第百七十六話 強豪の騎士達
町の北側にある大きな広場ではザルバーンの部隊が帝国軍と交戦していた。セルメティア王国軍の兵士と帝国軍の兵士が広場のあちこちで剣を交えており、剣がぶつかる度に高い金属音が広場に響く。戦う兵士達の中にはザルバーンの姿もあった。
帝国軍の戦力は百五十人ほどで兵士や騎士、魔法使いなど様々な職業を持つ者で構成されている。その中にはラーナーズの町にいた冒険者も含まれており、低級モンスターの群れが相手なら楽に倒せるくらいの戦力だった。
対するザルバーンの部隊はセルメティア王国軍の兵士と騎士、魔法使い数十人とダークが貸し与えたビフレスト王国軍の騎士達で構成された部隊で人数は二百人ほど。数では僅かに帝国軍に勝っているが、魔法使いなど魔法が使える者の数は帝国軍より少ないので攻撃力は帝国軍よりも下だった。
帝国兵達は剣や槍を勢いよく振って攻撃し、セルメティア兵達はその攻撃を防ぎながら反撃する。どちらも一歩も引かずに戦っていた。すると、帝国兵達の後方から火球が飛んで来てセルメティア兵達の足元に命中し爆発する。後方にいる帝国軍の魔法使い達による支援攻撃だった。
火球の爆発の衝撃でセルメティア兵達は態勢を崩し、その隙に帝国兵達が攻撃してセルメティア兵達を倒していく。セルメティア王国の魔法使い達も魔法で兵士達を援護するが魔法使いの数が少ない為、なかなか帝国軍を押し返す事ができなかった。
「クッ! マズいな、少し兵達を前に出し過ぎたか……」
ザルバーンは連合軍が押されている戦況を見て、自分の指示が間違っていたかと表情を鋭くした。どうすればこの戦況を変える事ができるのか必死に考える。
「いいぞ、このまま連合軍を西門の方へ押し返してやれぇ!」
帝国軍の騎士が剣を掲げながら叫ぶと周りにいる帝国兵や冒険者達が声を上げてセルメティア兵達に向かって走り出す。ザルバーンは騎士剣を構えながら帝国兵達を睨み、セルメティア兵達も帝国兵を迎え撃とうと一斉に武器を構えた。すると、セルメティア兵達の後ろから大勢の青銅騎士達が前に出て帝国兵達の方へ歩いて行く。ザルバーン達は前進する青銅騎士達の姿を見て少し驚いた様な表情を浮かべていた。
突撃する帝国兵達はセルメティア兵達を守る様に前に出て来た青銅騎士達を見て少し意外そうな表情を浮かべる。だが帝国兵達は今の自分達は誰にも止められないと思っているのか立ち止まる事なく青銅騎士達に向かって行く。そんな帝国兵達を見て青銅騎士達も武器や盾を構えながら前進を続ける。
帝国兵の一人が目の前にいる青銅騎士を剣で攻撃する。青銅騎士は帝国兵の攻撃をカイトシールドで難なく防ぎ、持っている赤いハンドアックスで反撃した。帝国兵は青銅騎士の反撃を咄嗟に剣で防ぐが、青銅騎士の攻撃は重く、帝国兵は剣を弾かれて態勢を崩してしまう。その隙に青銅騎士は再びハンドアックスで攻撃し、帝国兵の体を切り裂いた。
ハンドアックスの一撃を受けたのと同時に帝国兵の体が炎に包まれ、切り裂かれた痛みと炎の熱さが帝国兵を襲う。炎が消えると帝国兵は体や口から煙を上げながら仰向けに倒れ、二度と動く事はなかった。
仲間が一撃で殺された光景を見て周りにいる帝国兵達は驚きのあまり武器を構えたまま固まる。その隙の他の青銅騎士達も帝国兵達を攻撃し次々と倒していく。青銅騎士達の攻撃で最初は勢いのよかった帝国兵達は全員が驚愕の表情を浮かべている。
「な、何だこの騎士達は! 殆どの奴が魔法の武器を持っているぞ!?」
「どうして連合軍にこんな連中がいるんだ!」
帝国軍でもごく一部の人間した持っていない魔法の武器を連合軍の騎士のほぼ全員が持っている事に帝国兵達は驚きを隠せずに声を上げる。帝国軍と共に戦っている冒険者や後方にいる魔法使い達も敵の装備を目にして驚いていた。
「ひ、怯むな! 魔法の武器を所持していようと所詮は騎士だ。距離を取り、魔法で攻撃すれば何の問題もない!」
驚いている帝国兵達に帝国騎士が険しい表情を浮かべながら叫ぶ。彼も大量の魔法の武器を目にして驚いているようだが、戦いの最中に驚いている場合ではないと気を引き締め、兵士達に指示を出した。
帝国騎士の言葉で我に返った帝国兵達は武器を構えながらゆっくりと後退し、後方にいた魔法使い達は前進して来る青銅騎士達に杖を向けた。
「火弾!」
「水撃の矢!」
「放射電流!」
帝国軍、冒険者の魔法使い達は前にいる帝国兵達に当たらないように注意しながら魔法を発動する。火球や電撃、真空波などが青銅騎士達に向かって放たれ、それを見た青銅騎士達は一斉に立ち止まりカイトシールドを構えた。魔法はカイトシールドに命中し、青銅騎士達に当たる事無く消滅する。
盾で魔法を防いだ青銅騎士達に帝国兵達は再び驚きの反応を見せる。特に魔法使い達は目の前で起きた出来事が信じられないのか愕然としていた。
魔法を防いだ青銅騎士達は構えを解き、再び帝国兵達に向かって前進を始める。動き出した青銅騎士達を見て帝国兵達はどう戦えばいいのか考えながら武器を構えた。すると空から無数の矢が雨の様に降り注ぎ、帝国兵や後方にいる魔法使い達の体に刺さる。それと同時に電気や冷気などが全身を襲い、激痛を感じながら矢を受けた者達を倒れた。
「こ、後方にいた奴等がやられた!」
「矢を受けただけで死んじまったぞ……もしかして、弓矢も魔法の武器なのかよ!?」
力と武器の性能の差があまりにも違い過ぎる為、帝国兵や冒険者達の中から冷静さを失う者が出て来る。青銅騎士達はそんな者達の事を気にもせずに進軍し続けた。
迫って来る青銅騎士達に帝国兵達は恐怖し、次々と後方へと逃げていく。勿論、帝国兵の中には逃げ出さない者もいたが、殆どの帝国兵が汗を流しながら焦っている様な表情を浮かべていた。
「お前達! 敵前逃亡するつもりか?」
逃げ出す帝国兵達を帝国騎士は止めようとするが逃げる帝国兵は誰一人帝国騎士の話を聞いていない。帝国騎士は逃げる者達を見て険しい表情を浮かべる。
「チッ! 腰抜けどもめぇ!」
「デハ、オ前ハコノ状況デ逃ゲズニ戦ウト言ウノカ?」
帝国騎士が逃げる者達に腹を立てていると前から低い男の声が聞こえ、帝国騎士は僅かに驚いた表情を浮かべて前を見る。そこには苔色の体をした昆虫人間の様なモンスター、蝗武が立っていた。
蝗武は大きな目でギョロッと帝国騎士を見つめる。帝国騎士は蝗武の姿を見て恐怖を感じたのか目を見開きながら震えた。
「……ドウシタ、オ前ハ腰抜ケデハナイノダロウ? ダッタラ早ク掛カッテ来イ」
帝国軍人に向けて蝗武は挑発的は言葉を発する。だが帝国騎士は震えたまま動こうとしない。そんな帝国騎士を見た蝗武は小さく溜め息をつき、右手で手刀を作り素早く帝国騎士の首を刎ねた。
頭部を失った帝国騎士の首からは血が噴水の様に吹き出し、そのまま帝国騎士の体は仰向けに倒れる。その光景を見て逃げ出していない帝国兵や冒険者達は一斉に青ざめた。
「戦ウ勇気ノ無イ者ガ逃ゲル者達ヲ侮辱スルナ」
帝国騎士の死体を見下ろしながら蝗武は低い声で呟く。敵に立ち向かう勇気も無いのに他の者達に戦わせようとした帝国騎士の行動は蝗武にとって気分の悪いものだったのだろう。
蝗武は顔を上げて後退する帝国兵達を確認すると帝国兵達を見ながら右腕を前に出した。
「コノママ一気ニ進軍シ町ヲ制圧スル! 向カッテクル敵ハ倒シテモ構ワンガ逃ゲル敵ハ追ウナ。敵ノ殲滅ヨリ、町ヲ制圧スル事ヲ考エロ!」
蝗武は進軍する青銅騎士達に命令を出し、青銅騎士達は命令通り、逃げる者は追わず、逃げずに武器を構える者の相手をした。帝国兵と戦っていない青銅騎士は広場の奥へと進んでいく。
ザルバーンやセルメティア王国兵達は帝国兵達をあっという間に押し返した蝗武と青銅騎士達を見て呆然とする。自分達が苦労していた相手を短時間で片付けてしまったのだから当然と言えた。
「こ、これがビフレスト王国軍の騎士団、そして蝗武殿の強さか……ダーク陛下から強いと聞いてはいたが、まさかこれ程とは……改めて仲間でよかったと思えるな」
蝗武と青銅騎士達を見ながらザルバーンは小さく笑い、蝗武達が味方でよかったと安心する。もし自分達が帝国軍の立場だったらどうなっていたか、ザルバーンは額に手を当てながら俯き、想像したくない思いながらと首を横に振った。
ザルバーンが俯いていると蝗武と青銅騎士達は広場の奥へと進軍していく。それに気付いたザルバーンは置いて行かれてしまうと感じ、フッと顔を上げた。
「我々も進軍するぞ! 負傷した者は後方に下げ、動ける者はビフレスト王国軍と共に前進する。彼等に後れを取るな? セルメティア王国軍の底力を帝国軍に見せつけてやるのだ!」
『おぉーーっ!!』
セルメティア兵達はザルバーンの言葉に武器を掲げながら声を上げ、先に進軍するビフレスト王国軍の後を追う。ザルバーンも蝗武や青銅騎士達に負けていられないと闘志を燃やしながら先へ進んだ。
――――――
町の南側にある教会、その前にある大きな広場でも連合軍と帝国軍が激しい戦いを繰り広げていた。広場の中で帝国兵とエルギス兵が剣を交え、魔法使い達は敵軍の魔法使い達に向かって魔法を撃ち合って攻撃している。
ベイガードが率いる連合軍の部隊は兵士、騎士、テンプルナイトや魔法使いで構成された二百人、対して帝国軍の部隊は兵士と騎士、魔法使いに町の冒険者で構成され、合計百八十人の部隊だった。ザルバーンが相手にしていた部隊よりは若干敵の数がが多いが、ベイガードの部隊の方が有利に戦いを進めている。
「散り散りになるな! 固まって戦えぇ!」
斧で帝国兵を薙ぎ払いながらベイガードは周りにいる部下達に指示を出す。それを聞いたエルギス兵は言われたとおり仲間と固まって帝国軍と戦う。だが、帝国軍も同じ事を考えているらしく、数人で固まりながらエルギス兵達に戦いを挑んでいた。
エルギス兵達は帝国兵を一人ずつ確実に倒しながら帝国軍を圧倒していく。人数も勝っており、このまま行けばすぐに教会前の広場を制圧できるとエルギス兵達はそう思っていた。そんな中、一人の大男が柄の長い大きなハンマーを持って三人のエルギス兵の前に現れた。装備しているハンマーや鎧は帝国軍の物とは異なっており、雰囲気も帝国兵とは違う。どうやらラーナーズの町にいた冒険者のファイターのようだ。
「随分と俺達の町で好き勝手やってくれるじゃねぇか。礼をさせてもらうぜ!」
ファイターは笑いながらハンマーを振り上げ、目の前にいるエルギス兵に向かって振り下ろした。エルギス兵は咄嗟にその場を移動してファイターの振り下ろしを回避し、仲間のエルギス兵達と共に素早く剣を振ってファイターに反撃する。
だが、エルギス兵達の剣はハンマーの柄で全て防がれてしまい、攻撃を防いだファイターは後ろへ軽く跳んでエルギス兵達から距離を取った。三人の攻撃が全て防がれた事にエルギス兵達は悔しそうな表情を浮かべる。
悔しそうな顔をするエルギス兵達を見るとファイターはニッと笑い、ハンマーを構え直す。するとハンマーの頭が濃いオレンジ色の光り出し、それを見たエルギス兵達は戦技が来ると気付き警戒する。その直後、ファイターはエルギス兵達に向かって走り出した。
「くらいなっ! 王魂断流撃!」
ファイターは気力の籠ったハンマーをエルギス兵達に向かって振り下ろし攻撃する。エルギス兵達はさっきと同じ振り下ろしだと思いながら再びバラバラになって回避した。だが、今回の攻撃は前とは違う。
ハンマーの頭が地面に触れた瞬間、周囲に衝撃波が発生して近くにいたエルギス兵達を引き飛ばした。衝撃波を受けたエルギス兵は全員地面に叩きつけられ、そのまま倒れてしまう。幸い死んではいないがかなりのダメージを受けたようだ。
「ハハハハハッ! どうだ、俺が戦技は? ハンマーの直撃をかわせても、その後に出る衝撃波はかわせなかったみたいだな」
倒れているエルギス兵達を見てファイターはハンマーを肩に担ぎながら愉快そうに笑う。そんなファイターをエルギス兵達は倒れたまま睨み付ける。すると、倒れているエルギス兵達の後ろから一人の白銀騎士が前に出てファイターの方へ歩いて行く。エルギス兵達はビフレスト王国軍の騎士が一人で敵に向かって行くのを見て驚いた顔を見せる。
ファイターは自分の前に出て来た白銀騎士を見て最初は意外そうな表情を浮かべる。だがすぐに小さな笑みを浮かべてハンマーを両手で構えた。
「ほぉ? 今度は随分と立派な鎧を着た騎士様が出てきたな? アンタはエルギス教国の騎士様かい?」
白銀騎士を見ながらファイターは嬉しそうに話しかける。どうやら身に付けている全身甲冑を見て先程のエルギス兵達よりも強い敵だと気付き、強い敵と戦えると楽しさを感じているようだ。そんなファイターを白銀騎士は黙って見つ目ながら騎士剣と銀のカイトシールドを構えた。
「ヘッ、ダンマリかよ……まあ、どうでもいいよな? お前も俺達の町に攻め込んで来た敵なんだ、倒すに変わりはねぇ!」
無言の白銀騎士を見てファイターは笑みを浮かべながらハンマーを右から振り攻撃を仕掛ける。白銀騎士はファイターの横振りを後ろに軽く跳んでかわし、その直後に大きく前に踏み込んでファイターに反撃した。
前から迫って来る騎士剣をファイターはハンマーの柄で上手く防いだ。すると、ハンマーの柄から強い衝撃が手に伝わり、その衝撃に先程まで楽しそうに笑っていたファイターは驚きの反応を見せる。
「な、何だこの力は?」
白銀騎士の予想外の力にファイターは真剣な表情を浮かべて後ろに下がり、白銀騎士を睨みながらハンマーを構える。白銀騎士も騎士剣とカイトシールドを構えながらファイターを見ていた。
「……コイツは、さっきまでの兵士とはかなりレベルが違うみてぇだな。なら、戦技を使って一気にケリをつけるだけだ」
そう言ってファイターはハンマーに気力を送り込み、再び戦技を使う態勢に入った。エルギス兵達はファイターが戦技を使おうとしているのを見て白銀騎士に視線を向ける。その目からは大丈夫なのか、という不安が僅かに感じられた。
気力を送り込み、戦技が使えるようになるとファイターは白銀騎士に向かって走り出す。白銀騎士は構えを変える事無く走って来るファイターを見つめていた。
「王魂断流撃!」
エルギス兵達に使ったのと同じ中級戦技を発動させたファイターは白銀騎士の頭上に向けてハンマーを振り下ろす。白銀騎士はカイトシールドを頭上に動かしてファイターの戦技をカイトシールドで防ごうとする。それを見たエルギス兵達は驚きの表情を浮かべ、ファイターは嘲笑う様な表情を浮かべた。盾で重い打撃系の戦技を止められるはずがないと思っていたからだ。
ファイターのハンマーは白銀騎士のカイトシールドに止められた。だがハンマーの頭がカイトシールドに触れるのと同時に強い衝撃波が発生する。ハンマーの振り下ろしと衝撃波、この二つを受けたら白銀騎士もただでは済まない、誰もがそう思っていた。だが次の瞬間、エルギス兵やファイターが目を疑う出来事が起きる。
何と、戦技を止めた白銀騎士が何事も無かったかのようにカイトシールドでハンマーの頭を退かし、騎士剣とカイトシールドを構え直したのだ。これにはエルギス兵達もファイターも目を驚愕の表情を浮かべた。
「ば、馬鹿な! 中級戦技を盾で普通に防いだって言うのか!?」
ファイターは信じられない光景に思わず大きな声を上げた。エルギス兵達も声は出していないが驚きのあまり固まっている。
周囲が驚いている中、白銀騎士は騎士剣の構えを少し変え、刀身を薄っすらと赤く光らせる。それを見たファイターは白銀騎士が戦技を使って来ると思ったのかハンマーを構えた。その直後、白銀騎士は騎士剣を大きく横に振ってファイターを攻撃する。
ファイターは白銀騎士の横切りをハンマーの柄で何とが防いだ。だがその攻撃は重く、止める事ができずにハンマーの柄は押し切られ、騎士剣はファイターの脇腹を切り裂いた。
切られたファイターは痛みで表情を歪めながら後ろによろけ、そこへ白銀騎士が追撃の振り下ろしを放つ。よろけていたファイターは白銀騎士の攻撃を避ける事も防ぐ事もできずに体を切り裂かれてその場に倒れた。
敵の冒険者をアッサリと倒した白銀騎士にエルギス兵達は呆然とする。白銀騎士はそんなエルギス兵達を気にする事無く次の敵を探しに移動した。
「な、何と言う強さだ。冒険者を簡単に倒すとは……」
白銀騎士とファイターの戦いを遠くで見ていたベイガードは微量の汗を流している。
中級戦技を使えるという事は少なくとも白銀騎士が倒したファイターは四つ星か五つ星で中級モンスターと互角に戦えるほどの力を持っているという事だ。その冒険者の戦技を止め、難なく倒してしまったのだから驚くのは無理もないと言える。
「いかがですか、彼等の強さは?」
驚いているベイガードの隣でシルクハットを被り、タキシードを着ている初老の男、モルドールが腕を組みながら話しかけた。ベイガードは突然声を掛けられた事に驚いたのかビクッと反応してからモルドールの方を向く。
「モ、モルドール殿……」
「彼等は青銅騎士よりもレベルが高く、中級モンスターとも互角以上に戦える力を持っています」
「え、ええ、それは先程の戦いを見て理解しました。ですが、中級戦技を止める事ができるとは思いませんでした。しかも戦技まで使えるなんて……」
「いいえ、あれは戦技ではありません」
「え?」
白銀騎士が使った騎士剣を赤く光らせて攻撃する行動が戦技ではないと聞かされ、ベイガードは意外そうな顔を見せる。
「先程白銀騎士が使ったのはオーラブレードという我が軍の騎士達が使える特殊な能力の一つです。見た目や攻撃の仕方は戦技と似ていますが、まったく違うものです」
「戦技とは違うもの?」
ベイガードは白銀騎士が戦技ではなく別の何かを使ってファイターを倒したと聞かせれて僅かに驚いた。同時に自分達の知らない力を使えるビフレスト王国軍の騎士達はどんな存在なのだ、と疑問に思う。
白銀騎士が使った技、<オーラブレード>はLMFの攻撃能力の一つでLMFのプレイヤーや一部のモンスターが使う事ができる。白銀騎士が使えたのはダークが英霊騎士の兵舎で白銀騎士を作り出す時にこの能力を使える様に設定しておいたからだ。威力は攻撃能力の中では低い方だが、攻撃速度も速く連続で使う事もできるので使い勝手の良い能力と言われている。因みにダークもこの能力を使う事ができる。
ファイターを倒した白銀騎士は次々と帝国兵や帝国騎士を倒していき、敵の数を少しずつ減らしていく。他の場所でも別の白銀騎士や青銅騎士達が敵を倒していく姿があり、戦況は連合軍の優勢に傾いていた。
「既に帝国軍の戦線は崩壊しています。もう彼等が我々を押し返す事は不可能でしょう」
「……そうですね、このまま一気に広場を制圧しましょう」
「ええ、それがよろしいと思います」
モルドールはベイガードの考えに反対する事無く小さく笑いながら頷く。するとそこへ、ラーナーズの町の冒険者と思われる戦士とモンク、女盗賊がモルドールとベイガードの右側に現れ、冒険者達に気付いた二人はふと彼等の方を向いた。
「お前達がこの部隊の指揮官か?」
「貴方達が倒す事ができれば、まだ私達にも勝機はあります!」
「悪いけど、此処で死んでもらうわよ!」
三人の冒険者は帝国軍が不利な戦況を変える為に指揮官であるモルドールとベイガードに戦いを挑む。そんな冒険者達を見たベイガードは持っている斧を構えて冒険者達を警戒する。だがモルドールは構える事無く冒険者達を見て笑っていた。
「おやおや、私達を倒すと仰るのですか。この戦況で戦意を失わずに戦い続けるその精神力は素晴らしい……ですが、戦いを挑む相手を間違えましたね?」
モルドールは笑いながら冒険者達の方へ歩き出し、冒険者達の3m程手前で立ち止まる。冒険者達は近づいてきたモルドールを警戒し、ベイガードはモルドールの後ろ姿を見ながら不思議そうな顔をしていた。
「貴方がたでは私とベイガード殿の足元にすら及びません。悪い事は言いませんからこのまま消えなさい。そうすれば見逃して差し上げます」
「フン、随分余裕じゃないか。戦況で優勢だからと言って調子に乗るなよ?」
「私達はこの町の五つ星冒険者、貴方こそ油断していると痛い目に遭いますよ」
「ほほぉ? では見せていただきましょうか、貴方がたの力というものを?」
笑いながらモルドールが挑発的な言葉を冒険者達にぶつける。それを聞いた戦士は歯を噛みしめ、モンクと女盗賊もモルドールを睨みながら構えた。彼等の反応を見れば挑発に乗せられたのが一目で分かる。ベイガードは冒険者達を見て単純だな、と心の中で思った。
「いいだろう、そこまで言うのなら見せてやるぜ! ただ、死んでも後悔するなよ!?」
戦士は腰に納められている剣を抜くとモルドールに向かって走り出し、モンクと女盗賊もそれに続いてモルドールに突撃する。
正面から突っ込んでくる冒険者達を見たモルドールは笑うのをやめて真剣な表情を浮かべる。そして杖を持っていない方の手を走ってくる冒険者達に向けた。
「霊魂の火炎!」
モルドールが魔法を発動させると手から青白い炎が噴き出し、走って来る冒険者達に向かって放たれる。モンクは素早く横へ跳んで炎をかわしたが、戦士と女盗賊は炎に呑まれてしまった。全身の熱さと痛みに戦士と女盗賊は断末魔を上げながら倒れ、やがて声は聞こえなくなる。
仲間が焼け死んだ光景を見てモンクは表情を歪ませる。だが、仲間の死を悲しんでいる場合ではない。モンクは気持ちを切り替えて再びモルドールに向かって走り出す。そんなモンクを見たモルドールは不敵な笑みを浮かべた。
「高魔の影刃!」
走って来るモンクに向けてモルドールは杖を横に振る。するとモルドールの影がひとりでに動き出し、モンクの方へ伸びて行く。そしてモンクの前まで近づくと影から黒い鎌状の刃が飛び出してモンクの体を切り裂いた。
「ぐああぁ!?」
体を引き裂かれたモンクは吐血しながら倒れ、そのまま動かなくなる。モンクが息絶えると黒い刃はモルドールの影の中に戻り、影も元の形に戻った。
<高魔の影刃>はモルドールの種族であるシャドーメフィストの固有技の一つで自分の影から黒い刃を出して相手に攻撃するができる。しかもその影はモルドールの意志で自由に動かす事ができ、視界に入っている敵であれば何処にいようと攻撃可能な強力な技だ。そして一定の確率で敵を呪い状態にする事もでき、多くのLMFプレイヤーを苦しめた。
モルドールは切り捨てたモンク、焼き殺した戦士と女盗賊の死体を見ながらシルクハットを直し、ゆっくりと振り返って歩き出す。
「相手と自分の力量差を理解せずに戦いを挑むとは、愚かな事をしましたね」
倒れている死体にそう言いながらモルドールは別の敵を倒しに移動する。戦いを見ていたベイガードはモルドールの異常な強さに呆然としていたが、すぐに我に返ってモルドールと同じように他の敵と戦いに向かう。だがその前にちゃんとファイターとの戦いで傷を負ったエルギス兵達を傷を癒す魔法使い達の所まで後退させた。
――――――
帝国軍の本部である屋敷の前の広場では大勢の帝国兵、帝国騎士が集まっている。帝国兵達は武器の確認をしたり、広場と繋がっている街道の入口にバリケードを作ったりなど、攻め込んで来るであろう連合軍に備えて戦いの準備をしていた。
屋敷の目の前ではメルゼンが騎士達から町の各地で起きている戦いの状況を聞かされていた。その内容は帝国軍にとってはあまりにも絶望的なものでメルゼンは緊迫した表情を浮かべている。
「……その内容に間違いなのだな?」
「ハイ、西門に向かって各部隊は途中で遭遇した連合軍の部隊に敗れてほぼ全滅、冒険者達も敵の圧倒的な力の前に次々と倒されているとの事です」
「五つ星と六つ星冒険者が倒されるとは……敵はやはり未知のマジックアイテムを所持しているのか?」
メルゼンはここまで敵の進軍を許し、帝国軍や冒険者達が倒されてしまったのは連合軍が自分達の知らないマジックアイテムを持っているからではと考え、報告する騎士に尋ねる。すると騎士は深刻そうな表情を浮かべながら首を横に振った。
「いいえ、連合軍と戦って生き残った者の報告では敵は未知のマジックアイテムなどは所持していないようです」
「な、何だと……」
「ただ、敵の騎士のほぼ全員が魔法の武具を装備していると言っておりました」
「ほ、ほぼ全員が魔法の武具だと!?」
騎士の話を聞いてメルゼンは声を上げ、周りにいる他の騎士も目を見開いて驚く。作業をしている帝国兵の一部もメルゼン達の会話を聞いて僅かに驚いていた。
敵は未知のマジックアイテムではなく、大量の魔法の武具を所持している。それを知ってメルゼンはゆっくりと俯く。
町に突入され、大勢の兵士が倒されてしまった今の状況ではもう連合軍を押し返す事は出来ない。最悪の状況にメルゼンは悔しそうな表情を浮かべながら拳を強く握る。周りの騎士達はそんなメルゼンを黙って見ていた。
「……おい、ゼルバム殿下はどちらにいらっしゃる?」
「殿下、ですか?」
「ああ、最悪の状況を考えてゼルバム殿下には今の内に町から脱出してもらう事にする」
最悪の状況、その言葉を聞いた騎士達は僅かに表情を変える。この戦い、メルゼンは帝国軍が勝てる可能性は低いと考えていると周りにいる騎士達は全員が気付いたようだ。
性格に問題があってもゼルバムはデカンテス帝国の皇族。帝国に仕える貴族としてゼルバムの身の安全を考え、先にラーナーズの町から逃がしておこうとメルゼンは考えている。騎士達はゼルバムの身の第一に考えるメルゼンを見て帝国貴族の鏡だと感じた。
「今ならまだ東門の方には敵が回っていないはずだ。そこから殿下をメタンガイルの町に逃がす。急いで殿下を呼んで来てくれ」
「……じ、実は、その……」
ゼルバムを呼んで来るよう言われた騎士は俯きながら複雑そうな表情を浮かべ、そんな騎士をメルゼン達は不思議そうな顔で見つめる。
「どうした?」
「……ゼルバム殿下なのですが、屋敷の何処にも姿がありません」
「何? 屋敷にいないと言うのか?」
「ハ、ハイ、メイドや執事達と地下に避難していると思い地下も調べたのですが……」
「地下にもいなかったのか?」
メルゼンの問いに騎士は無言で頷く。メルゼンは目を見開きながら驚き、他の騎士達も突然ゼルバムが消えた事にざわつき出す。
「どういう事だ、殿下は一体何処へ行ってしまわれたのだ?」
「メ、メルゼン卿、もしや殿下は我々が気付かないうちに連合軍に捕まってしまったのでは……」
「いや、それはあり得ん。もし殿下が捕虜になっているのなら連合軍は殿下を使って我々に降伏を要求してくるはずだ。しかし、連合軍はこれまでそのような要求は一度もしてきていない」
「つまり、殿下は敵に捕まってはいないと?」
騎士の方を向いてメルゼンは頷く。敵に捕まった訳ではないのなら、ゼルバムは何処にいるのか、メルゼン達は難しい顔をしながら必死に考える。すると、ゼルバムが消えた事を話した騎士が暗い表情を浮かべながらメルゼンに話しかけて来た。
「あ、あのぉ、実は先ほど屋敷の近くにある厩舎を見て来たのですが……」
何か言い難そうな態度を取る騎士を見てメルゼンはどうかしたか、と目で尋ねる。
「厩舎の中にいる馬が一頭足りないのです。それも、ゼルバム殿下がこの町に来る時に乗って来られた馬がいなくなっておりました……」
「何だと?」
騎士の言葉を聞いてメルゼンは表情一変させながら低い声を出す。他の騎士達も全員が目を見開いている。
ゼルバムが屋敷から姿を消した。ゼルバムが連合軍に捕まっている可能性は極めて低く、彼が使っていた馬も厩舎から消えている。メルゼンはこれらの情報からゼルバムがどうしているのか分析した。そして答えが出ると緊張した様な表情を浮かべる。
「まさか、ゼルバム殿下は既にこの町から脱出しているのか?」
「え? どういう事ですか?」
「恐らく、殿下は連合軍がこの町に突入したという情報を何処かで手に入れ、連合軍が町の奥に進軍する前にこの町から脱出したのだ」
「そ、それはつまり、殿下は我々を残してお一人で逃げたと?」
騎士が僅かに震えて声でメルゼンに尋ねる。メルゼンは騎士の質問に答えずに黙って俯く。そんなメルゼンの反応を見た騎士達はゼルバムが自分達を見捨てて先に逃げ出したと悟り、全員愕然とした表情を浮かべた。
命を懸けてデカンテス帝国や皇族の為に今日まで戦って来た自分達に一言も声を掛けずに一人で逃げ出したゼルバムの行動は騎士達の心と誇りに大きな傷をつけた。
メルゼンも騎士達程ではないがショックを受けている。彼はゼルバムから危険な状況になったら町から脱出すると聞いていたので、ゼルバムが町から逃げた事については何も感じていない。だが、自分達に一言も声を掛けずに一人で町を脱出された事には衝撃を受けていた。
何も言わずに自分だけこっそり逃げると言うゼルバムの行動はデカンテス帝国と皇族の為に戦うメルゼン達を囮に使い、彼等の帝国への忠誠心と命を懸けた戦う覚悟を踏みにじっているのと同じようなものだからだ。
メルゼン達がゼルバムに利用され、見捨てられた事にショックを受けていると、街道を塞いでいたバリケードが大きな音を立てて破壊される。その音を聞いたメルゼン達は一斉に破壊されたバリケードの方を向く。
壊されたバリケードの近くでは砂煙が上がっており、その奥から漆黒の全身甲冑を纏ったダークと白い鎧を着たアリシア、そして大勢の青銅騎士が姿を現し、ぞろぞろと広場に入って来る。帝国兵達は広場に侵入して来たダーク達を見ると慌てて距離を取り、一斉に武器を構えた。
「……此処が帝国軍の本部がある広場か」
「そのようだな」
ダークとアリシアは広場を見回しながら自分達が目指していた場所である事を確認する。ダークが広場の様子を簡単に確認していると奥に屋敷があり、その前で数人の騎士と共に自分達を見ているメルゼンを見つけた。
(あの男だけが他の騎士や兵士と雰囲気が違う。敵指揮官と見て間違いないだろうな)
心の中でメルゼンがラーナーズの町にいる帝国軍の指揮官だと確認したダークは大剣を握りながらメルゼンの方へ歩き出す。帝国兵達は突然歩き出したダークを警戒して剣や槍を構える。ダークはしばらく歩くと静かに立ち止まり、メルゼンに大剣の切っ先を向けた。
「お前が帝国軍の指揮官だな? 私は連合軍の総指揮官にして、ビフレスト王国の王、ダーク・ビフレストだ」
「何っ、ダーク・ビフレスト!?」
ダークの名を知ったメルゼンは驚き、騎士や帝国兵達も一斉にざわつき出す。まさか敵対している国の王が前線にいるとは思ってもいなかったのだろう。
「あれがビフレスト王国の王様かよ?」
「黒騎士だと聞いてはいたが、まさか本当だったとは……」
「な、なぁ、もしかして西門を破壊した黒騎士って言うのは……」
帝国兵達はダークを見ながら小声でコソコソと話をしている。ダークは帝国兵達の話を聞いてチラッと帝国兵達に視線を向けるがすぐにメルゼンに視線を戻した。
「既に我が六万の連合軍は東西南北全ての門を制圧し、町の中心に向かって進攻している。もはやお前達帝国軍には勝機も逃げ道も無い」
ダークから連合軍が既に四つの門を全て押さえ、そこから町の中心、つまり自分達がいる所に向かって進軍していると聞かされた帝国兵達は一斉に驚きの表情を浮かべる。戦力が劣っているとはいえ、短時間で全ての門が制圧され、自分達が包囲されているとは思っていなかったらしい。
帝国兵達がざわつている中、騎士達はどうすればいいのか必死に考える。だがメルゼンは考える事はせず、黙ってダークの話を聞いていた。
「帝国軍指揮官よ、全ての部隊に武装解除をさせて降伏しろ。今降伏するのなら悪いようにはしない」
メルゼンに向かったダークは降伏を要求する。ダークの隣にいるアリシア、そして二人の後ろで待機している青銅騎士達は帝国軍を見つめながら武器を握る手に力を入れる。帝国軍が降伏を拒否した場合、すぐに攻撃できるようアリシア達は戦闘態勢に入った。
帝国兵、そして騎士達は指揮官であるメルゼンの方を向いてどうするんだ、と言いたそうな表情を浮かべている。広場にいる帝国兵に殆どは包囲されている以上、自分達にもう勝てないと感じているのか降伏してほしいと思っていた。中には徹底抗戦をするべきだと思っている帝国兵もいるがごく僅かしかいない。メルゼンの周りにいる騎士達も不安そうな顔でメルゼンを見ていた。
メルゼンはダークの要求を聞くと小さく俯く。最初は全力で戦って連合軍を撃退しようと思っていたが、今のメルゼンは戦力の違いと戦況の悪さ、そして皇子であるゼルバムに見捨てられた事からデカンテス帝国の為に諦めずに戦おうと言う意志を無くしてしまっていた。
このまま戦い続けても戦況を変えるのは難しく、多くの兵士が命を落とすだけ。そう考えたメルゼンはもう選ぶ道は一つしかないと感じ、ゆっくりと顔を上げた。
「町にいる帝国軍全部隊に知らせろ……連合軍に降伏すると」
メルゼンは周りにいる騎士達に降伏する事を町中の帝国軍に知らせるよう伝え、それを聞いた騎士達は残念そうな顔で俯く。戦意を失った以上、戦っても意味はない。なら命を優先して降伏するのが賢明な判断と言えた。
その後、メルゼンはダークの要求にしたがい、帝国軍の兵士、ラーナーズの町の冒険者達の武装を解除させて連合軍に降伏した。
連合軍が町に突入してから僅か二時間、ラーナーズの激戦は連合軍の圧勝で終わった。