第百七十八話 ベトムシア砦制圧作戦
ラーナーズの町と帝都ゼルドリックのちょうど中間にあるメタンガイルの町。ラーナーズの町以上に強固で高い城壁が町を囲み、一定の間隔をあけて見張り台が設置されている城塞都市で町の中心には砦の様な形をした建物が建っている。町の規模も大きく、デカンテス帝国でも二番目に大きく、防衛力の高い町と言われていた。
町の中心にある砦に似た建物の周りには大勢の帝国兵や帝国騎士が配置されており、全員が鋭い表情を浮かべながら周囲を見張っている。どうやらその砦の様な建物がメタンガイルの町を防衛する帝国軍が本部らしい。
本部の会議室の中では数人の人影が長方形の机を囲んで座っている姿がある。その中には第二皇女であるカルディヌの姿があり、彼女の後ろでは部下のマナティア、ナルシア、ファウが横一列に並んで立っていた。他にも大勢の騎士が机を囲んで座っている。そしてその中にはラーナーズの町から逃げて来たゼルバムの姿もあった。
ゼルバムはラーナーズの町から逃げた後、真っすぐ城塞都市であるメタンガイルの町まで後退し、そこにいたカルディヌ達にラーナーズの町が連合軍の襲撃を受けた事を伝えた。
カルディヌ達はゼルバムから帝国軍が連合軍に押されていた事や連合軍が大規模な戦力で攻め込んできた事を聞かされて驚きの反応を見せる。そして、ゼルバムの話からラーナーズの町は連合軍に落とされてしまっただろうと最悪の結末を想像した。その直後にラーナーズの町が連合軍に奪われたという報告を聞き、カルディヌ達はショックを受ける。ただ、ゼルバムだけは報告を聞いた時に驚かず、舌打ちをして不愉快そうな反応をしていた。
今回、カルディヌ達が会議室に集まっているのもいつかこのメタンガイルの町にやって来るであろう連合軍の対策をする為の作戦会議を行う為だ。
「い、以上が今回の調査で得た情報の全てです……」
机の前に立つ一人の帝国兵が報告を終えると、座っている一人の騎士が悔しそうな表情を浮かべながら机を叩く。そんな騎士の反応に帝国兵は少し驚きながら騎士を見ている。
「クソォ、既に連合軍は北部、中部、南部に続く道を通って進軍を開始しているとは……」
「連合軍は北部と南部を約三万の戦力で進軍させ、このメタンガイルの町が存在する中部の道を一万で進軍している……間違いないのだな?」
「ハ、ハイ、斥候からはそう聞いております」
机を叩く騎士とは別の痩せ気味の騎士が帝国兵の方を向いて尋ね、訊かれた帝国兵は頷きながら返事をする。するとまた別の太った騎士が険しい顔で自分の手の平を思いっきり殴った。
「連合軍め、どういうつもりだ! 北部、中部、南部に配備されている帝国軍の中でもこの中部に配備されている軍は最も戦力が高いというのに、そこを進軍する戦力を三つの戦力の中で最も少ない一万にするとは!」
「我々をナメているとしか考えられませんな?」
「それか中部の戦力が最大だと知らずに一万の戦力を送ったのかもしれませんぞ?」
騎士達はそれぞれ連合軍が何を考えて中部を進軍する戦力を一万にしたのかを話し合っている。会話に参加していない別の騎士やカルディヌ達は黙ってその会話を聞いていた。
「……兄様、貴方はどう思っておられますか?」
カルディヌがラーナーズの町から逃げて来たゼルバムの考えを聞こうと尋ねる。ゼルバムはチラッとカルディヌの方を見ると目を閉じて腕を組みながら口を開けた。
「奴等の戦力には岩の巨人や蜘蛛のモンスターがいる。ソイツ等をその一万の戦力に入れていると思うぞ?」
「強いモンスターがいるから僅か一万でこの中部を進軍すると……その岩の巨人や蜘蛛のモンスターはそんなに強力なのですか?」
「当たり前だ、直接見た俺が言うのだぞ? 間違いない!」
ゼルバムは連合軍が支配するモンスターの力と恐ろしさを力の入った声で語る。カルディヌやマナティア達はまるで自慢する様に語るゼルバムを見て僅かに呆れた表情を浮かべた。すると黙ってカルディヌ達の会話を聞いていた帝国兵がゼルバムに声を掛ける。
「あ、あの、殿下、報告ではこちらに向かって進軍している一万の連合軍の中にはその岩の巨人や蜘蛛のモンスターはいないようです」
「何?」
帝国兵の報告を聞いてゼルバムは意外そうな顔をする。カルディヌや話し合いをしていた騎士達も一斉に帝国兵の方を向き、同じように意外そうな表情を浮かべた。
「それは間違いないのか?」
「ハイ、北部と南部へ続く道を進軍する連合軍の中にはそれらしきモンスター達の姿を確認しましたが、この中部を進軍する連合軍にはモンスターの姿は見当たらなかったと聞いております」
持っている羊皮紙を確認しながら帝国兵は詳しい内容をゼルバム達に伝えた。
実はダークは自分が指揮する一万の部隊にはレベル100の自分とアリシア、レベル94のノワールがいるのでストーンタイタンと砲撃蜘蛛は必要ないと考え、ザルバーンとベイガードが指揮する部隊に全てのストーンタイタンと砲撃蜘蛛を回して二人の部隊をより強化したのだ。その為、ダークが指揮する中部を進軍する部隊にはストーンタイタンと砲撃蜘蛛が存在していなかった。
帝国兵から中部を進軍する連合軍に未知のモンスターがいないと聞かされた騎士達は再び険しい表情を浮かべる。
「連合軍めぇ! 最も守りの堅いこの中部を未知のモンスター無しで進軍すると言うのか!」
「ふざけやがって!」
「奴等が現れたらその考えがどれだけ愚かなのかを思い知らせてくれる!」
騎士達は自分達が弱いとみられていると感じたのか連合軍の大しての怒りを露わにする。これにはカルディヌも少しカチンときたのか目を若干鋭くして不機嫌な様子を見せていた。勿論、彼女の後ろにいる三人の女騎士も同じだ。
カルディヌ達が苛立ちを見せている中、ゼルバムだけは苛立ちを見せる事無く、何かを考え込むような顔をして俯いていた。
「……おい、その一万の連合軍はどんな奴が指揮しているのだ?」
しばらく考え込んでいたゼルバムは帝国兵に中部を進軍する連合軍の指揮官について尋ねる。帝国兵はゼルバムの質問に不思議そうな表情を浮かべ、カルディヌもゼルバムの質問を聞いてフッとゼルバムに視線を向けた。
「指揮官ですか? 確か漆黒の全身甲冑を装備した黒騎士だったとか……」
「……ッ! ダーク・ビフレストか!?」
指揮官の情報を聞いたゼルバムは立ち上がりながら力の入った声を出す。カルディヌと騎士達はゼルバムが口にした名前を聞くと一斉に目を見開いて驚く。自分達のいる場所に向かって来ている連合軍の指揮官が今話題になっているビフレスト王国の国王だと聞いたのだから驚くのは無理もなかった。
声を上げるゼルバムと驚きの反応を見せるカルディヌ達を見て帝国兵は一瞬驚くがすぐに気持ちを落ち着かせてゼルバムに視線を向ける。
「い、いえ、名前までは分かりません。ただ、その黒騎士はラーナーズの町の門を破壊した黒騎士である可能性が高い、と報告を受けています」
(間違いない、メルゼン達が言っていた黒騎士だ。だが、まだ奴がダーク・ビフレストであるかどうかは分かっていないか……)
ゼルバムは黒騎士の正体を掴んでいない事に対して僅かに不満な気持ちになる。しかしゼルバムはその黒騎士がダークである可能性が高いと思っており、同時にその黒騎士を倒せば帝国軍が一気に優勢なるのではと考えていた。
「その一万の連合軍は今どの辺りにいるのだ?」
「え? あ、ハイ。情報では現在、この町の手前にあるベトムシア砦に向かって進軍中との事です」
「そうか……」
連合軍が何処にいるのかを聞いたゼルバムは低い声で呟き、帝国兵はそんなゼルバムは不思議そうな顔で見つめている。
もし、その黒騎士がダークでそれを自分が倒す事ができれば確実に自分が次の皇帝になれるとゼルバムは考え、不敵な笑みを浮かべる。仮にその黒騎士がダークでなかったとしても、強固なラーナーズの町の門を破壊するだけの力を持つ騎士を倒す事ができれば自分のデカンテス帝国内での立場はよくなると思っていた。
「……よし、俺がベトムシア砦に向かい、そこにいる者達と進軍して来る連合軍を迎え撃つ。そして俺の手で奴等を叩きのめしてやる!」
「えっ?」
いきなりベトムシア砦に向かい連合軍と戦うと言い出すゼルバムにカルディヌは思わず声を出す。他の騎士達も驚きながらゼルバムを見ていた。
過去の戦いで連合軍の力の前に敗走を続けて来たゼルバムが自分から前線に出ると言い出したのを見てカルディヌはゼルバムの態度を変に思っていた。
「……兄様、どういうおつもりですか? いきなり前線に出て連合軍と戦うなど」
カルディヌはゼルバムの真意を知る為に前線に出る理由を尋ねる。するとゼルバムはカルディヌの方を向いて肩を軽く竦めた。
「おかしな事を訊くな? 帝国の皇子として進軍する敵と戦うのは当たり前だろう。それに俺は父上からも前線に出て勝利を掴む機会を与えられながら、アルマティン大平原での戦いで敗北した。その汚名を晴らす為、そして雪辱を晴らす為に砦に行こうと言っているのだ」
自分の名誉を挽回する為に再び最前線に出るというゼルバムを見て騎士達は驚きと感動が混ざった様な表情を浮かべる。カルディヌは目を僅かに細くしながらゼルバムを見つめていた。
カルディヌ達には名誉挽回の為に戦うと言ったゼルバムだが、本心ではただ自分の立場をよくする為に戦おうと思っていた。幸い進軍する連合軍の中で最も戦力が少ない為、ベトムシア砦にいる戦力でも勝てるとゼルバムは考えている。
「この中に俺が砦に行く事に反対する者はいるか?」
ゼルバムが会議室にいる騎士達に反対かどうか尋ねる。騎士達はゼルバムの勇敢な姿と考えに感動したらしく、反対する事無く賛成だと目で伝えた。
「カルディヌ、お前はどうなんだ? 俺が行く事に反対か?」
「いえ、兄様がご自身の意志で行かれると仰るのであれば私は反対しません。ただ、少し驚いただけです」
カルディヌは目を閉じながら首を横に振り、そんなカルディヌを見てゼルバムは小さく笑う。
最初はゼルバムが何を考えてあんな事を言ったのは分からずに変に思っていたカルディヌだが、自分から前線に出るという勇気ある行動からゼルバムの異常な性格が少し変わったのではと感じてカルディヌは小さな嬉しさを感じていた。
「兄様、よろしければ私の部隊を連れて行ってください」
カルディヌがゼルバムに自分の指揮する紅戦乙女隊の部隊を同行させるよう言い出し、それを聞いてゼルバムは意外そうな顔をし、マナティア達は少し驚いた顔でカルディヌを見た。
「お前の部隊を?」
「ええ、敵が三つの部隊の中で最も少ない戦力といえど、油断はできません。私の部隊を連れて行き、ベトムシア砦にいる者達と共に連合軍と戦ってください」
自ら前線に行こうとするゼルバムを見たカルディヌは彼が自分の性格の悪さに気付き、心を入れ替えようとしていると思い、そんな兄を少しでも手助けしようと思って自分の部隊を貸すと言い出したのだ。
ゼルバムは何を考えてカルディヌが自分の部隊を貸そうと言って来たのか分からずにいた。だが、連合軍に確実に勝つ為ならベトムシア砦の戦力以外にも戦力が欲しいと思っていたので都合がいいと思っている。
「そうか、それなら遠慮なく借りて行くぞ?」
「ええ、頑張ってください……ファウ、兄様と共にベトムシア砦へ向かえ」
カルディヌは後ろに控えている三人の一人であるファウの方を向き、ゼルバムに同行するよう伝える。指名されたファウは少し驚いた様な反応を見せるが、命令なら仕方がないと文句を言わずに頷いた。
ファウが指名されたのを見てマナティアは少し悔しそうな表情を浮かべている。少しでも手柄を立てたいと思っていた為、指名されなかった事を残念に思っていたようだ。逆にナルシアは面倒な仕事を任されずに済んだので運がいいと思っていた。
「ゼルバム殿下、カルディヌ殿下の部隊だけではまだ少し戦力が少ないと思われます。もう少しこの町の部隊を同行させてください」
「そうか? ……それなら、ワイバーンナイトを少し連れて行ってもいいか?」
ゼルバムは紅戦乙女隊以外に飛竜団のワイバーンナイト達を連れて行く事を伝え、それを聞いた騎士はすぐにゼルバムが連れて行く部隊の準備をする為に会議室から出て行く。
この時、カルディヌ達はゼルバムが自分達に見えないように不敵な笑みを浮かべている事に気付いていなかった。
――――――
広い草原に囲まれた一本道をダークの部隊が東に向かって進んでいた。部隊の先頭にダークが乗ったバイコーンが歩いており、彼の肩には子竜姿のノワールが乗っている。ダークの右隣にはアリシアが乗る馬、左隣にはマインゴが付き従う様に歩いており、ダーク達の後ろには大勢の青銅騎士、白銀騎士、黄金騎士が隊列を崩さずにダーク達の後に続いて歩いている姿があった。
ラーナーズの町を出発してから一日が経過し、ダーク達は順調に進軍している。幸い此処に来るまで一度も帝国軍と遭遇していなかったので、ダークの部隊は戦闘で戦力を失う事も無かった。
「アリシア、例の砦、ベトムシア砦にはあとどの位で着く?」
ダークはバイコーンに乗りながらアリシアの方を向いて目的地に辿り着く時間を尋ねる。声を掛けられたアリシアは地図を取り出すと自分達の現在地を確認した。
「この調子ならあと二時間くらいで着くと思うぞ」
「そうか」
アリシアから到着予定時間を行くとダークは返事をしながら前を向き、アリシアも地図をしまって前を向きなおした。
ダーク達は当初の予定通り、帝都ゼルドリックに向かって進軍している。だがダーク達の向かう先には二つの砦と城塞都市メタンガイルがある為、帝都に辿り着くにはその三つの敵拠点を突破しなければならなかった。そこでダーク達はまず中部最初の防衛戦であり、ラーナーズの町から最も近くにあるベトムシア砦を制圧する為にベトムシア砦を目指していたのだ。
「私達が目指しているベトムシア砦は帝国領内にある砦の中でも大きめで砦を囲む城壁も高く、砦にいる敵戦力も四千人近く入るらしい。どうやって落とすつもりだ?」
アリシアはベトムシア砦をどう攻略するのかダークに尋ねる。反対側にいるマインゴやダークの肩に乗っているノワールもどう戦うつもりなのか気になり、無言でダークの顔を見つめる。
どのように敵の砦を落とすのかは砦が確認から決めるべきなのだが、効率よく、そして短時間で砦を落とす為には移動中に簡単な流れなどを決めておき、砦に着いたら細かい作戦を決めてすぐに攻撃できるようした方がいいとアリシアは考えていた。
ダークはアリシア達が注目する中、前を見ながら黙っており、しばらくすると自分の考えを口にした。
「単純な作戦で落とすつもりだ。まずノワールの魔法で門を破壊し、その後に私が二千人の騎士を率いて砦に突入する。ノワール、門を破壊した後は城壁の外にいる敵を攻撃しろ」
「分かりました」
「アリシア、君は残っている騎士達と共に待機していてくれ。砦の中の敵を粗方片づけたら合図を送るから、それを確認したら三千人の騎士を率いて砦に突入してくれ」
「分かった」
アリシアとノワールは自分達の役目を聞かされると真剣な表情で返事をした。
「マインゴ、お前は残る五千人の騎士と共に待機しろ。可能性は低いだろうが、帝国軍の増援が現れた時のような不測の事態が起きたらその五千人を使って対処するんだ」
ダークはマインゴの方を向くと低い声で何をすればよいのかマインゴに伝えた。
ラーナーズの町が連合軍に制圧されている事は帝国軍の各拠点に伝わっているはずなので、帝国軍が進軍してくる連合軍と戦う為に戦力をラーナーズの町がある方角へ送り込んでくるとダークは考えていた。
もしベトムシア砦を攻撃している時に送り込まれた戦力がやって来たら砦の帝国軍と送り込まれた帝国軍の両方を相手にしなければならない。ダークは帝国軍の別部隊と遭遇する事を予想し、別動隊を迎え撃つ為に一万の内の半分を砦の攻略には参加させずに待機させておく事にしたのだ。
「わ、分かりました。お、お任せください。グヘッグヘッ」
皮膚の剥がれた顔でマインゴは笑みを浮かべながら返事をする。アリシアはマインゴの笑顔を見て思わず苦笑いを浮かべてしまう。ダークが召喚した仲間のモンスターと分かっていてもマインゴの不気味な顔にはやはり抵抗があるようだ。
それからダーク達は移動しながらベトムシア砦を落とす為の戦略などを話し合う。十万の先遣部隊を倒されただけでなく、ラーナーズの町も制圧されているので帝国軍は全力で抵抗して来るだろうとダーク達は想像し、こちらも油断せずに戦おうとダーク達は考えていた。
二時間後、ダーク達は広い平原にやって来た。木や丘などは一つも無く、辺りを一望できるくらい見渡しの良い平原だ。その平原の真ん中で青銅騎士達は陣形を組んで待機している。
平原から東に800mほど離れた所に大きな砦が建っている。高い城壁と頑丈そうな門、城壁の内側には兵舎や倉庫、訓練場、砦の中核と思われる主塔もある。そして主塔のてっぺんにはデカンテス帝国の国旗があった。この砦こそ、ダーク達が目指していたベトムシア砦だ。
ダーク達は遠くに見える敵砦を望遠鏡を使って覗き、砦の様子を窺っている。ダークは望遠鏡を使わず、ハイ・レンジャーの能力である鷲眼を使っていた。
「……敵が騒いでいる。どうやらこちらの存在に気付いたみたいだな」
アリシアは望遠鏡を覗きながら少し低い声を出す。彼女の言う通り、ベトムシア砦の帝国兵達は城壁の上や門の上にある見張り台を走りながら武器や木箱などを運んでいる。中にはダーク達の方を向いて険しい顔をしている帝国兵もいた。
ダーク達が平原に辿り着いてから僅か五分後、帝国軍は平原で陣形を組んでいる連合軍の部隊に気付き、一斉に戦闘準備を始めた。連合軍が現れた事はすぐに砦中に広がり、砦の中はお祭り騒ぎの様になっている。
「まぁ、こんな広い平原の真ん中にいれば嫌でも気づきますよね」
「敵も私達が、思っているほどば、馬鹿ではない、と言うわ、訳ですねぇ」
少年姿のノワールとマインゴも望遠鏡を覗き込み帝国軍の動きを確認している。ダークも腕を組みながら黙ってベトムシア砦を見つめていた。
敵に自分達の存在が気付かれたにもかかわらずダーク達は慌てる事無く、落ち着いた様子で帝国軍を見ている。彼等にとって、敵に存在を気付かれる事など大した問題ではないようだ。
「ダーク、どうする? 敵が態勢を整える前に攻撃を仕掛けるか?」
アリシアは望遠鏡を覗くのをやめてダークにすぐに攻撃するか尋ねる。ノワールとマインゴも望遠鏡を下ろしてダークの方を見ていた。
「いや、攻撃を仕掛けるのはもう少し後だ。こっちも砦に突入した後、砦の何処を優先して制圧するかなどを決めないといけないからな」
「確かに、砦内の何処を押さえておくかで戦いの流れが変わって来るかもしれませんから、そこはしっかりと決めておいた方がいいですね」
砦に突入できてもその後の事をしっかりと決めておかないと効率よく砦を制圧できないとノワールは考え、納得の反応を見せる。
平原に辿り着くまでの間、ダーク達は砦をどんな方法で落とすか決めていたが、砦に突入した後にどう行動するか、砦内の何処を最初に狙うかなど細かい事は決めていない。それらは攻撃する砦や敵の配置場所などを確認してからでないと決められないからだ。
「ノワール、マインゴ、お前達は各部隊の編成を確認し、いつでも攻撃できるようにしておけ。その間に私とアリシアは突入後にどう動くのかを決めておく」
「分かりました」
ノワールは真剣な顔で返事をすると陣形を組んでいる騎士達の方へ走り出し、マインゴも遅れてノワールの後を追う。二人が走って行くとダークはポーチから丸めた羊皮紙を取り出し、それを広げてアリシアに見せながら突入後の行動について話し合った。
それから十五分後、各部隊の編成と突入後の行動について確認を終えたダーク達は自分達が指揮する部隊と合流した。ダークは二千人の騎士達の先頭に立ってベトムシア砦を見つめており、その真上にはレビテーションで宙に浮いているノワールの姿があり、彼もダークと同じように遠くにあるベトムシア砦を見ている。
ダークの部隊の後ろにはアリシアが指揮する三千人の騎士隊が待機しており、先頭に立つアリシアはフレイヤの鞘を握りながらベトムシア砦を睨んでいる。そしてその後ろには不気味な笑みを浮かべるマインゴと彼が指揮する五千人の騎士達が待機していた。
全ての準備が整い、ダークは後方にいるアリシア達の部隊を一度確認してから再び前を向き、背負っている大剣を抜いて切っ先をベトムシア砦に向けた。
「これより、ベトムシア砦制圧作戦を開始する……先遣隊、出陣!」
ダークが叫ぶように命じると砦に向かって歩き出し、待機していた青銅騎士、白銀騎士達も一斉にダークに続いて進軍を開始する。ダークの真上にいるノワールもダーク達に合わせてゆっくりと空中を移動し始めた。
ベトムシア砦に向かって歩き出すダーク達をアリシアは黙って見つめる。この時、アリシアはダークに油断しないでくれと心の中で祈っていた。油断したり負けたりするなどダークにはあり得ない事だが、敵の砦の中に突入するのでアリシアは心配しているようだ。
ダークの部隊は平原の中をベトムシア砦の門に向かって進んで行き、門の見張り台や城壁の上にいる帝国兵達は近づいてくる連合軍をジッと睨んでおり、弓兵達はいつでも矢を放てるように構えていた。
すると、進軍していたダークの部隊は門の300m程手前まで近づいたところで急に停止し、帝国兵達は停止した連合軍の部隊を見て驚く。なぜ突然止まったのか帝国兵達は不思議に思っている。だが同時に近づいて来た敵を攻撃するチャンスだと考え、門の見張り台にいた弓兵達はダーク達に狙いを付けた。その時、連合軍の方から小さな何かが門の方に向かって飛んでくるのが見え、帝国兵達はフッと反応する。
「何だ、あれは?」
「分からん、此処からではハッキリと見えん」
見張り台の帝国兵達は目を細くして飛んでくるものを確認する。それは両手を横に広げて空を飛ぶノワールだった。帝国兵達は飛んで来ているのが幼い少年だと知ると驚きの表情を浮かべながらノワールを見つめる。
ノワールは門の前まで近づくと空中で停止し、両手を門に向ける。するとノワールの手の中に赤い魔法陣が展開され、それを見た見張り台や城壁の上にいた帝国兵達は目を大きく見開いた。
「深紅の新星!」
ノワールが叫ぶと魔法陣の前に大きな火球が現れて門に向かって放たれた。火球は門に命中すると大爆発を起こし、門を砦の中へと吹き飛ばす。同時に強い衝撃が周囲に広がり、その衝撃で見張り台や門の近くにいる帝国兵達を揺らした。
<深紅の新星>は敵に向けて火球を飛ばす火属性の上級魔法。見た目は火弾や火炎弾に似ているがその攻撃力は桁違いで一軒家なら簡単に吹き飛ばせる。更に爆発も大きく周囲に強い衝撃波を放つ為、火球の直撃を受けなかった者にも大ダメージを与える事が可能だ。LMFでは敵ギルドの拠点を護るバリケードや建築物などを破壊するのに便利で使う者も多かった。
帝国兵達は門が一発の魔法で破壊された事に驚きを隠せず、砦内の広場に倒れている門を見て固まっている。そして、門を簡単に破壊する力を持つノワールに対して恐怖を感じていた。
ノワールは砦への突入口を作りと振り返り、遠くにいるダーク達に向かって手を振った。それを見たダークは目を薄っすらと光らせて大剣をノワールが破壊した門に向ける。
「全軍、突撃ぃ!」
ダークは待機している騎士達に突撃を命じて走り出す。騎士達もダークに続いて一斉にベトムシア砦に向かって走り出した。
門を破壊した魔法に驚いて動揺していた帝国兵達は突撃して来る連合軍に気付くと迎撃する為に騎士達に向かって矢を放つ。だが放たれ矢は騎士達が持つカイトシールドに防がれてしまい騎士達には当たらない。門を破壊したノワールにも矢が放たれたが見えない壁の様なものに弾かれてしまい、矢は一本もノワールには当たらなった。
騎士達は帝国兵達が放つ矢を防ぎながら無言で砦に向かって走っており、そんな騎士達の姿に帝国兵達は僅かに不気味さが感じていた。
帝国兵達が矢を放つ中、先頭を走っていたダークは砦の中に突入し、騎士達もそれに続いてぞろぞろと砦の中に入っていく。ダーク達の前には広場があり、そこには大勢の帝国兵や帝国騎士達が待ち構えていた。
ダークは目の前にいる大勢の敵を見ても驚く事無く黙っており、大剣を構えると地を蹴って帝国兵達に向かって跳び、一気に距離を縮める。そして大剣を大きく横に振り、目の前にいる数人の帝国兵をまとめて切り捨てた。青銅騎士と白銀騎士達も散開して近くにいる帝国兵や帝国騎士達と戦闘を開始する。
帝国兵達は一撃で数人の仲間を倒したダークを見て一瞬驚くがすぐに我に返り、一斉にダークに切りかかる。だがダークは大剣を素早く振り回して向かって来た帝国兵達を難なく倒した。
「な、何なんだこの騎士は?」
「まさか、コイツが例のラーナーズの門を破壊した黒騎士じゃないのか?」
「コ、コイツが!?」
ダークの圧倒的な強さに驚く帝国兵達は剣や槍を構えながらゆっくりとダークから距離を取ろうとした。すると、遠くから叫び声が聞こえ、声の聞こえた方を向くと別の帝国兵達が青銅騎士達の攻撃を受けて倒されていく光景が目に入る。ダークだけでなく、他の騎士達も自分達の想像以上の強さを持っているのを知り、帝国兵達は表情を歪めた。
しかし、敵が強いからと言って帝国兵達の闘志が失われる事はなかった。帝国兵達も砦を護る為にダーク達へ向かって行く。帝国軍の兵士達と連合軍の騎士達が砦の中で激しい戦いを繰り広げる。
見張り台と城壁の上にいる帝国兵達も砦に入って来た騎士達を倒す為に矢を放つ。だが味方の帝国兵に当たる可能性があるので上手く狙う事ができなかった。そのせいか帝国兵達の中には苛立ちを感じる者もいる。
「クソッ、こうウジャウジャいやがると上手く当てられねぇ!」
「落ち着け、味方が少ない所にいる敵を狙って攻撃するんだ!」
見張り台の上にいる帝国兵達は味方に当てないよう慎重に矢を放ち仲間を援護していく。すると、後ろから何かの気配を感じ、見張り台の上の帝国兵達は振り返る。そこには宙に浮いて帝国兵達を見ているノワールの姿があった。
「お、お前は!」
「門を破壊した魔法使いの小僧!」
「……どうも」
驚く帝国兵達にノワールはニコッと笑いながら挨拶をする。帝国兵達はそんな笑顔のノワールに向けて矢を放つ。だが矢はノワールの前で何かに弾かれてしまい、ノワールに当たる事無く地面に落ちた。
先程と同じように矢が効かないノワールを見て帝国兵達は驚く。そんな帝国兵達を見たノワールは笑顔を無表情へと変え、ゆっくりと右手を目の前にいる帝国兵達に向けた。
「火炎弾」
ノワールの手から火球が放たれ見張り台の上にいる帝国兵達に命中し爆発する。爆発に呑まれた帝国兵達は全身を炎で焼かれながらその場に倒れた。
城壁の上にいた帝国兵達は見張り台の仲間達が殺された光景を見て固まる。そんな帝国兵達にノワールは両手を向けて火球を放ち、城壁の上にいる帝国兵達を攻撃した。
帝国兵達は体中を焼かれ、熱さと痛みに断末魔を上げながら倒れる。見張り台とその近くの城壁の上にいた帝国兵達を倒したノワールは両手を下ろして黒焦げになった帝国兵の焼死体を見下ろす。
「悪く思わないでくださいね? これは戦争、国を守る為の命を賭けた戦いなんですから」
戦争だから恨まないでほしい、死んだ帝国兵達にそう語りかけながらノワールやゆっくりと見張り台の上に下り立つ。見張り台には他に帝国兵の姿は無く、ノワール一人が見張り台の上にいた。しかし、見張り台と繋がっている城壁の上にはまだ大勢の帝国兵の姿があり、見張り台の上に下りて来たノワールを見て警戒している。
ノワールはチラチラと左右を見て城壁の上にいる帝国兵達の位置を確認した。
「さて、残りの敵もさっさと片づけないと……」
そう言ってノワールは両手に魔力を送り込み魔法を使う態勢に入る。その直後、ノワールは帝国兵達が見た事の無い強力な魔法を使い、二分も経たない内に城壁の上の帝国兵達を全滅させた。