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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百八十一話  裏切られた女騎士


「あ、あれは、あたしとゼルバム殿下がメタンガイルの町から連れて来た飛竜団。どうして今頃……」


 勝敗が決したのにどうして飛竜団が動いたのか、そして誰が飛竜団を動かしたのか、ファウは驚きながら疑問に思う。

 ダーク達がスモールワイバーン達を見上げていると、飛んでいるスモールワイバーンの一体が足で掴んでいるロープを離した。すると木箱は広場に向かった落ちていき、地面に落ちると粉々になる。同時に収納されていた無数の樽もバラバラになり、中から黒い液体が大量に出てきて周辺に広がった。

 一体のスモールワイバーンが木箱を落とすと残りの七体も一斉に木箱を落とした。木箱は広場だけでなく、主塔の近くや周りの建物の屋根の上などあちこちに落とされて最奥部は黒い液体まみれになる。ダークやファウ達はスモールワイバーン達の行動の意味が分からずに周囲を見回した。

 帝国兵達は近くに落ちた木箱から出て来た黒い液体を体に浴びて鬱陶しそうな顔をしている。ダークとファウ、青銅騎士達は落ちて来た木箱からすぐに離れたので黒い液体を浴びずに済んだ。帝国兵達は体に付いている黒い液体を手で落とそうとする。すると、帝国兵の一人が黒い液体から強烈な臭いがする事に気付き表情を歪めた。


「お、おい、この臭い……」

「ん? ……ッ! これは油だ!」


 黒い液体の正体に気付いた帝国兵達は一斉に驚きの表情を浮かべる。ダークとファウも帝国兵達の言葉を聞いて驚きの反応を見せた。

 その直後、スモールワイバーンの一体が油に向かってブレスを吐き、ブレスに振れてた油は勢いよく燃え上がる。他のスモールワイバーン達も一斉にブレスを吐いて油を燃え上がらせ、最奥部の広場は一瞬にして炎に包まれた。そして、油を浴びた帝国兵達も炎が油に燃え移り、次々と火だるまになってしまう。


「み、皆っ!?」


 全身を炎に焼かれて断末魔を上げる帝国兵達をファウは驚愕の表情を浮かべる。火だるまになっている帝国兵の中にはファウの部下である女騎士達もおり、部下が焼かれる光景にショックを受けたせいかファウは右肩の痛みなど感じなくなっていた。


「どういう事だ? なぜ帝国飛竜団が砦を、いや、仲間を焼き払っている?」


 飛竜団が同じ帝国軍の仲間を攻撃する光景を見たダークは意味が分からずにいた。だが同時に周囲が炎に焼かれて危険な状態にあるという事を理解する。

 ファウはいまだに目の前の出来事が理解できずに呆然としている。すると、ダークとファウの前に一体のスモールワイバーンが下りて来た。スモールワイバーンは地面に足をつけず、3m程の高さを飛んだままダークとファウを見下ろしている。そしてその背中にはワイバーンナイトが乗っており、その後ろには主塔にいたはずのゼルバムが乗っていた。

 ダークとファウはスモールワイバーンに乗っているゼルバムの姿を見ると意外そうな反応を見せる。その一方でゼルバムは二人を見下ろしながら笑みを浮かべていた。


「ハハハハッ! どうだ、黒錬油こくれんゆの効果は? この油は我が国の優秀な錬金術師が作り出した物でな、通常の油と比べて爆発的に燃える代物なのだ」


 ゼルバムはスモールワイバーンに乗りながら広場に撒かれた黒い油を自慢げに語る。そんなゼルバムの姿を見てダークは不快な気分になった。


「ゼルバム殿下、これは一体どういう事ですか!?」


 ダークがゼルバムに対して不快になっていると、ファウが驚きの表情を浮かべながら大きな声でゼルバムに尋ねる。自分や帝国兵達がいるにもかかわらず、油をばら撒き、火まで放ったのだから当たり前だ。ダークもファウと同じ事を考えており、ゼルバムを見上げながら彼が答えるのを待った。


「ワンディー、俺はこのまま大人しく降伏し、砦を連合軍に渡すつもりはない。どんな手を使っても連合軍を倒して勝利を得るつもりでいるのだ」

「……それとこの行動にどんな繋がりが?」

「お前がダークとの一騎打ちで勝てなかった以上、この砦ごと連合軍、いや、ダークを葬るしかない。だから、この砦ごとダークを焼き殺す事にしたのだ」

「なっ!?」


 ゼルバムの口から出て言葉にファウは目を見開く。ダークもゼルバムを見つめながら目を赤く光らせた。

 ファウが負けたら降伏すると約束したにもかかわらず、ゼルバムはそれを破って砦ごとダーク達を焼き殺そうというとんでもない行動に出た。ダークはそんな事を平気で行えるゼルバムに対して更に不快な気分になる。


「……貴方が勝つ為にこの行動を取った事は分かりました。ですがなぜ、帝国軍の兵達を焼き殺したのです!?」

「砦を焼き払うにしても、お前達を避難させたらダークや連合軍の連中に砦を焼き払おうとしている事が気付かれる可能性があるだろう? だから、奴等に砦を焼く事を気付かせない為にお前達にも避難する事を伝えずにこうして作戦を実行したのだ」


 目を見開きながらファウは耳を疑う。ダークもゼルバムが何を考えているのか理解し、兜の下で驚きの表情を浮かべていた。

 ゼルバムはダークを砦ごと焼き払う為にわざと仲間である帝国軍にも砦を焼き払う事を伝えなず、避難する時間を与えなかった。それはつまり、砦にいる帝国兵達をダークが逃げないようにする為に囮として使ったと言う事だ。

 ファウはゼルバムが連合軍に勝つ為に自分や他の帝国兵達を見捨てようとしている事を知って大きくショックを受ける。それはある意味で仲間達が焼き殺された時よりも酷いものだった。


「殿下、連合軍に勝つ為にあたし達を犠牲にすると仰るのですか!?」

「ハッキリ言えばそういう事になるな。しかし、連合軍の総指揮官であり、ビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストを倒して帝国がビフレスト王国との戦争に勝利する為なら帝国兵数百人の命など安いものだ。数百人の兵士が犠牲になるだけで帝国が勝利し、犠牲になった人数以上の兵士が死ぬのを防ぐ事ができるのだからな!」


 ゼルバムの言葉にファウは固まった。自分達はデカンテス帝国が勝つ為の必要犠牲、消耗品だと聞かされて目の前が見えなくなる。そして同時に自分はこんな非情な作戦を思いつく皇子の為に戦っていたのかと感じた。

 ファウの近くで話を聞いていたダークはスモールワイバーンに乗るゼルバムを見上げながら拳を震わせる。敵とは言え、自分の部下を平気で見捨て、勝利の為に犠牲にするゼルバムの言動は同じ国民を導く立場の者として許せないものだった。

 炎に囲まれる中、ファウは俯きながら目を閉じ、奥歯を噛みしめた。犠牲にされた事に対する悔しさ、目の前で仲間を殺された事に対する悲しさがファウを包み込んでいく。そんなファウにゼルバムは笑みを浮かべながら語りかけて来た。


「ワンディーよ、お前は帝国の勝利の為に此処で死ぬ。だが、それではあまりにもお前が気の毒だ。だからカルディヌや皇帝陛下にはお前が自分の意志で俺の作戦の囮となり、ダーク・ビフレストを道連れに戦死したと伝えておく。敵国の王を倒し、帝国軍を勝利へと導いたお前の名は帝国の歴史に永遠に刻まれるだろう。お前の家族も英雄の家族として裕福な生活を送る事ができる。だから、安心して逝くがいい」


 ファウは勝手な事を口にするゼルバムを見上げて鋭い目で睨み付ける。その目元には僅かだが涙が溜まっており、ゼルバムに対する怒りが感じられた。

 ゼルバムはファウの睨み付けなど気にもせずにダークの方を向く。そして、ニヤリと笑いながらダークに見下す様な視線を向ける。


「ダークよ、お前は此処で死に、ビフレスト王国は我々帝国の物となる。お前の国の領土、マジックアイテム、モンスターを操る技術などは帝国が大陸一の国家となる為に役立つだろう!」

「貴様……」

「ハハハハッ! 悔しいか? 恨むのなら我々を敵に回した自分の甘さを恨む事だなぁ?」


 ダークの気持ちを勘違いしているゼルバムは気分を良くしながら前にいるワイバーンナイトの肩を軽く叩く。するとワイバーンナイトは手綱を引いてスモールワイバーンを操った。

 ゼルバムが乗るスモールワイバーンは竜翼をはばたかせて上昇し、上空を飛び回っている他のスモールワイバーン達と合流する。そしてゼルバムが乗るスモールワイバーンを先頭に、飛竜団はメタンガイルの町がある方へと飛んでいった。

 飛んでいく飛竜団を見つめながらダークは再び目を赤く光らせて唸り声の様な低い声を漏らす。これは勿論、ゼルバムに馬鹿にされた事に対する悔しさからではない。正々堂々と戦ったファウや帝国兵達を見捨てた事に対する怒りからだ。

 ダークのゼルバムに対する怒りはこれまでに感じた事のある怒りとは比べ物にならないくらい大きく、ダークは必ずゼルバムに報いを受けさせてやろうと考えている。だがその前に、炎に包まれている広場から脱出する事が重要だと感じ、ダークはひとまず怒りを治めて最奥部から脱出する事にした。

 広場に撒かれた油の量は多く、既にダーク達がいる広場だけでなく、最奥部のほぼ全てが炎に包まれている。しかし、まだダーク達が最奥部にやって来る時に通って来た道の方は炎が少なく、そこからならまだ最奥部から脱出できた。


「お前達、来た道を戻って脱出しろ! そしてそのままアリシアの部隊と合流するのだ!」


 ダークは通って来た道がまだ通れる事に気付くと待機している青銅騎士達に脱出するよう指示を出す。青銅騎士達はダークの指示を聞くと全員無言で広場から脱出する。炎の中を通る為、青銅騎士達はダメージを受けるだろうが、彼等のレベルなら大したダメージは受けない。

 青銅騎士達が全員広場から脱出するとダークはファウの方を向いて声を掛けようとする。すると突然ダークの頭の中に声が響いた。


(ダーク!)

「アリシアか」


 ダークは頭の中に響くアリシアの声を聞くと耳に手を当てて返事をする。アリシアの声には力が入っており、かなり慌てている様な感じがした。


(一体何が起きたのだ!? 最奥部の方で火が上がっているぞ!)

「君の位置からも見えたか……ゼルバムが私を焼き殺す為に最奥部に油を撒き、火を放ったんだ」

(何だって!?)


 最奥部で何があったのか聞かされ、アリシアの驚きの声がダークの頭の中に響く。その声の大きさに驚いたのかダークは一瞬ビクッと反応する。


「……しかも奴は最奥部にまだ帝国兵が大勢いるの知っていながら、私を倒す事を優先して火を放った」

(なっ! 帝国軍がいるにもかかわらず最奥部に火を放ったのか!?)

「そうだ」

(クッ!)


 ゼルバムの非道な行いに腹を立てたのか、アリシアの苛立ちが感じられる低い声がダークの頭の中に響き、ダークは前を向いたままその声を聞いていた。

 既にダークの周りでは炎が勢いよく燃え上がっており、普通なら脱出不可能と言えるような状態だが、ダークはそんな状況の中で冷静にアリシアと通信を行っている。


(それで、貴方は今どうしているんだ?)

「私はまだ広場にいる。青銅騎士達は先に逃がして君の下へ向かわせた」

(何っ!? まだ脱出していないのか?)

「心配するな、すぐに脱出する。君はこの事をノワールとマインゴに伝えてから各部隊を待機させておいてくれ」

(……大丈夫なのだな?)


 アリシアの少し不安そうな声が響き、それを聞いたダークは小さく笑い。


「私を誰だと思っている?」

(……分かった。できるだけ早くこっちに来てくれ?)

「ああ」


 ダークが返事をするとアリシアとの通信が終わり、彼女の声は聞こえなくなった。アリシアの声が頭の中から消えるとダークは手を耳から離して遠くにいるファウの下に走って行く。隣までやって来るとファウは右肩を押さえたまま俯いていた。

 その表情からはゼルバムに裏切られた事に対する悔しさが感じられ、ファウは歯を噛みしめながら微量の涙を流していた。ダークはそんなファウをジッと見つめる。


「……ファウ・ワンディー」

「へ、陛下?」


 声を掛けられたファウはフッと顔を上げてダークの方を向く。目の前で堂々と立っているダークを見たファウは炎に囲まれていながらどうして冷静でいられるのかと不思議に思った。


「脱出するぞ。此処もすぐに火の海と化す」

「で、ですが……」


 ファウはふと燃え上がっている炎の方を向いた。炎の中には黒焦げになっている仲間や部下達の姿があり、全員が苦痛の表情を浮かべている。それを見たファウは唇を噛みしめながら悔しそうな表情を浮かべた。

 ダークは炎の中の死体を見てファウが何を思っているのか気付き、そっとファウの左肩に手を置く。


「彼等の事は諦めろ。ああなってしまった以上、もう救えん」

「クゥ……」


 何もできない現実を突きつけられ、ファウは目を閉じながら声を漏らす。今の自分にできる事は炎に包まれた最奥部から脱出する事だけだと感じ、ファウは奥歯を噛みしめた。

 仲間達の死体をしばらく見つめた後、ファウはダークと共に最奥部から脱出する為に走り出す。二人は青銅騎士達が通った炎の少ない道を通って脱出しようとする。だが、ダークとファウが広場から出ようとした瞬間、近くで燃えていた見張り台が倒壊して道が塞がれてしまった。


「み、道が塞がれた!」


 炎が少なかった道も通れなくなり、脱出ができなくなった事にファウは緊迫した表情を浮かべ、ダークは小さく舌打ちをした。

 周りの炎はどんどん広がっていき、少しずつダークとファウに迫って来る。ファウは周囲を見回しながらどうすればいいか考えた。しかし、いい案が思い浮かばず、ファウは少しずつ、もう助からないだろうと感じ始める。


「……クッ、ここまで、ね」


 脱出不可能と感じたファウは俯き、足の力を抜いてその場に座り込もうとする。すると、そんなファウをダークは素早く抱きかかえて座り込むのを止めた。


「ダ、ダーク陛下!?」


 ファウはいきなり自分を抱きかかえるダークに驚き、僅かに顔を赤くしながらダークを見上げる。ダークはそんなファウを気にする事無く前を見ていた。


「諦めるのはまだ早いぞ」

「え?」


 ダークの態度を見てファウは思わず声を出す。この状況でもダークはまだ諦めていないと知り、ファウは呆然としながらダークを見続けている。ファウが見つめている中、ダークは足の位置を僅かにずらして膝を軽く曲げた。


「脚力強化!」


 ハイ・レンジャーの技術スキルを発動させ、ダークは自身の脚力を強化する。両足が薄っすらと水色に光り出し、光が消えるとダークは両足に力を入れて強く地面を蹴って跳び上がり、ファウを抱きかかえながら広場から脱出した。


「え、ええぇーーーっ!?」


 ファウはあり得ない高さにジャンプするダークに驚いて声を上げる。無理もない、ダークはファウを抱きかかえた状態で20m近くの高さまで跳び上がり、炎に包まれた広場から脱出したのだから。既にダークとファウは広場から遠く離れた所まで移動しており、ファウは遠くで煙を上げている広場を呆然と見ていた。


(ど、どうなってるのよ? 英雄級の実力者でもこの高さまでジャンプし、しかも一瞬で広場から離れるなんて不可能よ。ダーク陛下はどうやってこんな事を……マジックアイテム? ううん、陛下はマジックアイテムを使ってはいなかった。じゃあ魔法? ううん、陛下は黒騎士、魔法が使える黒騎士なんて存在しないわ)


 ダークがなぜ普通では考えられない高さまでジャンプできるのか、ファウは驚きの表情を浮かべながら考えた。だが、自分の知識ではどんなに考えても分からず、ファウは驚きと理由が分からない事から混乱する。この時のファウはダークの凄さに驚いているせいで抱きかかえられている事に対する恥ずかしさを完全に忘れていた。

 ファウは混乱しているとダークは遠くに見える訓練場、自分が八百人の帝国兵達と戦った場所に大勢の人影があるのを見つける。ダークは跳んだまま鷲眼を発動させて訓練場にいる集団の正体を確認した。

 集団の正体は大勢の青銅騎士、白銀騎士、黄金騎士で訓練場で隊列を組みながら待機している。その中には青銅騎士達に指示を出すアリシアとノワールの姿があった。アリシアとノワールの姿を確認したダークは自分が来るのを待つ為に訓練場に集まっているのだと理解する。


「ファウ・ワンディー、これから訓練場へ向かい、そこで私の仲間達と合流する。ただ、訓練場まではまだ距離がある為、地上に下りてもう一度ジャンプする。落ちないようにしっかり捕まっていろ?」

「え?」


 ダークの言葉を聞き、ファウは不思議そうな顔をダークを見上げる。すると、ファウを抱きかかえているダークは地面に向かって降下し始めた。ファウは落下しないようにしっかりとダークの腕にしがみ付く。

 もの凄い勢いでダークは地面に着地し、それと同時にダークの周りに砂煙が上がる。砂煙に包まれる中、ダークはすぐに足に力を入れて地面を蹴り再び高くジャンプをした。二度目のジャンプである為かファウは驚きの声を上げる事はなかったが、ジャンプの勢いの強さに怯えているのか涙目になっている。そんなファウを抱きかかえながらダークは訓練場へ跳んでいく。

 砦の中央にある訓練場の中ではアリシアとノワールが隊列を組んでいる青銅騎士達を見つめながら立っており、青銅騎士達は無駄な動きを一切せずにアリシアとノワールの方を見ていた。

 アリシアはダークとの通信を終えた後、ダークから言われたとおりノワールと砦の外で待機しているマインゴに最奥部で起きた事を伝え、自分が連れていた青銅騎士達と共に今いる訓練場に移動した。そこで待機しているとノワールが訓練場にやって来て、そのしばらく後にダークが先に広場から逃がした青銅騎士達と合流し、今に至るという訳だ。

 

「ダーク、無事に脱出できただろうか……」


 小さく俯きながら腕を組み、アリシアは低い声を出す。ダークのレベルの高さや強さは彼女も知っているので、炎に囲まれたくらいでダークは死んだりしないと分かっている。だが、やはり心配になってしまう為、不安を口にしてしまうのだ。


「大丈夫ですよ、アリシアさん。マスターは炎に囲まれたくらいで諦めるような方ではありません」

「ああ、分かってはいるが、やはり心配になってしまうのだ……」


 俯くアリシアを見て隣に立っているノワールが声を掛け、アリシアは不安そうな顔をしながらチラッとノワールの方を向いて答えた。

 ノワールは神に匹敵する強さを持つダークの事をちゃんと心配してくれるアリシアを見て笑みを浮かべる。自分の主を心配してくれる人がいる事に嬉しさを感じているようだ。

 二人がダークの事を話していると、ノワールは何かに気付いたのかふと表情を変えて最奥部がある方角を向いた。アリシアもノワールを見てつられるように同じ方角を向く。すると、空から黒い小さな物体が近づいて来るのが見え、アリシアは僅かに目を鋭くする。ノワールは黒い物体を見つめながら小さく笑みを浮かべていた。

 黒い物体は少しずつ訓練場に近づいて行き、やがてアリシアとノワールの数m手前に勢いよく落ちて砂煙を上げる。アリシアは腰のフレイヤに手を掛け、待機していた青銅騎士達も武器を手に取り動こうとした。するとノワールが素早く手を上げて青銅騎士達を止め、青銅騎士達は一斉にその場で停止する。

 アリシア達が注目する中、砂煙の中からダークがゆっくりと姿を現した。ダークの姿を見てアリシアは少し驚いた様な表情を浮かべ、ノワールはやっぱり、と言いたそうに笑みを浮かべる。


「ダーク! 大丈夫か?」

「ああ、心配ない」


 普通にアリシア達の方へ歩いて来るダークを見てアリシアは小さく息を吐き、苦笑いを浮かべながら安心する。するとアリシアはダークが抱きかかえているファウに気付き、僅かに表情を変えた。これにはノワールも少し驚いた様な反応を見せ、ダークが抱きかかえているファウを見つめる。


「ダーク、彼女は?」

「ウム、ファウ・ワンディーと言ってな、少々事情があって助けたのだ。アリシア、すまないが彼女の傷を治してやってくれ」

「え? ああ、分かった」


 アリシアは状況が理解できずにいるが、とりあえず言われたとおりダークが抱きかかえるファウの傷を癒そうと近づく。アリシアがファウの顔を覗き込むとファウは目を回しながら気を失っており、それを見たアリシアは思わず目を丸くした。

 

「ダーク、彼女はどうしたんだ?」

「ん? ああぁ、脚力強化した状態で二度ジャンプをしてな。その時の勢いに驚いたのかさっき気絶してしまったのだ」

「勢いに……ま、まぁ普通の人間なら驚くのも無理はないな……」


 ファウが此処に来るまでにどんな経験をしたのか察したアリシアは苦笑いを浮かべながらダークを見た。

 ダークは抱きかかえているファウをゆっくりと地面に寝かせ、アリシアは横になっているファウに回復魔法を掛けてファウの傷を治し始める。アリシアがファウの傷を治すのを確認したダークは視線をノワールに変えた。


「ノワール、お前は最奥部へ行き、炎を魔法で消して来てくれ。あと、青銅騎士を数人連れて最奥部に生き残っている帝国兵達がいないかも調べろ」

「分かりました」


 指示を受けたノワールは近くにいる青銅騎士達に同行するよう声を掛ける。その後にレビテーションを発動させ、ノワールは炎と煙を上げている砦の最奥部へと飛んでいき、声を掛けられた青銅騎士達も走って最奥部へと向かった。

 その後、ノワールは最奥部を包み込む炎を水属性魔法を使って消火する。消火にかかった時間は僅か五分だった。それから最奥部に生き残っている帝国兵がいないか調べたが、生きた帝国兵や帝国騎士は一人もおらず、数百の焼死体だけがあった。


――――――


 空がオレンジ色に染まる頃、砦では青銅騎士達が様々な作業を行っていた。砦内を探索して使えそうな武器や道具、食料などを集めたり、砦の見張り台や城壁の上から砦の周辺を見張ったりしている。

 ベトムシア砦での戦いは帝国軍の指揮官であるゼルバムが飛竜団と共に砦を去った事から連合軍の勝利に終わった。砦に残された帝国軍はゼルバムが逃げ出した事をダークから聞かされると見捨てられた事にショックを受け、抵抗する事無く降伏し、今では大人しくしている。

 帝国軍の中にはゼルバムが逃げ出した事を信じない帝国兵もいたが、ゼルバムが砦にいない事を知るとダークの言葉を信じて大人しくなり、ダークやアリシア達はゼルバムに見捨てられた帝国兵達を見て気の毒に思った。

 砦の中央にある訓練場には幾つかテントが張られており、その一つの中ではダークがアリシアとマインゴの二人と机を囲んで話し合いをしている。戦いが終わった後、砦の外で待機していたマインゴと残りの青銅騎士達がダーク達と合流し、残りの戦力や砦の状態などを簡単に確認し、それが終わると話し合いを始めた。

 本来なら砦の中核である主塔で話し合いをするべきなのだが、炎によって最奥部にある主塔や他の建物は使い物にならなくなっており、仕方なく、訓練場にテントを張ってそこで今後の事を話し合う事にしたのだ。


「今回の戦いで我が軍は五十数体の青銅騎士を失った。だが、帝国軍と比べたら被害は小さく、今後の進攻には支障はない。このまま進軍を続ける」


 ダークはアリシアとマインゴにこのまま帝都に向かって進軍する事を話し、アリシアとマインゴも異議は無いらしく、ダークを見ながら無言で頷いた。


「対して砦にいた帝国軍は四千の戦力の内、三千以上の戦力を失っている。しかも皇子であるゼルバムに見捨てられた事で完全に我々に対する戦意を失った。彼等が再び私達に剣を向ける事はないだろう」

「無理もない、自分達が命を賭けて戦っているのに指揮官であるゼルバムが逃げ出したのだからな」

「し、しかも、ダーク様を倒す為にな、仲間を焼き殺したと、き、聞かされればショックも大きいで、でしょうねぇ。グヘッグヘッ……」


 腕を組みながら俯くアリシアと笑みを浮かべるマインゴ。ダークはそんな二人を黙って見つめていた。

 アリシア達はゼルバムがダークを倒す為に大勢の帝国兵達を犠牲にした事をダークから既に聞いていた。いくら交戦国の行いとは言え、仲間を平気で犠牲にするゼルバムの行動にはアリシアやノワールは腹を立て、ゼルバムに対して強い怒りを感じる。同時に見捨てられ、利用された帝国兵士達に同情した。

 ダークは帝国兵達にゼルバムが逃げ出した事を伝えた時に最奥部でゼルバムがファウ達にやった事を伝えようか考えた。別に帝国兵達に伝えてもダーク達には困る事は何もないが、今日までデカンテス帝国の為に命を賭けて戦って来た帝国兵や帝国騎士達の意志などを壊さない為にも黙っている事にしたのだ。

 交戦国とは言え、祖国の為に戦う者達の大切なものを壊さないように伝えなくてもいい事を伝えずに黙っている。それはダークの敵国の兵士達に対する小さな優しさだった。ただ、大切なものを壊されてしまった者もいる。


「ところで、ノ、ノワール様は、ど、どちらですかぁ?」


 マインゴがテントの中にいないノワールの居場所を尋ねるとダークがマインゴを見ながら声を出す。


「ノワールならファウ・ワンディ-のところだ」

「ファ、ファウ・ワンディー、あの帝国のお、女騎士ですねぇ?」

「ああ。アリシアの回復魔法で傷は治せたが、疲労が溜まったようでな、今は別のテントで寝かせている。ノワールには彼女が目を覚ますまで傍にいるよう言っておいた」


 ダークからノワールがいない理由を聞かされたマインゴは笑みを浮かべながら無言でコクコクと頷く。彼の様子から納得したようだ。

 マインゴが納得の笑みを浮かべているとテントの入口が開いてノワールがテントの中に入って来た。ダーク達はテントに入って来たノワールに気付くと会話をやめてノワールに視線を向ける。


「失礼します、マスター」

「どうした、ノワール?」

「例の帝国騎士、ファウ・ワンディーが目を覚ましましたので連れてきました」


 ノワールの口からファウが目を覚まし、彼女を連れて来た事を聞かされたダークは小さく反応する。実はノワールにファウの傍にいるよう指示を出した時にダークはファウが目を覚ましたら自分達のところに連れて来るよう言っておいたのだ。

 ファウが目を覚ました事を知ってアリシアは僅かに目元を動かし、マインゴも笑顔のまま表情を固めてノワールを見ている。二人とも、敵国の女騎士であるファウが自分達のところに来た事を聞いて僅かに警戒しているようだ。二人が警戒する中、ダークは警戒する様子は一切見せていなかった。


「そうか、なら通せ」

「ハイ……入ってください」


 ノワールはテントの入口の方を向いて外にいるであろうファウに声を掛ける。するとテントの入口がゆっくりと動き、ファウがテントの中に入って来た。恰好はダークと戦っていた時と違い、鎧やマント、騎士剣を外し、灰色の半袖に黒の長ズボンという軽装の姿をしている。一軍の指揮官であり、一国の王であるダークの前に出るにはあまりにも失礼な恰好だが、他に着る物が無いので仕方がなかった。

 ファウは自分に注目するダークとアリシア、そして不気味な姿のモンスターの視線に緊張しながらゆっくりと歩き、机の前で立ち止まる。そして机を挟んで自分を見つめているダークに視線を向けた。


「ファウ・ワンディー、気分はどうだ?」

「ハ、ハイ、大丈夫です。肩の痛みも完全に消えていますし……」

「そうか」


 ダークは自分との戦いで受けた右肩のダメージが消えている事をファウから聞かされると小さく笑いながら返事をした。


「あ、あの、あたしはどのくらい眠っていたんですか?」

「ん? そうだな……四時間くらいだと思うぞ?」

「そうですか……他の兵士達、帝国軍の仲間達はどうなったんですか?」


 ファウは自分以外の帝国兵達がどうなったのか少し心配そうな表情を浮かべながら尋ねる。目を覚ましたばかりなのに連続で敵軍の指揮官に質問をするのはある意味で失礼な事だが、ダークはそんな事は一切気にしなかった。


「生き残った者達は全員捕虜として倉庫などに収容してある。貴公との約束だからな」


 ダークが一騎打ちの時の約束を忘れていない事を知り、ファウは小さく口を開けて驚く。同時に約束を守ってくれたダークに対して嬉しさを感じていた。


「ただ、最奥部にいた者達は全員死んでいた」

「ッ! ……そうですか」


 ゼルバムに焼き殺された帝国兵達や自分の部下である女騎士は無事ではなかった事を聞かされ、ショックを受けたファウは暗い顔をしながら小さく俯く。アリシアとノワールは少し気の毒そうな表情を浮かべながらファウを見つめていた。


「……ダーク陛下、どうしてあたしを助けてくださったのですか?」


 ファウは顔を上げてずっと気になっていた事をダークに尋ねた。アリシアとノワールもダークがなぜファウを助けたのが気になり、ダークに視線を向ける。


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