第百八十六話 死の復讐者達
連合軍の陣地では待機しているファウとマインゴが西門の様子を窺っていた。望遠鏡を使って見張り台や城壁の上で戦うダークとアリシアの姿にファウは驚き、マインゴはニヤリと笑みを浮かべる。
「あ、あの数の兵士をたった二人で……」
ファウは望遠鏡をゆっくりと下ろしながら僅かに震えた声を出す。たった二人で大勢の帝国兵を圧倒しているのだから当然だ。
西門にいるダークとアリシアは見張り台の帝国兵を全て倒すと二手に分かれて城壁に飛び移り、城壁の上にいる敵を次々と切り捨てていく。帝国兵達も驚きながら必死に対抗するが、ダークとアリシアの強さの前に何もできずに倒されてしまう。
帝国兵達はダークとアリシアの圧倒的強さと仲間が倒されていく光景に恐怖を感じ、次々と武器を捨てて城壁の階段を下りて地上へ逃げて行く。ダークとアリシアは逃げる敵を切る趣味は無いので逃げる者は放っておき、向かってくる者だけを倒していった。
鬼神の如く剣を振るダークとアリシアの姿にファウは瞬きをする。この時、ファウはダークが作戦開始前に言っていた言葉の意味を理解した。
「ダーク陛下のお力はベトムシア砦で理解してたけど、まさかアリシア軍団長もあれほどの強さを持っていたなんて……」
「グヘッグヘッ、あ、あんなのはお二人のお、お力のほんのい、一部ですぅ」
「え?」
隣で望遠鏡を覗くマインゴの言葉にファウは視線を西門からマインゴに変える。何十人もの敵を楽々と倒していくほどの力が一部と聞かされて驚いた様だ。
「い、一部って、まさかダーク陛下もアリシア軍団長も全力を出してないって事ですか?」
「ハイ、そのとおりです。グヘッグヘッ」
マインゴは望遠鏡を下ろすとファウの方を向き、笑いながら彼女の質問に答える。ファウはダークとアリシアが未知のマジックアイテムや職業の能力も使わず、しかも全力を出していない状態で優勢に立っている事を知り、呆然としながらマインゴを見つめた。
しばらく固まっていたファウは表情を変えずに西門の方を向いてもう一度望遠鏡を覗き、城壁で戦うダークとアリシアの姿を確認した。既にダークとアリシアは城壁の上にいた帝国兵の半分以上を倒しており、残っている帝国兵達も殆どが逃げの態勢に入っている。
「あ、あのお二人は一体どれほどの力を持っているの……?」
「す、少なくとも英雄級の実力者以上の力を持っておられますぅ」
「え? 英雄級以上?」
ファウはマインゴの意味深な言葉を聞いて再びマインゴに視線を向けた。
「あ、あのぉ、ダーク陛下とアリシア軍団長って、レベルは幾つなんですか?」
「さ、さぁ? 私もそれは分かりません」
マインゴはニヤリと笑いながらファウの質問に答える。本当はダークとアリシアがレベル100である事を知っているが、それをダークの許可無しに話す事は禁じられていた。話せば色々と面倒な事が起こるからだ。
ファウはダークの強さを知る事ができない事に少し残念そうな顔をする。自分の新しい主がどれ程の強さを持っているのか、ダークの部下として、そして一人の騎士として彼女は興味があった。
「……ところで、あたし達はいつまで此処で待機していればいいんですか?」
ダークの強さも気になるが、今は戦いに集中しようとファウは気持ちを切り替えてマインゴに尋ねる。マインゴは西門の様子を確認するとファウに視線を戻して腹をボリボリと掻く。
「に、西門を護る敵を粗方片づけたらこちらにあ、合図が送られますぅ。その時に私達もう、動いてダーク様達と合流しましょう」
「その後に、あたし達はノワールさんが転移魔法で呼び出した例の戦力を使って町を制圧するんですね?」
「ハイ、そ、そのとおりですぅ」
西門の敵を倒したらいよいよ自分が戦う番、ファウは真剣な表情を浮かべながらその時を静かに待つ。もっともダークとアリシアの強さを考えれば自分の出番はすぐにやって来るだろう、ファウはそう感じていた。
その頃、ダークとアリシアは得物を片手に城壁の上で他に敵がいないか周囲を確認していた。城壁の上には西門を護っていた帝国兵や帝国騎士の死体が大量の転がっており、その中にダークとアリシアが立っていた。
「……城壁の上にいる敵はこれでほぼ全て片付いたな」
見張り台の右側の城壁の上にいるダークは大剣を肩に担ぎながら城壁の上に自分以外誰もいない事を確かめる。倒れている帝国兵の死体は全てダークに付けられた切傷があるのにダーク自身には掠り傷一つ付いていない無傷状態だった。
左側の城壁の上にいるアリシアもダークと同じように無傷の状態で周囲を確認していた。ダークは自分のいる城壁に敵がいない事を遠くにいるアリシアに手を振って伝える。それを見たアリシアもフレイヤを持っている方の手を振って全ての敵を倒した事をダークに伝えた。
「ノワール、やれ!」
「ハイ、マスター」
見張り台、城壁の上の帝国兵達を全て倒すとダークは門の外側で宙に浮いているノワールに合図を送るよう指示を出す。ノワールは真剣な顔で返事をし、右手を夜空に掲げて火球を打ち上げる。月明かりが殆どない闇夜でノワールの放った火球はとても明るく見えた。
連合軍の陣地では西門から空に向かって打ち上げられる火球が見え、それを見たファウはふと反応し、マインゴも笑顔を浮かべながらファウの方を向いた。
「ノワール様からの合図です。わ、私達も町へ突撃し、しましょう」
「分かりました」
合図を確認し、ファウとマインゴはメタンガイルの町へ向かう準備に取り掛かる。ファウは近くに停めてあった馬に乗り、いつでも馬を走らせる事ができるようにした。
マインゴはファウから少し離れた所に移動し、そこにいる一匹のモンスターの背にまたがった。そのモンスターは2m程の大きさで茶色い鬣と無数の傷がついた黄土色の肌を持った雄ライオンがゾンビ化した様なモンスターだ。モンスターはマインゴが乗るとギョロっと目を動かしながらノシノシと歩き出し、ファウの隣まで移動する。
「マ、マインゴさん、そのモンスターは?」
ファウは見た事の無い不気味なモンスターに驚きながら尋ねる。するとマインゴは笑みを浮かべながらモンスターの頭を撫でた。
「これはデスレオーンという私が召喚したア、アンデッド族モンスターです。一応、レベル50で結構強いん、ですよぉ。グヘッグヘッ」
「ご、50、英雄級の実力者でも苦戦するレベルじゃないですか……」
マインゴがとんでもないモンスターを召喚できる事を知ってファウは微量の汗を掻く。マインゴが上級アンデッド族モンスターである事はダーク達から聞いているが、同じ上級のアンデッド族モンスターを召喚できるとは聞いていなかったので驚いたようだ。
「では、私達もメタンガイルの町へむ、向かいましょう」
「ハ、ハイ」
準備が整うとマインゴはデスレオーンの腹部を軽く足で叩く。するとデスレオーンはマインゴを乗せたままメタンガイルの町に向かって走り出し、ファウも慌てて手綱を引いて馬を走らせ、マインゴの後を追う。ファウとマインゴが町に向かって出発した数秒後、待機していた青銅騎士達も隊列を崩さずにゆっくりと町に向かって進軍を開始した。
ファウとマインゴがメタンガイルの町に向かっている頃、西門前の広場ではノワールが宙に浮いた状態で地上にいる帝国軍の兵士達、町にいた冒険者達と戦っていた。丸太で出来たバリケードの内側から帝国軍の弓兵や魔法使い、冒険者のレンジャーや魔法使いが弓矢や魔法でノワールに攻撃するが放たれた矢と魔法はノワールに当たる直前に見えない何かに防がれてしまう。
西門前の広場に集まっている帝国兵や冒険者達はノワールに攻撃を当てられない状況に動揺と焦りが混ざった様な表情を浮かべている。その一方でノワールは無表情で広場に集まっている敵を見下ろしていた。
「クソォ、何であのガキに攻撃が当たらねぇんだ!」
「もしかして、防御魔法を使っているんじゃないのか?」
「馬鹿な! 奴が現れてからずっと攻撃してるんだぞ? そんなに長い事持続する防御魔法がある訳ないだろうが!」
帝国兵や冒険者達はノワールに攻撃が当たらない理由が分からずに混乱する。それでもいつかは攻撃が当たると信じているらしく攻撃の手は緩めなかった。そんな帝国兵達をノワールは宙に浮いたまま見下ろしている。
「レベルの低い人の攻撃は僕には効果が無いのに、あそこまで必死にやられると何だが気の毒に思えてきた……」
決して自分に届く事のない攻撃を行っている帝国兵や冒険者達を見てノワールは思っている事を口にする。レベル94で強力な技術を持つ自分にダメージを当てられるのは現時点ではダークとアリシアくらいで目の前にいる帝国兵達では絶対にノワールに傷を負わせる事はできなかった。
いつまでも無意味な攻撃を続けさせて後で絶望を感じさせるのも気が引けると感じたノワールはせめて帝国軍が絶望する前に決着を付けようと考え、両手を帝国兵達の前にあるバリケードの向ける。
「火炎弾!」
ノワールが叫ぶと両手から火球が帝国兵達に向かって放たれる。火球はバリケードの命中すると爆発してバリケードとその後ろにいる帝国兵達を吹く飛ばす。一部のバリケードを破壊するとノワールは再び両手から火球を放ってバリケードや帝国兵達を吹き飛ばしていった。
バリケードから距離を取っている帝国兵達は爆発に巻き込まれなかったが、目の前で吹き飛ばされる仲間を見て驚きの反応を見せている。連続で火球を放つノワールの魔力の多さ、そして火球一発の破壊力の大きさに驚く帝国兵達は攻撃する事を忘れてゆっくりと後退していた。
帝国兵達が後退しているのを確認したノワールは一気にケリを付けようと強力な魔法を発動させようとする。だがその時、ノワールの背後からファウとマインゴが馬とデスレオーンに乗りながら広場に入って来た。
二人の存在に気付いたノワールは魔法の発動を中止し、広場に入って来たファウとマインゴに視線を向ける。ダークとアリシアも城壁の上からやって来たファウとマインゴを見下ろしていた。
「ファウさん、マインゴさん」
「ノワールさん、お待たせしました!」
「ここからは私達が町のせ、制圧を行いますので、どうぞお下がりください」
ファウとマインゴは上空を飛んでいるノワールにあとは自分達がやると伝え、それを聞いたノワールも二人を見下ろしながら無言で頷く。
ノワールは城壁の上から広場を見下ろしているダークの方を向いて目で何かを伝える。ダークはノワールの顔を見ると無言で頷き、それを見たノワールは西門の見張り台と同じくらいの高さまで上昇して両手を横に伸ばす。
「転移門!」
目を閉じながらノワールは最高の転移魔法である転移門を発動させる。すると西門の外側、門の前に大きな紫色の転移門が現れ、それを見た広場の帝国兵達は驚きの表情を浮かべた。ファウも始めて見る魔法に少し驚いた様子を見せており、マインゴはニヤリと笑みを浮かべて転移門を見ている。
ファウや帝国兵達が転移門に注目していると転移門の向こうから呻く様な声が聞こえてくる。声を聞いた帝国兵達は驚きながら武器を構えて警戒した。その直後、転移門の中から一体のゾンビが姿を現し、帝国兵達は一体のゾンビが歩いて来る光景を見た途端に目を丸くする。
「何だ? ゾンビ一体だけ?」
「いきなりデカい転移門が出て来たからもっと凄い事が起きると思って警戒してたんだがなぁ」
「ひょっとして、ハッタリだったのかしら?」
「分かりません」
大きな転移門から出て来たのが一体のゾンビだけだった事に帝国兵や冒険者達は小声でざわつく。連合軍が自分達を脅かそうとしていたのかもしれない、自分達を馬鹿にしているのか、など帝国兵達は思い思いの事を口にする。ファウとマインゴ、そして高い位置から広場を見上げているダーク達はそんな帝国兵達を黙って見ていた。
帝国兵達は一体のゾンビと目の前にいる女騎士、肥満体系のモンスターだけなら楽に倒せる、そう感じながらファウとマインゴに視線を向けた。だが次の瞬間、帝国兵達は自分達の考え方が愚かだったと知らせる。
最初のゾンビが現れたしばらくすると、転移門から大量のゾンビが現れ、呻き声を上げながら帝国兵達の方へ歩いて行く。ゾロゾロと歩くゾンビ達の姿はまるで反対運動を行うデモ隊の様だった。
転移門から出て来たゾンビ達は目の前にいたファウとマインゴには目もくれず、真っすぐ帝国兵達の方へ歩いて行く。迫って来るゾンビの集団を見て帝国兵達は驚愕の表情を浮かべる。しかもよく見ると転移門から出て来たゾンビの殆どが帝国兵の恰好をしていた。それに気付くと帝国兵達は更に驚いた反応を見せる。
「ゾ、ゾンビの大群!? しかも殆どが俺達と同じ帝国兵の姿をしてるじゃねぇか!」
「と言う事は、コイツ等は生きていた時は俺達の仲間だったって事かよ。どうしてゾンビになってやがるんだ?」
「知るか! ただ、岩の巨人や蜘蛛のモンスターを操るんだから、何らかの方法でゾンビを作ったり操る事ができても不思議じゃねぇ」
帝国兵達は近づいて来るゾンビ達を見ながら一斉に騒ぎ出す。仲間がゾンビになったのを見れば驚くのも当たり前だ。帝国兵達が騒いでいるとゾンビ達がバリケードに張り付き、奥にいる帝国兵達を捕まえようと腐敗している手を伸ばす。バリケードの近くにいた帝国兵達は慌てて後ろに下がる。
ゾンビ達は全体重を掛けてバリケードを壊そうとする。バリケードはノワールの魔法によってあちこちが破壊されている為、ギシギシと音を立てており、いつ壊れても不思議ではなかった。
帝国兵達はバリケードが壊れる前に後退しようとした。だが次の瞬間、バリケードが壊れて大量のゾンビ達が帝国兵達に襲い掛かる。武器を持つゾンビは武器で攻撃し、武器を持たないゾンビは腕を振り回して攻撃した。中には帝国兵や冒険者に噛み付いたり、爪で引っ掻いたりして攻撃するゾンビもいる。
襲い掛かって来るゾンビ達に帝国兵達は驚きながらも反撃する。仲間だったゾンビを攻撃する事には抵抗があるが、死んでは何の意味も無いので仕方なく攻撃した。だがゾンビ達の勢いは凄く、数もとんでもないもので帝国兵達は食い止められずに町の奥へと後退していく。ゾンビ達も後退する帝国兵達を追いかけるように侵攻していった。
転移門からはまだ多くのゾンビが出てきており、全員が呻き声を上げながら西門広場を出て街道へ進んで行く。ゾンビの群れの中でファウとマインゴは侵攻するゾンビ達の姿を見ていた。マインゴは笑みを浮かべており、ファウは少し驚いた表情を浮かべながら見ている。
「は、話は聞いていましたが、まさかこれ程とは……一体何体いるんですか?」
「ダーク様は、少しにしておくように、と言ってましたので、と、とりあえず一万体は作りました。グヘッグヘッ」
「い、一万? 全然少しじゃないじゃないですか」
ゾンビの数を聞いてファウは思わず声を上げる。マインゴはそんなファウを見て大きく口を開けながら笑う。
実は転移門から出て来たゾンビ達はダークとファウがバーネストに戻っている間にマインゴが作っておいたゾンビなのだ。作った理由はメタンガイルの町を制圧する為の戦力を補充する為だった。ゾンビを作る為の死体はベトムシア砦の帝国兵達ではなく、アルマティン大平原で死んだ帝国兵達の死体を使うようダークが指示した為、マインゴはわざわざアルマティン大平原に戻って作ったらしい。
ファウはバーネストに向かう前にダークから帝国軍の死体を使ってゾンビを作る事を聞かされていた。その為、ファウはゾンビが帝国兵の姿をしていたも驚く事は無かった。
ビフレスト王国の仲間になったとはいえ、ファウの仲間だった帝国兵達の死体を使ってゾンビを作るのだからダークは先に伝えておこうとバーネストに向かう前にファウに全てを話した。
ダークから帝国兵の死体を使うと聞かされた時、ファウは最初少しだけ抵抗がありそうな顔をしていたが、今の自分はビフレスト王国の戦士である事、そして戦力を補充しなければメタンガイルの町を攻略できないという考えから反対はしなかった。
広場の真ん中でファウとマインゴが会話をしていると上昇していたノワールが下りてきて二人の目の前に移動する。
「お二人とも、お喋りはそれぐらいにして彼等の指揮をお願いします」
「あ、ハイ。分かりました」
「僕やマスター達も青銅騎士達が来たら町の制圧に掛かりますので、それまではお二人にお任せします」
「分かりました」
ノワールの指示を聞いてファウは真剣な顔で返事をし、マインゴも笑いながらコクコクと頷く。
ゾンビ達は街の方へ歩いて行く中、ファウとマインゴは馬とデスレオーンを操り、ゾンビ達と共に街の方へと向かって行く。二人を見送るとノワールは転移門の方を向き、出て来るゾンビ達の様子を確認しながら転移門を閉じるタイミングを待った。
西門の見張り台の上ではダークとアリシアは西門前の広場から街へ侵攻するゾンビの大群を見下ろしていた。ダークは普通に見下ろしているが、アリシアは味方であるとは言え、大量のゾンビがいる広場の光景に少し引いた様な顔をしている。
「凄いな、まるでゾンビ映画のワンシーンの様だ」
腕を組みながらダークはゾンビ達を見て呟く。LMFでも目の前の様な光景は見た事がなかったのでダークは少し楽しそうな様子だった。
「ダーク、大丈夫なのか、あれだけの数を町へ入れてしまって? 彼等がもし町の住民達まで襲ってしまったら……」
「心配ない。奴等には町の住民や抵抗しない者は攻撃するなと命じてある。奴等が襲うのはファウとマインゴが攻撃を指示した相手と向かってくる敵だけだ」
「つまり、彼等は町の住民達には危害を加えないと?」
「ああ」
戦いに関係の無い者は襲わないと聞かされてアリシアは小さく息を吐いて安心する。敵国の人間とは言え、無抵抗な町や村の住民が傷つく姿をアリシアは見たくなかったのだ。
呻き声を上げながらゾンビ達は止まる事無く歩き続ける。アリシアはそんなゾンビ達をジッと見つめる。
「……なぁ、ダーク。どうして帝国兵の死体を使ってゾンビを作り、それを戦力に加えたのだ? 敵兵とは言え、死体をゾンビに変え、戦いに利用する様なやり方を貴方は好まないはずだ」
アリシアはチラッと視線をダークに向けてなぜゾンビ達を利用したのかを尋ねる。ダークはアリシアの方を一度見てから再びゾンビ達に視線を戻した。
「戦力を補充する為だ。バーネストに戻る前に話しただろう?」
「嘘だな。戦力を補充する為ならバーネストにある英霊騎士の兵舎を使って新しい騎士を召喚すればいいだけの話だ。わざわざ自分の好まないやり方で戦力を補充する理由がない」
ダークが何の意味も無く自分の好まないやり方で戦力を補充するはずがないとアリシアは分かっていた為、すぐにダークの嘘を見抜く事ができた。アリシアは既にノワールと同じくらいダークの事を理解している存在となっていたのだ。
アリシアの言葉にダークはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく笑いながらアリシアの方を向いた。
「確かに君の言うとおり、ただ戦力を補充する為だけにマインゴにゾンビを作らせたわけじゃない。別の理由があって私は帝国兵達をゾンビにした」
「その理由とは?」
帝国兵達をゾンビに変えて戦力に加えた理由、アリシアはダークの方を向いて尋ねた。すると薄っすらと目を光らせてアリシアの方を見る。
「あのゾンビ達がアルマティン大平原で死んだ帝国兵達の死体を使ったというのは知っているな?」
「ああ」
「実はラーナーズの町を攻略する前にアルマティン大平原で捕らえた捕虜の帝国騎士からある話を聞いたのだ」
「ある話?」
「ああ……アルマティン大平原で帝国軍の中央部隊が突撃してきたのを覚えているか?」
ダークに訊かれてアリシアはアルマティン大平原での戦いの事を思い出す。確かにあの時、三つに分けられていた帝国軍の部隊の内、中央部隊は連合軍に向かって突撃してきた。未知のモンスター達を前に他の二つの部隊と連携も取らずに敵に突っ込むという愚行にダーク達も驚いたが慌てる事なく迎撃する。中央部隊の行動がきっかけとなり帝国軍は混乱し、結果アルマティン大平原での戦いは連合軍の勝利に終わった。
「確かにあの時、帝国軍の中央部隊は右翼と左翼の部隊を置いて私達に向かって来たな……」
「……捕虜の話では、あの中央部隊の突撃はゼルバムの判断で行われたようだ」
「何?」
中央部隊の突撃がゼルバムの指示だと聞かされてアリシアは反応する。敵の情報を得ていない状態で部隊を突撃させたのが帝国皇子の命令だと聞いてアリシアは少し驚いていた。
「それは確かなのか?」
「ああ、間違いない。何しろその捕虜が中央部隊の部隊長を務めていた騎士の一人なんだからな」
「そうだったのか……」
「ゼルバムは独断で中央部隊を動かし、我々に突撃して来た。その結果、中央部隊だけでなく、アルマティン大平原にいた帝国軍の兵士のほぼ全てが命を落とした。つまり、帝国軍に甚大な被害が出た原因はゼルバムにあると言う事だ」
「成る程……」
「もっとも、直接彼等の命を奪った私にこんな事を言う資格は無いだろうがな」
自分の言葉に対してダークは面白可笑しく語る。アリシアはそんなダークは真剣な表情を浮かべながら見ていた。
「ゼルバムが独断で突撃を命じなければ帝国軍は勝てたかもしれないし、被害ももっと少なくて済んだかもしれない、と捕虜の帝国騎士はゼルバムに対する恨み言を言っていた。あの戦いで死んだ帝国兵達の中にもゼルバムに対して恨みの念を抱いている奴もいるはずだ。まぁ、私の勝手な思い込みだがな」
「……」
「私はこちらの戦力を補うついでにそんな彼等の恨みを晴らす手助けをしよう思ったんだ」
「だから、アルマティン大平原で死んだ帝国兵達の死体を使ってゾンビを作ったのか。ゾンビとして蘇った彼等に復讐の機会を与える為に」
「そういう事だ。彼等がそれを望んでいるかは知らないが、もし望んでいたのなら、ゼルバムに対する恨みも少しは晴らせるはずだ。私自身もベトムシア砦での借りを返したいと思っていたしな」
アリシアはダークが帝国兵達をゾンビに変えた理由を知り、納得した表情を浮かべながら腕を組む。
交戦国の兵士が愚かな皇子のせいで命を落としてしまい、その恨みを晴らす手助けをする為にゾンビとして蘇らせてゼルバムがいるメタンガイルの町を襲撃させる。帝国軍の敵であり、帝国兵達の命を奪った自分達が帝国兵達の恨みを晴らす手助けをすると言うのは何ともおかしな話だが、アリシアはそこにダークの小さな情けがあると感じていた。
「ところでダーク、戦いが終わった後、あのゾンビ達はどうするつもりだ?」
「無論、全てマジックアイテムで浄化する。敵国の兵士とは言え、いつまでもゾンビにしておくつもりはない」
ダークの答えを聞いてアリシアは小さく笑みを浮かべた。敵国の兵士とは言え、用が無くなった後もずっとゾンビのまま放っておくのは流石に酷すぎる。もしダークが放っておくと答えた場合は流石にアリシアもダークに異議を唱えていただろう。
ゾンビの大群はダークとアリシアが会話している間も呻き声を上げながらゾロゾロと広場から街へと移動していく。やがて転移門から最後のゾンビが出て来るとノワールは転移門を閉じてダークとアリシアの下へ移動した。
「マスター、全てのゾンビが町に入りました。あと、ファウさんとマインゴさんと一緒にいた青銅騎士達も町に到着しました」
ノワールの言葉にダークとアリシアは見張り台の上から町の外を見る。確かに青銅騎士達は隊列を崩さずに西門の前まで来ていた。
待機させていた青銅騎士達が合流したのを確認したダークはアリシアとノワールの方を向き、背負っている大剣を抜いた。
「青銅騎士達が合流した訳だし、私達もそろそろ動くとしよう。ファウとマインゴはゾンビ達を率いて町の中心に向かって進軍している。私は五百の戦力を率いて東門に向かい、そこを制圧する。アリシアは此処に残り、西門の確保と町の外からの敵の増援、襲撃を警戒していてくれ。それともしファウとマインゴから増援の要請があったら騎士達を送ってやれ」
「分かった」
「ノワールは町の上空から敵の位置や動きなどを見張り、何かあったら各部隊に知らせろ。あと、帝国の飛竜団が動いたらソイツ等の相手も頼む」
「了解です」
アリシアとノワールはダークから自分達の役割を聞かされると真剣な表情を浮かべて返事をした。
ノワールは町の方を向くとメタンガイルの町を一望できる高さまで上昇する。ダークとアリシアは見張り台から飛び下りて西門前の広場に着地した。普通の人間なら大怪我する高さだが、神に匹敵する力を持つ二人にとっては問題の無い高さだ。
広場に下りたダークとアリシアは西門の方を向き、町の外で待機している青銅騎士達を呼ぶ。青銅騎士達は隊列を少し変えて町の中に入り、広場の真ん中で隊列を組み直して立ち止まる。
ダークは広場に入った青銅騎士達の中から連れていく五百体の騎士を決め、残った騎士の指揮をアリシアに任せる。アリシアは残っている青銅騎士達の内、五千体を広場に残し、残りを町の外に移動させ、西門の警備と周囲の警戒をさせた。
「そろそろ私も出撃する。アリシア、あとは任せたぞ?」
「ああ、敵が現れたら全力で倒してやるさ」
アリシアはダークを見ながら小さく笑って答える。ゾンビ達が町の中心に向かって進軍している状態で帝国軍が西門まで攻め込んでくる可能性は極めて低いが、アリシアは油断せずに西門の護りを務めようと思っていた。
「では、行ってくる」
ダークはアリシアの返事を聞くと五百体の騎士達を連れて広場から移動しようとする。すると、ダークはピタリと足を止めて再びアリシアの方を向いた。
「そうだ、一つ言い忘れていたが、東門を確保したら私も町の中心にある帝国軍の本部へ向かうからな」
「本部に?」
「ああ、ファウ達は帝国軍に本部を目指して進軍している。本部に辿り着いた時、彼女がどんなふうに戦うのか見届けようと思ってな」
「だが、せっかく東門を制圧したのに貴方と貴方の部隊が動いては帝国軍に東門を取り戻されてしまうんじゃないのか?」
「心配するな、本部へ移動するのは私だけだ。五百の戦力はそのまま東門の護りにつける」
東門を離れるのは自分だけで確保する青銅騎士達は残しておくとダークは説明し、それを聞いたアリシアはそれなら大丈夫だと考えて納得の表情を浮かべる。
「分かった。もし増援が必要になったら連絡を入れてくれ」
「ああ」
ダークは返事をすると東門に向かう為、再び五百の戦力を率いて広場から移動する。アリシアはダークと彼の部隊が広場を出ていく姿を見届けると西門前の広場にいる青銅騎士達に指示を出して広場の護りを固めた。
町の南側へと続く暗い街道をダークは静かに歩いて行き、彼の後ろには青銅騎士達が隊列を崩さずに無言でついて行く。暗闇の中を進軍するダーク達の姿は不気味さを感じさせていた。
「……ゼルバム、この戦いでお前を捕らえさせてもらうぞ。これ以上お前の様なクズ野郎の相手をするのも御免なのでな」
その場にいないゼルバムに向けてダークは低い声で語りかける。持っている大剣を肩に担ぎながらダークは静かで薄暗い街道の先を見つめた。
「私欲の為に国に忠誠を誓った者達を見捨てる傲慢な皇子よ、断罪の始まりだ」
ダークは目を赤く光らせながらゼルバムに断罪宣告をし、東門へ向かう為に街道を進んで行くのだった。