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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十四話  変わらない戦況


 帝都ゼルドリックから南南西に数十km離れた位置にある草原。そこには帝国軍の国旗を掲げられたテントが幾つも張られてある。進攻して来た連合軍を迎え撃つ為に南部を護る帝国軍が作った基地のようだ。そして、今その基地の中ではベイガード率いる連合軍と帝国軍の戦いが繰り広げられていた。

 基地にいる帝国軍の戦力は約二千人でほぼ全員が兵士や騎士の様な戦士系の職業クラスを持つ者で構成されており、魔法使いはかなり少なかった。一方で連合軍の戦力は一万人で青銅騎士と白銀騎士のみで構成されている。数では圧倒的に連合軍の方が上だった。因みに草原から少し離れた所では二万の戦力が待機しており、基地での戦いを見守っている。その中にはベイガードとエルギス教国軍の兵士達、そしてビフレスト王国軍の青銅騎士達、ストーンタイタン、砲撃蜘蛛の姿もあった。

 帝国兵達は剣や槍を振り回しながら攻めて来た青銅騎士達を迎え撃つ。だが、帝国兵では青銅騎士に勝つ事はできず、帝国兵は次々と青銅騎士に倒されていった。帝国騎士も必死に戦って青銅騎士を倒してはいるが、一体の青銅騎士を倒すのにかなりの体力を使ってしまい、一体倒した後に次の青銅騎士を相手にすれば簡単に倒されてしまう。戦況は連合軍の優勢に傾いていた。


「クソォ! どうしてこうなった!?」

「連合軍は降伏するんじゃなかったのかよ!?」


 帝国兵達は青銅騎士と戦いながら連合軍が攻めて来た事に対して動揺した様な口調で話す。青銅騎士達はそんな帝国兵達に構う事なく攻撃を続けた。

 実は昨日、南部の各帝国軍拠点にメタンガイルの町から伝達者がやって来て連合軍の総指揮官であるダークが死んだ事を知らせたのだ。各拠点を護る兵士達はダークが死んだという報告を聞いて驚いた。だが同時に総指揮官が死んだ事で連合軍は統率と士気を失って混乱しているだろうと考え、もし自分達のいる所に連合軍がやって来たら総指揮官であるダークが死んだと伝えてから降伏を要求しようと考えていたのだ。

 草原の基地にいた帝国軍も総指揮官を失った事を知れば連合軍は戦う事が出来なくなり、すぐに降伏すると思って一時間前にベイガードの部隊に降伏を要求した。ところがベイガードは降伏を拒否し、一万の戦力を草原を守る帝国軍にぶつけて戦闘を開始し、今に至るという訳だ。

 ベイガード達もザルバーン達と同じように帝国軍と接触する前にノワールからダークが生きている事やベトムシア砦での戦いの事を詳しく聞いており、帝国軍が降伏を要求して来ても拒否して戦いを続けるよう言われていた。だから降伏する事なく戦いを続けたのだ。


「総指揮官が死んだのに、どうして奴等は戦い続けるんだ!」

「そんなの俺が知る訳ねぇだろう、とにかく今は戦う事に集中しろ!」


 連合軍が戦いを続ける理由が分からず、一人の帝国兵が苛立ちの籠った声を上げる。そんな帝国兵の後ろにいた別の帝国兵は青銅騎士の攻撃を防ぎながら戦う事だけ考えるよう注意した。

 青銅騎士は帝国兵の槍をカイトシールドで防ぎながら持っている青白いハンマーを振って反撃する。帝国兵は青銅騎士のハンマーを槍の柄で何とか防ぐがハンマーの攻撃が重くて上手く防げずに体勢を崩してしまう。そこへすかさず青銅騎士がハンマーで攻撃した。ハンマーの頭は帝国兵の左肩にめり込む様に命中する。それと同時に帝国兵の体に青白い電気が走り、帝国兵は大ダメージを受けた。

 全身に電気を受けた帝国兵は口や体中から煙を上げながら仰向けに倒れ、そのまま動かなくなる。青銅騎士が持っているハンマーは雷の力が宿った魔法武器で一撃で帝国兵を倒せるほどの攻撃力があった。

 仲間の帝国兵が倒されたのを見てもう一人の帝国兵は驚きの表情を浮かべる。だがそのせいで隙を作ってしまい、青銅騎士の攻撃を許してしまう。

 青銅騎士が持つ刀身の赤い剣は隙を作った帝国兵の体を切り裂き、同時に切られた箇所が発火して帝国兵の体を焼く。体の痛みと熱さに帝国兵は断末魔を上げ、槍を握りながら倒れる。二人の帝国兵は青銅騎士が持つ魔法武器の前に命を落とした。

 帝国兵を倒した青銅騎士達は次の敵を探す為にすぐに移動した。他の青銅騎士や白銀騎士も敵を倒すと同じように新しい敵と戦う為に移動を開始する。その青銅騎士達の姿に帝国兵達は寒気を感じていた。


「おのれぇ、侵略者どもめぇ!」


 馬に乗る帝国騎士は進軍する青銅騎士達を睨みながら怒りの言葉を言い放つ。デカンテス帝国の人間である彼等からしてみれば連合軍は帝国に攻め込んで来た侵略者でしかなかった。連合軍の人間が見れば先に仕掛けて来たお前達にそんな事を言う資格はない、と言い返すだろうが青銅騎士達は何も言わずに進軍を続ける。


「矢を放てぇ! いきなり接近戦に持ち込むのは危険だ、矢で攻撃した後に近づいて戦うんだ!」


 帝国騎士は後方にいる弓兵に矢で青銅騎士達を攻撃するよう叫ぶ。ダメージを受けていない青銅騎士にいきなり接近戦を挑んだら返り討ちに遭うので先に矢で遠くから攻撃し、ある程度ダメージを与えてから戦おうと帝国騎士は考えたようだ。

 後方にいる弓兵達は弓矢を構えて進軍する青銅騎士達に狙いを付ける。青銅騎士達は構える弓兵達を見ても立ち止まらずに進軍を続けた。そんな青銅騎士達に弓兵達は一斉に矢を放つ。

 放たれた無数の矢は勢いよく青銅騎士達に向かって飛んでいく。だが青銅騎士達は素早く持っているカイトシールドで矢を防ぎ、カイトシールドを持たない青銅騎士は持っている仲間の後ろに隠れて矢から逃れた。

 弓兵達は矢を防いだ青銅騎士達を見て目を見開きながら驚く。矢を放った後に盾を構えて矢を防ぐという並の人間にはできない事をやって見せたのだから無理もなかった。


「おのれ、小癪こしゃくな真似を……次の矢を放てぇ!」


 矢を全て防いだ青銅騎士達に帝国騎士は腹を立てながら弓兵達に再び矢を放つよう命じる。弓兵達は言われたとおり、すぐに次の矢を放つ準備に入った。


「おやめなさい、無駄ですよ」


 突如聞こえて来る男の声に弓兵達は反応し、周囲を見回して声の主を探す。すると、一人の弓兵が上を向いて驚きの反応を見せ、他の弓兵や周りにいる帝国兵達も一斉に上を向いた。

 帝国兵達の視線の先にはモルドールが宙に浮きながら笑って帝国兵達を見下ろしている姿があり、帝国兵達は浮いている初老の男の姿を見て驚く。


「彼等は弓では倒せません。倒すのでしたら剣を使った接近の方がよろしいですよ?」

「き、貴様、何者だ! 連合軍の魔法使いか!?」


 帝国兵士がモルドールを見上げながら騎士剣を向ける。そんな帝国騎士を見てモルドールは愉快そうな笑みを浮かべた。


「ハイ、モルドールと申します。一応、此処にいる連合軍の部隊の指揮官を務めている者です」

「し、指揮官だと? 貴様の様な魔法使いがあの騎士達の指揮官だというのか」

「魔法使いが騎士達の指揮官を務めてはいけませんか?」


 モルドールは笑ったまま帝国騎士に挑発的な態度を取る。帝国騎士はそんなモルドールの態度にカチンと来たのか奥歯を噛みしめながらモルドールを睨んだ。


「お前達、あの魔法使いに向かって矢を放て! 奴を倒せば騎士どもを統率するものがいなくなり、一気にこちらが優勢になるはずだ」


 帝国騎士は弓兵達に青銅騎士ではなくモルドールを狙うように命令し、弓兵達も帝国騎士と同じ事を考えていたらしく一斉にモルドールに狙いを付ける。


「ホッホッホ、良い判断ですね。しかし、私を狙った事で貴方がたは一気に死に近づいてしまいましたよ?」


 モルドールは被っているシルクハットを直しながら手に持っている杖を弓兵達に向ける。すると杖の先に炎が作られ、それを見た帝国騎士や弓兵達は目を見開く。


炎の鞭バーニングウィップ!」


 魔法の名を叫びながらモルドールは杖を大きく横に振った。すると炎は鞭状となって地上にいる弓兵達を次々の薙ぎ払っていく。炎の鞭を受けた弓兵は腕や体を炎で焼き切られ、殆どの者が死んだ。中には運よく生き残った者もいるが数えるくらいしかいなかった。

 モルドールは生き残った弓兵達に向かって再び杖を振り、炎の鞭で攻撃する。その攻撃で生き残っていた弓兵達も倒され、モルドールの視界にいる弓兵は全員命を落とした。

 弓兵を全て倒すとモルドールは炎の鞭を消して笑みを浮かべる。帝国騎士や帝国兵達は弓兵達を一瞬で倒したモルドールの魔法に驚いて固まっていた。


「う、嘘だろう、弓兵達をこんな簡単に……」

「どうするんだよ、またさっきみたいに近づいて戦ったらやられちまうぞ……」


 帝国兵達は弓兵が倒された事で自分達が安全に戦える方法が無くなったと感じたのか士気が低下させて不安の表情を浮かべた。


「ひ、怯むな! 弓兵の支援が無くなったのなら数で補えばいい! 一人の騎士に二人以上で挑め!」


 士気を低下させる帝国兵達に帝国騎士は力の入った声で次の指示を出す。指示を聞いた帝国兵達は不安の表情を浮かべたまま近づいて来る青銅騎士達を見て武器を構えた。


「おやおや、一人の敵に数人で挑むとは、何とも戦士らしくない戦い方ですね? ……まぁ、これは国の存亡を賭けた負けられない戦い、手段を選んでいられないのも仕方ないかもしれませんね」


 宙に浮いたままモルドールは少し困った様な表情を浮かべる。しかし、追い詰められている帝国軍の気持ちも少し理解できる為、彼等の考え全てを否定する事はなかった。

 しかし、負けられないのは連合軍も同じ事だ。帝国軍に勝つ為にもモルドールは素早くこの基地を制圧しようと考え、次の魔法を発動させることにした。


暗黒の壁ダークネスウォール!」


 モルドールは杖を持たない方の手を帝国騎士達に向ける。するとモルドールの手の中に紫色の魔法陣が展開され、それを見た帝国騎士や大勢の帝国兵は武器を構えて警戒した。しかし何も起こらず、帝国騎士と帝国兵達は瞬きをしながら周囲を見回す。だがその直後、帝国騎士達の足元から黒い靄が勢いよく噴き出て帝国騎士達を呑み込む。その靄は巨大な壁のような形をしており、進軍する青銅騎士達の前に立ち塞がる帝国兵のほぼ全員が靄に呑まれた。

 <暗黒の壁ダークネスウォール>はその名のとおり闇の壁を作り出す闇属性上級魔法。何もない所から闇の壁を作り出し、その闇に触れたり呑み込まれた敵に大ダメージを与える。しかも作り出される闇の壁は大きく、大勢の敵を攻撃したり、敵の攻撃を防ぐ時などにも使う事ができる魔法だ。更に一定の確率で敵のステータスを低下させるという追加効果もある。

 闇の壁に呑まれた帝国騎士と帝国兵達は全身の痛みに断末魔を上げるが闇の壁が発生する時に出る音でその声が掻き消されてしまう。やがて帝国騎士達は糸の切れた人形の様に一斉に倒れ、闇の壁が消えるとそこには帝国騎士と帝国騎士が乗っていた馬、大勢の帝国兵の死体が転がっていた。

 普通の兵士が見れば一瞬で倒された帝国兵達の死体に驚いて固まるかもしれないが、青銅騎士達は驚く事無く進軍を続ける。帝国兵達の死体の近くを通る時も死体には目もくれず、前だけを向いて歩いていた。


「さて、これで基地にいる帝国兵は粗方片付きました。そろそろ基地の外に待機しているベイガード様達をお呼びしましょう」


 帝国軍の戦力は殆ど残っていないと判断したモルドールは基地の外で待機しているベイガードの部隊の方を向き、杖を持たない方の手を空に掲げる。そして空に向かって火球を放ち、ベイガード達に合図を送った。

 ベイガードが率いる二万の部隊は遠くで起きているモルドールの部隊と帝国軍との戦いを眺めている。圧倒的な力で帝国軍を押しているモルドールの部隊を見てベイガードやエルギス教国軍の兵士、騎士達は驚きの反応を見せていた。そんな中、帝国軍の基地から何かが空に向かって打ち上げられ、それを見たエルギス教国軍の兵士達はフッと打ち上げられた何かに視線を向ける。


「あれは……」


 エルギス教国軍のテンプルナイトが基地から打ち上げられたものを見て声を出す。その隣には六星騎士の一人であり、南部を進軍する連合軍の指揮官であるベイガードが立っており、同じように打ち上げられたものを見ていた。


「どうやら、モルドール殿からの合図のようだ」

「え? と言う事は、帝国軍の戦力を殆ど片づけたという事ですか?」

「ああ、間違いない」

「し、信じられません。戦力が勝っているとはいえ、こんな短時間で……」

「ダーク陛下の部下であるモンスターならそれが可能なのだ」


 煙が上がる帝国軍の基地を見ながらベイガードはダークの部下であるモンスターや青銅騎士達の強さを語り、テンプルナイトは無言でベイガードの横顔を見つめていた。


「さて、我々も帝国軍の基地へ向かうぞ。全軍に進軍の指示を出せ」

「ハ、ハイ!」


 指示を受けてテンプルナイトは走ってエルギス教国軍の兵士達の下へ向かう。ベイガードも近くにいた馬に乗り、いつでも進軍できる状態となった。

 数分後、指示が全軍に伝わり、ベイガードが指揮する部隊はゆっくりと帝国軍の基地へ向けて進軍を開始した。ベイガードも馬に乗って基地へと向かって行き、ストーンタイタンや砲撃蜘蛛も大きな足音を立てながら歩いて行く。

 ベイガード達が帝国軍の基地に辿り着いた頃、基地内の帝国兵は全員大人しくしていた。どうやら勝てないと判断して降伏したようだ。基地の周りや中には大量の死体が転がっており、そのほぼ全てが帝国兵、帝国騎士の死体だった。

 青銅騎士達は降伏した帝国兵達が暴れないよう見張りをしたり、基地内に張られているテントの中から使えそうな物や作戦の内容などが書かれた書類を集めている。ベイガード達は帝国軍に圧勝した青銅騎士達の姿を見て呆然としていた。


「ご苦労様です」


 ベイガード達が呆然としているとモルドールが笑みを浮かべながらベイガードの下へ歩いて来る。モルドールの声で我に返ったベイガードはフッと近づいて来るモルドールの方を向く。


「モルドール殿……凄いですなぁ、帝国軍の兵力の約三分の二が倒れています」

「ええ、ベイガード様達が来られる前に強力な魔法を使いましたので」

「ハハハハ、我々の出る幕はありませんでしたな」


 苦笑いを浮かべながらベイガードはモルドールの方を見ており、モルドールもシルクハットを直しながら笑みを返した。

 それから合流したベイガードの部隊の兵士達は制圧した基地の周辺を警戒をしながら帝国兵の死体を一ヵ所に集めたり、戦いで倒された連合軍の戦力の確認などを行う。ベイガードとモルドールは部隊長である数人のテンプルナイトを集めてテントの中で見つけた書類の内容を確認する。


「……成る程、帝国領内にいる全ての連合軍が降伏したらビフレスト王国と交渉をし、帝国に都合のいい状態で戦争を終わらせるつもりだったようですな」


 ベイガードは自分が持つ羊皮紙の内容を確認して帝国軍の狙いを知る。モルドールはベイガードの話を聞くとほほぉ、と言いたそうな顔で自分の顎に手を当てた。

 今ベイガード達が見ている羊皮紙はメタンガイルの町から送られてきた作戦指令書だ。帝国軍はダークがベトムシア砦で死んだという情報を伝達者であるワイバーンナイトから直接聞いていたが、今度どのように活動するのかは聞いておらず、詳しい内容が書かれた羊皮紙を渡されたのだ。その羊皮紙がベイガード達が見ている物である。


「やはり彼等はまだダーク陛下が亡くなったと思っているようですね」

「ええ、しかしそれは私達にはとても好都合です。このままダーク様がお亡くなりになったと思わせておき、それでも戦いをやめずに進軍する我々に対して不安を抱かせておきましょう。そうすれば彼等はいつか精神的に追い詰められて大きな隙を作るはずですから」

「確かにそれはいい案かもしれませんね。人間は肉体よりも精神を攻撃された方が大きなダメージを受けますから」


 心理攻撃を仕掛けるというモルドールの考えにベイガードは同意し、周りにいるテンプルナイト達もそれがいいという反応を見せた。モルドールはそんなベイガード達を見て楽しそうに笑う。


「ところでモルドール殿、ダーク陛下はいつまでご自身を死んだ事にしておくつもりなのでしょう?」


 ベイガードは羊皮紙を見るのをやめてモルドールに尋ねた。モルドールはチラッとベイガードの方を向き、テンプルナイト達もベイガードの言葉に一斉に反応して彼の方を見る。

 今帝国軍はダークを死んだと思っているが、進軍を続けていればいつかは帝国軍の中にもダークが生きているのではと勘付く者が出てくる。

 もしダークの生存がバレると色々と面倒な事になってしまう可能性があるので、できれば帝国軍に気付かれる前にこちらからダークが生きている事を教えた方がいいとベイガードは思っていた。自分達の知らないところで気付かれるよりは自分達から教えた方が帝国軍が何か行動を起こしてもタイミングよく対処できるからだ。


「ノワール様からの連絡ではダーク様が次に戦場に出られた時に帝国軍にダーク様が生きている事を教えると仰っておられました」

「それで、ダーク陛下が次に戦場に出られるのは何時なのです?」

「詳しくは分かりませんが、そんなに時間は掛からないとの事です」


 正確には分からないが、すぐにダークは戦場に出る、というモルドールの話を聞いてベイガードはそうですか、と言いたそうな表情を浮かべた。


「現在ダーク様は首都であるバーネストに戻っておられます。そこでの用が済めばすぐに戦場に戻られるとノワール様は仰っておりました」

「なぜダーク陛下はバーネストへ?」

「何でも帝国から我が国に寝返った女騎士のレベルを上げる為にバーネストへ行かれたそうです」

「帝国の女騎士を?」


 初めて聞く内容にベイガードは少し驚いた表情を浮かべる。テンプルナイト達も小さく驚きの声を漏らしながらモルドールを見つめた。

 モルドールはベトムシア砦の一件の事をベイガードに話した時、デカンテス帝国の女騎士、つまりファウが仲間になった事をベイガード達には伝えてなかった。理由はベイガード達に話さなくても問題は無いと感じたからだ。


「ええ、ダーク様がベトムシア砦で戦った女騎士で、皇子であるゼルバムに利用され、使い捨てにされたそうです。それが原因で帝国への忠誠心を失い、ダーク様の部下になったとか」

「……信用できるのでしょうか? もしかすると帝国の命令を受けて仲間になったフリをしているのでは?」


 ベイガードは真剣な表情を浮かべながらその女騎士が信用できるのかと疑う。少し前まで交戦国の騎士だったのだから疑うのも無理はなかった。

 信用できない様子のベイガードを見たモルドールは無言でシルクハットを直しながら小さな笑みを浮かべた。


「心配はいりません、ノワール様もその女騎士が自分達を騙したり、裏切るような様子は無いと仰っておりました。仮に裏切るような行動を起こしたとしてもあの方々なら問題無く対処できます」

「そう、ですか……ノワール殿がそう仰っておられたのなら……」


 とりあえず心配は無いと感じてベイガードは一応納得する。周りのテンプルナイト達も納得した様な反応を見せるが何人かは大丈夫か、と不安そうな様子だった。


「今の段階ではこちらに大きな変化と言える事は起こっていません。我々はこのまま予定を変えずに帝都に向けて進軍を続けましょう」

「分かりました。基地を調べ終えたら捕虜の見張りを残して我々は先へ進みましょう」


 ダーク達の事も気になるが、今は自分達の任務に集中しよう、ベイガード達は自分達に言い聞かせながら作戦会議を始めた。


――――――


 ベトムシア砦ではダークが指揮を執っている連合軍が駐留していた。指揮官であるダークが前線から離れている為、彼が戻って来るまで進軍を停止しているのだ。

 前の戦いで破壊された砦に門は元通りになっており、城壁にも多少の傷や焦げ跡が残っているがちゃんと直っている。帝国軍が攻めて来た時に備えてノワールの魔法で直したのだ。ゼルバムによって焼き払われた最奥部は直す必要が無いとノワールが判断したのでそのままの状態になっていた。

 元に戻った門の見張り台や城壁の上では青銅騎士達が砦の周辺を見張っている。その中にはアリシアの姿もあり、見張り台の上で遠くを見ていた。


「……いい風が吹くな」


 アリシアはそよ風を受けながら遠くに見える森を見て呟く。その声はどこか退屈そうな感じがした。

 ダークがファウを連れてバーネストに戻ってから今日で二日、予定ではそろそろダークとファウが戻って来るはずだがまだ二人は戻って来ていない。アリシアはいつ戻って来るのだろうと思いながら目を閉じる。幸い、ダークとファウがバーネストに戻った日から現在まで帝国軍は姿を見せておらず、アリシア達は静かな日常を過ごしていた。


「今日も何事も起こらずに一日が終わるといいのだが」


 ゆっくりと目を開けるアリシアは腰に納めてあるフレイヤにそっと触れ、ダークが戻って来るまでもう少し静かに過ごしていたいと思っていた。


「アリシアさん」


 アリシアが砦の外を見つめていると彼女の下に子竜の姿をしたノワールが飛んで来る。進軍を停止している今は少年の姿になる必要もないのでノワールは元の姿で過ごしていた。


「どうした、ノワール?」

「先程、マスターから連絡が入りました」

「ダークから?」

「ハイ、無事にファウさんのレベル上げが終わったのでこれからこちらに戻るとのことです」

「そうか……」


 ノワールの報告を聞いたアリシアは小さく笑いながら答える。進軍を再開される事に対したアリシアは気合を入れ、同時に平和に過ごせる時間が終わってしまう事を残念に思っていた。

 アリシアは戻って来るダークを出迎える為に城壁の階段を下りていく。階段を下りるとノワールに案内されながらアリシアは砦の奥へ移動する。

 ダークは行きの時と同じように転移の札で戻って来るのでアリシアはノワールと共にダークが転移する場所へと向かった。

 砦の中心にある訓練場、そこには二日前と変わらずにアリシア達が使っているテントが張られてあり、その訓練場の中にアリシアと子竜姿のノワール、そしてマインゴの姿がある。三人は何時ダークが戻って来るのだろうと考えながらダークが転移して来るのを待っていた。

 待つ事十数秒、アリシア達の前に薄っすらと水色の光が現れ、そのすぐ後に全身甲冑フルプレートアーマー姿のダークが現れた。突然現れたダークに対してアリシア達は驚く事無くジッとダークを見つめている。


「待たせたな」

「おかえりなさいませ、マスター」


 戻って来た主人に対してノワールはダークの顔の前を飛びながら頭を下げる。出迎えてくれたノワールを見てダークは小さく頷く。そして視線をアリシアとマインゴの方に向けた。


「私がいない間、何か問題は無かったか?」

「ああ、大丈夫だ。不思議な事に帝国軍が攻め込んで来る事も無く、この二日間は静かに過ごせた」

「フッ、そうか。大方、砦を取り戻す為の部隊を編成するのに時間を掛けているのだろう」


 ダークは帝国軍が攻めて来なかった理由を想像して小さく笑い、ダークの答えを聞いてアリシアとノファウはワールも小さく笑った。


「それはそうと、ファウはどうしたんだ?」


 アリシアはバーネストの戻った理由であるファウがどうなったのかダークに尋ねた。するとダークはアリシアを見て薄っすらと目を赤く光らせ、ゆっくりと横へ移動する。するとダークの後ろからファウが姿を現した。

 ファウの姿は二日前とは明らかに違っていた。まず恰好は軽装姿から銀色の装飾が施された漆黒のハーフアーマー、ビフレスト王国の紋章が描かれた赤いマント、両腕に黒いガントレット、紫のスカートと黒いロングブーツを装備した姿をしており、腰には黒い鞘に納められて騎士剣がある。髪型は最初と同じで前髪を左右に分けた短めのツインテールのままだった。

 以前と服装が変わっているファウを見てアリシア達は意外そうな顔をする。そんなアリシア達を見ながらファウは前に出てニッと笑みを浮かべた。


「ファウ・ワンディー、ただいま戻りました」

「あ、ああ……レベル上げは上手くいったのか?」

「ハイ、ダーク陛下のおかげでスッカリ強くなりました!」


 アリシアの問いにファウは満面の笑みを浮かべる。二日前にハードなレベル上げをすると聞いて不安に思っていたファウの表情とは完全に正反対の表情だった。


「最初はちゃんとレベルが上がるのか不安でしたけど、次第にコツが分かって来てあっという間にレベル60になりました。しかもレベルが上がった記念にとダーク陛下から新しい装備をいただきましたし、本当にダーク陛下には感謝しています」

「気にするな、私の部下になるのだからそれぐらいは当然だ」


 ファウの感謝の言葉にダークは小さく首を横に振りながら答え、ファウはそんなダークの答えを聞くと目を輝かせながらダークを見る。ダークは目を輝かせるファウを見てそこまで喜ぶ事か、と心の中で疑問に思った。


「それにしてもファウ、お前のその姿、まるで黒騎士のようだな?」

「ハイ、そうです」

「え?」

「あたし、黒騎士にクラスチェンジしました」

「何っ!?」


 黒騎士を新しい職業クラスにしたと言うファウにアリシアは驚き、ノワールも少し意外そうな顔でファウを見ている。ダークはファウが黒騎士にクラスチェンジした事を知っているらしく驚く事は無かった。


「……どうして黒騎士に?」

「あたしは帝国からビフレスト王国に寝返った女ですからね。帝国への忠誠を捨てた罰として黒騎士の道を歩む事に決めたんです」


 ファウはデカンテス帝国を裏切った自分への戒めとして忌み嫌われる黒騎士として生きていく道を選んだ事を話し、それを聞いたアリシアはファウが帝国を裏切った事に対して罪悪感を感じている事、黒騎士として新たにビフレスト王国に忠誠を誓った事を知り、ファウは心身共に強い騎士だと感じた。


「あと、ダーク陛下が黒騎士を職業クラスにされていらっしゃるのであたしも陛下と同じ職業クラスにしようと思ったんです」

「そ、そうか……」


 笑顔で黒騎士にクラスチェンジしたもう一つの理由を話すファウを見てアリシアはジト目になる。二つ目の理由を知ったアリシアはそっちが本音ではないのか、と心の中で呟いた。


「……さて、私とファウが戻って来た事で再び帝都に向かって進軍を再開できるようになった訳だが、流石にこの後すぐには進軍する事はできない。この先にある帝国軍の拠点やそこにいる敵戦力の確認、どのタイミングで拠点を制圧するかなどを確認する必要がある」


 アリシアとファウの会話を聞いていたダークは話題を切り替えて今後の進軍について話を始める。アリシア達も真剣な表情を浮かべてダークに注目した。


「まずは我が軍の戦力だが、アリシア、どのくらいの戦力が残っている?」

「全部で九千八百四十だ、前の戦闘で青銅騎士が結構倒されてしまったからな」

「そうか……」


 アリシアから残りの戦力の数を聞いたダークは腕を組みながら低い声を出す。


「次に我々が目指す帝国軍の大型拠点、メタンガイルの町は帝国にある町の中でも高い防衛力を持っている。そうだったな、ファウ?」


 ダークは元帝国騎士であるファウにメタンガイルの町について確認する。手に入れた重要書類の情報よりも少し前にメタンガイルの町にいたファウに訊いた方が正確な情報を得られるとダークは思っていた。


「ハイ、あたしが前にメタンガイルの町にいた時は約三万の戦力が駐留していました。しかも飛竜団もいるので制圧には苦労すると思います」

「成る程な……まぁ、私とアリシア、ノワールがいるから九千程の戦力でも十分戦えると思うが、一応少し戦力を用意した方がいいだろう。この砦で捕虜を見張る者も残さなければならないしな」


 ファウの話を聞いたダークは腕を組んだまま戦力の補充をした方がいいと語る。アリシアとノワールも念の為にそうした方がいい、と言いたそうにダークを見て頷いた。

 ダークの言葉を聞いたファウは少し呆然とした様子で瞬きをする。三万近くの戦力があるメタンガイルの町を制圧するのに九千程度でも十分戦えると語るダークに驚いているのだ。


(三万近くの戦力がいる城塞都市を攻略するのに九千程でも十分って、この方はどんな考え方をされているの?)


 普通であれば三倍以上の戦力を持つ敵と戦うのにそんな事は言えない。だが目の前にいる自分の新しい主は平然と語っている。ファウはまだダークの戦いに対する感覚が理解できずにいた。


(もしかして、ラーナーズの町やこの砦を攻略する時に使った未知のマジックアイテムを使うの? いや、それでも三万の戦力を相手にするのはキツいんじゃ……)


 ファウはダークがどのようにしてメタンガイルの町を攻略するつもりなのか考える。そんな中、ダークはマインゴの方を向いて目を薄っすらと赤く光らせた。


「マインゴ、例の準備は整っているか?」

「ハ、ハイィ、ダーク様に言われたと、とおりにいたしました。これで不足している戦力をた、多少は補えると思いますぅ、グヘッグヘッ」

「そうか、ではすぐに準備しろ」

「分かり、ま、ましたぁ」


 ダークの指示を聞いたマインゴはズシズシと足音を立てながら何処かへ移動する。ダークはマインゴが行ったのを確認すると視線をアリシア達に向けた。


「二時間後にメタンガイルの町を目指して出発する。それまでに出撃の準備をしておけ」

「分かった」

「ハイ」

「ハ、ハイ」


 三人は返事をするすぐに行動に移る。ノワールは空を飛んで砦中に散らばっている青銅騎士達を集めに向かい、アリシアはファウと共に武器や物資の確認へ向かう。残ったダークは近くに張られているテントの中に入り、どのようにメタンガイルの町を制圧するか作戦を考えるのだった。

 それから二時間後、全ての準備を終えたダーク達は帝国軍の捕虜を見張る戦力を少し残し、メタンガイルの町を目指して出撃した。


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