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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百九十一話  皇女の覚悟と皇子の末路


 ファウは無表情でカルディヌとゼルバムに近づいて行き、二人の3m程手前まで来ると立ち止まった。カルディヌは僅かに目を鋭くしてファウを睨み、ゼルバムは小さく震えながらファウを見ている。


「マナティアとナルシアは倒しました……次は殿下がお相手されますか?」


 サクリファイスの切っ先をカルディヌに向けながらファウはカルディヌに尋ねる。するとカルディヌは杖の様に持っていた騎士剣を持ち直して中段構えを取った。


「当然だ、部下を殺されて何もせずにいるほど私は冷血ではない」


 戦意を失っていないカルディヌを見てファウもサクリファイスを中段に構える。その表情は真剣なものだったが、心の中ではカルディヌが戦意を失っていない事を残念に思っていた。

 ファウの心にはまだ僅かにカルディヌと戦いたくないと言う気持ちがあり、戦意を失って降伏してほしいと願っていた。しかし、皇女として、そして紅戦乙女隊の騎士としての誇りを強く持つカルディヌは降伏せずに戦う道を選んだ。

 降伏してほしいと口に出して言いたかったファウだが、それを言うと戦いが始まる前の様にカルディヌに注意されてしまうと思ったので黙っている事にした。

 得物を構えながらファウとカルディヌは足の位置を僅かにずらして戦闘態勢に入る。カルディヌの隣にいたゼルバムは戦いに巻き込まれないようにする為に慌ててカルディヌから離れた。


「カ、カルディヌ、絶対にワンディーを殺せよ!? 裏切り者である元紅戦乙女隊の騎士は隊長であるお前が責任をもって成敗するんだ!」

「……分かっています」


 ゼルバムの言葉にカルディヌはファウを見つめながら低い声で返事をした。ファウも喚いているゼルバムを不愉快そうな顔で見ている。これから宿命とも言える戦いが始まるのに戦いを人任せにして騒いでいるゼルバムを二人は鬱陶しく思っていた。

 

「……ファウ、分かっていると思うが手加減などするなよ? お前はビフレスト王国の騎士として敵である私と全力で戦え。何よりも嘗ての仲間だからと言って手加減されるのは非常に不愉快だからな」

「分かっています。あたしが手加減などしない事はマナティアとナルシアとの戦いを見てご理解いただけたでしょう?」

「……そうだったな」


 真剣な表情で語るファウを見てカルディヌも小さい声で返事をする。不思議な事に自分の部下を目の前で殺した嘗ての部下を前にしているのにカルディヌは怒りや憎しみと言ったものは感じていなかった。カルディヌ自身もそんな自分を不思議に思っている。

 ファウもマナティアとナルシアの二人と戦っていた時と違ってカルディヌと戦う事に使命的なものを感じている。今の気持ちが何なのか、どうしてこんな気持ちになるのか、ファウ自身は分からなかった。

 二人が剣を構えて向かい合っている様子をゼルバムは離れた所から見ていた。カルディヌを見ながらゼルバムは絶対にファウを殺せて思っている。だが同時に別の事を考えていた。


(あり得ないだろうが、もしカルディヌが負けた時は広場から脱出し、何処かに身を隠す事にしよう。そして町が落ち着いたら連合軍の奴等に気付かれないように町から脱出する。戦いが終われば厳戒態勢が解かれ東門の警備も薄くなり、脱出するチャンスができるはずだからな)


 カルディヌが負けたら自分はメタンガイルの町から脱出し帝都に向かう、命を賭けた戦う妹を残して自分だけ助かろうとゼルバムは考えていた。

 もしカルディヌがファウに敗れ、帝国軍が敗北すればベトムシア砦やアルマティン大平原での真実が公になってしまう。そうなればゼルバムの帝国内での立場が悪くなるが、連合軍に捕まって捕虜になるのと比べたらマシな方だとゼルバムは思っていた。

 メタンガイルの町から逃げ延びれば名誉を挽回する機会は必ず来る。ゼルバムは何があっても町から逃げてやると考えていた。

 ゼルバムが密かに自分だけ脱出しようとしている事を知らないファウとカルディヌはお互いに睨み合いながら自分の得物を強く握っていた。カルディヌはマナティアとナルシアの戦いを見てファウがどんな攻撃をするのかを理解している。しかし、ファウが以前と比べてどれだけレベルを上げているのか分からない以上、警戒を怠る訳にはいかなかった。

 

「マナティアとナルシアのおかげでお前がどんな戦い方をするのかは大体理解した。あの二人の犠牲を無駄にしない為にも私は必ずお前に勝つ」

「あたしも自分に新しい力と生きる道を与えてくださったダーク陛下の為にも、絶対に勝ちます」


 死んだ仲間の為、助けてくれた主君の為、カルディヌとファウは己の意志を口にしながら闘志を燃やす。そんな中、先に動いたのはカルディヌだった。

 カルディヌは地を強く蹴るとファウに向かって行き、騎士剣を振って袈裟切りを放つ。ファウはカルディヌの攻撃をサクリファイスで防ぐと素早く騎士剣を払い、サクリファイスを右から振って反撃した。

 迫って来るサクリファイスを見てカルディヌは後ろに軽く跳んで冷静に回避する。かわした直後、カルディヌは騎士剣に気力を送り込んで刀身を青く光らせて戦技を発動させた。


「剣王破砕斬!」


 気力で強化された騎士剣をカルディヌは力一杯振り下ろす。ファウは後ろに跳んでカルディヌの振り下ろしをかわすとサクリファイスの刀身に黒いオーラを纏わせる。それを見たカルディヌは目を見開いて少し驚いた反応を見せた。


「魔空弾!」


 ファウがサクリファイスを横に振ると刀身から黒い光球がカルディヌに向かって放たれる。カルディヌは飛んで来る光球を右へ跳んで回避した。魔空弾はマナティアとナルシアとの戦いで一度見ているので慌てる事なくかわす事ができたのだ。

 光球をかわしたカルディヌはファウに向かって走り一気に距離を詰める。ファウの目の前まで近づくとカルディヌは再び騎士剣の刀身を青く光らせた。


「剛撃三連斬!」


 カルディヌは別の戦技を発動させるとファウに三回連続で騎士剣を振って攻撃する。ファウはサクリファイスでカルディヌの重い連撃を全て防ぎ、攻撃が止むとサクリファイスを振って反撃した。カルディヌは素早く後ろに下がってファウの反撃を回避し、そのまま大きく後ろに跳んでファウから離れ、遠くにいるファウをジッと見つめる。

 戦いが始まって数分の間にファウとカルディヌは激しい攻防を繰り広げた。だが二人の顔には疲労は一切見えず、余裕の表情を浮かべながら離れた所に立つ相手を見ている。戦いを傍観していたゼルバムも二人の戦いを呆然と見ていた。


「マナティアとナルシアとの戦いを見た時から思っていたが、ファウ、お前は明らかに以前よりも強くなっているな……ファウ、お前の今のレベルは幾つなんだ?」

「申し訳ありませんが、それは教える事はできません」

「フッ、やはりそうか」


 レベルを教えないファウを見てカルディヌは小さく笑って騎士剣を構え直す。ファウも笑っているカルディヌをジッと見つめながらサクリファイスを構え直した。

 カルディヌは騎士剣を構え直すとファウに向かって走り出す。正面から突っ込んで来るカルディヌをファウは目を鋭くしながら見つめる。カルディヌはファウの1m手前まで近づくと騎士剣に気力を送り込んで刀身を青く光らせた。


鋼刃連回斬こうじんれんかいざん!」


 戦技を発動させたカルディヌはファウの目の前で勢いよく横に回転しながら騎士剣を横に振る。ファウはカルディヌの回転切りをサクリファイスの刃で防いだ。サクリファイスと騎士剣の刃がぶつかり、周囲に火の粉と金属が擦れる様な高い音が広がる。ファウは目の前で回転するカルディヌを余裕の表情で見ていた。

 回転切りが終わるとカルディヌは後ろへ跳んでファウから離れる。するとファウはサクリファイスの刀身を赤紫色に光らせた。それを見たカルディヌはファウが戦技を使ってくると知り素早く身構える。


「剣王破砕斬!」


 ファウは地を蹴って離れた所に立つカルディヌに向かって跳び、目の前まで移動するとサクリファイスで袈裟切りを放つ。カルディヌはファウの攻撃を咄嗟に騎士剣で防ぐ。だがその瞬間、騎士剣からもの凄い衝撃が伝わり、カルディヌは表情を歪ませた。


(な、何だ、この剣圧は!?)


 予想以上にファウの攻撃が重い事にカルディヌは心の中で動揺する。今まではファウの攻撃を回避していたので彼女がどれだけの力を持っているのか知らなかった。だが今回初めてファウの攻撃を防いだ事でその力を理解してカルディヌは驚愕する。

 カルディヌは腕や足に力を入れて何とかファウの攻撃に耐えようとする。しかしすぐに限界が訪れ、カルディヌは攻撃を防ぎ切れずに大きく後ろに飛ばされた。

 地面に背中を叩きつけられたカルディヌは痛みに声を漏らす。ファウはその場を動かずに倒れているカルディヌを見つめている。


「な、何をやっているカルディヌ! 立て、早く立って奴を倒せ!」


 戦いを見ていたゼルバムは倒れるカルディヌに体勢を立て直すよう声を上げた。カルディヌはファウの力の強さを知らずに勝手な事を言るゼルバムを不満に思いながらも痛む体を動かして立ち上がろうとする。一方でファウは妹に戦わせておきながら偉そうな態度を取るゼルバムを鋭い目で睨んでいた。

 何とか立ち上がったカルディヌは微量の汗を掻きながら中段構えを取る。すると、自分の騎士剣の刃が大きく欠けているのを目にし、カルディヌは目を見開いて驚いた。


(け、剣が欠けている! まさか、さっき戦技を防いだ時に?)


 刃こぼれの原因が先程のファウの戦技だと感じたカルディヌは驚きの表情のままファウに視線を変える。

 カルディヌが使っている騎士剣はデカンテス帝国の騎士達が使っている支給品だが決してナマクラではない。中級戦技を止めても耐えられる位の強度はある。そんな騎士剣の刃が刃こぼれしたのだ、カルディヌはファウの戦技がそれだけ強力なのだと知った。

 しかし、刃が欠けたらと言って戦いをやめるつもりなどカルディヌには無く、鋭い目でファウを見つめる。ファウも戦意を失っていないカルディヌを見て流石だと感じ、サクリファイスを構え直した。

 騎士剣を強く握りながらカルディヌはファウに向かって走り出し、ファウの目の前まで来ると騎士剣を何度も振って攻撃する。ファウはカルディヌの連続切りをサクリファイスで防ぎながら後ろに下がり、カルディヌは騎士剣を振り続けながら前進した。


「よし、いいぞ。そのまま追い詰めてしまえ!」


 ゼルバムはファウがカルディヌに押されていると考え、攻撃するカルディヌに向かって叫ぶ。そんなゼルバムの言葉にファウは不快になったのか後ろに下がるのをやめ、素早くカルディヌの左側面に回り込んだ。

 一瞬にして側面に回り込んだファウにカルディヌは驚きながら視線だけを動かす。ファウは驚きの表情を浮かべているカルディヌを見つめなら再びサクリファイスに気力を送り込み、戦技を発動させる。


「剣王破砕斬!」


 ファウは先程と同じ戦技でカルディヌを攻撃する。ファウが戦技を発動させた事にカルディヌは険しい表情を浮かべながら右へ跳び、同時に騎士剣でファウの攻撃を防ぐ。

 サクリファイスと騎士剣がぶつかる事で衝撃と金属音が広がり、カルディヌは衝撃で表情を僅かに歪める。すると騎士剣の刀身にひびが入り、カルディヌの騎士剣を大きな音を立てて折れた。同時に剣がぶつかった時の衝撃でカルディヌは大きく飛ばされて背中から地面に叩きつけられる。


「ぐわああぁっ!」


 背中から伝わる痛みにカルディヌは思わず声を上げた。ファウが次の攻撃を仕掛けてくる前にカルディヌは何とか立ち上がって態勢を立て直そうとする。だが上半身を起こした時、ファウはカルディヌの目の前まで来ており、サクリファイスの切っ先をカルディヌの喉元に突き付けていた。


「勝負あり、ですね」


 冷静に呟くファウを見てカルディヌは緊迫した様な表情でファウを見上げる。騎士剣は折れ、倒れた状態で剣を突き付けられているカルディヌにはもうファウと戦う事はできなかった。

 結果が見えている状態で抗うのは騎士としてみっともない姿だと感じたファウは小さく溜め息をつき、起こしていた上半身を再び倒して仰向けになった。


「私の負けだ……れ」


 最後くらいはデカンテス帝国の皇女として、紅戦乙女隊の隊長として死のうと考えるカルディヌはファウに止めを刺すよう語る。そんなカルディヌをファウは無言で見つめた。

 しばらくするとファウは突き付けていたサクリファイスをゆっくりと引き、倒れているカルディヌは止めを刺さないファウに少し驚いた顔をする。


「どうした、なぜ止めを刺さない?」

「……あたしには殿下を殺す理由がありません」

「な、何を言っている! それならどうしてマナティアとナルシア、他の紅戦乙女隊の分隊長達を殺した? 彼女達を殺す理由もお前には無かったはずだ。にもかかわらずお前はマナティア達を殺した、だったら私も殺すべきだろう」


 起き上がりながらカルディヌは自分を殺さないファウに僅かに怒りが籠った様な声を出す。そんなカルディヌをファウは黙って見つめた。


「それとも、私が皇女だから、お前の上官だったから殺さないなどと甘い事を言うのではないだろうな? だとしたら、それは侮辱だぞ!」

「……違う、と言えば嘘になります。確かにあたしは殿下に死んでもらいたいくないと思っています。ですが、殿下を殺さない理由はそれだけではありません」

「何?」


 助ける理由が他にもあると聞いたカルディヌは反応し、そんなカルディヌを見たファウはゆっくりと空を見上げながら口を動かした。


「あたしは、貴女やバナン殿下のような帝国の威厳よりも国民や周辺国家との関係を大切に思う方が帝国には必要だと考えているんです」

「……私はバナンお兄様ほど国の事を考えてはいない。寧ろ皇帝陛下やゼルバムお兄様に近い考え方をしている」

「確かに……ですが、それでも殿下は国民や周辺国家との関係の事をしっかりと考えておられます。一方で皇帝陛下やゼルバムは帝国が大陸の中心国家であるべきだと、威厳の事を第一に考えています」

「他国との関係や国民の事を二の次に考え、威厳を優先する皇帝陛下やゼルバムお兄様よりも私やバナンお兄様の方が帝国に無くてはならない存在だから殺さないと?」


 カルディヌの確認にファウは無言で頷いた。

 抑々ファウは現皇帝であるカーシャルドの帝国至上主義と言う考え方をあまり良く思っておらず、威厳だけでなく、国民や他国との関係も考えるバナンやカルディヌこそがデカンテス帝国に必要だと考えていた。


「私の事を帝国に必要な存在だと思ってくれる事は嬉しいが、勝手に私を生かす判断をしたらお前の立場がマズくなるのではないか?」

「それなら心配いりません」


 ファウの余裕の態度にカルディヌは意外そうな反応を見せる。ファウはサクリファイスを持たない方の手をそっと自分の胸に当てた。


「ダーク陛下からはあたしが捕らえた捕虜の処遇は好きにしてもいいと仰いました。ですから、あたしが殿下を殺さないと判断すれば誰もそれに反対しませんし、誰も殿下を処刑したりしません」

「そう、なのか……随分と偉くなったのだな」


 カルディヌはファウが連合軍の中でもかなりの強い権限を与えられているのだと感じて少し驚いていた。嘗ては連合軍と敵対していた帝国の女騎士が指揮官的な立場になっていたのだから驚くのも当然と言えるだろう。


「それにダーク陛下もできるのなら殿下を生かしておきたいと仰っていましたから」


 連合軍の総指揮官であるダークも自分を生かしておいたいと考えている事を聞いてカルディヌは驚く。ファウだけでなく、交戦国の国王からも自分が高く評価されていると知ってカルディヌは呆然とした様な顔をしていた。


「という訳で、あたしは殿下を殺さずに捕虜として捕らえます。よろしいですね?」

「ハァ……分かった」


 まだ少し納得していないような様子だが、観念したのかカルディヌは生かされる事に受け入れる。戦場で敗北した者が勝利した者に逆らったり命令する資格は無い、そう言う考え方がカルディヌの頭の中にある為、彼女は激しく抵抗したりせずに大人しくファウに従ったのだろう。

 敗北と捕虜となる事を認めたカルディヌはゆっくりと立ち上がる。すると広場の西の方から騒音が聞こえ、ファウとカルディヌは西の方を向いた。西の街道の入口を塞いでるバリケードが破壊され、大量のゾンビ達が広場に侵入する光景が二人の視界に入り、カルディヌは驚きの表情を浮かべる。

 西の入口を護っていた帝国兵達も侵入して来たゾンビ達の勢いとその数に圧倒されて一斉に後退する。他の三つの入口を護っていた帝国兵達もゾンビ達が広場に侵入して来た光景を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 侵入して来たゾンビ達は後退する帝国兵達を追う様に広がり、帝国兵達は怯みながらも広場に入って来たゾンビ達を応戦する。だが広場に侵入された事で動揺しているせいか上手くゾンビ達と戦う事ができず、帝国兵達は次々と倒れていく。

 カルディヌはゾンビ達に倒されていく帝国兵達を見て緊迫した表情を浮かべる。すると、ファウが真剣な表情を浮かべながらゾンビ達の方を向いて大きく息を吸う。


「やめなさぁい!」


 息を吸った後にファウは大きな声を出した。すると帝国兵達を襲っていたゾンビ達は一斉に動きを止め、帝国兵達への攻撃をやめる。

 帝国兵達は突然動かなくなったゾンビ達を見て呆然とする。カルディヌもまばたきをしながらゾンビ達を見ていた。広場に侵入して来たゾンビ達は全てファウの命令に必ず従うようになっているので、ファウが攻撃をやめるよう叫んだのを聞いて一斉に動きを停止させたのだ。


「帝国軍の兵士達! 貴方達の指揮官であるカルディヌ殿下はあたしとの戦いに敗れ、降伏する事を認めました。これ以上戦う意味はありません、全員武器を捨てなさい!」


 広場の中、西の街道にいるゾンビが全て動きを停止したのを確認したファウは今度は帝国兵達にカルディヌが負けた事と彼女が降伏した事を伝える。それを聞いた帝国兵達は驚きのあまり一斉にざわつき出す。そんな帝国兵達を見たカルディヌはファウの隣まで移動し、落ち着いた表情を浮かべながら帝国兵達を見る。


「全員、武器を捨てろ。既にゾンビ達は広場に侵入しており、私もファウとの戦いに敗れた。これ以上戦ってもこちらの犠牲が増えるだけだ」


 カルディヌは驚く帝国兵達に自分達が負けた事を伝える。これ以上戦っても帝国軍の被害が大きくなるだけ、戦う兵士や騎士達を守る為にカルディヌは帝国兵達に抵抗しないよう命じた。

 帝国兵達はカルディヌの言葉を聞いて本当に負けた事を知り、次々と持っている武器を落として膝を付く。完全に戦意を失った帝国兵達を見たファウはもう帝国兵達が抵抗する事は無いと感じて一安心する。本部がある広場を制圧した事で町の各地で戦っている他の帝国兵達もすぐに降伏するだろうとファウは考えていた。


「広場の制圧は完了っと。さてと、あとはあの憎たらしいゼルバムを……あれ?」


 ファウがゼルバムがいる方を向くといるはずのゼルバムの姿が無くなっており、ファウは大きく目を開いた。


「あれ? ゼルバムがいない?」

「何だと?」


 隣に立っていたカルディヌもファウの言葉を聞いて驚き、ゼルバムがいた場所を見る。確かにゼルバムの姿は無く、カルディヌは広場を見回してゼルバムを探す。すると、広場の東にある街道の入口に向かって全速力で走っているゼルバムの姿を見つけた。


「お兄様! 一体何処へ!?」

「……ッ! アイツ、まさかまた自分だけ逃げるつもりじゃ!?」


 ゼルバムの行動に驚くカルディヌの隣でファウは険しい顔で走るゼルバムを睨む。ベトムシア砦に続いてメタンガイルの町でも部下や仲間を見捨てようとするゼルバムの行動にファウは激高する。

 カルディヌもゼルバムの行動を目にした後にファウの言葉を聞いて驚きの表情を浮かべる。部下だけでなく、血を分けた妹である自分すらも見捨てて自分だけ助かろうという行動にショックを受けた。


「クソォ! どいつもこいつも役立たずめっ!」


 ゼルバムはファウとカルディヌに見つかった事にも気付かずにひたすら東の街道に向かって走り続けている。広場から脱出した後に何処かに身を隠して隙があれば町から脱出しようと考えていた。


「次代皇帝となる俺が連合軍の捕虜になるなど冗談じゃない! どんな事をしても町から脱出して帝都に戻ってやる!」


 カルディヌや他の帝国兵達を見捨てる事に対して何の抵抗も感じないままゼルバムは東の街道に向かって走り続ける。今の彼には自分が助かる事だけしか頭になかった。

 ゼルバムは東の街道の入口まであと50mの所までやって来た。街道の入口前にいた帝国兵達は走って来るゼルバムの姿を見て不思議そうな表情を浮かべている。


「お前達ぃ! 道を開けろぉ!」


 街道の入口前にいる帝国兵にバリケードを動かすよう叫ぶゼルバム。帝国兵達はカルディヌが降伏したにもかかわらず、逃げようとしているゼルバムに困惑していた。

 ゼルバムはバリケードを動かさない帝国兵達を見て僅かに表情を険しくする。帝国兵達の前まで行ってもう一度バリケードを動かすよう命令する為にゼルバムは走る速度を上げた。すると、ゼルバムと街道の入口の間に何かが勢いよく落ちてきて砂煙が上がる。突然の砂煙にゼルバムは驚いて急停止した。

 目の前で上がる砂煙をゼルバムは目を凝らして見つめていると、砂煙の中から漆黒の全身甲冑フルプレートアーマーを装備したダークが姿を現し、ダークの姿を見てゼルバムは驚愕の表情を浮かべた。


「き、ききき、貴様は、ダーク!?」

「……また会えたな、ゼルバム」

「ど、どうして貴様が此処に!?」

「私はずっとこの広場にいたぞ? 民家の屋根の上からファウ達に戦いを見守っていたのだ」


 腕を組みながら低い声でダークは語り、ゼルバムはそんなダークを見ながらガクガクと震えていた。ファウからダークが生きている事は聞かされていたが、突然本人が目の前に現れたのでかなり驚いているようだ。


「……ところで、カルディヌが降伏したのに貴様は何処へ行こうとしていたのだ?」

「なっ、そ、それは……」

「まさか、ベトムシア砦の時の様にまた仲間を残して逃げようとしていた訳ではないよな?」


 ダークは腕を組むのをやめて目を赤く光らせながら低い声で確認する。ずっと民家の上から広場の様子を窺っていたダークはカルディヌが降伏したにもかかわらず一人で広場から脱出しようとするゼルバムを見て、また自分だけ脱出しようとしている事に気付いた。それを止める為にダークはゼルバムの前に飛び下りたのだ。

 ゼルバムは大量の汗を掻きながらゆっくりと後ろに下がる。そんなゼルバムの胸倉をダークは素早く掴んで軽々と持ち上げた。


「残念だが、今度はベトムシア砦の時の様には行かんぞ。貴様には此処であの時の償いをしっかりとしてもらう」


 そう言ってダークはゼルバムを広場の中心に向かって投げ飛ばした。投げられたゼルバムは声を上げながら体を地面に叩きつけられ、俯せの状態で倒れる。

 倒れているゼルバムは叩きつけられた時の痛みに表情を歪めている。すると、彼の顔の前に誰かの足が出て、それを見たゼルバムはゆっくりと上を向く。そこにはサクリファイスを片手に鋭い目で自分を見下ろしているファウの姿があった。


「……ほんっとうに救えない男ね、アンタって」

「ヒ、ヒイィ!」


 怒りの籠った視線を向けるファウに驚いたゼルバムは慌てて立ち上がる。ファウの後ろには哀れむような表情で自分を見ているカルディヌの姿もあった。

 ゼルバムがファウを前に固まっていると、背後からダークがゆっくりと近づいてきてゼルバムの後ろに立つ。ダークとファウの二人に挟まれてゼルバムは完全に逃げ道を失った。


「二度も自分の為に戦った兵士達を残して逃げようとした挙句、妹であるカルディヌ殿下までも見捨てるなんて……アンタみたいに薄情な最低男をこれ以上好き勝手にさせておく訳にはいかないわ」

「な、何だと!? 俺はこの国の皇子だぞ? 次代皇帝となる男だぞ? その俺が帝国で好き勝手にして何が悪い!?」

「今度は開き直り? どこまでも自分の都合のいい性格してるわね」


 ファウはゼルバムの態度に呆れ果て、首を軽く振りながら小さく溜め息をつく。そんなファウを見たゼルバムは汗を掻きながら悔しそうな顔をする。


「お、俺はこの帝国を最高の国にする為に必要な存在なのだ。周辺国家にナメられる事無く、大陸の中心国にする為の力が俺にはある。全ては帝国と帝国の民の為を思ってやった事だ!」

「違うわ、アンタは自分の為にやってるのよ。本当に帝国の事を思うと言うのは帝国の威厳だけでなく、国民や帝国の未来を考えて行動する事を言うのよ。目的の為に家族や兵士を見捨てる事が帝国の為だなんてあたしには思えないわ」

「黙れ! お前の様な平民上がりの騎士に何が分かる。皇族は帝国の為に生き、兵士は皇族の為に生きる存在だ。帝国を最高の国にするには皇族は必要な存在、その皇族を守る為に兵士や騎士を利用して何が悪い!?」


 無茶苦茶だ、ファウはゼルバムを睨みながら心の中でそう感じた。黙って話を聞いていたダークは腕を組みながら呆れた様な反応を見せ、カルディヌも兄の横暴な発言に何処か悲しそうな表情を浮かべている。


「帝国に住む者は皇族のために生きているのだ! 戦うよう命じれば兵士は戦い、帝国のために犠牲になれと命じれば犠牲になる、それが当然のことだ! 帝国のために、皇族のために犠牲になる、それは帝国の兵士たちにとって誇り高き散りざ……」


 ゼルバムが大きな声で誇らしく語っているとゼルバムの足元に何かが落ちる。ゼルバムが足元を見ると、そこには何と自分の両腕が落ちていた。一瞬何が起きたのか理解できなかったゼルバムだが、しばらくして自分の腕が切り落とされたことを知る。


「……うあああああああぁっ!!」


 腕から伝わる痛みと出血にゼルバムは声を上げる。涙目で自分の切られた腕を見ていたゼルバムはフッと目の前に立つファウに視線を向けた。

 ファウはサクリファイスを振り下ろしたような体勢をしており、サクリファイスの刃には僅かに血が付着している。そう、ゼルバムの両腕を切り落としたのはファウだったのだ。


「……もういい。アンタの話を聞いているとこっちまでおかしくなるわ」

「お、お前! お、俺の両腕をよくも……」


 ゼルバムは涙目で自分の腕を切ったファウを睨みながら声を上げようとする。だが次の瞬間、ゼルバムがガクッと崩れるようにその場に倒れた。何が起きたのか分からないゼルバムは自分の下半身を見る。そこには膝から切られた自分の両足が転がっていた。


「うぎゃあああああぁっ!!」


 両腕に続いて今度は両足が切られ、ゼルバムは狂ったように声を上げる。達磨だるま状態となって倒れるゼルバムをファウは生ゴミを見るような目で見下ろす。ダークも黙って倒れているゼルバムを見ており、カルディヌは目を閉じたまま右を向いて手足を切られたゼルバムを見ないようにしている。


「あ、足がぁ! 俺の足がぁ!」

「……今のアンタは帝国至上主義者じゃないわ、自分のことしか考えていないただの独裁者よ。自分のために他人を平気で犠牲しようなんて考える奴をあたしは見逃す気は無いわ」

「因みに私もだ」


 邪悪な存在を見逃さないと語るファウに続くようにダークも語り、それを聞いたファウはダークが自分と同じ考え方をしていると知り、心の中で少し嬉しく思う。だがその思いを顔には出さず、鋭い目で倒れているゼルバムを睨み続けた。


「カ、カルディヌ! 助けてくれぇ、コイツを止めてくれぇ!」


 泣きながらゼルバムは妹であるカルディヌに助けを求める。カルディヌは片目を開けてしばらくゼルバムを見ていたが、やがて背を向けてその場から立ち去る。まるでこれ以上此処にいたくないと言いたそうな様子だった。

 カルディヌはゼルバムが自分や兵士たちを見捨てて町から逃げようとした時、ゼルバムの考えに対してショックを受けていた。そんな状態で更に帝国の兵士は皇族のために犠牲になるのが当たり前というゼルバムのとんでもない発言を聞いて完全にゼルバムを見限ったのだ。そのため、苦しんでいる兄を前にしても助けたいと言う気持ちにはなれずにゼルバムを見捨てた。

 離れていくカルディヌを見てゼルバムは呆然とする。どうして自分を助けてくれないのか、なぜ苦しんでいる兄をそのままに去ったのか、ゼルバムは未だに理解できなかった。


「どうやらカルディヌ殿下もアンタを助けようとは思わなくなっちゃったみたいね」

「あ、ああ、ああああ……」

「不思議ね、相手の四肢を切り落として苦しませているのにちっとも心が痛まない。これも黒騎士になったせいなのかな? それともアンタが憎い相手だから?」


 昔の自分なら絶対にしないことをしても何も感じない現状をファウは不思議に思う。ダークはそんなファウを見て彼女も自分と同じようになっているのだなと考えていた。


「さてと、アンタを甚振るのはやめにするわ。これ以上続けたらあたしもアンタと同じ存在になっちゃうような感じがするしね」


 自分の憎い相手と同じ存在になりたくない、そう考えるファウはサクリファイスを振り上げてゼルバムに止めを刺そうとする。ゼルバムは泣きながらサクリファイスを振り上げるファウを見ていた。


「待て、ファウ」


 ファウがゼルバムに止めを刺そうとした時、ダークがファウに声を掛けてきた。突然声を掛けてくるダークにファウは意外そうな表情を浮かべる。


「ダーク陛下?」

「……コイツを此処で殺すな」

「え?」


 ダークの口から出た意外な言葉にファウは驚く。ゼルバムもダークを見ながら目を大きく見開いていた。


「し、しかし陛下、コイツは……」

「分かっている。コイツは自分のために大勢の帝国兵たちを犠牲にし、お前を殺そうとした。だが、だからこそ此処でコイツを死なせる訳にはいかないのだ」

「どういう、意味ですか?」


 ファウが尋ねるとダークは足元で倒れるゼルバムを見下ろしながら目を薄っすらと赤く光らせた。


「殺してしまってはそこでコイツの人生は終わりだ。それでは大した罪滅ぼしもできない……まず、コイツの傷を手当てする」

「は!?」


 再びダークの口から出た予想外の言葉にファウは声を漏らす。ゼルバムはダークの言葉を聞いて自分は助かると感じ、小さく笑みを浮かべた。


「ただし、魔法などは使わずに薬や包帯などを使ったごく普通の方法で手当てする。それで四肢の傷を治すんだ」

「四肢の傷を?」

「そうだ……完全に傷が治った後なら回復魔法を使っても失われた腕や足は元には戻らん。コイツには四肢を失った状態で残りの人生を生きてもらう」


 ダークの話を聞いてファウはダークが何を考えているのかようやく理解した。勿論、倒れているゼルバム自身もだ。

 異世界では例え手足を切り落とされても、切られた直後なら回復魔法で手足を元に戻すことができる。だが、傷口が完治してしまったらその状態で肉体の情報が固定されてしまうので、回復魔法を使っても失った手足を戻すことはできない。つまり、傷が治ったらもう傷を負う前の状態には戻れないということなのだ。

 ゼルバムはダークが自分の四肢を魔法を使わずに治して二度と四肢が戻らない状態にして生かそうとしていることを知り恐怖を感じる。四肢を失えば自分で歩くことも手を使った作業も食事もできなくなるということだ。それはある意味で死よりも酷い運命と言える。


「ちょ、ちょっと待て! そんなことをして、お前たちは何も感じないのか!?」

「確かに普通の人間に対してなら罪悪感はある。だが、貴様のような他人を平気で犠牲にする者に対してなら何も感じないな」


 自分の犯した罪を棚に上げてダークを異常者扱いするゼルバムにダークは落ち着いて対応し、ファウも倒れているゼルバムをキッと睨んだ。そんな二人にゼルバムは悪寒を走らせる。


「自分の欲のために他人の命を踏み台にするお前には死すら生温い。自分では何もできない生き地獄の中、その命尽きるまで苦しみ続けろ」


 そう言ってダークは倒れているゼルバムをそのままに本部である建物の方へ歩いて行き、ファウもダークの後を追うように彼の後をついて行く。残されたゼルバムは放心状態で空を見上げていた。

 その後、各地で戦っている連合軍と帝国軍にカルディヌが降伏したことが伝わり、抵抗していた帝国軍も次々と降伏、メタンガイルの町の戦いは連合軍の勝利に終わった。


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