第百七十九話 邪智のゼルバム
ベトムシア砦の最奥部にある主塔では大勢の帝国騎士が騒いでいる。連合軍からの攻撃を受けただけでなく、門を破壊されて砦の中に侵入されてしまったのだから全員が慌てた様子で走り回っていた。
主塔の一室では数人の帝国騎士とメタンガイルの町からやって来たゼルバム、ファウの姿がある。彼等も突然の連合軍の攻撃と侵入に驚いているらしく全員が緊迫した表情を浮かべていた。
「クソォ! またしても連合軍に後れを取るとは!」
ゼルバムは目の前の机を両手で強く叩きながら声を上げる。今自分がいるベトムシア砦がラーナーズの町の時と同じ状況になっている事に酷く腹を立てているようだ。そんなゼルバムの姿を帝国騎士やファウは複雑そうな顔で見ている。
「おい、戦況はどうなっているんだ!?」
「あ、ハイ! ただいま守備隊が連合軍と交戦しております。しかし、敵の騎士の中に強力な武器を使う者が多く存在しており、我が軍は苦戦しているとの事です」
中年の帝国騎士はゼルバムに現在分かっている戦況について語る。それを聞いたゼルバムは再び机を強く叩いた。
「ええいっ! 何をやっておるのだ! 砦にいる全ての兵をぶつけて連合軍を片付けろ!」
「し、しかし、それでは砦内の守りが崩れてしまいます。その状態でもし敵に防衛線を突破されたら一気にこの主塔まで攻め込まれてしまいます」
「チッ!」
戦力の配置を変えれば自分達が不利になる、帝国騎士からそう聞かされたゼルバムは険しい顔をしながら舌打ちをする。帝国騎士達は大人しくなったゼルバムを見て小さく息を吐く。
ゼルバムは自分に屈辱を与えた連合軍に勝つ為にベトムシア砦までやって来た。砦の帝国軍が攻め込んできた連合軍を返り討ちにし、連合軍に敗北を与える光景を見るつもりだったのに帝国軍が連合軍に押されている。どうして帝国軍は何度も連合軍に後れを取ってしまうのか、ゼルバムはイライラしながらそう思っていた。
「おい、ワンディー、何か連合軍を倒すいい案はないのか?」
「え? い、いい案ですか?」
突然いい案がないかとゼルバムに聞かれたファウは自分の指差す。ゼルバムだけでなく、部屋の中にいる帝国騎士達も全員ファウの方を見ている。
ゼルバムはデカンテス帝国の精鋭部隊である紅戦乙女隊の一員であるファウなら何か作戦を思いつくだろうと考えてファウの意見を聞いたのだ。帝国騎士達もゼルバムと同じように優秀な女騎士であるファウに期待している様子を見せていた。
しかし、当のファウは困り顔でゼルバムは帝国騎士達を見ている。いくら精鋭と言われている紅戦乙女隊の隊員である自分でも砦内に突入して来た敵軍を押し戻すいい作戦などすぐに思いつくはずがなかった。
全員から期待の視線を向けられている中、ファウは後頭部を掻きながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「す、すみません、あたしもどうすればいいのかちょっと……」
「何? お前はカルディヌの部隊でも優秀な騎士なのだろう、それなのに何もいい案が浮かばないというのか?」
「も、申し訳ありません……」
苦笑いを浮かべながらファウはゼルバムに謝罪する。ゼルバムは期待していたファウが使えない事を知ると再び不機嫌そうな顔で舌打ちした。
「まったく、肝心な時に役に立たない奴だ!」
腕を組みながら嫌味を言うゼルバムをファウは困り顔で見つめる。自分が何も案を思いつかなかったのに他人が思いつかなかったら悪く言うゼルバムの性格にファウは内心呆れ果てていた。
(カルディヌ殿下の仰ったとおり、かなり問題のある性格みたいね、この人……)
ファウは目を細くしてゼルバムを見つめながら心の中で呟く。今までに何度かカルディヌからゼルバムは皇族の中で問題のある性格をしていると聞いてはいたが、自分が予想していた以上に問題のある性格だったので驚いた様だ。
ゼルバム達が連合軍を押し返すいい案がないか考えていると主塔の外から爆発音が聞こえて来た。それを聞いたゼルバム達は窓から爆発音が聞こえた方角を確認する。そして主塔から遠く離れた所にある広場から煙が上がっているのを見つけた。
一体最前線では何が起きているのか、ゼルバム達は望遠鏡を手に取り、煙が上がっている場所を覗いてみる。するとゼルバム達の目に広場の中で槍を持つ帝国兵達を次々と倒していく黒騎士の姿が飛び込んできた。
「な、何だあの騎士は?」
「全身黒い鎧を着ているが、黒騎士なのか?」
帝国騎士達は黒騎士の姿を見ると望遠鏡を下ろして驚きの表情を浮かべる。ゼルバムも望遠鏡を覗いたまま僅かに驚いた顔をしていた。
「兵達をあんなにも簡単に倒すとは……ッ! まさか、アイツがラーナーズの町で門を破壊した黒騎士か?」
ゼルバムは目を見開きながらラーナーズの町で暴れた黒騎士の事を思い出す。直接姿を見たのはこれが初めてだが、帝国兵達を薙ぎ倒していく姿を目にして今自分が見ている黒騎士がラーナーズの町を襲撃した黒騎士で間違いないとゼルバムは確信する。
ラーナーズの町の強固な門を破壊するほどの力を持つ黒騎士がベトムシア砦に攻め込んで来た連合軍の中にいるのを知ってゼルバムは微量の汗を流す。
(メルゼン達の会話からかなり強いとは聞いていたが、まさかあれほどとはな……という事は、あの黒騎士がビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストなのか?)
ゼルバムはラーナーズの町にいた時のように黒騎士の正体がダークだと考える。だが、ダークの姿を直接見た事がない為、間違いなくダークだと確信できずにいた。
黒騎士が何者なのか分からず、ゼルバムは難しそうな表情を浮かべる。すると、ゼルバムの隣で望遠鏡を覗いていたファウが驚きの表情を浮かべながら望遠鏡をゆっくりと下ろす。
「あ、あれは、ダーク・ビフレスト陛下」
「何っ?」
ファウの言葉を聞いたゼルバムは望遠鏡を覗くのをやめてファウの方を見る。他の帝国騎士達もファウの口から出て名前を聞いて一斉に彼女の方を向いた。
戦争前の謝罪会談でファウはダークの姿を直接見ている。見たのはその時の一度だけだがダークの雰囲気や印象が強かったので忘れる事はなかった。その為、広場で暴れる黒騎士を見た時にすぐにダークだと気付いたのだ。
「ワンディー、あの黒騎士がビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストなのか?」
「ハ、ハイ、戦争が始まる前の会談で一度見ておりますので、間違いありません」
ファウはゼルバムの方を向いて頷きながら答える。それを聞いたゼルバムは視線をファウから広場で戦っているダークに変えた。自分が見た黒騎士が敵国の王であるダークに間違いないと知ったゼルバムは心の中で驚く。同時に最大のチャンスが来たと喜びを感じていた。
(ビフレスト王国の王であるダーク・ビフレスト、此処で奴を捕らえる事ができればこの戦争は我々デカンテス帝国の勝利だ。そしてもし俺の考えた作戦で奴を倒す事ができれば、敵国の王を捕らえて帝国を勝利へ導いた存在となり、次の皇帝となる事は間違いない!)
ゼルンバムは不敵な笑みを浮かべながら遠くの広場で戦うダークを見ている。この戦いで勝利すれば自分の望みが全て叶う、どんな手を使ってもこの砦での戦いに勝利してやるとゼルバムは考えた。
ファウは不敵な笑みを浮かべるゼルバムを見て気味が悪いと感じたのか表情を僅かに歪めながら一歩下がる。するとゼルバムは笑顔を消し、真剣な表情を浮かべて部屋にいるファウや帝国騎士達の方を見た。
「聞け、お前達! 敵の中にはビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストがいる。奴を捕らえればこの戦争は我ら帝国の勝利となる。どんな手を使ってでも奴を捕らえるのだ!」
「で、殿下、いくら何でもそれはちょっと……情報ではその黒騎士、つまりダーク・ビフレスト陛下はラーナーズの町の門を一撃で破壊したと聞いています。つまり、特殊な力かマジックアイテムを持っている可能性があるという事です。そんな相手を生け捕りにするのは非常に困難かと思われます」
「マジックアイテムにだって使用できる回数がある。マジックアイテムが使えなくなったところを捕らえればいい! 生け捕りが無理なら殺しても構わん。どうせ交戦国の王だ、前線で死んでも我々帝国には何も問題はないはずだ。父上も、皇帝陛下もそうおっしゃるはずだ」
ゼルバムの発言に帝国騎士達はどこか困った様な表情を浮かべている。ファウも目を細くしながらゼルバムを見ていた。
未知の力やマジックアイテムを持っているかもしれない敵に何も考えず、何の対策もせずに突っ込むのは自殺行為だ。ファウ達は敵を倒し、戦いに勝つ事だけしか考えないゼルバムに呆れていた。
「砦中に兵士達に伝えろ。今この砦にはビフレスト王国の王であるダーク・ビフレストがいる、他の敵は無視して奴を倒す事だけ考えろ。そして奴を打ち取った者には望む褒美を与えるとな!」
力の入った声でゼルバムは帝国騎士達に指示を出し、それを聞いた帝国騎士達は複雑そうな表情を浮かべる。ゼルバムは動かずにその場にジッとしている帝国騎士達を見て目を細くした。
「何をしている? 早く兵士達に伝えに行け!」
「ハ、ハイ!」
鋭い目で命令するゼルバムに一人の帝国騎士が返事をし、慌てて部屋から出て行く。他の帝国騎士も後を追う様に部屋を後にし、部屋にはゼルバムとファウだけが残った。
「望む褒美が手に入ると聞けば兵士達も死に物狂いでダーク・ビフレストを倒そうとするだろう。いくら未知のマジックアイテムや力を持っていたとしても、砦中の兵士達を相手にすればいつかは隙ができる。そこを一気に叩いてやる」
不敵な笑みを浮かべながらゼルバムは呟き、ファウはゼルバムの言葉を聞いて目を大きく開きながら彼を見つめる。
ファウはこの時、ゼルバムは兵士達を特攻させ、ダークの体力を削る為に使い捨てにしようとしている事を知る。なぜそんな惨い作戦を思いつき、平気で実行しようとするのか、ファウは全く理解できずにゼルバムを軽蔑するような目で見つめた。
ゼルバムはファウから冷たい目で見られている事に気付かずに再び窓の外を覗き、遠くで戦っているダークを見つめる。既にダークの周りには大勢の帝国兵や帝国騎士が倒れているがゼルバムは帝国兵達の死に対して悲しさなどは感じていない。寧ろ、帝国の為に死ねたのだから誇りに思えと思っている。
「ワンディー、お前とお前の部下達にもダーク・ビフレストを倒す為に働いてもらうぞ」
外の様子を眺めながらゼルバムはファウに声をかけて来た。ファウはピクッと反応して驚くがすぐに真剣な表情を浮かべてゼルバムを見つめる。
「……私達は何をすればいいんですか?」
「あり得ないだろうが、もしダークが兵士達を倒してこの主塔まで攻め込んできた場合はお前とお前の部下達にダークを倒してもらう」
ダークを倒す為に送り込んだ帝国兵達が全滅した時の事を考え、ゼルバムは紅戦乙女隊のエリート騎士であるファウにダークと戦う事を命じる。帝国兵達が負けるとは思っていないが、念の為に保険を掛けておこうと思ったようだ。
ファウは自分の方を向いて小さく笑うゼルバムをジッと見つめる。彼女もカルディヌの命令で連合軍と戦う為にこのベトムシア砦に来たので、敵と戦えと命じられればそれに従うつもりでいた。例えその命令する人物がどれだけ性格が悪い人間でもだ。
「……分かりました。ただ、一つだけお願いがあります」
「何だ?」
「ダーク・ビフレスト陛下と戦う場合、あたし一人で陛下の相手をさせてください。一人の敵を相手に複数で戦うのはあたしの騎士道に反しますので」
命令には従うが、騎士として一対一で戦いたいファウは自分の意思をゼルバムに伝える。ゼルバムはファウの希望を聞くと僅かに不満そうな表情を見せた。デカンテス帝国が勝利する重要な戦いに騎士道を優先させるファウの考え方が気に入らないのだろう。
だが今、ベトムシア砦にいる戦士の中でダークに勝てる可能性があるのはファウだけ。ファウに戦ってもらう為にも彼女が希望は聞いてやった方がいいとゼルバムは考えた。
「……いいだろう。その代わり、必ず奴を倒せよ?」
「ハイ……」
ゼルバムの顔を見てファウは低い声で返事をする。そして、戦いの準備をする為にゼルバムに一礼をしてから部屋を後にする。ファウが部屋を出て行くと一人残ったゼルバムは不満そうな顔で出入口の扉を見つめた。
ベトムシア砦の中央にある広場、そこは砦にいる兵士達が訓練をする為の訓練場なのか広場の隅には訓練用の木人形が何体も並べられている。その訓練場の真ん中に大剣を握るダークが立っていた。
門を突破した後、ダーク達は順調に進軍していき、現在はベトムシア砦の三分の一を制圧しており、門の近くに一部の戦力を残し、残りの戦力と共に進軍を進めていた。
ダークの周りには大勢の帝国兵、帝国騎士の死体があり、その全てに深く大きな切傷がある。全員がダークに挑み、返り討ちに遭った者達だ。一方でダークは当然の様に傷一つ負っていない無傷の状態だった。
「これでこの辺りの敵は全て片付けたか」
大剣を肩に担ぎながらダークは周囲を見回す。周りには生きている帝国兵や帝国騎士、連合軍の騎士達の姿も無く、ダーク一人だけが立っていた。ダークは一人で敵に突っ込んでいき、いつの間には仲間の騎士達から離れてしまっていたのだ。
遠くでは青銅騎士達が敵と交戦している姿があり、彼等も次々と帝国兵達を倒していく。ただ、青銅騎士達の足元には帝国兵だけでなく、同じ青銅騎士も何人か倒れている。帝国兵達との戦いに敗れて倒された騎士だ。帝国兵達も勝つ為に全力で青銅騎士達と戦っているらしい。
しかし、倒されているのは普通の剣や盾を装備した弱い青銅騎士で魔法の武器や防具を装備した青銅騎士や白銀騎士は一体も倒れていなかった。帝国兵達も魔法の武具を装備した騎士には勝てないようだ。
何体か青銅騎士が倒されても連合軍が優勢なのは変わらず、青銅騎士達は帝国兵を倒しながら少しずつ進軍していく。その光景を見たダークは青銅騎士達は放っておいても大丈夫だろうと考えていた。
「さて、この辺りを制圧したら更に奥へ進軍して砦の中核を叩くか……と、その前に外で待機しているアリシア達に合図を送って……」
ベトムシア砦の外で待機しているアリシアと彼女が率いる部隊に合図を送ろうとする。するとダークの頭の中に声が響いた。
(マスター)
高い少年の声を聞き、ダークはふと顔を上げて耳に手を当てた。
「ノワールか、どうした?」
(今、砦の上空から砦内にいる敵の位置を確認していたのですが、砦の最奥部、中核らしき建物がある場所から大勢の敵がマスターのいる所に向かっています)
ベトムシア砦の門から少し離れた場所の上空でノワールは宙に浮きながら遠くの最奥部を見ている。確かに建物や塔が密集している場所から大勢の帝国兵や帝国騎士が走ってダークがいる訓練場に向かっていた。ノワールはメッセージクリスタルを手にしながら真剣な表情で敵の様子を窺っている。
ノワールの報告を聞いたダークはベトムシア砦の最奥部がある方角を見た。まだダークのいる位置からでは敵の姿は確認できないが、微かに大勢の人間が叫ぶ声が聞こえる。
「ノワール、敵の人数がどのくらいか分かるか?」
(正確な人数は分かりませんが、少なくとも千人はいると思います)
「千人か……その中に普通の兵士や騎士とは違う雰囲気の敵はいるか?」
(いいえ、そう言った感じの敵は見当たりません。普通の兵士と騎士達だけです)
「なら、何も問題はないな」
何か普通の敵とは違う敵がいれば警戒するが、これまで戦って来た敵と同じ存在なら普通に倒せるとダークは考える。だが、それと同時にダークにはある疑問が浮上していた。
「しかし、どうして奴等はいきなりそんな大勢の戦力を動かしてきたんだ? 今までは自分達から私達に攻撃を仕掛けてくるような事はせず、攻め込んできた私達を迎え撃つように戦っていたのに……」
(もしかすると、僕等を押し返す為に全ての戦力をぶつける捨て身の作戦に出たのでは?)
「ウム、その可能性も考えられる」
ノワールの意見を聞いてダークは小さく頷きながら答える。だが、ダークはまだ確信してはおらず、帝国軍は何か他に別の考えがあって大部隊を動かしたのかもしれないと思っていた。
(マスター、どうしましょう? 僕がそちらに向かって魔法で一掃しますか?)
「いや、私一人で十分だ。お前は外で待機しているアリシア達に合図を送り、砦に突入させてくれ」
(分かりました)
そう言うとノワールの声は聞こえなくなった。ダークはノワールとの通信が終わると両手で大剣を構えて最奥部がある方角を見つめる。しばらくすると遠くから大勢の帝国兵、帝国騎士が武器を握って走って来る姿が見えた。千人近くの敵が声を上げながら走って来る光景を目にしても余裕なのかダークは小さく笑う。
走って来る帝国軍の前の方にいる帝国兵と帝国騎士達はダークの姿を確認すると一斉に彼に向かって突撃していく。彼等はゼルバムからダークを倒すように命令を受けた者達でそのほぼ全員がダークを倒した時の褒美を狙っていた。
遠くにいる青銅騎士達の方には行かず、自分に向かってくる帝国兵達を見てダークは目を赤く光らせた。ダークはLMFにいた頃にも何度か数百体の下級モンスターや傭兵NPCと戦った事があり、難なく全ての敵を倒している。その為か大勢の敵を見ても恐怖や不安は感じなかったのだ。
「フッ、見せてもらおうか? 帝国軍の底力というものを!」
大剣を横に構えながらダークは力の入った声を出し、帝国兵達に向かって走って行く。そして前の方にいる帝国兵達とぶつかる瞬間に大剣を大きく横に振って大勢の帝国兵と帝国騎士を薙ぎ払った。
目の前の帝国兵達を倒したダークは素早く右を向いて大剣を振り下ろす。大剣は一人の帝国兵の体を真っ二つにして地面を叩く。するとダークの振り下ろしの力のよって周囲に衝撃波が発生し、近くにいた帝国兵、帝国騎士達を吹き飛ばす。
ダークの異常な攻撃力に帝国兵達は驚きを隠せずにいた。だが中には怯まずにダークに向かって行く者もおり、ダークの側面や背後に回り込んで剣や槍で攻撃した。しかしダークは帝国兵達の存在に気付いており、攻撃される前に大剣で帝国兵達を切り捨てる。既にダークの周りには三十人ほどの帝国兵、帝国騎士が倒れていた。
「な、何という力だ。たった一人で、しかも五分と経たないうちに多くの仲間を殺すとは……」
帝国騎士の一人が騎士剣を構えながらダークの力に驚く。彼の周りにいた他の国兵や帝国騎士も武器を構えながら驚きの表情を浮かべている。
ダークは帝国兵達に取り囲まれており、傍から見ればダークが追い込まれている様に見えるが、実際に追い込まれているのは帝国兵達の方だった。たった一人の敵に大勢の仲間を殺され、隙を突いて攻撃しても倒す事ができない。帝国兵達は本当に勝つ事ができるのかと不安を感じるようになっていた。
「怯むなぁ! 敵はたった一人、それに比べてこちらは八百人なのだぞ。決して負ける事はない!」
一人の帝国騎士が騎士剣を掲げて声を上げ、それを聞いた周りの帝国兵達の顔に闘志が戻る。いくら敵が未知の力を持つ相手でも数で押し切れば勝てると感じ、帝国兵達は武器を構えてダークを睨んだ。
(なんだ、千人以上かと思ったが八百人しかいなかったのか)
敵がノワールから聞いた人数よりも少なかった事を知り、ダークはつまらなそうに心の中で呟く。だが、人数が少なければ予定よりも早く敵を片づけられるとも考えていた。
ダークが周りにいる帝国兵達を見ているとダークの後ろから三人の帝国兵が槍を構えて突撃して来る。ダークは背後から攻撃を仕掛けて来た帝国兵達に気付いて後ろを向くがその場を動かずにいた。
背を向けたままのダークに帝国兵達は槍で突きを放つ。ところが槍先はダークに刺さる直前と目に見えない何かに弾かれて折れてしまう。帝国兵達はいきなり折れてしまった槍を見て目を丸くする。そんな帝国兵達を見てダークは振り向きながら大剣を横に振り、攻撃して来た三人の帝国兵を切り捨てた。
ダークが帝国兵を切り捨てると今度は四人の帝国騎士がダークの左右、後ろから走って来てダークに騎士剣で切り掛かる。だが騎士剣は帝国兵達の槍と同じように見えない何かに弾かれてしまった。
「ど、どうなっている。なぜ我らの剣が通じない?」
目の前で起きている現象に驚き、帝国騎士の一人が自分の騎士剣を見ながら声を漏らす。他の帝国騎士達も自分の騎士剣やダークを見て驚きの表情を浮かべていた。
ダークはゆっくりと振り返って攻撃して来た帝国騎士達の方を向く。すると大剣をゆっくりと掲げ、刀身に黒い炎を纏わせる。帝国騎士や他の帝国兵達はダークが何か仕掛けて来ると感じて距離を取ろうとするが、その前にダークが動いた。
「黒炎爆死斬!」
黒い炎を纏っている大剣をダークは勢いよく振り下ろして地面を叩く。すると刀身が地面に触れた瞬間、そこを中心に大爆発が起きてダークの周りにいる帝国兵達を呑み込んだ。爆発に呑まれた帝国兵達は声を上げる間もなく消し飛ばされ、爆発が治まった時にはダークを取り囲んでいた者の半分以上が消滅していた。
運よく爆発に呑まれずに生き延びた帝国兵、帝国騎士達はその場に座り込みながら愕然としている。そして爆発地点の中心で何事も無かったかのように立っているダークの姿を見て恐怖を感じ取った。
「ば、化け物だ……」
「あんな奴に勝てるはずがねぇ」
帝国兵達はダークを見ながら震えて声を出している。彼等はようやく自分達では目の前にいる黒騎士には勝てないと悟ったようだ。
ダークは生き残っている帝国兵達の方を向き、ゆっくりと彼等に近づいて行く。すると帝国兵、帝国騎士達は一斉に声を上げながら立ち上がり、自分達がやって来た方角へ走って逃げていった。
もうゼルバムから言われた褒美などどうでもいい、生き残る事だけを考えて帝国兵達は全速力で走っていた。
「何だ、逃げるのか? まだ三百人くらい残っているのに根性の無い奴等だな」
敵を前に背を向けて逃げ出す帝国兵達を見てダークは呆れた様な声を出す。こういう場合、普通は追撃を加えるものだが、ダークは追撃する気は無くそのままに帝国兵達を逃がした。
ダークが逃げる帝国兵達を見ていると彼の下に大勢の青銅騎士、白銀騎士達がやって来た。先程まで戦っていた帝国兵達を全員倒したのでダークと合流したようだ。ダークは集まった青銅騎士達を見ると人数を簡単に確認する。
「青銅騎士が十数人倒されたが、問題はないな……私はこれから砦の最奥部へ向かって進軍する。三分の一は私に同行し、残りは敵を倒しながらこの辺りの制圧を続けろ。そしてアリシアの部隊と合流したら彼女の指示に従え」
命令されると青銅騎士達は無言で行動を開始する。ダークに言われたとおり、集まっている戦力の三分の一はその場に残り、残る三分の二は散開して訓練場とその周辺にある建物の制圧に向かった。
ダークは青銅騎士達が動いたのを確認すると残っている三分の一の戦力を連れて帝国兵達が逃げて行った方角、つまりベトムシア砦の最奥部へと進軍を再開した。
同時刻、ベトムシア砦の門の前にある広場では大勢の青銅騎士、白銀騎士達が周囲を警戒しており、門から少し離れた所にある倉庫や兵舎らしき建物の前では捕らえられた帝国兵や帝国騎士達が地面に座っており、十数人の青銅騎士達がそれを見張っていた。既に門の周辺は連合軍が制圧しており、守備隊の帝国兵達は殆どが倒され、生き残った者達も全員投降している。
数人の青銅騎士が門を警備していると砦の外からアリシアと彼女が率いる三千人の部隊が砦に近づいて来た。アリシアは数分前に砦の方から空に向かって合図である赤い光が打ち上げられるのを確認し、自分の部隊を連れて砦に進軍したのだ。
アリシア達が門に近づくと警備していた青銅騎士達は道を開けてアリシア達を砦の中に入れた。先頭のアリシアが砦の中に入ると大勢の青銅騎士、白銀騎士、黄金騎士も隊列を組んでアリシアの後をついて行くように砦の中へと入って行く。全員が砦の中に入るとアリシアは連れて来た青銅騎士達の方を向いて真剣な表情を浮かべた。
「いいか! これより私達はベトムシア砦の最奥部に向かって進軍する。ダーク陛下の先遣部隊によって敵は大勢倒されてはいるが、まだ敵が何処かに潜んでいる可能性もある。油断するな!」
叫ぶ様にアリシアは青銅騎士達に言う。青銅騎士達は誰一人返事をしないが、アリシアは青銅騎士達はちゃんと理解したと感じ、砦の奥へ進もうとする。すると、上空からノワールが急降下して来てアリシアの前に着地した。
「アリシアさん、ご苦労様です」
「ノワール、戦況はどうなっているんだ?」
「ハイ、この辺りにいる敵は粗方片づけました。ですが、まだ奥の方には大勢の帝国兵がいるみたいです。特に砦の中核らしき建物がある最奥部にはかなりの戦力がいるようです」
「そうか……ところでダークはどうした?」
アリシアはダークの姿が見えない事に気付き、ノワールにダークの居場所を尋ねる。
「マスターは先遣部隊の一部を此処に残して砦の奥へ進軍していきました。少し前にも千人近くの帝国軍と遭遇して戦っていました」
「千人の帝国軍と……それで、ダークはどうしたんだ?」
「勿論、勝ちました」
誇らしく語るノワールを見てアリシアは小さく笑う。レベル100で神に匹敵する力を持つダークが千人とは言え、レベル10代から20代の敵に負けるとは思っていなかった。
「それでダークは今何処にいるんだ?」
「恐らく砦の最奥部へ向かったと思います」
「一人で行ったのか?」
「いえ、それはないでしょう。きっと同行させた先遣部隊を連れて行った思います」
「そうか。だが、まだ砦の奥には大勢の敵がいるのだろう? ダークなら負ける事はあり得ないだろうが、念の為に私も騎士達を連れて最奥部へ向かう」
「分かりました、僕は残っている騎士達と共に制圧範囲を広げながら少しずつ進軍していきます」
「ああ、頼むぞ」
アリシアは門の確保と砦内の制圧をノワールに任せると自分が連れて来た三千人の内、二千人を連れてベトムシア砦の最奥部へ向かう。ノワールはアリシアが残した千人の部隊と門の近くに残っていた部隊と共に少しずつ砦の奥を目指しながら制圧範囲を広げていった。