第十九話 隠れ家へ
パラサイトスパイダーを倒すためにダークたちはジェイクから隠れ家の詳しい情報を聞く。隠れ家は思ったほど複雑な作りではなく、分かれ道などにはどの道が何処へ続くのか分かりやすく目印もつけているので迷うことはないらしい。迷う心配はないと安心するが、それでもやはりジェイクの言葉だけではよく分からなかった。
隠れ家の入口前に集まって作戦を考えるダークたち。パラサイトスパイダーのレベルや数を考えながらどうやって攻略するか考える。しかしなかなか案が浮かばず、時間だけが刻々と過ぎていった。
「いったいどうやって奴らの巣を攻略するか……」
「敵のレベルや数が分からない以上、このまま突っ込むのは危険です。一度、バルガンスの町へ行き、自警団や冒険者たちに協力を要請してはどうでしょう?」
「そんな時間はない。町へ戻っている間にパラサイトスパイダーたちが生き残っている者たちを殺してしまうかもしれない。私たちだけでなんとしても彼らを助けるんだ」
町へ戻って戦力を強化することを提案する兵士を見てアリシアはそれを却下する。アリシアの言う通り、バルガンスの町へ戻っている間に生き残っているかもしれない者たちが餌になったり苗床になっていたらなんの意味もない。町へ戻らずにこのまま隠れ家へ入り、パラサイトスパイダーをなんとかした方が生き残った者たちが助かる可能性は高くなる。アリシアはすぐに隠れ家へ突入することを考えていた。
しかしすぐに隠れ家へ入るにしても隠れ家の構造が分かるだけではなんの対策にもならない。パラサイトスパイダーの生態やレベルが分からないと作戦の立てようがなかった。アリシアたちは難しい顔をして作戦を考え続ける。だが、ダークとノワールは落ち着いた様子でアリシアたちを見ていた。
「……アリシア、敵のレベルや数が幾つであれ、隠れ家に全員で飛び込むのは危険だと思うぞ?」
「ああ、分かっている。隠れ家に突入した後に何かあったら大変だからな。外で何人かは待機させておいた方がいい」
「いや、そうじゃない。二十人以上が一斉に隠れ家に入れば動き難くなってこちらが不利になる」
「では、どれぐらいの人数ならいいんだ?」
「……それは敵のレベルを調べてからだ」
ダークはそう言って隠れ家の入口へ近づき、洞穴を覗き込む。暗い奥をジッと見つめるダークの隣にノワールが近づいてきて同じように洞穴を覗き込んだ。
「マスター、数は分かりますか?」
「……さぁな。俺のモンスター探知の技術を使っても感じ取れる気配はたったの十二だ。もっと奥の方、つまり技術の効果範囲外にはウジャウジャいるはずだ」
「では、どうしましょう?」
「奥に進みながら調べるしかないだろう。だが、その前にパラサイトスパイダーのレベルを調べないといけない……。ノワール、敵感知の音色を頼む」
「ハイ」
ノワールに指示を出したダークは入口から離れたアリシアたちのところへ移動する。ノワールは入口の前に立ち、持っている見習い魔法使いの杖の先を暗い洞穴の奥へ向けた。
アリシアたちはノワールが何をしているのか分からずに黙ってノワールを見つめている。するとノワールの持っている杖の先が小さく光り出し、それを見たアリシアたちは驚く。
「敵感知の音色!」
杖の先に光が集まるのを見たノワールは魔法を発動させた。すると杖の先に集まっていた光は消えて、ベルが鳴るような高い音が鳴って隠れ家の中に響き渡る。音はしばらくの間響き続け、やがて聞こえなくなった。
音が聞こえなくなったのを確認したノワールは入口から離れてダークの隣へ移動する。ダークの隣にやってきたノワールはダークを見上げると一度頷き、それを見たダークは背負っている大剣を抜いて入口を見た。
「ダーク、さっきノワールがやったのは……」
アリシアはノワールの行動が分からずにダークに尋ねる。ダークはアリシアの方を向かずに大剣を構えながら質問に答えた。
「あれは敵感知の音色と言って周囲にいるモンスターをおびき寄せるための魔法だ」
「おびき寄せる魔法?」
意外な魔法を使ったことにアリシアは少し驚いたような口調で聞き返した。
<敵感知の音色>はLMFでは主に経験値や金稼ぎ、調合に必要な素材を集めるために使われる下級魔法だ。フィールドやダンジョンに生息するモンスターを誘い出すことができるが、モンスターの種類や数はランダムなので、経験値や金を稼ごうとしたプレイヤーがモンスターの数が多くて返り討ちに遭うこともある。そのため、この魔法を使う時は他のプレイヤーを連れたり、使い魔のレベルが高い時に使った方がいいと言われ、自分よりもレベルの低いモンスターが生息する場所以外でプレイヤーが使うことはまずないという。ダークはレベルが100のため、LMFでは金や素材集めのために何度もノワールに使わせていたようだ。
「ああ、それで隠れ家にいるパラサイトスパイダーを何匹か誘い出した。すぐに出てくるはずだ」
ダークがそう言うとアリシアはフッと入口の方を向いた。すると隠れ家の奥から何かが近づいてくる気配がし、アリシアたちは一斉に武器を手に取る。その直後、隠れ家の中から灰色の巨大な蜘蛛が二匹姿を現す。ジェイクたちを苦しめていた蜘蛛型モンスター、パラサイトスパイダーだ。
現れた二匹のパラサイトスパイダーを見てアリシアたちは驚き身構える。だが、アリシアたちが迎え撃とうとする前にダークが素早く動いた。大剣を振り下ろして隠れ家から出てきたパラサイトスパイダーの一匹を一刀両断にし、続けて大剣を横に振りもう一匹を薙ぎ払う。パラサイトスパイダーたちが現れてから僅か数秒で片付いてしまった。
一瞬でパラサイトスパイダー二匹を片付けたダークを見てジェイクや第六小隊の兵士達は一斉に驚く。アリシアやレジーナは流石だ、と言いたそうな顔でダークを見ている。ダークは大剣を収めてパラサイトスパイダーの死骸に近づくとポーチから賢者の瞳を取り出し、パラサイトスパイダーの死骸を覗く。
「ねえ、アリシア姉さん。ダーク兄さんは何をしているの?」
レジーナはダークが何をしているのか分からず、隣にいるアリシアに尋ねる。アリシアはチラッとレジーナの顔を見てからもう一度ダークの方を向いて説明した。
「ダークは今、パラサイトスパイダーのレベルを調べているんだ。ダークが持っているあの片眼鏡は覗いたモンスターのレベルや情報を確認することのできるマジックアイテムなんだ」
「そ、そんなアイテムが存在するの?」
モンスターのレベルを確認できるアイテムがあると聞かされたレジーナは目を見開いて驚く。最初にダークの使うアイテムを見たアリシアも今のレジーナと同じような反応をしていた。その事を思い出してレジーナを見たアリシアは少しだけレジーナの反応を見ることに楽しさを感じているのか小さく笑っている。
パラサイトスパイダーの情報を確認し終えたダークはアリシアたちの下へ戻る。アリシアは戻ってきたダークを見ると真剣な表情を浮かべた。
「分かったか?」
「ああ、レベルや詳しい情報もいろいろな」
ダークがパラサイトスパイダーの情報が分かったと聞いたジェイクや兵士たちはダークの下に集まってくる。全員が集まるとダークは賢者の瞳で確認した情報を説明し始めた。
「俺が倒したパラサイトスパイダーは一匹がレベル22でもう一匹がレベル23だった。私の予想ではパラサイトスパイダーたちのレベルは20から25の間といったところだろう」
「レベル20から25の間か……少々面倒な数値だな」
パラサイトスパイダーのレベルを聞いたアリシアは深刻そうな顔をして周りにいる部下の兵士たちを見た。
「私の隊の者は全員がレベル18から20の間なんだ。レベルが同じ20から25の間のパラサイトスパイダーならなんとかなるのだが……」
「いや、同じレベルでもまだあの蜘蛛どもの方が力は上だ」
ダークの言葉を聞き、アリシアはふとダークの方を向いて驚く。兵士たちは自分たちはパラサイトスパイダーよりも弱いとダークに思われていると感じたのか不快そうな顔でダークを見ている。勿論、ダークはアリシアの部下たちを見下して言っているわけではない。ちゃんとした理由があった。
「人間とモンスターとでは全く違う。同じレベルでもモンスターの方が人間よりも体力があり、人間にはできないことができる。だからレベルが同じでもモンスターの方が人間よりも強いんだ」
「確かにそうだな。仮に私がパラサイトスパイダーと同じレベルで一人で戦いを挑んだ場合、パラサイトスパイダーに勝てるかどうか分からない」
「そうだ。一人でモンスターと戦って勝つとしたら、そのモンスターよりもずっとレベルが高くないといけない。一つ二つレベルが違うだけでは勝てないだろう」
モンスターと人間とではまず生態が違う。それではたとえレベルが同じでもモンスターの方が強いというダークとアリシアの話を聞いた兵士たちは納得したのか一斉に俯いて暗い顔をする。自分たちでは蜘蛛のモンスターにすら勝てないという現実に悔しさを感じているようだ。
レベルが分かり、これでどんな作戦にするかを決めることができるようになった。アリシアは腕を組んでどんな作戦にするかを考える。
「レベルが20から25の間なら正確な数が確認できていないパラサイトスパイダーの方が有利だな。しかも奴らはこの隠れ家のことを知り尽くしている。侵入した途端にパラサイトスパイダーの大群に囲まれる危険性だってある。どうしたものか……」
「大勢では入れない。だけど、敵のレベルが高いから少人数で行ったらアッサリとやられちゃう……。なんだが八方塞がりって感じね」
「クッソォ、どうすりゃあいいんだよ!」
アリシアと一緒に悩みだすレジーナとジェイク。困り顔で悩んでいるレジーナに対し、ジェイクは妻と娘が心配なのかまた焦ったような表情を浮かべている。兵士たちもどうすればいいのか分からずに困り果てていた。
すると、悩んでいるアリシアたちを見たダークが不思議そうな口調で話しかけてくる。
「そんなに深刻に考えることはないだろう?」
「え?」
「レベルが分かったんだ。奴らよりもレベルの高い者が入り、あの蜘蛛どもを倒せばいいだけだ」
「た、倒せばいいって……ダーク兄さん、簡単に言うけど、それは無謀すぎるんじゃないの? レベルが分かっても相手の数が分からないんだからさぁ」
「数が分からないからと言って此処でジッとしていても何も変わらんだろう。それどころか、時間が過ぎる度に捕まった者たちが生きている確率が低くなるのだぞ?」
「そ、それはそうだけど……」
「それにだ。敵の数が分からない点ではダンジョンを攻略するのと同じだ。ダンジョンに棲み付いているモンスターの数が分からないからと言ってダンジョンに入らないんじゃ攻略なんてできないぞ?」
「う……」
ダークの言葉を聞いたレジーナはなぜか説得力があると感じて何も言い返せなかった。彼女もダークの実力はベヒーモスとの戦いを見て理解している。だが、自分が入ったことも無くどれだけのモンスターがいるのか分からない場所へ入るのはやはり危険だと感じているようだ。
アリシアたちに背を向けるダークは隠れ家の入口を見ながら黙り込む。パラサイトスパイダーの巣になっている盗賊の隠れ家はまさにダンジョンそのもの、ダークはモンスターだらけの場所に足を踏み入れることにスリルを感じていた。
(LMFでは初めて入るダンジョンにどんな宝があり、どんなモンスターが出現するか分からないスリルと楽しみがあった。この世界でもそれを感じるということは、俺はこの世界をゲームのように感じているのかもしれないな)
心の中でLMFをやっていた時の感覚を思い出すダーク。LMFでは仲間と共にいろんなダンジョンに入り、レアアイテム探しやモンスターとのバトルを楽しんでいた。それがLMFの楽しみの一つだからだ。
しかしこの世界はLMFではない。別の世界であり、現実でもある。この世界で命を落とせば確実に自分も死ぬ。遊び感覚でダンジョンに入ればすぐに命を落としてしまうだろう。文字通り、命を懸けているのだ。
(さすがの遊び感覚でやるわけにはいかないな。こっちの世界に来てから最初に決めたことなのに、いつまで経ってもその感覚が抜けないとは、情けないことだ……)
もうこれはLMFの様なMMORPGではない、いつ命を落としてもおかしくない世界だ。ダークはそのことを自分にしっかりと言い聞かせながら気持ちを切り替えた。
ダークの背中を黙って見つめるアリシアたち。時間が経つにつれて捕まった者たちが助かる可能性が低くなると言うダークの言葉を聞き、レジーナとジェイクはどうするか悩んでいた。だがアリシアだけは悩む様子も見せずに決意した表情を浮かべている。
「……確かにダークの言う通りだ。いつまでも悩んでいる時間はない。行こう」
「えっ!? ちょ、アリシア姉さんまで、本気なの?」
「ダークがいれば大丈夫だ。たとえパラサイトスパイダーが何匹いようと問題ない」
「いやいやいやいや! いくらダーク兄さんでも絶対無理よ!」
ダークを信じ切るアリシアを見てレジーナは顔を左右に振る。いくらダークでもこのまま行くのは危険だと感じているようだ。ジェイクも妻子を助けたいと言う気持ちはあるが、ろくに作戦も立てずに隠れ家に入るのは危険だと感じているらしく驚きの表情を浮かべていた。
背後で騒いでいるレジーナの声を聞き、ダークは小さく溜め息をついた。そしてゆっくりと振り返りレジーナとジェイクを見て言った。
「行きたくなければ此処で待っていてもいい。だが、レジーナはともかく、妻と娘を助けたいと言うジェイクが助けに行かないというのはどうかと思うぞ?」
「なっ!」
ダークの言葉がジェイクの胸に刺さり、ジェイクの表情が変わる。さっきまで妻子を助けたいという気持ちでいっぱいだったのに敵のレベルと数に怯えて助けたいという気持ちが完全に消えていた。ジェイクは敵の恐ろしさに妻子を助けたいという気持ちを無くした自分を恥ずかしく思った。
しばらく黙り込んで考え込むジェイク。すると、顔を上げてダークに近づきバルディッシュを両手で強く握った。
「……俺も行く! このままお前たちに妻と娘を任せてここに残ったらアイツらに合わせる顔がねぇ!」
「えっ!?」
盗賊のジェイクが行くことを決心したのを見て驚くレジーナ。ダークの弟子になるために仲間になったのにその自分がダークについていかないどころか、盗賊であるジェイクに行かれるのは彼女のプライドが許さなかった。
焦りを感じたレジーナは持っている短剣を強く握ってジェイクの隣にやってくる。
「あ、あたしも行くわ! こんなおっさんよりも下と思われるのはあたしのプライドが許さないもの!」
「何っ?」
隣に立つレジーナをジロッと睨むジェイク。レジーナもジェイクを睨み返し、二人の間で火花がバチバチとちらつく。理由はどうあれ、二人は隠れ家に入る決心をしたようだ。そんな二人を見たアリシアは呆れたような表情を浮かべていた。
レジーナとジェイクがついてくることが決まったが、第六小隊の兵士たちはどうするのかまだ決まっていなかった。アリシアは視線をレジーナとジェイクから部下の兵士たちに向けると難しい表情を浮かべる。
「ダーク、レジーナとジェイクが行くのは決まったが、私の部下たちはどうする?」
「彼らは此処に残す。もし私たちが戻ってこなかった時は彼らに首都へ戻ってもらい、この件を報告してもらう。それにさっきも言ったように大勢だと動き難くなる場合があるからな」
「なら、隠れ家に入るのは私とダーク、ノワールとレジーナとジェイクの五人だけなのだな?」
「ああ、こういう所に入る時は人数は少ない方がいいからな」
ダークの話を聞いたアリシアは兵士たちを集めて彼らの役目を伝える。兵士たちは自分たちは何もせずに此処で待っていることにいささか不安を感じていたが、大勢では不利になることとパラサイトスパイダーのレベルのことを考えて危険だと感じ了承した。
兵士たちに役目を伝えたアリシアはダークたちのところへ戻る。アリシアが戻ってくるとダークたちは隠れ家である洞穴へ入って行く。今からパラサイトスパイダーの巣へ入るということがアリシアたちに緊張感を与える。ダークはそんなアリシアたちの先頭に立ち、アリシアたちを導くように先へ進んでいく。
――――――
隠れ家に入ったダークたちは一本道を進み続けていた。壁には松明が掛けられ、その僅かな光だけが薄暗い道を照らしている。ここまでダークたちはパラサイトスパイダーには遭遇しておらず、順調に進んでいた。だが、いつ襲い掛かってきてもおかしくない状況なため、ダークたちは少しも気を抜かずに状態で先へ進む。
「ここまでは何も起こらずに来られたけど……今にも飛び出してきそうな雰囲気ね」
一番後ろを歩いているレジーナは短剣を握りながら周囲を見回して慎重に進んでいる。レジーナの前にはジェイク、ノワール、アリシア、ダークの順番で歩いており、先頭にいるダークは他の四人以上に警戒しながら進んでいた。
ダークの後ろから前を見るジェイクはダークが道を間違えないように丁寧に道を教えている。と言っても今のところ分かれ道などはなく、ただ真っ直ぐ進んでいくだけなので道を間違えることも無かった。
「ジェイク、一本道はまだ続くのか?」
「ああ、もう少し進めば右へ曲がる道があるが、曲がらずにまっすぐ進んでくれ」
ジェイクに道を尋ねるダークは言われた通りに歩いていく。しばらく進むと、ジェイクの言った通り、数m先に真っ直ぐ行く道と右へ曲がる道が見えてきた。ダークは言われたとおり右へは曲がらずに真っ直ぐ進もうとしたが、何かに気付いたダークはピタリと足を止める。
「……待て!」
立ち止まり、左手を上げてついてくるアリシアたちを止めるダーク。アリシアたちは突然止まったダークを見て不思議そうな顔を見せた。
「どうした、ダーク?」
「……あれを見てみろ」
ダークが顎で前を指し、アリシアはダークの隣から前を見る。数m先に見える分かれ道の真っ直ぐ進む道を大量の蜘蛛の糸が塞いでいたのだ。
蜘蛛の糸が道を塞いでいるのを見たアリシアの表情は鋭くなり、ノワールたちもそれを見て表情が変わった。
「何よあれ……」
「あんなの、俺が隠れ家を出る時には無かったぞ」
「ということは、第八小隊の連中とアンタの部下が戦った後に蜘蛛どもが道を塞いだってことになるわね」
「そうなるな……。だが、なんで奴らはこんなことをしやがるんだ?」
道を塞ぐ理由が分からずに難しい顔をするジェイクとレジーナ。するとノワールが杖を握りながら真剣な顔で口を開く。
「簡単ですよ。外からの侵入者を巣に入れないためです」
「なんでそんなことをする必要があるの?」
「恐らく、大量の食料や苗床が手に入って外に出る必要がなくなったと考えてしばらく巣の中で暮らそうと考えたんでしょうね」
「大量の食料と苗床って……それじゃあ」
レジーナの頭の中に最悪の状況が浮かび、レジーナの表情が変わる。ジェイクもノワールの話を聞いて妻子がどうなったのかを想像し、顔から血の気が引いた。
ノワールは二人の顔を見てマズいことを言ってしまったな、というような顔になる。ダークはレジーナとジェイクを見て二人を落ち着かせようと声をかけた。
「落ちつけ、あくまでも可能性だ。まだ本当に捕まった連中が殺されたり苗床になっているとは限らない」
「だ、だけどよぉ……」
「奴らは少し前まで第八小隊と戦闘を行なっていたんだ。まだ外に敵がいると考えて守りを固めているだけなのかもしれない」
「そ、そうか……」
ダークの言葉に少しだけ安心したのかジェイクは小さく息を吐く。自分たちを利用するだけ利用しておいて平気で仲間を殺すパラサイトスパイダーやマザースパイダーが信じられなくなり、仲間が既に死んでいるのではないのかと不安になっているようだ。
落ち着きを取り戻したジェイクを見てダークは隣になっているノワールを見下ろし、軽く頭を叩く。
「ノワール、お前もあまり不安にさせるような発言はするな」
「すみません」
叩かれたところを擦りながらノワールは謝る。ダークは謝るノワールを見た後に再び前を向き、糸で塞がれている道を見てゆっくりと歩き出す。見たところ、蜘蛛の糸は普通の剣でも切れる程度の物なので時間を食うこと無く先へ進めるとダークは考えていた。
「まずはこの糸を切って先へ進むための道を……ん?」
ダークは右へ曲がる道を通り過ぎようとした時、何かに気付いてピタリと足を止めて右を向く。暗くて何も見えない奥を目を凝らして見つめていると奥からカサカサと何か音が聞こえてきた。
アリシアたちはダークが立ち止まって右を向く姿を見ると彼に近づいて同じように右の道を覗き込む。
「どうしたんだ? ダーク」
アリシアは奥を見つめながらダークに尋ねるがダークは質問に答えず黙って奥を見続けている。すると視線を変えずに奥を見ているジェイクに問いかけた。
「……ジェイク、この奥はどうなっているんだ?」
「この先は倉庫だ。予備の武器や防具なんかを保管しておく場所で、滅多に入らねぇから明りも付けてないんだ」
なぜそんなことを尋ねるのか理解できずに答えるジェイクはダークの顔を不思議そうに見つめた。アリシアとレジーナもジェイクと同じように理由が分からずに黙ってダークを見ている。
ダークは意識を集中させて暗い奥をジッと見つめながら技術のモンスター索敵を使う。すると、ダークはモンスターの気配を二つ感じ取り、大剣を構える。ダークが構えるのを見て、ノワールも素早くダークの隣へ移動して杖の先を暗い奥へ向けた。
その直後、奥から二匹のパラサイトスパイダーが現れてダークたちに向かってきた。一匹は地面を、もう一匹は天井を這いながら近づいてくる。もの凄い速さで近づいてくる二匹のパラサイトスパイダーを見てアリシアたちは驚き、咄嗟に武器を構えた。だが、アリシアたちが武器を構えた時には既にダークとノワールが動き、パラサイトスパイダーを迎え撃っていた。
ダークは地面を這うパラサイトスパイダーを大剣で真っ二つにし、アッサリと倒してしまう。ノワールは天井を這うパラサイトスパイダーに杖の先を向けており、彼の杖の先には青白い電気が集まっていた。
「雷の槍!」
魔法の名前を叫びながらノワールは杖の先から電気の矢をパラサイトスパイダーに向かって放つ。電気の矢はパラサイトスパイダーに直撃し、全身を青白く光らせながらパラサイトスパイダーは感電する。そして体から煙を上げながら地面に落ちた。
<雷の槍>は下級攻撃魔法の一つで火属性で言うところの火弾のような物だ。この魔法は電気の矢を敵に向かって撃つ魔法だが、属性は風属性となっている。しかし、電気ということで水の属性を持つモンスターには効果抜群で、水の中にいる敵にも大ダメージを与える事ができる魔法なため、LMFでも覚えるプレイヤーが多い魔法だ。勿論ダークもそのことを考えてノワールに電気の力を持つ魔法を多く覚えさせている。
アッサリとパラサイトスパイダー二匹を倒したダークのノワールの姿を見てジェイクは呆然とする。ダークの強さは隠れ家に入る前から知っているが、改めて彼がパラサイトスパイダーを倒す勇姿を目にし固まってしまう。そして、ノワールが魔法を使う姿を見て更に驚きを感じていたのだ。
「ス、スゲェなぁ……改めて見たが、あの黒騎士、とんでもなくつえぇ。しかも、あっちの坊主、魔法を使ったが、まさか魔法使いだったとは……」
「ああ、ダークの強さは私も知っているが、ノワールが魔法使いだというのは知らなかった」
驚くジェイクの隣で同じように驚いているアリシア。彼女はノワールが人間の姿になれることは知っているが魔法使いの職業を持っていることまでは聞かされていなかった。レジーナはバルガンスの町で見ていたため、驚いておらず、黙ってダークとノワールを見ている。
戦いが終えると、ダークは大剣を肩に担ぎながら動かなくなったパラサイトスパイダーの死骸を見下ろした。
「……入口を糸で塞いでも二匹を見張り役として隠しておいたか。どうやらコイツらの女王であるマザースパイダーという奴は思った以上に頭が回るようだな」
「ああ、俺たちが食料を奴の部屋に運んだ時に他のパラサイトスパイダーたちに何匹で行動しろだのこの敵はこうやって倒せだのいろいろと指示を出していたからな。噂通り、人間と同じような知識を持つ連中だ……」
「……フッ、モンスターである分、人間よりも厄介な相手だがな」
そう言ってダークは本来進むべき道へ戻り、道を塞いでいる蜘蛛の糸を大剣で切り道を作る。蜘蛛の糸の向こう側を覗くと壁や地面のあちこちに蜘蛛の糸が付いているのが見えた。その光景はまるでパラサイトスパイダーがこれ以上先へは進むなと警告しているようにも見える。
ダークは此処から先は更に危険になると感じたのか、一度振り返って後ろにいるアリシアたちの方を向いた。アリシアたちはダークが振り返って自分たちの方を向いたのを見て表情が少し鋭くなる。
「此処から先は更に危険になる。数が多いうえに奴らは毒を使ってくるからな。そこで、お前たちにこれを渡しておく」
そう言ってダークはポーチに手を入れて何かを取り出す。ダークの手の中には大きな緑色の宝石が付いた金色の指輪が三つあり、アリシアたちはその指輪を見て驚きの表情を浮かべた。
「うわあぁ! 凄い指輪、こんなの大きな宝石が付いてるなんて……」
レジーナは指輪に付いている緑の宝石に見惚れ、目を輝かせる。ジェイクも言葉はないがその大きな宝石に目を見開いていた。
「ダーク、この指輪はなんなんだ? 貴方の持ち物だ、ただの指輪ではないのだろう?」
ダークを見上げながらアリシアは指輪を指差して尋ねる。
アリシアはダークが今まで使ってきたアイテムのことを考え、これが只の指輪ではないことにすぐに気づいた。彼女は指輪がどんな物で身に付けるとどうなるのかがとても気になっているようだ。
「流石はアリシアだ、話が早くて助かる。この指輪は毒食いの指輪と言って、この指輪をはめている間は毒状態にはならないアクセサリーだ」
「えっ、毒にならない?」
指輪の効力を聞いたレジーナは思わず聞き返す。ジェイクも驚きと疑いが混ざったような表情でダークを見ている。アリシアはもうダークの使うアイテムの凄さに慣れたのか殆ど驚かなかった。
<毒食いの指輪>はLMFでは普通に店で買うことのできるアイテムだ。装備している間は敵の毒攻撃などを受けても毒にはならず、毒沼などの毒のフィールドに入っても毒状態にならないため、LMFのプレイヤーたちは必ずと言っていいくらい持っている。ただ、LMFでは装備アイテムを一定時間装備していると、そのアイテムに付いている効力を技術として覚えることができる。つまり、一定時間毒食いの指輪を装備していれば毒無効の技術を覚え、指輪を装備しなくても毒状態を防ぐことができるようになるということだ。ダークもその方法で多くの技術を覚え、今では毒は勿論、麻痺や即死、魅了状態にもならなくなっている。
ダークから指輪の効力を聞かされてレジーナとジェイクが驚いていると、アリシアは普通に指輪の一つを取り、指にはめようとガントレットを外そうとする。するとダークがアリシアを見てガントレットを外すのを止めた。
「ガントレットは外す必要はないぞ? その指輪は指に当てるだけで大きさが変わり、ガントレットの上からでも装備できるようになっている」
「えっ、そうなのか? まるで冒険者の腕輪のようだな」
LMFの指輪の便利さを知ってアリシアは意外そうな顔を見せ、ガントレットは装備したまま指輪にはめる。するとダークの言った通り、指輪は突如光り出して大きさが変わり、ガントレットの上からアリシアの指にはまった。
アリシアの指に指輪がはまるのを見たレジーナとジェイクは半信半疑で指輪を取り自分の指にはめた。
「よし、全員指輪をはめたな。これでどれだけ相手の毒を受けてもお前たちは毒状態になることはない」
「本当なのかよ?」
「信じる信じないはお前の勝手だ」
まだ若干疑っているジェイクを見ながらダークは答える。ジェイクは自分の指にはめられている指輪をジーっと黙って見つめた。
「そういえばダーク、貴方は指輪をはめなくて大丈夫なのか?」
「私は毒無効の技術をつけている。だから毒食いの指輪をつけなくても毒にはならない」
自分には毒は効かないことを伝えてダークは先へ進み、ノワールもその後に続く。アリシアもダークの背中を見ながら心配の必要はないと感じ、微笑みながらついていった。
残ったレジーナとジェイクは毒が効かない技術などダークの言った言葉の意味が分からずに少し混乱している。しかしすぐに三人が先へ進んでいることに気付き、慌てて後を追うのだった。




