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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十八話  追い込まれる帝国軍


 連合軍がメタンガイルの町に突入してから二時間が経過し、町のあちこちで兵士達の叫ぶ声、ゾンビ達の呻き声が上がる。帝国軍の兵士や騎士、冒険者達は必死になってゾンビ達と戦い、ゾンビ達は町の中心にある帝国軍の本部を目指して侵攻していた。

 町の上空ではノワールは侵攻するゾンビ達、そのゾンビ達と戦う帝国兵達を見下ろしていた。戦況は連合軍がやや優勢だが、帝国軍も負けずと抵抗している。ノワールはそんな戦いを無表情で見ていた。


「……この調子で行けば、時間は掛かっても確実に帝国軍の本部へ辿り着けるかな」


 着実に町の中心へ近づいている連合軍を見てノワールは呟く。侵攻する戦力はゾンビだけだが、マインゴの作ったゾンビは通常のゾンビよりも強いので大丈夫だとノワールは思っていた。

 ゾンビ達の侵攻状況を確認したノワールは町の他の場所を見回して状況を確認する。アリシアが確保している西門、ダークは向かった東門、ゾンビ達がいない場所など細かく調べた。


「マスター達が担当してる場所や他の場所は問題無いな。なら僕はマスターに言われたとおり、敵の居場所や進軍している方角の確認を……」


 ノワールはダークに与えられた役目を全うしようと再びゾンビと帝国兵達が戦闘を行っている場所を見張ろうとする。すると、戦闘が行われている場所から南東に1kmほど離れた所に飛竜団のスモールワイバーンが飛んでいる姿を見つけた。

 スモールワイバーンの数は全部で二十体で真っすぐ戦闘が行われている場所へ向かって飛んでいる。ゾンビと戦っている地上の兵士達を援護する為だ。ノワールは飛んでいる飛竜団の姿を見ると僅かに目を鋭くする。


「マスターが予想されてたとおり、飛竜団が動き出した。彼等が加勢されるとゾンビ達の侵攻が難しくなる……合流する前に片づけないと」


 炎のブレス攻撃が可能なスモールワイバーンが帝国軍に加勢すれば連合軍のゾンビが一気に倒されてしまう可能性がある、そう感じたノワールは飛竜団を倒す為にもの凄い勢いで飛竜団の方に向かって飛んで行った。

 飛竜団のスモールワイバーン達は竜翼を大きく広げながら暗い夜の空を飛んでいる。スモールワイバーンの背にはワイバーンナイトが乗っており、早く仲間に加勢しようと考えながらスモールワイバーンを操っていた。


「もうすぐ地上部隊と連合軍のゾンビ達が戦っている場所に辿り着く。戦場に着いたら予定どおり散開し、苦戦している部隊に加勢してゾンビ達をブレスで焼き尽くしてやれ!」

『了解!』


 隊長らしきワイバーンナイトの言葉に周りにいる他のワイバーンナイト達が声を揃えて返事をする。そしてその直後、ワイバーンナイト達は手綱を引いてスモールワイバーン達の移動速度を上げた。

 移動速度が上がった事でワイバーンナイト達は戦闘が行われている場所に一気に近づいた。少しだがゾンビ達と戦っている地上部隊の姿も見えるようになり、それを見たワイバーンナイト達は更にスモールワイバーンの移動速度を上げようとする。

 だがその時、突然オレンジ色の熱線が勢いよく飛んできて一体のスモールワイバーンの体を貫いた。体を貫かれたスモールワイバーンは町に向かって落下していき、背に乗っていたワイバーンナイトも共に落ちていく。

 ワイバーンナイト達は仲間が倒された事に驚き、一斉にスモールワイバーンを停止させて熱線が飛んで来た方を見る。そして少し高い位置から自分達を見下ろしているノワールを見つけた。


「何だあれは? 子供?」

「ああ、見た目は少年に見えるな」

「まさか、さっきの熱線はあのガキが撃ったのか?」


 宙に浮いているノワールの姿を見てワイバーンナイト達は話し合う。見た目はただの子供でも宙に浮いている時点でただの子供ではないとワイバーンナイト達はすぐに気づいて警戒した。


「……! 隊長、あの子供、もしかして西門を破壊した魔法使いではないでしょうか?」

「何?」


 近くにいたワイバーンナイトの言葉に隊長は反応し、他のワイバーンナイト達も一斉に仲間の方に視線を向けた。

 飛竜団も西門が連合軍の魔法で破壊されたという話は聞いているが、最上級魔法でしか破壊できない門を上級魔法で破壊したという話を聞いてワイバーンナイト達はその情報の信用性を疑っていた。しかし現実に西門は破壊され、連合軍が町に侵入して来たのだから信じるしかなかったのだ。


「確かに、あの少年からは我々が知っている魔法使いからは感じられない何か大きなものを感じられる。間違いなく只者ではない」


 隊長はたった一撃でスモールワイバーンを倒してしまう程の魔力を持つ目の前の少年が西門を破壊した魔法使いなのかもしれないと感じ、より警戒心を強くする。他のワイバーンナイト達もノワールを見つめながら持っている武器とスモールワイバーンの手綱を強く握った。


「……全員、目標変更だ。先にあの少年を倒してから地上部隊の援護に回る!」

「よろしいのですか?」

「地上部隊は今の状態でも十分ゾンビ達と戦える。我々があの少年を倒して合流するまでは持ち堪えられるはずだ。だからゾンビ達よりも危険度の高いであろうあの少年を先に叩く、いいな?」

「わ、分かりました!」


 目の前にいる少年の方がゾンビ達よりも危険だから先に倒しておこうという隊長の判断に部下のワイバーンナイト達は反対する事無く従った。十九体もスモールワイバーンがいるのだから何体かは地上部隊の援護に回してもいいのではと思われるが、隊長は西門を破壊した魔法使いと戦うのなら全てのスモールワイバーンをぶつけた方がいいと考えたのだ。

 隊長の指示を聞いてワイバーンナイト達はスモールワイバーンを操り、十九体の内、十四体のスモールワイバーンがノワールの前後左右上下から取り囲む。確実に、そして短時間で勝つ為に隙の無い形でノワールを包囲したのだ。隊長が乗っているスモールワイバーンを含めた残り五体はノワールが包囲を突破した時にすぐに動けるよう待機している。

 

「全てのワイバーンナイトが僕に向かって来たかぁ……」


 ノワールは自分を取り囲むスモールワイバーンとその背に乗るワイバーンナイト達を見ながら呟く。囲まれているのもかかわらず、ノワールの表情には一切焦りが見られなかった。

 もともとゾンビ達の下に行かせない為に飛竜団に攻撃を仕掛けたので、全てのスモールワイバーンが自分に向かって来たのはノワールにとっては都合のいい事だった。何より、例え大量のスモールワイバーンに囲まれてもノワールはスモールワイバーンなどに負ける気などない。


「……各地の戦況を確認してマスター達に報告するという重要な仕事があるから、あまり彼等に時間を掛けてもいられないな。さっさと終わらせてしまおう」


 やるべき事をやる為に目の前の敵を急いで片づけようと考えるノワールは両手を胸の前に持っていく。そんなノワールの姿を見ていた飛竜団の隊長は何かを仕掛けて来るとすぐに気づいた。


「全員、ブレスで攻撃しろ!」


 行動を起こされる前に先に攻撃を仕掛けるべきだと感じた隊長はノワールを取り囲んでいるワイバーンナイト達に攻撃を命じた。命令されたワイバーンナイト達はスモールワイバーンを操ってノワールにブレス攻撃をさせようとする。だが、スモールワイバーンをがブレスを吐くそれよりも先にノワールが動いた。


凍結の衝撃フリーズインパクト!」


 ノワールは叫びながら胸の前まで持ってきていた両手を大きく横に伸ばす。するとノワールを中心に冷気が周囲に広がり周りにいるスモールワイバーン達を呑み込んだ。冷気を受けた十四体の内、半分以上のスモールワイバーン、背に乗っているワイバーンナイト達は全身が凍り付けになっており、それ以外のスモールワイバーンやワイバーンナイトも全て意識を失っていた。

 取り囲んでいたワイバーンナイト達は全て地上に落下していき、それを見た隊長や残りのワイバーンナイト達は驚きの反応を見せていた。

 <凍結の衝撃フリーズインパクト>は使用者を中心に冷気を周囲に放つ水属性の中級魔法。効果範囲内にいる敵にダメージを与え、高い確率で凍結状態にする事ができる。しかし効果範囲はそれほど広くなく、遠くにいる敵には通用しないという欠点もあった。

 たった一撃の魔法で十四体のスモールワイバーンが倒され、生き残っているのは僅か五体。生き残っているワイバーンナイト達は仲間を一瞬で倒したノワールを固まって見つめていた。


「な、何と言う事だ、たった一撃で十四ものスモールワイバーンの倒すとは……」

「隊長、あの小僧が使ったのは攻撃力がそれほど高くない中級魔法です。その魔法で十四体のスモールワイバーンを倒したと言う事は……」

「それだけあの少年の魔力が高いと言う事か」


 目の前にいる魔法使いの魔力がとんでもなく高い事に隊長は他のワイバーンナイト達は僅かに恐怖を感じる。同時にそれだけ魔力が強い魔法使いなら上級魔法で門を破壊できてもおかしくは無いと思った。

 ワイバーンナイト達が驚いているとノワールはチラッと視線をワイバーンナイト達に向け、ノワールと目が合った隊長は寒気を感じ取った。


「全員散開! 止まらずにブレスで攻撃を仕掛けろ、魔法を使う隙を与えるな!」


 隊長の指示を聞いて残っているワイバーンナイト達は一斉に散らばる。隊長もスモールワイバーンを操ってすぐにその場を移動した。

 ノワールはその場を動かずに周りを飛び回っているスモールワイバーン達を目で追う。するとノワールの背後に回り込んだ一体のスモールワイバーンがノワールに向けて炎のブレスを吐き攻撃する。ノワールはチラッと後ろを向くと慌てずに横へ移動してブレスを回避した。だが今度は頭上から別のスモールワイバーンがブレスで攻撃を仕掛けて来る。ノワールはこの攻撃も慌てる事無く前に移動してかわした。

 飛び回る五体のスモールワイバーンは様々な方角から連続でノワールにブレスを吐く。ノワールはその攻撃を全て余裕の表情を浮かべながらかわしており、逆にワイバーンナイト達はなかなか攻撃が当たらない事に驚きと焦り、そして苛立ちを感じていた。


「なかなかいい連携を取りますね。普通の敵なら今頃、黒焦げになっているでしょう。ですが、僕には通用しませんよ」


 ノワールは仲間と協力して上手く戦うワイバーンナイト達を褒めると真剣な表情を受けべて両手を飛び回っているスモールワイバーン達に向けた。


放射電流スプレッドスパーク! 三連火輪トライヒートリング!」


 魔法が発動され、ノワールの右手の中に緑の魔法陣、左手の中に赤い魔法陣が展開される。緑の魔法陣からは青白い電撃が広がる様にスモールワイバーンに放たれ、赤い魔法陣の前には三つの火球が現れて火の輪へと形を変え、真っすぐ別のスモールワイバーンに向かって飛んで行く。

 電撃と火の輪はどちらもスモールワイバーンに命中し、電撃を受けたスモールワイバーンは黒焦げにされ、火の輪を受けたスモールワイバーンは首と竜翼、尻尾を切断されて地上に落ちていく。

 更に二体のスモールワイバーンを倒されて隊長達は更に驚きの反応を見せる。しかしノワールはそんなワイバーンナイト達を気にする事無く攻撃を続けた。


貫通熱線バーナーレーザー!」


 ノワールは左手の人差し指を飛び回っているスモールワイバーンに向けて新たな魔法を発動させる。ノワールの指先に赤い小さな魔法陣が展開されるとそこからオレンジ色の熱線が一直線に放たれた。

 熱線は飛んでいるスモールワイバーンの胴体を貫いた。だがそれだけではなく、狙っていたスモールワイバーンの更に奥にいた別のスモールワイバーンのると胴体も貫いており、一度に二体のスモールワイバーンを倒したのだ。

 ノワールの熱線を受けた二体のスモールワイバーンは鳴き声を上げながら落下していき、乗っていたワイバーンナイト達も叫び声を上げながら落ちていく。残ったのはワイバーンナイト達の隊長一人だった。


「馬鹿な、あれだけいたスモールワイバーンをこんな短時間で……」


 全ての仲間を倒された事に隊長は僅かに震えた声を出す。目の前の少年は何者なのか、隊長は驚きながら考えていた。

 隊長が驚いているとノワールはチラッと隊長の方を向く。隊長は自分を見ているノワールを睨みながら槍を構える。だが次の瞬間、ノワールは突然隊長の視界から消えてしまった。


「き、消えた? 何処だ、何処へ行った!?」


 消えたノワールに驚き、隊長は周囲を見回してノワールを探す。しかし何処を探してもノワールの姿は見当たらなかった。

 一体何処へ消えたのか、隊長が必死になって探していると背後から何かの気配を感じ、隊長は咄嗟に振り返る。そこには無表情で自分を見つめているノワールの姿があり、いつの間にか後ろに移動していたノワールに隊長は驚く。どうやらノワールは転移魔法を使って隊長の背後に回り込んだようだ。


火炎弾フレイムバレット!」


 ノワールは驚いて隙だらけになっている隊長に左手を向けて火球を放つ。火球はスモールワイバーンの背中に乗っている隊長に直撃して爆発し、隊長とスモールワイバーンの両方に大ダメージを与えた。

 スモールワイバーンは背中から煙を上げながら落下していき、真下にある街道に叩きつけられる。黒焦げとなった隊長の死体もスモールワイバーンの背中から放り出される様に街道に落ちた。

 ノワールと飛竜団の戦闘が始まってから僅か十五分、戦いはノワールの完全勝利で終わった。


「よし、これで二十体全て倒した……と言っても、あれがこの町にいる全てのスモールワイバーンとは限らない。まだ何処かに残ってるかもしれないし、油断しない方がいいかもしれない」


 まだメタンガイルの町には自分が倒した二十体以外にもスモールワイバーンがいるかもしれない、ノワールはそう考えながら新たな飛竜団の出現を警戒した。

 飛竜団を倒したのでノワールはダークに与えられた仕事に戻ろうとする。すると、ノワールの頭の中に突如男の声が響く。


(ノワール、聞こえるか?)

「マスターですか?」


 頭の中に響くダークの声にノワールは反応し、そっと手を耳に当てた。ダークがメッセージクリスタルを使って連絡を入れてきたらしい。


(そっちに何か異常は起きていないか?)

「大丈夫です。少し前に帝国軍の飛竜団と遭遇したのですが、たった今戦いを終えたところです」

(そうか、だがまだ他にも飛竜団がいるかもしれない。油断するなよ?)

「ハイ、分かっています。マスターは今どちらに?」

(東門だ。こっちもさっき制圧を終えて今は周囲の警戒をしている。これで帝国軍の逃げ道は完全に塞いだ)


 ダークから東門制圧を終えたと言う報告を聞いてノワールは小さく笑う。ダークなら苦戦する事無く帝国軍を倒して東門を制圧するだろうと分かっていた為、予想どおりの知らせを聞いて笑みを浮かべたようだ。


(ノワール、私はこれから帝国軍の本部へ向かう)

「え、本部へですか?」


 東門を制圧し終えた後に町の中心にある帝国軍の本部を目指すと言うダークの言葉にノワールは意外そうな表情を浮かべながら反応する。


(ああ、前線に出ているファウがどんな戦いをするのか見てみたくてな。それにゼルバムにも挨拶をしたいと思っているのだ)

「しかし、東門を制圧したのにマスター達が東門を離れるのはマズいんじゃないですか?」

(フッ、アリシアにも同じ事を言われたよ……心配するな、本部へ向かうのは私だけだ。青銅騎士達には東門の護りをさせておく)

「そうですか、分かりました」


 ダークだけが東門を離れると聞いてノワールもアリシアと同じように納得の表情を浮かべる。五百の騎士を残しておけば帝国軍が来ても東門を護り切れるだろうとノワールは確信していた。


「では僕は引き続き、町の上空から戦場を監視します」

(頼んだぞ)

「ハイ」


 ノワールが返事をするとダークの声は聞こえなくなる。通信が終わったのを確認したノワールは町を一望できる高さまで上昇し、ダークから与えらえた戦況確認の仕事に戻った。


――――――


 本部前の広場では帝国兵や帝国騎士達が広場と繋がっている各街道の入口を見張っていた。遠くから聞こえる戦いの騒音を耳にし、帝国兵達は緊迫した表情を浮かべている。ゼルバムやカルディヌ、マナティアとナルシアも本部の前で真剣な顔をしながら戦場からの報告を待っていた。


「紅戦乙女隊や魔法使い達を出撃させてから随分時間が経つぞ。戦況報告はまだ来ないのか?」

「落ち着いてください、お兄様」


 落ち着かない様子のゼルバムにカルディヌは冷静に語り掛ける。その隣ではマナティアとナルシアが目を細くしながらゼルバムを見ていた。


「この町にいる主戦力の殆どを最前線に送り込んだんだ。もう連合軍を蹴散らして報告が来てもいいはずだろう。何をモタモタしているんだ」

「いくら何でもそんなに早く決着はつきませんよ。仮に決着がついていたとしても、被害状況などを細かく確認する必要があるので報告が来るのはもうしばらく後です」


 カルディヌは戦況が気になるゼルバムに報告が来るにはまだ時間が掛かると説明し、ゼルバムはカルディヌの話を聞くとつまらなそうに舌打ちをする。そんなゼルバムを見てカルディヌは軽く肩を竦めた。


「心配いりません。お兄様が仰ったようにこの町にいる主戦力を送り込んだのです。連合軍に負ける事などあり得ませよ」

「そんな事、お前に言われなくても分かっている」


 腕を組みながら偉そうな態度を取るゼルバムを見てカルディヌはやれやれ、と苦笑いを浮かべる。マナティアは気に入らなそうな目で、ナルシアは興味の無さそうな目でゼルバムを見ていた。

 ゼルバムとカルディヌが前線の戦況について話していると、広場の南にある街道から一人の帝国騎士が広場にやって来る。見張りの帝国兵は仲間がやって来たのを確認するとバリケードの一部を動かして帝国騎士を広場へ入れた。広場に入った帝国騎士はゼルバム達の下へ全速力で走り出す。


「ゼルバム殿下! カルディヌ殿下!」


 帝国騎士は大きな声で遠くにいるゼルバムとカルディヌに呼びかける。呼ばれた二人とマナティア、ナルシアは一斉に走って来る帝国騎士の方を向く。帝国騎士は大量の汗を掻き、かなり慌てている様に見えた。

 ゼルバムとカルディヌの前までやって来た帝国騎士は両手を膝に付けながら激しい息切れをする。全速力で走って広場にやって来たらしい。そんな帝国騎士を見てゼルバム達は少し驚いた表情を浮かべた。


「ほ、報告します! 前線に向かっていた飛竜団が全滅しました!」

「何だとっ!?」


 帝国騎士の報告を聞いてカルディヌは驚く。ゼルバムやマナティア、ナルシアも驚愕の表情を浮かべている。カルディヌ達の近くにいた他の帝国兵達もカルディヌの大きな声を聞いて驚いた様子を見せていた。


「飛竜団が全滅した? 間違いないのか!?」

「ハ、ハイ、商業区へ向かっていた部隊が街道や民家の屋根の上にスモールワイバーンとワイバーンナイト達の死体があるのを発見しました」

「そんな馬鹿な、飛竜団がゾンビ如きに敗れるなど……」

「い、いえ、死体を見つけた者達の報告によると、スモールワイバーンやワイバーンナイトは魔法の攻撃で倒されたようです」


 誤解しているカルディヌに帝国騎士は詳しい情報を伝える。それを聞いたカルディヌ達は飛竜団がゾンビに敗北した訳ではない事を知って少し安心する。だが同時に飛竜団を全滅させられるほどの実力を持った者が連合軍にいると知って目を鋭くした。


「飛竜団を倒した敵は何者なのだ、魔法使いか? それとも魔法が使えるモンスターか?」

「も、申し訳ありません。そこまではまだ分かっておりません。ただ、死体の状態から敵はかなり強力な魔法を使える存在かと――」

「殿下ぁ!」


 帝国騎士が飛竜団を倒した敵の事を語っていると男の声が聞こえ、カルディヌ達が声が聞こえた方を向くと広場の東にある街道の方から別の帝国騎士が走って来る姿が視界に入り、帝国騎士の姿を見たカルディヌ達は今度は何だ、と言いたそうな表情を浮かべる。

 東から走って来た帝国騎士は先に来ていた帝国騎士の隣までやって来ると大量の汗を掻きながらカルディヌ達の方を見た。


「報告します! 東門が連合軍の襲撃を受け、完全に制圧されました!」

「何っ!?」


 飛竜団が全滅した事に続いて東門が制圧されたという報告にカルディヌは驚愕する。マナティアとナルシア、先に来ていた帝国騎士もかなり驚いた様子で報告を聞いていた。だが、一番驚いていたゼルバムだった。

 帝国軍が敗北した時、メタンガイルの町が連合軍に制圧される前に町から脱出しようと考えていたゼルバムにとって、唯一の脱出路である東門を制圧されてしまったというのは最悪の報告だった。いや、ゼルバムだけでなくカルディヌ達にとっても最悪の報告と言えるだろう。


「どういう事だ! 連合軍は西門から侵攻しているはずだろう。なぜ東門に連合軍が現れる!?」


 ゼルバムは興奮しながら帝国騎士に尋ねる。帝国騎士はゼルバムの方を見ながら複雑そうな表情を浮かべた。


「お、恐らく西から侵攻している連合軍の部隊とは別の部隊だと思われます。報告では東門を制圧したのはゾンビではなく騎士の部隊らしいので……」

「成る程、ゾンビ達はその騎士の部隊が東門を制圧する為の陽動だったと言う事か」


 連合軍の作戦に引っかかってしまった事に対してカルディヌは低い声を出して悔しがった。ゼルバムも連合軍の作戦に引っかかった事を悔しく思っている。だがそれ以外にも東門を護り切れなかった警備部隊の情けなさに苛立ちを感じていた。

 カルディヌは飛竜団を倒され、東門まで制圧されてしまったという状況でこの後どう動くか必死に考える。まだ戦いは終わっておらず、戦況も帝国軍が若干不利な状態になっているだけだ。

 上手く戦えばこの最悪な状況を乗り越えて連合軍に勝つ事ができるはず、カルディヌはそう思っていた。しかし、現実はそんなに甘くはなく、カルディヌ達に更なる追い打ちをかける。

 カルディヌが俯きながらどう戦うか考えていると広場の西にある街道から一人の帝国兵が慌てた様子で走って来る。帝国兵の存在に気付いたカルディヌは帝国兵の表情を見て嫌な予感がした。


「た、大変です! 先程、騎士団の訓練場に張られた防衛線が突破されました。間もなく連合軍の部隊がこの本部に攻め込んで来ます!」

「……ッ!!」


 帝国兵の報告を聞いたカルディヌ達は目を大きく見開く。次々に飛び込んでくる悪い報告にもはや誰も驚きの声を上げる事ができなくなっていた。

 

「どういう事だ! 確かその防衛線には我々紅戦乙女隊の分隊が向かったはずだろう!?」


 精鋭部隊の紅戦乙女隊が向かったのにどうして防衛線が突破されるのか、理解できないマナティアは険しい顔で帝国兵に尋ねた。


「そ、それが、敵の中に腕の立つ騎士がおり、その騎士に紅戦乙女隊の方々が全員倒されたそうなのです……」

「なっ、たった一人の騎士に紅戦乙女隊が敗れただと?」


 マナティアは帝国兵の話を聞いて愕然とする。デカンテス帝国でも精鋭である紅戦乙女隊、それも数個の分隊を一人で相手にして勝利したと聞かされたのだから無理もない。カルディヌとナルシア、ゼルバムと帝国騎士達も驚きの表情を浮かべて帝国兵の方を見ていた。

 カルディヌ達が驚きの表情を浮かべながら帝国兵の報告を聞いていると西の街道の入口の方が声が聞こえ、カルディヌ達は視線を広場の西へ向けた。何やら入口を護っている帝国兵達が緊迫した表情を浮かべながら騒いでいる。


「連合軍だ! 連合軍のゾンビ達が攻めて来たぞぉ!」


 一人の帝国兵が広場にいる全員に聞こえるよう大きな声で叫び、それを聞いたカルディヌ達や他の街道の入口を護っている帝国兵、帝国騎士達は目を見開く。予想していたよりも早く連合軍が本部に近づいて来た事に驚いていた。

 西の街道の入口前に集まる帝国兵達はバリケードの隙間から薄暗い街道の奥を見つめていた。遠くからはゾンビ達の呻き声が聞こえ、入口前にいる帝国兵達は武器を構えて警戒する。すると、200m程先の暗闇から大勢のゾンビが姿を現した。

 近づいて来るゾンビ達を見てバリケードの前にいる帝国兵達は武器を構えながら目を鋭くする。ゾンビ達は呻き声を上げながら広場に向かって歩いていく。

 その時、ゾンビ達の中から何かが勢いよく飛び出した。それは意外にもゾンビの様なアンデッド族モンスターではなく、一頭の生きた馬だった。

 帝国兵達はゾンビ達の中から出て来た馬に驚き目を見開く。馬は驚く帝国兵達に向かって走り続け、我に返った帝国兵達は馬を止める為に矢を放とうとした。すると、馬に乗っている何者かが右手に持っている騎士剣を勢いよく振り、騎士剣の刀身から黒い光球をバリケードに向かって放つ。光球はバリケードの真ん中に命中すると爆発した。

 爆発に驚いた帝国兵達は声を上げながら後ろに倒れ、光球によって半壊したバリケードを目を丸くしながら見つめる。バリケードが壊れると馬は更に走る速度を上げ、半壊した箇所を跳び越えて広場に侵入した。帝国兵達はバリケードを跳び越えた馬を呆然と見上げている。

 馬は広場に着地すると馬に乗っていた者は手綱を引いて馬を大人しくさせる。馬に乗っていたのは黒いハーフアーマーとガントレット、赤いマントを身に付けたファウだった。


「フゥ、やっと本部に着いたぁ」


 遠くに見える本部の建物を見ながらファウは懐かしそうな声を出す。そこへ侵入して来た馬の正体を確かめようとするカルディヌ達が近づいて来た。


「あ、あれは!」

「なあぁっ!!?」


 ファウの顔を見たカルディヌは大きく目を見開き、ゼルバムは驚愕の表情を浮かべた。マナティアとナルシアも驚きの表情を浮かべてファウを見ている。死んだと思っていた仲間が生きていたのだからカルディヌが驚くのも当然だ。

 カルディヌ達はファウが生きていた事に驚いているが、ゼルバムは別の意味で驚いている。自分が焼き殺したはずの女騎士が目の前でピンピンしている事が信じられず、ゼルバムはわらわらと震えていた。


(な、何で奴が生きているんだ!? 奴はベトムシア砦でダークと一緒に焼け死んだはずだ。それなのにどうしてアイツは此処にいる? いや、そもそもあの炎の海からどうやって脱出したのだ!)


 ゼルバムはファウが生きている事に対して酷く焦っていた。自分の作戦で死んだはずのファウが自分や何も知らないカルディヌ達の前に現れた事で真実が公にされるのではと思っていたのだ。

 ファウは離れた所で焦りの表情を浮かべているゼルバムをジッと睨んでいた。ゼルバムの顔を見た事でベトムシア砦の一件を思い出し、鎮まっていた怒りが蘇ってきたのだろう。そんなファウを近くにいた帝国兵達は急いで取り囲もうとする。だが、街道の方から再びゾンビの呻き声が聞こえ、帝国兵達は街道の方を向き、近づいて来たゾンビ達を見ると慌てて壊されたバリケードの補修を始めた。

 入口前の帝国兵達がバリケードの補修を始めるとファウは馬はゆっくりと馬を歩かせてカルディヌ達の方は向かう。広場にいる他の帝国兵や帝国騎士達はファウの周りに集まって彼女を警戒する。帝国兵達の中にはファウの事を知っている者も何人かおり、どうしてファウゾンビ達の中から出て来たのかと疑問に思っていた。

 馬がカルディヌ達の4m手前まで近づくとファウは馬を止める。ファウはカルディヌ達に背を向けながら馬から降りてゆっくりと振り返り、カルディヌ達の方を見るとニッと笑みを浮かべた。


「カルディヌ殿下、どうも」


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