその何かのせいで戻って来れなくなったようです……予定どおり、この三つのチームの中から一つを送り込み、先行したクランデットの救助と情報収集を行ってもらいます」
新たにフルールア宮殿内に突入するチームを決める為にマーディングは冒険者達に向けて僅かに力の入った声を出し、どのチームを向かわせるか決めようとする。
ラガットは例え性格が悪くても同じ冒険者を放ってはおけないのか、助けに行くと言いたそうな真剣な顔をしている。カトレアは嫌いな奴を助ける気は無いのか、あまりやる気の無さそうな顔をしていた。
「志願するチームはいますか?」
マーディングは冒険者達を見て宮殿内に入るか各チームに尋ねる。すると他の二つのチームのリーダーが答えを出す前にオスクロが前に出た。
「俺達が行きましょう。元々は俺達が行くはずだったんですから」
クランデットを助けに行くと言うオスクロを見てラガットとカトレアは意外そうな顔をする。あれだけ挑発的な態度を取っていたラッツとその仲間を助けに行こうと考えるオスクロの心の広さに二人は驚いていた。
レジーナ達もオスクロが助けに行くという考えには反対せず、自分達の得物を握って小さな笑みを浮かべる。そんなオスクロ達の姿を見たアリシアも笑みを浮かべ、ファウはオスクロを見ながら寛大な人だ、と感動した。
「では、オスクロさん達にお任せします。皆さんもクランデットと同じように一時間以内に此処に戻って来てください?」
「分かりました」
探索時間を聞いたオスクロは目を薄っすらと光らせながら返事をした。ノワール、レジーナ、ジェイク、マティーリアは扉の方へ歩いて行き、オスクロも四人の後を追う様に扉に向かおうとする。
「オスクロ」
フルールア宮殿に入ろうとするオスクロをアリシアは突然呼び止め、呼ばれたオスクロは足を止めてアリシアの方を向く。
「どうした?」
「……油断するなよ」
アリシアはオスクロを見つめながら小さな声で気遣いの言葉を口にする。いくらオスクロがレベル100と言っても、昔は攻略できなかったLMFのダンジョンに入るのだからアリシアはオスクロが心配で仕方がなかったのだ。
オスクロは心配するアリシアの顔をしばらく見つめるとポンと彼女の肩に手を置いた。
「分かってる。クランデット達の捜索と簡単に探索をして来るだけだ、無茶はしない」
「それでも中はどうなっているのか分からないんだ、気を付けてくれ?」
「……分かった。何か遭ったらすぐにメッセージクリスタルで連絡する。俺達が戻るまでは外をしっかりと見張っててくれ」
「ああ」
アリシアが返事をするとオスクロは小さく笑いながら肩に乗せていた手を動かしてアリシアの頭を撫でる。
「な、何をするんだ!?」
いきなり頭を撫でて来たオスクロにアリシアは僅かに顔を赤くしながらオスクロの手を退かす。二人のやり取りを見ていたファウやラガット達はまばたきをしながら不思議そうな顔をしていた。
アリシアが恥ずかしがる姿を見てオスクロは再び小さく笑い、行ってくる、と手を振りながらフルールア宮殿の方へ歩き出す。アリシアは撫でられた箇所をさすりながら少し不満そうな顔でオスクロの後ろ姿を見ている。
「では、マーディング卿、行ってきます」
オスクロはマーディングの前で立ち止まり、宮殿内に入る事を伝える。声を掛けられたマーディングは長身のオスクロを見上げながら頷く。
「お気をつけて、もし危険を感じたらすぐに戻って来てください。探索よりも皆さんの命の方が大切ですから……」
「お気遣いありがとうございます」
心配するマーディングに礼を言うとオスクロは扉の方へ歩き出す。マーディングはそんなオスクロを黙って見送るのだった。
オスクロは扉の前で待っていたノワール達と合流し、扉を潜ってフルールア宮殿の中に入って行く。残ったアリシア達はオスクロ達がクランデットと同じようにならない事を祈りながら半開きの扉を見つめた。