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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十三話  偽りの情報


 メタンガイルの町の中心にある帝国軍の本部である建物の会議室にはベトムシア砦から戻ったゼルバムの姿があった。ゼルバム以外にも会議室にはカルディヌやマナティア、ナルシア、そして数人の騎士とメタンガイルの町の冒険者ギルドのギルド長らしき男の姿もあり、全員が席について長方形の大きな机を囲んでいる。

 一時間ほど前、ゼルバムは飛竜団と共にメタンガイルの町へ帰還し、ベトムシア砦での戦いの結果を報告する為にカルディヌや部隊長である騎士達、ギルド長を集めた。今はその会議が始まる直前だ。


「全員揃いましたね? ……ではゼルバム殿下、報告をお願いします」


 座っている騎士の中で最年長と思われる初老の騎士が座っているゼルバムの方を向いて戦いの結果を話すよう伝え、ゼルバムは初老の騎士を見つめながら無言で頷く。カルディヌ達は一斉にゼルバムの方に視線を向けた。

 会議室に集まっている者の殆どはどんな結果になったのか気になる様な表情を浮かべているが、カルディヌや彼女の部下であるマナティアやナルシア、そして一部の騎士は目を細くしながらゼルバムを見ている。

 カルディヌ達は前の会議でゼルバムがベトムシア砦での戦いで必ず連合軍に勝利すると宣言したのを聞いていた。もし帝国軍が連合軍に勝利したのなら、帰還などせずに砦に残っているはずだ。ところがゼルバムは飛竜団だけを連れてメタンガイルの町に戻って来た。それを知った時にカルディヌ達は砦での戦いがどうなったのか薄々気付いていたのだ。

 ゼルバムはカルディヌ達が注目する中、真剣な表情を浮かべながらゆっくりと口を開き、戦いの結果を話し始める。


「……結論から言うと、ベトムシア砦での戦いは我が帝国軍の敗北に終わった」

(やはりな……)


 ゼルバムはベトムシア砦での戦いで帝国軍が敗北した事を素直に話し、それを聞いたカルディヌは自分の予想通りの結果だったと知って心の中で呆れたように呟く。カルディヌの両隣に座っているマナティアとナルシアも同じように思っていたのか僅かに呆れた表情を浮かべてゼルバムを見ていた。

 他の騎士達やギルド長は驚きの表情を浮かべながらゼルバムを見ている。彼等はゼルバムが指揮する帝国軍の部隊が負けるとは全く予想していなかったようだ。


「連合軍の猛攻に俺達は必死に戦った。だが、敵の中には連合軍の総指揮官であり、ビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストがいた。奴はラーナーズの町でも使用した未知のマジックアイテムを使って次々と我が軍の兵士達を倒していき、あっという間に砦に最奥部まで攻め込んできた……俺達ではどうする事もできなかった」


 悔しそうに語るゼルバムを見て騎士達は驚きの様子を見せる。敵軍にダークがいた事や未知のマジックアイテムで大勢の帝国兵達が倒されたという事実は騎士達に大きな衝撃を与えた。

 ゼルバムは負けた事や大勢の帝国兵が倒された事を悔しそうに語っているが、これは敗北した自分が責められるのを回避する為の芝居で実際は全く悔しいがっていなかった。自分達が負けたのは敵が未知のマジックアイテムを使っていたから、連合軍の総指揮官がいる強力な部隊が相手だったから、とカルディヌ達に遠回しに伝えて負けたのは仕方がないと同情を引こうと思っていたのだ。


「な、何と言う事でしょう……」

「やはり、敵は未知のマジックアイテムを所持していたのか」

「それでは敗北しても仕方がないでしょうな……」


 話を聞いた騎士達はゼルバムの狙いどおり同情する表情を浮かべてゼルバムを見ている。騎士達の反応を見たゼルバムは彼等に気付かれないように小さく笑みを浮かべ、芝居が上手くいった事を喜んでいた。


「しかし、どんな理由であれ、帝国軍が敗北したのは事実です。そしてお兄様はラーナーズの町の時の様に砦にいる兵士達を残して飛竜団と共に敗走してきた……」


 騎士達がゼルバムに同情する中、カルディヌは目を細くしながら僅かに低い声を出す。彼女だけはゼルバムに同情する事無く、結果だけを見て話を聞いていたようだ。騎士達は鋭い表情を浮かべるカルディヌを見て驚きの反応を見せた。

 ゼルバムはカルディヌの反応に小さく舌打ちをし、周りに見えないように不愉快そうな表情を浮かべる。だが、カルディヌが同情しない事は分かっていたのか、慌てる事なく話を続けた。


「確かに俺は敗走した。だが、ただ逃げ帰って来たわけではない。ダーク・ビフレストを倒してきた」

「何ですって?」


 カルディヌはダークを倒したというゼルバムの言葉を聞いて上半身を前に出す。両隣にいたマナティアとナルシア、他の騎士達も驚きの表情を浮かべてゼルバムを見ている。

 ベトムシア砦でダークは焼け死んだと思っているゼルバムは驚くカルディヌ達を見て小さく笑う。その笑顔はまるで誰も持っていないレアな玩具を友達に見せびらかしている子供の様な笑顔だった。


「ダーク・ビフレスト陛下を倒した、それは本当なのですか?」

「ああ、そうだ。お前が貸してくれたファウ・ワンディーと共にな」

「ファウと……そう言えば、そのファウはどうしたのですか?」


 自分の部方どうなったのか気になり、カルディヌはゼルバムに詳しい話を聞こうと尋ねる。ゼルバムはカルディヌの顔を見て笑顔を真剣な表情に変え、静かに口を動かす。


「……ファウ・ワンディーは死んだ。ダーク・ビフレストを倒す為にな」

「なっ!?」


 ファウが死んだ事を聞かされてカルディヌの目を大きく見開く。マナティアとナルシアも同じように目を見開いて驚いている。驚愕の表情を浮かべているカルディヌ達を見てゼルバムはあらかじめ考えておいた嘘のシナリオを語り続けた。

 

「あの時、俺はダーク・ビフレストを討ち取る為の作戦を思いついた。だがその作戦は誰かが囮となり、ダーク・ビフレストを道連れに命を落とすという危険なものだったのだ。その囮役は作戦を考えた俺が務めようと思っていたが、ファウ・ワンディーは自分がやると進言した」

「ファウが自分から?」


 カルディヌはゼルバムの話を真剣な表情で聞いており、他の騎士達も全員黙って話を聞いている。この時、会議室にいる全員がゼルバムの嘘を信じていた。


「勿論、俺は反対した。作戦を考えた本人であり、帝国皇子である俺がやるべきだと言ってな。だがワンディーは帝国とカルディヌを守る為に自分が囮になる、皇族である俺を死なせる訳にはいかないと言い続けた。俺はアイツの覚悟は本物だと感じ、これ以上反対するのはアイツの覚悟を踏みにじると思い囮を任せた。そして、ファウは自分が部隊の指揮を執ると言って俺を砦から逃がしたのだ」


 ゼルバムは息を吐くように嘘を語り続け、再び悔しそうな表情を浮かべる。何も知らない者が見ればゼルバムは仲間の死を悲しむ皇子に見えるが、彼の本心を知る者が見れば大嘘つきの悪党にしか見えない。真実を知らないカルディヌ達はファウの死に対して表情を暗くしていた。


「悪かったな、カルディヌ。お前から借りた騎士に囮を任せてしまって……」

「……いいえ、ファウも自分の騎士としての誇りを胸に戦い、そして死にました。お兄様を恨んではいないでしょう」

「そうか……ならせめて、ワンディーは帝国の為に立派に死んだ英雄として、その名前を残しておこう」

「ええ、そうですね……」


 部下の死に対して涙を流す事なくカルディヌは目を閉じて頷く。本当は涙を流したいと思っているが、部下達の前である為、涙を流さないように我慢していた。マナティアとナルシアも目を閉じて悔しさと悲しさが混ざった様な表情を浮かべている。

 暗くなっているカルディヌ達を見てゼルバムは再び周囲に気付かれないように笑みを浮かべる。自分の嘘が上手くいった事に対する嬉しさと騙されている事に気付かないカルディヌ達に対する楽しさが笑顔になって表れていた。

 カルディヌ達が悲しむ姿を他の騎士達も気の毒そうに見つめている。するとカルディヌは目と目の間を軽く摘まんだ後に真剣な表情を浮かべて騎士達の方を向いた。


「……ダーク陛下が死んだ事で今連合軍は混乱しているはずだ」


 僅かに低い声でカルディヌは語り出す。部下が死んだ事は悲しいが戦争で人が死ぬのは当たり前な事だ。他にも大勢の兵士や騎士が死にその仲間達が悲しんでいる。自分だけが特別ではないとカルディヌは自分に言い聞かせ、悲しみを押し殺して気持ちを切り替えた。


「だが、ダーク陛下が死んだからと言って戦争が終わった訳ではない。ダーク陛下が死んだ事を上手く利用して帝国軍を勝利へと導くかなければならない」

「ハッ、重々承知しております」


 カルディヌの言葉に初老の騎士は答え、他の騎士達も真剣な表情でカルディヌを見ている。


「まずはダーク陛下が死んだ事を帝国全軍に伝えるんだ。敵の総大将が死んだ事を聞けば兵士達の士気も高まるはずだからな」

「ハイ!」


 敵の総指揮官が死んだ事を帝国兵達に伝えれば彼等も連合軍の統率が乱れると考え、帝国軍が勝利すると士気を高める、カルディヌはそう思っていた。騎士達もそれがいいと考えていたらしく、誰一人カルディヌの提案に異議を上げない。勿論ゼルバムもだ。

 

「それと、今後の戦いの流れについてだが……」

「カルディヌ、ちょっといいか?」


 カルディヌが今後の戦いについて話を進めようとするとゼルバムが声をかけて来た。カルディヌや他の騎士達は一斉に視線をゼルバムに向ける。


「何ですか、お兄様?」

「ダーク・ビフレストが死んだ事なのだが、我が軍だけでなく、連合軍の奴等にも教えてやるのはどうだ?」

「え、連合軍にですか?」


 ダークが死んだ事を連合軍に知らせると言うゼルバムにカルディヌ達は意外そうな表情を浮かべた。


「ああ、特に北部と南部から帝都に向かって侵攻している連中にな」

「なぜそんな事を?」

「ベトムシア砦を襲った連合軍はダーク・ビフレストが死んだ事を既に知っている。恐らく、国王を失った事で今頃は戦意を失っているに違いない。だが、北部と南部から攻めて来る奴等はダークが死んだ事を知らないはずだ。だから奴等にダークが死んだ事を伝え、その後に降伏を要求するんだ。奴等も国王であるダークが死んだと聞けば敗北したと感じ、戦う意味は無いとこちらの要求に従うだろう」

「つまり、ダーク陛下が死んだ事を伝えて連合軍を降伏させ、戦闘で被害を出す事なく勝利を得ると言う事ですか?」

「まぁ、そう言う事だ」


 二ッと笑みを浮かべながらゼルバムは頷き、騎士達は全員がおおぉ、と反応する。彼等にはゼルバムが帝国軍に被害を出す事なく効率よく勝利を得る方法を考えた戦略家、そして連合軍に情けを与える慈悲深い存在に見えたのだろう。カルディヌも性格に問題があるゼルバムが平和的な勝利を得る方法を思いついた事に意外そうな顔を見せていた。

 カルディヌや騎士達はゼルバムが効率がよく、被害が出ない勝利方法を思いついたと感じているが、ゼルバム自身は効率や帝国軍に出る被害の事を考えて案を出した訳ではない。ただ自分に恥を掻かせた連合軍に一泡吹かせたいという気持ちだけで案を出したのだ。

 ゼルバムはカルディヌ達が自分の考えを勝手に勘違いをしているので、せっかくだから自分がいい案を思いついた事にしておこうと考えた。


「帝国領内にいる連合軍が全て降伏したらビフレスト王国でダークの次に権力を持つ者と交渉し、ビフレスト王国を正式に帝国の支配下に置く。そうすれば戦争は我々デカンテス帝国の勝利で終わる」


 デカンテス帝国が勝利する事を確信したゼルバムは不敵な笑みを浮かべ、騎士達も小さく笑いながらゼルバムの話を聞いている。彼等もこの戦争は帝国が勝利すると感じているようだ。


「では、すぐに伝達者を北部と南部に向かわせ、ダーク陛下が死んだ事を各拠点を護る部隊に知らせましょう。一番速い馬ですと……」

「馬? 馬では時間が掛かる。伝達は飛竜団にやらせろ。スモールワイバーンなら一日も掛からないはずだ」

「わ、分かりました。すぐに準備をさせます」


 初老の騎士は早足で部屋を出て飛竜団の下へ向かう。残ったゼルバム達はダークが死んだ事を連合軍に伝え、彼等が降伏した後はどうするかなどを話し合う。

 ゼルバムは椅子に座りながら腕を組み、話し合いをするカルディヌ達を見て再び不敵な笑みを浮かべた。


(フフフ、これでビフレスト王国は帝国のものとなる。俺は帝国を勝利へ導いた男としてその名を帝国、いや大陸中に轟かせる事になるだろう。ワンディーを英雄として帝国の歴史に名を残さなければならないのは少し不満だが、時が経てば何時かは忘れられる。それに引き換え、俺は次の皇帝としてその名を永遠に帝国の歴史に残す。ワンディーとは器も存在感も全く違うのだ!)


 目を閉じながらゼルバムは心の中で本心を語る。自分こそが真の英雄、デカンテス帝国を勝利させた存在だと思い込み、自分が殺したファウの事を小さな存在だと考えていた。

 ゼルバムの本心、そしてベトムシア砦での戦いの真実を知らないカルディヌ達はゼルバムの不敵な笑みに気付く事無く話し合いを続けるのだった。


――――――


 デカンテス帝国の北部にある巨大な平野。その平原の南西に連合軍が陣を取っており、北東には帝国軍が陣を取っている。お互いに動く事なく遠くにいる敵軍と睨み合いをしていた。

 連合軍側では大勢の青銅騎士、白銀騎士、黄金騎士、巨漢騎士が最前列で横に体を組んでおり、その後ろにストーンタイタン、砲撃蜘蛛が三体ずつ横に並んで待機している。そしてその後ろにはセルメティア軍の兵士、騎士、魔法使いが控えており、その更に後ろにはセルメティア王国の国旗が掲げられたテントが幾つも張られていた。

 張られているテントの中で一番大きいテントの中では北部部隊の指揮官であるザルバーンと数人のセルメティア騎士、そして蝗武が机を囲みながら作戦会議を行っている。

 数時間前に平野に辿り着いたザルバーン達は進行する先で帝国軍が防衛線を張っているのを見つけ、陣を取って帝国軍を警戒しながらどう防衛線を突破するか話し合っていた。


「敵の戦力は約四千人、歩兵や騎士、魔法使いの人数は偏っておらずバランスよく編成されています。対してこちらは二万五千人、前の戦闘での戦死者や制圧した拠点の見張りに回すなどして数は多少減っていますがそれでも敵の六倍以上の戦力があります」

「これ程戦力に差があれば負ける事はまずないでしょうな。ビフレスト王国からお借りした大型モンスターもいますし」

「まったくですね」


 セルメティア王国の若い騎士や中年の騎士が机の上に広げられている平地の地図を見ながら笑って話し合っている。

 確かに圧倒的な戦力差がある為、余裕に思うのも無理はなかった。だが、そんな騎士達の中でザルバーンだけは余裕の態度を見せずに真剣な表情を浮かべていた。


「油断するな、もしかするとあの四千の部隊以外にもこの平野の何処に敵部隊が潜ませているかもしれん。しかも帝国軍には飛竜団という空中戦力がある。気を抜いていると痛い目に遭うぞ?」

「し、失礼しました」


 ザルバーンに注意されて若い騎士が軽く頭を下げて謝る。他の騎士達も複雑そうな表情を浮かべながら黙り込んだ。そんなザルバーンに注意される騎士達を蝗武は腕を組みながら黙って見ている。

 注意された騎士達は気持ちを切り替えて作戦会議を続けた。どの部隊をどの方角からどのタイミングで動かすか、そしてどのタイミングで攻撃を仕掛けるか、ザルバーン達は地図を見下ろしながら話し合う。


「ザルバーン団長の仰ったとおり、敵の伏兵がいる可能性もある。まず伏兵を警戒しながら五千の戦力で攻撃を仕掛け、伏兵がいないと判断したら一気に戦力をぶつけて敵を全滅させるというのはどうだ?」

「いや、ここはアルマティン大平原の時のように砲撃蜘蛛で遠距離から攻撃し、敵の戦力を削いだ後に攻め込むというのがいいのでは?」


 騎士達は自分達の考えた作戦を説明しながらどう帝国軍を攻撃するか話し合う。ザルバーンと蝗武は騎士達の会話を静かに聞いていた。


「……蝗武殿、貴殿はどう攻めるべきだと考えておられる?」


 ザルバーンはチラッと隣に立つ蝗武を見て意見を訊く。蝗武はザルバーンの方を見ると視線を騎士達に戻して口を動かした。


「我モ最初ニ砲撃蜘蛛達ニ攻撃サセ、アル程度戦力ヲ削イダラ我ガ国ノ騎士達デ攻撃ヲ仕掛ケル作戦ガ良イト思ウ。ストーンタイタン達ニ攻撃サセルノモ良イガ、奴等ハ拠点攻略ノ鍵ダ。敵拠点ヲ制圧スル為ニ出来ルダケ体力ヲ温存サセテオイタ方ガイイ」

「そうか。では、砲撃蜘蛛達に敵を倒させてから青銅騎士達に攻撃させる、という作戦でよろしいですな?」


 蝗武は確認するザルバーンの方を向くと無言で頷く。作戦が決まるとザルバーンは話し合っている騎士達に砲撃蜘蛛で攻撃させてから青銅騎士達で畳みかける作戦で行く事を伝える。騎士達は他にいい作戦が思いつかなかったのか反対する事はなかった。

 作戦が決まると外で待機している兵士達に作戦の内容を知らせる為、数人の騎士がテントの外へと出ていき、残ったザルバーン達はテントの中で作戦開始の時を待った。


「……蝗武殿、例の件をどう思われる?」

「例ノ件?」


 突然ザルバーンから話しかけられた蝗武はザルバーンの方を向いて訊き返す。


「先日ノワール殿からあった連絡の事だ」

「……ダーク様ガ亡クナッタト帝国ガ思イ込ンデイルトイウ話カ?」

「ああ」


 蝗武の言葉にザルバーンは真剣な表情を浮かべて頷く。周りにいる他の騎士達もザルバーンと蝗武の話を聞いて二人に視線を向けた。

 ザルバーン達が平野に辿り着く少し前、ノワールからザルバーン達にメッセージクリスタルによる連絡が入った。内容はベトムシア砦での戦いでゼルバムがとんでもない作戦を行った事、そしてその作戦で帝国軍がダークは死んだと思い込んでいるというものだった。

 連絡を受けた時、ザルバーン達はダークの身に何かあったと感じてかなり取り乱していたが、ノワールがダークは無事である事を伝え、蝗武がザルバーン達を落ち着かせた事で大騒ぎにならずに済んだ。

 ザルバーン達が落ち着くとノワールは帝国軍がダークが死んだ事をザルバーン達に伝えて降伏を要求して来ると思うが、気にする事なく進攻を続けてほしいなどと伝えて通信を終わらせた。


「ノワール殿はダーク陛下は無事だと仰っておられたが、大丈夫なのだろうか?」

「心配ハ無イ。ダーク様ハ帝国ノ皇子ニ殺サレルヨウナオ方デハナイ。我々ハノワール様ノ指示ドオリ、コノママ帝都ニ向ケテ進攻ヲ続ケル」

「そ、そうか……」


 蝗武が不安などを一切見せずに語る姿を見てザルバーンは頬を指で掻きながら呟く。目の前にいる昆虫族モンスターはどうしてこんなに冷静でいられるのか、ザルバーンや他の騎士達は疑問に思った。

 ダークのレベルが100である事を知っている蝗武はダークが普通の作戦や攻撃では死なない事を知っているので安心できるが、ダークの本当の強さを知らないザルバーン達はどうしてもダークは大丈夫なのか、と不安になってしまった。

 ザルバーン達がダークの安否について話し合っていると一人の騎士が少し慌てた様子でテントの中に飛び込んで来た。先程の作戦会議に参加していた騎士の一人だ。ザルバーン達は一斉にテントに入って来た騎士達に視線を向ける。


「どうした?」

「ほ、報告します。たった今、帝国軍の使者を名乗る帝国兵がやってまいりました」

「使者だと?」

「ハ、ハイ……『連合軍総指揮官にしてビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストは我々帝国軍が討ち取った。ビフレスト王が戦死した今、これ以上の戦いは無意味である。今すぐ降伏せよ!』と降伏を要求してきました」


 騎士の報告を聞いてザルバーンや騎士達は大きく目を見開く。蝗武はやはりな、と言いたそうに目を鋭くして騎士の話を聞いていた。


「連中はやはりダーク陛が無事である事を知らないようですね」

「だろうな、もし知っているのなら四千の戦力で六倍近くの戦力がある我々に降伏を要求したりするはずがない」

「どうしましょうか?」


 使者にどう返事をするか、騎士はザルバーン達の考えを訊く。降伏を拒否するのは当然として、どう言って使者を返すかザルバーン達は考え始める。返事の内容次第で今後の戦いの流れも変わってくるので慎重に答えを決める必要があった。

 ザルバーン達は腕を組んだり、難しい顔をしながらどう返事するか考えていると、蝗武が騎士の方を見ながら口を動かした。


「我々ハ降伏ハシナイ、コノママ戦イ続ケルト使者ニ伝エロ。タダシ、ダーク様ガ無事デアル事ハ話スナ。ダーク様ガ亡クナッテイルト帝国軍ニ思イ込マセテオクノダ」

「え、よろしいのですか?」


 騎士が戸惑う様な表情を浮かべながら訊き返すと蝗武は頷く。騎士はザルバーン達にもそれでいいのか、と確認の眼差しを向ける。ザルバーンは騎士の目を見ると、理解できない表情を浮かべながら蝗武の方を向いた。


「蝗武殿、なぜダーク陛下が生きておられる事を帝国軍に伝えてはならないのだ?」

「奴等ハダーク様ガ亡クナッタ事デ連合軍ガ統率ト戦意ヲ失イ降伏スルダロウト思イ込ンデイル。ダガ総指揮官デアルダーク様ガ亡クナッタノニ我々ガ変ワラズ進攻ヲ続ケタラ敵ハドウスルト思ウ?」

「そ、それは、総指揮官がいないのになぜまだ戦うのだ、と混乱すると思われるが……」

「ソウダ、奴等ハ我々ガ何ヲ考エテイルノカ理解デキズニ混乱スルダロウ。ソウナレバ帝国軍ノ統率ヤ士気ニモ影響ガ出ル、奴等ハ我々ヲ恐レテマトモニ戦ウ事ガ出来ナクナリ、我等連合軍ハヨリ進攻シヤスクナル、ト言ウ事ダ」


 蝗武の説明を聞いてザルバーンや騎士達は成る程、と言いたそうな表情を浮かべる。敵に対して予想外の行動を取る事で敵を混乱させ、自分達を有利にする作戦を思いついた蝗武にザルバーン達は心の中で感心していた。


「で、では、使者の帝国兵には蝗武殿が仰ったようにダーク陛下がご無事な事は話さず、降伏を拒否するとだけ伝えればよろしいのですね?」

「ソウ言ウ事ダ」

「もし、帝国兵が拒否する理由を訊いて来たらどう答えましょう?」

「我々ハダーク様ノ遺志ヲ継イデ最後マデ戦ウ、トデモ伝エテオケバヨイ」

「わ、分かりました」


 そう言って報告に来た騎士はテントから出ていき、使者の帝国兵に返事を伝えに向かった。


「帝国軍はどう動くだろうか?」

「降伏スルト思ッテイタ我々ガ降伏セズニ戦ウト返事ヲシタノダ、帝国軍ノ中ニ多少ハ動揺スル者モ出テ来ルダロウ。シカモ向コウノ戦力ハコチラヨリモ遥カニ少ナイ。ソレカ戦イガ始マル前ニ逃亡スルカ、命ヲ惜シマズニ捨テ身ノ攻撃ヲシテ来ルカ……」

「いずれにせよ、まずは相手の出方を見ないといけませんな」

「ウム、シバラク様子ヲ窺イ、敵ニ何ノ変化モナカッタ場合ハ砲撃蜘蛛達ニ攻撃ヲ開始サセル」


 蝗武の低い声を聞き、ザルバーンは小さく頷く。他の騎士達も蝗武とザルバーンの方を見て目を鋭くしていた。

 騎士が使者である帝国兵に返事を伝えに行ってから十分が経過した頃、帝国軍に何かしらの変化が見られた。陣を組んでいる帝国兵や魔法使い達がざわつき出し、部隊長と思われる帝国騎士がそんな騒ぐ帝国兵や魔法使い達を落ち着かせる。蝗武の予想通り、連合軍が降伏を拒否した事で帝国軍の兵士達が驚いて混乱し始めたようだ。

 帝国軍の中には既に連合軍が降伏すると考えていた者もいたらしく、そんな帝国兵や帝国騎士、魔法使い達はかなり動揺していた。これから、大戦力の連合軍とどう戦うのか、不安の声が帝国軍のあちこちから聞こえている。

 そんな不安と混乱に包まれる帝国軍を遠くから連合軍が眺めていた。青銅騎士達は動かずに黙って見ており、セルメティア王国軍の兵士達は帝国軍の様子を見てどうしたんだ、と疑問に思っている。


「やはり帝国軍は混乱しているようですな」


 ザルバーンがテントの前で望遠鏡を覗きながら遠くにいる帝国軍を見つめ、蝗武もその隣に立って腕を組みながら帝国軍を見ていた。


「このままもう少し様子を窺うか?」

「イヤ、我々ハ少シデモ早ク帝都ヘ向カウ必要ガアル。コレ以上敵ニ時間ヲ与エル事ニ意味ハ無イ」

「では……」

「……コレヨリ、帝国軍ニ攻撃ヲ開始スル!」


 蝗武の言葉にザルバーンの表情に鋭さが増す。近くにいたセルメティア王国の兵士や騎士もそれを聞いて一斉に蝗武の方を向き、いよいよ戦いが始まると真剣な表情を浮かべる。


「我ハコレカラ砲撃蜘蛛達ニ砲撃ノ指示ヲ出シテクル。ソノ後ハ青銅騎士達ヲ率イテ敵陣ヘ突撃スル。ザルバーン殿、残リノ戦力ノ指揮ヲ任セル」

「承知した」


 サルバーンに指揮を任せて蝗武は砲撃蜘蛛達が待機している場所へ移動する。ザルバーンは蝗武が移動するのを見届けた後に近くにいる各部隊長の騎士達に指示を出した。

 蝗武は砲撃蜘蛛とストーンタイタンの前まで移動すると視線を集まっている上級モンスター達へ向け、上級モンスター達も一斉に蝗武に視線を向けた。蝗武はビフレスト王国では幹部の立場にあるので砲撃蜘蛛やストーンタイタンは普通に蝗武の命令に従うようになっているのだ。


「コレヨリ帝国軍ニ攻撃ヲ仕掛ケル。砲撃蜘蛛達ヨ、敵陣ニ狙イヲ付ケロ!」


 砲撃蜘蛛は蝗武の指示を聞くと背中の大砲を遠くの帝国軍の陣地に向ける。三体の砲撃蜘蛛は帝国軍との距離や大砲の角度などを瞬時に分析して正確に狙いを付けた。

 砲撃の準備が整ったのを確認した蝗武は帝国軍の方を向き、ゆっくりと片腕を上げ、砲撃するタイミングを待った。


「撃テッ!」


 蝗武は上げている片手を振り下ろしながら叫ぶ。その直後、三体の砲撃蜘蛛は一斉に砲撃を開始した。大砲から吐き出された光球は真っすぐ帝国軍の陣地へ飛んでいき、帝国兵達が密集している場所に命中し爆発を起こす。

 爆発に巻き込まれた帝国兵達は断末魔を上げながら絶命し、巻き込まれなかった者も爆発の衝撃を受けて大きく飛ばされる。帝国兵達は陣地の中で起きる爆発に混乱し、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。そんな状態でも砲撃蜘蛛達は容赦なく砲撃を続けた。

 砲撃蜘蛛達は休まずに大砲を撃ち続け、帝国軍の兵士達を次々と倒していく。その光景を蝗武や青銅騎士達は黙って見ており、ザルバーン達セルメティア王国軍は驚きながら見ている。


「いつ見ても凄いですね、あの蜘蛛のモンスター達の攻撃は……」

「ああ、彼等のおかげでここまでの戦いはかなり楽できたからな」


 セルメティア王国の兵士達は砲撃を受けている帝国軍の陣地を見ながら小声で話をしている。最初はかなり驚いていた彼等ももうスッカリ砲撃蜘蛛の迫力と力に慣れたようだ。

 砲撃蜘蛛達の前では蝗武が腕を組んで敵の様子を窺っている。砲撃である程度の帝国兵達が倒されたのを確認すると蝗武は腕を組むのをやめて最前列にいる青銅騎士達に向かって叫んだ。


「敵ハ完全ニ崩レタ! 青銅騎士ハ一斉ニ敵陣ヘ突撃シロ。砲撃蜘蛛達ハ青銅騎士達ガ帝国軍ト接触スルギリギリマデ砲撃ヲ続ケロ!」


 蝗武の命令を聞いた青銅騎士達は武器を構えながら一斉に帝国軍の陣地へ向かって走り出す。砲撃蜘蛛達も青銅騎士達に注意しながら砲撃を続ける。青銅騎士達が突撃した数秒後、蝗武も帝国軍の陣地へ向かって走り出した。

 戦いが始まってから僅か一時間後、帝国軍は壊滅し、ザルバーンが率いる連合軍は勝利した。


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