第百九十六話 のどかな日常
バーネストの中心にある王城、窓からは太陽の日が差し込み、城内の部屋や廊下を明るくしている。のどかな雰囲気の城内ではメイド達が仕事をし、青銅騎士達が見回りをしていた。
静かな二階の廊下をアリシアが一人で歩いている。手の中には羊皮紙があり、そこに書かれてある文章をアリシアは歩きながら黙読していた。
羊皮紙に書かれてある内容はビフレスト王国の各町に配備されている軍の戦力についてだ。どの町にどれだけの戦力を補充すればいいのか、補充する必要はないのかなどが書かれてあり、アリシアはそれらを一つずつ頭に入れていった。
「テラームの町とズーの町には二個中隊を送り、ゼゼルドの町には一個中隊で十分だな。あと、アルマティン大平原に建設される砦に送る戦力も用意しなくては……」
アリシアは何処にどれだけの戦力を送り込むのかを確認する様に呟く。ビフレスト王国の総軍団長であるアリシアにはビフレスト王国軍の戦力を自由に動かし、どれだけの戦力を送るのかを決める権利がある。送り込む戦力次第で各拠点の防衛力が変わってくるので、ある意味で非常に重要な仕事と言えた。
自分の判断次第で何か起きた時に各拠点が危険にさらされるかもしれないので、アリシアは真剣に送る戦力を決めた。
「とは言え、バーネストを護る為の戦力もちゃんと残しておかないといけないから、あまり多くの戦力を送る事もできないな」
アリシアはゆっくりと立ち止まり、難しい顔をしながら戦力の分け方を考える。首都であるバーネストにある戦力を考えながらバランスよく分ける必要があった。
「……まぁ、帝国との戦争も終わったわけだし、多少無理をしても問題無いか」
そう言いながらアリシアは苦笑いを浮かべ、窓の外を眺めた。
デカンテス帝国との戦争が終わってから既に二ヶ月が経過した。あれから大きな事件などは起きておらず、ビフレスト王国の国民達は各町で平和に過ごしている。バーネストの城下町も賑やかで、とても二ヶ月前に帝国と戦争していたとは思えないほどだった。
当初、建国したばかりのビフレスト王国が大陸最大の国家であるデカンテス帝国と戦争をすると聞いたビフレスト王国の国民達は不安を露わにしており、戦争は絶対にビフレスト王国が負けると誰もが思っていた。しかし、国民達の予想とは裏腹にビフレスト王国は帝国軍に連勝し、あっという間に帝国軍に勝利。戦争に勝利した事を聞いた国民達は大きく驚き、同時に帝国軍に勝利した事を喜んだ。
ビフレスト王国がデカンテス帝国に勝利した事はビフレスト王国だけでなく、同盟国であるセルメティア王国やエルギス教国、同盟を結んでいないマルゼント王国にも広がり、各国から観光客や移住を求める者がビフレスト王国を訪れている。その為、首都や各町の住民や訪れた者達を管理、護る為に戦力の補充をする必要があった。アリシアが先程見ていた羊皮紙の内容もその事についてだ。
「とりあえず、今動かせる戦力だけを各拠点に送る事にしよう」
まずは動かしても問題無い戦力だけを各町へ送る事を決めたアリシアは持っている羊皮紙を丸めて小さく息を吐く。ここ数日、総軍団長の仕事に追われており、彼女の顔には僅かに疲れが見えていた。
「フゥ、この仕事が終わったら少し休憩するか……」
総軍団長として忙しい身ではあるが、体を壊してしまったらそれこそ問題なので、しっかりと総軍団長としての仕事を熟す為にも休憩を取るべきだと考える。
アリシアは自分が使っている執務室へ向かおうとした。すると、フッと顔を上げて何かに気付いた様な表情を浮かべる。
「そう言えば、前にダークと話していた直轄部隊についてもう一度話しておいた方がいいな……執務室へ向かう前に一度ダークに会いに行くか」
ダークに確認しておきたい事があるのを思い出したアリシアはダークに会ってから執務室へ戻る事にし、ダークの部屋に向かう為に歩き出す。
しばらく廊下を歩くとアリシアはダークが使っている執務室の前に到着した。この時間帯、ダークは自分の執務室で仕事をしているので、それを知っていたアリシアは真っすぐ目の前の部屋に来たのだ。
「ダーク、私だ。直轄部隊の件で確認したい事があるのだが……」
アリシアは扉をノックしながら執務室の中にいるダークに呼びかける。しかし、ダークの返事は聞こえず、アリシアはダークに自分の声が聞こえていないのかと感じ、もう一度ノックをした。
「ダーク、アリシアだ。ちょっといいか?」
今度は少し大きな声でダークに呼びかけてみるが、やはりダークの返事は無かった。アリシアはダークは執務室にはいないのかと感じ、別の場所を探しに行こうとする。すると、執務室の中から物音が聞こえ、それを聞いたアリシアは扉の方を向いた。
「何だ、やっぱり部屋にいるのか」
部屋にいるのに返事をしないダークにアリシアは少し不機嫌そうな顔をする。今度は強めにノックをしてやろうと考えるアリシアはジッと扉を睨みながら扉を叩こうとした。すると、執務室の中からガタガタと少し大きな音が聞こえ、アリシアは思わず目を見開く。
返事もせずにダークは中で何をやっているのか、気になるアリシアはそっと扉を開けて中を覗き込んだ。
「おい、ダーク、さっきから返事もせずに何を……いいっ!?」
執務室の中を覗き込んだ瞬間、アリシアは目を丸くしながら驚く。執務室の中には大量の武具やアイテムがあり、それが山積みにされながら部屋のあちこちに置かれていたのだ。そこはもはや執務室というよりも物置と言った方がいい状態だった。
アリシアが目の前のアイテムを見て呆然としていると山積みにされたアイテムの陰から一人の少女が姿を見せる。十代前半ぐらいで肩まである濃い黄色の髪と僅かに尖った耳は持つ少女だ。恰好は少し高級感が感じられる長袖の服と半ズボンを履いており、少し小さめの箱を両手で持っていた。
「……あっ、お姉ちゃん」
「リアン、どうしてお前が此処に?」
少女の顔を見てアリシアは少し意外そうな表情を浮かべて尋ねた。そんなアリシアを見て少女は小さく笑みを浮かべる。
リアン・ファンリード、元はエルギス教国に住んでいたハーフエルフだったのだが、家族を殺されて行き場を無くしていたところをアリシアに拾われてファンリード家の養子となった。養子になった事でアリシアの義理の妹となり、現在はアリシアの母、ミリナと共にバーネストの王城で生活している。
持っている箱を床に下ろすとリアンはくたびれたのか小さく息を吐いた。
「ちょっとダークさんに頼まれて手伝いをしていたの」
「手伝い?」
アリシアは不思議そうな顔をしながら小首を傾げていると部屋の更に奥で山積みにされているアイテムの陰からダークが姿を見せた。いつもの全身甲冑は装備しておらず、動きやすい服装で素顔を見えた状態だ。
「おお、アリシア。どうしたんだ?」
ダークはアリシアの姿を見ると不思議そうな顔で尋ねる。そんなダークの顔を見てアリシアは呆れ顔になり深く溜め息をつく。
「どうしたんだ、じゃない! さっきからノックをしているのに全然返事をしなかったじゃないか」
「あれ? ノックしてたのか? わりぃわりぃ、仕事に集中してて全然気づかなかった」
苦笑いを浮かべながらダークは自分の後頭部を掻いて謝る。アリシアはやれやれ、と言いたそうな顔をしながら首を横に振った。
「それよりも、この山積みにされている武具やアイテムは一体何なんだ?」
アリシアは部屋中を見回して山積みにされているアイテムについて尋ねる。どのアイテムも見た事が無い物ばかりで、アリシアは執務室にあるアイテムのほぼ全てがLMFのアイテムだと思っていた。
ダークは肩を回しながらアリシアの方へ歩いて行き、アリシアの目の前まで移動すると服についてる埃を払いながらアイテムに視線を向けた。
「いやぁ、こっちの世界に来てからポーチの中に何が入っているのか一度も確かめていなかったのを思い出してな。一度ポーチの中の物を全部出してアイテムの数や種類をチェックしてみる事にしたんだ。最初はノワールと二人でやってたんだけど、思ったよりも数が多くてな。たまたま近くにいたリアンに手伝ってもらってたんだ」
「……それでポーチからアイテムを出している間に置き場所が無くなってこんな風に山積みにした、という訳か」
「まぁ、そういう事だ」
再び苦笑いを浮かべるダークにアリシアはまた深い溜め息をつき、顔に手を当てながら首を横に振る。
「何でわざわざこんな狭い執務室でやっているんだ? 中庭とか広い所でやればよかっただろう?」
「そうしたいのは山々だったんだが、どのアイテムもこの世界には存在しない物だろう? アリシア達みたいに俺の正体を知っている人に見られるならともかく、何も知らない人にアイテムを見られると後々面倒な事になるから、なるべく人目のつかない所でやりたかったんだよ。でも、結局いい場所が見つからなくて、俺が仕事で使ってるこの部屋でやる事にしたんだ」
「成る程な」
アリシアはダークの話を聞いて複雑そうな表情を浮かべながら納得する。リアンは二人の話の内容が難しくて理解できないのか、二人の顔を交互に見ながら不思議そうな顔をしていた。
別の世界から来たダークが所持する武具やアイテムはどれも異世界では国宝級かそれ以上の価値がある。そんな物をダークが大量に持っている事をダークの正体を知らない者が知れば大騒ぎになる可能性は高い。そうなればアイテムを盗もうとする者が現れたりするなど、色々と面倒な事になる為、誰にも見られないように執務室で所持品のチェックをしていたのだ。
執務室で所持品のチェックをしていた事に納得したアリシアはもう一度部屋の中を見回す。美しいアイテムや大きなアイテム、不思議な雰囲気を出すアイテムなど、無数の見た事の無いアイテムを目にしたアリシアは改めてダークは凄いアイテムを大量に持っているのだと知った。
「しかし、凄いな? これだけのアイテムがその小さなポーチの中に全て入っていたとはとても信じられない」
「ハハハ、俺も正直、このポーチがどうなっているのか未だに理解できてないんだ」
かなりの時間が経過しているのにまだポーチの仕組みが分からない事にダークは苦笑いを浮かべる。ダークの話を聞いたアリシアは意外そうな顔でダークを見てから再び視線を山積みにされているアイテムに向けた。
アリシアは執務室を歩きながらアイテムを見回し、珍しいアイテムや興味が湧くようなアイテムを探している。折角だからダークがどんなアイテムをどれ程持っているのかを確認しようとこの時のアリシアは思っていた。
しばらく探していると、アリシアは壁に立てかけられてある細長い剣を見つける。金色の装飾が施された濃い緑色の鞘に納められた剣で普通の剣と同じくらいの大きさだった。アリシアはその剣を手に取るとゆっくりと鞘から抜く。鞘の中から出て来たのは銀色の先端が鋭く尖った両刃の刀身だった。
「ダーク、この剣は何なんだ?」
アリシアはダークの方を向いて持っている剣の事を尋ねる。アイテムの数を確認していたダークはアリシアの方を向き、彼女が持っている剣に目を向けた。
「ソイツは貫通剣ペネトスだな。エストックをモデルに作られた剣だ」
「エストックというと、刺す事に特化した剣の?」
「そうだ、俺の友人が面白半分で作った剣でな。魔法の力が込められているから鎧や盾だけでなく、魔法の障壁も貫通する事ができる」
「しょ、障壁も貫通してしまうのか。そんな武器を作ってしまうなんて、貴方の仲間は凄い人なのだな?」
まばだきをしながら驚くアリシアを見てダークは小さく笑う。LMFにいた頃に信頼していた仲間をアリシアが褒めた事を喜んでいるようだ。
アリシアはペネトスと鞘に戻して再び壁に立てかけると周囲を見て他に面白そうなアイテムがないか探しだす。すると今度は円形の小さな机の上に小さな置物があるのを見つけ、アリシアは机の上に置かれてある置物を手に取った。
その置物は白い四角い台の上に先端が尖った銀色の六角柱が張り付いている様な形をしており、白い台の四方には金色の小さな宝玉が付いている。非常に美しく、一流の職人でなければ作れないと思わせるほどの物で、アリシアは目を見開いて置物を見つめた。
「ダーク、これは何だ?」
「ん?」
再び名を呼ばれたダークは振り返り、アリシアが持つ置物を見つめる。置物を見たダークはああぁ、という様な表情を浮かべた。
「それはもう何の使い道も無いガラクタだな」
「ガラクタ?」
ダークの口から出て来た言葉にアリシアは少し驚いた反応を見せた。ダークの持ち物の中に使い物にならないアイテムがあった事を知って意外に思ったのだ。
アリシアの隣までやって来たダークはアリシアが持っている置物を手に取り、指で回しながら懐かしそうな顔で見つめる。
「これはLMFで、あるダンジョンに行く為の扉を開く鍵となるアイテムなんだ」
「ダンジョンへ行く為の?」
「ああ、だけど、もうそのダンジョンへは行けなくなっちまった」
「行けなくなった? 鍵があるのだからこれを使えばまたそのダンジョンに行けるのではないのか?」
鍵があるのに目的の場所へ行けない事が不思議なアリシアは置物を指差しながら尋ねる。ダークは置物を指で回すのをやめるとアリシアの方を向いて軽く首を横に振った。
「いや、そのダンジョンには一定の期間だけ行けるようになっていて、その期間を過ぎてしまうと例え鍵を持っていてもそのダンジョンへ行く為の扉を開く事はできないんだ」
「そうなのか……ん? それならどうしてその使えないアイテムを今でも持っているんだ?」
役に立たない物を処分せずになぜ持っているのか、アリシアは不思議そうな顔をする。するとダークは小さな笑みを浮かべながら自分の頬を指で掻いた。
「処分しようと思ってたんだけど、LMFでは売っても大した金にはならなかったんだ。売っても金にならないなら記念に取っておこうと思って仕舞いっぱなしにしてたんだよ。それで時間が経つ内にアイテムの存在自体を忘れちまってた、て訳だ」
「……ハアァ」
ダークの答えを聞いてアリシアは溜め息をつく。記念として取っておいたアイテムを忘れてしまっていたダークに呆れたのだろう。
アリシアは置物が置かれてあった机の方に視線を向ける。机の上にはダークが持っている置物と似たような作りの置物が幾つも置かれてあった。
「もしかして、あの机に置かれてある置物もダンジョンに行く為の鍵となるアイテムなのか?」
「ああ、そうだ。しかも全部使えなくなったヤツ」
「まったく……この際だ、使えなくなったアイテムは全部売ってしまったらどうだ? LMFでは金にならなくても、こっちの世界ならそれなりの額で売れるかもしれないぞ」
「う~ん、確かにそうかもしれないな……」
ダークを腕を組みながら俯て考え込む。LMFと異世界とではアイテムの価値観が違うので、アリシアの言うとおりこの世界の商人達なら高値で買い取ってくれる可能性があった。
どうせ持っていても役に立たないのなら、いっそ全てを売って金に換えてしまった方がいいかもしれないとダークは考え、持っている置物を見つめる。
「……よし、そこにある鍵は全部売っちまおう。他にも役に立ちそうにない物があればそれも売る事にしよう」
「ああ、それがいいと思うぞ」
しばらく考え込んでいたダークはいらない物を売る事にし、アリシアもそれが得策だと伝える。二人の話を聞いていたリアンはダークが持っている物や机の上にある美しい置物を黙って見つめており、顔には出していないが、心の中では売ってしまう事を勿体ないと思っていた。
それからダークはポーチから出した武具やアイテムの数や種類の確認を続け、リアンも武具やアイテムの名前を羊皮紙に書くなどしてダークの手伝いをする。アリシアは直轄部隊の件で執務室を尋ねて来た事をスッカリ忘れ、ダークとリアンの姿を眺めていた。
「そう言えば、ノワールは今何処にいるんだ? 最初は彼と一緒にアイテムのチェックをしていたのだろう?」
アリシアは手伝いをしているはずのノワールの姿が無い事に気付いて周囲を見回す。
「ノワールなら休憩する為にお茶を取りに行った。けど、それにしちゃ時間が掛かり過ぎてるな……」
お茶を取りに行っただけのノワールがいつまで経っても戻って来ない事にダークも不思議に思いながら執務室に入口である扉の方を見る。その時、扉をノックする音が聞こえ、ダークはピクリと反応し、アリシアとリアンも扉に視線を向けた。
「誰だ?」
「ダーク様、私です」
ダークが扉をノックした人物に声を掛けると、扉の向こうから鬼姫の声が聞こえて来た。てっきりノワールかと思っていたダーク達は鬼姫の声を聞いて、何だ、と言いたそうな反応を見せる。
「鬼姫か、入れ」
入室を許可すると扉がゆっくりと開き、鬼姫が静かに執務室に入って来る。部屋に入った鬼姫はダークに挨拶をしようとするが、大量のアイテムで一杯になっている執務室を見て思わず目を見開いた。
「あら、ダーク様、これは一体……」
「あぁ~、気にしないでくれ。ちょっと整理整頓をしているだけだ」
説明するのが面倒なのか、ダークは適当に理由を説明する。鬼姫はダークの説明を聞いてとりあえず納得した様子を見せ、アリシアは誤魔化すダークを見て小さく肩を竦めた。
「それで何の用だ?」
ダークが鬼姫に執務室を訪ねて来た理由を訊くと、鬼姫は用事を思い出したのかフッと反応してから真剣な表情を浮かべる。
「失礼しました。先程、セルメティア王国からマーディング殿がいらっしゃいました」
「何、マーディング殿が?」
意外な来客にダークは少し驚き、アリシアも同じような表情で鬼姫の方を見る。リアンは誰が来たのか分からず、不思議そうに鬼姫の話を聞いていた。
「ハイ、何でもダーク様に大切なお話がある為、バーネストを訪れたと仰っていました」
「王国が建国される前も状況を確認するという理由で訪ねて来たけど、今回も何かの確認をする為に来たのか?」
「それは窺って下りません。今はノワール様がマーディング殿とお話をされておられます」
「ノワールが?」
ノワールがマーディングと会っていると聞いたダークは反応する。同時に、お茶を取りに行っただけのノワールがいつまで経っても帰ってこない理由を知って納得した。
マーディングが突然バーネストにやって来た事を聞かされたダークはマーディングが話そうとしている内容が重要なものかもしれないと感じ、真剣な表情を浮かべる。それを見たアリシアも真剣な顔でダークを見ていた。
「……分かった、すぐに行く。マーディング殿は今何処だ?」
「一階の来客室にいらっしゃいます」
「そうか」
ダークはマーディングの居場所を聞くとメニュー画面を開き、右手を素早く動かして自身の装備を変更する。変更が完了するとダークの体が光り、動きやすい服装からいつもの漆黒の全身甲冑とフルフェイスの兜の姿に変わった。
一瞬で姿を変えたダークを見てリアンはおおぉ、と驚きの表情を浮かべる。ダークは自身の装備が全て変わったのを確認するとアリシアの方を見た。
「アリシア、君も念の為に一緒に来てくれ。マーディング殿がわざわざ訪ねて来たとなれば何か重要な内容である可能性がある」
「分かった」
暗黒騎士の口調で話すダークを見てアリシアは頷き、リアンは真剣な態度を取るダークとリアンを見て少し緊張した様子を見せた。鬼姫は二人のそんな姿を見慣れているせいか何も言わずに黙っている。
ダークはリアンの方を見ると少し姿勢を低くして彼女の頭に大きな手を乗せた。
「リアン、私とアリシアはお客様に会いに行ってくる。すまないが手伝いはまた後にしてくれるか?」
「ハ、ハイ、分かりました」
リアンはダークを見上げながら返事をし、ダークは優しくリアンの頭を撫でるとアリシアを連れて執務室を後にする。残されたリアンと鬼姫は黙ってダークとアリシアの背中を見つめていた。
執務室を出たダークとアリシアは階段を下りて一階へ移動し、鬼姫から教えられた来客室まで移動した。そして来客室の前まで移動するとダークは来客室の扉を軽くノックする。すると、扉の奥からノワールの声が聞こえて来た。
「ハイ?」
「私だ」
「マスターですか? どうぞ、お入りください」
ノワールの返事を聞くとダークは扉をゆっくりと開けて来客室に入り、アリシアもそれに続く。二人が中に入ると少し広めの部屋の中心に長方形の小さな机とそれを挟む様にソファーが置かれてある。
ダークとアリシアから見て奥のソファーにはマーディングが座っており、その後ろにはセルメティア王国の騎士が二人立っていた。その向かいのソファーには少年姿のノワールが座っている。
ノワールはダークの方を向くとゆっくりと立ち上がり、それにつられるようにマーディングも立ち上がる。二人の騎士は姿勢を正し、無言でダークとアリシアに視線を向けた。
ダークとアリシアは静かにノワール達の方へ歩いて行き、ダークが近づいて来るとノワールはソファーの前から後ろへ移動し、ダークはソファーの前へ移動してマーディングと向かい合った。
「お待たせしました、マーディング殿」
「いいえ、こちらこそ突然訪れて申し訳ありません、ダーク陛下」
「お気になさらず……」
マーディングを見ながら軽く首を振ってダークは静かにソファーに腰を下ろす。それに続いてマーディングもソファーに座り、ダークと向かい合った。アリシアとノワールはダークの後ろで黙って待機している。
「それでマーディング殿、今回はどんな御用で?」
ダークはマーディングにバーネストを訪れた理由を尋ねる。その口調は丁寧でとても王族の言葉づかいとは思えない。
普通は王族が身分の低い者に敬語を使うなどあり得ないが、ダークにとってマーディングは過去に世話になった存在、マクルダムやソラの様に最低限の礼儀で対応しようと思っている。そして、アリシアやノワールもそんなダークの対応のしかたに不満などは感じてはいなかった。
「……実は今回バーネストを訪れたのはダーク陛下にお頼みしたい事があったからなのです」
「頼みたい事?」
「ハイ」
マーディングは目を閉じると小さく俯いて黙り込む。ダークやアリシア、ノワールは黙り込むマーディングは黙って見ている。やがてマーディングは顔を上げてダークに真剣な表情を向けた。
「ダーク陛下、貴方のご友人である冒険者の方々をお貸しいただけませんでしょうか?」
「冒険者? レジーナ達の事ですか?」
「ハイ、どうしても彼等の力をお借りしたいのです」
レジーナ達の力を借りたいというマーディングの頼みを聞いてダークは意外に思ったのか少し驚いた反応を見せる。アリシアとノワールも意外そうな顔をしていた。
「どういう事です? 詳しく話してください」
ダークはマーディングを見つめながら詳しい説明を求める。マーディングはダークを真剣な表情で見つめたまま口を動かす。
「……一週間ほど前、我が国の首都、アルメニスの近くにある岩山に奇妙な扉が発見されたのです」
「奇妙な扉?」
「ハイ、その扉は岩や枯れ木などしかない岩山には似合わないくらい立派な物でした」
低い声で語り始めるマーディングを見ながらダークは黙って話を聞き、アリシアとノワールもどんな扉なのだろうと想像しながら話を聞いている。
「その扉は岩山に鉱石を探しに来ていた冒険者が見つけたのですが、十日前にその冒険者が同じ岩山の同じ場所を訪れた時にはその扉は無かったというのです」
「つまり、十日前には無かった扉が三日後に突然現れたと?」
「ええ、それを知った我々はその扉を調べてみたのですが、扉の向こう側は岩山とは全く違う場所に繋がっていたそうなのです」
マーディングの話を聞いてダーク達は反応する。その岩山に現れた扉が転移門の様な物だと知ってダーク達は僅かに驚いたようだ。だが、なぜそんな物がセルメティア王国の岩山の中に現れたのか、ダークはまったく分からずにいた。
「それがただの門ではないと理解した我々は扉の向こう側を調べさせる為に冒険者ギルドに依頼を出し、四つ星のチームを派遣させました。しかし……」
突然暗い表情を浮かべるマーディングを見てアリシアとノワールは僅かに目元を動かす。マーディングの態度から何か都合の悪い事が起きたのだと二人はすぐに気づいた。勿論、ダークもだ。
「二日経っても送り込んだ冒険者達は戻って来ず、我々は扉の向こう側で何かが遭ったのだと気付き、更に優秀な冒険者達に門の向こう側の調査と先行した者達の捜索を依頼しました」
「更に優秀な?」
「ハイ、五つ星の冒険者チームを二つ、扉の向こうに送ったそうなのですが……」
再び暗い顔をするマーディングにダークは嫌な予感がし、目を薄っすらと赤く光らせた。
「……送り込んだ冒険者達も戻ってきませんでした」
第十五章の投稿を開始しました。今回は冒険者達の活躍が中心となっています。