第百八十話 ダークvsファウ
ダークは青銅騎士達を率いてベトムシア砦の最奥部へと向かう。途中にバリケードと思われる小さな門や柵などがあったがダークはこれを難なく破壊して先へ進んだ。
敵の守備隊の迎撃を警戒しながらダーク達は広い一本道を走り、階段や坂道を駆け上がっていくが帝国兵や帝国騎士、魔法使いは一人も現れない。どうやら帝国軍の守備隊は一人もいないようだ。
守備隊が一人もいない理由、それは先程ダークの前に現れて八百人の部隊の中に守備隊がおり、ダークの力の前に倒されてしまったからだ。そして生き残った者もダークの強さを恐れて最奥部へと逃げてしまったのだろう。
「誰一人攻撃してこない。ここまで抵抗がないと逆に敵が何か企んでいるかもしれないと感じられるな」
ダークは守備隊が一人もいない事に対して心の中で楽に進む事ができて運がいいと思っていたが、決して油断する事無く、敵の奇襲に警戒しながら最奥部を目指した。
しばらく進むとダーク達は少し高い場所にある広場にやって来た。広場の周りには建物がいくつも建てられており、奥にはベトムシア砦の中核らしき主塔がある。どうやら砦の最奥部に辿り着いたようだ。
ダークが広場を見回していると大勢の帝国兵、帝国騎士、魔法使い達が主塔の前に集まってダークと青銅騎士達を睨みながら武器を構えるのを見つける。集まっている帝国兵達の殆どはダーク達に対して敵意を見せているが、中には怯えた様子でダーク達を見ている帝国兵達もいる。恐らく数分前にダークと戦った帝国兵達の生き残りだろう。
「やはり、まだこれだけの戦力が残っていたか」
自分を睨む帝国兵達を見てダークは低い声で呟く。敵の数はざっと見て六百人、これはダークとの戦いで生き残った帝国兵達を含めた人数だ。一方でダークが連れて来た青銅騎士達の数は七百人程、帝国軍よりも多く普通に戦っても勝てる戦力だった。
ダークは帝国兵達を見つめながらゆっくりと広場の奥へと進んで行き、青銅騎士達もそれに続いた。近づいて来るダーク達を見て帝国兵達は武器を強く握りながら警戒する。いつ戦いが始まってもおかしくないような緊迫した空気が広場に広がっていく。そんな中、帝国兵達の中から一人の女騎士が出て来た。ラビットスタイルで短めの黄緑色のツインテールをした十代後半ぐらいの幼さの残った顔をした女騎士、紅戦乙女隊の分隊長、ファウ・ワンディーだ。
帝国兵達の前に出たファウは立ち止まり、真剣な表情を浮かべてダーク達を見つめる。ファウの後ろには数人の若い女騎士が不安そうな顔でファウの背中を見ていた。どうやら彼女達はファウと同じ紅戦乙女隊の隊員でファウの部下のようだ。
前で出て来た女騎士を見るダークはと広場の中央で足を止め、後ろにいた青銅騎士達も一斉に停止した。ダークとファウは無言で相手と向かい合い、広場は静寂に包まれる。帝国兵達は向かい合う二人の騎士を無言で見つめていた。
「ん? 貴公は確か、戦争前の謝罪会談でカーシャルド達と一緒にいた……」
ダークはファウの顔を見るとデカンテス帝国との会談で帝国側の護衛として付いていた女騎士の中にファウがいた事を思い出した。
ファウはダークが自分の事を覚えていてくれた事を知って少し驚いたが、同時に他国の王に覚えていてもらえた事を嬉しく思った。だがファウはすぐに気持ちを切り替え、真剣な表情を浮かべながらダークの前まで移動して彼の顔を見る。
「覚えていてくださったとは光栄です……あたしはデカンテス帝国軍紅戦乙女隊分隊長、ファウ・ワンディーと申します」
ダークの顔を見ながらファウは自己紹介をする。以前の会談では顔を見ただけで挨拶や会話はしていないのでファウは改めて名を名乗った。
「まさか、こんな形で貴公と再会するとは思わなかったぞ」
「あたしもラーナーズの町で我が軍を圧倒した黒騎士がダーク陛下だとは思いませんでした」
「フッ、お互い予想外の出来事に驚かされたようだな」
ファウを見ながらダークは可笑しそうに語り、ファウはそんなダークの姿を見て意外に思った。
謝罪会談の時はもっと冷たい口調で話していたのに今のダークはあの時とはまるで別人のように喋っている。ファウは目の前にいるダークと謝罪会談の時に見たダーク、どちらが本当のダークなのだろうと考えた。
「それでファウ・ワンディー、貴公はなぜ此処にいる? いや、どうして私の前で出て来た、と訊いた方がいいか?」
ダークはファウにどうして自分の前に現れたのか少し声を低くして尋ねる。ダーク自身も現状からファウが現れて理由は大体想像できたが、一応本人に訊いてみる事にした。
ファウはフッと反応して自分が何の為に此処に来たのか思い出す。そしてダークの方を向き、再び真剣な表情を浮かべながら腰に納めてある騎士剣を抜いた。
「……ダーク・ビフレスト陛下、デカンテス帝国の騎士として、そしてこのベトムシア砦を護る騎士として、貴方様に一騎打ちを申し込みます!」
(やはりな……)
騎士剣を抜いたファウを見てダークは自分の予想どおりの答えだと知り、心の中で呟く。デカンテス帝国に忠誠を誓った騎士として、攻め込んできた敵と戦うのは当然の事だとダークは感じていた。
「私と戦うのか? 貴公も気付いていると思うが、私は此処に来る途中で八百人の帝国部隊を倒してきたのだぞ?」
「ええ、分かっています」
「私の力が強いのをしていながら戦いを挑むのか?」
「ハイ、あたしは帝国を護る為に騎士となりました。相手が強大な力を持っていようと、勝ち目の無い相手であったとしても、騎士として何もせずに負けを認める事はできません」
「成る程……」
自分に勝ち目が無くても騎士として最後まで戦う、ファウの覚悟と騎士の誇りを知りダークは呟く。普通なら勝てないと分かっていて戦いを挑むのは愚行だが、ダークはファウのその騎士としての覚悟を素晴らしいと思っていた。
「……貴公が私に一騎打ちを申し込むという事は、貴公がこの砦の帝国軍の指揮官なのか?」
「いいえ、違います」
「何?」
ファウがベトムシア砦に駐留する帝国軍の指揮官ではないと知り、ダークは意外そうな声を出す。てっきり指揮官だから自分に一騎討つを申し込んで来たのかとダークは思っていたのだ。
なぜ指揮官でもないファウが連合軍の総指揮官である自分に一対一の戦いを挑んで来たのかダークは疑問に思う。そんなダークに構うことなくファウは話を続けた。
「もしこの戦いであたしが負けたら、我が軍は降伏します。あたしの命もご自由になさってください。その代わり、あたしの部下や他の兵士達の命は――」
「待て」
ダークは喋っているファウを止め、ファウも咄嗟に口を閉じる。二人の会話を聞いていた帝国兵達も突然ダークがファウの言葉を止めた事に目を丸くしていた。
「なぜ指揮官ではない貴公が私と一騎打ちをする? 今の貴公の話からして、これから行われる一騎打ちは両軍の勝敗を賭けた重要な戦いのはず。それなら、貴公ではなくこの砦の指揮官が一騎打ちを行うべきであろう。なぜ貴公なのだ?」
指揮官がやるべきはずの一騎打ちをファウがやる理由が分からないダークはファウに尋ねる。ファウはダークの質問にしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開けた。
「……あたしがこの砦にいる騎士の中で最もレベルが高く、ダーク陛下と戦って勝てる可能性があるからです。あと、あたしが陛下と戦うよう、指揮官から命令を受けています」
「指揮官から?」
ファウが一騎打ちをする事はベトムシア砦の指揮官が決めた事だと知り、ダークは少し驚いた様な反応を見せた。いくらレベルが一番高いからと言って、敵軍の指揮官との一騎打ちと言う重要な戦いを部下にさせるのはおかしくないかとダークは考える。
「何をしている! 早く始めないか!」
ダークは考え込んでいると何処からか若い男の声が聞こえ、ダークとファウ、帝国兵達は一斉に反応する。ダークが周囲を見回して声の主を探していると、主塔の窓からこちらを見ている高貴な雰囲気の男を見つけた。
「お前は誰だ?」
ダークは主塔にいる男に聞こえるように少し力の入った声で尋ねる。男は腕を組みながらダークを見下す様な笑みを浮かべた。
「この私を知らないのか? フッ、思った以上に無知なのだな?」
男は挑発的な言葉をダークにぶつけるがダークは気にする様子は一切見せずに楽しそうに笑う男を見ていた。
「いいだろう、無知なお前に特別に教えてやろう」
(うわぁ、何だよ、あのいかにも小物だって思わせるような台詞は……)
ダークは男の言葉を聞いて心の中で呆れ果てる。男はダークに呆れられている事に気付かずに自慢げな表情を浮かべながら語り続けた。
「私の名はゼルバム・コックリス・ベルフェント、デカンテス帝国の第二皇子だ!」
「何、ゼルバムだと?」
男の正体がデカンテス帝国の皇子である事を知り、ダークは意外そうな声を出す。帝国の皇子がこんな所にいるとはダークも思っていなかったようだ。
ダークは主塔から自分を見て笑うゼルバムはジッと見つめる。自分の視線の先にいる男がラーナーズの町の帝国軍が言っていた仲間を見捨てる卑怯な皇子である事を知って僅かに不快な気分になった。
「お前がゼルバムなのか」
「そうだ、このベトムシア砦の指揮を任された男であり、デカンテス帝国の次代皇帝となる誇り高き男だ」
ゼルバムは主塔の中にある会議室の様な部屋から自分の胸に手を当てて自慢げに語る。その言葉からは自分こそがいずれデカンテス帝国を導く重要な人物、自分こそが皇族で最高の存在であるという事を表す傲慢さが感じられた。
ダークはゼルバムの姿を見ると、仲間を見捨てたり、部下に敵の指揮官と一騎打ちをさせるお前のどこが誇り高いんだ、と心の中で呟きながら小さく溜め息をつく。
「……ゼルバム、この砦の指揮官がお前ならなぜお前が私に一騎打ちを申し込まない? 戦いの勝敗を賭けた戦いを部下に任せて自分は高みの見物か?」
「フン、お前ごとき黒騎士にわざわざ私が戦う必要は無い。そこにいるワンディーで十分だ」
ゼルバムはダークの前にいるワンディーを指差しながら叫び、ダークはチラッとファウを見た後に再びゼルバムに視線を向けて小さく舌打ちをする。
(アイツ、あんなこと言ってるが、本当は俺に負けて恥を掻く事、戦いで命を落とす事が嫌だから彼女に自分の身代わりをさせたに違いない。たく、なんて野郎だ……)
ダークは心の中でゼルハムの卑劣さ、度胸の無さに腹を立てる。そして同時にゼルバムの様な男に従わなければならないファウや他の帝国兵達を気の毒に思った。
ダークの読み通り、ゼルバムはダークと戦う事を避ける為にファウにダークとの一騎打ちをするよう命じていたのだ。ゼルバムはダークが八百人の部隊を倒して自分がいる場所に攻めて来るかもしれないと予想はしていたが、その可能性は極めて低いと思い、本当に攻め込んで来た時はどう行動するべきか考えていなかった。その為、八百人の部隊が倒されたと聞かされた時はかなり動揺していた。
このままでは自分が狙われ、最悪の場合は戦死するかもしれない。どうにかしてこの窮地から逃れられないかと考えていた時にファウにダークを倒すよう命じていた事を思い出し、ファウにダークと一騎打ちで戦うよう指示を出したのだ。
ダークがゼルバムの考え方や性格に呆れているとファウがダークを真剣な表情で見つめながら騎士剣を構えた。
「ダーク陛下、改めて貴方様にこの戦いの勝敗を賭けた一騎打ちを申し込みます」
「貴公はそれでいいのか? 望んでもいないのに命を賭けた戦いをさせられて……」
「ハイ、私は帝国の騎士、例えどんな戦いであっても国の為、そして皇族の為に戦う存在ですから」
小さく笑いながら語るファウをダークは黙って見つめる。例え性格に異常があるゼルバムからの命令でも決して拒む事なく、騎士として国と皇族の為に戦おうとするファウの忠誠心にダークは感心していた。
「成る程、それだけの覚悟が貴公にあるのなら、私も誠意で答えなければならないな」
「ダーク陛下?」
「……いいだろう、貴公の一騎打ちを受けよう。能力などは一切使わず、騎士としての技術だけで貴公と戦う」
「それはつまり、マジックアイテムなどは使わずに戦う、と言う事ですか?」
「マジックアイテム?」
ダークはファウの言葉の意味が分からず、小首を傾げながら訊き返した。
「ダーク陛下がラーナーズの町で門を破壊した時や八百人の部隊を倒した時の使った力の事です」
「ラーナーズの町? ……ああぁ、そう言う事か」
ファウの言っている事の意味を理解したダークは大剣を構えたまま呟く。
ラーナーズの町の門を破壊した時や少し前に八百人の部隊を倒した時にダークは暗黒剣技を使った。ファウ達帝国軍はその暗黒剣技を未知のマジックアイテムによるものだと勘違いしているのを知り、ダークは納得した様子を見せる。
ダークがファウに自分はマジックアイテムを使っていない事を伝えようとしたが、もしマジックアイテムを使っていない事を伝えたらファウや帝国軍に自分自身の強さやレベルが高い事を気付かれる可能性がある為、ダークは今までの事は全てマジックアイテムを使っていたおかげだという事にした。
「……そのとおりだ。私はこの一騎打ちでマジックアイテムは使わない。あくまでも貴公と同じ条件で戦う」
「そうですか、分かりました」
マジックアイテムを使わないと言うダークの言葉にファウは小さな声で呟く。てっきりマジックアイテムを使ってくると思っていたが、同じ条件で戦うと言うダークを少し意外に感じていた。
広場の中央でダークとファウは武器を構えて目の前にいる相手を見つめる。その様子を周りにいる青銅騎士達、帝国兵達、そして主塔にいるゼルバムは黙って見ていた。すると、ダークは主塔にいるゼルバムの方を向くと目を薄っすらと光らせる。
「ゼルバムよ、ファウ・ワンディーは国やお前達皇族の為に命を賭けて私と一騎打ちをするのだ。彼女の覚悟と騎士の誇りを傷つけない為にも、彼女が負けた場合は大人しく降伏してもらうぞ?」
ダークは指揮官であるゼルバムにファウとの一騎打ちが終わった後に抵抗しないよう警告する。それを聞いたファウは少し驚いた様な顔でダークを見つめ、ゼルバムは目を鋭くしたダークを見た。
指揮官であるゼルバムの代わりにファウが戦うのだから、もしファウが負けた時には彼女の行動を無駄にしたい為にもこれ以上部下達を戦わせたりせずに素直に負けを認めるのが指揮官として取るべき行動だとダークは思いゼルバムに警告をしたようのだ。
「……いいだろう。だが、そう言うお前も無様な行動は取るなよ? 負けたら大人しく我々の捕虜となるのだ。そして、もし殺されそうになっても命乞いなどはするな」
「フッ、勿論だ」
ゼルバムの警告を聞き、ダークは小さく笑いながら答える。ゼルバムは余裕の態度を取るダークを見て僅かに不愉快そうな表情を浮かべるが、何も言わずに黙って戦いを見守る事にした。
全ての準備が整い、遂にダークとファウの一騎打ちが始まる。最奥部にいる帝国兵達は緊迫した様子でダークとファウに注目しており、青銅騎士達はダークとファウの一騎打ちの邪魔にならないよう二人から距離を取り、離れた所で戦いを見ていた。
ファウは真剣な表情を浮かべながら中段構えを取り、目の前で自分と同じように大剣を構えるダークを見つめる。ビフレスト王国の国王である黒騎士はどんな戦い方をするのか、ファウはそう考えながら小さく息を飲む。その直後、ファウは大きく前に踏み込んだ。
騎士剣を強く握りながらファウはダークに袈裟切りを放つ。ダークはファウの攻撃を大剣で難なく防いだ。攻撃が防がれるとファウは素早くダークの右側に回り込み、騎士剣を左から大きく横に振る。
ダークは素早くファウが回り込んだ方を向き、後ろに下がって騎士剣をかわし、袈裟切りを放って反撃した。ファウはダークの大剣を騎士剣で止める。だがその瞬間、騎士剣からとてつもない重さと衝撃が伝わり、ファウは思わず表情を歪めた。
止め切れないと判断したファウは咄嗟に後ろへ跳んでダークから距離を取る。ファウは離れると素早く騎士剣を構え直してダークを睨む。両手はダークの攻撃を防いだ時の衝撃と重さで震えており、ファウは震える自分の手を見るとダークに視線を戻した。
(な、何て重い攻撃なの! 英雄級の実力者でもあんな攻撃ができる人はそうはいないわよ!?)
ダークの一撃の重さに驚いたファウは心の中で叫び、微量の汗を掻きながらダークを見つめる。ダークはそんなファウを見て無言のまま大剣を構え直した。
ファウはダークの攻撃が英雄級の実力者でも出せない強い攻撃だと驚いているが、勿論ダークは全力で攻撃していない。ダークはファウが騎士としてどれ程の実力を持っているのか確かめる為にわざと力を抜いて戦っていたのだ。
しかし、力を抜いていると言ってもダーク自身は負けるつもりはない。最後にはファウを倒してベトムシア砦での戦いに勝利しようと思っていた。
(一撃止めただけで手が痺れるなんて……あの攻撃を防ぐとは危険そうね……)
ファウは異常な力を持つダークの攻撃を防ぐのは無理だと考え、攻撃は全て回避する事にした。両足の位置を僅かにずらし、大剣を構えるダークを見ながら攻撃するタイミングを窺う。
(とんでもない攻撃力を持つダーク陛下を相手に戦いを長引かせるのはマズいわ。なら、短時間で終わらせる為に戦技で攻める!)
勝てる可能性があるうちに一気に勝負を仕掛ける、ファウはそう考えながら騎士剣を強く握った。
ファウは騎士剣に気力を送り込み、刀身を赤紫色に光らせる。ダークは光り出すファウの騎士剣を見て戦技を使おうとしている事に気付き、大剣を握る手に少しだけ力を入れた。
ダークが手に力を入れた直後、ファウは地面を蹴ってダークに向かって大きく跳び、ダークとの距離を一気に縮める。
「剣王破砕斬!」
ファウは中級戦技を発動させると勢いよくダークに向かって騎士剣を振る。ダークは素早く大剣を動かし、迫って来る騎士剣を止めた。切れ味と刀身の強度が増しており、先程の攻撃と比べると強い一撃だが、それでもダークは普通に防いだ。
中級戦技を簡単に防いだダークを見てファウは少し驚いた反応を見せる。だがすぐに表情を鋭くし、ダークの左側面に回り込んだ。そして再び刀身に気力を送り込んで戦技を発動させる。
「剛撃三連斬!」
騎士剣を持つ手に力を入れ、ファウはダークに三回連続で切り掛かる。ダークはファウの戦技に一瞬驚きの反応を見せるが素早く大剣で全ての攻撃を防いだ。
<剛撃三連斬>は敵に三回連続で攻撃する事ができる剣系の武器の中級戦技。攻撃力は剣王破砕斬よりも劣るが、素早く敵を三回攻撃できるので上手く全ての攻撃を当てられればダメージはこちらの方が多い。気力で強化された剣を素早く、しかも連続で三回振る為、使用者への疲労も大きいが、使い方次第で強敵を倒す事ができるので体得している者は大勢いる。
ファウは再び戦技を防いだダークに驚きの表情を浮かべる。そんなファウにダークは大剣を横に振って攻撃した。迫って来る大剣を見たファウは咄嗟に後ろに跳んでダークの攻撃を回避する。二人の激しい攻防を見て周りの帝国兵達は興奮しているのか声を漏らす。
主塔にいるゼルバムはファウがダークを押していると思っているのか笑みを浮かべながら戦いを見ている。帝国兵達もファウが優勢だと思っているが、実際は全く違っており、ファウがダークに押されている状態だった。
距離を取ったファウは汗を掻きながらダークを見る。中級戦技を連続で、それも普通に剣で防ぐなど英雄級の実力者でも一握りの存在にしかできない事だ。それを目の前にいる黒騎士は難なくやってのけている。ファウはあり得ない攻撃力と戦技を止めた事からダークが少なくとも英雄級の実力者である事は間違いないと感じ、緊迫した表情を浮かべた。
「大したものだ、中級戦技を連続で使ったにもかかわらず疲れを一切見せていない。かなりの鍛錬をしたのではないか?」
「ハハ……まぁ、少しは」
ダークに褒められてファウは小さく笑みを浮かべる。実際、彼女は剣の腕を見込まれて騎士団にスカウトされてから、自分を見込んでくれた者達の期待を裏切らない為に、家族を養う為に必死に剣の特訓をし、精鋭部隊である紅戦乙女隊に入隊した。今ではその実力は隊長であるカルディヌよりも上かもしれないと言われるくらいだ。
ファウは二度自分の戦技を見ただけで自分の努力を理解してくれたダークに対して小さな嬉しさを感じる。同時にダークと戦わなければならない事を残念に思った。
「さて、そろそろこちらも攻撃させてもらう」
ダークが目を薄っすらと赤く光らせながら攻撃を宣言し、それを聞いたファウは騎士剣を構え直してダークの動きを警戒する。その直後、ダークはファウに向かって跳び、一気にファウとの距離を縮めた。
ファウはダークのとてつもない速さに驚き目を大きく開く。そんなファウにダークは大剣を振って攻撃する。ファウは攻撃をかわそうとするが反応が遅れてしまった為、回避が間に合わない。仕方なくファウは騎士剣に気力を送って刀身の強度を高め、その状態でダークの攻撃を防ぐ事にした。
大剣は赤紫に光るファウの騎士剣とぶつかり、高い金属音を周囲に広げた。それと同時にファウに腕には強い衝撃が伝わり、ファウは表情を歪めながら衝撃と重さに耐える。
(ううぅっ! やっぱり、この重さには耐えられないわぁ!)
最初にダークの攻撃を止めた時と同じように騎士剣から伝わってくる異常な衝撃と重さにファウは心の中で声を上げた。
しばらく大剣の一撃に耐えていたが、やはり止め切れないと感じたファウは大剣を止めるのをやめて後ろへ跳んでダークから離れようとした。ところが、後ろへ跳んだファウの右側面にダークが素早く回り込み、それを見たファウは驚愕の表情を浮かべる。最初に攻撃を止められた時とファウの行動が同じだったのでダークはファウが態勢を整える前に側面に回り込んだのだ。
ダークは右手に大剣を持ち、空いている左手で拳を作るとファウに向かってパンチを放つ。ファウは突然のダークの攻撃の攻撃に驚いていた為、ダークのパンチをかわす事ができずに鎧の右肩を守る部分にパンチを受けてしまう。
「うああぁっ!」
右肩から伝わる衝撃と痛みにファウは表情を歪ませながら声を上げる。普通なら鎧の上から攻撃されれば大したダメージは受けないが、神に匹敵するダークの力の前では鎧も何の意味も無く、ファウは大きなダメージを受けた。
パンチを受けたファウは殴り飛ばされ、20mほど飛ばされた先で背中を地面に擦り付けながら停止する。右肩の痛みが酷いのか、ファウは仰向けに倒れたまま起き上がれずに歯を噛みしめていた。
ファウがダークの攻撃を受けて倒れる姿に帝国兵達は大きく目を見開きながら固まっている。主塔にいるゼルバムはファウが一撃でダークに倒されたのが信じられないのか驚愕の表情を浮かべてダークとファウを見ていた。
「ワ、ワンディー! 何をしている? 早く立ち上がって奴に反撃しろ!」
ゼルバムは倒れているファウに立ち上がるよう叫ぶが受けたダメージが大きすぎるのか、ファウは立ち上がる事ができずにいた。そんなファウを見てゼルバムは驚きの表情を浮かべながら後ろに下がる。
(どういう事だ!? ワンディーは紅戦乙女隊の分隊長の中でも特にレベルが高いはずだ。そのワンディーをアッサリと倒すなんて……ダーク・ビフレストはワンディー以上の力の持ち主と言う事か?)
信じたくはないが、ダークは精鋭騎士であるファウを簡単に倒すほどの実力を持っている。それを理解したゼルバムの表情からは先程まで見られた余裕が完全に消えていた。そして、同時にゼルバムは重要な事を思い出す。
ファウが立ち上がる事ができないという事はファウはもう戦えない、つまり一騎打ちはファウの負けを意味する。ファウが負けたという事は戦う前の約束どおり、帝国軍は連合軍に降伏しなくてはならないという事だ。それはゼルバムにとって最悪の結末だった。
(俺が、連合軍に負けるだと? 次代皇帝となるこの俺が……ふざけるな! 俺はこんな所であんな奴等に捕まっていい存在じゃない。俺は帝国を勝利に導く英雄となるのだぞ!)
デカンテス帝国の次の皇帝になる自分が敵に捕まり捕虜となるなんて嫌だ、胸を張ってメタンガイルの町に戻ってやる、そんな思いを胸にゼルバムは俯きながら険しい表情を浮かべている。そして、どうにかしてベトムシア砦に攻め込んできた連合軍に勝つ事はできないかと考えた。
「……やむを得ん、あの手を使うしかないか」
ゼルバムはゆっくりと顔を上げ、何かを決意した様な顔をしながら振り返り部屋の出入口の方へ歩き出した。
「最悪の事態を計算して、奴等をメタンガイルの町から連れて来たが、まさか本当に奴等を使う事になるとはな……」
低い声でブツブツと喋りながらゼルバムは出入口の扉の前までやって来る。そしてドアノブを掴むとゆっくりと窓の方を向いた。
「ワンディー、最後に皇族としてお前に最高の名誉をくれてやる」
ゼルバムは外で戦っているファウに向かってそう言うと扉を開け、静かに部屋を後にした。
主塔の外では帝国兵達が驚きの表情を浮かべながらダークとファウの戦いを見守っている。ダークは倒れているファウを見つめており、ファウも倒れたままの状態でいた。この時、広場にいるダーク達は誰一人、ゼルバムは何処かへ移動した事に気付いていない。
ダークの攻撃を受けて倒れていたファウは右肩の痛みが引くとゆっくりと起き上がり、座り込んだまま呼吸を整える。鎧のパンチが当たった箇所は凹んでおり、ダークのパンチの威力の高さを物語っていた。
落ち着きを取り戻すとファウは落ちている騎士剣を拾おうと右腕を動かす。だが、右腕を動かした瞬間、再び右肩から激痛が走り、ファウは表情を歪めながら右肩を押さえる。そんなファウの姿を見て帝国兵達、特にファウの部下と思われる女騎士達は心配そうな表情を浮かべた。
帝国兵達が心配そうにファウを見ているとダークがファウの方へと歩いて行き、彼女の目の前で立ち止まる。痛みに耐えながら右肩を押さえているファウをダークはジッと見下ろす。
「手加減したから骨は砕けていないはずだ。だがその状態ではもう剣は握れんだろう」
(て、手加減? これほどの痛みを与えるパンチが?)
ファウはダークの言葉に驚き、思わず目を見開く。マジックアイテムを使っていないのこれほどの力を出す事ができる、ファウは呆然としながらダークを見上げた。
ダークは驚いているファウを見つめながらゆっくりと大剣を彼女の顔の前まで持ってくる。ファウはダークの行動を見て一瞬驚くがすぐ真剣な表情を浮かべてダークを見つめた。
「剣が握れなくなった以上、戦技を使う事はおろか、戦う事もできない。これ以上戦っても何の意味がない……負けを認めてくれないか?」
このまま戦いを続けても結果は変わらないというダークの言葉を聞いてファウは小さく俯く。ダークの言う通り、利き腕が使えなくなってしまった以上、自分はもう全力では戦えない。仮に戦いを続けたとしても、自分が負けるのは火を見るより明らかな事だった。
負けを認めずに無様に抵抗を続けても自分の騎士としての誇りを傷つけるだけ、そう感じたファウはゆっくりと顔を上げてダークの方を見る。
「……分かりました。負けを認めます」
ファウの答えを聞いたダークは小さく笑いながら大剣を背中に納める。戦いを見守っていた帝国兵達はファウが負けを認めたのを見ると全員が暗い顔をしながら俯いたり、膝を付いたりした。
ダークは座り込んでいるファウに左手を差し出す。ファウは手を伸ばすダークを見て少し驚いた様な顔を見せるが、すぐにその意味を理解し、動かせる左手でダークの手を掴み、彼の力を借りて立ち上がった。
「ダーク陛下、約束どおり、あたし達帝国軍は降伏します。ただ、戦いの前にもお話ししたように、仲間達やゼルバム殿下の命は……」
「安心しろ、それは保障する。私も素直に負けを認めた敵に惨い仕打ちをする趣味は無いのでな」
「……ありがとうございます」
右肩を押さえながらファウは頭を下げて礼を言う。この時のファウはダークの寛大さを嬉しく思い、同時にこんな心の広い人物がなぜ黒騎士になってしまったのだろうと疑問に思った。
ダークは落ち込む帝国兵達を見て、もう抵抗する様子は無いと感じると視線を主塔にいるゼルバムの方へ向けた。だがそこにはゼルバムの姿が無く、ダークは僅かに驚いた反応を見せる。
「……ゼルバムがいない」
「え?」
ダークの言葉を聞き、ファウも主塔の方を向いた。確かにさっきまでゼルバムがいた所に姿は無く、ファウは目を見開きながら周囲を見回してゼルバムを探す。
「……ちょっとちょっと、殿下ったら何処に行っちゃったのよ?」
「……? 貴公は何も聞いていないのか?」
「え、ええ、何も……」
ゼルバムがいなくなった事についてファウも何も知らない事を知ったダークは低い声を出しながら考え込む。するとダークは真上から何かの気配を感じてフッと上を向く。そこには帝国飛竜団のスモールワイバーンが八体、上空を飛び回っている姿があった。
しかもよく見ると、スモールワイバーン達は両足で何かを掴んでいた。太めのロープが括り付いている大きな木箱で、その中には大きめの樽が幾つも収納されている。スモールワイバーン達は両足でロープを掴み、木箱を持ち上げながら空を飛んでいた。
ファウや帝国兵達も驚きながら突然現れたスモールワイバーン達を見上げており、ダークは飛び回っているスモールワイバーン達を不思議そうに見上げていた。