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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第二章~湿地の略奪者~
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第十八話  罪滅ぼし


 林を出たアリシアたちは急いで盗賊たちの隠れ家がある湿地へ向かう。林からそんなに距離はなく、ジェイクの案内のおかげで十数分で到着することができた。

 湿地の中を通り、アリシアたちは隠れ家の入口である洞穴の前にやってきた。入口の周りには第八小隊と盗賊たちの戦闘があったのか無数の剣や手斧、短剣が転がっている。しかも転がっている武器のいくつかには血が付着しており、負傷した者がいたことを物語っていた。

 入口前の光景を目の当たりにしたアリシアたちの表情は鋭く、近くにパラサイトスパイダーが隠れていないか警戒しながら周りを見回した。


「コ、コイツは……」

「お前の部下たちと第八小隊の戦いの跡だろう」


 驚きながら入口の周りを見回すジェイクと鋭い目をするアリシア。入口前には血の付着した武器は落ちているが兵士や盗賊の死体は無い。つまり、負傷者はいても死者は出ていないと考えられる。

 兵士たちは死んだ者はいないと考えて安心した様子の表情を浮かべた。だが、アリシアとジェイクは違う。死体が無いことで更に悪い状況を想像していた。


「……血の付いた武器はあるが、その持ち主が何処にもいねぇぞ」

「……報告した者は入口から出てきた兵士と盗賊はパラサイトスパイダーに襲われて洞穴に引きずり込まれたと言っていた。つまり、兵士や盗賊は隠れ家である洞穴の中にいるということになる。生死に関係なくな」


 死体が無いことから普通なら生きて何処かに隠れていると思うが、アリシアはパラサイトスパイダーが生きている者たちや死体の全てを巣に運んだと考えている。それは勿論、パラサイトスパイダーたちが兵士や盗賊たちを餌にするためだ。兵士の中には女兵士も数人おり、彼女たちは餌にはならず、マザースパイダーによって苗床にされるだろう。

 しかしまだ死んだと決まったわけではない。アリシアは隠れ家に入り、引きずり込まれた者たちを探して生きていれば救出し、パラサイトスパイダーを一掃しようと考えていた。

 パラサイトスパイダーが隠れていないか警戒しながらアリシアは洞穴に近づいていく。慎重に進むとアリシアの足に何かが当たり、アリシアはふと下を見る。そこには第八小隊の兵士が使っている剣が落ちており、アリシアはそれを拾い上げた。


「さすがに丸腰では危険だな。これを使わせてもらおう」


 アリシアはジェイクとの戦いで壊されてしまった騎士剣の代わりに兵士が使っていた剣を使うことにし、再び警戒しながら洞穴に近づく。

 穴の前まで来ると、アリシアは慎重に中を覗き込んだ。奥は薄暗く、壁には数本の松明が付けられているだけだった。更に道は人間二人が横に並べるくらいの幅しかなく、戦闘になれば戦い難い場所だ。こんな道を大勢の兵士たちを連れて入れば余計に動き難くなる。それでもしパラサイトスパイダーたちに出くわしたらあっという間に全滅させられてしまう。

 振り返って待機している兵士たちを見るアリシアはこの後どうするかを考える。するとジェイクが近づいてきてアリシアの隣にやってくると洞穴の奥を覗いた。


「……静かだな。いつもなら奥の方から仲間の声が聞こえてくるのに」

「これは最悪の事態は考えておいた方がいいかもしれないな」

「縁起でもねぇこと言うなよ! まだ皆死んじまったって決まったわけじゃねぇ!」

「分かっている! 私だって仲間たちの無事を願っている。だが、覚悟はしておく必要はあると言いたいだけだ……」


 アリシアは洞穴の奥を見つめながら低い声を出す。そんなアリシアの横顔を見てジェイクは黙り込んだ。

 盗賊の隠れ家に突入し、パラサイトスパイダーに襲われた第八小隊の者たちはアリシアにとっては同じ第三中隊の仲間という程度の関係だ。しかし、それでもやはり仲間が死ぬことは気持ちのいいことではない。アリシアは心の中で仲間たちの無事を祈った。

 ジェイクは周りを見回しながらなんだかそわそわしたような素振りを見せている。妻と娘のことが心配で仕方がないのだろう。


「それで、これからどうするんだ?」


 落ち着きのない態度でアリシアにどうするかを尋ねるジェイク。するとアリシアはジェイクの方を向き、落ち着いた様子で口を動かした。


「まずはこの隠れ家がどんなふうになっているのかを教えてくれ。それが分からないと作戦の立てようがない」

「そんな悠長なこと言ってられねぇよ。早くしねぇとモニカたちがあの化け物蜘蛛に殺されちまうかもしれねぇんだぞ?」

「だからと言って、なんの策も無しに敵がいる場所に突っ込んでしまえば返り討ちにあってお終いだぞ」

「じゃあ、どうするんだよ!?」

「それを今考えているんだ!」


 妻と娘が心配でたまらないジェイクは少し興奮しながらアリシアに語り掛ける。アリシアも落ち着きのないジェイクを見て少しイライラしたような口調で答える。そして洞穴の奥を見ながら腕を組んで考え始めた。


(とは言えどうする? 隠れ家がどんな作りになっているのかを知っているのはジェイクと奴の部下だけ。ジェイクはあの状況だから冷静に話すことはできないだろうし、部下の方は正直当てにならない。どうすれば……)


 隠れ家がどんな風になっているのかも分からず、作戦も立てられないのであれば何もできない。アリシアはどうすればいいのかを必死に考えた。そんな時、バルガンスの町を出る時にダークから貰ったアイテムのことを思い出す。


「そうだ、ダークから貰ったあの宝石……」


 アリシアはしまっておいた四角い水晶、メッセージクリスタルを手に取り、それを見つめながらダークの言った言葉を思い出す。


「確かこれを使えば遠くにいる者と会話ができるんだったな……。これを使ってダークに協力を頼めば……」


 ダークならこの状況をきっとなんとかしてくれると考えたアリシアは早速メッセージクリスタルを使ってダークに連絡を入れることにした。

 バルガンスの町を出る前にダークに教えてもらった使い方を思い出しながらメッセージクリスタルを使い始めるアリシア。メッセージクリスタルを握りながら連絡を取りたい相手、つまりダークのことを考える。すると、ダークが言っていた通り、メッセージクリスタルが水色の光り出した。


「こ、これは……」

「な、なんだこりゃあ?」


 アリシアの隣にいたジェイクはいきなり水色の光が広がったことに驚き、離れた所にいる兵士たちもアリシアの近くで突然水色の光があふれるのを見て驚いている。

 手の中で光るメッセージクリスタルにしばらく見惚れていたアリシアだったがすぐに我に返り、メッセージクリスタルに話しかけてみた。


「……ダーク? 聞こえるか?」


 不安な気持ちになりながらそっとダークに話しかけるアリシア。ジェイクは隣で水晶に語り掛けるアリシアを見て不思議そうな顔をしていた。


「アリシアか、どうした?」


 メッセージクリスタルからダークの声が聞こえ、アリシアは本当に会話ができることに驚いた。ジェイクも突然聞こえてきた男の声に驚き、思わずメッセージクリスタルを見つめてしまう。


「ダーク! よかった、本当に会話ができるのだな……」

「町を出る前に言っただろう? まさか信用していなかったのか?」

「い、いや、そういうわけでは……。それより、こっちで大変なことが起きてしまったんだ」

「大変な事?」

「実は……」


 アリシアはダークに何が起きたのかを細かく説明し始める。林で盗賊と戦ったこと、盗賊がパラサイトスパイダーの巣を隠れ家にしていたこと、頭目のジェイクが妻子を人質に取られて強奪をしていたこと、そしてべネゼラの部隊と盗賊たちがパラサイトスパイダーに襲われたことなど全てをダークに伝えた。

 説明が終わると、しばらくダークの声が止まり静かになった。アリシアは黙ってメッセージクリスタルを見つめながらダークの返事を待つ。その隣ではジェイクが再び落ち着かない様子でメッセージクリスタルを見つめている。妻と娘を早く助けたくて仕方がないらしい。


「……なるほど、状況は分かった。つまり、盗賊たちが隠れ家にしようとしていた場所が実はそのパラサイトスパイダーというモンスターの巣で、そこに誤って入ってしまった。そして盗賊の頭、ジェイクの妻と娘を人質に取られ、二人を返してほしかったら自分たちの言う通りにしろと脅されていたと?」

「ああ」

「君は盗賊を捕まえるためにジェイクと戦っていたが、そんな時にべネゼラが勝手に盗賊の隠れ家に攻め込み、盗賊を一網打尽にしようとした。しかしパラサイトスパイダーたちに返り討ちにされてしまい、パラサイトスパイダーたちは侵入してきた第八小隊と侵入を許してしまった盗賊たちを襲った?」

「恐らくな……」

「そして君は人質になっているジェイクの家族と生き残っているかもしれない者たちを助けるために隠れ家に入ろうとしたが、敵や隠れ家の情報が少なすぎて攻略困難な状態のため、私に連絡を入れてきたんだな?」

「そうだ。頼むダーク、力を貸してくれ」


 アリシアからの要請にダークは再び黙り込む。この世界に来てアリシアに協力してもらうのと引き換えにアリシアの頼み事は全て聞くことを決めていた。だから今回の要請も聞くつもりでいる。しかしダークにはアリシアの話の中で一つだけ気に入らないことがあった。

 しばらくすると再びメッセージクリスタルからダークの声が聞こえてくる。だが、それはアリシアやジェイクが予想していなかった内容だった。


「……第八小隊の救助とパラサイトスパイダーの討伐には協力する。だが、盗賊たちと頭目の妻子の救助は約束できない。状況によって見捨てさせてもらう」

「えっ?」


 ダークの口から出た言葉にアリシアは驚く。隣でダークの声を聞いていたジェイクも驚いて耳を疑う。今まで盗賊に襲われていたボド村を助け、グランドドラゴンを撃退し、ベヒーモスからアルメニスの町を守ったダークが盗賊達を見捨てると言ったことにアリシアは信じられなかった。

 アリシアはダークの真意を知るために落ち着いて理由を尋ねようとする。だがその前に隣で話を聞いていたジェイクが険しい表情でメッセージクリスタルに顔を近づけた。


「おい! そりゃあどういうことだ!?」

「……誰だ?」

「俺はジェイク、盗賊どもの頭だ!」

「ああぁ、アリシアが言っていた頭目か」

「そんなことはどうでもいい。俺の仲間と家族を助けないとはどういうことだと聞いてるんだ!」

「理由か? 強いて言うなら人に迷惑をかけたお前たち盗賊を助ける理由がないからだ」

「な、なんだと!?」


 大きな声で抗議するジェイクに対しダークは冷静に対応した。


「お前ぇ、モンスターに襲われていつ殺されてもおかしくない奴を平気で見捨てるなんて言って、恥ずかしくねぇのか!」

「恥ずかしい? フフフフ、自分たちの行いを棚に上げてよくそんなことが言えるな」

「何っ?」


 ダークの言葉を聞いたジェイクの表情から険しさが消える。ジェイクはダークの言いたいことに気付き、途端に口を閉ざしてしまった。

 二人の会話を聞いていたアリシアはダークがなぜジェイクたち盗賊の救助を断ったのか理解する。ダークは人質を助けるためとはいえ、旅人や商人を襲い、若い娘をさらった彼らの行いが許せず、助けようという気にはなれないのだろう。


「私は冒険者だ、アリシアたちのような騎士団の人間ではない。罪を犯した人間たちやその家族を助けるようなお人好しではないのだ」

「し、仕方ねぇだろう! アイツらは俺の妻と小さい娘を人質に取りやがったんだ。苗床になる若い娘と蜘蛛どもの餌を持ってこないと妻と娘を苗床にするって言いやがったんだ。家族を助けるためにやったことだ」

「……では訊こう。お前は自分の家族を助けるために他人を傷つけ、人生を台無しにしても自分には何一つ責任は無いと言えるのか?」

「そ、それは……」

「確かにお前は自分の家族を救う為にやった事だ。だが、その為に誰かを犠牲にしてもいいと言う理由にはならない。食料や金目の物を奪われた旅人や商人達はともかく、さらわれてパラサイトスパイダーの苗床にされた若い娘達はどうなる? 苗床になってしまったという事は恐らく卵を植え付けられた娘達は死ぬだろう……。家族を助ける為にお前は何の関係も無い娘達の人生を奪ったんだぞ? なぜそんな事をした奴等を助けなければならない」


 ジェイクはダークが口にする事実に何も言い返せなかった。いくら家族を助けるためとは言え、なんの罪もない若い娘たちをパラサイトスパイダーに差し出し、仲間を増やすための苗床にしてしまったのは事実だ。

 しかもダークの言う通り、苗床になった娘たちは体内で生まれた幼虫たちに栄養を全て奪われ、体を食い破られて出てくる。その時点で苗床になった娘は確実に命を落としてしまう。その光景をジェイクは見たことがあった。

 直接殺してなくても、娘たちを苗床としてパラサイトスパイダーたちに差し出し、娘たちが命を落とすきっかけを作ったのは自分たちだ。間接的に娘たちを殺したと言える。そんな他人の命を奪うことに関わった自分が家族の命を助けてもらおうなど、都合のいい話だった。

 ダークの言葉に何も言い返せないまま黙り込んでいたジェイク。だが、何かを決意したような表情を浮かべ、落ち着いた態度でメッセージクリスタルの向こう側にいるダークに話しかけた。


「……確かに俺たちは関係の無い娘たちをパラサイトスパイダーに差し出した。結果、苗床になった娘たちは全員死に、最後には餌になった。その罪から逃れるつもりはねぇよ」

「ほぉ?」

「だが、罪を犯したのは俺や部下どもだ。妻と娘に罪はない」

「だから助けてほしいと?」

「虫のいい話だって言うのは分かってる。だが、俺にとっては大切な家族なんだ」

「……死んでしまった娘達にも家族がいただろうに……」

「分かっている。もし、妻と娘を助けてくれるって言うのなら俺はなんだってやる! 金を出せと言えば俺たちが今まで集めた金品を全て渡す。死んで償えと言えば死んでやる。だから頼む、アイツらを助けてくれ!」


 ジェイクの必死の訴えを聞いたダークとアリシア。アリシアはジェイクの家族のへの想いを聞き、彼が本当に家族を大切にしていることに気付き意外そうな顔を見せる。

 ダークはメッセージクリスタルで会話をしているので表情は分からずただ黙り込んでいたが、ジェイクの意志とその強さは理解できた。すると再びダークの低い声でメッセージクリスタルから聞こえてくる。


「私は盗まれた金品など欲しくはないし、家族を残して死ぬと言うような男の頼みを聞くつもりもない」

「なっ!」

「そもそもお前が死んだところで何が変わると言うのだ? お前が死んでも苗床にされて死んだ娘達は生き返らない」

「じゃ、じゃあ、俺はどうすればいいんだよ!? どうすれば俺の家族を助けてくれるんだ!?」


 ジェイクはダークが自分の覚悟を理解しようとしないと感じ、苛立ちの籠った声で尋ねる。するとダークはジェイクが想像もしていなかった言葉を口にした。


「生きて罪を償え」

「え?」

「その命が尽きるまでお前は人々の為に働き、償いをしろ。人を死なせた者にとってその罪を背負って生きていく事は死ぬよりも辛い事だ。それがお前が選べる唯一の償いの方法だ。もし、私の言う通り生きて罪を償うと言うのなら、お前の家族と仲間を助けてやってもいい」


 家族と仲間を助けるというダークの言葉にジェイクは呆然としている。人を死なせた者が生きて罪を償うなど全く考えたことが無かったのだろう。更にそうすれば仲間たちを助けてくれるのだから驚くのは当然と言えた。


「ほ、本当に助けてくれるのか?」

「ああ、条件を飲めばだがな。どうする?」

「勿論飲む! アイツらを助けてくれるのならなんでもやる!」


 人の命を奪う行為をした自分が生き続けることなど複雑な気持ちだが、妻と娘に悲しい思いをさせずに済むのならその方法を選ぶ方がいいとジェイクは感じた。ジェイクがそんな風に考えているとダークは更にこんなことを言ってきた。


「それともう一つ、全てが終わったらお前には冒険者となって私の仲間になってもらう。アリシアの話ではお前は有能なクラッシャーらしいからな。是非仲間に欲しい」

「え?」


 ダークがジェイクを自分の仲間にするために冒険者にするという言葉を聞き、ジェイクはポカーンとしていた。生きて罪を償えだとか、冒険者となって仲間になれだのダークの予想外の言葉の連続で頭が混乱しているようだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ダーク!」

「ん?」


 さっきまで黙って話を聞いていたアリシアは驚きの表情で突然ダークに話しかけてきた。ダークは不思議そうな声を出し、今度はアリシアの声に耳を傾ける。


「勝手に話を決めてもらっては困る。上からはもし盗賊たちが生きていれば首都に連行しろと命令を受けている。私たちで勝手に彼らの処分を決めてしまうのはマズイ!」

「心配するな。それについてはちゃんと考えがある」

「考え?」

「まぁ、それは後で話すとして、とりあえず一度バルガンスの町まで来い」

「こ、来いと言われても、此処から町まではかなりある。馬でもかなり時間が掛かるんだ。貴方を迎えに行って戻ってきた時には生き残りがパラサイトスパイダーたちに……」

「大丈夫だ……。アリシア、メッセージクリスタルと一緒に渡した呪符を出せ」

「え?」


 ダークの言葉を聞き、アリシアはメッセージクリスタルと共に渡された呪符を取り出す。あの時はこの呪符がどんなアイテムなのかを使う時になったら教えると言われ、どんな物なのか分からなかった。しかしダークが渡した物なら必ず役に立つと感じて受け取っており大事にしまっておいたのだ。そして、遂にそれを使う時が来た。

 アリシアは片手にメッセージクリスタルを持ち、もう片方の手で呪符を持ち呪符を見つめる。呪符には五芒星以外は何も描かれておらず、どんなアイテムなのか全く分からない。ジェイクはアリシアが新しく取り出した呪符を珍しそうに見つめた。


「ダーク、取り出したぞ?」

「ならそれを地面に向かって投げ捨てろ」

「え? 捨てればいいのか?」

「そうだ」


 呪符を地面に捨てろと言われ、アリシアは言われた通り呪符を地面に向かって投げ捨てた。呪符はゆっくりと落ちていき静かに地面に落ちる。すると突然呪符が消滅し、呪符が落ちた所を中心に大きな水色の光の魔法陣が浮かび上がった。

 いきなり現れた魔法陣にアリシアとジェイクは驚き、遠くの兵士たちも再びアリシアとジェイクの近くで水色の光が溢れるのに驚く。

 浮かび上がった魔法陣には呪符に描かれていたのと同じ五芒星が描かれており、水色の光を放ち続けていた。それを見たアリシアは呆然としながらメッセージクリスタルを使ってダークに話しかける。


「ダ、ダーク、地面に魔法陣が浮かび上がったのだが……」

「その中に入れ」


 ダークに指示されてアリシアは言われた通り魔法陣の中に入る。ジェイクはゆっくりと魔法陣に入っていくアリシアを不安そうな顔で見ていた。

 魔法陣の中心まで辿り着くとメッセージクリスタルからダークの声が聞こえてきた。


「魔法陣に入ったら次にバルガンスの町のことを思い浮かべろ」

「わ、分かった」


 言われた通りアリシアはバルガンスの町のことを思い浮かべる。バルガンスの町でダークと分かれた正門前の広場のことを黙って考えた。

 バルガンスの町のことを考えているとアリシアはまばたきをした。次の瞬間、アリシアはいつの間にかバルガンスの町の正門前の広場に立っていたのだ。周りには大勢の町の住民の姿がおり、アリシアの方を見て驚きの表情を浮かべている。

 アリシアは何が起きたのか理解できずに周りを見回した。さっきまで自分は湿地の洞穴前にいたはずなのに、なぜかバルガンスの町に戻ってきている。一緒にいたジェイクは部下の兵士たちの姿は無く、ただ驚いている住民たちの姿だけが目に飛び込んできた。


「ど、どうなっているんだ? なぜ私はバルガンスの町に……」

「待っていたぞ」


 背後から聞こえてくるダークの声にアリシアは驚き振り返る。そこにはダークと驚きの表情を浮かべているレジーナ、そして人間の姿のノワールが立っていた。

 ダークたちはメッセージクリスタルでアリシアと会話をしている間にこの広場にやってきてアリシアが戻ってくるのを待っていたのだ。レジーナはダークがなぜ正門前の広場に移動するのか理由が分からずにただついてきていた。そして広場に着いた直後に突然目の前に現れたアリシアを見て驚いたのだ。


「ちょ、ちょっとちょっと、ダーク兄さん、これってどういうことなの? どうしてアリシア姉さんがいきなり目の前に現れたのよ?」

「そ、そうだ。ダーク、これはいったいどういうことだ?」


 アリシアとレジーナが何が起きたのか分からずダークの方を向いて尋ねる。ダークは同時に驚きながら尋ねてくるアリシアとレジーナを見るとポーチからアリシアに渡したのと同じ呪符を取り出して二人に見せた。


「コイツは<転移の札>と言って、魔法陣に入った者を別の場所へ転移させることができるアイテムだ」

「て、転移!?」

「湿地で私がその呪符を使ってバルガンスの町に転移したってことなのか?」

「ああ、ただし転移できるのはこのアイテムを使った者が行ったことのある場所だけだがな」


 ダークは手の中にある呪符を見つめながら説明し、それを聞いたアリシアとレジーナは目を丸くしながら呪符を見ていた。

 転移の札はLMFでは何処の町でも買え、調合師の職業クラスを持っていれば調合できるアイテムだ。プレイヤーは転移の札を使い、転移したい場所を選択すればそこへ一瞬で移動することができる。勿論、同行動している他のプレイヤーたちも一緒に転移することも可能だ。ただ、アイテムショップで買うと金が掛かり、調合だとレア度の高い素材を使うことになるため、プレイヤーたちはイザと言う時以外は使わないようにしている。

 アリシアはダークの持つアイテムに転移をすることのできるアイテムまであることに驚き、改めてダークという存在の凄さを理解する。レジーナはダークの強さは知っているが凄いアイテムを使えることまでは知らなかったのか目を丸くしたままダークを見上げていた。


「あの呪符が転移アイテムだとは驚いたな……。ところでさっきから気になっていたのだが、どうしてノワールは人間の姿になっているんだ?」

「え~っと……ちょっといろいろありまして……」


 ノワールが人間の姿になっている理由が気になり、アリシアはノワールを見ながら尋ねた。ノワールはアリシアから目を逸らして苦笑いを浮かべながら曖昧な返事をする。

 魔法訓練場で騒動を起こしたことが知られるとなんて言われるか分からないのでなんとか誤魔化そうとした。


「そんなことよりも、早く湿地へ戻るぞ。急いでいるんだろう?」

「あ、ああ、そうだった!」


 困っているノワールに助け舟を出すように話の話題を変えるダーク。アリシアは状況を思い出してハッとしながら頷く。

 ノワールは誤魔化す必要がなくなったことでホッとしたのか気付かれないように小さく息を吐いた。


「でもさぁ、湿地へ戻るって言ってもどうするの? 此処から湿地まで結構距離があるんでしょう?」


 レジーナがどうやって湿地へ戻るのかを尋ねるとダークは持っている転移の札をヒラヒラと揺らしながら見せた。


「もう一度これを使えばいいだけだ」


 ダークは持っている呪符をアリシアに渡し、アリシアはそれを受け取った。湿地に行ったことがあるのはアリシアだけなのだアリシアが呪符を使う必要がある。

 使い方さっきダークに教えてもらったばかりなのでアリシアは普通に呪符を地面に向かって投げ、地面に魔法陣を浮かべた。

 周り住民たちは突然現れた魔法陣に驚き騒ぎ出す。周りが騒がしくなり面倒なことになりそうだが、今はそんなことは言ってられない。ダークたちは周りを無視して魔法陣に入る。

 アリシアは魔法陣にダーク、ノワール、レジーナが入ったのを確認するとさっきと同じように転移先を頭の中に思い浮かべる。アリシアが湿地を思い浮かべるとダークたちの体は一瞬で消え、魔法陣も消滅した。


「な、なんだ今のは!? 人が消えちまったぞ?」

「さっき、魔法陣のような物が浮かび上がったが、あれのせいか?」

「もしかして、転移魔法かなんかじゃないのか……」


 消えたダークたちを見て更に騒ぎ出す住民たち。一瞬で四人の人影が消えてしまったのだから驚くのも無理はない。ダークたちが消えたことは正門前の広場だけでなく、町中に広がった。今日一日で魔法訓練場と正門前の広場の二ヵ所で騒ぎが起き、バルガンスの町に住民たちの騒ぎの声が広がる。

 その頃、転移の札を使ったダークたちは湿地にある隠れ家の入口前に転移していた。ジェイクや第六小隊の兵士たちは突然目の前に現れたダークたちに驚く。

 最初、突然魔法陣と共に消えたアリシアにジェイクが驚き、兵士たちもアリシアが消えたのを目にして同じように驚いた。それから彼らは必死で湿地の中を探していたがアリシアは見つからず途方に暮れていたが、その直後にアリシアがダークたちを連れて現れたのだ。


「此処がその湿地か……」

「意外と大きいですね」

「ほ、本当に一瞬で移動しちゃった……」


 目的地の湿地を見回し、予想以上の広さにダークとノワールは意外そうな反応を見せる。一方でレジーナは本当にバルガンスの町から湿地へ移動できたことに驚き、まばたきをしながら周囲を見回していた。

 ダークたちが周囲を見回しているジェイクが驚きの表情を浮かべたまま近づいてきた。


「お、お前ら、いったい何をしたんだよ? 突然何もない所から現れるなんて……」

「ん? そうか、お前がジェイクか」

「あ、ああ……それじゃあ、お前がさっき俺と話してたダークとか言う奴か?」

「その通りだ」

「どんな奴かと思ったら、まさか黒騎士だったとはな……」

「なんだ、黒騎士は信用できないか?」

「いや、そんなことは思っちゃいねぇよ。家族や仲間を助けてくれるって言うなら俺は相手が何者でも関係ねぇ。俺はお前を信じるぜ」

「フッ、そうか」

 

 黒騎士であろうと自分の妻と娘を助けてくれるなら信用すると言うジェイクの答えにダークは小さく笑う。盗賊の中にもジェイクのような男がいるのだと知り、ダークは少しだけ盗賊の見方を変えようと考えた。

 ジェイクと周りにいる兵士たちを姿を見た後、ダークは目の前の洞穴を見て目を赤く光らせる。アリシアが自分を呼び出すくらい危険なモンスターがこの先にいることに少しだけどんなモンスターなのか興味が湧いていた。


「此処が入口か……。さてさて、どんな化け物なのだろうな」


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