第百九十三話 決戦開戦
太陽が照らすデカンテス帝国の領土の中にある帝都ゼルドリック、その西2kmの位置にダーク率いる連合軍が陣を組んでいる。部隊はメタンガイルの町を制圧した時と違い、ゾンビは一体もおらず、英霊騎士の兵舎で作られた騎士だけで構成されていた。
ダークの部隊の戦力は約二万と敵の本拠地である帝都を攻め落とすには少ない数だが、北と南にいるザルバーンとベイガードが率いる別の連合軍の部隊の戦力と合わせれば丁度いいと言えた。
西で陣を組む青銅騎士達の後方には大きなテントが一つ張られており、その前ではダークとアリシアが並んで立ち、帝都の西門の様子を窺っている。
「ダーク、帝都の西門に帝国兵達が集まり出しているぞ」
「ああ、どうやら敵もこちらの存在に気付いたらしい」
望遠鏡を覗きながらアリシアはダークに話しかけ、ダークもハイ・レンジャーの能力を使用して西門を見つめながら返事をする。
帝都の西門の見張り台、城壁の上には大勢の帝国兵と帝国騎士が集まりこちらを睨んでいる。中にはアリシアの様に望遠鏡を使って連合軍の戦力を確認する帝国兵もいた。
「敵はやはり籠城戦で来ると思うか?」
「間違いないだろう……この戦いに勝利すればこの戦争は私達の勝ちだ。逆に帝国軍はもう逃げる事ができず、この戦いに敗北すれば帝国軍はお終いだ。奴等は間違いなく死に物狂いで抵抗してくる。油断するな?」
「ああ、分かっている」
ダークの忠告を聞いたアリシアは望遠鏡を覗くのをやめ、ダークの方を見ながら頷く。ダークもアリシアの顔を無言で見つめている。
今回の戦場である帝都ゼルドリックはデカンテス帝国に存在する町の中で最大の人口を持ち、防衛力も帝国最強と言われている場所だ。例え三つの戦力で三方向から包囲しても楽に戦えるとは限らない。ダーク達は帝都の防衛力を警戒し、慎重にどう攻めるかを考える。
「そう言えば、ノワールとファウはどうしたんだ?」
アリシアは姿の見えないノワールとファウに気付いて周囲を見回す。確かに周りには数人の黄金騎士がいるだけでノワールとファウは何処にもなかった。
「二人なら北と南の部隊の所へ行ってもらっている。帝都をどう攻めるかザルバーン団長とベイガード殿の二人と一度話し合ってみようと思ってな。ノワールとファウには二人を迎えに行ってもらっている」
「そうだったのか。どおりでさっきから姿が見えないと思った」
ノワールとファウがいない理由を聞いてアリシアは納得の表情を浮かべる。今回は敵の本拠地である帝都に攻め込むので別行動を取る部隊の上手く連携が取れるように二つの部隊の指揮官であるザルバーンとベイガードを呼び、細かく作戦を練る必要があったのだ。因みにマインゴはメタンガイルの町に駐留する部隊の指揮を執る為、今回の帝都攻略作戦には参加していない。
ダークとアリシアが西門の様子を窺ていると、北側の連合軍の方から馬に乗ったファウとザルバーンが近づいて来た。そして南からは空を飛ぶノワールと馬に乗るベイガードがやって来る。四人の存在に気付いたダークとアリシアは視線を西門からノワール達に向けた。
合流したノワール達はダークとアリシアの前で止まり、ノワールはゆっくりと地上に下りたつ。ファウ、ザルバーン、ベイガードの三人も静かに馬から降りてダークとアリシアの方を向いた。
「ダーク陛下、お待たせしました」
「遅くなり申し訳ありません」
ザルバーンとベイガードはダークの顔を見ると小さく頭を下げながら挨拶をする。ダークは二人の顔を見ると軽く首を横に振った。
「気にするな、それより早速ゼルドリック攻略の作戦会議を行う。テントに入ってくれ」
「ハイ」
ダークはザルバーンとベイガードを連れてテントの中に入り、ノワールもその後に続く。アリシアはもう一度西門の様子を確認すると持っている望遠鏡をファウに差し出した。
「ファウ、私も作戦会議に参加する。お前は此処で敵を見張っていてくれ」
「分かりました」
返事をしたファウは望遠鏡を受け取り、望遠鏡を使って西門や僅かに確認できる北門と南門を確認する。ファウが見張りを始めたのを確認するとアリシアもテントの中に入って行った。
テントの中では既にダーク達が机を囲んで作戦会議を行っていた。机の上には帝都全体が描かれた地図が置かれており、ダーク達は地図を見下ろしながらどのように帝都を攻略するか考える。
「現在我々は北、西、南の三方向から帝都を囲んでいます。帝都に突入するのでしたら三方向から同時に攻撃を仕掛けた方が上手くいくと思います」
「確かに、部隊を一つずつ攻撃させるよりも一斉に攻撃を仕掛けた方が敵も防衛戦力を分断する事になり、門を突破しやすいだろうな」
連合軍の三つの戦力が集まっているのだから同時に攻撃を仕掛けるべきだというベイガードの考えを聞いてザルバーンは腕を組みながら納得する。ダークとノワール、そしてあとから入って来たアリシアは黙って二人の会話を聞いていた。
そもそも別々に進軍していた連合軍の部隊がどうしてほぼ同時に帝都に辿り着き、帝都を包囲できたのか、それにはちゃんとした理由があった。
ダークが部隊の兵力を補充する時に一度ラーナーズの町に向かい、そこでザルバーンとベイガードの二人と合流し、戦力の補充が必要が確認をする。その時にダークはザルバーンとベイガードに帝都に辿り着いてもすぐには攻撃を仕掛けず、他の部隊が帝都に辿り着くまで近くで待機している様に伝えたのだ。
ザルバーンとベイガードはダークの指示に従い、帝国軍に気付かれないように帝都へ近づき、帝国軍の目の届かない所に隠れて三つの戦力が揃うのを待った。そして全ての戦力が揃った事を知ると他の二つの部隊とタイミングを合わせて同時に姿を現したのだ。
その結果、帝国軍は連合軍の三つの戦力が同時に現れた事で混乱し、慌てて戦いの準備を進めている。ダーク達も帝国軍が混乱しているおかげでゆっくりと作戦を練る事ができたのだ。
「では、戦いが始まったら各自、目の前の門を突破して一気に帝都を制圧する、という作戦でよろしいですか?」
「私はそれでいい」
「私もだ」
ベイガードが確認するとダークとザルバーンは賛成した。二人も三つの戦力が揃っているのだから同時に攻撃を仕掛け、敵の防衛力を分断させて攻めた方がいいと考えていたようだ。
「そう言えば、ストーンタイタンと砲撃蜘蛛はいかがいたしますか? 帝都を攻めるのですから、私達がお借りしているストーンタイタンと砲撃蜘蛛をダーク陛下の部隊に戻した方がよろしいと思うのですが……」
ザルバーンはダークの方を向いてストーンタイタンと砲撃蜘蛛をどうするか尋ねる。敵の本拠地である帝都が戦場になるのだから、各部隊が万全な状態で戦えるよう、ストーンタイタンと砲撃蜘蛛をダークの部隊に戻した方がいいとザルバーンは考えていた。ベイガードもそれがいいかもしれない、と言いたそうな顔をしてダークの方を見ていた。
するとダークはザルバーンとベイガードの方を見ると小さく首を横に振った。
「いや、ストーンタイタンと砲撃蜘蛛は今までどおり貴公達が使ってくれ。こちらにはアリシアとノワール、そして新しく仲間に加わったファウがいるからな」
「しかし、敵もメタンガイルの町を制圧したダーク陛下の部隊を最も警戒して西門の護りを他の二つの門以上に堅くするかもしれません。ストーンタイタンと砲撃蜘蛛を戦力に加えておいた方がいいかと思いますが……」
「可能性はある。だが例え西門の護りを他の門より堅くしても問題は無い。前の補充で私の部隊の戦力は大きく強化されたからな。それにこちらにはノワールがいる。ノワールの魔法があれば例え敵がどれだけの大軍で来ても難なく倒す事が可能だ」
前回の補充で戦力を強化している上に強力な魔法が使えるノワールがいるからストーンタイタンと砲撃蜘蛛を部隊に加える必要は無いとダークは語り、ノワールは自分を頼りにしてくれているダークを見て少し照れくさそうな表情を浮かべた。
「そ、そうですか、ではストーンタイタンと砲撃蜘蛛はこれまでどおり、私とザルバーン殿の部隊で使わせていただきますが、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
中部の部隊には神に匹敵する実力を持つ自分とアリシアがいる為、ダークは自分の部隊よりも戦力が低いザルバーンとベイガードの部隊にそのままストーンタイタンと砲撃蜘蛛を貸し与える事にし、アリシアもそれでいいと思ったのか無言で頷く。
ストーンタイタンと砲撃蜘蛛を配置する部隊が決まるとダーク達は次に帝都内に侵入した後について話し合いを始めようとする。するとテントに外で見張りをしていたファウが入って来た。
「ダーク陛下、帝国軍が動き出しました」
「何? 戦闘準備に入ったのか?」
「いえ、西門から無数の人影が出て来たんです。北門と南門にも」
帝都から何者かが出て来た、そう聞かされたダークは小首を傾げ、アリシア達も不思議そうな表情を浮かべている。話を聞くよりも目で見た方が分かりやすいと感じたダーク達は一斉にテントの外へ出た。
ダーク達が外に出ると、確かに西門の前には小さな複数の人影があり、ダーク達は能力や望遠鏡を使って人影を確認した。
西門の前には鎧を装備し、大剣や戦斧と言った様々な武器を持った戦士が四人立っている。ただ、その戦士達は全員普通の人間とは違う外見をしていた。牛の様な角を生やした三十代の男や背中から鳥の翼をは生やした二十代の女、他にも腕や足の一部が鱗になっている二十代の男や額から一本角を生やした三十代の男がいる。
そんな体の一部がモンスターの様な姿をした戦士が西門だけでなく北門と南門の前にも三人ずつ立っており、それを見たアリシア達は驚きの表情を浮かべた。
「な、何だあの連中は?」
アリシアは望遠鏡を下ろすとまばたきをしながら呟いた。ダークも腕を組みながら小さく低い声を漏らす。
「見た目は人間と獣が一つになった様な姿ですね……亜人でしょうか?」
ノワールが小首を傾げながら戦士達が亜人ではないかと考える。するとベイガードがノワールの方を向いて小さく首を横に振った。
「いいえ、彼等は普通の亜人と違って体の一部だけが獣の様になっています。あの者達は亜人ではありません」
「それじゃあ、彼等は一体何者なのでしょう?」
亜人ではない未知の生物、ノワールとベイガードはジッと遠くに立つ戦士達を見つめる。すると戦士達を見ていたファウは望遠鏡を下ろし、目を大きく見開いた。
「もしかして、彼等は魔獣兵隊かもしれません」
「魔獣兵隊?」
ファウの口から出た聞き慣れない言葉に隣にいたアリシアは訊き返す。ファウはゆっくりとアリシアの方を向き、真剣な表情を浮かべた。
「以前、帝都の優秀な魔法使い達の手によってモンスターを人間の姿に変え、帝国の戦力として利用しようと言う計画が行われていました。計画に利用されたモンスター達は魔法によってモンスターだった時の姿の一部を残し、人間の姿になりました」
視線を西門の前に立つ戦士達に戻しながらファウは自分の知っている魔獣兵隊の情報を説明し、ダーク達はその説明を黙って聞いていた。
「しかも、人間の姿になったモンスターの一部は理性と知恵を得てより人間に近い存在となりました。更にレベルも上がり、姿を変える前よりも強くなったとか……」
「ッ! ダーク」
ファウの話を聞いていたアリシアは何かに気付いてフッとダークの方を向く。するとダークもアリシアの方を向いて小さく頷く。ダークもファウの話を聞いて何かに気付いたようだ。
「君も気付いたか、アリシア」
ダークは視線を西門の前に立つ魔獣兵達に向けて目を薄っすらと赤く光らせた。
「恐らくその魔法、マティーリアを人間に変えた魔法だろう」
「ああ、間違いない」
アリシアはダークと同じように西門の前に立つ魔獣兵達を見つめながら僅かに低い声を出す。ノワールも二人の会話を聞いて真剣な表情を浮かべた。
マティーリアは元々上級のドラゴン族モンスターであるグランドドラゴンだったが、ダークとの戦いで負傷してデカンテス帝国へと逃げていった。そこで帝国軍に捕まり、モンスターを人間に変える魔法の実験体にされ、現在のマティーリアの姿となったのだ。
「そう言えば、随分前に怪我をした大きなドラゴンを捕まえて人間に変える魔法を掛けたと帝都の魔法使いから聞いて事があります」
「ドラゴンをですか……それで、そのドラゴンはどうなったのですか?」
ベイガードは少し興味のありそうな様子でファウに尋ねる。ファウはベイガードの方を向くと複雑そうな顔をしながら首を横に振った。
「残念ながら人間の姿に変えた直後に空を飛んで逃げたそうです。今では何処にいるの分かりません」
(間違いない、マティーリアだ)
ダークはファウの話を聞いてデカンテス帝国が捕らえたドラゴンがマティーリアだと確信する。現在マティーリアはラーナーズの町にいるが、ダークはファウをラーナーズの町に連れて行った事が無いので、ファウもマティーリアの存在を知らない。ダークは戦争が終わったらファウにマティーリアの事を紹介し、彼女の正体をちゃんと話そうと考えていた。
ファウがベイガードと話をしている間、ダーク、アリシア、ノワールは遠くに立っている魔獣兵達を見つめている。四体の魔獣兵は全て興奮している様な様子でダーク達がいる方を睨んでいる。まだ戦いは始まらないのか、そう言いたそうな表情を浮かべていた。
「ファウ、魔獣兵達は今にも暴れ出しそうだが、奴等はちゃんと人間の言う事を聞くのか?」
アリシアは魔獣兵達の様子を見て帝国軍は魔獣兵達を支配できているのか尋ねる。声を掛けられたファウは望遠鏡で魔獣兵の様子を確認した。
「ええ、一応単純な命令を聞くだけの知恵は持っています。戦えと命じれば戦いますし、止まれと命じれば止まります。ですが、複雑な命令を聞くだけの知恵は持っておらず、理性も殆どありません。ですからあんな風に常に興奮している様な様子を見せているんです。人間に変えるモンスターのレベルが高ければ高いほど、より高い知恵と理性を得るらしいんですけど、今の帝国にはそれほどのモンスターを捕らえられる者はいません」
(成る程、だからマティーリアは普通の人間の様に会話をしたりする事ができるのか)
マティーリアが暴れたり人を襲ったりしないのは普通の人間と同じような理性と知恵を持っているからだと知り、アリシアは心の中で納得する。そして同時に高いレベルのモンスターは人間に変えられると複雑な命令を聞けるようになると知った。
(……となると、今西門前にいる魔獣兵達はマティーリアの様に人間に近い理性と知恵は持っていない存在、マティーリアよりもレベルの低い魔獣兵、と言う事になるな)
アリシアは望遠鏡で魔獣兵達を見ながら魔獣兵達の強さを分析する。だが、いくら理性が無く、単純な命令しか聞けなくても普通の帝国兵は帝国騎士よりは手強いのは間違いない為、アリシアは念の為に警戒する事にした。
「ファウ、現在帝国には何体の魔獣兵が存在しているんだ?」
「確か十体はのはずです」
「と言う事は、今西門にいる四体と北門と南門にいる六体で全てと言う事か」
「ハイ、モンスターを人間に変える魔法は消費する魔力が多く、発動するのにかなりの時間と準備が必要です。ですからあたしの知らない間に数が増えた事は無いと思います」
「なら、とりあえず今外に出ている十体を警戒しておけばいいと言う事か……」
他に魔獣兵がいない事を知り、アリシアは少しだけ気を楽にした。ザルバーンとベイガードも未知の戦力が自分達が確認できるだけしかいない事を知って安心の反応を見せた。
「マスター、あの魔獣兵達だけ町の外に出て来たと言う事は、帝国軍は彼等をこちらの突撃させようとしているのでしょうか?」
「ああ、間違いないだろう」
「たった十体の魔獣兵を数万の部隊に突撃させるなんて、何を考えているんでしょう?」
帝国軍がなぜ僅か十体の魔獣兵を連合軍に突撃させようとしているのかノワールは理解できずに小首を傾げる。アリシア達も意味が分からずに難しい顔をした。
「恐らく奴等を特攻させて我々の戦力を少しでも削ごうとしているのだろう。同時にこちらの陣を崩して帝都を落とし難くしようとしているのではないか?」
「成る程、考えられますね」
「例え十体でも奴等のレベルは恐らく50代後半ぐらいはあるはずだ。並の兵士程度なら楽に倒せる強さを持っているだろうからな」
「どうしますか?」
ノワールが魔獣兵達をどう対処するか真剣な顔でダークに尋ねる。ダークは腕を組みながら魔獣兵達をしばらく見つめている。やがて腕を組むのをやめたダークは目を薄っすらと赤く光らせた。
「よし、奴等は私が片づける」
「え、マスターお一人で十体全てを相手になさるおつもりですか?」
「それでも問題無いが、西門の魔獣兵達を倒した後に北門と南門に向かっては時間が掛かってしまう。何よりも帝国軍に連合軍には魔獣兵達を素早く倒し、遠い北門と南門に向かえるだけの足を持つ存在がいると知られてしまうからな。北と南は蝗武とモルドールに任せよう」
わざわざ距離がある北門と南門に行くよりは近くの部隊にいる蝗武とモルドールに任せた方がいいと言うダークの判断にノワールは確かに、と言いたそうな表情を浮かべた。
時間を短縮する以外にも敵に連合軍の戦力の細かい情報を与えない為に蝗武とモルドールに北門と南門の魔獣兵達の相手をさせると考えるダークを見てアリシア達は流石だと感じた。
「それでは蝗武さんとモルドールさんには僕から連絡を入れておきます」
「頼んだ……私はこれから連中の相手をして来る。アリシア、帝国軍が何か動きを見せた部隊の指揮を取ってくれ」
「分かった」
「ザルバーン団長とベイガード殿も蝗武とモルドールが魔獣兵達を倒した後に帝国軍が何かして来る可能性がある。一度自分達の部隊に戻って警戒してくれ」
「分かりました」
ダークの指示を聞いてアリシア達はすぐに動いた。アリシアはファウを連れて臨戦態勢に入る準備を始め、ノワールはメッセージクリスタルを使って蝗武とモルドールに魔獣兵達を戦う指示を出す。ザルバーンとベイガードも自分達の部隊を指揮を執る為に馬に乗り、急いで自分達の部隊へと戻って行った。
アリシア達が行動に移るとダークはゆっくりと帝都の西門に向かって歩き出す。陣を組んでいる青銅騎士達は一人帝都へ歩いて行くダークを気にする事無く、ただ前を向いてジッとしている。例え主であるダークが行動を起こしても青銅騎士達は一切反応する事はなかった。
帝都の西門の見張り台では帝国兵達が遠くにいる連合軍の動きを警戒していた。見張り台や城壁の上にいる帝国兵、帝国騎士達はいつ戦いが始まるのだろうと緊張した様子で自分達の武器を握っている。そんな帝国兵達の中には西門の前で待機している魔獣兵達を見下ろしている者もいた。
「なあ、アイツ等本当に使えるのか?」
城壁の上にいる帝国兵の一人が隣にいる別の帝国兵に小声で話しかける。どうやら魔獣兵達がちゃんと戦うのか不安に思っているようだ。
「心配ないさ、お偉い魔法使い様の話では奴等は理性は無いが、こちらの命令を聞く知恵は持っているらしい。だから暴走したり、俺達を攻撃して来る事はないさ」
「だけど、元はモンスターだったんだろう?」
疑う様な表情で帝国兵は魔獣兵達を見つめる。そんな姿を見た仲間の帝国兵は笑いながら肩を叩いてきた。
「だぁいじょうぶだって! お前は本当に心配性だなぁ。少しは魔法使い様達の力を信用しろよ?」
肩を叩かれる帝国兵は不安そうな顔で仲間の方を見る。どうして元モンスターだった存在を信じられるのか、帝国兵は仲間の呑気な態度を不思議に思っていた。
「おい、連合軍の方から誰かが近づいて来るぞ!」
見張り台の上にいた帝国兵が声を上げ、それを聞いた他の帝国兵達は一斉に反応し連合軍の陣地の方を向く。そして一人で西門に歩いて来るダークの姿を確認した。
帝国兵達は仲間も連れずに近づいて来る騎士を見て驚きの反応を見せた。連合軍の陣地がある方角から歩いてくる事から、騎士が連合軍の一員、つまり敵である事は分かる。その敵がたった一人で帝都に向かってくるのだから帝国兵達は驚きを隠せなかったのだ。
「何だ、あの騎士は?」
「分からねぇ……見た目からして連合軍の部隊長じゃないのか?」
ダークの正体が分からない帝国兵達は小声で話し合う。既にダークは西門の500m前まで近づいて来ている。すると、見張り台の上にいた帝国騎士の一人がダークに向かって大きな声を出した。
「止まれぇ! それ以上近づけば攻撃するぞ!」
帝国騎士はダークに停止するよう警告をする。だがダークは警告を無視し、西門に向かって歩き続けた。そんなダークを見た帝国騎士は小さく舌打ちをして西門の前にいる魔獣兵達を見下ろす。
「魔獣兵ども、あの騎士を殺せ!」
魔獣兵達に向かって帝国騎士は大きな声で命令した。魔獣兵達はチラッと見張り台の上に帝国騎士を見上げた後に遠くにいるダークに視線を向け、持っている武器を強く握りながら一斉にダークへ向かって突撃した。
牛の角を持つ魔獣兵は大剣、鳥の翼を持つ魔獣兵はヘビーボウガン、鱗を持つ魔獣兵は双剣、そして一本角を持つ魔獣兵は戦斧を握ってダークに向かって行く。ダークは迫って来る魔獣兵達を見つめながら歩き続ける。
「やはり突撃して来たか。人間の姿に変えられ、戦争に利用されるとは哀れな者達だ」
ダークは魔獣兵達を見つめながら呟く。この世界でごく普通に暮らしていたモンスター達がデカンテス帝国に捕らえられ、人生を狂わされた事に対してダークは少し気の毒に思っていた。
そんなダークの思いを気付かない魔獣兵達はダークの目の前まで近づいて来た。牛の角を持つ魔獣兵は正面、鱗を持つ魔獣兵は左、一本角を持つ魔獣兵は右、鳥の翼を持つ魔獣兵は空からダークを囲む様に回り込んで彼を睨み、武器を構えて攻撃を仕掛けようとする。ダークは自分の周りにいる魔獣兵達を見ると目を赤く光らせた。
ダークは魔獣兵達が攻撃してくる前に背負っている大剣を素早く抜いて目の前にいる牛の角を持つ魔獣兵は切り捨てる。牛の角を持つ魔獣兵を倒したダークは次に右にいる一本角を持つ魔獣兵の首を刎ねた。
いきなり二体の仲間が倒され、鳥の翼を持つ魔獣兵は慌ててダークにヘビーボウガンを放つ。矢はもの凄い速さでダークの頭部に向かって飛んでいく。だがダークはその矢を素早く大剣を持たない方の手で掴み、翼を持つ魔獣兵に投げ返す。投げられた矢は翼を持つ魔獣兵の額に命中し、魔獣兵は何が起きたのか分からないまま落下する。
最後の鱗を持つ魔獣兵はあっという間に仲間を倒したダークに驚きの表情を浮かべていた。理性は無くても感情はあるらしい。そんな鱗を持つ魔獣兵にダークは容赦なく攻撃し、最後の魔獣兵も難なく片づける。僅か十秒ほどで全ての魔獣兵を倒したダークは魔獣兵達の死体を見ながら大剣を肩に担ぎ、何事も無かったかのように西門へ向かって歩き出した。
「ば、馬鹿な! 一瞬にして魔獣兵を四体倒すとは!」
見張り台の上から戦いを見ていた帝国騎士は驚愕の表情を浮かべる。帝国騎士の周りにいる他の帝国騎士や帝国兵達も目を大きく見開きながら驚いていた。勿論、城壁の上にいる帝国兵達も同じ様に驚いている。
「どういう事だ、魔獣兵のレベルは全て50代、人間の英雄級の実力を持つ奴等をあんな簡単に倒せるはずが……」
目の前の現実が信じられない帝国騎士はただただ震えた声を出しながら魔獣兵達も死体を見つめている。
ダークは驚きの表情を浮かべながら自分を見ている帝国兵達を歩きながら見上げている。これまで何度も自分の力を見て驚いた者達を見て来たので、ダークは驚かれても何も感じなかった。そんな時、ダークの頭の中に声が響く。
(マスター)
「ノワールか」
(ハイ、先程蝗武さんとモルドールさんから連絡が入りました。北門と西門の前にいる魔獣兵達を倒したそうです)
「そうか。まぁ、あの二人なら楽勝だろうな」
(それはマスターもでしょう?)
「ハハハ、そうだな」
楽しそうに語るノワールにダークも俯きながら笑って返事をする。どうやらノワールは本陣からダークが魔獣兵達を瞬殺する光景を見ていたらしい。
(マスター、魔獣兵は全て倒しましたが、この後はどうなさいますか?)
「魔獣兵を倒した事で敵の戦力の一つは消えた。同時に魔獣兵を倒された事で帝国軍は動揺している……このタイミングで叩く」
(分かりました、アリシアさん達に伝えます……攻撃開始と!)
そう返事をするとノワールの声は聞こえなくなり、通信が終わるとダークは再び西門の方を向く。そして西門の前まで来ると静かに立ち止まり、目の前の大きな門を見上げる。
「さてと、今回も派手に開門するか……黒炎爆死斬!」
ダークは暗黒剣技を発動させると大剣を勢いよく振る。大剣の刃が門に触れると大爆発が起き、門は破壊されて帝都の中へと吹き飛んでいき、西門前の広場に倒れた。
西門の見張り台、城壁の上、西門前の広場にいた帝国兵達は驚愕の表情を浮かべながらダークに破壊された西門を見ている。そんな中、待機していた西の連合軍が帝都に向かって進軍を開始した。それと同時に北と南に待機していた連合軍の部隊も北門、南門に向かって進軍する。まるでダークが起こした爆発が戦闘開始の合図の様だった。