第百七十四話 ラーナーズの攻防
町の中心にあるメルゼン達がいる屋敷では兵士や使用人達が騒いでいる。帝国兵や騎士は武器を手にしながら屋敷の中を走り回り、使用人やメイド達は貴重品などを持って屋敷の地下など安全な場所へ避難していた。
数分前、突然屋敷に西門の警備をしていた帝国兵がやって来て指揮官であるメルゼンや一緒にいたゼルバム達に連合軍が現れた事を知らせた。それを聞いたメルゼン達は驚き、慌てて屋敷内にいる兵士達に戦闘態勢に入るよう命令を出し、街中や西門以外の門を警備している部隊にも町の西側に敵が現れた事を伝えるよう指示を出す。突然の敵襲に屋敷の中にいた者達は混乱し、屋敷の中は蜂の巣を突かれた様な状態になった。
「……まさか、これほど早く敵が攻めて来るとは!」
会議室にいるメルゼンは予想外の出来事に悔しそうな表情を浮かべながら目の前の机を叩く。部隊長である二人の騎士、一般人風の男は鋭い表情を浮かべながら立っており、ゼルバムは落ち着かない様子で椅子に座っている。そんなメルゼン達の様子を報告に来た西門の帝国兵は黙って見ていた。
「おい、現れた敵はどれほどの戦力だったのだ?」
ゼルバムは頭を抱えながらチラッと帝国兵の方を向いて尋ねる。声を掛けられた帝国兵は驚いた様な反応をした後にフッとゼルバムの方を向く。
「ハ、ハイ、自分が確認した時には二万人近くいました……」
「に、二万……」
アルマティン大平原で戦った時よりも連合軍の戦力が増えている事を聞かされたゼルバムは目を見開く。メルゼン達も敵の戦力を聞いて驚きの反応を見せていた。
「……それで、敵の中に岩の巨人の様な姿をしたモンスターはいたのか?」
「い、いえ、見ておりません」
「チッ、それぐらい確認してから報告に来い!」
「も、申し訳ありません」
不利な戦況から苛立っているのかゼルバムは報告に来た帝国兵に当たる様に言い放つ。帝国兵はそんなゼルバムを見ながら小さく頭を下げて謝罪する。だが心の中では、一刻も早く知らせようと駆けつけて来た自分がどうして説教をされないといけないのだ、と不満に思っていた。
そんな帝国兵の内心に気付く事無くゼルバムはつま先で床を何度も叩きながら苛立ちを露わにする。そんなゼルバムの姿を見たメルゼン達はその内、自分達も八つ当たりされるだろうなと思っていた。
「メルゼン、一体これからどうするつもりなんだ?」
大軍で攻め込んで来た連合軍を相手にどうするのか、ゼルバムは指揮官であるメルゼンに尋ねる。メルゼンは腕を組みながら小さく俯くと静かに口を開いた。
「とにかく、この町の戦力全てを使って連合軍を迎え撃ちます。ただ、敵の数は二万以上、この戦いで町を護り切れるかどうかは分かりません」
「何だと!? この町の護りは固く、簡単には落とされないと言ったのはお前ではないか!」
最初に聞いた時と話が違う事にゼルバムは声を上げながら立ち上がる。メルゼンは険しい顔で自分を見ているゼルバムの方を向きながら話し続けた。
「それは敵がアルマティン大平原で先遣部隊と戦った時と同じ戦力ならの話です。一万程度であれば町を護り切る事は十分できます。ですが、敵の戦力が倍以上であるのなら話は別です。それに、確認されてはいませんが、敵の中には殿下が仰っておられた未知のモンスターもいるはずです。ソイツ等まで相手にするとなると……」
「ではどうするのだ!?」
「……帝都、もしくはメタンガイルの町からの増援が間に合えば連合軍を倒す事もできるかもしれません。ですが、それまで持ち堪えられるかどうか……」
敵との戦力差の違いに弱気になるメルゼンを見てゼルバムは歯を噛みしめながら更に苛立ちを見せる。誇り高い帝国の貴族でありながら何と情けないんだ、ゼルバムは心の中でそう叫んでいた。
「メルゼン卿、よろしいですか?」
メルゼンが難しい顔をしながら考え込んでいると一般人風の男がメルゼンに話しかけて来た。メルゼンとゼルバムは同時に一般人風の男の方を向く。
「どうした、ファーレジム?」
「殿下が仰っていた岩の巨人の様なモンスターを倒す事ができれば、我々が町を護り切れる可能性も高くなるのでしょうか?」
「ん? ああ、先遣部隊を壊滅状態に追い込んだのはその岩の巨人と謎の爆発らしいからな。つまり、その二つが敵の主力である可能性が高いという事だ。その二つの内の一つである岩の巨人を倒す事ができれば、敵の戦力と士気は低下し、二万以上の戦力が相手でも多少は有利に戦えるだろう」
「では、岩の巨人の方は我々冒険者ギルドにお任せください。この町の冒険者の中には上級魔法や戦技を使える者もいます。彼等ならその岩の巨人を倒せるでしょう」
ファーレジムと呼ばれた男は冒険者なら連合軍の未知のモンスターを倒せるだろうと自信に満ちた口調で話す。それを聞いたメルゼンは意外そうな表情を浮かべ、ゼルバムは本当か、と言いたそうな笑みを浮かべた。
発言して来た男はファーレジム・ジャジャル。ラーナーズの町に存在する冒険者ギルドのギルド長である男だ。デカンテス帝国とビフレスト王国が戦争している間、冒険者達にも帝国軍と共に町の防衛に努めてもらうので、ギルド長であるファーレジムも作戦会議に参加してもらう事になっていた。帝国軍の指揮官であるメルゼンや皇子であるゼルバムと同じ会議室にいるたのはその為だ。
「本当か? 本当にあの岩の巨人を倒す事ができるのか?」
ゼルバムは笑みを浮かべながらファーレジムに確認をする。この時のゼルバムは窮地に追いやられている状態で一筋の希望が見えた事とアルマティン大平原で先遣部隊を壊滅させた岩の巨人を倒してくれるという事から大きな嬉しさを感じていた。
「ハイ、優秀な冒険者チームがこの町にいます。彼等に任せればきっと大丈夫です」
「そうか、期待しているぞ?」
ファーレジムの返事を聞いてゼルバムは満面の笑みを浮かべながらファーレジムに近づき、彼の肩にポンと手を置く。皇子であるゼルバムに期待されている事を光栄に思っているのかファーレジムも小さく笑いながら頷いた。
二人の会話をする姿を見てメルゼンは真剣な表情を浮かべながら考え込む。帝国軍ではどうする事もできない以上、岩の巨人は冒険者達に任せるしかないとメルゼンも思っていた。
「……分かった、例の岩の巨人はお前達冒険者に任せよう。ただ、岩の巨人を倒せたとしても油断はするな? 敵にはまだ二万以上の兵がいるのだからな」
「ええ、分かっています。岩の巨人を倒した後には軍と協力して敵を攻撃するよう伝えておきます」
「よし、すぐに冒険者達に動かしてくれ」
「ハイ!」
メルゼンの指示を聞いたファーレジムは会議室を出てラーナーズの町にいる冒険者達に指示を出しに向かった。敵の戦力の中で恐ろしい存在の一つが排除される。ゼルバムは俯きながら両手を強く握って笑みを浮かべ、今度こそ勝てると心の中で感じた。
「それでメルゼン卿、この後我々はどうすればよろしいでしょうか?」
部隊長である騎士が帝国軍はどうすればいいのか尋ねるとメルゼンは部隊長達の方を向き、真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「門の警備部隊を除く全ての戦力を西門に向かわせろ。飛竜団にも急いで出撃の準備をさせるんだ」
『ハッ!』
二人の部隊長は返事をすると急いで会議室を出て警備部隊と飛竜団に指示を出しに向かう。
「殿下、私も戦いの準備に入ります。殿下はこの会議室で待機していてください。念の為に護衛の兵士を何人かつけておきます」
「分かった」
ゼルバムが返事をするとメルゼンは報告に来た帝国兵を連れて会議室を後にする。残ったゼルバムは会議室の窓から外を眺め、小さな笑みを浮かべた。
「連合軍め、今度はアルマティン大平原の様には行かんぞ。お前達を返り討ちにしてあの時の雪辱を晴らしてくれるわ!」
今度は絶対に勝てる、ゼルバムは笑いながら確信した。今度は敵の情報をちゃんと得ており、町の護りも堅く、優秀な冒険者もいる。例え戦力で劣っていても岩の巨人を倒せれば町を護り切れると先程の態度が嘘のように前向きに考えていた。
何よりも、連合軍が少ない戦力で先遣部隊に勝てたのだから、帝国軍にも同じ事ができるとこの時のゼルバムは思っていた。
ゼルバムは連合軍が負けた光景を想像したのか、不敵な笑みを浮かべながら楽しそうに笑うのだった。
――――――
ラーナーズの町の西門では未だに激しい攻防が繰り広げられていた。ただ、戦いが始まった時と違って砲撃蜘蛛の砲撃は止んでいる。これ以上の砲撃は不要だと考えた連合軍が砲撃を止めたのだ。
門の上の見張り台や城壁の上にいる帝国兵達は弓矢で連合軍に反撃する。しかし連合軍までの距離が遠すぎる為、帝国兵の放った矢は届かずに地面に落ちてしまう。連合軍が一方的に攻撃していると言ってもいい戦況だった。
「クソォ! 連合軍め、遠くから高みの見物をしやがって!」
自分達には何もできない事に帝国兵が悔しがっていると六体のストーンタイタンが西門前に辿り着き、帝国兵は目の前まで近づいて来たストーンタイタン達を見下ろしながら驚いた。
「コ、コイツ等、いつの間にこんな近くまで……ていうか、何だこの巨人達は?」
「もしかして、これが先遣部隊を壊滅させた例の岩の巨人か?」
見張り台の上にいる帝国兵達が目の前にいるストーンタイタンが先遣部隊を倒した未知のモンスターではと考え表情を鋭くする。すると、ストーンタイタン達は西門と城壁に太い腕でパンチを打ち込む。パンチが当たった事で西門や城壁は揺れ、上にいた帝国兵達もよろけた。
「コイツ等、門と城壁を壊して町に入るつもりか!?」
「ああ、間違いねぇ。きっと穴を空けた後に敵の歩兵が町の中に突入するんだろう!」
ストーンタイタン達が何をやろうとしているのか、そしてその後に連合軍の兵士達がどうするのか想像し、帝国兵達は険しい表情を浮かべる。しかし、城壁が攻撃されているにもかかわらず、帝国兵達は焦りを一切見せなかった。
連合軍の突入口を作る為にストーンタイタン達は西門や城壁に攻撃を続ける。だが、力の強いストーンタイタンが何度も攻撃しているのに門や城壁はなかなか壊れない。少し凹んだり、材料となっている木材や石材が崩れるだけでなかなか破壊できなかった。
「思った通りだ。コイツ等でもこの町の城壁は壊せねぇ!」
「これなら十分持ち堪えられるな」
ストーンタイタンの攻撃を受けても壊れない門や城壁を見て上にいる帝国兵達は笑いながら話す。
ラーナーズの町の城壁は門は上級モンスターでも破壊する事はできない強固な物、例え連合軍の未知のモンスターでも破壊できないと帝国軍は予想していた。そして予想通りの結果になった為、帝国兵達は笑みを浮かべて余裕を見せていたのだ。
城壁や門が破壊されないのなら敵が町に侵入してくる事は無い。だが、だからと言って帝国軍も何もせずにいるつもりはなかった。見張り台や城壁の上にいる帝国兵達はストーンタイタンに向けて矢を放ち攻撃する。
しかし、ストーンタイタンの岩の体に普通の矢が通用するはずがなく、矢はストーンタイタンの体に当たった途端に弾かれてしまう。それを見た帝国兵達は悔しそうにストーンタイタン達を睨んだ。
「クソォ、なんて硬い体してやがるんだ。普通の矢じゃ歯が立たねぇ!」
帝国兵達は唯一の遠距離攻撃手段である弓矢が効かない光景を見て僅かに焦りを見せた。どうすれば目の前の岩の巨人を倒せるのか、帝国兵達はストーンタイタンを睨みながら必死に考える。
すると、背後から気配を感じ、帝国兵達は一斉に振り返る。そこのローブを着て杖を持った数人の若い男女が立っていた。格好からして全員魔法使いのようだが、帝国軍の人間とは違う雰囲気をしており、装備している杖、着ているローブの形や色もバラバラだ。帝国兵達は目の前にいる男女達を見て一斉に目をも開く。
「アンタ達、この町の冒険者か?」
一人の帝国兵が男女達を見て驚いた様な声を出す。そんな帝国兵達の反応を見た魔法使い達は小さく笑う。
帝国兵達の前にいたのはラーナーズの町にいた冒険者の魔法使い達で、西門に連合軍が現れたという知らせを受けて救援に駆けつけて来たのだ。しかも全員が六つ星の凄腕魔法使いなので強力な助っ人と言える。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかな……」
魔法使いの男が近くにいた帝国兵に声を掛けると帝国兵は苦笑いを浮かべて返事をした。
周囲をを確認すると城壁のあちこちが滅茶苦茶になっており、殆どの帝国兵が倒れている。救援に来た魔法使い達はその光景を見て僅かに驚きの表情を浮かべた。
「それで、戦況はどうなっているんだ?」
「敵の攻撃と思われる光球を受けて警備隊はほぼ壊滅だ。そしてあの岩の巨人達が門と城壁を破壊しようと攻撃を続けている」
帝国兵は城壁の外側を見て城壁を攻撃するストーンタイタンの事を魔法使いに話す。魔法使い達はストーンタイタンを見て目を見開く。始めて見るモンスターに驚いた様だ。
「あの巨人は先遣部隊を壊滅させた連合軍の未知のモンスターだ。情報によると普通の攻撃は勿論、弱い魔法も通用しないらしい……」
「成る程……」
話を聞いた魔法使いは目を鋭くしながら低い声を出す。周りにいる別の魔法使い達も真剣な表情を浮かべながらストーンタイタン達を見ている。しばらくすると魔法使いは自分達が持つ杖を構えて近くにいる帝国兵の方を向いた。
「よし、あの巨人達は俺達が何とかしよう」
「何? だが、アイツ等には魔法は通用しないと……」
「弱い魔法は、だろう? それなら強力な魔法を撃ち込んでやればいいだけだ!」
魔法使いは余裕の笑みを浮かべながら杖をストーンタイタンの一体に向ける。帝国兵は未知のモンスターを前に笑みを浮かべる事ができる魔法使いに驚いたのか彼を見ながらまばたきをした。
城壁を殴り続けるストーンタイタンを見ながら魔法使いは杖に魔力を送り込む。そして、杖の魔力が溜まるのを感じると素早く魔法を発動させた。
「流動竜巻!」
魔法使いが叫ぶと杖の先に緑の魔法陣が展開され、そこからもの凄い勢いで竜巻が放たれてストーンタイタンの命中する。ストーンタイタンは竜巻の直撃を受けて怯んだのか城壁への攻撃をやめた。
<流動竜巻>は竜巻を直線状に放って攻撃する事ができる風属性上級魔法だ。その威力は高く、弱い敵なら簡単に吹き飛ばす事ができる。しかも竜巻はすぐには消えず、敵に命中している間はダメージを与え続けるので使い勝手がよい魔法の一つとされていた。
ストーンタイタンは竜巻の力に押されてゆっくりと後ろに後退する。しばらくすると竜巻は消滅し、竜巻を受けたストーンタイタンは片膝を付いた。それなりにダメージを受けたようだ。
城壁の上にいる帝国兵達はストーンタイタンの一体が膝を付いた姿を見て一斉に声を上げる。先遣部隊を壊滅させたモンスターにダメージを与えた事にかなり驚いたらしい。
「す、凄い、あの岩の巨人を押し返した……」
帝国兵の一人が目を見開きながら呟き、その隣では魔法を発動した魔法使いが小さく笑っていた。
帝国軍に所属している魔法使いは殆どが中級以下の魔法しか使えず、上級以上の魔法を使える者はごく僅かしか存在しない。先遣部隊は中級以下の魔法しか使えない者達ばかりで編成されていたので、アルマティン大平原で一方的に押されていたのだ。
しかし、ラーナーズの町には上級魔法を使える魔法使いの冒険者がいるので未知のモンスターを押し返す事ができる。彼等がいれば未知のモンスターを倒せると帝国兵達はそう感じ始めた。
「よし、全員分かれて岩の巨人達を攻撃しろ! 岩の体をしているからきっと風属性の魔法が効くはずだ。上級魔法が使える奴は上級魔法を使い、それ以外の奴は中級魔法で攻撃しろ!」
「分かったわ!」
「任せておけ!」
魔法使いの男は仲間の方を向いて指示を出し、それを聞いて他の魔法使い達は一斉に走り出して他のストーンタイタン達の相手をしに向かう。指示を出した魔法使いは再び町の外の方を向き、自分が攻撃したストーンタイタンを警戒した。
「……助かったぜ、ありがとよ」
帝国兵は苦笑いを浮かべながら魔法使いに礼を言う。すると魔法使いは帝国兵の方を向いてニッと笑った。
「気にしなくていいよ。未知のモンスターは俺達がなんとかするんだってファーレジムさんから言われてるからな」
笑う魔法使いを見て帝国兵は武器を握りながら笑い返す。それから西門の警備をしていた帝国兵達は冒険者の魔法使い達の力を借りて攻め込んで来たストーンタイタンを迎え撃つのだった。
その頃、連合軍の本隊にいるアリシア達は西門を攻撃しているストーンタイタン達に異変が起きている事に気付き、望遠鏡を使って西門の様子を確認していた。
望遠鏡を覗くと見張り台や城壁の上から魔法使い達がストーンタイタン達に魔法で攻撃を仕掛け、その攻撃を受けたストーンタイタン達が押されている姿が目に入り、その光景を見たアリシアは望遠鏡を下ろしながら驚きの表情を浮かべる。今までの戦いでストーンタイタン達は魔法を受けても怯む事がなかったので、魔法を受けて押し返されている光景を見れば驚くのは当然だった。
「ダーク陛下、城壁を攻撃しているストーンタイタン達が押されています」
「ほぉ、ストーンタイタンを押すとは……どうやら敵の中にレベル40代で上級魔法を使える魔法使いがいるようだな」
アリシアの報告を聞いてダークは腕を組みながら意外そうな声を出す。アリシアはストーンタイタンが押されても驚かないダークの反応を見て意外に思っていた。
ストーンタイタンはレベル50代で物理攻撃力と物理防御力が高く、戦士系の職業を持つ者ならレベル50から60、つまり英雄級の実力を持っていないと勝てないモンスターだ。だが、魔法使い系の職業を持つ者で上級魔法を使えるのであれば、レベル40代でも互角に戦う事ができる。ダークはその事を知っている為、ストーンタイタンが押されても驚かなかった。
「敵魔法使いによってストーンタイタン達が動き難くなっているな。しかも西門も城壁はまだ壊れていない……」
「あの町の門と城壁は頑丈で上級モンスターの攻撃にも耐えられるほどだと噂で聞きましたが、どうやら本当だったようですね」
ラーナーズの町の城壁を見つめながらベイガードは低い声を出し、それを聞いたダークはベイガードの方を向いてほお、というような反応を見せる。
いくら力のあるストーンタイタンでも上級モンスターの攻撃にも耐えらえる城壁を破壊するのは難しいかもしれないな、とダークは城壁の方を見ながらそう思った。
「ダーク陛下、いかがいたしますか。あと少しで青銅騎士達が動き出す時間ですが?」
アリシアはダークにこの後どうするか尋ねた。西門の突破が難しいとなるとその後の作戦にも色々と支障が出て来る。何よりも敵が護りを固める前に門を突破しなければ戦力で勝っていてもラーナーズの町を攻略するのが難しくなってしまう。アリシアはダークを見つめながらそうなる前に何か手を打ってほしいと思っていた。
ダークはアリシア、ノワール、ザルバーン、ベイガードが注目する中、西門の方を見ながら黙り込む。砲撃蜘蛛で攻撃してもいいが、ストーンタイタンを押し戻すくらいの力を持つ魔法使いがいるのなら砲撃蜘蛛の砲撃も防御魔法で防がれてしまう可能性がある。ダークはしばらく考え込み、やがて腕を組むのをやめて顔を上げた。
「仕方がない、予定変更だ……私も前線に出る」
「え?」
ザルバーンはダークの口から出た言葉に思わず聞き返す。ベイガードも少し驚いた様子でダークを見ており、アリシアはダークが出す答えがなんとなく分かっていたのか驚く事なくジッと彼を見ていた。
「私が前線に出て西門を開け、その後にストーンタイタンと共に街へ突入し西門を護る敵部隊を蹴散らす。その後に連合軍全戦力を町に突入させて一気に町を制圧する」
「し、しかし陛下、総指揮官である陛下が自ら前線に出るのは……」
「今の状況で突入口を作るには私が動くしかない。それに、私もそろそろ前線で戦いたいと思っていたところだ」
そう言いながらダークは背負っている大剣を抜き、アリシアはダークを見ながら苦笑いを浮かべ、やれやれと首を横に振る。ノワールもダークらしいと思ったのかニコッと笑いながらダークの背中を見ていた。
「ノワール、お前も一緒に来い。お前には城壁の上でストーンタイタン達を攻撃している奴等の相手をしてもらう」
「分かりました」
ノワールは返事をするとダークの背中に跳び移ってしっかりと捕まった。
「アリシア、本隊の指揮は任せた。西門を制圧した合図を送る。その後にザルバーン団長、ベイガード殿と共に全戦力を率いてラーナーズの町に突入しろ」
「ハイ!」
アリシアはダークの指示を聞くと力強く返事をする。ザルバーンとベイガードは国王であるダークが前線に出るのに止めようとしないアリシアを見て、どういうつもりだ、と心の中で疑問に思っていた。
準備が整うとダークは体を薄っすらと水色に光らせる。どうやら技術の脚力強化を発動したようだ。
「それじゃあ、行ってくる」
そう言った直後、ダークは勢いよく地面を蹴り、とてつもない速さでラーナーズの町の方へ跳んで行った。目で追う事もできない位の速さで移動したダークにザルバーンとベイガードは目を丸くする。アリシアはダークとノワールが町へ向かったのを見届けるといつでも部隊を動かせるよう、全部隊の状態確認を始めた。
西門の見張り台、城壁の上では冒険者の魔法使い達が風属性の魔法でストーンタイタン達を攻撃し続けていた。竜巻や大きな真空波などが命中し、ストーンタイタン達を少しずつ押し戻している。かなりのダメージを受けているのか、ストーンタイタン達の動きも鈍くなってきていた。
「よし、このまま行けばあの巨人達を倒せるぞ! 奴等を倒せれば勝機が見えて来る。皆、休まずに攻撃を続けろ!」
魔法使いの男の声を聞き、他の魔法使い達は声を上げて返事をする。帝国兵達も魔法使い達の合流で流れが変わったのを感じ取り、これなら数万の連合軍にも勝てるかもしれないと笑みを浮かべていた。
帝国兵と魔法使い達が余裕を見せながらストーンタイタンへの攻撃を続けようとした、その時、西門の前で突然轟音と共に砂煙が上がる。轟音を聞いた帝国兵や魔法使い達は驚きながら西門の前で上がる砂煙に注目した。
砂煙は少しずつ薄くなり、中から漆黒の全身甲冑を装備した騎士、ダークが姿を見せた。帝国兵と冒険者達は目を鋭くしながら砂煙の中から出て来たダークを見つめる。
「……お前達、そこを退け」
ダークは西門の前に立つ二体のストーンタイタンに退くよう命令した。命令されたストーンタイタン達はすぐに西門の前から移動してダークに道を開ける。ダークはゆっくりと西門に向かって歩き出し、そんなダークの姿を帝国兵や魔法使い達は少し驚いた様な反応を見せた。
「おい、何だあの黒い騎士は? 敵の部隊長か?」
「分からない、黒一色の鎧を着ているところから、黒騎士みてぇだが……」
「あの巨人、あの騎士の命令に従ったわよ?」
「じゃあ、アイツがモンスター達の主って事か?」
帝国兵や魔法使い達がダークの正体について小声で話し合う。そんな中、ダークは西門の目の前までやって来た。
ダークは目の前にある大きな門を見上げると大剣を両手で握り、ゆっくりと上段構えを取る。すると大剣の刀身が禍々しい雰囲気の黒い炎に包まれ、それと同時にダークは目を薄っすらと赤く光らせた。
「黒炎爆死斬!」
ダークは暗黒剣技を発動させると大剣を勢いよく振り下ろして目の前の門を攻撃する。大剣の刃が門に触れた瞬間に大爆発が起き、門は爆発で破壊され、門の内側にある広場の中に倒れた。見張り台と城壁の上にいた帝国兵、魔法使い達は門が破壊された光景を見て驚愕の表情を浮かべている。
連合軍の本隊でもザルバーンとベイガードが門を簡単に破壊したダークを見て大きく目を見開きながら固まっており、アリシアも僅かに驚いた表情を浮かべていた。
アリシアは過去に何度もダークが黒炎爆死斬を使うところを見ており、黒炎爆死斬がどれ程の威力なのか知っている。だが今回は今までと比べて威力が大きかったので驚いていようだ。
ラーナーズの町の西門の広場では大勢の帝国兵、冒険者と思われる戦士や盗賊達が破壊された門を見ながら愕然としている。強固なラーナーズの町の門が簡単に破壊されたのだから無理もない。帝国兵達が驚いているとダークは大剣を肩に担ぎながら町の中に入ってくる。帝国兵達は町に入って来たダークを見るとフッと我に返り、慌てて武器を構えた。
ダークは自分を睨みながら武器を構える大勢の帝国兵や冒険者達を見ると静かに立ち止まって大剣を両手で構えた。すると大剣の刀身に今度は黒い靄が纏われ、それを見た帝国兵達は警戒心を強くする。しかし、そんな彼等の警戒も何の意味も無かった。
「黒瘴炎熱波!」
再び暗黒剣技を発動させたダークは大剣を勢いよく振り下ろす。刀身に纏われていた黒い靄は真っ直ぐダークの正面に立っている敵に向かって放たれ、大勢の帝国兵と冒険者を呑み込んだ。靄に呑まれた者達は全身の熱さと痛みに断末魔を上げながら苦しみ、やがて糸の切れた操り人形の様に全員倒れた。
大勢の仲間が一瞬で倒された光景を見た帝国兵や冒険者達の顔からは血の気が引き、全員が恐怖の表情を浮かべていた。
広場にいた敵を適当に倒したダークは大剣を掲げ、まだ広場に残っている敵を見ながら目を赤く光らせた。
「ストーンタイタン、全員町へ突入しろ!」
ダークが大きな声でストーンタイタン達に命令すると町の外で城壁を攻撃していたストーンタイタン達が攻撃をやめ、ダークが破壊した門からラーナーズの町へと侵入する。広場にいた帝国兵、冒険者達は町に入って来た岩の巨人達を見て更なる恐怖を感じ、目をも開きながら固まった。
「しまった、巨人達が侵入した!」
「クソォ! 奥に侵入される前に倒さないと!」
ストーンタイタン達が町へ侵入するのを見て見張り台と城壁の上にいた魔法使い達は何としようと杖を構えてストーンタイタン達に魔法を撃とうとする。その時、見張り台の上空から何かが下りて来て見張り台の上に着地する。それはダークと共にラーナーズの町に移動したノワールだった。
ノワールはラーナーズの町の西門に向かう途中でダークと別れ、レビテーションで上昇しながら空中を移動し、ダークとストーンタイタンが町に突入するタイミングに合わせて見張り台の上に下り立ったのだ。
見張り台にいた帝国兵、魔法使い達はいきなり目の前に現れた少年に一瞬驚くが、すぐに武器を構えてその少年を警戒する。
ノワールは周りにいる帝国兵や魔法使い達を緊張感の無さそうな顔で見回す。
「結構いますね……それじゃあ、僕も僕のやるべき事をやるとしましょう」
そう言ってノワールは両手を横に伸ばし真剣な表情を浮かべた。
「業炎の巨壁!」
ノワールが叫ぶと彼の両手の中に赤い魔法陣が展開され、その魔法陣からもの凄い勢いで炎が噴き出された。炎は形を変えて壁となり、見張り台から城壁に沿って広がって行く。そして、ノワールの近くや城壁の上にいた帝国兵と魔法使い達は全員炎に呑まれ、断末魔を上げながら黒焦げになって倒れる。帝国兵と魔法使い達が全員息絶えると炎の壁はすぐに消え、ノワール一人が見張り台の上に立っていた。
<業炎の巨壁>はその名のとおり巨大な炎の壁を作り出す火属性の最上級魔法。敵を攻撃する以外にも炎の壁で敵を取り囲み、逃げ道を塞ぐと言った使い方もできる。更に壁が広がる範囲は使用者が自由に決める事ができ、使用者のレベルによっては小さな町一つを囲む事も可能だ。
見張り台、城壁の上に敵がいないのを確認したノワールは遠くで待機している連合軍の方を向きて右手を高く掲げ、空に向かって火球を放った。
連合軍の本隊ではアリシア達が西門の見張り台から空に向かって放たれた火球を見てダークとノワールが西門を突破した事を確認した。
「合図が出ました、上手く西門を突破できたようです。我々も町へ突入しましょう」
「わ、分かりました」
「全軍に伝えてきます」
ザルバーンとベイガードは急いで自分達の軍にラーナーズの町に突入する事を伝えに向かい、アリシアも待機しているビフレスト王国軍、そして幹部である蝗武、モルドール、マインゴに突入する事を知らせる。
連合軍全てに知らせが行きわたるとアリシア達は西門に向かって一斉に突撃を開始した。