第百七十七話 進軍と反撃の会議
星が広がる夜空、その下にあるラーナーズの町では連合軍の兵士達が次の戦いに備えて武器や防具、食料の補給をしたり、食事を取ったりなどして体を休めている。普通なら戦いの勝利したので大騒ぎをしながら勝利を祝うべきなのだが、制圧した敵国の町の中にいる為、どんちゃん騒ぎなどはせずに静かに作業をしたり、体を休めたりなどしていた。
町の民家の中では制圧されたラーナーズの町の住民達が大人しくしている。家の前を通る連合軍の兵士達を窓の隙間から覗いたり、部屋の片隅でうずくまったりなどしており、その表情には敵国の兵士に対する恐怖や警戒心が感じられた。
警戒するのと同時に住民達は帝国軍が負けて町が制圧された事に対して大きくショックを受けている。最初にビフレスト王国領に向かって進軍していた帝国軍の先遣部隊が負けただけでなく、自分達が暮らしている町も簡単に連合軍に制圧されてしまったのだから無理もない事だ。
町を制圧した直後、連合軍に降伏した帝国軍の兵士や冒険者達は一部を除いて町の中にある大型の倉庫などに閉じ込められ、町の住民達は一ヵ所に集められて今後の処遇について説明された。
制圧された当初、住民達は自分達はどうなってしまうのだろうと不安を感じていたが、住民達の不安とは裏腹に連合軍の総指揮官であるダークは住民達は閉じ込めたりなどせずに今までどおりの生活をさせる事を住民達に伝え、それを聞いた住民達は予想外の答えに呆然とする。てっきり捕虜として奴隷の様な過酷な運命が待っていると思っていたが、これまでどおりの生活ができると知ってかなり驚いたようだ。
ダークは敵国の住民とは言え、彼等を奴隷の様な惨い扱い方をするつもりは最初からない。ただ、普通に生活させる代わりに連合軍の兵士達に敵対的な言動を取らない事を条件に付けた。
もし破った場合は戦争が終わるまで倉庫のような場所に閉じ込めると警告され、住民達は大人しくすることを決めたのだ。しかし最低限の自由が保障されたとしても、町が敵軍に制圧されている事は変わらないので住民達は連合軍への警戒を解かなかった。
「町の住民達は大人しくしています。我々を警戒してはいますが騒ぎを起こす様子は見られません」
「そうか」
町の中心にある屋敷の二階の会議室でダークはベイガードから町の様子について聞かされていた。近くにはアリシアに少年姿のノワール、ザルバーンの姿もあり、一同は机を囲みながら立っている。
ダーク達が今いる場所、ラーナーズの町に駐留していた帝国軍が本部として使っていた屋敷は現在、連合軍の本部として使われており、ダーク達指揮官クラスは町にいる間はその屋敷で生活する事にしていた。そして今は町の治安の確認や今後の進軍についての話し合いを行っている最中なのだ。
「自由を奪うよりも、今までどおりの生活をさせた方がいいと言うダーク陛下のお考えは正しかったようですね」
「無理矢理自由を奪えば住民達の反感を買う事になり、暴動などが起きる可能性が出て来る。それなら多少危なくても住民達を自由にさせておいた方がいいと私は思っただけだ」
「陛下は敵国の住民とは言え、彼等の事をちゃんと考えておられるのですね。感服いたします」
「そんな大した事はしていない」
「ご謙遜なさらなくても……」
「いや、本当に……」
笑うベイガードを見てダークは周囲に聞こえないくらい小さな声で呟く。本当にそこまで考えて判断した訳でもないので慈悲深い人間だとベイガードから思われる事にダークは複雑な気分になっていた。
ダークとベイガードが会話する姿をアリシアとノワールは小さく笑いながら見ていた。すると、黙って会話を聞いていたザルバーンが小さく咳き込んで周囲の注目を集める。
「町の方はこのままの状態にしておけば大きな問題は起こらないでしょう。ただ、ごく一部の住民達はまだ我々に対して不満や怒りを感じているらしく、その者達が何か騒ぎを起こす可能性もあります」
「……そういう者達が出てきたらすぐに捕らえろ。そして警告したとおり、帝国兵達がいる倉庫に一緒に閉じ込めておけ。騒ぎを起こす様な輩は野放しにはできん」
「分かりました。町を見回る者達にも気を抜かないよう伝えておきます」
町で騒ぎを起こす者が出てきた場合の対処法を聞き、ザルバーンは羽ペンで持っている羊皮紙にダークが指示した事を書く。
いくら今までどおりの生活ができても交戦国の兵士が町の中にいる事を良く思わない者もいる。そんな者達を自由にさせておけば必ず騒ぎが起き、怪我人が出る可能性もあるので最悪の事態にならない為にも今の内に手を打っておく必要があった。
「……さて、町の話はこれぐらいにして、そろそろ今後の進軍についての話し合いを始めるとしよう」
ラーナーズの町の現状や今後の確認などが一通り終わるとダークは低い声で話題をデカンテス帝国領への進軍に変える。ダークの言葉にアリシア達は一斉に真剣な表情を浮かべてダークの方を向いた。
「我々は予定通り、帝国軍の最初の防衛線であり、国境から最も近くにあるこのラーナーズの町を制圧した。今後はこのラーナーズの町を帝国進攻の本拠点として活動する」
視線が自分に注目したのを確認したダークは机の上に広げられている地図を指差し、連合軍の今後の動きについて語り始める。アリシア達も地図を見つめながらダークの話を黙って聞いていた。
「我々はこの後、アルマティン大平原で話したように戦力を三つに分けて帝都ゼルドリックに向けて進軍する。ザルバーン団長の部隊は北門から北部へ続く道を通り、回り込む様に帝都へ向かう。ベイガード殿の部隊は南門から出発し、南部から回り込む様に進軍する。そして私は東門から中部の道を通り帝都へ向かう」
「分かりました」
「お任せください」
ダークは確認しながらザルバーンとベイガードにそれぞれの役割を伝え、二人も役割を聞くと真剣な表情を浮かべて、力の入った声で返事をする。
「各部隊の戦力は北部と南部の部隊に三万ずつ、そして私の北部の部隊に一万とこちらも前回話した時と変わらない。だが、ラーナーズの町を制圧した時に僅かに戦力が失ってしまったのでそれを補充する必要がある」
「ダーク陛下、よろしいですか?」
戦力の補充についてダークが話しているとアリシアは手を軽く上げながら話しかけて来た。ザルバーンとベイガードの前なのでアリシアは総軍団長としての態度でダークと接している。
「どうした、アリシア?」
「アルマティン大平原で話した戦力を連れて行くとなると、この町の防衛をする戦力はどうなるのでしょう? 今は我々がこの町にいるので住民達は大人しくしていますが、全ての兵を町の外に出してしまえば住民達が閉じ込めてある帝国兵達を解放してこの町を取り戻そうとする可能性もありえるのでは?」
アリシアの質問を聞き、ザルバーンとベイガードは少し驚いた様な顔をする。彼女の言うとおり、全ての戦力を進軍に使えばラーナーズの町の防衛、管理をする者がいなくなってしまう。
もしそうなればラーナーズの町は再び帝国軍の拠点となり、ラーナーズの町の帝国軍が動けるようになってしまう。下手をすれば三つの戦力の内、どれかが背後から帝国軍の奇襲を受ける可能性だってある。それを考えると全ての戦力で進軍するのは危険だとザルバーンとベイガードは感じた。
ザルバーンとベイガードはダークの方を向いて、どうしますと目で尋ねる。するとダークはアリシアを見ながらは小さく笑った。
「心配するな。失った戦力を補充する時に町を防衛する戦力もバーネストから転移魔法で連れて来る。私達が町を出た後はその連れて来た奴等に町の防衛と管理を任せればいい」
「……ですが、それならわざわざバーネストから連れて来なくても、現在この町にいる戦力を分けて町の防衛部隊として再編制すればよかったのでは?」
「言っただろう? 我が国と帝国の問題でセルメティアとエルギスの兵士達に何か遭ったら申し訳ない、両国の兵士達を危険に晒さない為にも部隊の戦力を多めにしたいと? それに我々は帝国領を進軍するんだ、帝国軍との戦闘回数も多くなるはず。こちらが苦戦しない為にもできるだけ戦力を削りたくないのだ」
「……成る程、そうでしたね。スッカリ忘れていました、申し訳ありません」
「いい、気にするな」
セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達を守る為に戦力を多くしている事を思い出したアリシアは小さく頭を下げて謝罪し、ダークは忘れていたアリシアを注意することなく首を横に振った。
ザルバーンとベイガードもダークが増援部隊である自分達の事を本当に心配している事や今後の戦いを計算して戦力を多くしようと考えている事を知って少し驚いた表情を浮かべている。だが同時にダークは頭がよく、心の広い存在なのだと心の中で感動していた。
「連合軍の兵士達にはしばらくこの町で休息を取らせて体を休ませる。その間に私はノワールとバーネストに戻って増援部隊の準備してくる」
「分かりました」
「あと、町の住民達と問題を起こさないようにちゃんと注意しておいてくれ」
「ハイ」
ダークの指示を聞いてアリシアは真剣な顔で返事をする。補充の話が終わってダーク達は次の話題に移ろうとした。するとノワールが何かを思い出したような反応を見せてダークの方を向く。
「そう言えばマスター、帝国軍の捕虜を尋問した人から聞いた話なんですが、この町にデカンテス帝国の第二皇子がいたそうですよ?」
「第二皇子?」
「ハイ、確かゼルバムって名前だったかな……」
ノワールは腕を組みながら第二皇子の名を口にし、それを聞いたアリシア、ザルバーン、ベイガードは一斉にノワールに視線を向ける。
「ゼルバムと言えば、皇帝カーシャルドと同じ帝国至上主義者で次代皇帝と言われている人物ですね」
「ウム、しかし性格が少々異常で一部の貴族からは嫌われているとも聞いておる。その第二皇子が戦争に参加していたとは思わなかった……」
ベイガードとザルバーンは第二皇子が前線に出てきていた事を知って意外そうな表情を浮かべ、アリシアも二人と同じような顔をしながら会話を聞いている。
「それでその第二皇子は何処にいる?」
ダークがノワールにゼルバムの場所を尋ねるとノワールは軽く首を横に振った。
「探しましたがいませんでした。捕虜の話では僕等が町を制圧する直前に一人で町を脱出したのだろう、言っていました」
「フッ、命がけで戦っている兵士達を残して自分だけ逃げるとは、とんだ臆病者だな」
一人で逃げたゼルバムをダークは軽蔑し、アリシア達も呆れたような表情を浮かべている。ゼルバムが異常な性格であるのは噂で知っているが、戦場で仲間を見捨てるような性格だとはダーク達も思っていなかったようだ。
「マスター、もし今後の戦いでその皇子を見つけたらどうします?」
「別にどうもしない、他の帝国兵達と同じ扱いをするだけだ」
ダークはノワールの質問に低い声で答え、ノワールはそうですか、と言いたそうな顔で頷く。いくら相手がデカンテス帝国の皇子でもダークは特別扱いする気は無いようだ。
その後、ダーク達は進軍を開始した後にどうするか、敵に押された場合はどうするかなどを簡単に確認して話し合いを終わらせた。
――――――
帝都ゼルドリックの皇城にある玉座の間には玉座に座る皇帝カーシャルドとその隣に立つ第一皇子のバナン、そして二人の前には大勢の帝国貴族の姿があった。
玉座の間にいる者達の中でカーシャルドは険しい顔をしており、バナンや他の貴族達は深刻そうな顔をしている。その理由は昨夜メタンガイルの町から上がって来た戦況報告あった。
昨日の夜、メタンガイルの町から伝令兵がゼルドリックにやって来て、二日前にラーナーズの町が連合軍に落とされた事をカーシャルド達に報告した。それを聞いたカーシャルドやバナン、帝国貴族達は一斉に驚きの反応を見せる。
一週間ほど前に聞かされた十万の先遣部隊が一万程の連合軍に敗れたという報告に続いてラーナーズの町まで制圧されたと言う報告を聞かされてバナン達は大きくショックを受ける。だがカーシャルドはショックよりも連合軍に負けている帝国軍の弱さと思い通りにならない事に対して腹を立てていた。
現在の帝国軍の状態と連合軍が今後、どう進軍して来るのかを話し合う為、カーシャルド達は玉座の間に集まっていたのだ。そして今、玉座の間にはカーシャルドの機嫌の悪さからとても緊迫した空気が漂っていた。
「……クソォ! 連合軍めっ!」
カーシャルドは声を上げながら玉座の肘掛を叩く。興奮するカーシャルドを見て貴族達はビクつき、バナンは困った様な顔でカーシャルドを見つめる。
玉座の間に全員が集まってからカーシャルドはずっと不機嫌なままで、そんな子供の様な態度を取っているカーシャルドにバナンは心の中で呆れていた。
「こ、皇帝陛下、落ち着いてください……」
「これが落ち着いていられるか! 先遣部隊を倒された上にラーナーズの町まで奴等に奪われたのだぞ!?」
カーシャルドは自分を宥めようとする貴族を睨みながら大きな声で八つ当たりをする。カーシャルドに睨まれた貴族は恐怖のあまり小さくなってしまい、他の貴族はカーシャルドに怒りをぶつけられた貴族を見て気の毒に思う。
「父上、お気持ちは分かりますが今は最前線の状況をきちんと把握して今後連合軍とどう戦うのかを決めましょう」
「チッ!」
バナンの言葉でカーシャルドは舌打ちをする。だがバナンの言うとおり、いつまでも苛ついていても仕方がないと感じたカーシャルドは表情を少しだけ和らげて落ち着きを取り戻す。しかし、それでもまだ顔には僅かに険しさが残っていた。
「……それで? 今の戦況はどうなっているのだ?」
「ハ、ハイ、早速ご説明させていただきます」
カーシャルドが低い声で貴族に尋ねると貴族は慌てて持っている羊皮紙を広げ、そこに書かれてある最前線の状況を確認する。カーシャルドとバナン、そして他の貴族達は羊皮紙を見る貴族の方を向き、彼が説明するのを黙って待っている。
「まず、我が軍の状況ですが、連合軍の進攻に備えて帝都からラーナーズの町に続く北部、中部、南部の道の途中にある重要拠点の護りを固めております。動かせる戦力は重要拠点に集結させ、ラーナーズの町を解放する為の部隊を編成しているとの事です」
「成る程……それで、ラーナーズの町はどの位で解放できるのだ?」
「い、今の時点では何とも……」
「チッ!」
どの位の時間でラーナーズの町を解放できるかまでは分からないという貴族の答えにカーシャルドは舌打ちをする。そんなカーシャルドの態度を見たバナンは制圧された町を短時間で解放できるはずがないと再び心の中で呆れていた。
「それで、連合軍はどうしている?」
カーシャルドは帝国軍の状態を簡単に確認すると今度は敵である連合軍の事について貴族に尋ねた。質問された貴族は慌てて別の羊皮紙を取り、そこに書かれてある連合軍の情報を確認する。
「れ、連合軍は現在、ラーナーズの町に留まっています。恐らく、前回の戦闘で出た負傷者の手当てと戦力の補充をしていると思われます」
「クッ! 呑気に休息を取り、戦力の補充をしているとは、忌々しい奴等め!」
帝国軍と違って焦らずにゆっくりと戦いの準備を整えている連合軍の事を聞かされてカーシャルドは奥歯を噛みしめながら再び肘掛を叩く。またさっきの様に不機嫌になるカーシャルドを見て貴族達は再び怯えた表情を浮かべる。
「最前線に出ている我が軍は今後、連合軍とどう戦うつもりでいるのだ?」
「ほ、報告では各拠点を防衛しながら少しずつ兵を集め、戦力が整い次第、北部、中部、南部から同時にラーナーズの町に攻撃を仕掛けて解放するつもりのようです」
「なぜわざわざ各拠点から戦力を集める必要がある? 先遣部隊がビフレスト王国に進軍した後に二十万の増援を送り込む予定だったのだろう? その戦力を使って攻撃すればいいではないか」
「陛下、その二十万の戦力は我が国の町や砦も防衛する部隊を集めて編成する予定だったのです。ですからどんなに急いでも部隊の編成には時間が掛かってしまうのです」
「クッ!」
貴族達の説明を聞き、カーシャルドは悔しそうな顔をする。そんなカーシャルドをバナンは黙って見つめていた。
カーシャルドはどうにかして連合軍を倒し、もう一度ビフレスト王国に攻め込みたいと考える。だがいくら考えてもいい案が思い浮かばず、カーシャルドの表情は険しさを増していく。貴族達もそんなカーシャルドを見て、自分達に八つ当たりして来るのでは、と不安そうな表情を浮かべていた。
玉座の間に重い空気が漂っていると、出入口である大きな扉をノックする音が聞こえ、カーシャルド達は一斉にノック音が聞こえた扉の方を向く。
「陛下、オラルトンです」
扉の向こうから低い男の声を聞こえ、それを聞いたカーシャルドの目元が僅かに動く。表情にはまだ険しさが残っているが、さっきまでの表情と比べたら少しは和らいでいた。
「来たか、入れ」
カーシャルドが入室を許可すると扉が開き、一人の騎士が玉座の間に入って来た。その騎士は四十代後半ぐらいの金色の短髪をした中年の男で赤いデカンテス帝国の紋章が描かれた黒い鎧と赤いマントを装備している。そして腰には銀色の鞘に納められた騎士剣が納められており、騎士はガシャガシャと金属音を立てながらカーシャルド達の方へ歩いて行く。
騎士はカーシャルドの数m手前まで来ると軽く頭を下げてカーシャルドに挨拶をし、その姿をカーシャルド、バナン、貴族達は黙って見つめた。
「ヴァルハム・オラルトン、参りました」
「遅かったな?」
「申し訳ありません。帝都直衛部隊の再編成に時間が掛かってしまいました」
「それならまぁよい」
カーシャルドはオラルトンと名乗った男を見ながら静かに答え、オラルトンはそう言うカーシャルドを見てもう一度頭を下げた。どうやらこのオラルトンと言う騎士も玉座の間での話し合いに参加する予定だったらしいが、事情があって遅れたらしい。
ヴァルハム・オラルトン、デカンテス帝国の上位貴族の一人であり、帝国軍の中でも指折りの実力を持つ存在。そして、今回の戦争で帝国軍の総指揮官を任せれている男だ。過去に起きた他国との戦争でも指揮官を務め、帝国軍を勝利に導いた実績を持っており、カーシャルドからも信頼されている。レベルも53と英雄級の域に達しており、デカンテス帝国の歴史で最も多くの敵を倒した騎士として名を轟かせていた。
「直衛部隊の編成は終わったのか?」
「ハイ、あり得ないでしょうが敵が攻め込んで来た時に備えて万全の状態にしてあります」
「そうか……オラルトン、先程貴族達から聞いたのだが、ラーナーズの町を解放する為の部隊を編成するのに時間が掛かっているそうだな?」
「ハッ、各拠点の防衛力を計算しながら編成しているので、あと数日は掛かると思われます」
「ラーナーズを解放する部隊が編成されるまでの間、お前はどのようにして敵を迎え撃つつもりだ?」
カーシャルドがどうやって進軍する連合軍の相手をするのかオラルトンに尋ねる。バナンや貴族達もその事が気になり、真剣な表情を浮かべながらオラルトンを見つめた。
オラルトンはカーシャルド達に注目される中、表情を変える事無く目の前にいるカーシャルドを見つめ、静かに口を動かす。
「恐らくラーナーズの町の連合軍は戦力を三つに分け、北部から回り込む道、中部から真っすぐ進む道、そして南部から回り込む道を通り、同時に帝都に向かって進軍するはずです。戦力を三つに分ければ当然攻撃力も低下し、連合軍の進軍にも時間が掛かるはずです」
「確かに……」
「防衛拠点で敵を足止めし、その間に部隊の編成を完了させ、連合軍を迎え撃ちながら少しずつラーナーズの町まで押し戻します。そして、連合軍が町まで後退したら一気に攻撃を仕掛けて町を解放させるつもりです」
「ほほぉ」
カーシャルドはオラルトンの説明を聞くと小さく笑みを浮かべる。総指揮官であるオラルトンの考えた作戦なら必ず成功し、連合軍を倒せるとカーシャルドは考えているようだ。
「待ってくれ、オラルトン」
オラルトンの作戦にカーシャルドが笑みを浮かべていると隣に立っているバナンがオラルトンに声を掛けた。オラルトンやカーシャルド、その場にいる貴族達は一斉にバナンの方を向く。
「連合軍が戦力を三つに分けて攻めて来なかったらどうするつもりだ? 私も連合軍が北部、中部、南部の三つの道を通る事は間違いないと思っている。だがもし戦力を分けずに一つの道に全戦力を送り込んだら進軍を止める事はできないぞ」
「ご安心ください殿下、連合軍は間違いなく戦力を三つに分けます」
「どうしてそう言い切れる?」
「もし連合軍が一つの道に戦力を集中させれば連合軍は短時間で帝都に辿り着くでしょう。ですが、そうなると他の二つの道から我々帝国軍の進軍を許し、ラーナーズの町を解放されてしまいます。そして、我々がラーナーズの町に捕らえらえていた部隊を解放し、共に進軍する連合軍の後を追ったらどうなるでしょう?」
「……! 帝都側の部隊とラーナーズ側の部隊とで連合軍は挟撃される」
「そのとおりです。連合軍はそれを警戒し、我々にラーナーズの町を解放させないよう、そして我々に挟撃されないよう、必ず戦力を三つに分け、全ての道を通り進軍します」
オラルトンの説明を聞いたカーシャルド達は成る程、と納得した様な表情を浮かべる。デカンテス帝国でも最強クラスの力を持ち、帝国軍の総指揮官を務める男の言葉なので説得力があると感じたようだ。
「敵は確実に三つの道全てに戦力を送り込み、帝都を包囲するように攻め込んで来るでしょう。ですがそうなる前にこちらが敵を押し返し、ラーナーズの町を解放します」
「そうか、期待しているぞオラルトン。どんな事があってもラーナーズの町を解放し、連合軍を叩きのめすのだ」
「ハッ、お任せください」
頭を軽く下げながらオラルトンは力の入った声を出し、カーシャルドや貴族達はそんなオラルトンを見て頼もしく思う。バナンだけは笑う事もせずに無表情でオラルトンを見つめている。
「そう言えば、ラーナーズの町に送るはずだった救援部隊はどうなった?」
「ハッ、ラーナーズの町は既に連合軍に制圧されていますので、部隊は連合軍を迎え撃つ為の戦力としてメタンガイルの町に送りました」
「メタンガイルの町か。約三万の戦力があるあの城塞都市に更に戦力を送ればあの町は鉄壁の要塞と化す。連合軍は決して落とせん」
不敵な笑みを浮かべながらカーシャルドは余裕を見せ、それを見て貴族達も一斉に笑みを浮かべる。最初は連合軍に押されていた事でかなり焦っていたが、今ではその焦りが初めからなかったかの様にカーシャルド達は笑っていた。
バナンは笑うカーシャルド達を見ても何も言わずに静かに目を閉じる。オラルトンも連合軍の力を警戒しているのか笑みを浮かべる事無く黙ってカーシャルドを見ていた。
――――――
日が昇り、太陽が町を照らす早朝、ラーナーズの町での休息を終えた連合軍は帝都ゼルドリックに向けて進軍する為に出撃の準備をしていた。
ザルバーンの部隊は北門前の広場、ベイガードの部隊は南門前の広場、そしてダークの部隊は東門前の広場に集まり出発の時を待っている。だが、部隊の中には指揮官であるダーク、ザルバーン、ベイガードの姿は無かった。
町の北東にある大きな広場、広場の隅の方には瓦礫や壊れた荷車、樽などが大量に転がっており、民家の様な建物は一つもない。見た目からして、町で出た大きなゴミを捨てておく場所のようだ。その広場の真ん中にダーク、アリシア、そしてザルバーンとベイガードの姿がある。彼等から少し離れた所ではマインゴ、蝗武、モルドールの上級モンスター達が横一列に並んでダーク達を見ていた。
「さて、そろそろ呼ぶとしようか」
広場の中心を見ながらダークは低い声で呟き、アリシア達はそんなダークを黙って見つめている。
ダーク達がなぜゴミ置き場である広場にいるのか、それはラーナーズの町の防衛と見張りをする戦力をバーネストの町から呼び出す為だ。
昨日の夜、ダークはラーナーズの町に残す戦力を用意する為にノワールと共にバーネストに転移した。そして夜が明ける前にダークだけラーナーズの町に戻ってアリシア達に夜が明けたら戦力を呼び出すという事を伝え、急いで出撃の準備を終わらせて今に至ったという訳だ。
「ノワール、やってくれ」
ダークはオリジナルのメッセージクリスタルをポーチから取り出すとノワールに連絡を入れてゲートを開くよう指示を出す。やり方はアルマティン大平原で六万の騎士達を呼んだ時と同じやり方だったのでアリシア達は驚かずに黙って見ている。
ノワールへの指示が終わるとメッセージクリスタルは消滅し、その直後にダーク達の前に巨大な転移門が開かれ、ダーク達は転移門に注目する。すると転移門の中から見覚えのある人物達が出て来た。
「やっほ~、お待たせぇ!」
転移門から出て来たのはレジーナ、ジェイク、マティーリアの三人だった。三人はダークから貰った鎧、武器を装備してダーク達の方に歩いて行き、レジーナたちの姿を見たアリシア達は目を見開いて驚いた。
「ダ、ダーク陛下、どうして彼等が? 今回の戦争にはあの三人は参加しないはずでは……」
レジーナ達が転移門から出て来た事に驚いたザルバーンがダークに尋ねる。アリシアも何も聞いていないのかダークを見ながら説明してくれ、と目で伝える。
ダークは理由を知りたがるアリシア達を見ると視線をレジーナ達に向けて説明した。
「確かに冒険者であるアイツ等は帝国との戦いには参加させないと言った。だが、参加させないのは帝国拠点や帝国軍を攻撃する戦いだ。帝国軍から拠点である町を守る防衛戦には参加させるつもりでいた。だからあの三人をこの町の防衛指揮官として呼んだのだ」
「ラーナーズの町の護ってもらう為にレジーナ達を呼んだ、という訳ですか……」
「確かに、冒険者は自分達がいる町を護る為なら国同士の戦争にも参加できます。帝国の冒険者達もこの町を護る為に私達に戦いを挑んできましたしね……」
レジーナ達を呼び出した理由を知ったザルバーンとベイガードは納得し、アリシアもダークの説明を聞いて納得する。
三人が転移門から出てダーク達の前までやって来ると少年姿のノワールも転移門から姿を出し、その後ろから大勢の騎士が隊列を組んで出て来る。ノワールは騎士達を連れてダーク達の前に並ぶレジーナ達の隣にやって来ると目の前に立つダークを見上げて口を開いた。
「マスター、用意した青銅騎士八百人、白銀騎士五百人、全員連れてきました」
「ご苦労、戦力が足りていない部隊に補充し、残りはこの町の防衛と管理に回せ」
「ハイ!」
ダークの指示を聞いてノワールはラーナーズの町にいる兵士の人数を確認し、連れて来た騎士達をどの部隊に回せばよいか調べる。ノワールが作業する姿を見たダークは視線をレジーナ達に向けた。
「レジーナ、ジェイク、マティーリア、お前達には昨日話した通り、この町の防衛と管理を任せる。もし何か不測の事態が起きたらメッセージクリスタルで私に連絡しろ」
「分かりました。任せてください、陛下」
「こっちはあたし達で何とかするからダーク兄さん達は帝国との戦いに集中して」
「おい、人前では軽い態度を取るなと言っておるじゃろう。ダーク陛下と呼ばんか」
「もう、うるさいわねぇ」
注意するマティーリアと不満そうな顔をするレジーナ、ジェイクはそんな二人の姿を見ると呆れ顔で首を横に振る。ダークはそんな三人の姿を見て小さく笑うのだった。
それからしばらくしてノワールは騎士の補充を終わらせ、全ての準備が整う。ダークは広場に集まっているアリシア達を見て目を赤く光らせた。
「では、これより私達は帝都ゼルドリックを目指して進軍を開始する。帝国軍は間違いなく全力で我々を迎え撃つだろう……だが恐れるな、己の力、そして仲間の力を信じ、思い上がっている帝国軍を叩きのめしてやれ!」
ダークの力の入った言葉にアリシア達は真剣な表情を浮かべる。特にザルバーンとベイガードはダークの言葉に心を打たれたのか帝国軍を必ず倒すと闘志を燃やした。
その後、ダーク達は広場で分かれて自分達の持ち場へ移動する。そして、ダーク、ザルバーン、ベイガードが自分達の部隊と合流すると門が開き、ダーク達は帝都ゼルドリックを目指して出撃した。




