第百七十五話 強者達の進撃
「何だとっ! 西門が突破されたぁ!?」
本部である屋敷の一階にあるエントランスで鎧姿のメルゼンが声を上げる。彼の前には一人の帝国兵が疲れ切った様な表情を浮かべながら立っており、二人の周りには数人の部隊長と思われる騎士が帝国兵を見て驚きの表情を浮かべていた。
数分前までメルゼン達は町の西側に現れた連合軍をどう撃退するのか作戦会議を行っていた。だが、メルゼンの目の前にいる帝国兵から西門が連合軍に突破されたという報告を受け、メルゼン達は驚きのあまり会議を中断して帝国兵から詳しい話を聞いていたのだ。
「どういう事だ! 西門には冒険者ギルドの優秀な冒険者達が救援に向かったはずだろう!?」
「ハ、ハイ。六つ星冒険者の方々が加勢した事で一時攻め込んで来た連合軍を押し返していたのですが、敵の部隊長と思われる黒騎士が門を破壊し、その破壊した門から敵モンスターに侵入され、西門前の広場にいた部隊は全滅、西門とその周辺が制圧されてしまいました……」
帝国兵は西門で何があったのか詳しくメルゼンや周りの部隊長達に説明する。この帝国兵は西門の警備を担当していた帝国兵の一人でダークが門を破壊、ストーンタイタン達を町へ入れた光景を目にし、メルゼン達に知らせに来たのだ。直接西門で起きた出来事を見ていたので帝国兵は細かく正確に情報をメルゼン達に話す事ができた。
「それで、冒険者達はどうした?」
「そ、それが……見張り台と城壁の上にいた冒険者の方々は突然現れた謎の少年の魔法を受け、西門の警備を担当している者達と共に全滅させられました。それも一瞬で……」
「馬鹿なっ! 西門に送り込まれたのは六つ星と五つ星冒険者だぞ? 冒険者の中でも上位の者達がたった一人の少年に敗れたと言うのか!?」
メルゼンは帝国兵の報告に思わず声を上げる。周りの部隊長達も信じられずにざわつき出し、帝国兵はメルゼンの叫ぶ声に驚き、俯きながらビクつく。
彼等が取り乱すのも無理はない。たった一人の黒騎士が強固な門を破壊したり、優秀な冒険者達がたった一人の少年に一瞬で全滅させられるなど英雄級の実力者でも不可能な事だからだ。
「し、しかし、私は確かにこの目で見ました。一人の黒騎士が門を破壊し、広場にいた兵や冒険者達を一撃で大勢倒したのを……少年が炎の壁を作り、城壁の上にいる者達を焼き殺したのを……」
帝国兵は震えた声を出しながら自分は嘘をついていない事をメルゼン達に話す。ダークとノワールのとてつもない力と仲間が大勢殺された光景を見たせいか、帝国兵の表情は恐怖に満ちていた。
メルゼン達は怯えた様子で話す帝国兵を見て、本当にそんな力を持つ者が連合軍にいるのか、と少しずつ感じ始めた。
「……本当、なのか?」
表情を曇らせながらメルゼンは帝国へに尋ねる。帝国兵はチラッとメルゼンの方を見ると小さく頷く。それを見たメルゼン達は帝国兵は本当の事を言っているのだと感じ、表情を一変させる。
「一体どうなっているのだ? 奴等はどうやってそれほどの力を!?」
「もしや、特殊なマジックアイテムを使っているのでは? ビフレスト王国には我々の知らない未知のマジックアイテムが多く存在すると聞いた事があります」
「奴等はそれをダーク・ビフレストから授かり、それを使ってこの町に攻撃を仕掛けて来たのか……」
メルゼンや部隊長達はラーナーズの町に攻め込んで来た連合軍の中にダークがいる事に気付いておらず、西門を破壊して町に突入できたのは誰かがダークからマジックアイテムを与えられ、それを使ったからではと考える。それと同時に自分達がとても不利な状態にある事を知るのだった。
「いかがいたしますか、メルゼン卿?」
「……まだ敵が本当に未知のマジックアイテムを所持していると決まった訳ではない。仮に所持していたとしても、マジックアイテムであればいつかは使えなくなるはずだ。そうなれば必ず反撃のチャンスができる。このまま町の全戦力で攻撃を続けろ!」
「し、しかし、二万以上の敵が一気に町になだれ込んで来たら、もう我々には……」
「もしもの時は飛竜団で敵指揮官がいる本隊を攻撃しろ。敵指揮官を倒せば敵は敗走するだろう。もし敗走しなくても指揮系統が混乱して戦いやすくなるはずだ。卑怯な手かもしれないが、我々は負けるわけにはいかん。この町が奴等の手に落ちれば帝国は一気に不利になる。どんな手を使っても護り切る!」
「わ、分かりました」
指示を受けた部隊長達は走って屋敷から出て行き、帝国軍の各部隊に指示を出しに向かった。メルゼンも残っている帝国兵達に指示を出して急いで戦いの準備を進めるよう伝える。
この時のメルゼン達はまだ連合軍の総戦力が六万である事、その六万の戦力全てがラーナーズの町に突入して来た事に気付いていない。真実を知らずに徹底的に戦おうとするメルゼン達はゆっくりと敗北への道を歩んでいた。
屋敷の二階ではゼルバムが物陰に隠れてエントランスの様子を窺っていた。彼は少し前からメルゼン達の会話を盗み聞きしており、連合軍が西門を破壊して町に突入した事を知ったのだ。
「西門を突破されただと? 何をやっているんだ、役立たずどもめ!」
エントランスにいるメルゼン達を見ながらゼルバムは小さな声で怒りの言葉を発する。岩の巨人を倒せると期待させておいてそれの失敗し、しかも西門を突破されたという戦況を聞いてゼルバムは驚きよりも思いどおりにならない事に対する怒りを強く感じていた。
「何がこの町の護りは完璧だ、アッサリと敵に突破されているじゃないか。クッ……少しでも奴等に期待した俺が馬鹿だった」
必死に前線で戦っている帝国兵や冒険者達の苦労も知らずにゼルバムは勝手な事ばかりを言う。ゼルバムは現場で動いている者達の都合など全く考えておらず、ただ自分の望んで結果だけを求めていた。
ゼルバムは壁にもたれながら俯いて溜め息をつく。既に連合軍はラーナーズの町に侵入し、ゆっくりだが確実に自分がいる所にやってくる。敵が迫ってくる中で自分はこれからどうするべきか、ゼルバムは苛立ちの表情を浮かべながら頭を掻いて必死に考えた。
「岩の巨人以外にもとてつもない力を持つ存在が連合軍にいるとは……一体どんな奴なんだ、兵士は子供と黒騎士だと言っていたが……」
西門を破壊した黒騎士と冒険者達を一掃した少年、その二人が何者なのかゼルバムは考える。すると、ゼルバムは何かに気付いてふと顔を上げた。
「……そう言えば、ビフレスト王国の王であるダークも黒騎士だったな。まさか、門を破壊した黒騎士がダーク・ビフレスト? 奴が最前線に出て来ていると言うのか?」
ラーナーズの町に攻め込んできている連合軍にダークがいる可能性があると気付いたゼルバムは驚きの表情を浮かべる。
まだ確信は持てないが、もし自分の推測が正しければ最前線に敵国の王がおり、その王が強固な門を破壊するほどの強大な力を持っているという事になるとゼルバムは考え、難しい顔で俯く。
「これはある意味チャンスかもしれないな。この町が連合軍に制圧されるのも時間の問題だ。今の内に脱出し、この情報をメタンガイルの町にいる者達に知らせれば今後の作戦の役に立つだろう」
ゼルバムは腕を組みながら低い声でブツブツと呟く。彼は今回の戦いで帝国軍が連合軍に勝てるとは思っておらず、町が制圧される前に脱出した方がいいと思っている。とてもデカンテス帝国の皇子とは思えない考え方をしていた。
今自分がどんな行動を取った方が一番得をするか、既にその答えを出しているゼルバムは小さく笑みを浮かべる。
「……メルゼン、約束どおり俺は先に町から脱出するぞ。お前達には俺が安全に脱出できるよう、連合軍の足止めをしてもらう」
エントランスを覗き込んでゼルバムはメルゼンには聞こえない小さな声で語り掛ける。メルゼンはゼルバムが自分達を置いて一人脱出しようとしている事に気付かず、兵士達と話をしていた。
「俺はメタンガイルの町まで後退して連合軍を叩きのめす準備をする。そして、連合軍にいるであろう、ダーク・ビフレストの首を必ず取ってやる」
不敵な笑みを浮かべながらそう言ってゼルバムは二階の奥へと静かに消えていった。
その後、ゼルバムは護衛の兵士達に適当な事を言って自分の傍から離れさせ、誰からも見られずに東門からラーナーズの町を脱出、メタンガイルの町に一人で逃げていった。
――――――
夕日が照らすラーナーズの町、その南西にある大きな街道では帝国軍の兵士達が進軍する連合軍の騎士達が交戦している。戦況は帝国兵達が押されている状態だった。
街道の真ん中で十人の帝国兵が剣や槍を持って構えており、その後方には弓矢を持った帝国兵が三人、魔法使いが三人待機している。彼等は全員緊迫した表情を浮かべていた。そして、彼等の視線の先には二十人の青銅騎士達が隊列を崩さずにゆっくりと前進して来る姿がある。その姿からは僅かに不気味さが感じられた。
「クソォ、何なんだコイツ等は!」
「ただの騎士じゃねぇ、一人が部隊長くらいの強さを持っているんじゃねぇか!?」
前衛に立つ帝国兵達は迫って来る青銅騎士達を睨みながら声を上げ、持っている武器を構えた。青銅騎士達はそんな帝国兵達を気にせずに進軍を続ける。
一人の帝国兵が迫って来る青銅騎士を見てこれ以上進軍させる訳にはいかないと思ったのか剣を握って突撃し、青銅騎士の一人に攻撃した。すると青銅騎士は帝国兵の剣を持っているカイトシールドで簡単に防ぎ、持っている剣で反撃する。
青銅騎士の剣は帝国兵の鎧で守られていない箇所を切り裂く。それと同時に帝国兵の体に電気が走り、帝国兵に大きなダメージを与える。斬撃と電気を受けた帝国兵は息絶え、ゆっくりと仰向けに倒れた。青銅騎士が持っていた剣は雷の力が宿った魔法の武器だったのだ。
仲間の一人が殺された光景を見て前衛の帝国兵達の顔に緊張が走る。普通の人間なら仲間が殺されれば恐怖に呑まれて動けなくなるが、彼等はデカンテス帝国の兵士、仲間が一人やられたのを見ても怯んだりせず、逆に仇を討とうと闘志を燃やした。
他の九人の帝国兵も一斉に青銅騎士に向かって突撃し、青銅騎士達も向かってくる帝国兵達を迎え撃つ。しかし、レベルと装備している武器の力の差があり過ぎるのか、帝国兵達は次々に倒されて行き、前衛の帝国兵達はあっという間に全滅した。その光景を見た後方の帝国兵と魔法使い達は流石に衝撃を受けたのか驚愕の表情を浮かべる。
「な、なんて奴等だぁ!」
仲間を殺した青銅騎士達を見て一人の帝国兵が矢を放ち攻撃する。他の二人も矢を放って応戦した。
「火弾!」
「電撃の槍!」
「暗闇の光弾!」
魔法使い達も下級、中級魔法を放って攻撃し、何とか青銅騎士達を倒そうとする。
青銅騎士達は飛んで来る魔法と矢を見て一斉に立ち止まり、カイトシールドを構えて魔法と矢を簡単に防せいだ。その光景を見た帝国兵達は目を大きく見開く。矢ならともかく、魔法が盾で防げるなんて普通ではあり得ないからだ。
「ま、魔法を防いだ?」
「ま、まさか、あの盾も魔法の防具か?」
魔法の武器だけでなく魔法の防具までも装備している事を知って帝国兵達は青ざめた。自分達は一体どんな連中と戦っているんだ、驚きと恐怖に呑まれた帝国兵達は青銅騎士達を見ながら震える。
帝国兵達が驚いていると隊列の後方にいる六体の青銅騎士が前に出て来た。その手には弓矢が握られており、六体の青銅騎士達は帝国兵達に向かって一斉に矢を放ち攻撃する。矢が放たれたのを見て帝国兵達は回避行動を取ろうとするが間に合わず、全員がその身に矢を受けてしまう。
矢が体に刺さると、帝国兵達の体には電気が走り、魔法使い達の体には冷気が走る。どうやら弓矢も魔法の武器だったらしく、急所を外した矢も致命的なダメージを与え、帝国兵達を一撃で倒した。
帝国兵と魔法使い達が死んだのを確認すると青銅騎士達は隊列を直して進軍を再開する。まるで初めから帝国兵達と戦っていなかったかのように静かに先へ進んだ。
街道の上空ではノワールが青銅騎士達が帝国兵達を倒した光景を真剣な表情で見ていた。そして、戦いが終わるとノワールは懐からオレンジ色のメッセージを取り出して誰かに連絡を入れる。
「……マスター、第三小隊は順調に進軍しています」
「そうか、今のところは順調だな」
メッセージクリスタルからダークの声が聞こえ、ノワールは光るメッセージクリスタルをジッと見つめながらダークの声を聞いている。
「この調子ならすぐにラーナーズの町を制圧できると思います」
「そうかもな……」
「引き続き、上空から戦場の監視を続けます」
「分かった、何か起きたらすぐに連絡しろ」
「ハイ」
ノワールが返事をするとメッセージクリスタルの光は消え、高い音を立てて消滅する。メッセージクリスタルが消えるとノワールは空の上からラーナーズの町全体を見回し監視を始めた。
ダークが西門を突破した後、彼は町に侵入したストーンタイタン達と共に西門前の広場に残っていた敵を全て倒して西門を完全に制圧した。その直後に町に突入して来たアリシア達、連合軍本隊と合流し、簡単な状況確認をした後にダーク達は四つに分かれてラーナーズの町の攻略を開始する。
ザルバーンはセルメティア王国軍の兵士数十人とビフレスト王国軍の騎士達と共に町の北に向かって進軍し、ベイガードはエルギス教国軍の兵士数十人と騎士達を率いて南に進軍する。他にも数十人で構成された複数の部隊が町を制圧する為に進軍していた。因みにザルバーンとベイガードの部隊にはそれぞれダークが召喚したモンスターの蝗武とモルドールが同行している。
ダークはアリシアと共に騎士達を率いて町の中央を目指し進軍し、西門前には残りの連合軍の戦力を待機させ、マインゴにそこの管理を任せた。そして、ノワールは町の上空から町全体の様子を監視し、もし町の何処かで何かあればノワールがメッセージクリスタルを使って各部隊に報告する事になっているのだ。
ノワールは宙に浮きながらラーナーズの町の西門前で待機している連合軍の本隊、北、中央、南を目指して進軍する連合軍の各部隊や遠くにいる帝国軍の部隊の位置などを確認する。
「ザルバーン団長の部隊はあと五分程、ベイガードさんの部隊はあと三分程で敵と遭遇しますね。敵はどの部隊もお二人の部隊より戦力が少ないですから、よほどの事がない限り負ける事は無いでしょう。マスターとアリシアさんは……心配ないですね」
ダークとアリシアの心配は不要だと、ノワールは苦笑いを浮かべながら宙を浮いている。そんな時、町の東の方から何かが近づいて来るのが見えた。
ノワールは東の方を向いて目を凝らと数百m離れた所から十体のスモールワイバーンがノワールの方に向かって飛んで来るのが見え、ノワールは少し意外そうな表情を浮かべる。
「おや、この町に駐留しているワイバーンナイト達ですか……真っ直ぐこっちに向かって来てる」
近づいて来る飛竜団を見てノワールは腕を組む。地上にいる連合軍の部隊を攻撃する様子も見せずにノワールがいる方角、つまり西門の方へ移動するのを見てノワールは僅かに表情を変える。
「地上部隊を攻撃せずにこちらに飛んで来るのを見ると、どうやら彼等は西門の広場にいる本隊に奇襲を掛けようとしているみたいですね。それともただ気付いていないだけなのか……」
飛竜団を見つめながらノワールは腕を組むのをやめ、小首を傾げながら考える。
「どちらにせよ、彼等をこのままのしておく訳にはいきませんね。飛行モンスターはアルマティン大平原の砦に置いて来てしまったし……僕がなんとかするしかないか」
敵の目的が何にせよ、このまま黙って見過ごすつもりなどノワールには無い。向かってくる飛竜団の相手をする為にノワールは宙に浮いたままゆっくりと構えた。
空を移動する飛竜団は真っ直ぐ西門に向かっている。その目的はノワールの読み通り、西門にいるであろう連合軍の本隊を攻撃する為だ。数で劣っている帝国軍が勝つ為に敵の本隊を攻撃して敵を混乱させろと言う上からの命令を受け、ラーナーズの町にいるワイバーンナイト全員が出動した。
西門に向かって移動していると、先頭のスモールワイバーンに乗るワイバーンナイトが遠くで宙に浮いているノワールに気付く。他のワイバーンナイト達も進行方向にいるノワールに気付いて少し驚いた様な反応を見せる。
「何だ、あの少年は?」
「宙に浮いているって事は、魔法使いじゃないのか?」
「しかし、あんな子供は軍の魔法使いにはいないし、この町の冒険者にも子供の魔法使いなんていないはずだ」
数人のワイバーンナイト達は宙に浮いている少年は何者なのか見つめながら考える。すると一人のワイバーンナイトが何かに気付いた様な反応を見せ、持っている槍を強く握った。
「もしかすると、アイツが西門に送られた冒険者の魔法使いや西門を護っていた連中を焼き殺した少年なんじゃないか?」
「何? あの子が?」
宙に浮いてこちらを見ている少年が報告で聞いた仲間達を炎の壁で焼き殺した存在だと知り、ワイバーンナイト達は一斉に驚きの反応を見せる。
だがすぐに驚きは消え、仲間を殺した仇を倒さなければならないという使命感を感じ取る。同時に目の前の少年を倒せば連合軍の戦力は大きく低下するだろうと考えた。
「全員、あの少年を攻撃しろ! 奴を倒す事ができれば我ら帝国軍は有利に立てる。何があっても倒すんだ!」
闘志を燃やしたワイバーンナイトの一人が槍を構えながら声を上げ、他のワイバーンナイト達も一斉に声を上げて返事をする。敵本隊への奇襲よりも目の前にいる少年を倒す事が重要だと感じたのだろう。ワイバーンナイト達はスモールワイバーンを操り、もの凄い勢いでノワールに向かって行く。
十体のスモールワイバーンの内、三体が炎を吐いてノワールに先制攻撃を仕掛け、同時に残りの七体もノワールを取り囲む様に散開した。
ノワールは上昇してスモールワイバーンのブレスを回避する。その直後、ノワールの右側から一体のスモールワイバーンが勢いよく近づいて来た。ノワールがチラッと右を見るとスモールワイバーンに乗ったワイバーンナイトが槍を構えており、ノワールの近くを通過する瞬間に槍で攻撃してくる。
「おっと!」
ノワールはワイバーンナイトの槍を回避し、空中でクルッと一回転して態勢を直す。すると今度は真上からスモールワイバーンがブレスで攻撃を仕掛けて来る。ノワールは横に移動してブレスを難なくかわす。ラーナーズの町の上空ではしばらく一人の少年と十人のワイバーンナイトの激しい空中戦が繰り広げられた。
「成る程、帝国軍の精鋭と呼ばれるだけあって、いい攻撃をしますね」
飛竜団の攻撃をかわしながらノワールは小さく笑い飛竜団を評価する。ただ、口ではいい攻撃をするとは言ってもノワールは飛竜団を手強いとは微塵も思っていない。レベル94の彼にとってスモールワイバーンやそれを操るワイバーンナイトもゴブリンと大して変わらない存在だった。
「ですが、僕にもマスターから与えられた仕事があるんです。そろそろ終わりにさせてもらいますよ?」
自分のやるべき事をやる為にノワールは飛竜団との戦いに決着をつける事を口にする。その直後、ノワールは目を鋭くして攻撃態勢に入った。
ノワールは左を向いて自分に向かって飛んで来る二体のスモールワイバーンを見ると左手をスモールワイバーン達に向けた。
「火炎弾!」
魔法を発動させ、ノワールは左手から火球をスモールワイバーンに向けて放つ。そのすぐ後に手の中から新たに火球が放たれてもう一体のスモールワイバーン向かって飛んで行く。ワイバーンナイト達は飛んで来る火球を見てスモールワイバーンにかわさせようとするが、火球の速度が速すぎて回避が間に合わず、火球の直撃を受けて爆発に巻き込まれた。
魔法攻撃を受けて落下していく仲間の姿を見た他のワイバーンナイト達は目を見開く。スモールワイバーンでもかわせない程の魔法を見てワイバーンナイト達はかなり驚いているようだ。
ワイバーンナイト達が驚いている中、ノワールは次の攻撃に移る為に素早く空中を移動して飛竜団から距離を取る。そして両手を上に向け、飛竜団の真上に大きな青い魔法陣を展開させた。
「氷柱の雨!」
ノワールが叫ぶと魔法陣から無数の氷柱が雨の様に降って来て飛竜団に襲いかかる。ワイバーンナイト達は振って来る氷柱を見上げ、慌ててスモールワイバーン達を操り氷柱をかわそうとした。だが氷柱の数が多すぎて上手く回避できず、多くのスモールワイバーンが氷柱に体や竜翼を貫かれてしまい、次々と地上へ落ちていく。
たった二つの魔法で十体いたスモールワイバーンの内、七体が落とされてしまい、残りは僅か三体となった。ワイバーンナイト達は戦い始めてから僅か数分で七人の仲間を倒してしまったノワールに小さな恐怖を感じ、ノワールは自分を見て固まるワイバーンナイト達をジッと見つめている。
「ク、クソォ! 何なんだよ、あのガキは!?」
「お、落ち着け! 三方向から一斉にブレスで攻撃するんだ!」
ワイバーンナイト達はスモールワイバーンを操ってノワールの正面、右上、左上に移動し、そこから一斉にブレスを放ち攻撃する。
「ハァ……次元歩行」
ノワールは攻撃して来るスモールワイバーン達を見てどこか哀れむ様な表情を浮かべながら転移魔法を発動してスモールワイバーンのブレスを回避した。そしてスモールワイバーン達の背後に転移すると右手で手刀を作る。
「次元斬撃!」
遠くにいるスモールワイバーン達に向かったノワールは手刀でバツを描く。その直後、スモールワイバーンとワイバーンナイト達の体に大きな切傷が生まれ、そこから大量の血が噴き出た。その傷が致命傷となったのかスモールワイバーンもワイバーンナイトも声を上げる間もなく息絶える。
スモールワイバーンとワイバーンナイトの死体は下にある町へと落ちていき、その光景をノワールは目を細くしながら見つめる。
「愚かな人達だ、三人になった時点で後退すれば死なずに済んだのに……」
不利になっても勝てると思い込んで戦いを挑むと言う愚行を取ったワイバーンナイト達をノワールは哀れに思い、目を閉じながら首を横に振った。
飛竜団を全滅させたノワールは飛竜団以外にも空中から攻めて来る敵がいるとかもしれないと考え、地上だけでなく、空中にも警戒しながら町の監視を再開した。
ノワールが飛竜団との戦いを終わらせたのと同時刻、ダークとアリシアは青銅騎士達を率いて街道を走っていた。二人は帝国軍の本部が町の中心にあるという情報を掴み、短時間で町を制圧する為に本部がある町の中心へ向かっていたのだ。
「アリシア、この街道を通るのが敵本部までの最短ルートなのだな?」
「ああ、帝国兵から手に入れた地図を見て確認したから間違いない。ただ、一番短い道だから敵も多くの守備隊を配置していると思うぞ?」
「問題無い。このまま一気に本部へ向かう!」
例え帝国軍がどれほど守りを固めていても自分達なら難なく突破できる、ダークはそう考えながら走り続けた。アリシアもダークと同じ考えなのか何も言わずにダークの後に続く。青銅騎士達はダークとアリシアの会話を聞いていないのか、ただ黙って走り続けた。
しばらく街道を進むと200m程先に先端の尖った丸太で作られたバリケードが配置されているのが見えた。その奥には十数人の帝国兵と魔法使いが武器を持って立っている姿があり、ダーク達の姿を見つけると全員が表情を鋭くする。
「ほお、最初の守備隊か」
「どうする、ダーク? 騎士達に片付けさせるか?」
「……いや、今は一秒でも早く戦いを終わらせないといけないからな。私達で片付ける」
「分かった」
青銅騎士達では敵を倒すのに時間が掛かると感じたダークは自分とアリシアで遭遇する敵の相手をすると話し、アリシアもそれがいいと感じたのか反対する事無く了承した。
ダークとアリシアは大剣と天聖剣フレイヤを強く握り、走る速度を上げて一気に帝国兵達に向かって行く。迫って来る二人を見た帝国兵達は一斉に驚きの表情を浮かべた。
「お、おい、騎士が二人突っ込んで来るぞ!」
「迎え撃てぇ!」
帝国兵は弓矢、魔法使いは魔法を放って走って来るダークとアリシアに応戦する。無数の矢、火球、真空波、雷の槍がもの凄い速さで二人に飛んで行く。それを見たダークは前に移動し、アリシアはダークの後ろに回り込んだ。
ダークは走ったまま大剣で飛んで来る矢、魔法を素早く叩き落し、その光景を目にした帝国兵達は驚愕の表情を浮かべた。
帝国兵達が驚いていると、ダークの後ろに回り込んでいたアリシアが高くジャンプし、7m程の高さから帝国兵達を見下ろす。帝国兵達は常人では考えられない高さにジャンプしたアリシアに驚いて思わず視線をダークからアリシアに変える。
「白光千針波!」
アリシアはジャンプしたままフレイヤを大きく横に振って地上にいる帝国兵達に白い光の針を放ち攻撃する。無数の光の針は雨の様に帝国兵達に降り注ぎその体を貫く。体に刺さった針の痛みに帝国兵や魔法使い達は声を上げるがすぐに意識を失いその場に倒れた。
光の針を体中に受けて殆どの帝国兵や魔法使いが命を落としたが、奇跡的に光の針を受けずに済んだ帝国兵が三人残っていた。生き残った帝国兵達は一瞬で大勢の仲間が殺された光景を目にし、恐怖で固まっている。
帝国兵達が固まっていると遠くにいたダークがバリケードの前まで近づき、それに気付いた帝国兵はダークを見て目を見開く。アリシアの攻撃と仲間が殺された事に驚いていた為、ダークに気付かず接近を許してしまったのだ。
ダークは大きく大剣を振って目の前にあるバリケードを粉々に破壊し、同時に生き残った帝国兵達を大剣を振った時に発生した風圧で吹き飛ばす。飛ばされた帝国兵達は民家の壁や街道の隅に止めてあった荷車に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
バリケードを破壊したダークは立ち止まる事無く先へ進み、ジャンプしていたアリシアも着地してダークの後を追う。青銅騎士達も速度を落とさず、ダークとアリシアに続いた。
「ダーク、まだこの先には多くの守備隊がいると思うが、その守備隊も全て私と貴方だけで倒していくのか?」
アリシアはダークに追いつくと走りながらこの後の戦いについて確認する。ダークはアリシアの質問を聞くとチラッと彼女の方を見て再び前を向いた。
「ああ、さっきも言ったようにあまり時間を掛けたくない。私達で素早く守備隊を倒し、敵の本部がある所に短時間で到達する。そして目的地に着いたら青銅騎士達に攻撃させ、敵を倒しながら指揮官を捕らえるつもりだ」
「つまり、敵本部に辿り着くまで騎士達の数と体力を減らさないように私達二人が道を開く、という訳か」
「そう言う事だ」
ダークの作戦を聞いたアリシアは小さく笑い、分かりやすくて単純だが自分達に一番合っている作戦だと思った。
普通の兵士や騎士が聞けば、ダークの作戦は異常で実行不可能だと考えるだろう。だが、レベル100のダークとアリシアなら二人だけで敵の守りを突破し、目的地に辿り着くという異常な作戦も実行できる。神に匹敵する力を持つ二人がいるから可能な事だ。
「そう言えば、ザルバーン団長とベイガード殿は大丈夫だろうか?」
「あの二人なら大丈夫だろう。我が軍の騎士の中でもレベルの高い騎士で編成した部隊を貸したからな。それに、蝗武とモルドールもついている」
「……そうだな」
自分達以外の部隊も問題無く進軍できると聞かされたアリシアは安心し、再び小さな笑みを浮かべる。他の者達の事も気になるが、今は自分達の役目を全うしようとアリシアは気持ちを切り替え、ダークと共に町の中心へと向かった。