第十七話 盗賊の真実と怪物蜘蛛の秘密
自分の攻撃を軽々とかわしたアリシアを見てジェイクは彼女が只の騎士ではないと察する。正面から普通に攻撃しても命中する可能性は低いと考えたジェイクは別の方法で攻撃することを考え、バルディッシュを中段構えに持ち、アリシアの様子を窺った。
アリシアはジェイクが構えを変えたのを見て、今度は複雑な攻撃をしてくると感じ、騎士剣を構えながら足に力を入れ、いつでも移動できる態勢に入った。兵士たちや盗賊の男も緊迫した空気の中、二人の戦いを黙って見守っている。
「……なかなかやるじゃねぇか、お嬢ちゃん。てっきり普通の騎士かと思ってたんだが、まさか俺の最初の攻撃をかわすとは思わなかったぜ?」
「お前もクラッシャーの才能はかなりのものだ。盗賊にお前ほどの男がいるとは思わなかった」
「こう見えても、盗賊になる前は騎士を目指していたんでね」
自分の過去を明かしたジェイクは小さく笑い、そんなジェイクを見てアリシアは意外そうな顔を見せる。
昔は騎士を目指していた者が今では盗賊の頭目になって人々に迷惑をかけている。人間とは生き方を簡単に変えることができる生き物なのだと感じ、アリシアは黙り込んでジェイクを見つめた。
最初の一撃がかわされたことでジェイクのアリシアに対する警戒心も変わった。正面からの攻撃をかわされた以上、攻撃手段を変えて戦った方がいいと考える。
(……最初の振り下ろしはかわされたが、今度はそうはいかねぇ。お前が予想もできないような攻撃で片付けてやるぜ!)
心の中で呟くジェイクはバルディッシュを握りながら笑う。そんなジェイクをアリシアは黙って見つめていた。
二人がしばらく睨み合っていると、ジェイクが先に動き出した。アリシアに向かって走りながらバルディッシュを強く握り、もの凄い速さで振り回してアリシアに攻撃する。重量系の武器であるバルディッシュをとんでもない速さで振り回すジェイクを見て兵士たちは驚いた。
アリシアも少し驚いたような顔をしているが、冷静に振り回されるバルディッシュを見つめている。今の彼女にはジェイクが振り回すバリディッシュがゆっくりと動いているように見えており、かわすのは容易だった。
迫ってくるバルディッシュの刃を華麗にかわしていくアリシア。その表情はとても落ち着いたものだった。兵士たちはアリシアがジェイクの連続攻撃をかわす姿に驚き呆然としている。
「ば、馬鹿なっ、俺の攻撃を……!」
攻撃しているジェイク本人は兵士たち以上に驚いている。必死にかわす様子も見せずに静かに落ち着いて攻撃をかわすアリシアの姿に目を疑った。
アリシアがジェイクの連続攻撃をかわしていると、ジェイクは一度体勢を立て直すために後退する。連続でバルディッシュを振り回したことで疲れが出てきたのかジェイクは息を乱しながらアリシアを睨む。一方でアリシアは全く疲れた様子を見せずに黙ってジェイクを見つめている。それはジェイクのクラッシャーとしてのプライドに大きな傷を付けることになった。
(な、なんなんだあの女は? 俺の連続攻撃を全部かわし、しかも顔色一つ変えてねぇなんて……)
アリシアの回避能力と冷静な態度にジェイクは心の中で動揺する。騎士団の中に自分の連続攻撃をあんなに楽々とかわし切った者がいるなんて思わなかったからだ。
クラッシャーとして、自分はかなりの技量を持っていると自信があったジェイク。重量系の武器を両手持ちとは言え、軽々と持ち上げて短剣のように早く振り回すことのできる筋力、一瞬で相手との距離を縮める脚力、普通のクラッシャーでは到底得られない力を自分は持っていた。
だが、そんな自分の力が目の前に立っている女騎士には全く通用しない。しかもその女騎士が自分よりも若く、体も小さいとなればショックも相当なものと言える。
アリシアを見つめながらジェイクは微量の汗を流す。その様子を見ていたアリシアはジェイクの心が乱れていることを気付き、心理戦では自分が有利に立っていると知る。
「まだ戦うつもりか? お前なら私と自分との力の差にもう気付いているはずだ。これ以上戦っても無意味だ。武器を捨てて降参しろ」
「ふ、ふざけるな! 俺はまだ戦える。俺の連撃をかわしたぐらいで調子に乗るな! 俺にはまだ切り札があるんだよ!」
ジェイクは投降を勧めるアリシアを睨みつけ、大声で怒鳴りつける。そんなジェイクを見てアリシアは困ったような表情を浮かべた。
アリシアを睨んだままジェイクはバルディッシュを横に構える。そしてバルディッシュの柄を強く握り、まるで何かの力をバルディッシュに送り込むような行動を取った。すると、バルディッシュの刃が薄っすらと黄色く光り出し、その直後にジェイクはアリシアに向かって再び走り出す。
「……あれは!」
バルディッシュの刃が黄色く光のを見たアリシアは驚く。兵士たちもジェイクのバルディッシュを見て目を見開いていた。
「くらえぇ! 岩砕斬!」
アリシアが驚いている中、ジェイクはアリシアの目の前まで来てバルディッシュを大きく横に振った。
ジェイクが使った<岩砕斬>とはクラッシャーのようなパワー重視の戦士系職業を持つ者が使うことのできる技の一つだ。武器に気力を送り、岩を粉砕できるほど武器の強度を高めることができる。ただ、これは魔法やダークの使う暗黒剣技、アリシアの使い神聖剣技のような特殊攻撃はできず、武器の破壊力や切れ味などを高める技だ。そのため、訓練さえすればどんな戦士系職業でも使えるようになる。そんな技をこの世界では<戦技>と呼ぶ。
盗賊であるジェイクが戦技を使えることに驚くアリシアは一瞬迫ってくるバルディッシュの刃への反応が遅れてしまい、回避が間に合わない状態になってしまう。
回避が間に合わないと悟ったアリシアはかわすのをやめて防御することにした。騎士剣で止められるか若干不安だったが、悩んでいる暇は無い。アリシアは騎士剣を縦に持ち、もう片方の手で剣身部分に手を当ててバルディッシュの刃を止めようとする。
(馬鹿め、岩砕斬をそんな物で止められるものか!)
アリシアの姿を見たジェイクは岩砕斬を止めることはできないと確信する。しかしそんなジェイクの確信は一瞬にして消え去ることになった。
バルディッシュの刃がアリシアの騎士剣の剣身とぶつかり、静かな林に高い金属音が響く。それと同時に小さな衝撃が広がり、兵士たちは怯んだ。しかしアリシアはジェイクの岩砕斬を見事に止めていた。しかもアリシアの足元には衝撃を止めた時に押されたような跡は見られない。つまりアリシアはジェイクの攻撃を止め、その場で踏みとどまったのだ。
「そ、そんな馬鹿な……岩砕斬を止めた、だと……?」
自分の戦技を止められたことが信じられないジェイクはショックのあまり腕を下ろし、バルディッシュを握る手を放す。手から離れたバルディッシュは地面に落ちて低い音を立てる。ジェイクだけでなく、ジェイクの後ろにいた部下の盗賊も驚きを隠せずに固まていた。
アリシアはショックで完全に隙を見せているジェイクの腹部に蹴りを入れて反撃する。その細い足からは想像もできない力がジェイクの巨体を大きく後ろに飛ばした。
「ぐおおおおおおぉ!」
腹部から伝わる衝撃と重さにジェイクは飛ばされながら声を上げ、5、6m先まで飛ばされ、仰向けになって倒れた。兵士や盗賊はアリシアのとんでもない力に言葉を失い飛ばされてジェイクを見つめる。
ジェイクが飛ばされるのを見たアリシアはふと自分の騎士剣に目をやる。すると騎士剣の刀身は真ん中から罅が入り、ぼろぼろと崩れるように砕けてしまった。ジェイクの戦技からアリシアを守るために盾代わりになった騎士剣は戦技の力に耐えることができずに粉々になってしまったのだ。
(やっぱり砕けたか……まぁ、重量系の戦技を受けたのだから普通の剣ならこうなるな。ハァ……こんなことならダークから貰ったあの聖剣エクスキャリバーを持ってくればよかった)
使えなくなった自分の騎士剣を見つめるアリシアはエクスキャリバーを持ってくればよかったと心の中で後悔しながら持っている騎士剣を捨てた。
アリシアは倒れているジェイクを見ると腰に納めてある予備の短剣を抜き、ゆっくりとジェイクに近づいていく。ジェイクが立ち上がられて態勢を立て直される前に勝負をつけようと考えているようだ。
目の前を通過するアリシアを見て盗賊は動かずに小さく震えながらジッとしている。頭目であるジェイクが勝てない相手に自分が勝てるはずないと感じ動けないのだろう。
仰向けになりながら腹部と背中の痛みに耐えるジェイク。そんな彼の目の前に来たアリシアは短剣をジェイクに向けて鋭い目で彼を見下ろしながら睨んだ。
「勝負あったな。これ以上戦ってもお前の攻撃は私には通用しない。潔く投降するんだ」
「うう……ちくしょう……」
顔を上げながらアリシアを睨むジェイクは歯を食いしばって悔しがる。しばらくアリシアを睨んでいたが、やがて顔を下ろして仰向けのまま上を向いた。
木の枝から漏れる日の光がジェイクの顔を照らす。するとジェイクは目を閉じ、歯を食いしばりながら涙を流し出した。
「……すまねぇ。モニカ、アイリ。俺は此処までだ……」
「?」
突然涙を流しながら誰かの名を口にするジェイクを見てアリシアは小首を傾げる。盗賊の男はジェイクの姿を見て気の毒そうな顔を浮かべた。
やがてジェイクは倒れたまま涙を拭い、ゆっくりと起き上がってアリシアを見つめる。その表情からもうジェイクには抵抗する様子は見られなかった。
「……強いな、お嬢ちゃん。アンタ、いったい何者なんだ?」
「私はただの聖騎士だ」
「聖騎士か、なるほど、それならあの強さも納得……するわけないだろう」
「何?」
「いくら聖騎士でも俺の戦技を正面から受けて普通に立っていられるはずがない。明らかに普通じゃねぇ」
「…………」
ジェイクの鋭い勘にアリシアは黙り込む。確かにアリシアはダークのおかげでレベル70になっており、ただの聖騎士ではない。だが、それは決して誰にも悟られてはならないことだ。アリシアはどうやって誤魔化すか必死になって考えた。
アリシアがどう言い訳するか考えていると、突然部下の盗賊がアリシアとジェイクの間に入りアリシアを見て両手を広げた。
「ま、待ってくれ! 頼む、お頭を見逃してやってくれ!」
「ん?」
「馬鹿っ! やめねぇか!」
突然ジェイクを見逃してほしいと言い出す盗賊にアリシアは意外そうな顔をし、ジェイクは盗賊を怒鳴りつける。すると盗賊は後ろで自分を睨んでいるジェイクを悲しそうな顔で見つめる。
「けど、此処でお頭が捕まったらあの二人はどうなっちまうんですか!?」
「そんなことは分かってる。だが、騎士団に負けちまった以上はもう俺にアイツらを助けることはできねぇ」
「ですが!」
「いいから下がれ! これ以上俺に恥をかかせるんじゃねぇ!」
再び声を上げるジェイクに盗賊は俯きながらゆっくりと二人の前から移動し道の隅で俯いた。
アリシアはジェイクと盗賊の態度が気になり、俯く二人を見るとジェイクに近づいて片膝を突くとジェイクの顔を見つめる。
「いったいどういうことだ?」
「……お前たちには関係の無いことだ。さっさと拘束しろ。だが、ソイツだけは見逃してやってくれ」
ジェイクは俯いている盗賊は見逃してほしいとアリシアに申し出る。しかしアリシアはジェイクを拘束するよりも彼が隠していることの方が気になっていた。
アリシアはゆっくりと立ち上がりジェイクを見下ろすと持っている短剣をしまいながら口を開く。
「……まずはお前たちが隠してる事を話してもらう。モニカとアイリとは誰なんだ? お前の部下か?」
「……俺の妻と娘だ」
「妻と娘がいるのか?」
「悪いか?」
「別に悪くはない。だが、家族がいるのならなぜ盗賊など……」
「隊長ぉ!」
妻子持ちのジェイクがなぜ盗賊の頭目をやっているのか、アリシアがその理由を尋ねようとした時、林の入口の方から叫ぶような声がが聞こえ、アリシアと兵士たちは一斉に振り返る。ジェイクと盗賊も反応して声の方を向いた。
アリシアたちの視線の先には林の入口前で待機していたアリシアの部下である兵士の一人が走ってくる姿があった。しかもその表情はとても慌てた様子でそれを見たアリシアは何か良くないことがあったのだとすぐに気づく。
兵士はアリシアの前まで走ってきて、立ち止まると両手を両膝に当てながら息を乱す。兵士の様子から全速力で走ってきたのが分かった。
「どうしたんだ?」
「ハァハァ……ほ、報告します。先程、第八小隊を見張っていた者が戻り、第八小隊が湿地で盗賊の隠れ家らしき洞穴を発見して突入したという報告が!」
「何っ?」
「!」
兵士からの報告を聞いてアリシアと座り込んでいたジェイクが驚きの表情を浮かべる。
「どういうことだ? まさか、べネゼラの奴、独断で隠れ家に攻撃を仕掛けたのか?」
「ハ、ハイ。見張りの者によると盗賊らしき者たちが洞穴に入るのを見て、べネゼラ隊長は兵士たちを連れて洞穴に突入したとのことです」
「チッ! べネゼラめ、大方手柄を独り占めしようと考えてそんなことを……」
べネゼラの自分勝手な性格と無計画さにあきれるアリシアを舌打ちをする。
アリシアがべネゼラの勝手な行動に苛立ちを見せていると、ジェイクがゆっくりと立ち上がり表情を歪めながらアリシアに話しかけた。
「お、おい、どういうことだ? お前の仲間が俺たちの隠れ家を襲ったのか?」
「……どうやらそうみたいだ」
「なぜだ! 俺はお前と戦い、負けを認めて投降したんだぞ!? なのにどうして隠れ家を攻撃したんだ!」
「私は知らない。仲間が勝手にやったんだ」
感情的になるジェイクにアリシアは冷静に自分は無関係だと伝える。ジェイクは目を閉じながら歯を噛みしめて俯き、盗賊はそんなジェイクを落ち着かせようとした。
自分は正々堂々と戦い、敗北して潔く拘束されるのを受け入れたのに遠くにいる仲間たちが攻撃を受けたと聞けば感情的になるのも無理はない。
ジェイクが静かになったのを確認したアリシアは報告に来た兵士から詳しい情報を聞くために続きを聞く。
「それで、その後べネゼラたちはどうしたんだ?」
「ハ、ハイ……報告では見張りの者は第八小隊が突入してから様子を窺うためにしばらく洞穴の外で待っていたそうなのですが……しばらくしたら洞穴から無数の悲鳴が聞こえてきたそうです」
「悲鳴?」
「ハイ。驚いた見張りの者が様子を見に洞穴へ近づこうとした時、洞穴から第八小隊の者と盗賊らしき男が飛び出してきたらしいのです」
「兵士と盗賊が?」
「ええ……すると、二人が出てきた洞穴から巨大な蜘蛛が二匹現れて二人に襲い掛かり、そのまま洞穴の中へ引きずり込んだとか……」
「巨大な蜘蛛だと?」
アリシアは兵士の報告を聞き、思わず声に力を入れて聞き返した。アリシアはすぐにその兵士と盗賊を襲った蜘蛛がモンスターだと気付き、表情を鋭くする。
周りで話を聞いていた兵士たちも蜘蛛のモンスターが兵士と盗賊を襲ったと聞かされてざわつき出す。そんな中、ジェイクと盗賊の男は信じられないと言いたそうな表情を浮かべて固まっていた。
アリシアが振り返り、固まっているジェイクと盗賊に気付く。するとジェイクは俯きながら自分の震えている手を見つめた。
「……ど、どういうことだよ? どうしてアイツらまで襲われたんだ?」
「どうした?」
「約束が違うじゃねぇか……なんでこんなことになっちまったんだよ……」
「……どうやら蜘蛛のモンスターとお前たちが隠していることは何か関係があるようだな」
ジェイクの態度を見て彼が隠していること、つまりモニカとアイリ、妻と娘のことと蜘蛛のモンスターが繋がっていると感じたアリシアはジェイクに近づく。
「話してくれないか? お前の部下だけでなく私たちの仲間までもがそのモンスターに襲われたんだ。もう無関係ではない」
アリシアは俯いているジェイクの前まで来ると腕を組みながらジェイクを見て全てを話すように言う。ジェイクはゆっくりと顔を上げて真剣な顔で自分を見ているアリシアをしばらく見つめていた。
やがて、もう隠しても仕方がないと感じたのかジェイクは静かに全てを話し始めた。
「……俺たちは数週間前にあの湿地にあった洞穴を見つけてそこを隠れ家にしようと考えて洞穴に入ったんだ」
「やはりべネゼラたちが見つけた洞穴が隠れ家だったのか」
「ああ。だが、その洞穴に入ったのがそもそもの間違いだったんだ……」
「どういうことだ?」
「……その洞穴はモンスターの巣だったんだ。お前たちの仲間と俺の部下を襲ったデカい蜘蛛の化け物さ」
自分たちが隠れ家にしていた洞穴がその蜘蛛のモンスターの巣だったと聞かされ、アリシアや兵士たちは意外そうな顔をする。
だがなぜモンスターの巣をジェイクたちは隠れ家として使っていたのか、いろいろと分からないところもあるが、今はジェイクの話を黙って聞くことにした。
「最初はそのモンスターどもを退治して俺たちがその巣を隠れ家として使おうとしたんだが、数が多すぎてアッサリと負けちまったんだ……」
「蜘蛛のモンスターと言っていたが、いったいどんなモンスターなんだ?」
アリシアがモンスターの名前を尋ねるとジェイクの表情が曇る。ジェイクの表情が変わったことに気づきアリシアはピクリと反応した。
「……パラサイトスパイダーだ」
「何っ!」
モンスターの名前を聞き、アリシアの表情が一変する。兵士たちはモンスターのことを知らないのか、名前を聞いただけでは分からずに難しい顔をしていた。
兵士と盗賊を襲った蜘蛛のモンスター、パラサイトスパイダー。それはこの世界に存在する昆虫型のモンスターの中でも非常に恐ろしいモンスターだと多くの冒険者や騎士たちから恐れられていたモンスターの一種なのだ。
パラサイトスパイダーがどんなモンスターなのか分からず、兵士の一人がアリシアにパラサイトスパイダーについて尋ねた。
「隊長、そのパラサイトスパイダーとはどんなモンスターなのですか?」
「蜘蛛の姿をしたモンスターだ。獰猛な性格で強力な毒も持っている。更に集団で行動して人間や家畜を襲ったりもする」
「賢いモンスターということですか」
「ああ。だが、パラサイトスパイダーの本当の恐ろしさは奴らの雌にある」
「雌に?」
小首を傾げながら兵士が聞き返すとアリシアは振り返って兵士を真剣な表情で見つめる。
「パラサイトスパイダーは繁殖力も高く、奴らの雌は他の生物の体に卵を産み付けて仲間を増やすんだ」
「べ、別の生き物に卵を!?」
「そうだ。特に哺乳類の生き物に卵を産み付けることが多いと言われている」
「ほ、哺乳類ということは……」
「ああ、人間にも卵を産み付けることがあるということだ」
「そ、そんな……」
「そして孵化した幼虫は宿主の体内で栄養を吸収して成長、やがて体を食い破って外に出てくる」
「ううぅ……」
パラサイトスパイダーが宿主の体を食い破って出てくるのを想像した兵士は吐き気に襲われて口を塞ぐ。話を聞いていた他の兵士たちも気分の悪そうな顔をしている。
ジェイクと盗賊は俯いて暗い顔をしながら黙っているが、気分が悪そうには見えなかった。そんな二人を見たアリシアは彼らが実際パラサイトスパイダーが宿主の体から出てくるのを見て慣れているのだと感じている。
アリシアがジェイクを見つめていると、ジェイクはアリシアが自分を見ていることに気付いて話を続けた。
「……負けた俺たちはパラサイトスパイダーに食われちまうのかと思った。そんな時、一匹のモンスターが俺たちに近づいてきたんだ。ソイツは自分をパラサイトスパイダーの女王だと言っていた」
「女王?」
「上半身は人間の女だが、下半身は蜘蛛の姿をした化け物だった」
「なんだと?」
ジェイクの説明を聞き、アリシアは再び驚きの反応を見せた。パラサイトスパイダーを束ねるモンスター、しかもジェイクはそのモンスターが自分が女王だと言っていたと言う。つまり、人間と会話をすることができる知能を持ったモンスターということを示していた。
「まさか……マザースパイダーか……」
「た、隊長、そのマザースパイダーとはなんです? パラサイトスパイダーと違う種類のモンスターですか?」
「マザースパイダーは蜘蛛型のモンスターの中で稀に生まれる特殊なモンスターだ。上半身が人間の姿をしているということから人間と同じくらいの知能を持っており、会話をすることができる。恐らくそのマザースパイダーはパラサイトスパイダーの雌の幼虫が突然変異を起こして成長したんだろう」
「人間と会話ができる突然変異モンスター、ですか……」
「奴らは知能の低い他の蜘蛛たちを統率して自分の手足として使うらしい。そして何より、マザースパイダーとなった雌は通常の蜘蛛よりも多くの卵を産むことができる。つまり、そのマザースパイダーは普通のパラサイトスパイダーの雌よりも多くの卵を他の生物に産み付けることができるということだ」
通常のパラサイトスパイダーよりも多くの卵を産み付ける、それを聞いた兵士たちの顔から血の気が引いた。もし自分たちの体に大量の卵が産みつけられ、それが孵って幼虫たちが体内で成長し、やがて体を食い破って出てきたとしたら。想像しただけでも身の毛のよだつことだった。
「マザースパイダーは俺たちに取引を持ち掛けてきたんだ。しばらくの間、私たちの食料と苗床となる人間、特に若い娘を差し出したら全員助けてやると……」
パラサイトスパイダーの恐ろしさに固まっている兵士たちを気にすること無くジェイクは話し続ける。アリシアもジェイクの話を黙って聞いていた。
ジェイクたちが林の中に入った旅人や商人を襲ったのは食料とパラサイトスパイダーが卵を産み付ける為の苗床と集めるためだと知り、アリシアの表情が鋭くなる。助かるためになんの関係も無い旅人たちを襲い、若い娘をさらってマザースパイダーたちに差し出したというジェイクたちの行為が許せないのだろう。
「いくら助かるためだからといっても、なぜなんの罪もない娘たちをさらって差し出したりしたんだ? 苗床にするなら家畜や他のモンスターとかでもよかっただろう」
「仕方ねぇだろう! あの女、俺たちが逃げ出したり言うことを聞かなかったりした場合はモニカとアイリを苗床にするって言ったんだ!」
「モニカとアイリ? お前の妻と娘か?」
「ああ……より強い幼虫を生み出すためには高い知能を持つ人間で栄養価の高い若い娘を苗床にするといいって言ってやがったんだ……」
手を強く握りながらジェイクは悔しそうな声で話す。それを聞いてアリシアはジェイクたちの行動の意味を理解する。ジェイクたちはマザースパイダーにジェイクの妻と娘を人質に取られ、パラサイトスパイダーたちの食料と苗床を集めることを強要させられていた。妻子を救うためにジェイクはマザースパイダーの出した条件を飲み、部下たちと共にこの林で強奪を繰り返していたのだ。
妻と娘を救うために旅人たちを襲った。ジェイクの事情を知ったことでアリシアの中にジェイクたちに対する怒りが少しだけ小さくなる。だが、どんな理由であっても旅人たちを襲い、食料を奪って若い娘をさらったという罪は重い。それだけは紛れもない事実だ。
だがモンスターに捕まっている者を見捨てることはアリシアにはできなかった。アリシアは俯きながら震えているジェイクに近づき、静かに話しかける。
「お前たちの隠れ家に案内してくれ」
「……何?」
「私たちがお前の妻と娘、そして仲間たちを助ける」
意外なことを言い出すアリシアにジェイクや部下の兵士たちは驚き一斉にアリシアを見つめる。さっきまでジェイクや盗賊たちに怒りを露わにしていたアリシアの口から出たこととはとても思えなかったのだろう。
「な、なんでお前たちがそんなことを……」
「お前が妻と娘を助けるために人々を襲ったということは分かった。ならば騎士団である私たちはモンスターを倒すために力を貸そう」
「ほ、本気で言ってるのか?」
「勿論だ。たとえ盗賊の頭目の妻と娘であろうと苦しんでいる者を見捨てるほど私は残酷ではない。ただし、全てが終わったらお前にはしっかりと罪を償ってもらうぞ?」
盗賊である自分の妻子を助けると言うアリシアを見てジェイクは驚きと嬉しさに表情が固まる。自分がどれだけ多くの人々に迷惑をかけてきたのかを知っていながら自分の家族を助けてくれる。ジェイクはアリシアの心の広さに感動し俯きながら涙を流した。
兵士たちの中にはなぜ盗賊を助けないといけないのか、そう言いたそうな顔をしている者もいるが国や国に住む者たちを守る騎士団の人間である以上は、どんな人間でも助けないといけない。その教えを思い出してべネゼラたちやジェイクの妻と娘を助けようと考えた。
しばらく俯きながら泣いていたジェイクは涙を拭って顔を上げる。目が若干涙で赤くなっているが、その表情は鋭く妻と娘を助けたいという気持ちで染まっていた。
「……すまねぇ。よろしく頼む」
「よし、すぐに連れていけ。パラサイトスパイダーは第八小隊だけでなくお前の部下も襲ったのだ。嫌な予感がする。急いで隠れ家に行くぞ!」
敵である第八小隊だけでなく味方の盗賊達まで襲ったのであれば、アジトにいる者全てが襲われている可能性が高い。一刻も早くべネゼラやジェイクの妻と娘を助けるためにアリシアたちはジェイクたちを連れて林を出て隠れ家のある湿地へと向かった。