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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十二話  裏切る女騎士


「君は死ぬには惜しい存在だと思ったからだ」


 アリシア達が注目する中、ダークは腕を組みながらファウの質問に答えた。答えを聞いたアリシアやファウはキョトン顔でダークを見つめる。

 最奥部が炎に包まれる中で敵国、しかも負傷した騎士を助けたのだからそれなりの理由があるとアリシア達は思っていたが、死ぬには惜しいという理由を聞いて気が抜けたようだ。


「惜しいから、ですか?」

「一騎打ちの時も言っただろう? 君は中級戦技を連続で使用しても疲れを見せないほどの体力と技術を持っている。敵とは言え、それだけの騎士を死なせるのは勿体ないと思った。だから助けたのだ」

「そう、ですか……」


 ダークが自分を助けた理由を知りファウは俯きながら呟く。その表情は若干暗く、一騎打ちの時にダークの褒められた時とは明らかに反応が違った。

 一騎打ちをしていた時は帝国騎士としての腕を褒められて素直に喜んでいたが、今ではゼルバムに使い捨てにされた事でショックを受けている為、喜びの笑みなどを浮かべる事ができずにいた。ダークもファウが暗い表情を浮かべる理由を知っている為、彼女の反応を不思議に思わず、同情しながら見つめている。


「……あたしは、この後どうなるのでしょう?」


 自分を助けた理由を知ったファウは今度は今後の自分の扱いについて尋ねた。ダークは俯きながら尋ねるファウを見るとゆっくりと腕を組むのをやめる。


「とりあえず、帝国軍の捕虜として他の兵士達と共にラーナーズの町に移動してもらう」


 ダークの言葉を聞いてファウはやはり、と言いたそうに目を閉じる。戦いで敗北したのだから当然の事だとファウは思った。

 ベトムシア砦にいる帝国軍の捕虜をいつラーナーズの町へ移動させるのかダークはアリシア達と相談をし始める。捕虜を見張りと共に砦に残しておくよりもラーナーズの町にいるレジーナ達に任せた方が戦力を分ける必要も無く、進軍しやすいとダーク達は考えていた。


「……ダーク陛下」


 ダーク達が捕虜の事を話し合っていると黙って立っていたファウがダークに話しかけて来た。ダーク達は話し合いを一旦止めてファウの方を向く。


「どうした?」

「ぶしつけながら、ダーク陛下にお願いがあります」

「お願い?」


 突然頼みがあると言ってくるファウをダークはジッと見つめる。ノワールとマインゴは無表情でファウを見ているが、アリシアは捕虜でありながらダークに頼み事をするファウをジッと見つめていた。

 ダーク達の視線が向けられる中、ファウは小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、真剣な表情を浮かべながら口を開いた。


「……あたしを、ダーク陛下の部下にしていただけませんか?」

「何?」


 ファウの口から出た予想外の言葉を聞き、ダークは目を薄っすらと赤く光らせながら低い声を出す。アリシア、ノワールもこれには流石に驚いたのか目を見開きながらファウを見ている。


「ファウ・ワンディー、今仲間にしてほしい、と言ったのか?」

「ハイ」

「……私の部下になるという事は帝国を裏切り、彼等と戦うと言う事になるのだぞ。それも分かって言っているのか?」

「ハイ!」


 ダークの質問にファウは真剣な表情を浮かべたまま答える。彼女の態度からふざけて言っている訳ではないとダークはすぐに気づいた。

 少し前までデカンテス帝国の為に戦うと言っていた女騎士がなぜ敵であるビフレスト王国の戦士になりたいと言って来たのか、ダークは薄々その理由に気付いていた。だが、確信を持つ為にも直接本人に理由を訊いた方がいいと考える。


「なぜ突然私の部下になろうと考えた? 貴公は帝国に忠誠を誓った騎士、帝国や皇族の為に戦うと言っていたではないか。それなのに帝国を裏切るのか?」


 ダークがデカンテス帝国を裏切る理由を尋ねるとファウは小さく俯き、目を閉じながら理由を話し始めた。


「……確かに、あたしは帝国の騎士として戦う事を誇りに思っていました。ですが、あの最奥部の一件でその誇りは完全に失いました」


 僅かに低い声を出しながら語るファウを見てダークは小さく反応する。ファウが帝国を裏切った理由、それはやはりゼルバムの行動にあったようだ。

 ゼルバムはダークを倒す為に今までデカンテス帝国に忠誠を誓い、剣を振って来たファウを切り捨て、大勢の帝国兵達を焼き殺し、更にファウが自分の意志で死を選んだような話をでっち上げて見捨てた。そんな事をされればいくら帝国に忠誠を誓った騎士でも裏切りたくなるというものだ。


「セルバム殿下……いいえ、ゼルバムは平気で兵士達を犠牲にし、その事に対して一切罪悪感を感じない最低の男です。それを知ったあたしにはこれから先、帝国の騎士として生きていく自信などありません」

「だが、皇族の中にはゼルバム以外にもまともな皇族がいるはずだ」

「確かにあたしの上官である皇女カルディヌ殿下はゼルバムの様な最低な性格ではありません。帝国至上主義な性格ですが、仲間や部下の事を大切に思っている優しいお方です。でも、ゼルバムのあんな言動を見てしまったらゼルバム以外の皇族でも信じようという気持ちにはなれないんです」


 ファウはカルディヌの事を本当に信頼している、だがゼルバムの醜い姿を見た事で全ての皇族が信じられなくなってしまった。ファウ自身、それは自分の心が弱いのが原因だと理解している。だが、信じていたものが壊されてしまえばその時のショックは大きく、ファウもそのショックのせいでもう一度皇族を信じてみようという考えを持てなくなってしまった。


「お前が帝国を裏切ろうとする理由は分かった。だが、それでもなぜ敵国の王であるダーク陛下の部下になろうと考えた? 陛下に命を救われたからか?」


 今まで黙って話を聞いてアリシアがファウにダークの部下になる理由について尋ねるとファウはアリシアの方を向いて小さく頷いた。


「それもあります。ですが、それ以外にもあたしの剣の腕を高く評価してくださり、敵であるはずのあたしとの約束を守ってくださった寛大なダーク陛下にお仕えしたい、という気持ちからビフレスト王国の戦士になろうと思いました」

「フム……」


 真面目な表情で語るファウを見てダークは小さく声を漏らす。アリシアやノワールは真剣な表情で語るファウを黙って見つめている。


「……貴公の気持ちは分かった」

「では……」

「だが、本当にそれでいいのか?」


 ファウが仲間にしてもらえるのか、と尋ねる前にダークが先にファウに低い声で尋ねる。ダークの問いにファウはどういう事だ、と言いたそうな表情を浮かべた。


「さっきも話したように交戦国である我が国の戦士となるという事は帝国軍の兵士達と戦うという事になる。貴公にとっては昨日まで共に戦って来た同志達だ。その者達と剣を交える覚悟があるのか?」


 ダークの言葉にファウは僅かに目元を動かす。確かに自分がビフレスト王国に寝返れば色々と面倒な事になる。嘗て戦友だった者が敵となり、彼等を手に掛ける事になるだろう。

 ファウ自身もその事は分かっていた。だが、それが分かっていても帝国に戻り、もう一度騎士として生きていくという道を選ぶ事ができないくらい彼女は皇族に幻滅していたのだ。


「……嘗て共に戦った仲間に剣を向ける事に対して、抵抗が無いと言えば嘘になります。ですが、その事については既に覚悟はできています」

「そうか……」

「それにどの道、あたしは帝国に戻る事はできません」


 デカンテス帝国には戻れない、ファウの言葉を聞いてアリシアとノワールはフッと反応してファウの方を向く。


「帝国に戻れないとは、どういう意味だ?」


 アリシアが腕を組みながらファウに尋ねる。するとファウの代わりにダークが机の上に手を乗せながら低い声で語り始めた。


「ゼルバムはあの炎で私とファウ・ワンディーが焼け死んだと思っているだろう。しかし、私と彼女は死んではいない。このまま捕虜として戦争が終わるのを待てばファウ・ワンディーはいつか帝国に戻れるだろう。だがもしファウ・ワンディーが帝国に戻ったらどうなると思う?」


 ダークがアリシアに尋ねるとアリシアは分からないのか難しそう顔をしながら分からない、と首を横に振った。マインゴも分からないのか笑顔のままダークを見ている。しかし、ノワールは分かったのか目を見開きながら少し驚いた様な表情を浮かべた。


「勝利を得る為に部下を犠牲にし、ファウ・ワンディーが自分から死を選んだと嘘をついた事がバレてしまう。そうなれば、同じ帝国至上主義者の皇帝はともかく、他の皇族や帝国貴族や国民の反感を買い、ゼルバムの皇族内での立場は一気に悪くなる。下手をすれば次代の皇帝になる資格を失うだろう」

「確かに……」


 アリシアはダークの方を見ながら納得した表情を浮かべる。


「そうなれば奴はある意味でお終いだ。そうならない為には嘘をついたという事実、そしてファウ・ワンディーが生きている事を帝国の人間に知られないようにするしかない」

「……ッ! まさか」

「ああ、真実を闇に葬る為にゼルバムはファウ・ワンディーを殺すだろう……口封じと言うやつだ」


 ダークの話を聞いてアリシアは目を見開き、ノワールはやはり、と言いたそうな顔をする。ファウも分かっていた為、ダークの話を聞くと黙って目を閉じた。

 いくら帝国至上主義で自分の事を第一に考えるゼルバムでもそこまではしないだろうと普通の人間は考えるだろう。だが、ゼルバムの本性を知っている者なら自分に都合の悪い事を口外されない為に殺して口封じをする様な行動を取る可能性は十分あると考える。テントの中にいるダーク達は全員そう考えていた。


「例えファウ・ワンディーが真実を口外せずに黙っていようと考えていても、ゼルバムは何時かは彼女が秘密をバラすと考えて刺客を送り込むだろう」

「ゼルバムの今までの情報から考えれば、高い可能性で……いや、間違いなくそうするでしょうね」


 ダークからゼルバムがどんな性格で砦の最奥部で何をしたのか聞かされているアリシアは低い声を出す。

 自分の為に部下を焼き殺す様な男なら口封じで誰かを殺す事ぐらいは平気でやるに違いないとアリシアは思っていた。ノワールもアリシアの方を見ながらうんうんと頷き、マインゴは笑顔のままアリシアの話を聞いている。

 ダークの説明からファウがデカンテス帝国に戻れない理由を理解してアリシア達は納得する。帝国に戻れない以上、ファウに残された道はビフレスト王国の戦士となり、一刻も早くこの戦争を終わらせる事だけだった。ダーク達はファウに注目し、ファウも自分を見ているダーク達を真剣な表情で見ている。


「……ファウ・ワンディー、改めて訊く。貴公は本当に帝国を裏切り、我が国の戦士となるのか?」

「ハイ」

「仲間だった者達と戦う事になり、他にも後悔する様な出来事が起きるかもしれない。それでも構わないのだな?」

「ハイ!」


 迷いの無い目を見せながらファウは力の入った声で頷く。ダークはそんなファウを見て彼女の気持ちは変わらないと感じた。


「……いいだろう。ファウ・ワンディー、貴公を我が国の騎士として迎え入れよう」

「ありがとうございます」


 仲間として受け入れてくれたダークにファウは頭を下げて礼を言う。これで自分はビフレスト王国の戦士として新たな道を歩む事になる。だがそれは同時に祖国に刃を向ける罪深い道を歩む事を意味していた。


「さて、ファウ。お前は今日から我が国の戦士となった訳だが、お前にはこれから色々とやってもらう事がある」

「やる事、ですか?」

「そうだ、詳しい事は追って伝える。今はテントに戻って休め」

「はあ? ……分かりました」


 ファウは意味が理解できずに不思議そうな顔を見せるが、とりあえず言われたとおり休むことにした。

 ダーク達に一礼をしてからファウはテントを後にし、ファウがテントから出て行くとダーク達は黙ってテントの入口を見つめていた。


「……ダーク、よかったのか? 彼女を仲間にして?」


 テントの中に流れる静寂を破る様にアリシアがダークに声を掛ける。アリシアは少し前まで敵対していたファウをいきなり仲間として迎え入れていいのか少し不安を感じていたのだ。

 ダークは僅かに不安そうな表情を浮かべるアリシアを見ると兜を外して机の上に置き、前髪を手で後ろに流しながら小さく息を吐く。


「大丈夫だろう、彼女は俺達を騙している様には見えなかったしな」

「どうして分かるんだ?」


 ファウが嘘をついていないと確信するダークにアリシアは腕を組みながら尋ねる。するとダークはチラッとアリシアの方を向いて小さく笑みを浮かべた。


「彼女の目、前に君が見せた目によく似ていたからだ」

「は? 私の目に?」


 言っている事が理解できずにアリシアは小首を傾げる。ノワールも分からないのか不思議そうな顔をしながらダークを見ていた。

 アリシア達が注目する中、ダークは机の上の自分の兜を手でさする。そして視線をアリシアに向けると笑いながら口を動かした。


「君が俺の国の騎士になると決意してくれた時、君は迷いの無い透き通った目をしていた。さっきのファウもその時の君と同じ様な目をしていたぜ?」

「……あっ!」


 ダークの言葉を聞き、アリシアはビフレスト王国が建国される前にダークにビフレスト王国の騎士となる事を伝えた時の事を思い出す。

 父の遺志を継いでファンリード家の名誉を守る道ではなく、新国家の騎士としてダークと同じ道を歩むとアリシアは自分の意志で決めた。この時のアリシアは自分では気づいていなかったが、強い意志が宿った目をしており、ダークにはその目が迷いの無い美しい目に見えたのだ。


「あの時の君は迷いや偽りの無い透き通った綺麗ないい目をしていた。だから同じ目をしていたファウを信じようと思っただけだ」

「き、綺麗だなんて、からかわないでくれ」


 綺麗な目をしていたと言われた事が恥ずかしかったのか、アリシアは僅かに頬を赤くしてそっぽ向いた。


「ん? 別にからかっちゃいないさ。本気で言ってるぜ?」

「~~~ッ! も、もういい! 私は騎士達にファウ・ワンディーが仲間になった事を伝えて来る!」


 あまりの恥ずかしさにアリシアは不機嫌そうな声を上げながら早足でテントから出ていく。ダークはテントから出て行ったアリシアを見て不思議そうな表情を浮かべている。


「……何だありゃ? 俺、何かアリシアを怒らせるようなこと言ったか?」

「いいえ、何も言ってません」


 アリシアが出て行った理由が理解できないダークにノワールは首を横に振りながら言う。ダークは腕を組みながら小首を傾げて難しそうな表情を浮かべた。


(……マスターはこういう事に関しては本当に鈍いお方ですね)


 ノワールはアリシアの気持ちに気付いていないダークの鈍感さに思わず苦笑いを浮かべる。同時に気持ちに気付いてもらえないアリシアを気の毒に思う。マインゴは会話の内容が理解できず、笑みを浮かべながら小首を傾げていた。

 その後、ベトムシア砦にいる全ての青銅騎士達にファウ・ワンディーが仲間になった事が伝わり、ファウの姿を見かけても青銅騎士達は敵対行動を取らなくなった。一部の帝国兵達にもファウがビフレスト王国に寝返った事が知れ渡り、帝国兵達はファウを売国奴だと罵る。しかし、帝国兵の中にはゼルバムに見捨てられた事でショックを受け、ファウが寝返ったのも仕方がないと考える者もおり、そんな帝国兵達はファウを罵る事なく大人しくしていた。

 ゼルバムの外道とも言える行いやファウの帝国に対する裏切りなど、驚きの出来事が色々あったが、ベトムシア砦の戦いは連合軍の勝利に終わり、ダーク達は砦で一夜を過ごした。


――――――


 夜が明け、太陽がベトムシア砦を照らす。砦の門の見張り台や城壁の上では大勢の青銅騎士達が砦の周辺を見張っている姿がある。

 英霊騎士の兵舎で召喚された騎士達は全身甲冑フルプレートアーマーの姿をしたモンスターである為、疲労も空腹感も感じない。勿論眠気も感じないので一晩中見張りをする事ができる。だからダーク達は安心して夜も休む事ができるのだ。

 訓練場の中でダークと軽装姿のファウが横に並んで立っている。二人の前ではアリシア、ノワール、マインゴが二人と向かい合っている姿があった。


「では、昨日話したとおり、私はファウを連れてバーネストに行く。二日で戻るからその間、砦の方は頼んだぞ?」

「ああ、分かった」


 アリシアはダークの顔を見て返事をしながら頷く。その顔には昨日ダークの言葉で恥ずかしがっていた様子は見られず、一国の総軍団長としての表情があった。因みにファウがビフレスト王国の仲間となったので、アリシアはファウの前でも総軍団長としてではなく、友人としてダークと接している。

 しかし、なぜダークがファウを連れてバーネストに戻る事になったのか、それはファウを強くする為の特訓を行う為だ。

 昨日の夜、ファウをビフレスト王国の戦士として迎え入れた後、ダークはファウに会いに行き、彼女にレベルを上げる為の特訓を行う事を伝えたのだ。ファウは騎士として十分優れてはいるが、次の帝国軍との戦いで有利に立つ為にファウのレベルを上げておこうとダークは考えていた。

 バーネストの王城にある訓練場でファウのレベルを上げ、レベル上げを終えたらこの砦に戻り、帝都ゼルドリックを目指して進軍を再開する事にしていたのだ。

 ファウは自身のレベルを上げてくれる事に関してはダークに感謝していたが、自分のレベル上げの為に連合軍の進軍が停止する事に抵抗を感じていた。そんな事を考えるファウに対し、ダークは気にする様子は見せず、寧ろ進軍を効率よく進める為にレベルを上げてほしいと伝え、ファウはレベル上げをする事を決めたのだ。


「しかしダーク、本当に二日で目標の数値までレベルを上げるつもりなのか?」

「当然だ、あまり長い時間を掛ける余裕もないからな。ファウには頑張ってもらうつもりだ」

「え?」


 ダークとアリシアの話を聞いてファウは声を漏らす。話の内容から自分は何か大変な目に遭うのではと感じ、ファウは僅かに表情を曇らせる。


「それと、私達がバーネストに行っている間にザルバーン団長とベイガード殿に連絡を入れておいてくれ」

「連絡?」

「ああ、私は無事だからそのまま進軍を続けてほしい、とな」

「……? どういう事だ?」


 別部隊のザルバーンとベイガードに意味の分からない連絡を入れてほしいと言われ、アリシアは不思議そうな顔で聞き返した。するとダークは目を薄っすらと赤く光らせて答える。


「ゼルバムは昨日の戦いで私とファウが死んだと思っている。奴の性格なら自分の功績を広げようと全帝国軍に私を倒したと伝えるはず。そして、敵である連合軍、つまりザルバーン団長とベイガード殿の部隊にも私が死んだ事を伝えて降伏する事を要求するだろう」

「……あり得るな」


 ダークの話を聞いてアリシアは低い声を出しながら考え込む。話を聞いていたノワールとファウもアリシアと同じ気持ちなのか真剣な顔でダークとアリシアの会話を聞いている。


「そうなったら真実を知らないザルバーン団長とベイガード殿は混乱し、帝国の要求を受け入れる可能性がある。そうなったらこちらが一気に不利になのは確実だ。そうならない為にも先に私が無事である事をザルバーン団長とベイガード殿に伝え、敵が降伏を要求して来てもそれを受け入れないよう伝えておくのだ」

「成る程、そう言う事か。分かった、お二人にはすぐに伝える」


 ザルバーンとベイガードに連絡を入れる理由に納得し、真剣な表情で返事をする。そんなアリシアを見てダークも頼むぞ、と目で伝えながら頷いた。

 ファウはゼルバムの行動を先読みして対策を練るダークの洞察力に驚き、目を見開きながらダークを見ている。同時に心の中でダークの頭の回転の速さに感心していた。


「ではファウ、そろそろ行くぞ」

「あ、ハイ」


 ダークに声を掛けられた事でファウは我に返り、少し慌てた様子で返事をする。そんなファウを見てダークは小首を傾げるが別に気になる事は何もないのでそのまま話を続けた。


「今話していた通り、今日から二日でお前のレベルを目標の数値まで上げる。キツイ特訓になるが、頑張ってくれ?」

「ハイ! 因みに目標の数値って幾つなんですか?」

「60だ」

「ろ、60ぅ!?」


 ファウは目標のレベル数を聞かされて驚きの声を上げる。レベル60と言えば人間の上げられるレベルの限界数で一握りの人間しか辿り着く事の出来ない領域、ファウが驚くのも当然だった。


「レ、レベル60って、英雄の領域じゃないですか! あたしには無理ですよ」

「そんな事は無い。私の仲間である冒険者達も最初はレベル20代から30代の間だったが、特訓でレベルを60まで上げた。お前にもできるはずだ」

「え、ええぇ~?」


 ダークの話の内容に驚いてファウは思わず複雑そうな表情を浮かべている。そんなファウを見てノワールとマインゴは可笑しいのかクスクスと笑っていた。


「まぁ、詳しい事は向こうに着いたら説明する」

「わ、分かり、ました……」


 とりあえずバーネストに向かう事にし、ファウは一旦考えるのをやめてダークと共バーネストに移動する事にする。

 ダークはポーチから転移の札を取り出して地面に向かって投げ捨てる。呪符が地面に落ちると呪符を中心に水色の魔法陣が展開され、それを見たファウは驚きの表情を浮かべた。ダークは魔法陣の中に入り、ファウも少し驚きながら魔法陣の中に入る。

 二人が魔法陣に入るとダークは転移先を頭の中で想像する。すると魔法陣の光は強くなり、次の瞬間ダークとファウの姿は消えた。


「行ったか」

「ハイ、二日後にファウさんがどれだけ強くなってくるのか、楽しみですね」

「ああ。まぁ、ダークが一緒なら何も問題はないだろう。とは言っても、それなりに厳しい特訓らしいからな。ファウが泣き言を言わなければいいが……」

「アハハハハ……」


 アリシアの言葉にノワールは思わず苦笑いを浮かべる。レジーナやジェイクがレベルを60まで上げる時もかなり苦労したのを知っているのでファウも大変な目に遭うだろうと考えて自然と笑ってしまうようだ。


「ノ、ノワール様ぁ」


 ノワールが苦笑いを浮かべているマインゴが笑いながら声をかけて来る。声を掛けられたノワールは苦笑いをやめてふとマインゴの方を向いた。


「わ、私は、例の作業にう、移りますので、此処で失礼いたします。グヘッグヘッ」

「分かりました。ですが、あまりやり過ぎないようにしてくださいね? マスターもそう言ってました」

「分かってい、いますぅ」


 マインゴは笑いながらアリシアとノワールに背を向けてズシズシと足音を立てながら何処かへ移動する。二人はマインゴの後ろ姿を黙って見つめていた。


「さて、私達はザルバーン団長とベイガード殿にダークの伝言を伝えないとな」

「ハイ」


 自分達のやるべき事をやる為にアリシアとノワールも行動に移る。

 ダークとファウが戻って来るまでの間、アリシア達は次の戦いの準備を始め、同時に短めの休息を取るのだった。



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