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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十七話  亡者達の猛攻


 帝国軍の本部では連合軍が西門を破壊して町に侵入して来た事が伝わり、ちょっとした騒ぎになっていた。連合軍の姿を確認してからそれほど時間も経過しておらず、強固な西門を破壊されてしまったのだから無理もないと言えるだろう。

 本部前の広場では大勢の帝国兵が武具や物資の確認、広場に入る為の街道の入口全てにバリケードを張るなどして戦いの準備を進めている。その中には武装したカルディヌ、ゼルバム、そして紅戦乙女隊の分隊長達の姿もあった。


「一体どうなっているのだ! どうして奴等は西門を突破する事ができた!?」

「に、西門を警備していた者によると、敵は魔法で西門を破壊し、町の中に侵入して来たとか……」


 ゼルバムは険しい表情を浮かべながら声を上げ、そんなゼルバムの問いに一人の帝国騎士が怯えた様子で答える。二人の近くにいるカルディヌや紅戦乙女隊の分隊長達は黙って会話を聞いていた。


「魔法だと? 敵の中には最上級魔法を使える者がいるのか!?」

「分かりません。ただ、報告では敵は上級魔法を使って門を破壊したそうです」

「馬鹿なっ! あの門は最上級魔法でしか破壊できないのだぞ。それを上級魔法で破壊しただと? ふざけているのかお前は!」

「で、ですが、見張りの者は確かにそう言っておりましたし……」


 まるで八つ当たりするかのように怒鳴り散らすゼルバムに帝国騎士は声を震わせながら答える。ゼルバムに怒鳴られている帝国騎士は西門を護っていた警備部隊の者から報告を聞いただけなので、西門を破壊した魔法が本当に上級魔法なのか分からない。その為、ゼルバムからふざけていると怒鳴られても何と返事をすればいいのか分からなかった。

 ゼルバムが帝国騎士に怒鳴っていると黙って話を聞いていたカルディヌがゼルバムに近づいて彼の肩にポンと手を置く。肩に手を置かれたゼルバムは険しい表情のままカルディヌの方を向いた。


「お兄様、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか! 敵に先手を打たれた上に西門を破壊されて町に侵入されたのだぞ?」

「冷静になってください。私だってお兄様と同じ気持ちです。ですが、軍を指揮する者が冷静さを失ってしまっては軍全体に影響が出ます。今は落ち着いて戦況を把握し、敵をどう迎え撃つかを決めるのが大切です」

「クウゥッ!」


 冷静な態度を取るカルディヌにゼルバムは不満そうな表情で黙り込む。カルディヌの言っている事に一理あると感じたようだ。待機しているマナティアやナルシア、他の紅戦乙女隊の分隊長達は兄であるゼルバムを黙らせたカルディヌの姿を見て流石だ、と心の中で尊敬する。

 ゼルバムが黙るとカルディヌはゼルバムに怒鳴られていた帝国騎士の方を向き、真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「現在、連合軍は何処まで侵攻して来ている?」

「ハ、ハイ、西門を突破した連合軍は少しずつ町の西側を制圧しながら侵攻しております。南西にある商業区は既に半分近くが敵に制圧されており、敵戦力の一部は真っすぐこの本部に向かって侵攻しているとの事です」

「チッ、やはり敵の狙いは此処か……我が軍の状態はどうなっている?」

「西門を警備していた兵士、冒険者は敵に押されてやむを得ず後方の防衛線まで撤退し、そこで敵を迎え撃っているとの事です」

「何? 西門にはかなりの戦力が送り込まれたはずだぞ。にもかかわらず撤退したというのか?」

「ハ、ハイ」

「一体、敵はどれ程の戦力で突入して来た?」

「そ、それが……」


 カルディヌが連合軍の戦力について尋ねると突然帝国騎士は俯いて黙り込む。カルディヌ達は黙り込む帝国騎士を不思議そうな顔で見つめる。


「どうした?」

「……町に突入して来た連合軍の戦力は……全てゾンビです」

「何っ、ゾンビ?」

「ハイ、それもゾンビの殆どが我が軍の兵士の姿をしていたとの事です」


 侵攻して来た連合軍の戦力の中に帝国兵のゾンビがいる、それを聞かされたカルディヌ達は目を見開いて驚いた。

 連合軍がモンスターを支配する技術を持っていると言う事はカルディヌ達も知っている。だからゾンビが町に突入して来たと聞いた時は普通のゾンビを支配して侵攻させていると思っていた。だが、帝国軍の兵士がゾンビとなって町に侵攻して来たと聞くと流石にカルディヌ達も驚いて大きな衝撃を受けたのだ。


「わ、我が軍の兵士のゾンビだと……見間違いではないのか?」

「ほ、報告に来た者はゾンビの中に我が国の紋章が描かれた鎧を着ているゾンビがいるのを見た、と言っておりました……」


 直接ゾンビを見た者の報告だと聞かされたカルディヌは報告に間違いは無いと感じ、更に驚いた表情を浮かべる。ゼルバムや紅戦乙女隊の分隊長達も目を大きく見開きながら固まっていた。


「で、殿下、どうして連合軍の中に我が軍の兵士のゾンビがいるのでしょう?」


 マナティアが驚きの表情のままカルディヌに尋ねる。カルディヌはマナティアの方を向くと軽く首を横に振った。


「分からない。連合軍がモンスターを操る技術を持っている事は知っている、だからゾンビ達もてっきりその技術で操っているのだと思っていたが、我が軍の兵士のゾンビがいると言う事は、この戦争で死んだ我が軍の兵士達をゾンビとして蘇らせて操っていると言う事になる……」

「つまり、敵の中にネクロマンサーの様な死者を蘇らせる力を持つ職業クラスを持つ者がいる、と言う事ですか?」

「そう考えるべきだろうな」


 カルディヌは低い声を出しながら答える。連合軍はモンスターを操る技術を持つだけでなく、死者をも蘇らせる力を持っている事を知ったカルディヌは連合軍の力を見誤っていたと心の中で悔しく思った。


「しかし、敵とは言え、死者を蘇らせて戦力に利用するとは、とんでもない奴等だ!」

「確かにね、一体何を考えてるのかしら、その死者を蘇らせた奴って」


 死んだ帝国兵達をゾンビに変えるという非人道的な行いをする連合軍に対してマナティアは僅かに表情を鋭くしながら怒りを口にし、ナルシアも腕を組みながら呆れた様な表情を浮かべている。他の紅戦乙女隊の分隊長達も二人と同じような反応を見せていた。

 カルディヌも戦死した仲間の死体をゾンビとして利用する連合軍の行いに怒りを感じている。だが怒りで冷静さを失っては何の意味も無い。カルディヌは怒りを抑え込んで冷静さを保った。


「とにかく、今は敵を迎え撃ち、連合軍の侵攻を止めるの重要だ。例え仲間のゾンビが相手でも決して躊躇するな、町を護る為に心を無にして戦え、と他の者達に伝えろ」

「ハ、ハイ!」


 帝国騎士はカルディヌの指示を聞くと僅かに力の入った声で返事をし、広場にいる別の帝国騎士や帝国兵達にカルディヌの言葉を伝えに向かう。帝国騎士が移動したのを見たカルディヌは今度は鋭い表情で紅戦乙女隊の分隊長達の方を見た。


「聞いていたとおり、敵は既にこの本部を目指して侵攻している。お前達にもすぐに前線に出て戦ってもらうが、さっきも言ったように帝国兵のゾンビが相手でも攻撃を躊躇ためらうんじゃないぞ!?」

『ハイッ!』


 紅戦乙女隊の分隊長である女騎士達はカルディヌの言葉に声を揃えて返事をする。その表情からは強い闘志が感じられ、女騎士達の顔を見たゼルバムは少し意外そうな顔を見せた。


「第三、第五、第六分隊は南西の商業区へ向かい、そこで戦う部隊に加勢しろ。第七、第八、第十分隊は西側へ行き、敵の侵攻を防げ!」

『ハイッ!』

「残る第一、第二、第四分隊は私と此処で待機だ」


 カルディヌが指示を出すと各分隊長は自分達の担当場所へ向かう為に待機している部下達の下へ向かう。戦いの準備をする分隊長達をマナティアとナルシアは動かずに黙って見ている。なぜなら第一、第二、第四分隊はカルディヌ、マナティア、ナルシアが隊長を務めている部隊だからだ。

 分隊長達が準備を進めているとカルディヌの下に一人の帝国兵が駆け寄って来た。カルディヌは帝国兵に気付くと視線を分隊長達から帝国兵に向ける。


「カルディヌ殿下、待機している飛竜団が自分達はいつ戦場に出ればよいのかと言っておりますが、いかがいたしましょうか?」

「飛竜団か……」


 帝国兵の言葉にカルディヌは腕を組みながら俯いて考える。飛竜団は連合軍の戦力を確認した後、敵の本隊に奇襲を掛けさせる為に待機させておいたが、敵に町に侵入されてしまった以上、本隊への奇襲を回している余裕はない。カルディヌはしばらく考えた後、ゆっくりと顔を上げた。


「……飛竜団のスモールワイバーンは炎のブレスを吐くのだったな?」

「ハ、ハイ」

「なら、待機している飛竜団を全て出撃させて侵攻するゾンビ達を攻撃させろ。アンデッドであるゾンビには火属性の攻撃が有効だからな」

「承知しました」

「あと、この広場で待機している魔術隊の中で火属性と光属性の魔法が使える者達を前線に向かわせろ。彼等が戦力に加われば前線で戦っている部隊の士気も高まり、有利に戦えるはずだ」

「分かりました、すぐに指示を出します」


 帝国兵は力の入った声で返事をしてから走って行く。帝国兵はどんな戦場でも冷静に状況を確認して指示を出し、前線で戦っている者達の為に本部にいる魔法使い達を前線に送るよう指示を出すカルディヌを尊敬していた。

 カルディヌの指示を間近で聞いていたマナティアとナルシアも同じ様に尊敬の気持ちを抱いている。ただ、ゼルバムだけは目立つカルディヌを不満そうな顔で見ていた。


(チッ、カルディヌめ、兄である俺を無視して勝手に指示を出しおって……しかし、この流れだとラーナーズの町と同じような結果になる可能性が高い。もし危険な状態になったら東門から脱出できるようにコッソリと準備をしておくか……)


 最悪の結果の予想してゼルバムはカルディヌ達に気付かれないように脱出の計画を立てる。カルディヌ達はそんなゼルバムの企みも知らずに戦いの準備を進めていた。


――――――


 町の南西にある商業区、その中心にある広場で帝国軍は侵攻して来た連合軍のゾンビ達と交戦している。剣や槍を持つ者はゾンビ達に近づいて戦い、弓兵や魔法使い達は矢や魔法を放って遠くから攻撃していた。

 帝国兵達は鋭い表情を浮かべながら同じ帝国兵の姿をしたゾンビに攻撃する。ゾンビ達は知性が無い為、攻撃を防御する事ができずに帝国兵達の攻撃を全て受けた。だが、ダメージを受けている様子は無く、相手の攻撃が終わると持っている武器や腕を振り回して反撃する。帝国兵達はそんなゾンビ達の攻撃を持っている武器で防いでいた。


「クソォ、なかなか倒れねぇぞ、コイツ等!」

「体や手足は狙うな! ゾンビどもの弱点は頭だ。頭を攻撃するか、首を刎ねるかして攻撃しろ!」


 ゾンビを倒す事に苦労している帝国兵に別の帝国兵がアドバイスをする。そのアドバイスを聞いた帝国兵達は言われたとおり、頭部を狙って攻撃しゾンビを倒していく。後方にいる弓兵や魔法使い達も頭を狙って矢を放ち、アンデッド族モンスターの弱点である火属性や光属性の魔法を放って攻撃した。

 しかし、いくら倒してもゾンビ達の数は減らず、新しいゾンビが次々と広場に入って来る。逆に帝国兵達は多くのゾンビと戦ったせいで疲労が溜まっていき、徐々に動きが鈍くなっていく。少しずつだが戦況は帝国軍の不利へと傾いていった。


「マズいぞ、このまま戦い続ければいつかはこちらの体力が尽きて動けなくなる。何とは体力が尽きる前にゾンビどもを片づけなくては……」


 帝国騎士が騎士剣を構えながら周囲にいるゾンビ達を睨む。彼も何体ものゾンビと戦い、その全てを倒してきたが、そのせいでかなり疲労が溜まっている様子だった。彼の周りにいる数人の帝国兵も剣や槍を構えながら少し疲れた様子でゾンビ達を睨んでいる。


「隊長、どうしますか? 一旦後退して体勢を立て直しますか?」

「馬鹿者、そんな事をすればゾンビどもにこの広場を制圧されてしまう。既に商業区の半分近くが制圧されているのだぞ? ここで後退する訳にはいかんん」

「しかし、このままでは……」


 体力が消耗している状態で戦い続けるのは危険と考える帝国兵の言葉に帝国騎士は黙り込む。確かに帝国兵の言うとおり、このまま戦い続けるよりは一度後退して救援を要求し、体勢を立て直した方がいいだろう。だがそれでは連合軍の侵攻を許す事になる。連合軍を押し返すには何としてもこの広場を守り切らなければならない。どうすればよいのか帝国騎士は必死に考えた。

 帝国騎士が考えている間もゾンビ達は圧倒的な数で帝国兵達を少しずつ押していく。帝国騎士は押されている帝国兵達を見て僅かに焦りの表情を浮かべる。すると、帝国兵達の後方から一つの火球が飛んで来てゾンビの一体に命中した。ゾンビに当たった火球は爆発し、周りにいる数体のゾンビも巻き込む様に吹き飛ばす。

 突然の火球に驚く帝国騎士や帝国兵達は火球が飛んで来た方を見る。そこにはメタンガイルの町を拠点としている大勢の冒険者達の姿があり、戦士やレンジャー、魔法使いなど様々な職業クラスを持って冒険者の姿あった。


「あれは、冒険者達か」

「た、助かったぞ」


 帝国兵達は現れた冒険者達を見て安心の笑みを浮かべた。冒険者は国同士の戦いに直接参加する事はできないが、自分達がいる町が敵国の軍隊に襲われた時は自身や家族、町を護るという理由で戦う事ができる。彼等も町を護る為に帝国軍に加勢しにやって来たのだ。

 冒険者達は広場のあちこちにいるゾンビ達を見て目を鋭くする。人間が相手なら町を護る為とは言え、命を奪うのに抵抗があったが、今自分達の目の前にいるのはゾンビなので抵抗は一切感じられず、冒険者達は全力で戦う事ができた。


「いくぞ、皆! 町を護る為にゾンビどもを一体残らず片づけるんだ!」


 一人の戦士の姿をした冒険者が剣を片手に叫ぶ。すると他の冒険者達は揃って声を上げ、一斉にゾンビ達に向かって走り出す。冒険者達はそれぞれ自分達の得意な戦い方でゾンビを攻撃し、少しずつ確実に数を減らしていく。

 冒険者達が戦う姿を見た帝国兵や騎士達も冒険者に負けていられないと感じたのか戦意が戻り、武器を握ってゾンビ達に突っ込む。冒険者が合流した事で帝国軍の戦力は高まり、ゾンビ達を少しずつ押し戻していった。

 帝国軍の戦力が増えた事で連合軍のゾンビの数は少しずつ減って来ている。この調子なら広場にいるゾンビを全て倒す事ができると帝国兵や冒険者達は考えていた。すると、広場に一つの大きな影が飛び込む様に入って来てゾンビと交戦中の冒険者にぶつかり大きく突き飛ばす。飛ばされた冒険者は民家の壁に叩きつけられてそのまま動かなくなった。

 冒険者達は仲間が突き飛ばされた光景を見て目を見開きながら驚く。だがすぐに我に返りぶつかった影の方を向いた。そこにはデスレオーンとその背中に乗るマインゴの姿があり、帝国兵や冒険者達は見た事の無い、そして周りのゾンビとは明らかに雰囲気の違う二体のモンスターに緊迫した表情を浮かべる。


「これはこれは、随分と激しい戦いにな、なっているようですね、グヘッグヘッ」


 広場の様子を見たマインゴが大きく口を開けながら楽しそうに語る。帝国兵や冒険者達は言葉を話すマインゴを見て意外そうな反応を見せた。アンデッド族モンスターが自分達と同じように喋るなんて思ってなかったようだ。そして不思議な事にマインゴが現れてからゾンビ達は攻撃をやめて大人しくなっていた。


「貴様、貴様がこのゾンビ達を操っているのか?」


 帝国騎士の一人が前に出て大声でマインゴに尋ねる。声を掛けられたマインゴは笑顔のまま帝国騎士の方を向いた。


「ハイ、そ、そのとおりですぅ。私はマインゴ、このゾ、ゾンビ達の指揮を取っているも、者です」

「ゾンビどもを指揮……まさか、我が軍の兵士達をゾンビに変えたのはお前か?」

「ハイ、そうです、グヘッグヘッ」


 マインゴは帝国騎士の質問に嘘をつく事無く素直に答えた。帝国騎士や他の帝国兵、冒険者達はマインゴの言葉に驚きの反応を見せる。同時に同じデカンテス帝国の人間をゾンビに変えたマインゴに強い怒りを感じた。


「おのれぇ、我らの仲間を殺しただけでなく、アンデッドに変えて戦いに利用するとは許せん! 仲間の仇を討つ為、そしてアンデッドに変えられた者達の無念を晴らす為に貴様を此処で倒す!」

「そうで、ですかぁ? では私達も全力で抵抗さ、させていただきますぅ」


 笑いながらマインゴは腹を掻き、そんなマインゴを帝国騎士達は鋭い目で睨んだ。

 広場にいる帝国兵達はマインゴがゾンビに変えた帝国兵達がゼルバムの独断で死んだ事、ダークが彼等にゼルバムに復讐する機会を与える為にゾンビに変えさせた事を知らない。その為、彼等には連合軍が戦いで利用する為だけにゾンビに変えたと思っている。しかし、ダークも復讐の機会を与えるという理由以外にも戦力を補充する為にゾンビに変えさせたので帝国兵達の考えも間違ってはいなかった。

 マインゴはダークの考えやゾンビとなって帝国兵達の死の真実を伝えようとせずに戦う事にした。真実を話してもモンスターである自分の言葉など誰も信じないと思っていたからだ。

 自分を睨みながら武器を構える帝国騎士達を見てマインゴはデスレオーンからゆっくりと降りて一歩前に出る。そして持っている肉切り包丁を空に向かって掲げた。


「冒険者と共闘して帝国軍はかなり力がた、高まっているようですし、こ、こちらも力を強化す、する事にしましょう……死霊王の呼び声」


 マインゴは笑顔のまま僅かに力の入った声を出す。すると肉切り包丁から赤い光と低い男の声の様な音が広場に広がっている。光が広場全体に広がると、広場にいるゾンビ達の目が赤く光り出す。ゾンビだけでなく、マインゴが乗っていたデスレオーンも目を赤く光らせていた。

 帝国兵達は目を赤く光らせるゾンビ達を見て様子がおかしい事にすぐに気づき、武器を構え直して警戒する。その直後、大人しくしていたゾンビ達は一斉に帝国兵達に向かって歩き出した。迫って来るゾンビ達を見て帝国兵達も一斉にゾンビ達に向かって走り出す。

 一人の帝国兵がゾンビに近づき剣を勢いよく振って攻撃する。先程と同じように頭部を狙って攻撃すればすぐにゾンビを倒されると帝国兵達は思っていた。ところが、帝国兵の剣がゾンビの首に触れた瞬間、帝国兵は目を見開いて驚く。帝国兵の剣の刃はゾンビの首に浅い傷を付けただけで首を刎ねる事ができなかったのだ。

 少し前までは楽々と首を刎ねていたのに今度は刎ねる事ができなかった、帝国兵は驚きのあまり隙を見せてしまう。ゾンビはその隙を見逃さず、持っている剣で帝国兵を切り捨てる。切られた帝国兵は仰向けに倒れて動かなくなった。

 他の場所でも帝国兵や冒険者達がゾンビの首を刎ねたり、頭部を破壊する事が難しくなっている事に驚いている姿があり、そんな彼等にゾンビ達は容赦なく攻撃する。ゾンビ達はいつの間にか強くなっており、そんなゾンビ達に帝国兵や冒険者達は驚きを隠せずにいた。


「グヘッグヘッ、ゾンビ達の強化は上手くいったようですねぇ」


 広場の戦いを眺めていたマインゴは楽しそうに笑っている。実はゾンビが強くなった理由は先程マインゴが使った死霊王の呼び声にあったのだ。

 <死霊王の呼び声>はマインゴの種族、コープスレサーチャーの様な一部の上級アンデッド族モンスターが使う事のできる能力の一つ。この能力を発動すると自分の周囲にいる他のアンデッド族モンスターのステータスを一定時間強化する事ができるのだ。更に魔法の耐久力も強化され、アンデッド族モンスターの弱点である火属性や光属性の魔法によるダメージも軽減する事ができる。

 マインゴが死霊王の呼び声を使った事でゾンビ達のステータスが強化され、帝国兵達の攻撃を受けても首を刎ねられる事も無く生き残る事ができたのだ。しかし、帝国兵や冒険者達はその事を知らない為、突然強くなったゾンビ達にかなり動揺している。そんな帝国兵達に構う事なくゾンビ達は攻撃を続けた。

 帝国兵や接近戦を得意とする冒険者達は必死にゾンビを倒そうとするが、なかなか倒れないゾンビ達を見て次第に恐怖を感じるようになる。そんな怯えている帝国兵や冒険者達を数体のゾンビが囲み、一斉に攻撃して命を奪っていった。


「どうなってるんだ? さっきまで楽に倒せたはずのゾンビが何で強くなってるんだ!?」

「そんな事は後で考えろ! 今はゾンビどもを倒す事が先だ!」

「わ、分かった。火弾ファイヤーバレット!」

光球ライトボール!」


 後方にいた魔法使いの冒険者達は前線で戦う帝国兵や仲間の冒険者達を援護する為に魔法を放って攻撃する。放たれた火球は光球は迫って来るゾンビ達に命中し、それを見た魔法使い達は笑みを浮かべた。

 だが、魔法を受けたゾンビ達は倒れる事無く歩き続け、魔法使い達は弱点の属性魔法を受けても倒れないゾンビを見て表情を急変させる。下級アンデッド族モンスターは弱点の属性魔法を打ち込めば大抵一撃で倒せるくらい弱い。だが、目の前にゾンビ達は魔法が命中してもダメージを受けた様子はあるが倒れない為、冒険者達は驚きを隠せずにいた。


「ど、どうなってやがる! どうして弱点の魔法を受けても倒れねぇんだ!?」

「知らねぇよ。まさかアイツ等、魔法に強いアンデッドなのか?」

「そんな奴いる訳ねぇだろう! クソォ、どうすればいいんだ!」

「……そうだ! 死者退散ターンアンデッドを使える神官はいないのか?」

「此処にはいないわよ!」


 ゾンビ達が倒れない光景に冒険者達は冷静さを失い混乱する。ゾンビ達はそんな冒険者達に徐々に迫っていき、混乱する冒険者達を攻撃した。仲間がゾンビに倒された光景を見て冒険者達は更に混乱し、殆どの冒険者がまともに戦えない状態となってしまう。

 強化されたゾンビ達に押されていく帝国兵や冒険者達をマインゴは楽しそうな笑みを浮かべながら見ている。別に彼は混乱したり、ゾンビ達に倒されていく敵を見て楽しんでいる訳ではない。コープスレサーチャーはどんな時でも笑みを浮かべているモンスターである為、マインゴも戦場を見て笑っているのだ。


「これならもう押し戻される事はな、無いでしょう。ですが、何が起こるか分からないのがせ、戦場とダーク様は仰っておりました。で、ですからダメ押しの一手を……」


 マインゴは不測の事態が起きた時の事を計算し、もう少しだけ広場にいる連合軍の戦力を強化する事にした。


召喚魔法サモンマジック・リビングデッド」


 肉切り包丁を持たない方の手を前に出してマインゴは魔法を発動させる。するとマインゴの足元に六つの紫色の魔法陣が展開され、そこから湧き上がる様に六体のゾンビが姿を現す。だがそのゾンビは広場で帝国軍と戦っているゾンビとは雰囲気が違っていた。腐敗した体は同じだが、ボロボロの長袖長ズボンの姿をしており、歯や爪は鋭く尖っている。明らかに普通のゾンビではなかった。

 <召喚魔法サモンマジック・リビングデッド>は中級アンデッド族モンスターのリビングデッドを最大六体まで召喚する事ができる闇属性の中級魔法だ。召喚されたリビングデッドのレベルは40から45の間で物理攻撃力と物理防御力が高く、更に走る事もできる。ただ、ネクロマンサーのような闇を司る職業クラスを持つ者しか習得できないので使える者は殆どいない。

 召喚されたリビングデッドは呻き声を上げながら遠くにいる帝国兵や冒険者達を見ている。マインゴはリビングデッド達がちゃんと召喚されたのを確認すると肉切り包丁を敵に向けた。すると、リビングデッド達は一斉に走り出し、鋭い爪で帝国兵や冒険者の体を切り裂く。

 突然現れた雰囲気の違うゾンビに帝国兵や冒険者達は驚き隙を見せる。そこへゾンビやリビングデッド達はすかさず攻撃を仕掛けて次々と広場にいる敵を倒していった。


「これで、この広場の戦力がま、負ける事は無いでしょう。レベル40代のモンスターが六体加わるだけでかなり違いま、ますからねぇ」


 リビングデッド達が帝国兵や冒険者達を倒している姿を見てマインゴが呟く。もう自分がいる広場のゾンビ達が帝国兵達に負けるとはマインゴは微塵も思っていなかった。

 マインゴが死霊王の呼び声と召喚魔法を使ってから十数分後、広場にいた帝国兵や冒険者達は全て倒され、広場は連合軍によって完全に制圧された。


――――――


 同時刻、町の西側にある大きな街道では大勢のゾンビ達が東へ向かって進軍している。帝国兵達は街道にバリケードを作り、その内側から魔法や矢を放って遠くのゾンビ達を攻撃していた。弓矢を持たない帝国兵もゾンビ達が近づいて来た時にすぐに攻撃できるよう剣や槍を構えて待機している。

 弓兵の放った矢はゾンビに命中してはいるが、距離が遠いせいか上手く頭部などの急所には当てる事ができず倒すのに苦労していた。一方で魔法使い達が放つ魔法はゾンビに命中さえすれば倒す事ができるので弓兵達よりも効率よく倒す事ができている。しかし、魔力が尽きれば魔法は使えなくなるので弓兵達の様にいつまでも攻撃する事はできなかった。


「クソッ、何体倒しても数が減らない。一体何体いやがるんだ」

「知らねぇよ! そんな事よりも今は奴等を倒す事に集中しろ」


 弓兵達は表情を歪めながらゾンビに向かって矢を放つ。放たれた十数本の矢の内、二、三本はゾンビの頭部に命中してゾンビを倒す事ができたが、残りの矢は全て胴体や手足に命中した。

 魔法使いが放つ火球や光球もゾンビに命中し、一体ずつ確実にゾンビを倒してはいるが侵攻するゾンビ達の勢いは全く変わらなかった。そんなゾンビ達を見て帝国兵達の顔には少しずつ焦りが出始める。

 帝国兵達が必死にゾンビ達を応戦するがゾンビ達は止まらず、遂にバリケードの前まで距離を詰めた。ゾンビ達はバリケードの隙間から奥にいる帝国兵達に向けて手を伸ばしたり、持っている武器を振って攻撃するが帝国兵達は既にバリケードから離れている為、ゾンビ達の攻撃は届かなかった。

 バリケードの外側にいるゾンビ達に帝国兵達はリーチの長い槍を使って攻撃する。近づきすぎてゾンビの攻撃を受けたり、捕まったりしないようにする為だ。


「頭部を狙って攻撃しろ! 頭部以外を攻撃しても大したダメージは与えられないぞ」


 隊長らしき帝国騎士の言葉に従い、帝国兵達はゾンビ達の頭部を集中的に狙って攻撃する。槍先がゾンビの額や目元を貫き、攻撃を受けたゾンビ達はバリケードにもたれるように倒れて動かなくなった。そんな攻撃を繰り返し、帝国兵達はバリケードに張り付くゾンビ達を倒していく。

 だがゾンビの数はかなり多く、倒してもその後ろから別のゾンビが前に出てバリケードに張り付いてくる。帝国兵達も休む事なくゾンビ達を攻撃するが、ゾンビの数は一向に減らない。


「いつまでこうしてりゃいいんだよ!?」

「こうなったら魔法で一気にゾンビどもを吹き飛ばすか?」

「ダメだ! そんな事をしたらバリケードも吹っ飛んじまう」


 帝国兵達は槍を突きながら別の攻撃方法がないか考える。だが、いくら考えてもいい方法が思い浮かばず、結局槍で少しずつゾンビの数を減らしていく作戦のまま戦う事になった。

 しばらく攻撃を続けたが戦況は変わらない。既にバリケードには多くの動かなくなったゾンビが寄り掛かっており、他のゾンビ達も呻き声を上げながらバリケードに体重を掛けている。帝国兵達の顔にもゾンビ達と長時間戦っていた事で疲れが出始めた。

 すると、突然バリケードがギシギシと音を立てて始める。音を立てながら揺れるバリケードを見た帝国騎士は目を見開いて驚いた。


「いかん! バリケードが軋んでいる。ゾンビどもが長い事体重を掛けていたせいで壊れ始めたんだ!」


 バリケードが壊れかけている事を帝国騎士が口にすると近くにいた帝国兵達も目を大きく開けて驚く。帝国騎士の言葉が聞こえていない帝国兵達は攻撃を止めずに槍でゾンビ達を刺し続けていた。

 ゾンビ達はバリケードに張り付きながら体重を掛け続けるとバリケードは更に大きな音を立てる。バリケードも所詮は丸太で作った強度の低い物、何十体ものゾンビの体重に耐える事などできるはずがない。


「マズい、このままでは……」


 帝国騎士が最悪の状態を想像して一方後ろに下がる。すると、バリケードの一部である丸太が大きな音を立てて曲がり、それを見た帝国騎士や帝国兵達は一斉に驚愕の表情を浮かべた。


「ぜ、全員後退しろ! もうバリケードは持たない、奥にある騎士団の訓練場まで撤退するんだ!」


 これ以上は耐えられないと判断した帝国騎士は帝国兵達に後退を指示する。帝国兵達は帝国騎士の指示を聞くと慌ててバリケードから離れた東の方へ走って行く。その直後、バリケードは崩壊して多くのゾンビ達はバリケードの奥へと侵攻する。帝国兵達は走りながらバリケードを越えて来たゾンビ達を悔しそうに見ていた。

 ゾンビ達は走って後退する帝国兵達の後を追う様に街道を歩いて行く。そんなゾンビ達の中を馬に乗りながら先へ進むファウの姿があった。


「……防衛線をこうもアッサリと突破するなんて、今まではゾンビなんて大したモンスターじゃないと思ってたけど、これだけの数が集まるとこんなに厄介だったんだ」


 ファウは馬に乗りながら周りにいるゾンビ達を見下ろす。一体や二体なら大して脅威ではないモンスターも何十体も集まり、それが一斉に襲い掛かれば中級モンスターと同じかそれ以上に恐ろしい存在となる事を知り、ファウは下級モンスターでも軽く見ないようにしようと考えを改めた。

 ゾンビ達は街道を進み、帝国兵達が逃げた帝国騎士団の訓練場がある場所へと向かう。ファウはゾンビ達が進む先を見て表情を僅かに鋭くした。


「この先は訓練場、確か訓練場は本部の近くにあったはず……と言う事は、もうすぐ本部に辿り着くと言う事ね」


 ファウは薄暗い街道の奥を見つめながら呟く。本部には自分の上官だったカルディヌと紅戦乙女隊の仲間達、そして自分を殺そうとした憎きゼルバムがいると考えて、ファウは無意識に手綱を強く握る。ゼルバムの事を考えた事でファウの中から強い怒りが込み上がってきた。


「待ってなさいよ、ゼルバム。あの時の借りはしっかりと返すからね!」


 ゼルバムへの怒りを胸にファウはゾンビ達と街道を静かに進んで次に防衛戦である訓練場へと向かった。


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