第百九十八話 異世界の魔宮殿
バーネストに戻ったダークはセルメティア王国で見た宮殿について調べる為にノワールを連れてすぐに自分の執務室に移動する。アリシアはレジーナ達にマーディングから依頼を受けたのでバーネストから出ないようにと伝える為、バーネストに戻った直後にダークと別れた。
執務室に戻ったダークは山積みにされているアイテムの中から数冊の本を取り、机に座って選んだ本を開き、宮殿の事を調べ始める。集中して調べたいのか、ダークは兜を外して真剣な表情を浮かべながら本を黙読していく。
ダークが所持する本の中にはダークがLMFで発見したアイテムや遭遇したモンスターの情報が記録された物があり、その中には過去に攻略したり、侵入したダンジョンの情報が書かれた本もある。セルメティア王国で見た宮殿がダークがLMFで見た事のある宮殿と似ていた為、LMFの本を調べれば同じ宮殿なのか、そうでないのかを知る事ができると思い、本を調べる事にしたのだ。
長い時間を掛けて一冊の本を調べ終えたダークは別の本を開く。ノワールも小さな椅子に座りながら本を開いて情報を探している。そして、空がすっかり暗くなった頃、ダークはようやく目的の情報を見つける事ができた。
「あったぞ、これだ」
ダークは開いている本のページを指差し、ノワールはダークの隣に移動してその本を覗き込む。そこには日本語で細かい字が書かれてあり、文章の隣にはセルメティア王国で見た宮殿と同じ宮殿と庭園の絵が描かれてあった。
「これは……同じですね、あの宮殿と……」
「ああ、まさか本当にLMFの宮殿と同じとは思わなかった」
「面倒な事になりましたね……」
ノワールは低い声で呟き、ダークも舌打ちをする。二人にとって最も恐れていた結果が出てしまった。
「これは、俺がいてもちょっとキツイ冒険になるかもな……」
「マスター、どうしますか?」
「……とりあえず、お前はアリシア達を会議室に集めてくれ。俺はこの情報をこの世界の文字に書き直してから会議室に行く」
「分かりました」
ノワールは持っている本をダークの机の上に置くと山積みにされているアイテムを倒さないように注意しながら早足で執務室から出ていく。残ったダークは白紙の羊皮紙を数枚と羽ペンを取って情報が書かれた本を見る。
「さて、これを全部この世界の文字に変えるのは少し骨が折れそうだな」
少し複雑そうな表情を浮かべながらダークは本に書かれてある日本語の文章を異世界の文字で羊皮紙に書いて行く。会議室に集まる全員分を用意する必要がある為、何度も同じ文章を書かなくてはならないので、ストレスの溜まる作業と言えた。
十数分後、ノワールに呼ばれたアリシア、レジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアが会議室に集まり、全員は長方形の机を囲んで椅子に座る。アリシアとノワール以外はセルメティア王国で発見された未知の扉とその先にある謎の場所を探索するという話をするからか、どこか興味のありそうな表情を浮かべてダークが来るのを待っていた。
「ねぇ、ダーク兄さんはまだなの?」
「マスターは本に書かれてある文章をこっちの世界の文字で書き直しています。少し時間が掛かるのでもう少し待ってください」
「は? こっちの世界の文字?」
レジーナはノワールの言葉の中に気になる部分がある事に気付き、小首を傾げながら訊き返す。ジェイクとヴァレリアもノワールを不思議そうな表情で見ていた。
「ノワール、やはりあの宮殿はLMFでお前達が見たものと同じものだったのか?」
先に話を聞いていたアリシアは僅かに低い声でノワールに尋ねる。まだ詳しく聞かされていないレジーナ達はアリシアの言葉を聞くと視線を彼女に向けた。
ノワールはアリシアの方を向くと真剣な表情を浮かべ、静かに口を動かした。
「それはマスターがいらっしゃった時にお話しします」
「そうか……」
アリシアはノワールの表情と言葉からセルメティア王国で見た宮殿がLMFでダークが見た事のある宮殿と同じものだと確信する。そして同時に、どうしてLMFに存在した宮殿がこの世界にあるのかと疑問を抱くのだった。
それからしばらく会議室でアリシア達がマーディングから受けた依頼の事を話していると、会議室の扉が開いて兜を被ったダークが入って来る。アリシア達はダークが入室してくると真剣な表情を浮かべて彼に視線を向けた。レジーナだけは待ちくたびれていたのか、やっと来た、と言いたそうな顔でダークを見ている。
「待たせたな、皆」
「遅いわよ、ダーク兄さん。あんまり遅いもんだから眠っちゃうところだったわ」
「おい、レジーナ」
時間が掛かった事に文句を言うレジーナをジェイクが低い声で止める。マティーリアとヴァレリアはレジーナを見てやれやれ、と言いたいのか呆れ顔をしていた。
「悪かったな、文章を訳すのに思ったよりも時間が掛かってしまったのだ」
遅れた事を謝罪しながらダークは自分の席につき、持っていた羊皮紙を机の上に置く。
会議室に全員が揃い、ダークは集まっているアリシア達を見て薄っすらと目を赤く光らせる。アリシア達も真剣な表情を浮かべたままダークを見ていた。
「さて、早速だが今回受けた依頼について説明をする。今回の依頼はマーディング殿からアルメニスの近くにある岩山で発見された未知の扉の先にある宮殿の調査と先行した冒険者達の探索だ」
「宮殿?」
「岩山の中にか?」
岩山の中に宮殿があるという普通では考えられない話にレジーナとジェイクは思わず訊き返す。ダークは二人の方を見ると小さく頷いた。
「そうだ、どうやらその未知の扉は転移門の様な物で岩山とは全く別の場所に繋がっているようなのだ」
「転移門? どうしてそんな物がセルメティア王国の岩山の中にあるのよ?」
「それは私にも分からん。ただ、一つだけハッキリしているのは、あの扉はこの世界の人間が作った物ではない、と言う事だ」
「え?」
ダークの口から出て言葉にレジーナは反応する。ジェイク達も少し驚いた様な顔でダークを見ており、アリシアも目元を僅かに動かしながらダークを見ていた。
「お、おい兄貴、それはどういう事だよ?」
意味が理解できないジェイクがダークに尋ねと、ダークはジェイクの方を向いて目を赤く光らせる。
「あの扉は私が前にいた世界、つまりLMFで作られたアイテムだと言う事だ」
「何だってぇ?」
ジェイクは驚きのあまり思わず席を立って高い声を出す。レジーナ、マティーリア、ヴァレリアもダークの予想外の言葉に目を見開いていた。
「LMFで作られた……若殿、それは間違いないのか?」
「間違いありません」
マティーリアはダークに質問するとノワールが代わりにマティーリアの質問に答えた。
「僕達が扉の先で見た宮殿は以前僕とマスターが入った事のある宮殿と同じものでしたから」
「確かなのか? 似ているだけではないのか?」
「僕達も最初はそう思い、バーネストに戻ってLMFから持って来た資料を調べてみました。そしたら、岩山で見た宮殿がLMFで見た宮殿と同じものだったんです」
「なんと……信じられんな……」
別の世界の建造物がこの世界に現れた、マティーリアは深刻そうな表情を浮かべて小さく俯く。レジーナとジェイクも信じられずにマティーリアと同じような顔をしている。
「それでダーク、お前はその宮殿がどんな所なのか知っているのか?」
黙って話を聞いていたヴァレリアが腕を組みながらダークに宮殿がどんな場所なのか尋ねる。するとダークは持って来た羊皮紙を全員に配り、アリシア達は配れらた羊皮紙に目を向けた。そこには異世界の文字で文章がビッシリと書かれてある。
「それは私が見つけたLMFの資料をお前達でも読めるようにこの世界の文字で書き直したものだ」
「ほぉ、随分細かく書いてあるな?」
「今回行く場所はかなり面倒で厄介な場所だからな。知っておいた方がいい情報は書いておいた」
ダークが低い声を出すと、アリシア達は一斉にダークに視線を向ける。神に匹敵する力を持つダークが面倒で厄介、などと口にするとは思わなかったのでレジーナ、ジェイク、マティーリア、ヴァレリアの四人は驚いた顔をしており、アリシアとノワールも鋭い表情を浮かべていた。
全員が黙り、視線が自分に向けているのを確認したダークは羊皮紙を手に取り、アリシア達に宮殿について説明を始める。
「まず、私達が見た宮殿だが、あそこはフルールア宮殿と呼ばれており、LMFでは一定の期間だけ足を踏み入れる事ができたダンジョンだ」
「フルールア宮殿、どんな所なのじゃ?」
「嘗ては数十種類の花で埋め尽くされ、庭園だけでなく、宮殿の中にまで花の香りが広がっていたらしく、人々はその宮殿の美しさと漂う花の香りから花の聖域と呼んでいたそうだ」
「花の聖域か、見た事が無いからピンと来んのぉ」
宮殿の事を凄く言われてもよく分からないマティーリアは難しい顔を浮かべる。レジーナも同じような顔で羊皮紙の文章を黙読していた。
「ところがある日、ある植物が宮殿の中で暴走を起こし、宮殿と庭園はその植物に支配されてしまった。宮殿や庭園の花はその植物に栄養を奪われて全て枯れてしまい、宮殿にいた女王や使用人達も行方不明となり、誰も寄り付かないモンスター達の巣窟と化してしまったのだ」
羊皮紙を見ながらダークはフルールア宮殿がどうやって今の状態になったのかを説明し、アリシア達はそれを黙って聞いている。
嘗ては美しいと言われていた宮殿がなぜモンスター達の巣窟となってしまったのか、アリシア達は疑問に思う。すると、羊皮紙を読んでいたヴァレリアは不思議そうな顔でダークの方を見た。
「ダーク、随分とそのフルールア宮殿について詳しいようだが、お前はどうやってその情報を得たのだ?」
「……LMFにも情報屋というのが存在してな、その者から買い取ったのだ」
「成る程な」
ヴァレリアはダークの説明を聞いて納得したのか視線を再び羊皮紙に戻した。アリシア達もダークの話を聞いてLMFには優れた情報屋がいるのだなと感心する。
ダークが語った内容はLMFで説明されたフルールア宮殿のイベントクエストの簡単な設定だ。LMFでは物語になっているイベントクエストが発生した時にはそのイベントクエストのステージとなる場所やダンジョンの設定が公開される事になっている。ダークは本に記録されていたその設定内容をアリシア達に説明しただけなのだ。
LMFがVRMMOの世界である事を知らないアリシア達にイベントクエストの設定だとは言えないので、ダークは情報屋から情報を買い取ったと嘘をついてヴァレリアを納得させた。アリシア達を騙す事にダークは少し心を痛めたが、今になってVRMMOとは何なのか、など色々聞かれても困るのでダークはあえて真実を言わないようにしたのだ。
「それで兄貴、モンスターの巣窟になっちまったその宮殿の中はどうなってるんだ?」
ジェイクはダークの方を向き、持っている羊皮紙を指で軽く弾きながら尋ねる。アリシアもフルールア宮殿の過去よりも、現状の方が気になるのか、ダークの方を見て説明してくれ、と目で伝えた。
「宮殿の中は植物に支配されており、至る所に植物の罠などが仕掛けられている。あと、生息しているモンスターも殆どが植物族モンスターだ。だから攻略するなら火属性の魔法が使える魔法使いか、ドルイド系の職業を持つ者を同行させた方がいい」
ダークはフルールア宮殿の中や遭遇するモンスターの種族などを羊皮紙を見ながら語り、アリシア達もダークの話を聞きながら羊皮紙を見てモンスターの種類や仕掛けられている罠がどんな物なのかを確認する。
他にも羊皮紙にはフルールア宮殿で手に入るアイテムなども書かれてあり、宝に興味があるレジーナは少し興奮している様な表情を浮かべていた。魔法薬の調合を行っているヴァレリアもフルールア宮殿で自分の知らない薬草が手に入る事を知り、興味のありそうな顔で羊皮紙を読んでいた。
「それにしても、よくここまで詳しい情報が書いてあるのぉ。これらも情報屋から買い取ったのか?」
「まさか、何もかも情報屋から買い取っていては金が無くなってしまう。自分で手に入れられる情報は自分で手に入れていた」
「ん? と言う事は、若殿はこの宮殿に行った事があるのか?」
「ああ」
マティーリアの質問にダークは静かに答え、それを聞いたレジーナ達は目を見開いてダークを見る。彼女達はてっきりダークはフルールア宮殿に入った事が無いとばかり思っていたが、ダークが入った事があると知って驚いたのだ。同時に行った事のあるダークがいればフルールア宮殿の攻略も簡単だと感じた。
「兄貴が行った事があるのなら、俺達と一緒に来てくれよ。そうすればこの宮殿の攻略も簡単にできるだろう」
「そうよ、ダーク兄さんも一緒に行きましょう!」
ジェイクとレジーナは小さく笑いながらダークを冒険に誘う。レベル100で攻略経験のあるダークが一緒なら大丈夫だと考えていた。一方のマティーリアとヴァレリアは一国の王であるダークを冒険者の仕事に同行させるのはマズいと思っており、呆れた様な顔でレジーナとジェイクを見ていた。
「勿論、私も同行するつもりだ。最近は王の仕事ばかりしていてストレスが溜まっていたからな、ストレスを発散する為に一緒に行く」
ダークが同行すると聞いてレジーナとジェイクはよしっ、と言いたそうな顔をし、マティーリアとヴァレリアは少し驚いた表情を浮かべた。
一国の王がストレスが溜まっているからと言って王城を抜け出してもいいのかとヴァレリアは思っている。しかし、マティーリアはダークが同行してくれれば冒険が楽になるのは間違いないので内心ではダークが同行する事を喜んでいた。
「ただ、私が同行するからと言って、簡単にあの宮殿を攻略できるとは限らないぞ」
「え?」
「どういう事じゃ?」
レジーナとマティーリアは不思議そうな顔で尋ねる。ダークは持っている羊皮紙を机の上に置くと静かに腕を組み、そんな彼をノワールは黙って見つめていた。
「……確かに私はあの宮殿に入った事はある。だが、完全に攻略する事はできなかった」
「攻略できなかった? どうして?」
「当時の私はまだレベルが低く、職業も暗黒騎士ではなかった。ノワールもレベルが低い上に強力な魔法は習得していなかった為、私達は宮殿の途中までしか進む事ができなかったのだ」
「それってつまり、ダーク兄さんが弱かった頃に行った事があるって事なの?」
「そうだ、だから宮殿の入口付近や中間あたりに出現するモンスターや罠の事は知っているが、一番奥については私も何も分かっていない」
ダークが攻略できなかったという事実を知ったアリシア達は驚きの表情を浮かべる。ダークはLMFでフルールア宮殿を完全攻略したと思っていたのにダークが途中までしか攻略できていなかったという事実を知って大きな衝撃を受けた。
「しかもあの宮殿は奥に進めば進むほどモンスターのレベルも高くなる。奥の方ではモンスター達のレベルの平均で75は行くだろう」
「へ、平均で75!? あたし達よりも上じゃない!」
「おいおい、どうしてそんなおっそろしい場所がこの世界に現れたんだよ?」
モンスターの強さに驚きレジーナとジェイクは動揺を見せる。今まではどんな敵と遭遇しても既に人間の限界、英雄級の実力を得た自分達なら難なく敵を倒せると二人は思っていた。しかし、フルールア宮殿の中には英雄級の実力を持つ自分達よりもレベルが上回っている敵がいる。そんな危険な場所をどうやって攻略すればいいのか、レジーナとジェイクは不安を感じるようになっていた。
「落ち着かんか、二人とも。若殿が同行するのじゃ、例え妾達よりもレベルが高いモンスターが出てきても大丈夫なはずじゃ」
動揺するレジーナとジェイクをマティーリアは冷静に落ち着かせる。流石は長い年月を生きて来た元グランドドラゴンというだけあって、いきなり取り乱したりはしなかった。
確かにレベル100のダークがいれば平均レベル75の敵が現れても大丈夫だと気付き、レジーナとジェイクは落ち着きを取り戻し、ゆっくりと深呼吸をする。マティーリアはそんな二人を見てやれやれと首を横に振った。
「マティーリアの言うとおり、強力なモンスターは私が相手をするから問題は無い。だが、あまり心配する必要は無いと思うぞ?」
「どういう事だ?」
「お前達は少し自分を過小評価しすぎている。確かにお前達は宮殿の奥で出現するモンスター達よりはレベルが低いかもしれない。だが、お前達は私が与えた武具を装備している為、攻撃力と防御力はかなり強化されている。だからレベルは60でもレベル70代の強さを持っているはずだ」
「そ、そうなのか?」
「ああ、間違いない」
自分達が想像していた以上に強いとダークから聞かされ、ジェイクとレジーナは驚き、同時に今の自分達なら強力な上級モンスターとも互角に戦える事を知って嬉しさを感じた。
レジーナとジェイクが笑みを浮かべる姿を見てアリシアとノワールは苦笑いを浮かべ、マティーリアはヴァレリアはレジーナとジェイクの笑みを見て単純だな、と感じる。そんな中、ダークは話の内容をフルールア宮殿に戻した。
「宮殿の中間あたりまでなら難なく攻略する事はできるだろう。だが、中間の先に何があるのかは私にも分からない。それと宮殿にどんな敵が存在し、どんな罠が仕掛けてあるのか私とノワールも全てを把握しているわけではない。もう何年も前の事だからハッキリと覚えてはいないし、羊皮紙に書いてある情報も本に書かれてあったものだけだ。何よりも、あの宮殿に出て来るモンスターや仕掛けがLMFと同じとは限らないしな」
「つまり、宮殿に入って見ない事には詳しい情報は分からない、と言う事か?」
ダークはアリシアの方を向いて無言で頷き、それを聞いたアリシアは真剣な表情を浮かべる。確かに此処はLMFとは違う世界なのでLMFと同じ宮殿だとしても、出現するモンスターの種類や数までもが同じとは限らない。
異世界で発見されたのだから、何らかの影響を受けて一部に変化があってもおかしくないとダークは考えており、アリシアやレジーナ達もダークでも理解できない事が起きるかもと感じる。
「とにかく、どんな場所なのかは直接中に入って確かめないと分からない。各自、万全の状態で冒険ができるようにしておけ」
ダークの言葉にレジーナ、ジェイク、マティーリアは無言で頷く。今回ばかりは今までの様な軽い気持ちで冒険するのは危険だと、三人の本能が警告していた。
「俺はオスクロとして冒険に参加し、ノワールも身分を隠して一緒に行く。アリシア、君はファウと一個小隊を連れて扉を潜った先まで同行し、私達が宮殿に入ったら外で待機しててくれ。もし私達に何か遭ったらメッセージクリスタルで連絡を入れる。そしたらファウ達を連れて宮殿に突入してくれ」
「分かった」
アリシアはダークの顔を見ながら小さく頷く。流石に今回ばかりはダークでも簡単に仕事を終わらせる事はできないとアリシアも感じているらしく、僅かに不安そうな声を出していた。
「ヴァレリア、お前は毒や麻痺を治す魔法薬を用意しておいてくれ。植物族モンスターは相手を毒や麻痺状態にする能力を使ってくるからな」
「了解だ……その代わり、宮殿の中で珍しい薬草などを見つけたら回収しておいてくれ? 今後の研究に役立てたいのでな」
「ああ、覚えておこう」
ヴァレリアの依頼を受けたダークは頷きながら返事をする。ダークもフルールア宮殿で採取できる薬草には興味があり、見つけたら採取しようと考えていた。
イベントクエストのダンジョンでは奥へ進めば進むほどレア度の高いアイテムが手に入る。昔のダークはダンジョンの途中までしか進めなかったので、宮殿の奥で手に入るアイテムは持っていない。だから今回の冒険では最深部まで進み、昔手に入れられなかったアイテムをしっかり手に入れようと思っていたのだ。
「ところでダーク、この宮殿の情報が書かれた羊皮紙だが、セルメティア王国の冒険者達にも渡していくのはどうだ? 渡しておけば、彼等も宮殿の中を攻略しやすいと思うのだが……」
「……いや、それはできない」
ダークはアリシアの提案を却下し、アリシアはダークが意外な答えを出した事に驚いたのか意外そうな顔をした。
「なぜだ?」
「考えてみろ、突然岩山の中に現れた扉の先にある宮殿の情報が書かれた羊皮紙をマーディング殿やセルメティアの冒険者に渡したらどうなる? なぜ私が未知の場所の情報を持っているのだと、マーディング殿達が怪しむだろう? 下手をすれば私があの宮殿を出現させたと疑われ、最悪の場合は別の世界から来たという事もバレてしまう」
「た、確かにそうだな……」
「……情報の方は心配するな。ちゃんと考えはある」
「考え?」
「まず、私達が先遣隊として宮殿の中に入る。そしてある程度調べたら宮殿の外にいる他の冒険者と合流し、宮殿の中やモンスターの情報を書いた羊皮紙を渡すんだ。これなら宮殿の中に入った時に情報を得たと思われ、怪しまれる事もない」
「成る程」
正体がバレないようにする為の作戦もしっかりと考えていたダークにアリシアは感心し、レジーナ達も流石だと言いたそうな顔をする。別にそこまで驚かれるような考えでもないのに感心するアリシア達を見てダークは複雑な気分になった。
「と、とにかく、出発は明日の朝だ、それまでにしっかりと準備をしておけ?」
ダークの言葉にアリシア達は揃って返事をする。それからもうしばらく簡単な情報確認をしてからダーク達は会議を終わらせえた。
――――――
翌日、まだ太陽が姿を見せていない時間の王城の入口前にダーク達は集まっていた。レジーナ、ジェイク、マティーリアはダークから授かった鎧と武器を装備しており、アリシアも聖騎士の装備で三人の近くに立っている。その後ろには十二人の黄金騎士が整列して控えていた。
アリシアの隣には漆黒の鎧を着て、腰にサクリファイスを納めているファウが立ってアリシア達を見ている。彼女はビフレスト王国に移住してからダークの直轄部隊の隊長に任命され、王城を自由に出入りできる程の身分となった。勿論、給金も多くもらえる為、城下町で家族と何不自由なく暮らしている。
そして彼女はアリシア達と同じようにダークの正体とレベルを知らされ、ダークの数少ない協力者となっている。ダークの正体を知ったファウはダークの事を無類の強さを持ち、自分の人生を変え、裕福な暮らしを与えてくれた神の様な存在と思うようになった。
集まっているアリシア達の前にはダークが立っていた。いつもの漆黒の全身甲冑ではなく、銀色のスケイルメイルと白いガントレット、ボロボロの黒いのフード付きマントを装備した姿で、顔は二つの赤い目が付いた仮面で隠し、腰に二本の短剣が収めた盗賊オスクロの恰好をしている。
ダークの隣には少年姿のノワールが立っていた。ただ、いつもの魔法使いとしての姿はしておらず、銀色のハーフアーマーと長袖長ズボン、メイスを装備した戦士風の恰好をしている。更に顔には白い狐面の様な仮面を付けており、素顔は見えない。これはノワールがビフレスト王国の首席魔導士としての身分を隠す為の恰好だった。
「よし、そろそろ出発するぞ」
アリシア達の方を向いてダークは出発する事を伝え、アリシア達も無言で頷く。今までと違い、これから難しい冒険に出る為か、アリシア達はいつも以上に真剣な表情を浮かべている。
ダーク達の前には冒険に出る彼等を見送る為にアリシアの母であるミリナ、ジェイクの妻であるモニカ、そしてヴァレリアと鬼姫が立っていた。ミリナとモニカは少し心配そうな顔でアリシア達を見ている。いくらアリシア達が強いと言ってもやはり危険な冒険に出るので、家族として心配なようだ。レジーナの家族は幼いせいか早朝に起きる事ができず、見送りに来る事はできなかった。
「アリシア、分かっていると思うけど、無理はしないようにね?」
「ハイ、お母様」
心配するミリナの顔を見ながらアリシアは小さく頷く。ミリナもアリシアの顔を見ながら彼女が無事に戻ってくる事を心の中で祈っていた。
「悪いな、こんな朝早くに見送りに来てもらって?」
「何を言ってるのよ、仕事に出る夫を見送るのが妻の務めよ」
「ハハハ、そうか」
笑うジェイクを見てモニカも小さな笑みを返す。冒険者の妻である為か、モニカはミリナほど心配するような顔はしていなかった。だがそれでも心の中では夫が無事に帰ってくる事を願っている。
「ダークさん、娘が無理をしないよう、お願いします」
ミリナはダークの前まで移動し、小さく頭を下げながらアリシア達の事を頼む。アリシアは子供扱いする母を見て僅かに頬を赤くした。
「大丈夫ですよ、今回アリシアには後方で待機してもらいますので。あと、この姿をしている時はダークとは呼ばず、オスクロと呼んでください」
ダークは素の口調で心配しなくても大丈夫な事、そして自分を呼ぶ名を気を付けてほしいと伝える。ミリナはダークがそう言うのなら大丈夫だと考え、少し安心した表情を浮かべた。
「それでは行ってきます。予定では三日ほどで戻れると思いますので」
「そうですか、ダー……オスクロさんもお気をつけて」
自分の事も心配してくれるミリナにダークは無言で頷く。ミリナ達はゆっくりと後ろに下がってダーク達から離れ、ミリナ達が離れたのを確認するとダークはノワールの方を向いて頷いた。ノワールはダークが頷くのを見て何をするべきか理解し、後ろを向いて両手を前に出した。
「転移門!」
ノワールは最上級魔法である転移門を発動させた。その直後、ダーク達の後方に少し小さめの深紫色の転移門が現れる。魔法使いの装備をしていなくても、ノワールは普通に魔法は使う事ができた。
いつものノワールならテレポートを使って移動するのだが、今回は二十人近くの人数を転移させる必要があるので、人数制限の無いゲートで移動する事にしたのだ。
「マスター、転移門を開きました」
「よし、全員アルメニスへ向かうぞ」
ダークの転移門を見ているアリシア達に声をかけ、ダークの声を聞いたアリシア達は一斉にダークの方を向き、分かったと目で伝える。
まず、ダーク達はセルメティア王国の首都であるアルメニスへ転移し、そこでマーディングやセルメティア王国の冒険者達と合流してから岩山に行く事になっている為、転移先はアルメニスになっていた。
アリシア達は転移門を潜ってアルメニスへ移動し、最後にダークが転移門を潜ると転移門は静かに消滅する。残されたミリナ達は転移門が現れた場所を黙って見つめていた。