第百九十五話 総指揮官の戦い
「一対一、つまり私と一騎打ちを行いたいと言う事か?」
「そのとおりだ」
ダークの確認を聞いてオラルトンは真剣な表情のまま返事をし、そんなオラルトンをダークはジッと見つめている。
「……一応訊くが、なぜ一騎打ちを申し込んだ?」
「現在、東門以外の全ての門やその周辺は貴方がたに制圧され、連合軍は次々と防衛線を突破している。今の状態では我々が連合軍を押し戻す事はほぼ不可能、皇城に突入されるのも時間の問題だと私は思っている」
オラルトンはダークを見つめながら語り、ダークはそれを黙って聞いている。オラルトンの言うとおり、連合軍は圧倒的な力で制圧範囲を広げており、既に帝都の四割近くを制圧していた。
更に主戦力である魔獣兵隊や飛竜団をも倒されてしまい、帝国軍が今の戦況を覆す事は難しくなっている。現にダークの部隊は皇城前の広場まで辿り着き、皇城に突入しようとしていた。
「普通に戦って押し返す事ができないのなら、連合軍の指揮官を倒し、敵の士気を低下させ、指揮系統を混乱させればまだチャンスはあると思い、皇城前で待っていたのだ」
「成る程、そんな時に私達が広場に辿り着いたのでこうして現れたという訳か」
「そのとおりだ。もっとも、広場に入って来た部隊の中に総指揮官であるダーク陛下がいらっしゃったのは知らなかった」
目を閉じながらオラルトンは可笑しそうに語る。もし広場に入って来た部隊の中に連合軍の指揮官がいなければ、その部隊を指揮する隊長を倒し、敵の戦力と士気を少しでも低下させようとオラルトンは思っていた。だが総指揮官のダークがやって来た事で何度も戦う必要が無くなり、運がよかったとも思っている。
「……貴公が私に一騎打ちを申し込む理由は分かった」
「そうか。それで、その一騎打ち、受けていただけるのか?」
オラルトンは改めて一騎打ちを受けてくれるのかダークに尋ねる。ダークはオラルトンは見つめながら目を薄っすらと赤く光らせた。
「いいだろう」
「感謝する」
一騎打ちを了承したダークにオラルトンは笑みを浮かべながら感謝した。ダークは大剣を肩に担ぎながら戦いやすい場所へ移動しようとする。すると、黙って話を聞いてファウはダークに声を掛けてきた。
「ダーク陛下、オラルトン殿の剣には気を付けてください。彼の剣は――」
「ファウ、それ以上言うな」
ダークはファウが何かを伝えようとすると彼女の方を向いて喋るのを止めた。ファウは自分の話を止めたダークを見て少し驚いた反応を見せる。
「彼は私がどんな騎士でどんな戦い方をするのか知らない。それなのに私だけが彼の情報を知った状態で戦うのはフェアではないだろう?」
騎士として、一人の男として正々堂々と戦うと語るダークを見てファウは目を見開く。オラルトンも意外そうな顔でダークを見ている。
例え相手がどんな存在であろうと同じ条件で戦おうとするダークにファウとオラルトンは感服する。同時にファウは自分の助言はダークの騎士としての誇りに泥を塗る行為だったのだと知って反省した。
「分かりました。すみません、出過ぎた真似を……」
「いい、気にするな」
そう言ってダークは歩き出し、オラルトンと戦いやすい場所へ移動する。オラルトンもダークにつられる様に歩き出し、二人は5m程の間隔を空けて向かい合った。
「……ファウ、彼が持っている剣には何か秘密があるのか?」
ダークとオラルトンを見ていたアリシアが小声で隣にいるファウにオラルトンの騎士剣について尋ねる。彼女は一騎打ちを行う訳ではないので情報を聞いても何も問題は無かった。それにファウがわざわざ助言しようとしたくらいの騎士剣なのでアリシアは気になるようだ。
ファウは尋ねて来たアリシアの方を見るとチラッとダークの方を見た後にダークには聞こえないよう小声でオラルトンの騎士剣について語り出す。
「彼が持つ剣はパルティンクス、帝国でも最高の切れ味を持つと言われている魔法の武器で、過去の戦争で何度も実績を上げたオラルトン殿に皇帝陛下が授けた物です」
「魔法の武器だったのか」
アリシアは意外そうな顔でオラルトンが持つ美しい騎士剣を見つめる。オラルトンが魔法の武器を所持していた事を知って少し驚いた様だ。
「あの剣は戦技を使う時の様に自身の気力を送り込めば、送り込んだ気力分だけ切れ味が増すと言われています。更にあの剣には魔法の力が宿っていますので、物理攻撃の効きにくい相手にも大きなダメージを与える事が可能なんです」
「つまり、あの剣で攻撃すれば物理ダメージと魔法ダメージの両方を与える事ができる、と言う事か?」
「ハイ、しかも気力を送り込めば切れ味が増すので、戦技を使う時は必ず切れ味が増します」
「成る程、攻撃重視の武器と言うわけか……」
オラルトンの持つ騎士剣が敵を倒す事に長けた能力を秘めている事を知り、アリシアは真剣な表情でダークを見る。ファウは強力な魔法の武器を持つオラルトンにダークが勝てるのか不安そうな表情を浮かべてダークとオラルトンを見た。
アリシア達や帝国兵達が見守る中、ダークとオラルトンは自分の得物を構える。ダークは中段構えを取り、オラルトンは八相の構えを取って目の前に立つ敵を見つめた。
「お互いに準備が整ったようだが……来ないのか?」
「これは騎士同士の一騎打ち、いきなり敵に切り掛かるのは私の誇りが許さない。何か戦闘開始の合図が欲しいと思っている」
「そうか……では、これを空に向かって投げる。それが落ちた時の音が戦闘開始の合図で構わないか?」
ダークはそう言いながらポーチに手を入れて一枚の金貨を取り出しオラルトンに見せる。金貨を見たオラルトンはそれで構わない、と言いたいのか無言で頷く。
オラルトンの了承を得たダークは左手で大剣を握り、右手で金貨を高く弾く。金貨は高く上がっていき、やがてゆっくりと落ちて来る。
ダークは大剣を両手で握り、オラルトンもパルティンクスを握る手に力を入れる。そして金貨は地面に落ち、戦闘開始の合図である高い金属音が広場に響いた。
先に動いたのはオラルトンだった。オラルトンは地を蹴ってダークに一気に近づき、パルティンクスを振り下ろして攻撃する。ダークは大剣を横にしてオラルトンの振り下ろしを防ぎ、素早くオラルトンの左側面に回り込んで大剣で袈裟切りを放ち反撃した。
左からの攻撃をオラルトンは右へ跳んで回避し、ダークから距離を取る。そしてすぐに脇構えを取り、パルティンクスを左下から振り上げてダークに再び攻撃した。ダークはオラルトンの攻撃を後ろに下がってかわし、素早く大剣で突きを放つ。
オラルトンはダークの突きをパルティンクスで払うと続けて振り下ろしを放ち反撃する。頭上から迫るパルティンクスをダークは大剣で防ぐと後ろへ跳んで距離を取った。
僅か十数秒の短い攻防なのに周囲には緊迫した空気が漂い、二人の戦いを見ていたファウや帝国兵達は驚きの表情を浮かべている。
「流石は帝国でも一二を争うほどの実力を持つ騎士、予想以上の実力を持っているな」
「私も驚いている。まさかレベル53の私と互角に渡り合う存在がいるとは……ダーク陛下、貴方も英雄級の実力を持っておられるのか?」
「……さあな?」
余裕の表情を浮かべながら問いかけて来るオラルトンを見てダークも楽しそうな口調で答える。今の会話でダークはオラルトンがレベル53である事を知り、オラルトンも自分のレベルを知っても驚かないダークを見て彼も英雄級の実力を持っていると確信した。
「貴方が私とほぼ互角の力を持っておられるのなら、私も本気で戦わなければ失礼というもの。だから、此処からは私も全力で戦わせてもらう!」
そう言ってオラルトンは八相の構えを取るとパルティンクスに気力を送り込む。するとパルティンクスの刀身が青く光り出し、それを見たダークは足の位置を僅かにずらして警戒した。
ダークが足の位置をずらした直後、オラルトンはダークに向かって走り出し、ダークの前まで来ると光るパルティンクスで袈裟切りを放つ。ダークは素早く大剣を動かしたオラルトンと袈裟切りを防いだ。この時、伝わって来る衝撃が先程の攻撃よりも若干強くなっており、ダークは刀身が青く光っている時はオラルトンの攻撃が強くなるのだと知った。
しかし、そんな強化された攻撃をダークは何事も無かったかのように払い、大剣を左から横に振って反撃する。オラルトンはダークの横切りをパルティンクスで防ぐと再びパルティンクスに気力を送り込む。今度は刀身が青ではなく紫色の光り出し、それを見たダークは今度は戦技が来ると感じ取った。
「鋼刃連回斬!」
中級戦技を発動させたオラルトンはパルティンクスを横に構えると勢いよく横に回転し、ダークに回転切りを放った。ダークは大剣を縦に構えてオラルトンの回転切りを大剣で防ぐ。この時、ダークには前の攻撃と同じくらいの衝撃が連続で伝わっていたが、ダークにとっては何の問題もない衝撃だった。
若干押されている様子のダークをファウは心配そうな表情で見ている。だがその隣ではアリシアは腕を組みながら無表情で戦いを見ていた。ファウはそんなアリシアをまばたきをしながら不思議そうな表情を浮かべている。
広場にいる者達の中でダークの本当の実力を知っているのかアリシアのみ、それ以外の全員がダークは英雄級の実力を持っていると思い込んでいる。その為、ダークの全力を知らない者達はダークが全力でオラルトンと戦っていると考えていた。無論、ダークは全力で戦ってはおらず、極限まで力を押さえ、オラルトンと同じくらいの力で戦っている。
オラルトンはしばらく回転切りを放ってダークに攻撃していたが、やがて回転の勢いが弱まり、攻撃を中止して後ろへ跳びダークから離れた。オラルトンが離れるとダークは中段構えを取ってオラルトンを見つめる。ダークから離れたオラルトンはダークの大剣を見て刀身に傷一つ付いていないのを確認すると僅かに驚いた表情を浮かべた。
(どういう事だ? 気力を送り込んで切れ味が増したパルティンクスによる戦技を防いでも大剣の刀身には傷一つ付いていない。パルティンクスを使った戦技はアダマンタイトにも傷を付ける事が可能なのに……あの大剣は一体どれほどの硬度を持っているのだ)
異世界で最高の硬度を持つアダマンタイトに傷を付ける事ができる攻撃を防いでも傷一つに付いていないダークの大剣を見てオラルトンは目を鋭くする。そんなオラルトンを見ながらダークは膝を曲げて足に力を入れ、ダークが動いたのを見たオラルトンも咄嗟にパルティンクスを構えた。
オラルトンが構えた直後、ダークは地を強く蹴り、オラルトンに向かって勢いよく跳ぶ。そしてオラルトンの目の前まで近づくと袈裟切りを放ち攻撃する。オラルトンはダークの大剣をパルティンクスで難なく防ぐが、大剣を止めた瞬間に腕に強い衝撃が伝わりオラルトンの表情が歪む。どうやらダークは少し力を込めて攻撃したようだ。
パルティンクスを強く握り、オラルトンはダークの攻撃を止めようとするがその力が大きく、止め切れずに飛ばされてしまう。オラルトンは背中を地面に擦らせながら倒れ、オラルトンが飛ばされた光景を見た帝国兵達は驚きの表情を浮かべた。
「な、何だ今の攻撃は!?」
オラルトンは先程とは明らかに違うダークの力に上半身を起こしながら驚く。そこへ距離を詰めたダークが追撃の振り下ろしを放ち、オラルトンは咄嗟に横に転がって振り下ろしをかわす。
転がりながらダークから離れたオラルトンは素早く立ち上がって体勢を直した。ダークは立ち上がったオラルトンを目を薄っすらと赤く光らせながら見つめる。
「あの体勢で私の追撃をかわすとは、やはり貴公は素晴らしい騎士だな?」
ダークは楽しそうな口調で自分の攻撃を回避したオラルトンを褒める。勿論、ダークは手加減して攻撃をした為、オラルトンは回避する事ができたのだ。もしダークが全力で攻撃していれば、オラルトンは回避する事もできずに両断されていただろう。
「ダ、ダーク陛下、貴方は一体何者なのだ? 先程の攻撃、英雄級の実力者でも出す事ができないほど重いものだったぞ?」
「……私はただの黒騎士だ、それ以上でもそれ以下でもない」
オラルトンの質問にダークは適当に答える。別の世界から来たと話す気は無いし、いちいちオラルトンが納得するような答えを話す気も無い。だから適当な答えを出して強引に話を終わらせる事にした。
ダークの答えを聞いたオラルトンは少し不満そうな表情を浮かべる。やはりダークの答えに納得できていないようだ。オラルトンの表情を見たダークは小さく溜め息をついて大剣を肩に担ぐ。
「そんなに私の事が知りたいのなら、私に勝ってみせろ。私に勝ったのなら貴公が知りたがっている事、全てを教えてやろう」
「……その言葉、お忘れにならないように」
オラルトンはパルティンクスを構え直し、ダークを睨みながらパルティンクスに気力を送り込む。パルティンクスの刀身は紫色の光り出し、それを見たダークは中段構えを取る。
ダークが大剣を構えるとオラルトンはダークに向かって走り出し、ダークの3mほど前まで来ると勢いよく跳んで一気にダークの目の前まで近づいた。
「剛爪竜刃撃!」
上級戦技を発動させたオラルトンは勢いよくパルティンクスを横に振ってダークを攻撃し、ダークは大剣でオラルトンの攻撃を防ぐ。するとパルティンクスと大剣の刀身がぶつかった瞬間に刀身から強い衝撃波が発生しダークに襲い掛かった。
衝撃波を受けたダークを見てオラルトンは小さく笑みを浮かべる。この攻撃でダークにダメージを与える事ができたと思っているようだ。ところが、衝撃波を受けたはずのダークは何事も無かったかのように立っており、そんなダークを見てオラルトンは目を見開いて驚く。
「いい攻撃だった。並の敵だったら今の一撃で倒す事ができただろう。しかし、私には通用しない」
「なっ!?」
「先に言っておくが、貴公が弱い訳ではない。私が強すぎた為、攻撃が効かなかったのだ。まぁ、相手が悪かったと言う事だな」
普通に話すダークを見てオラルトンはダークはダメージを受けていないと知って汗を流す。上級戦技を受けてもピンピンしているダークの姿を見てファウや帝国兵達は驚きを隠せずにいた。
「……さて、もう少し貴公と戦いたかったが、これ以上時間を掛けると色々面倒な事になってしまう。そろそろ終わらせてもらうぞ」
ダークがそう言うとオラルトンは寒気を感じ、咄嗟に大きく後ろへ跳んでダークから距離を取る。
「脚力強化!」
距離を取るオラルトンを見てダークは両足を水色に光らせて脚力を強化し、オラルトンに向かって勢いよく跳ぶ。脚力を強化している為、ダークは一瞬でオラルトンの目の前まで移動し、オラルトンは今までとは比べ物にならない異常な速さで距離を縮めたダークに驚愕の表情を浮かべた。
「漆黒剣!」
オラルトンの目の前まで移動したダークは暗黒剣技を発動させ、黒い靄を纏わせた大剣でオラルトンを攻撃する。オラルトンはダークの異常な速さに驚いていた為、完全に隙だらけの状態となっており、ダークの攻撃を防ぐ事も回避する事もできずにまともに受けてしまう。
「ぐああぁっ!」
体を切られ、オラルトンは苦痛の表情を浮かべながら声を漏らす。ダークの攻撃によってオラルトンの鎧は破壊され、鎧の下にあったオラルトンの体も切られ、傷口からは大量の血が噴き出した。
オラルトンは最初、自分が切られた事が理解できなかったが、すぐに自分がダークに切られた事に気付き、持っていたパルティンクスも離しながらゆっくりと仰向けに倒れる。
(ま、まさか……一撃で私が負けるとは……これが、暗黒騎士と呼ばれた、ダーク・ビフレスト陛下のお力、なのか……)
仰向けになりながらオラルトンは空を見上げ、心の中で呟く。切られたにもかかわらず、オラルトンは悔しそうな表情や恐怖を感じている様な表情は浮かべていない。寧ろ、ダークに切られた事を喜んでいる様な顔をしていた。きっと自分よりも強いダークと戦い、そのダークに切られて死ぬのなら騎士として本望だと思っているのだろう。そんな気持ちを抱きながらオラルトンは目を閉じ、そのまま意識を失った。
ダークは倒れているオラルトンの近づき、膝を付いて彼が息を引き取ったのを確認する。
「ヴァルハム・オラルトン、貴公は本当に強い騎士だったぞ……」
ダークは小声で倒れているオラルトンに語り掛けて立ち上がる。オラルトンが敗れ、帝国兵達は目を見開きながらざわつき出す。逆にアリシアとファウはダークが勝利した事を喜び、笑みを浮かべていた。
帝国兵達がざわついているのを見たダークは倒れているオラルトンの横に落ちているパルティンクスを拾うと遠くにいる帝国兵達にパルティンクスを見せた。
「お前達の指揮官は倒れた。これ以上戦っても犠牲を増やすだけだ、大人しく降伏し、皇城までの道を開けろ」
ダークの言葉を聞き、帝国兵達は一斉に黙る。帝国でも一二を争うほどの実力を持つオラルトンを倒したダークを前に戦い続けようなどと考える帝国兵や帝国騎士は広場の中にはいなかった。
総指揮官を失い、士気が低下した帝国兵達は次々と武器を落として膝を付く。その姿を見たダークやアリシア、ファウは帝国軍はこれ以上抵抗しないだろうと考える。
ダークは青銅騎士達に指示を出し、戦意を失った帝国兵達を拘束していく。最高の騎士だったオラルトンの部下なので彼の為にも丁重に扱おうとこの時のダークは思っていた。
――――――
皇城の玉座の間ではカーシャルドが玉座に座りながら新しい報告が入るのを待っていた。彼の左側には皇帝派の貴族が四人立っており、右側には第一皇女のカタリーナが立っている。そして玉座の間の隅にはカーシャルド達の護衛である八人の衛兵が控えていた。
外からは騒音が聞こえ、それを聞くたびに貴族達は戦況はどうなっていると不安そうな表情を浮かべている。だがカーシャルドとカタリーナは帝国軍が連合軍を押し返しているのだと考え、余裕の顔をしていた。
「そろそろオラルトンが敵の指揮官をおびき寄せて広場で一騎打ちをしている頃だろう」
「父上、本当に敵の指揮官が広場に現れると思いますか?」
カタリーナは玉座に座るカーシャルドを見ながら尋ねる。その目は細く、連合軍の指揮官が都合よく現れるとは思っていないような顔だった。
「オラルトンが現れると言っておったのだから間違いない。それに城には皇帝である儂がおる、皇帝である儂の首を取る為に敵の指揮官は必ず城に突入しようと考え、広場にやってくるはずだ」
「皇帝である父上を討ち取り、最高の名誉を得る為に敵の指揮官は真っ先に城に攻め込んで来ると?」
「ウム、間違いない」
自分の首には最高の名誉を得られるほどの価値がある、カーシャルドはそう考えて笑みを浮かべる。カタリーナや貴族達もカーシャルドの話を聞いてそれなら敵の指揮官は誰よりも先に皇城に攻め込む為に広場にやって来るだろうと納得した様子を見せていた。
今、玉座の間にいる者の中で衛兵以外は全員、帝国軍が連合軍を押し返し、形勢を逆転させる事ができると信じている。だが実際、戦場は連合軍が圧倒的に有利な状態で、帝国軍はもう連合軍を押し返す事ができないくらい追い詰められていた。カーシャルド達はその事に気付かず、帝国軍が勝つと思っている。
カーシャルド達が余裕の笑みを浮かべていると一人の帝国騎士が玉座の間に飛び込んで来た。カーシャルド達は笑うのをやめて一斉に帝国兵の方を向く。
「どうした?」
「た、大変です! 先程、皇城前の広場の様子を窺っていた者から報告が入り……オラルトン殿が、戦死したとの事です」
「何だとっ!!?」
帝国騎士からの報告を聞いたカーシャルドは驚愕の表情を浮かべながら玉座を立つ。カタリーナや貴族、部屋にいた衛兵達も同じように驚きの表情を浮かべて帝国騎士を見ている。
「馬鹿な事を言うな! オラルトンは英雄級の実力を持った帝国でも最強の騎士だぞ? そのオラルトンが敗れるなど、あり得ん事だ!」
「し、しかし、広場を監視していた者の報告ではオラルトン殿は敵の指揮官らしき騎士と一騎打ちを行い、その騎士に倒されたと……直接広場を監視していた者の報告ですので、間違いは無いと思われます」
「ふ、ふざけるなぁ!」
玉座に勢いよく座り、カーシャルドは肘掛を強く叩く。自分が最も信頼しており、最強と謳われていたオラルトンが一騎打ちで負けた事がどうしても信じられなかった。カーシャルドは拳を強く握りながら震わせ、奥歯を噛みしめる。
カタリーナや貴族達は興奮するカーシャルドを怯えた様な表情で見ている。今の彼に声を掛ければ間違いなく八つ当たりをされると感じ、貴族達はカーシャルドに声を掛けようとしなかった。
「それで……オラルトン殿を倒した連合軍は今どうしている?」
一人の貴族が報告に来た帝国騎士に連合軍の現状を尋ねる。声を掛けられた帝国騎士は少し慌てた様子で貴族の方を向いた。
「げ、現在連合軍は皇城前の広場でオラルトン殿が引き連れていた兵士達を拘束し、皇城に突入する準備をしています。こちらも、城内にいる騎士や衛兵を入口に集めて護りを固めさせております」
「入口の護りを固めるのも重要だが、皇帝陛下の護衛に回す事も忘れるな? 皇帝陛下にもしもの事があれば我々はお終――」
「ぐああああああぁっ!!」
貴族が皇城内にいる戦力の振り分けについて話していると、玉座の間の外から悲鳴が聞こえ、カーシャルド達はフッと出入口の扉の方を向く。
帝国騎士や衛兵達は扉の方を見ながら剣や槍を構え、カーシャルドやカタリーナ、貴族達の前に移動してカーシャルド達を守ろうとする。オラルトンが倒され、連合軍が突入の準備をしているという報告を聞いた直後なので、玉座の間にいる全員がもう連合軍が突入して来たのかと感じていた。
悲鳴が聞こえてからしばらく沈黙が続き、カーシャルド達は息を飲む。すると、扉が勢いよく開き、黄土色のフード付きマントで姿を隠した人影が入って来た。その手には血が付いた銀色の騎士剣が握られており、それを見た帝国騎士と衛兵達は警戒する。
「貴様、何者だ! 連合軍の戦士か!?」
帝国騎士の問いに人影は何も答えず、ゆっくりとカーシャルド達に近づていく。質問に答えず、血の付いた騎士剣を握って歩いて来る姿を見れば人影がカーシャルド達に殺意を持っている事は誰にでも分かった。
カーシャルド達を守る為に帝国騎士は騎士剣を強く握りながら人影に突っ込んでいく。すると人影は騎士剣を振りながら、一瞬にして走って来る帝国騎士の背後に移動する。すると、帝国騎士は背中を大きく切られ、大量に出血しながら前に倒れた。
目にも止まらぬ速さで帝国騎士を倒した人影にカーシャルド達は驚く。人影は驚いているカーシャルド達の方を向いて再び歩き出し、衛兵達は槍を構えて人影に突っ込んでいた。
前から突撃してくる八人の衛兵を人影は黙って見つめ、再びとてつもない速さで移動し、八人の衛兵全員をあっという間に切り捨てた。僅か数秒で護衛を全て殺した人影にカーシャルド達は言葉を失い震える。
人影は驚いているカーシャルドを見ると視線を貴族達の方に向け、素早く貴族達の前に移動する。そして逃げる間も与えずに皇帝派の貴族四人を騎士剣で切り捨てた。
「ヒ、ヒイイィッ! だ、誰かぁ! 衛兵はおらんのかぁ!?」
カタリーナは恐怖に呑まれ、慌てて玉座の間から逃げようとする。人影はカタリーナに向かって持っている騎士剣を投げつけ、背中からカタリーナを串刺しにした。騎士剣を受けたカタリーナは俯せの倒れ、そのまま息絶える。人影はカタリーナの死体に近づくと刺さっている騎士剣を抜いてカーシャルドの方を向く。
自分以外の人間が殺された事でカーシャルドの顔から血の気が引いた。人影は騎士剣を手にカーシャルドの方に歩いて行き、目の前までやって来ると騎士剣の切っ先をカーシャルドに向ける。カーシャルドは恐怖のあまり逃げ出す事ができずにいた。
「き、き、貴様、本当に何者だ? オラルトンを殺した騎士なのか?」
「……」
人影はカーシャルドの質問に答えず、黙って彼を見つめている。カーシャルドは無言の人影を見上げながら震えていた。すると、カーシャルドは何かに気付き、目を見開いながら人影を見る。
「そ、そう言えば、エルギス教国の先代教皇が何者かに殺されたと聞いたが、あれをやったのは貴様か?」
カーシャルドは以前、セルメティア王国とエルギス教国との戦争の時にエルギス教国の先代教皇が何者かに殺害されたと言う話を思い出し、その犯人が目の前にいる人影ではないかと考えた。人影の恰好や武器も他国から得た情報と一致しており、カーシャルドは可能性は高いと感じている。
「エ、エルギス教国の教皇を殺し、今度は皇帝である儂を殺すつもりか? 貴様、何が目的だ? まさか、連合軍に雇われた暗殺者か何か……」
強がりながらカーシャルドが問いかけていると、人影はカーシャルドの言葉を最後まで聞かずに彼を切り捨てた。切られたカーシャルドは玉座に持たれながら動かなくなり、人影はカーシャルドが死んだのを確認すると騎士剣に付着した血を払い落として鞘に納める。
人影が玉座の間を見回して生き残っている者がいないか確認する。倒れている者達は動く気配はなく、全員が間違いなく死んでいた。
「……これで帝国の異物は全て消した。あとは、生き残った者達次第だな」
低い声でそう呟きながら人影は歩き出し、静かに玉座の間から出ていく。そして廊下に出た人影は転移するかの様に消えた。
その後、玉座の間にやって来たバナンと数人の貴族が廊下に倒れている衛兵達の死体と玉座の間で殺されているカーシャルド達を見つける。その地獄絵図とも言える光景に貴族達は気分を悪くし、バナンも青ざめながら立ち眩みを起こした。
バナンはしばらくの間、カーシャルドが殺された事にショックを受けていたが、帝都で戦闘が行われている今、落ち込んでいる時ではないと自分に言い聞かせ、貴族達に指示を出し、急いで連合軍に降伏した。
突然降伏した帝国軍にダーク達は驚いたが、帝国軍が降伏して来たのならそれを受け入れるべきだと考え、帝都での戦いを終わらせる。同時にそれは連合軍がデカンテス帝国との戦争に勝利した事を意味していた。
終戦後、ダーク達は皇城でバナン達と会談を行い、その時に皇帝のカーシャルドが何者かに殺された事を聞かされた。帝国側は連合軍がカーシャルドを殺したのではと話すが、ダーク達はそれを否定する。連合軍との戦争中に皇帝が殺されたのだから連合軍側が疑われるのは当然だ。
ダーク達はカーシャルドが殺された時にはまだ自分達は皇城の外にいたと話して無実を訴える。バナンや貴族達も城内に連合軍の兵士が一人も侵入していない事を思い出し、ダーク達の話を信じた。同時に誰がカーシャルド達を殺したのか、一体どうやって皇城内に侵入したのか疑問に思う。
だが犯人を目撃した者もおらず、情報も少ない為、誰にも犯人の正体は分からない。結局、その日は終戦後のビフレスト王国とデカンテス帝国の接し方や捕虜の交換について話し合いをし、会談は終わった。
――――――
会談から一週間後、連合軍が捕らえていた帝国軍の捕虜、約六万人がデカンテス帝国に返され、制圧していた帝国の町や砦、村も解放された。
ビフレスト王国は捕虜と町の解放の条件として現金5000万ファリン、アルマティン大平原をビフレスト王国の領土として認める事を要求する。帝国の誇りを優先するカーシャルドならそんな要求は絶対に拒んでいたが、新たに皇帝となった第一皇子のバナンは捕虜の命を優先し、要求を全て呑んだ。
更に今回の戦争はデカンテス帝国からビフレスト王国に宣戦布告をして来た事からデカンテス帝国の人間は一年間、ビフレスト王国領内への出入りを禁止される。同盟が組まれる事も無かったが、皇帝が変わった事で帝国が新しい国へ生まれ変わるだろう考えるダークは時が経てば同盟を結んでもいいだろうと思っていた。
デカンテス帝国との戦争が終わると連合軍は帰還し、セルメティア王国軍とエルギス教国軍もそれぞれの国へと戻っていく。帰還後、ダークはマルクダムとソラと会談を行い、戦力を貸し与えてくれた事を感謝した。
後日謝礼をするとダークは話すも、マクルダムとソラはこれからも友好的な関係でいてくれればそれでいいと断ろうとする。だがダークはそれでは気が済まないと半ば強引に話を進め、結果二人は押し負けてダークの謝礼を受け取る事になった。
――――――
終戦から二週間が経ち、バーネストに戻ったダーク達は元の生活を過ごしていた。アリシアも総軍団長としての仕事に追われ、レジーナ、ジェイク、マティーリアは家族と過ごしたり、冒険者としての仕事をしたりと戦争前と同じ様に過ごしている。そしてダークは国王としての仕事を熟す為に忙しい日々を送っていた。
デカンテス帝国から得た5000万ファリンやアルマティン大平原をどう利用するかを考え、今後ビフレスト王国をどの様な国に成長させていくかなどをダークはを細かく決めるのだった。
バーネスト王城の中庭ではダークが一人で空を見上げている。仕事が一段落したので気分転換の為に中庭に出ていたのだ。気分転換の為か、ダークは全身甲冑は装備しているがフルフェイスの兜は被っておらず、素顔を見せていた。
ダークが空を見ているとアリシアが一枚の羊皮紙を持って中庭に入って来る。ダークはアリシアが入って来た事に気付いたのか、静かにアリシアの方を向いた。
「ダーク、此処にいたのか」
「どうした、アリシア?」
「バーネスト防衛部隊の編成が整ったので確認してもらおうと思ってな」
「ああぁ、そうか」
アリシアが持っている羊皮紙を受け取り、ダークは中身を確認する。そこにはバーネストを護る戦力の編成以外に何処に配置するかなどが細かく書かれてあった。ダークは羊皮紙に書かれてある内容を黙読していく。
「……なぁ、ダーク。カーシャルド陛下を殺害した犯人、貴方は何者だと思っている?」
ダークが羊皮紙の内容を確認しているとアリシアがカーシャルドを殺した犯人について尋ねる。ダークは羊皮紙を持つ手に僅かに力を入れて羊皮紙にしわを入れた。
「……さあな、俺にもサッパリ分からん。ただ、戦場と化している帝都で俺達や帝国軍に見つかる事無く皇城に潜入するなんて、普通の人間にできる事じゃない。となると、カーシャルドを殺した犯人はかなりの力、もしくは強力なマジックアイテムを所持した存在という事になる」
「強力な力かマジックアイテムを持つ存在……一体何者なんだ、そもそもどうしてソイツはカーシャルド陛下達を殺したんだ?」
何の為にカーシャルドや貴族達を殺したのか、理由が分からないアリシアはダークに再び尋ねる。するとダークはアリシアの方を向き、肩を竦めながら、分からないというリアクションを見せた。ダークの反応を見たアリシアは腕を組みながら俯き、犯人の正体を狙いを考える。
アリシアが難しい顔をしている間、ダークは再び羊皮紙に視線を向けて書かれてある内容を確認した。黙読し、内容を全て確認し終わると羊皮紙を丸めてアリシアに差し出し、アリシアは顔を上げて丸められた羊皮紙を受け取る。
「問題無い、この編成なら何か起きてもすぐに対応できると思うぜ?」
「そうか」
羊皮紙を手に取り、アリシアは小さく笑みを浮かべる。情報が無い以上、犯人の事を考えても仕方がないと思ったアリシアは新しい情報が手に入るまで犯人の件は置いておく事にし、仕事に気持ちを切り替えた。
「……そう言えば、ファウは今どうしてるんだ?」
ダークは新しく仲間になったファウがどうしているのかアリシアに尋ねる。終戦後、ダークはファウをビフレスト王国の住民として迎え入れ、帝国からビフレスト王国に移住させた。その時に帝国にいるファウの両親も一緒に移住させ、現在ファウ達はバーネストの住宅区で暮らしている。
「まだ新しい家で荷解きをしているらしい。かなり沢山の荷物を持ってきたから苦労しているらしいぞ?」
アリシアはダークの顔を見ながら苦笑いを浮かべ、ダークもアリシアを見ながら苦笑いを浮かべた。
「大変だなぁ……後で手伝いの騎士かモンスターを向かわせてやるか」
「それがいいかもしれないぞ。ファウ、かなり苦労しているみたいだからな」
「ハハハハ」
苦労しているファウを想像してダークは思わず笑ってしまい、アリシアもクスクスと笑みを浮かべる。その後、気分転換を終えたダークはアリシアを連れて城内へと入って行った
長かった帝国編も今回で完結です。次回作はしばらくしてから投稿しますので、お待ちください。