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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十九話  明かされた真実


 カルディヌ達に陽気な態度で挨拶をするファウをゼルバムを除く、カルディヌ、マナティア、ナルシアはまだ少し驚いている様子で見ていた。


「ファウ、お前は本当にファウなのか?」

「ええ、正真正銘、本物ですよ」


 呆然としながら確認するカルディヌにファウは笑顔で答える。ファウの態度と口調を確認したカルディヌ達は目の前にいる女騎士は自分達の知っているファウ・ワンディーで間違いないと感じた。


「どういう事なんだ、お前はベトムシア砦で死んだはずでは……」


 数日前に死んだはずのファウがどうしてメタンガイルの町にいるのかカルディヌは疑問に思う。するとファウは僅かに表情を変えてゆっくりと目を閉じる。


「……確かにあたしは一度死にかけました……そこにいる馬鹿皇子のせいでね」


 そう言いながらファウはカルディヌの隣に立っているゼルバムを睨み付ける。睨まれたゼルバムはファウの睨み付けに驚いたのかビクッと反応した。

 カルディヌやマナティア、ナルシアも鋭い眼光でゼルバムを睨むファウに驚いている。同時に、皇子であるゼルバムを馬鹿皇子と呼ぶファウの態度にも驚いた。それはファウ達の周りにいる帝国兵や帝国騎士達も同じだ。


「お、お前! 帝国騎士の身でありながら皇族である俺を馬鹿皇子と呼ぶとは何事だ!」

「ハッ、よくもそんな偉そうな事が言えるわね? あたし達にあんな仕打ちをしておいて」


 僅かに驚いた表情を浮かべながら言い返してくるゼルバムを見てファウは呆れ果てる。今のファウからは明らかに皇子であるゼルバムに対する忠誠心などが感じられない。カルディヌは最後に会った時と態度が違うファウに目を見開きながら驚く。


「ちょ、ちょっと待て! ファウ、一体どういう事なんだ。詳しく説明しろ」


 状況が呑み込めないカルディヌは険しい顔をするファウに声を掛ける。ファウはカルディヌの方を向くとしばらく黙り込み、やがて表情を和らげながら口を開いた。


「説明する前に、一つ伝えておかなくてはならない事があります……あたしは連合軍、いいえ、ビフレスト王国に寝返りました」

「何っ!?」


 ファウが帝国を裏切り、ビフレスト王国に寝返った事を聞いてカルディヌは驚きの声を上げる。マナティアとナルシアも同じ紅戦乙女隊の分隊長であるファウが敵になった事に驚いて目を見開いていた。


「どういう事だ!? どうしてお前が連合軍に寝返るような事を……」

「それも含めて今から説明します」


 若干興奮しているカルディヌにファウは冷静な態度で対応する。落ち着いているファウを見てカルディヌは興奮する自分が恥ずかしく感じたのか、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。

 ファウはカルディヌが落ち着くのを確認するとゆっくろと口を動かして説明を始める。


「カルディヌ殿下、貴女はベトムシア砦の一件はご存じですか?」

「ベトムシア砦? お前がダーク陛下を倒す為にお兄様が考えた作戦の囮になる事を志願し、お兄様を砦から逃がしてから砦に火を放ってダーク陛下を道連れに命を落とした、という話か?」

「……成る程ね」


 カルディヌの口からベトムシア砦での出来事を聞いたファウはを小さく溜め息をつきながら俯く。ベトムシア砦で起きた事件の真実がまったく違う内容で伝わっている事を知り、ファウは呆れ果てていた。同時に偽りの情報を伝えたのがゼルバムだと確信し、ファウは心の中で強い怒りを感じる。

 ファウは額に手を当てながら首を軽く横に振ると手を当てたままキッとゼルバムを睨む。睨まれたゼルバムは汗を掻きながら思わず後ろに下がった。


「……カルディヌ殿下、それはゼルバムから聞いた話なんですよね?」

「ああ、勿論だ」


 カルディヌの返事を聞くとファウは額に当てている手を下ろしてゆっくりと顔を上げ、真剣な表情を浮かべながらカルディヌ達を見つめた。


「全てデタラメです」

「何?」


 ファウの口から出た言葉にカルディヌは反応する。マナティアとナルシアも目元を僅かに動かしてファウを見ており、周りの帝国兵達も意外そうな顔をしていた。そんな中、ゼルバムだけは目を大きく見開きながら焦ったいる様な表情を浮かべている。


「デタラメ、とはどういう事だ?」

「あたしは自分から囮になる事を志願してはいませんし、自分で砦に火を放ったわけでもありません。全てゼルバムが仕組んだ事です」

「何だと?」


 予想外の言葉がファウの口から出てカルディヌ、マナティア、ナルシアは驚き、帝国兵達もファウの話を聞くと一斉にざわつき出す。ゼルバムは最も恐れていた状況になった事で驚きの表情を浮かべながら固まった。

 カルディヌは隣にいるゼルバムの方を向き、どういう事だ、と目で尋ねる。ゼルバムはそんなカルディヌの視線から逃げる様に首を動かして目を合わせないようにした。

 ゼルバムの反応を見たファウは目を鋭くし、視線をカルディヌに戻すと説明を続けた。


「あの日、あたしはベトムシア砦で、負けた方が降伏するという条件でダーク陛下と一騎打ちを行いました。相手であるダーク陛下はその条件で納得してくださいました。その時、ゼルバムも主塔から一騎打ちの様子を窺っており、その条件を呑みました」


 ファウはベトムシア砦の真実を細かく説明していき、カルディヌ達はそれを黙って聞いている。ざわついていた帝国兵達もファウの話が気になるのか全員が静かにファウの言葉に耳を傾けていた。

 ゼルバムは周りにいる者達がファウの話を聞いている状況に危機感を抱き始めていた。このままでは確実に全てバレてしまう、そうなる前にこの場から逃げなくてはならないと考える。だがこの状況で広場から移動すれば確実に怪しく思われてしまう為、逃げたくても逃げられない状態だった


「一騎打ちはあたしの惨敗でした。ダーク陛下はとてつもない実力をお持ちで、あたしなど足元にも及ばないくらい……」


 ファウは一騎打ちで自分がダークに負けた事をカルディヌ達に話す。この時、ファウは小さく笑いながら話しており、自分が負けた戦いの話をしているのに嬉しそうに話すファウをカルディヌ達は不思議そうに見ている。

 一騎打ちの結果を話し終えるとファウは笑みを消して再び真剣な表情を浮かべる。表情を急変させたファウを見てカルディヌ達もフッと表情を変えた。


「一騎打ちに敗北し、あたし達は連合軍に降伏するつもりでした。ところが、降伏するという条件を呑んだにもかかわらず、ゼルバムはその約束を違え、飛竜団と共に砦から脱出しようとしたのです。あたしや他の兵士達を残して」

「何?」


 ゼルバムから聞いた話と全然違う話にカルディヌは驚く。マナティアとナルシア、帝国兵達も一斉に驚いて目を見開いた。

 ファウの話を聞いているゼルバムは歯を噛みしめながら大量の汗を流した。そんなゼルバムに構わずファウは真実を話し続ける。


「それだけではありません。ゼルバムは飛竜団に砦の最奥部、ダーク陛下やあたし達がいる場所に黒錬油の入った樽を大量に落とさせ、そこに火を放ったんです」

「はあぁ!?」


 更に驚く話を聞かされてカルディヌは思わず声を上げた。


「火を放った……お前達が最奥部にいる状況でか?」

「そうです。もし、あたし達に火を放つ事を伝えて最奥部から脱出させたらダーク陛下に火を放つ事を気付かれてしまう可能性があったのでゼルバムはわざとあたし達には伝えなかったんです。つまりあたし達はダーク陛下を倒す為にゼルバムに使い捨てにされたんですよ」

「……お兄様、それは本当なのですか?」


 カルディヌはゼルバムの方を向いて真実なのか確かめる。声を掛けられたゼルバムはビクッと反応して周囲を見回す。カルディヌや周りにいる帝国兵達の驚きと疑う様な視線にゼルバムは更に大量の汗を掻いた。


「な、何を馬鹿げた事を! 全て嘘に決まっている!」

「……ファウは真顔でこんな嘘を言うような女ではありません。それは上官である私が誰よりもよく知っています」

「カ、カルディヌ! お前、兄である俺の言葉よりもあの女の言葉を信じると言うのか!?」

「……」


 明らかに動揺しているゼルバムをカルディヌは無言で見つめている。カルディヌの目はとても冷たく、血を分けた兄に向ける様なものではなかった。


「……ゼルバムのおかげで最奥部は火の海と化し、そこにいた多くの兵士やあたしの部下達は焼け死にました。しかも、あたしが自分の意志でダーク陛下を道連れに命を絶ったと嘘をつき、飛竜団と共に砦を脱出したのです。あたしはあの一件で皇族に忠誠を誓う事ができなくなりました。だからビフレスト王国に寝返ったんです」


 ファウは騎士剣を持っていない方の手を強く握りながら悔しそうな声を出す。デカンテス帝国の為に命を賭けた戦っていた帝国兵達の命を軽く切り捨てるゼルバムの考え方にファウは僅かに顔を赤くしながら怒りを露わにした。

 カルディヌはファウの話した事は全て本当だと考えており、兵士を平気で見捨て、嘘偽りを話したゼルバムを睨んでいる。ゼルバムはカルディヌの睨み付けに怯えた様な顔をしていた。


「……ちょっと待って。そう言えば何でアンタは生きてるのよ? アンタの話が本当なら砦の最奥部は炎に包まれていたんでしょう? そんな状態でどうやって生き伸びたのよ?」


 黙って話を聞いていたナルシアがファウにどうして生きているのか尋ねる。ゼルバムを睨んでいたカルディヌやマナティアもナルシアの話を聞いて気になったのか視線をファウに向ける。元凶であるゼルバムもファウが生きている理由が気になるらしくファウの方を見た。


「ダーク陛下が助けてくださったのよ。あの方のおかげであたしは炎の中を脱出し、生き延びることができたの」


 敵国の王であるダークに助けられた事をファウが話すとナルシアは意外そうな表情を浮かべる。話を聞いたカルディヌも最初は驚いていたが、ゆっくりと表情を和らげながら俯く。


「そうだったのか、ダーク陛下に助けられて……ちょっと待て、ダーク陛下に助けられたと言うことは……」


 ファウの話を聞いたカルディヌはある事に気付いて顔を上げる。そんなカルディヌを見たファウはカルディヌが何を考えているのは気付き、真剣な表情を浮かべながら頷いた。


「ええ、ダーク陛下も生きておられます。そして、今このメタンガイルの町にいらっしゃいます」

「な、何だとぉ!?」


 ゼルバムはダークが生きている事を知ると再び驚愕の表情を浮かべる。一番倒したいと思っていた相手が生きており、しかも自分がいる町にいると聞かされて驚きを隠せずにいるようだ。カルディヌ達はファウが生きている時点でダークも生きている可能性があると薄々感じていたのか、ゼルバムほど驚きはしなかった。

 広場にいる帝国兵達は死んだはずの敵総指揮官であるダークが生きている事を知ると再びざわつき出す。各地の連合軍はダークの遺志を継ぐ為に戦いを続けると言いながら攻め込んできていたので、帝国軍はダークは本当に死んだと思い込んでいた。

 だが、ファウの言葉で総指揮官のダークが生きている事を知り、帝国兵達は自分達が連合軍に騙されていた事、そして連合軍が侵攻をやめない本当の理由を知って大きな衝撃を受けた。


「ダーク陛下は敵であるはずのあたしを助け、更に仲間にならないかとまで誘ってくださいました。既に帝国への忠誠心を無くしたあたしはその誘いを受け、ビフレスト王国の騎士となったんです」

「だ、だが、いくら助けられたからと言ってなぜ連合軍の騎士になる!? 連合軍には我が国の兵士たちをゾンビに変えて町に攻め込ませるような非人道的な行いをする者がいるのだぞ? 死んだ者を勝手に生き返らせて戦力に加える、そんな事をする国の騎士になるなんて、お前は何を考えているんだ!?」


 マナティアは広場に攻め込んで来た帝国兵のゾンビ達を指差しながら力の入った声でファウに尋ねた。確かに死体をゾンビに変えて戦いに利用するなどまともな人間のやる事ではない。そんな事をする国に忠誠を誓うファウの考えがマナティアには理解できなかった。

 やや興奮気味のマナティアをファウはジッと見つめる。自分を助けてくれたダークの国を侮辱された事で少し不快な気分になったが、ファウは感情を抑えて冷静に対応する。


「確かに死んだ人をゾンビに変えるなんて普通ではあり得ない行為かもしれないわ。だけどね、彼らがそれを望んでいたとしたらどうかしら?」

「何? どういうことだ」

「……あのゾンビたちはね、ゼルバムのせいで死んだゾンビたちなのよ」

「何だと?」


 ファウの言葉にマナティアは驚き、カルディヌとナルシアも目を大きく目を見開く。


「お、俺のせいで死んだだと? 何を言い出すかと思えば、俺が自分の国の兵士を死なせるような事をするはずないだろう!」


 ゼルバムは大きな声を上げながらファウの発言を否定する。だが、カルディヌはベトムシア砦でファウ達を見捨てたゼルバムの発言を信じようとは思わなかった。

 ファウは今更自分の行いを否定するゼルバムを鋭い目で睨み付けるが、言い返す事はせずに話を続ける。


「この町に攻め込んで来た帝国軍のゾンビ達は全員アルマティン大平原での戦いで死んだ者達なのよ」


 低い声でゾンビ達の正体を語るとゼルバムは大きく目を見開いて固まる。カルディヌはそんなゼルバムを見てまだ何か自分の知らない秘密があるな、と感じ取った。


「ビフレスト王国に侵攻する為にアルマティン大平原に陣を取っていた帝国軍の三つの部隊の内、中央の部隊が連合軍に向かって突撃したらしいわ。連合軍に岩の巨人や蜘蛛のモンスターなど未知のモンスターがいるにもかかわらず。大平原で捕らえた捕虜の話だと、中央部隊にはゼルバムがいて中央部隊に突撃を命じたそうよ」

「何っ?」


 マナティアはファウの話を聞くと驚き、フッとゼルバムの方を向いた。カルディヌやナルシア、周囲の帝国兵達も驚きの表情を浮かべながらゼルバムをの方を見た。ゼルバムは自分を見つめる周囲の存在を見回し、汗を掻きながら歯を噛みしめる。


「お兄様、どういう事ですか? 報告ではアルマティン大平原での戦いは中央部隊の指揮を取る部隊長の指示で中央部隊は動き、その結果、中央部隊は壊滅的被害を受け、先遣部隊は敗北したと聞いていますが?」

「そ、そうだ! そのとおりだ! 俺は何もしていない。あの時、中央部隊を指揮していた部隊長が勝手に指示を出したんだ!」


 目を細くしながら問い詰めるカルディヌにゼルバムは焦りを見せながら自分に責は無いと訴える。周りにいる者達は信じてよいのか、と複雑そうな表情を浮かべているが、カルディヌだけは信用していない様な表情を浮かべた。

 少し前まではゼルバムは問題のある性格を直してくれたと思ってカルディヌは感心していたが、ファウの話を聞いて自分の考えが間違いだったのかもしれないと感じていた。


「ダーク陛下はゼルバムの独断で命を落とした兵士達の無念を晴らさせる為に部下に死んだ者達をゾンビとして復活させてこの町を攻め込む為に戦力に加えたの。町を襲撃し、ゼルバムを追い詰める事ができれば少しは彼等の無念を晴らす事ができるだろう、とお考えになられてね……」

「……ダーク陛下が死んだ者達をゾンビに変えさせたのは死んだ者達の無念を晴らす機会を与える為、だと言うのか?」

「そうです」


 カルディヌの確認にファウは頷きながら答える。例え、非人道的なやり方だとしても皇族の勝手な行いで命を落とした者達の無念を晴らす機会を与えようというダークの考えをファウは否定するしない。

 何よりもファウはもうデカンテス帝国の騎士ではない。ビフレスト王国の騎士となった為、主であるダークの判断に反対する気など無かった。


「アルマティン大平原とベトムシア砦での一件、そしてゾンビ化した兵士達、この全ての元凶はそこにいるゼルバムにあります! あたしはゼルバムに犯した罪を償わせる為に此処に戻って来たんです!」


 ファウは持っている騎士剣の切っ先をゼルバムに向けて大きな声を出す。そんなファウの迫力にマナティアとナルシア、周囲にいる帝国兵達は驚き、無言でファウを見つめている。カルディヌは真剣な表情を浮かべながらゼルバムを睨むファウを見ていた。


「……黙れ、黙れ、世迷言を言うな! お前達、アイツの言っている事は全てデタラメだ! 奴は帝国を裏切り、敵国に寝返った。それは偽りの無い事実、さっさと始末しろぉ!」


 あくまでもファウが嘘をついていると言い張るゼルバムは周囲の帝国兵や帝国騎士にファウを倒すよう命令する。しかし、帝国兵達はゼルバムの命令に従うべきなのか、と困惑した表情を浮かべていた。

 帝国兵達はファウの話を聞いている内に彼女の話が本当の事ではと感じるようになっていたのだ。逆に取り乱しながらファウの言葉を否定するゼルバムの話は信じてよいのかと感じていた。

 信用性がある元帝国騎士の言葉と信用性が欠ける皇子の言葉、帝国の人間としてどちらの信じたらよいのか帝国兵達は心の中で混乱している。帝国軍の兵士ならば皇子であるゼルバムの言葉を信用するのが当たり前だが、それができないくらい帝国兵達はファウの言葉に衝撃を受けていたのだ。


「どうした、何をボーっとしている? 早くその裏切り者を殺せぇ!」


 動かない帝国兵達にゼルバムは再び力の入った声で命令する。帝国兵達はゼルバムの言葉に反応し、困惑した表情のままファウに視線を向けた。

 ゼルバムは動かない帝国兵達を見て内心焦っていた。ファウの言っている言葉は全て事実、だがもしそれを認めれば自分のデカンテス帝国内での立場は一気に悪くなる。そうなれば次代皇帝の話も危うくなってしまう。ゼルバムがこの場を凌ぐ道はただ一つ、周囲の者達がファウの言葉を完全に信じ切る前にファウを殺し、その後に町の何処かにいるダークを殺して真実を闇に葬り、疑うカルディヌ達を嘘で誤魔化すしかなかった。

 一向にファウを攻撃しようとしない帝国兵達にゼルバムは徐々に苛立ちを感じ始める。すると、隣にいたカルディヌが前に出てファウの方に歩いて行く。それを見たゼルバムは意外そうな顔でカルディヌを見た。


「……お兄様、此処は私に任せてください。彼女ともう少し話がしたいのです」

「な、何を言っている、そんな裏切り者とこれ以上話す必要は無い。さっさと殺せ!」


 ゼルバムがカルディヌにファウを殺すよう命じると、カルディヌは立ち止まり、ゆっくりとゼルバムの方を向く。その表情はとても鋭く、カルディヌの顔を見たゼルバムは悪寒を走らせた。


「裏切り者でも、彼女は私の部下だったのです。私のやりたいようにやらせていただきます。それと、ファウの話した事についてですが、あとで詳しく説明させていただきますね?」

「……あ、ああ」


 カルディヌの睨み付けに威圧されたのか、ゼルバムは震えた声で返事をする。カルディヌはファウの言葉を信じており、ゼルバムが行った独断行動や部下を使い捨てにした行為について後でしっかり問い詰めてやろうと思っていた。

 ゼルバムが黙るとカルディヌは再びファウの方に向かって歩き出す。そしてファウの2m手前まで来るとファウと向かい合った。


「……ファウ、私はお前の言う事を信じる。お兄様がお前にしでかした所業、お兄様に代わって私が謝罪する」

「カルディヌ殿下……」

「お前への罪滅ぼしは責任をもって行うつもりだ……それで、お前さえ許してくれるのなら、帝国に戻って来ないか?」


 カルディヌの口から出た意外な言葉にファウは目を見開いて驚く。ゼルバムは驚愕の表情を浮かべ、マナティアとナルシア、周囲の帝国兵達も驚きの表情を浮かべてファウとカルディヌを見つめている。


「お前は私にとって姉の様な存在であり、優秀な部下でもある。このままお前を失う事を私は望んでいないのだ。今戻って来るのなら私の皇女としての権限を使い、お前のこの町での行いを帳消しにする事を約束する」


 大切な部下と敵対したくない、その思いからカルディヌはファウにデカンテス帝国に戻って来ないかと話を持ち掛けた。

 ファウはカルディヌの言葉に僅かに心を揺らす。自分が慕うカルディヌが祖国へ戻るチャンスを与えてくれたのだから。だが、ゼルバムの行いでファウは皇族に対する忠誠心を失った。

 そんな中、ファウは敵であるダークに命を救われ、騎士としての技量を認められた。ファウはこの時のダークの器の大きさに心を打たれ、ダークに忠誠を誓ったのだ。その忠誠心は強く、ダークを裏切ろうなどとは微塵も考えたりしなかった。


「……お断りします。あたしはもう帝国に戻る気はありません」

「お兄様の行いが許せないのはよく分かる。だが、ベトムシア砦での一件のような事は二度と起こさせないと誓う。もう一度、私達を信じてくれないか?」


 皇族でありながら騎士であるファウに頼み込むカルディヌの姿にマナティアとナルシア、帝国兵達は驚く。国を治める皇族でありながら立場の低い者に頼むなどあってはならない事だ。帝国兵達の中にはカルディヌの行動をおかしく思う者もいたが、頼み込むほどカルディヌがファウは必要としており、ゼルバムの行いを申し訳なく思っているのだと感じる帝国兵もいた。

 ファウもカルディヌが頼み込む姿を見て心を打たれた。だが、例えカルディヌの頼みでもデカンテス帝国に戻れない。カルディヌを慕う気持ちよりもダークを慕う気持ちの方が既に大きかった。


「申し訳ありません、カルディヌ殿下。やはり、あたしはもう帝国を信じる事はできません」

「……そうか、残念だ」


 考えを変えないファウにカルディヌはそっと呟く。その表情は僅かに暗く、本当にファウが戻って来ない事を残念に思っているようだ。ファウはそんなカルディヌをただジッと見つめていた。

 ファウの意思の固さを理解したカルディヌは腰に納めてある騎士剣を静かに抜き、ファウを鋭い目で見つめる。


「戻って来ないのなら、私はお前を斬らなくてはならない。悪く思うな?」

「……殿下、お願いを断っておいてこんな事を言うのは図々しいのですが、降伏していただけませんか? できれば貴女とは戦いたくありません」

「甘えるな、お前もこうなる事を覚悟して連合軍に寝返ったはずだ。だったら私情は挟まず、連合軍の騎士として敵である私達と戦え。それに、そんな気持ちで私達と戦ってはお前が忠誠を誓ったダーク陛下に失礼だぞ?」

「……そうですね。すみません、今のは忘れてください」


 カルディヌの言葉にファウは小さく笑いながら答える。敵国に寝返っても騎士としての心得や覚悟など教えてくれるカルディヌにファウは心の中で感謝した。

 ファウは一歩後ろに下がってカルディヌから少し距離を取ると持っている騎士剣を構える。カルディヌは騎士剣を構えるファウを見てゆっくりと構え、周りにいる帝国兵達もカルディヌと戦おうとするファウを見て持っている剣や槍を構えた。ゼルバムの命令には従わなかった彼等もカルディヌに危険が迫れば彼女を守る為に戦う気になるようだ。


「お待ちください、殿下!」


 二人の女騎士が構えながら睨み合っていると突然マナティアが声を上げる。マナティアはファウとカルディヌの方に歩きながら腰の騎士剣を抜き、カルディヌの左斜め前まで移動すると騎士剣を構えた。


「ファウ相手に貴女が戦う必要はありません。此処は私に任せてください」

「……マナティア、これは私とファウの問題だ。お前は下がっていろ」

「いいえ、皇女である殿下を敵の前に出すなど、紅戦乙女隊の分隊長として見過ごす訳にはいきません! それに元とは言え、ファウは私の同志だった存在、であれば私が相手をするべきです。どうか、私にお任せください」


 マナティアのカルディヌを守りたいと言う意思にカルディヌは口を閉じる。皇女として、そして紅戦乙女隊の隊長として元隊員であるファウと戦うのが自分の使命だとカルディヌは思っていた。だが、自分を守る為に嘗ての仲間と戦おうとするマナティアの覚悟を感じ取り、カルディヌの心は僅かに揺れる。


「……分かった。お前に任せる」


 カルディヌはゆっくりと構えている騎士剣を下ろして後ろに下がる。ファウは下がるカルディヌに対して不満そうな反応などを一切見せずに黙ってカルディヌを見ていた。ファウはどちらが自分の相手になろうが大して気にする問題ではないようだ。


「ファウ、お前がどんな酷い目に遭ったかはよく分かった。だが、どんな理由であれお前が帝国を裏切ったのは事実だ。祖国を裏切った上に皇族に刃を向ける存在を私は見逃す訳にはいかない!」

「……分かってるわ、アンタはアンタの信じる道を進みなさい。だけど、あたしも信じる道を進まないといけないと。邪魔するなら、アンタが相手でも剣を向かるわよ」


 お互いに嘗ての仲間と戦う覚悟はできている。二人は騎士剣を構えながらいつでも戦える態勢に入った。


「待ちなさい」


 ファウとマナティアが睨み合っていると今度はナルシアが短剣を握りながら歩いて来る。そしてマナティアの隣まで来ると短剣を顔の前まで持ってきてファウを睨む。


「マナティア、アンタは引っ込んでなさい。ファウは私が倒すわ」

「何だと? 私が先に進言したんだ。お前は殿下の護衛を務めろ」

「アンタよりも私の方が強いんだから、ファウに勝つなら強い方が行った方がいいでしょう?」

「何だと!?」


 弱いから下がっていろと言うナルシアの挑発的な言葉にマナティアは少し声に力を入れる。敵を前にもめ始める二人を見てカルディヌは小さく溜め息をついた。

 ファウもいつもと変わらないマナティアとナルシアのやり取りを見て呆れ顔で溜め息をつく。するとファウは後頭部を掻きながらもめているマナティアとナルシアの方を見て口を動かした。


「……何だったら二人同時でもあたしはいいわよ?」

「何?」

「は?」


 マナティアとナルシアはファウの口から出た意外な言葉に反応した。一人で自分達を一度に相手する、それを聞いたマナティアとナルシアは僅かにプライドを刺激される。


「ファウ、今の言葉、私とナルシアを同時に相手しても勝てると言っている様に聞こえたのだが?」

「そう言ったつもりよ」


 平然と答えるファウにマナティアとナルシアは再びプライドを刺激され、僅かに表情が険しくなる。ファウは紅戦乙女隊の分隊長の中ではレベルは高い方だ。だが、マナティアとナルシアもファウとレベルは大して変わらない。つまり、力はほぼ互角と言う事だ。にもかかわらず、自分達を同時に相手して勝てるとファウは口にしたので流石にカチンときたらしい。


「ファウ、お前は紅戦乙女隊の分隊長の中でも実力のある方だった。しかし、だからと言って同じ分隊長である私達を同時に相手にして勝てると思うのは少し調子に乗り過ぎだと思うぞ?」


 マナティアはファウを睨みながら低い声を出す。ナルシアもマナティアと同じ気持ちなのか持っている短剣の刃を光らせながらファウを睨んでいる。するとファウは二人をジッと見つめながら騎士剣を構え直した。


「あたしが調子に乗っているかどうか、戦って確かめてみればいいんじゃない?」


 ファウはマナティアとナルシアに挑発的な言葉をぶつけ、それを聞いた二人は目元を僅かに動かしてファウに鋭い視線を向ける。


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