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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百九十話  黒騎士ファウ


 仲間であった紅戦乙女隊の分隊長同士が剣を交えようとしている光景に周りにいる帝国兵達は緊迫した表情を浮かべる。ゼルバムも落ち着いた様子でファウ達を見つめているが、心の中ではマナティアとナルシアにさっさとファウを殺せ、と焦りながら思っていた。

 ゼルバムの隣ではカルディヌが騎士剣を両手で杖の様に持ちながらファウ達を見ている。紅戦乙女隊の隊長として部下達の戦いを黙って見守ろうと彼女は思っていた。


「おい、どんな戦いになると思う? 彼女たちの戦い」


 ファウたちの周囲にいる帝国兵の一人が隣にいる別の帝国兵に小声で声を掛ける。声を掛けられた帝国兵はチラッと視線を話しかけて来た帝国兵に向けた。


「どう思うって?」

「帝国でも精鋭中の精鋭と言われた紅戦乙女隊の分隊長同士の戦いだぞ? かなり激しい戦いになるんじゃないか?」

「……まぁ、どちらも無傷で終わる、て事は無いだろうな」

「噂ではあの三人の内、黒い鎧を着た裏切り者の騎士様が一番レベルが高いらしいが、マナティア殿とナルシア殿に勝ち目はあるのか?」

「いくらレベルが高いとはいえ、二つか三つ程度しか違いはないんだろう? だったら二対一で戦うあの二人の方が有利さ。負ける可能性は極めて低い」

「やっぱ、そうだよな?」


 戦いはマナティアとナルシアの勝ちに違いない、帝国兵達はそう小声で話し合う。他の帝国兵や帝国騎士も二対一ならマナティアとナルシアが勝つと思っており、ファウ達に聞こえないよう小さな声でブツブツと話している。

 ファウは周囲の帝国兵達が小声で話しているのを聞くとチラッと視線だけを動かして帝国兵達を見る。話の詳しい内容は聞こえないが、場の雰囲気と状況から自分がマナティアとナルシアに負けるだろうという話をしている事はなんとなく分かっていた。しかし、ファウはそんな帝国兵達の会話に対して表情を一切変えず、冷静にマナティアとナルシアの二人と向かい合った。

 帝国兵達がファウ達を見ながら話をしていると西の街道の入口の方から大きな音が聞こえ、戦いを見守っていたカルディヌとゼルバム、帝国兵達は視線を西の方に向ける。西の街道の入口前では入口を護っている帝国兵達がバリケード越しにゾンビ達と戦っている姿があった。

 補修されたバリケードには大量のゾンビが張り付いており、ゾンビはバリケードの隙間から腕を伸ばして近くにいる帝国兵達を攻撃しようとしている。帝国兵達はゾンビの攻撃をかわしながら剣や槍でゾンビ達を攻撃して少しずつ倒してはいるが、勢いはなかなか収まらない。それどころかゾンビ達の力で補修されたバリケードが壊れかかっている。


「動ける兵士は全員西の入口の護りに就け! ゾンビがこの広場に入ってしまったら我々の負けは確実だ。何としても護り抜くんだ!」


 バリケードが壊れそうになっているのを見たカルディヌはファウ達を囲んでいる帝国兵達に西の入口を護るよう命じる。命令を受けた帝国兵達は確かに広場にゾンビを入れるのはマズいと感じ、一斉に西の入口の護りへ向かった。


「……さて、兵士達も戦いを始めた事だし、あたし達もそろそろ始めましょうか?」

「望むところだ」


 ファウの言葉にマナティアは騎士剣を中段構えに持ち、隣にいるナルシアも腰に納めてある短剣を両手に一本ずつ逆手に持って構えた。


「ファウ、本当に私とマナティアの二人を一緒に相手にする気? 今なら一対一で戦う事にしてあげてもいいわよ?」

「大丈夫よ、今のあたしならアンタ達二人が相手でも難なく勝てるから」


 ナルシアの言葉をファウは目を閉じながら軽く流し、そんなファウの言葉にナルシアとマナティアは目元を僅かに動かす。先程と同じように自分達を弱く見るファウに不快になったようだ。


「ハァ……警告はしたからね? あとで後悔しないでよ?」


 自分の情けを無駄にしたファウにナルシアは哀れむ様な視線を向け、マナティアもファウをジッと睨んでいる。ファウはマナティアとナルシアの視線を気にする事無く自分の騎士剣を構えた。

 ファウの持っている騎士剣は黒い刀身に赤い宝玉が一定の間隔を空けて四つ埋め込まれた両刃の騎士剣で何処か禍々しい雰囲気を出していた。この騎士剣もダークが与えた物で強力な力を秘めた魔法武器である。

 マナティアとナルシアはファウが持つ騎士剣を見て僅かに表情を鋭くする。見ただけだが、ファウの持っている武器がただの武器ではないと彼女達はすぐに気づいた。


「マナティア、ファウの持っているあの剣、明らかに普通の剣じゃないわ。気を付けなさい?」

「お前に言われなくても分かっている。お前こそ油断するな?」


 ファウの持つ未知の武器に注意するようマナティアとナルシアはお互いに小声で忠告する。そんな二人を見てファウは黙って騎士剣を持つ手に力を入れた。

 広場の東側にある民家の屋根の上、そこに腕を組みながら広場の様子を窺っているダークの姿があった。ダークはファウが広場に突入したすぐ後に広場に到着し、屋根の上からカルディヌ達に気付かれないようにファウと帝国軍の様子を窺っていたのだ。


「いよいよ戦いが始まるか。嘗ての仲間とどのように戦うのか、そしてどれほど強くなったのか……ファウ、お前の戦い、此処から見せてもらうぞ」


 腕を組みながらダークは薄っすらと目を光らせて遠くにいるファウに語り掛け、彼女の戦いを見物するのだった。

 ダークが見ている事も知らずにファウはマナティア、ナルシアとの戦いを始めようとしている。騎士剣を構えながら足の位置を僅かにずらして相手がどんな動きをしてもすぐに対応できる体勢に入った。

 マナティアとナルシアもファウの構えなどに注意しながら武器を構えて攻撃するタイミングを窺っている。カルディヌは黙って三人を見ており、ゼルバムはいつまでも睨み合ってないでさっさと戦え、と心の中で思いながら不満そうな表情を浮かべていた。


「おい、カルディヌ。アイツ等は何をしているんだ? なぜいつまで経っても攻撃しない?」


 ゼルバムはなかなか戦いを始めないファウ達を見てしびれを切らしたのかカルディヌに声を掛ける。するとカルディヌはチラッとゼルバムを見た後、視線をファウ達に戻して口を開く。


「……彼女達はお互いに相手がどんな戦い方をし、どんな行動を取るのかをしています。そんな相手に迂闊に手を出せば返り討ちに遭うのは間違いないですからね。警戒しながら相手が先に動くのを待っているんですよ」

「チッ、二対一なんだからそんなこと気にせずに戦えばいいだろうが……」


 自分の思いどおりにならない事に腹を立てるゼルバムは小さく舌打ちをする。そんなゼルバムを見てカルディヌはゼルバムは本当の戦いというものを知らない素人だと感じていた。

 カルディヌとゼルバムが見守る中、ファウは騎士剣を構えたまま目の前にいるマナティアとナルシアを見つめており、マナティアとナルシアもそんなファウを睨みつけていた。


「……どうした、ファウ。攻撃してこないのか? 今のお前なら私達を難なく倒せるのだろう?」

「あら、いいの? あたしから攻撃を仕掛けて?」


 挑発してくるマナティアを見てファウは意外そうな表情を浮かべて訊き返した。そんなファウの反応を見たナルシアは僅かに目元を動かす。お互いに相手の戦い方を知っているので警戒しながら戦うべき状況なのにファウが全く警戒していない様な態度を見てナルシアは違和感の様な物を感じていた。


「ああ、構わないぞ。寧ろ早く攻撃してほしいと思っている」


 ナルシアが違和感を感じている隣でマナティアは再び挑発的な言葉を口にする。そんなマナティアを見てナルシアは少しは変に思え、と僅かに表情を険しくした。


「そう、じゃあ遠慮無くいかせてもらうわね」


 そう言うとファウは騎士剣で八相の構えを取り、構えを変えたファウを見てマナティアとナルシアは警戒心を強くする。二人はファウがどんな攻撃を仕掛けてきてもすぐに迎撃できる構えを取った。

 マナティアとナルシアが構えを取った直後、ファウの持つ騎士剣の刀身が黒いオーラの様な物を纏いだし、マナティアとナルシアは目を見開いて驚いた。


魔空弾まくうだん!」


 ファウは叫びながら騎士剣を大きく横に振る。すると刀身に纏われていた黒いオーラが黒い光球となり、勢いよくマナティアとナルシアに向かって飛んで行く。迫って来る光球を見てマナティアは右に、ナルシアは左に跳んで光球を回避する。光球は二人の後方約5m先にある大きな木箱に命中すると爆発して木箱を粉々にした。

 粉々になった木箱を見てマナティアとナルシアは驚き、カルディヌとゼルバムも目を大きく開いて驚いている。カルディヌ達が驚く中、ファウだけは意外そうな表情を浮かべながら木箱を見つめていた。


「さっきバリケードを壊した時も思ったけど、魔空弾でこの威力なんて、これが英雄級の力なのね」


 自分の力の凄さに驚き、ファウは持っている騎士剣を見つめながら呟く。今のファウはレベル60、軽い攻撃でも下級モンスターなら一撃で倒せるほどの力を持っている。しかもダークから与えられた魔法の武具を装備している事でステータスが強化されており、レベル60でもそれ以上の力を彼女は持っていた。

 ファウの放った光球に驚いていたマナティアとナルシアはゆっくりとファウの方を向く。マナティアとナルシアの顔にはまだ僅かに驚きが残っており、そんな二人を見てファウは不思議そうな顔をしながらまばたきをする。


「ファ、ファウ、今のは何だ? 剣から光球を放つ技など、いつ体得したんだ?」


 マナティアは驚きながらファウが放った光球について尋ねた。今まで見た事の無い技をファウが使って見せたのだから驚くのは当然と言える。ナルシアも気になるらしく、真剣な表情を浮かべながら目で教えろ、とファウに伝えた。


「ああぁ、そう言えばまだ言ってなかったわね。あたし、重撃騎士から黒騎士にクラスチェンジしたの」

「何っ?」


 ファウが忌み嫌われている黒騎士にクラスチェンジした事を知ったマナティアとナルシアは耳を疑う。カルディヌも自分の部下だった女騎士が黒騎士になっていた事を知って驚いていた。


「アンタが黒騎士に?」

「ええ、そうよ。あたしはデカンテス帝国への忠誠心を失い、ビフレスト王国に寝返った。レベルもそれなりに高かったし、黒騎士にクラスチェンジする条件は全部揃っていたの」

「だが、どうしてよりによって黒騎士などにクラスチェンジしたんだ? 他にも色んな職業クラスがあっただろう?」


 なぜわざわざ嫌われている黒騎士を選んだのかマナティアはファウに尋ねる。するとファウは目を閉じながら小さく笑った。


「ダーク陛下が黒騎士を職業クラスにされていたからよ。あたしを救ったくださったあの方の国の騎士になるのなら、あの方と同じ職業クラスにしようと思ったの」


 嬉しそうに語るファウを見てマナティアとナルシアは本気か、と言いたそうな表情を浮かべる。もはやファウのダークに対する想いは忠誠を通り越して心酔と言えると二人は感じていた。


「さて、あたしの話はこれぐらいにして、戦いの続きといきましょう?」


 ファウは話を強引に終わらせると再び騎士剣を構え直す。戦闘態勢に入ったファウを見たマナティアとナルシアも体勢を直して武器を構えた。


(次はどう攻めようかしら、魔空弾はさっき使っちゃったからしばらくは使えないし……)


 構えるマナティアとナルシアを見ながらファウは次にどんな攻撃を仕掛けるか頭の中で考える。マナティアとナルシアは紅戦乙女隊の分隊長の中でも実力は上の方なので、例え英雄級の力を手に入れても油断せず戦おうとファウは思っていた。

 ファウがどう戦うか考えているとマナティアはナルシアに目で何かの合図を送り、ナルシアもマナティアの目を見て軽く頷く。すると二人はファウの左右に回り込む様に走り出した。

 重撃騎士から黒騎士にクラスチェンジした事でファウが以前と違う戦い方をする可能性があるとマナティアとナルシアは考えていた。

 どんな戦い方をするか分からない相手に先に攻撃をさせるのは危険すぎると感じた二人はファウが攻撃する前に自分達が攻撃を仕掛けてファウに攻撃の隙を与えないようにしようと考えたのだ。

 ファウは自分の左右に回り込み、勢いよく走って来るマナティアとナルシアを見て騎士剣を握る手に力を入れた。左右から同時に攻撃されるのは危ないと感じたファウはその場を移動しようとする。だがファウが動くよりも先にマナティアが攻撃を仕掛けてきた。


剣王破砕斬けんおうはさいざん!」


 マナティアはファウの目の前まで近づくと戦技を発動させる。刀身を薄紫色に光らせる騎士剣でファウに袈裟切りを放ち、攻撃を避けられないと感じたファウはマナティアの攻撃を騎士剣で防いだ。

 中級戦技を防いだ為、強い衝撃が伝わって来るとファウは予想していたが、思っていたよりも衝撃は小さかった。衝撃が小さく、重くもない攻撃にファウは意外そうな表情を浮かべる。これもレベル60になったおかげなのかとファウは心の中で驚いた。

 ファウがマナティアの攻撃を防いでいるとナルシアがファウの真後ろまで近づいて来た。マナティアの攻撃を防ぐ為にファウはナルシアに背を向けていたので、その隙に距離を縮めたのだろう。


「背中ががら空きよ!」


 ナルシアは声を上げながら両手の短剣に気力を送り込み短剣の刀身を黄色く光らせる。ナルシアも戦技でファウに攻撃を仕掛けるつもりのようだ。

 ファウはナルシアが攻撃しようとしているのを見て目を鋭くし、マナティアの騎士剣を素早く払い、後ろに振り返りながら騎士剣を横に振って背後にいるナルシアを攻撃する。ナルシアはファウの攻撃に驚き、咄嗟に戦技の発動を中止して短剣でファウの騎士剣を防いだ。だがファウの攻撃は予想以上に重く、ナルシアは防ぎ切れずに大きく飛ばされた。

 飛ばされたナルシアは両足で地面を擦りながら何とか体勢を直す。ナルシアが体勢を直しのを見たファウはすぐに近くにいるマナティアに攻撃した。マナティアはファウの攻撃を後ろに下がって回避し、マナティアが距離を取るとファウも素早くマナティアとナルシアの両方を視界に入れられる場所に移動する。

 ファウが離れるとマナティアはナルシアと合流し、騎士剣を構えながらファウを警戒する。ナルシアも短剣を構えながらファウを睨んだ。


「大丈夫か?」

「ええ、それにしても驚いたわ。アンタの攻撃を防いだ直後に攻撃を仕掛けたのに、ファウの奴、難なくアンタの剣を払って私に攻撃して来るんだもの」

「ああ、それには私も驚いた。中級戦技を防げばその衝撃と重さで一瞬だが隙ができるはずだ。しかしファウは怯んだ様子も見せずにお前を攻撃し、その後に私にも攻撃した」

「同じくらいのレベルであんな事はまずできないわ……アイツ、連合軍に寝返った後に少しレベルを上げたのかもしれないわ」


 ファウの身体能力の高さにマナティアとナルシアは鋭い表情を浮かべる。この時の二人はまだファウがレベル60になっている事を知らず、少しだけレベルが上がっていると思っていた。その為、上手く連携を取れば次はファウに一撃食らわせる事ができると思っていたのだ。そんな二人を見てファウは自分のレベルを知らずに勝つ気でいるマナティアとナルシアを騎士剣を構えながら黙って見つめた。

 広場の東にある民家の屋根の上ではダークがファウの戦いを見守っている。二人の敵を相手に激しく戦うファウをダークは興味のありそうな様子で見ていた。


「なかなかいい戦いをするな。見た事の無い暗黒剣技も使っていたし、実に興味深い」


 ダークは腕を組んだまま楽しそうな声で呟く。ダークがファウの戦いを楽しそうに見ている理由はファウが使っている暗黒剣技にあった。

 ファウが使った<魔空弾>は暗黒剣技の一つで遠くにいる敵に闇属性の黒い光球を放って攻撃する事ができる技である。光球は一発しか撃てないが、威力はそこそこあり、命中すると一定の確率で呪い状態にする事が可能だ。因みにダークはこの技を使う事はできない。

 異世界にはLMFの魔法と名前と効果が同じ魔法、名前は違うが効果が同じ魔法が存在する。しかし、暗黒剣技の様な特殊な能力には見た目が似ている能力はあっても、名前や効果が同じものは存在しない。その為、ダークは異世界の暗黒剣技を体得する事はできず、ファウもLMFの暗黒剣技を体得する事はできないのだ。それは他の職業クラスの能力も同じである。


「……俺の知らない暗黒剣技、他にどんなものがあるのか、見せてもらうぜ」


 遠くで騎士剣を握るファウを見つめながらダークは素の口調で呟く。今のダークは異世界に来る前、LMFと言うゲームを楽しんでいた時と同じ様な気持ちになっていた。

 広場ではファウが少し離れた所で自分を警戒しながら小声で何かを話しているマナティアとナルシアを見ている。現状から二人が自分とどう戦うかを相談しているのだとファウはすぐに気づいた。本来なら敵に作戦を考える隙を与えるなどあり得ない事だが、英雄級の実力を持っている自分と戦っているのだから作戦を練る時間くらいは与えようとファウは考え、何もせずにいたのだ。

 ファウが見つめている中、マナティアとナルシアは次にどう戦うを決めた。ファウを警戒しながら二人は足の位置や武器の構えを変え、ファウも体勢を変えた二人を見て意識を集中させる。その数秒後、ナルシアがファウに向かって全速力で走り出した。

 走って来るナルシアを見てファウもナルシアに向かって走り出す。相手に向かって走る二人の距離は徐々に縮んでいき、二人がぶつかるまであと2mのところまで縮まった。すると走っていたナルシアが両手の短剣に気力を送り込み刀身を黄色く光らせる。


風神四連斬ふうじんよんれんざん!」


 ファウの目の前まで近づいたナルシアは戦技を発動させ、両手の短剣でファウに四回連続で攻撃する。ファウは騎士剣を素早く動かしてナルシアの攻撃を防ぐ。

 二度も中級戦技を防いだファウにナルシアは一瞬驚くがすぐに表情を鋭くして左へ跳んだ。するとその後ろからマナティアが姿を現し、騎士剣でファウに連続切りを放つ。

 ファウはマナティアの攻撃を騎士剣で防ぎながら後ろに下がり、攻撃が止むと後ろへ跳んでマナティアから距離を取った。だがその直後、ファウの左側からナルシアが迫って来て短剣で攻撃する。ファウは突然の攻撃に一瞬目を見開いて驚くが騎士剣で上手く騎士剣で攻撃を防いだ。


(……成る程ね、連続で攻撃を仕掛けてあたしに反撃の隙を与えないつもりね)


 連続で攻撃を仕掛けて来るマナティアとナルシアの狙いに気付いたファウは目の前のナルシアを睨みながら心の中で呟く。そんなファウにナルシアは攻撃を続け、ファウはその攻撃を防ぎ続ける。しばらく攻撃するとナルシアは再びファウから距離を取り、その直後にまたマナティアが攻撃を仕掛けて来た。

 黒騎士として新しい戦術を得たファウに勝つには連続で攻撃を仕掛け、反撃の隙を与えないようにするのと同時に体力を消耗させる作戦がいいとマナティアとナルシアは考え、交互に連続で攻撃する事にしたのだ。


(やるわね。普段は喧嘩ばかりしているのに今回は信じられないくらい息がピッタリだわ。前のあたしだったら今頃体力を失ってやられていたに違いないわ。だけど、今のあたしには通用しないわよ!)


 心の中で叫びながらファウは目を鋭くする。攻撃していたマナティアはファウの表情の変化に反応し、後ろへ跳んで距離を取った。そして再びナルシアがファウに近づいて連続攻撃を仕掛けようとする。だがファウはナルシアが攻撃を仕掛けるよりも早く行動に移った。


暗黒衝波陣あんこくしょうはじん!」


 ファウは叫びながら持っている騎士剣を両手で逆に持ち、強く地面に突き刺す。するとファウの足元から黒い衝撃波が発生し、近づいて来たナルシアを後ろに吹き飛ばした。


「うわあああぁっ!」


 飛ばされたナルシアは声を上げながら背中から地面に叩きつけられ、持っている二本の短剣の内、一本を落とす。ファウはナルシアが倒れるのと同時に地面に刺していた騎士剣を引き抜いた。

 <暗黒衝波陣>は使用者の周囲に黒い衝撃波を放つ暗黒剣技。攻撃力は低く、相手に大きなダメージを与える事はできないがその衝撃で大きく敵を吹き飛ばす事ができるので大勢の敵に囲まれた時などには役に立つ技だ。しかも発動する時間が早く、敵に回避する時間を与えない為、使うタイミングにによっては戦況を一気に変える事ができる。

 ナルシアが吹き飛ばされた姿を見てマナティアは驚きの表情を浮かべる。その隙にファウはマナティアに近づいて騎士剣で攻撃した。ファウの接近を許してしまったマナティアは驚きの表情を浮かべながら騎士剣でファウの攻撃を防いだ。

 すると騎士剣からとんでもない衝撃が伝わり、マナティアは表情を歪ませる。ほぼ同じレベルのはずのファウの攻撃が予想以上に重い事にマナティアは動揺を隠せなかった。


「な、何だこの重さは!?」


 マナティアはファウの重い一撃に思わず思った事を叫んでしまう。ファウはそんなマナティアを見て小さく笑い、マナティアの騎士剣を素早く払う。そして騎士剣を払われて態勢を崩したマナティアの腹部に蹴りを入れて後ろに蹴り飛ばした。

 腹部の痛みと衝撃にマナティアは歯を噛みしめながら尻餅を付き、ファウは隙だらけのマナティアに再び攻撃をしようとする。だがその時、一本の短剣がファウに向かて飛んで来た。短剣に気付いたファウは騎士剣で短剣を払い、短剣が飛んで来た方を向く。そこには右手で何かを投げる様な体勢を取るナルシアの姿があり、それを見たファウはナルシアが自分の持つ短剣の一本を投げたのだと気付いた。

 ファウの注意がマナティアからナルシアに向けられるとナルシアは落ちているもう一本の短剣を右手で素早く拾い、ファウに向かって走り出す。そしてファウの前まで近づくと短剣で連続攻撃を仕掛け、ファウはナルシアの攻撃を全て騎士剣で防いだ。


「やるじゃない。アンタ、随分と腕を上げたみたいね?」


 ナルシアの攻撃を防ぎながらファウは小さく笑ってナルシアに尋ねる。ナルシアは余裕の態度で話しかけて来るファウを睨みながら短剣を振り続けた。


「それはこっちの台詞よ。アンタこそいつの間にそんなに強くなったのよ?」

「フフッ、ダーク陛下のおかげよっ!」


 質問に答えながらファウは騎士剣を大きく振ってナルシアの攻撃を弾く。攻撃を弾かれたナルシアは態勢を直す為に後ろに跳んで距離を取る。離れたナルシアを見てファウもゆっくりと騎士剣を構え直した。すると構えるファウの背後にマナティアが八相の構えを取りながら回り込む。


「隙ありだ、ファウ!」


 マナティアは騎士剣を薄紫色に光らせながら戦技を発動させようとする。態勢を整えていたファウは背後から攻撃を仕掛けてくるマナティアの気配に気づいており、慌てる事無く視線だけを動かした。


「剣王破砕斬!」


 背を向けているファウにマナティアは戦技を放つ。今度は背後からの攻撃なのでファウに防がれる事は無いとマナティアは確信していた。

 だが、ファウは後ろを見る事無く素早くその場にしゃがみ込んでマナティアの攻撃を簡単にかわした。完全に隙を突いた攻撃を振り返る事無く回避したファウにマナティアは驚愕の表情を浮かべる。マナティアが驚いていると、ファウはしゃがんだまま騎士剣を両手で強く握り、刀身に黒い靄を纏わせた。


暗黒斬あんこくざん!」


 ファウはしゃがんだまま右から180度回転し、真後ろにいるマナティアを黒い靄を纏った騎士剣で素早く攻撃する。驚いて隙だらけの状態だったマナティアはファウの反撃をまともに受けてしまい、マナティアの体は身に着けている鎧ごと切り裂かれた。

 切られたマナティアは苦痛の声を上げながら仰向けに倒れ、マナティアが倒れた直後、ファウが持つ騎士剣の刀身に埋め込まれていた宝玉の一つが赤く光る。マナティアが倒された光景を見たナルシア、カルディヌ、ゼルバムは目を大きく見開いて固まった。

 <暗黒斬>は異世界の暗黒剣技で一番最初に体得する技で剣に黒い靄を纏わせて闇属性の攻撃を放つ事ができる。見た目はダークが使う漆黒剣しっこくけんと似ているが、こちらには攻撃した後、一定時間攻撃力が僅かに強化するという追加効果がある為、ある意味で漆黒剣よりも優れた暗黒剣技と言えるだろう。

 マナティアが倒れるとファウはゆっくりと立ち上がり、動かなくなったマナティアをジッと見つめる。その表情からは僅かに寂しさの様なものが感じられた。


「……悪いわね、マナティア。だけどこれも連合軍が戦争に勝つ為、連合軍を勝利に導く為ならあたしは心を無にして嘗ての仲間も切るわ」


 小さな声でマナティアに謝罪したファウは真剣な表情を浮かべてナルシアの方を向く。先程までマナティアが倒された光景に驚いていたナルシアは目を鋭くしてファウを睨みつけている。


「……昔の仲間を何の躊躇も無しに切ったわね?」

「あたしはもう帝国の騎士じゃないからね」

「……もしかして、訓練場の防衛線に配備されていた紅戦乙女隊の分隊を倒した騎士って……」

「ええ、あたしよ」


 ファウは仲間だった紅戦乙女隊を倒した事を素直に認める。そんなファウを見てナルシアは歯を噛みしめながら短剣を持つ手に力を入れた。


「黒騎士になった事で、アンタ、少し冷たくなったみたいね?」

「そう思うのならそう思ってくれていいわ。あたし自身も黒騎士になった事で少し変わったんじゃないかって思ってたから……」

「クッ……馬鹿」


 ナルシアは呟きながら短剣に気力を送り込み戦技を発動させる態勢に入る。ファウは戦技を使おうとするナルシアを見て騎士剣を中段で構える。すると、刀身に埋め込まれている宝玉の一つが光っているのに気づき、ファウは意外そうな表情を浮かべる。


「宝玉が光ってる……なら、アレを試してみようかしら」


 光る宝玉を見たファウは何かを思いつき、ナルシアを見ながら中段構えから霞の構えに変えた。ファウが構えを変えた直後、ナルシアはファウに向かって走り出す。


天風斬てんぷうざん!」


 ファウの2m手前まで近づくとナルシアは戦技を発動させ、勢いよく地を蹴りファウに向かって跳んで行く。もの凄い速さで敵に突っ込むこの戦技ならファウも止められないだろうとナルシアは考えていた。

 ナルシアの短剣がファウの体を切り裂こうと迫って来る。その時、ファウの騎士剣の光っていた宝玉の光が消え、同時にファウの体が薄っすらと赤く光った。そしてファウは素早く左へ移動してナルシアの突撃を回避する。ナルシアは僅か2mの距離から短剣の戦技の中でも特に速いと言われている戦技を難なくかわしがファウに目を見開いて驚いた。

 攻撃を避けたファウは騎士剣を素早く振ってナルシアに反撃する。攻撃を避けられて隙を作ってしまったナルシアはファウの攻撃を避ける事ができずに鎧ごと背中を切られた。


「がはぁ!」


 背中の痛みにナルシアは声を上げる。切られた箇所からは血が噴き出し、ナルシアはそのまま俯せに倒れた。


「そ、そんな……普通の攻撃で……鎧ごと……」


 鎧を装備しているにもかかわらず、普通に攻撃を受けた事が信じられないナルシア。背中の傷は致命傷だったらしく、ナルシアはそのまま眠るように意識を失い動かなくなった。ファウはナルシアの死体をしばらく見た後に視線を自分が持つ騎士剣に向ける。


「凄い、天風斬を簡単にかわせた。これがサクリファイスの力……」


 少し驚いた表情を浮かべながらファウは騎士剣を見つめてサクリファイスと言う言葉を口にする。

 ファウが持つ騎士剣は<生吸剣せいきゅうけんサクリファイス>と言うダークが与えたLMFの魔法武器。レベル50以上のプレイヤーしか装備する事ができず、切れ味や強度が優れているのは勿論だが、それ以外にも特殊な効果が付いている。それは敵を倒すごとに刀身に埋め込まれている宝玉に力が溜まり、宝玉に溜まった力を使う事で装備する者のステータスを一定時間強化するというものだ。最大で四つの宝玉に力を溜める事ができ、宝玉一つに力が溜まった状態でも使う事は可能だが、四つ溜まった状態でその効果を使えば、レベルが近い敵を一撃で瀕死状態にするくらいステータスを強化する事ができる。

 マナティアを倒した事でサクリファイスの宝玉に力が溜まり、それを知ったファウはサクリファイスの力を確かめる為にナルシアが戦技で突っ込んで来た時にサクリファイスの能力を使用した。それによりファウのステータスは強化され、攻撃速度の速い戦技も簡単に回避する事ができたのだ。暗黒剣技や戦技を使わずに鎧ごとナルシアを切る事ができたのもサクリファイスの能力で攻撃力が強化されていたからである。

 ファウはマナティアとナルシアを倒すとサクリファイスを軽く振る。そして倒した嘗ての仲間の死体を黙って見つめるのだった。


「……馬鹿な、マナティアとナルシアの二人を倒しただと?」


 戦いを見守っていたカルディヌはマナティアとナルシアが倒された光景を見て僅かに震えた声を出す。無理もない、精鋭騎士である二人をファウは一撃で、しかも無傷で倒してしまったのだから。


「無傷であの二人に勝つなど、英雄級の実力者でもない限り無理だ……と言う事は、ファウは既に英雄級の実力を手にしていると言う事か?」


 ファウの異常な強さを目にしたカルディヌはファウが既に自分やマナティア達とは比べ物にならないくらい強くなっているのかもしれないと感じて小さく俯く。同時にどうやってそれほどの力を得たのかと疑問に思うのだった。

 カルディヌが考え事をしているとファウがゆっくりとカルディヌとゼルバムの方に向かって歩き出す。近づいて来るファウに気付いたカルディヌの顔に緊張が走り、隣に立つゼルバムは恐怖の表情を浮かべる。


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