第百九十二話 近づく最後の戦い
連合軍が勝利した事でメタンガイルの町は連合軍の新たな拠点となった。町の住民達は最初、帝国軍が負けた事が信じられずに混乱していたが、皇女であるカルディヌが負けた事を伝えると住民達は敗北を受け入れて大人しくなる。帝国兵達も素直に負けを認めて騒ぎを起こす事なく全員が捕虜となった。
夜が明けるとダークは町の住民達や捕虜となった帝国兵の一部を集めて彼等の今後の扱いについて説明する。ダークはラーナーズの町同様、メタンガイルの町の住民達を何処かに閉じ込めたり、強制労働させるなどの扱いはせず、今までどおりの暮らしをさせる事にした。勿論、暴れたりすればそれなりの罰を与えるという条件は付けられている。
ダークが町での暮らしの制限、住民達の扱いについて発表する時、同行していたファウは町の住民や捕虜の帝国兵達に皇子であるゼルバムが犯した過ちを話した。アルマティン大平原の戦いで独断で連合軍に特攻し、部隊を壊滅に追い込んだ事、ベトムシア砦で功績を上げる為にファウを見捨て、砦にいた帝国軍を焼き殺した事などを全て伝える。それを聞いた町の住民や帝国兵達は驚愕の表情を浮かべた。
住民や帝国兵の中にはファウの言った事を信じない者もいたが、その場にいたカルディヌが真実である事を伝えると、住民や帝国兵達はカルディヌの言葉なら間違いないとショックを受けた。自分達の国の皇子がとんでもない事をしたのだから当然だ。そんな中、ファウはメタンガイルの町を襲撃して来た帝国兵のゾンビ達がアルマティン大平原で死んだ者達である事も伝えた。
ファウはゼルバムの独断によって戦死した帝国兵達の無念を晴らす為にダークがゾンビとして蘇らせ、ゼルバムがいるメタンガイルの町を襲撃した事を伝え、ファウは敵である帝国兵達の無念を晴らす機会を与えるダークが情け深い人物だと語った。そんなファウの姿を隣で見ていたダークは心の中で恥ずかしさを感じながらやめてほしいと願う。因みにゾンビ達は戦いが終わった後にダークのマジックアイテムで全て浄化された。
演説する様に語るファウの話を聞いて住民や帝国兵達の中にはダークが敵にも情けを掛ける心の広い人物だと感じる者が出てきた。だが、どんな理由であれ死体をゾンビにして戦いに利用するのは間違っていると考える者も当然おり、考えが違う住民や帝国兵達は口論を始める。
ダークは騒ぎ出す住民や帝国兵達を黙らせると改めて騒ぎを起こさないようにする事を伝え、集まった住民や帝国兵達を解散させる。住民や帝国兵達は自宅や捕虜を収容する倉庫などに戻っていく間もダークの人柄について話し合っていた。
住民達への説明が終わるとダーク達は今後の帝国軍との戦いを話し合う為に帝国軍が本部として使っていた建物に移動した。
「凄い反応でしたね?」
本部の一室で子竜姿のノワールが長方形のテーブルの上に乗り、苦笑いを浮かべながら呟く。部屋には他にダーク、アリシア、ファウがおり、ダークは椅子に座りながら小さく俯いて溜め息をついた。
少し前にファウが町の住民達にダークの人柄について語った時の事を思い出して恥ずかしがっているのだ。アリシアも俯いているダークを見て苦笑いを浮かべ、ファウは不思議そうな顔でダークを見ている。
「あの、ダーク陛下、あたし何かマズい事しちゃいましたか?」
「……いや、マズい事はない。ただ、私はあんな風に立派に語られる事に慣れていなくてな、恥ずかしく思っているのだ」
椅子にもたれながらダークは疲れた様な声を出す。アリシアとノワールはそんなダークの姿を見て苦笑いを浮かべ続けていた。
「……ファウ、できればあのような事はもうしないでくれないか? 私は別に帝国の人間の心を掴みたいとか、聖者の様に見られたいとは思っていないのだ」
「そう、ですか。分かりました、ダーク陛下がそう仰るのなら……」
ファウは少しガッカリした様な反応を見せる。自分の命を救い、人生を変えてくれたダークをファウは強く尊敬している。そんなダークの良さを他の人間に語る事が禁じられて残念に思っているようだ。
「ところでダーク、カルディヌ殿下は今どうされているのだ?」
苦笑いをしていたアリシアがカルディヌの事を尋ねる。ダークは視線をアリシアの方に向けるとテーブルに両肘をつけた。ダークが雰囲気が変わったのを見て部屋にいるダーク以外の全員が真剣な表情を浮かべる。
「カルディヌ殿下はこの本部の一室に番兵付きで入ってもらっている。彼女も帝国軍の捕虜だが一応皇女だからな。他の捕虜の様に扱うと色々と面倒な事になる」
「そうか」
「それに、カルディヌ殿下は丁重に扱ってほしいとファウが頼んできたのでな」
そう言ってダークはチラッとファウに視線を向け、アリシアとノワールもファウの方を見た。三人に注目されるファウはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「すみません、ダーク陛下。あたしの我が儘を聞いていただいて……」
「構わんさ、お前は昨夜の戦いでしっかりと活躍してくれたからな。その褒美だと思ってくれていい」
「ありがとうございます」
仲間になったばかりの自分の頼みを聞いてくれたダークの心の広さにファウは感動しながら礼を言う。
「そう言えば、ゼルバムはどうしたんですか?」
ノワールがメタンガイルの町にいたもう一人の皇族であるゼルバムの事を訊くとダークはノワールの方を向いて薄っすらと目を赤く光らせた。
「奴なら今頃教会で傷の治療を受けているだろう」
「傷? ああぁ、ファウさんが切り落とした手足ですね」
「そうだ、魔法やポーションの様な魔法薬は使わせず、ごく普通の薬などを使って治療させている」
ファウが切り落とした四肢を元に戻さないように傷を治させているというダークの言葉にノワールはほぉ、と言うような表情を浮かべた。
使い魔であるノワールは主人であるダークが敵にどんなに惨い事をしても不満や不快などは一切感じないようになっている。だからゼルバムに生き地獄を味わわせようという考えに異議を上げるなんて事はしないのだ。もっとも、ノワールもゼルバムの事が気に入らなかったので反対する気など無かった。
「しかしダーク、貴方も恐ろしい事を思いつくな? 両腕両足を奪って生かすだなんて死よりも悲惨な状態だぞ?」
「自分の為に他人の命を犠牲にする様な奴には死すら甘い、死よりも酷い生を与える事で自分の犯した過ちを償わせるのが最も効果的な方法だ」
「確かにな……」
皇子でありながら自分の功績の為に大勢の帝国兵を死に追いやったゼルバムに対して聖騎士であるアリシアも何も感じていなかった。それだけゼルバムが犯した罪は大きかったと言う事だ。
「さて、皇族達の話はこれぐらいにして、今後の事についての会議を始めるとしよう」
皇族達の確認などが終わるとダークはデカンテス帝国との次の戦いについて話し合いを始める。話題が変わり、アリシア達も表情を変えてダークの方を見た。
メタンガイルの町を制圧してもデカンテス帝国は降伏などしないとダークは確信しており、次の戦いに備えて準備を整えておこうと考えていた。
「私達は帝国でも帝都に次ぐ防衛力を持つメタンガイルの町を制圧した。これにより、帝国軍はメタンガイルの町を制圧された事で大きく士気が低下し、我々連合軍はより帝都へ進軍しやすくなった」
「だが、帝国軍は決して降伏はしないだろうな」
アリシアが低い声で帝国軍の行動を予想し、ダークはアリシアの方を見ると小さく頷く。
「普通はここまで一方的に攻め込まれれば降伏する道を選ぶが、帝国至上主義者である皇帝なら間違いなく徹底抗戦の道を選ぶだろう」
「ああ、私もそう思う」
「僕もです」
「あの方なら、間違いないでしょうね」
ダークの考えにアリシア達は真剣な表情で答える。
「向こうが戦いの道を選ぶのなら、私達も受けて立つ。ファウ、帝都の戦力がどれくらいか分かるか?」
「あ、ハイ。確か五万程だったと思います……」
「流石に帝都の戦力は多いな。今の戦力で挑むのは少々分が悪い。しかも我々の前にはまだ砦が一つある。メタンガイルの町に残しておく戦力の事も考えると、一度戦力を補充した方がいいな」
ゾンビ達を失って戦力が低下している今の状態で進軍するのは危険だと感じたダークは戦力の補充を考える。アリシア達もダークを見つめながら心の中でそう感じていた。
「アリシア、私はノワールと共にバーネストに戻って補充する戦力の用意してくる。その間、町の事は君とファウに任せるぞ」
「分かった」
町の管理を任されたアリシアは返事をし、ファウも小さく笑いながらダークを見て頷く。
「ああぁ、それとザルバーン団長とベイガード殿に連絡を入れてラーナーズの町に戻るよう伝えてくれ。バーネストに戻る前に一度集まって二人の部隊の補充が必要か確認しておきたいのでな」
「分かった、伝えておく」
ザルバーンとベイガードへの連絡を指示するとダークはテーブルの上にある羊皮紙を手に取った。そこには帝都までの距離や途中にある砦にいる帝国軍の戦力などが細かく書かれてあり、ダークは羊皮紙に書かれてある情報を頭に入れていく。
ファウはテキパキと動くダークを見て彼が強いだけでなく頭の回転も速い事を理解する。これ程の技量を持つ存在に忠誠を誓う事ができた事をファウは心の中で嬉しく思い、同時にどうしてダークは黒騎士になったのか疑問に感じるのだった。
それからダーク達はこれからの進軍について会議を行い、それが済むと別行動をしているザルバーンとベイガードにラーナーズの町に戻る事を伝えた。
ダークはアリシアとファウにメタンガイルの町を任せ、ノワールと共にラーナーズの町に転移し、同じように転移して来たザルバーンとベイガードと合流する。各部隊に戦力の補充が必要なのか、いつ頃帝都に到達するのかなどを話し合い、それが終わるとザルバーンとベイガードは自分達の部隊がいる場所に戻り、ダークはその足でバーネストに戻って行った。
――――――
メタンガイルの町が連合軍に制圧されてから五日後、帝都ゼルドリックの皇城の会議室では皇帝カーシャルドと第一皇子のバナン、大勢の帝国貴族が集まって今後の連合軍との戦いについての軍事会議を行っていた。
会議室には緊迫した空気が漂っており、貴族達は緊張した表情を浮かべている。その原因は玉座に座って険しい顔をしているカーシャルドにあった。
カーシャルドは帝国軍が連合軍に負け続けている現状にずっと機嫌を悪くしていた。そんな彼の下にメタンガイルの町までもが連合軍に制圧されたと言う報告が入り、カーシャルドは更に機嫌を悪くする。その状態で軍事会議を行う事になり、貴族達は自分達が八つ当たりをされるのではと不安になっていた。
「おのれぇ、連合軍めぇ~っ!」
険しい顔で握り拳を握りながらカーシャルドは低い声を出す。その声を聞いて会議室にいる貴族達は思わず息を飲む。バナンもカーシャルドの機嫌をこれ以上悪くしてはいけない、と考えながらカーシャルドを見つめていた。
「こ、皇帝陛下、そろそろ会議を始めても……」
「さっさとせんかぁ!」
「ハ、ハイッ!」
軍事会議を始めてよいか確認して来た貴族にカーシャルドは怒鳴り散らす。貴族は震えな声で返事をすると手に持っている羊皮紙を広げて中身を確認し始めた。
早速カーシャルドの八つ当たりを受けた貴族をバナンや他の貴族達は気の毒そうに見つめている。そんな視線の中、怒鳴られた貴族は羊皮紙の内容の確認を終え、自分に注目する貴族達の方を見ながら口を開いた。
「ま、まず、現状を簡単にお話しさせていただきます……連合軍は変わらずこの帝都を目指して進軍しております。北部の連合軍は途中にある二つの町と砦の一つを制圧して進軍しています。北部を防衛する部隊は最後の砦に戦力を集中させて連合軍を迎え撃つとの事です。南部の連合軍は南部にある町や砦を全て制圧しました。現在は侵攻を停止して帝都から最も近くにある町に駐留しているとの事です。恐らく、帝都に攻撃を仕掛ける為に準備をしていると思われます」
「クッ! 南部の防衛部隊はほぼ壊滅か。帝国の兵士でありながら何と情けない!」
報告を聞いたカーシャルドは玉座の肘掛を強く叩きながら声を上げる。会議室にいる貴族達は何も言わずにカーシャルドを見ていた。
敵に敗北してしまったとは言え、デカンテス帝国の為に命を賭けて戦って兵士達を情けなく思うカーシャルドに異議を上げようとする貴族もいたが、今のカーシャルドに何かを言えば自分が酷い目に遭うと分かっているのであえて何も言わずにいた。だが、貴族の中にはカーシャルドと同じ考えをする貴族もおり、そんな皇帝派の貴族達は呆れ顔や険しい顔をしながらカーシャルドを見てそのとおりだ、と言いたそうに頷く。
「それで、中部を侵攻する連合軍は現在どうしている?」
皇帝派の貴族の一人が説明する貴族に中部の状況を尋ねる。すると説明していた貴族は羊皮紙の内容を再確認した。
「最新の情報では連合軍はメタンガイルの町を出て帝都に向かって進軍しているとの事です。ただ、今までと比べると進軍する速度がかなり遅いそうです」
「チッ、メタンガイルの町を制圧してことで余裕が出てのんびりと進軍している訳か……」
「……そう言えば、あの町にはゼルバム殿下とカルディヌ殿下がいらっしゃったはずだ。あのお二人はどうされたのだ? 無事なのか?」
別の貴族が皇族であるゼルバムとカルディヌについて尋ねると説明する貴族は暗い表情を浮かべ、それを見た他の貴族達は不思議そうな反応を見せる。
「カ、カルディヌ殿下は連合軍の捕虜となってメタンガイルの町にいらっしゃるようです。何でも、殿下の元配下の女騎士が連合軍に寝返り、その者との決闘に敗れて敗北し、メタンガイルの町の部隊は降伏したそうです……」
「な、何だと? カルディヌ殿下が敗れた? 帝国でも精鋭と言われている紅戦乙女隊の隊長の殿下が?」
「それも相手は帝国を裏切った元紅戦乙女隊の騎士だと言うのか?」
報告を聞いた貴族達はざわつき出し、カーシャルドとバナンも話を黙って聞いていた。
カルディヌが負けた事にも驚いたが、カルディヌの配下だった女騎士が連合軍の寝返り、カルディヌを倒した事にもかなり驚いている。同時にデカンテス帝国を裏切ったその女騎士に対してカーシャルドや貴族達は怒りを感じていた。
「それで、カルディヌ殿下はご無事なのだな?」
「ハ、ハイ、それは間違いありません」
「そうか……それではゼルバム殿下は?」
皇帝派の貴族の一人がゼルバムはどうなったのか尋ねる。帝国至上主義者であるカーシャルドに味方する皇帝派の貴族達にとってはカルディヌより、カーシャルドと同じ帝国至上主義者のゼルバムの安否の方が気になっていたのだ。
ゼルバムの事について聞かれると、貴族は更に暗い顔をして黙り込み、そんな貴族を見たバナンは小首を傾げる。
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「え? あ、いや……実は……」
声を掛けるバナンに貴族は声を小さくしながら俯き、バナンはゼルバムに何かあったのではと感じ取った。
しばらくすると黙り込んでいた貴族は顔を上げ、カーシャルド達を見ながら震えた声を出す。
「ゼ、ゼルバム殿下ですが……両手両足を切断され、ご自身では何もできない状態になっておられるとの事です」
「何だとっ!?」
カーシャルドはゼルバムが四肢を切断された事を聞いて声を上げながら玉座を立つ。突然立ち上がったカーシャルドにバナンや貴族達は一斉に目を見開いて驚く。
ゼルバムはカーシャルドの帝国こそが最強の国家であるべきだと言う理想を誰よりも強く尊敬しており、カーシャルドも自分と同じ考え方をするゼルバムに期待し、次代皇帝にしようと思っていた。そのゼルバムが四肢を失った事を聞いて流石にショックを受け、カーシャルドは驚きのあまり立ち上がったのだ。
「ゼルバムが手足を切り落とされただと!?」
「ハ、ハイ……情報ではカルディヌ殿下に勝利した裏切り者の女騎士が切り落としたそうです……」
「クウゥ! おのれぇ、我が帝国を裏切っただけでなく、皇族であるゼルバムの手足を切り落とすとはぁ~!」
カーシャルドは自分の子供の中でも最も目を掛けていたゼルバムの手足を奪った女騎士と連合軍に対して強い憎悪を抱き始める。そんなカーシャルドを見た貴族達は恐怖を感じたのか僅かに顔色を悪くした。
「そもそも、なぜゼルバムが手足を切り落とされなければならなかったのだ!?」
ゼルバムが四肢を失った事に納得できないカーシャルドは貴族に理由を訊いた。貴族は慌てて羊皮紙を見て細かい理由を確認する。
「じょ、情報では、ゼルバム殿下はベトムシア砦で連合軍を倒す為に配下の兵士や騎士達を犠牲にした為、その報復として手足を切り落とされたそうです。因みに殿下の手足を切断した女騎士もベトムシア砦にいたそうです」
貴族の説明を聞いて会議室にいる貴族達はざわつき出す。ゼルバムが勝利を得る為に大勢の兵士達を犠牲にした事に驚いたようだ。
帝国至上主義者のゼルバムなら帝国が勝利する為に多少は卑劣な行動を取ると貴族達も予想していた。だが、同じ帝国の人間を犠牲にして勝利を得るような行動を取るとは流石に思っていなかったらしい。貴族達はゼルバムの行動に対して不満などを露わにした。
「黙らんか!」
ざわつく貴族達に向けてカーシャルドは声を上げる。カーシャルドの言葉を聞いて貴族達は緊張した表情を浮かべながら黙り込んだ。
貴族達が黙ったのを確認するとカーシャルドはゆっくりと玉座に腰を下ろし、貴族達を見つめながら口を開いた。
「ゼルバムが兵士達を犠牲にした事についてはこの際どうでもよい」
「皇帝陛下!?」
カーシャルドの口から出た言葉にバナンは思わず声を漏らす。貴族達、特に皇帝派ではない貴族達は驚きの表情を浮かべていた。
「皇帝陛下、ゼルバムは戦いに勝利する為に多くの兵士達を犠牲にしたのですよ? それをどうでもよい事だと仰るのですか?」
「帝国が戦いに勝利するには多少の犠牲は致し方ない事だ。例えどんな手段を取っても敵を倒し、帝国の力を他国に知らしめる。それが皇族というものなのだ」
「そ、そんな……」
息子であるゼルバムが自国の兵士を勝利の為に犠牲したと知っても平然とするカーシャルドの態度にバナンは唖然とする。貴族達もゼルバムの父親であり、同じ帝国至上主義者であるカーシャルドもゼルバムと同じ考え方をするのだと知って言葉を失う。
「何よりも、我等皇族の為に自身を追い込むぐらいの覚悟を持たぬ軟弱者は帝国軍には必要ない」
「ですが、陛下!」
どうしても納得のできないバナンはカーシャルドに言い返そうとする。そんなバナンをカーシャルドは鋭い目で見つめた。
「バナン、お前はもう少しゼルバムの様に皇族らしい言動をするべきだ。そんな態度を取っていては皇族の威厳を失う事になるぞ」
「我々も同感ですぞ、殿下」
皇帝派の貴族達も小さく笑いながらバナンに言い放ち、それを聞いたバナンは納得できない表情を浮かべながら黙り込む。他の貴族達は言い負かされたバナンを気の毒そうな目で見ている。
「……連合軍はメタンガイルの町を制圧した事を好機として一気にこの帝都に向かって侵攻してくるはずだ。我が帝国軍の全戦力を持って奴等を叩きのめす。よいな?」
『ハッ!』
バナンが黙るとカーシャルドは今後の戦いについての話を始める。カーシャルドが連合軍を撃破する事を皇帝派の貴族達に伝え、貴族達は声を揃えて返事をした。すると、それを聞いて黙り込んでいたバナンがフッと顔を上げる。
「陛下、まさかこのまま戦いを続けるおつもりなのですか?」
「当たり前だ。これだけ帝国内で好き勝手にし、ゼルバムの四肢を奪った連合軍のゴミどもにこのままにしておけるか! 帝国領内にいる連合軍の人間を皆殺しにしてやるのだ!」
「しかし、既に連合軍はこの帝都の近くにまで攻め込んで来ています。今の状態で戦いを続けても連合軍を押し戻す事はほぼ不可能です。ここは抵抗をやめて降伏するべきかと――」
「愚か者がっ!」
降伏するべきだと語るバナンにカーシャルドは怒鳴り声を上げる。バナンは口を閉じ、会議室にいる貴族達は一斉に黙り込んだ。
カーシャルドは鋭い目でバナンを睨み付ける。その目はとても血を分けた我が子に向けるとは思えないくらいのものだった。
「帝国はどんな国が相手だろうと決して下に見られてはならんのだ! 全ての国を支配し、その頂点に立つ。それこそが帝国にあるべき姿なのだ」
「……」
まるで自分の考えこそが正しいと言い聞かせるように大声で語り続けるカーシャルド。バナンは錯乱する様に語るカーシャルドの姿を黙って見つめていた。
「例えどれだけ侵攻されていようと、帝国の全ての力を使えば連合軍など簡単に叩きのめせる! それに奴等はゼルバムの手足を奪うと言う非人道的な行動をしおった。バナン、お前は兄として弟が甚振られた事が悔しくないのか!?」
「それは……」
バナンが興奮するカーシャルドの質問に答えようとする。すると、突然会議室の扉が勢いよく開き、帝国軍の総指揮官であるヴァルハム・オラルトンが飛び込んで来た。
会議室にいたカーシャルド達は部屋に入って来たオラルトンの方を向いて驚いた表情を浮かべる。オラルトンは微量の汗を流し、少し乱れた呼吸をしながらカーシャルド達の方を見た。
「陛下! 帝都の西に連合軍が現れました!」
「何だと!?」
連合軍が現れたという知らせにカーシャルドは立ち上がり、バナンや貴族達も驚きの反応を見せる。
「間違いなく連合軍なのか?」
「ハイ、西から現れた事から、恐らくメタンガイルの町を制圧した連合軍の部隊と思われます」
「馬鹿なっ! メタンガイルの町と帝都の間には砦があるはずだ。しかもそこにはかなりの兵が駐留している。こんなに早く帝都に辿り着けるはずがない!」
「しかし、現に連合軍は帝都の西に現れて陣を組んでいます」
興奮気味である皇帝派の貴族を見ながらオラルトンは困り顔で答える。会話を聞いていたバナンや一部の貴族はオラルトンが質の悪い嘘をつくような人間ではない事を知っており、彼の反応を見て本当に連合軍が西から現れたのだと感じた。
だがそれは同時に中部最後の防衛線である砦を短時間で突破されたと言う事になり、バナン達の表情に驚きと焦りが浮かんだ。
オラルトンの報告を聞いたカーシャルドは砦にいた帝国兵達を使えないと考えながら頭を強く掻く。そして乱暴に玉座に座るとオラルトンの方を向いた。
「奴等がどうやってこの短時間で砦を制圧し、帝都に辿り着いたかは知らんが、現れたのであれば返り討ちにしてやるだけだ。オラルトン、帝都の全ての戦力を使い、現れた連合軍を叩きのめせ!」
「ハッ」
カーシャルドの命令にオラルトンは頭を下げながら返事をする。するとそこへ一人の帝国騎士が慌てた様子で会議室に入って来た。
会議室に飛び込んで来た帝国騎士を見てカーシャルド達は再び驚きの反応を見せる。オラルトンも振り返って帝国騎士の方を向き、少し驚いた表情を浮かべていた。
「も、申し上げます! 帝都の北と南から連合軍らしき集団が現れました!」
声を上げる帝国騎士を見てカーシャルド達や先に来ていたオラルトンは驚愕の表情を浮かべた。西から連合軍が現れた後に北と南からも連合軍が現れたと聞けば驚くのは当然だ。
「どういう事だ!? 連合軍は西から現れたのではないのか!?」
カーシャルドが先に報告に来ていたオラルトンに確認するとオラルトンは鋭い表情を浮かべながらカーシャルドの方を向いた。
「恐らく、中部を侵攻していた連合軍とは別の北部と南部から回り込む様に侵攻していた部隊と思われます」
「その別の部隊が中部を侵攻していた部隊とまったく同じタイミングで現れたと言うのか?」
「現状から考えると、そういう事になります」
「馬鹿なっ! そんなふざけた事があるかぁ!」
玉座の肘掛を強く叩きながらカーシャルドは声を上げる。まったく別の経路を通った部隊がほぼ同時に帝都の近くに現れるなどこの世界の常識ではあり得ない事だ。そのあり得ない事が現実で起きていると聞いてカーシャルドは大きく驚いている。同時に自分の都合の悪い事が連続で起きた事に酷く腹を立てていた。
険しい表情を浮かべながら俯いているカーシャルドの周りでは貴族達は慌てている。突然の敵の出現に混乱し、これからどうすればいいのか分からなくなっていた。
「皆、落ち着け!」
バナンは慌てている貴族達に声をかけて落ち着かせる。貴族達はバナンの言葉で我に返ったのか一斉に黙りバナンに注目した。
貴族達は落ち着くのを確認したバナンは今度はカーシャルドを真剣な表情で見つめる。
「陛下、今はとにかく連合軍を迎え撃つ為に帝都の護りを固めましょう」
「クゥッ……お前に言われなくても分かっておる」
カーシャルドはバナンに八つ当たりするような口調で答え、控えているオラルトンと帝国騎士の方を見る。視線を向けて来たカーシャルドを見てオラルトンと帝国騎士は姿勢を正した。
「オラルトン、帝都の戦力を三つに分け、北、南、西の門に送り込め! 連合軍の兵士を一人として帝都に入れるな!」
「ハッ!」
「それと……」
他にも何か言いたそうなカーシャルドを見てオラルトンは不思議そうな顔をする。バナンや貴族達もカーシャルドの方を黙って見ていた。
「……例の魔獣兵隊を使い、連合軍に突撃させろ」
カーシャルドの言葉を聞いてバナンと貴族達は驚きの反応を見せる。オラルトンもカーシャルドを見ながら少し驚いた表情を浮かべた。
「よろしいのですか? 現在、戦闘で利用できる魔獣兵は僅かしかいません。下手をすればこの戦いで負傷し、使い物にならなくなる可能性も……」
「構わん、使えなくなったらまたモンスター達を捕らえて作ればいいだけの事だ」
「……分かりました、すぐに準備をさせます」
真剣な表情を浮かべるオラルトンは一例をして会議室から出ていき、連合軍を迎え撃つ準備に向かう。あとから来た帝国騎士もカーシャルド達に一礼をしてから慌てて会議室を後にする。
オラルトンと帝国騎士が会議室から出て行くと残った貴族達はざわつき出し、バナンも目を細くしながらカーシャルドの方を向く。カーシャルドは玉座に座りながら不敵な笑みを浮かべていた。