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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百七十三話  圧倒される侵攻者


 デカンテス帝国の西端、帝国と他国を分ける国境近くにあるラーナーズの町。東西南北に門を持つこの町は帝国内にある町の中でも規模が大きく人口も多い所だ。帝国騎士団の詰め所や飛竜団のスモールワイバーン達を休ませる為に竜舎があり、冒険者ギルドも設置されている。更に貯蔵されている食料や物資も多く、帝国の主要都市の一つとされていた。そして、戦争中である現在は敵の進軍を防ぐ為の最小の防衛線とされている。

 最初の防衛線と言われても、帝国軍は十万の先遣部隊を相手に敵が勝利してデカンテス帝国領内に進軍して来るとは思っていなかった。その為、ラーナーズの町に駐留している帝国軍の戦力は先遣部隊と比べて遥かに少ない五千しかない。だがそれでも帝国以外の国から見れば多すぎるのではないか、と思えるぐらいの戦力だった。

 十万の先遣部隊が負けるはずがない、だから防衛線であるラーナーズの町に配備する戦力も五千程度で十分だとデカンテス帝国の貴族達はそう軽く考えていた。しかし、ある出来事がきっかけでその考え方が改められようとしている。

 ラーナーズの町の中心には町とその周辺の領土を管理する貴族の屋敷がある。現在その屋敷がラーナーズの町に駐留している帝国軍の本部となっていた。

 屋敷の二階にある会議室には五つの人影があり、長方形の机を囲んでいた。貴族風の格好をした四十代前半ぐらいの男が一人、鎧を装備した若い騎士が二人、一般人の様な服装をしているが只者と思わせない雰囲気を出した三十代半ばくらいの男が一人立っている。そして四人の視線の先には椅子に座っているゼルバムの姿があった。


「……伝令の者はあとどの位で帝都に到着する?」

「この町で最も速い馬を選びました。休まず走ってもあと丸一日は掛かるでしょう」

「まだそんなに掛かるのか……」


 貴族風の男は騎士の言葉を聞いて低い声で呟く。その表情には何処か不安の様なものが感じられた。二人の騎士と一般人風の男も似たような顔をしている。


「どうして飛竜団のスモールワイバーンを使わなかった? 奴等を使えば今頃帝都に到着しているはずであろう!?」


 深刻そうな表情を浮かべる男達に座っているゼルバムは僅かに力の入った声を出す。ゼルバムの声を聞いた一同は一斉にゼルバムに視線を向けた。


「お言葉ですが殿下、飛竜団はこの町を防衛する為に貴重な戦力です。防衛以外に回す余裕はこの町にはありません」

「クッ!」


 落ち着いた口調で説明する貴族風の男にゼルバムは不満そうな表情を浮かべる。そんなゼルバムを貴族風の男は落ち着いた様子で見つめた。


「メルゼン卿、これからどうするつもりなのだ?」

「……とりあえず、この町の護りを固めながら敵の様子を窺うつもりです」


 ゼルバムからメルゼンと呼ばれた貴族風の男は冷静に自分達がこれから何をするのかを伝える。ゼルバムは答えを聞くと腕を組みながら再び不満そうな顔をした。

 メルゼンと呼ばれたと男はラーナーズの町に駐留している帝国軍の指揮を任されているデカンテス帝国の上位貴族だ。貴族の中ではどちらかと言うバナンの様な大人しい性格をしており、帝国至上主義ゼルバムとは気が合わない人物である。


「いつになったら連合軍の奴等に反撃をする事ができるのだ?」

「殿下、それは昨日も仰ったように帝都からの増援が到着してからです」


 座っているゼルバムを見つめながらメルゼンは静かに答える。二人の騎士や一般人風の男はゼルバムとメルゼンの会話を黙って聞いている。


「周辺の町や村にいる帝国軍を集める事はできんのか?」

「それではその町や村の防衛力が無くなってしまいます。こちらの都合で他の拠点の戦力を動かす事はできません」

「連合軍が何時攻めて来るかもわからないと言うのに、そんな悠長な事言ってられるか!」


 興奮するゼルバムの声が会議室内に響き、周囲に緊迫した空気が漂う。騎士達、一般人風の男はその緊迫した空気を感じ取って表情僅かに変える。メルゼンは表情を変える事無く黙ってゼルバムを見ていた。

 なぜゼルバムとメルゼンは緊迫する空気の中で帝国軍の戦力や拠点の守りについて話しているのか、その理由は昨夜の出来事にあった。

 昨日の夜中、ラーナーズの町の西門に疲れ果てた様子のゼルバムと大勢の帝国兵が現れた。ゼルバムはアルマティン大平原から逃げ延びた後、敗走した兵士達と共に休む事無く逃げ続け、数時間かけてラーナーズの町に辿り着いたのだ。

 西門を警備していた帝国兵は慌ててゼルバム達をラーナーズの町に入れた。町に入ったゼルバムは指揮官であるメルゼンと数人の部隊長である騎士にアルマティン大平原での戦果、十万の先遣部隊が壊滅した事を伝える。

 ゼルバムの報告を聞いたメルゼンと部隊長達は驚愕の表情を浮かべた。無理もない、十万の大軍が僅か一万程度の連合軍に負けたのだから。なぜ先遣部隊が負けたのか、メルゼン達が理由を尋ねるとゼルバムは僅かに怯えた表情を浮かべながら敵の中に未知のモンスターがいた事、飛竜団を蹴散らす戦力がある事などを話した。

 ただし、自分が独断行動をした事が原因で先遣部隊が敗北した事は伝えていない。話せば自分がとがめられると思ったからだろう。共にラーナーズの町に逃げ込んだ先遣部隊の帝国兵達もゼルバムが独断行動した事を知らない者達ばかりなので放っておいても大丈夫だろうとゼルバムは安心していた。

 メルゼン達は連合軍が自分達が思っていた以上に力を持っている事を知り、連合軍との戦い方を改める事を考える。同時に先遣部隊に勝利した連合軍がデカンテス帝国に攻め込んで来る事を計算し、最初の防衛線であるラーナーズの町の護りを固める為に帝都に増援の要請をした。先程からゼルバム達が話していたのはこの要請についてだったのだ。

 だが、ゼルバムは攻め込んで来るであろう連合軍を迎え撃つ為、そしてアルマティン大平原での雪辱を晴らす為に短時間で戦力を揃えようと考えていた。だから馬ではなく空を飛べるスモールワイバーンに伝令を任せるべきだの、周辺の拠点から戦力を集めるべきだのと話し、すぐに戦いの準備を済ませるようメルゼンに話していたのだ。

 しかしメルゼンはラーナーズの町や他の拠点の護りを崩さないようにする為にゼルバムの提案全てに反対した。その為、昨日から今日までゼルバムとメルゼンは対立し意見をぶつけ合っているのだ。


「十万の先遣部隊を破った連合軍が帝国領内に攻め込んで来ると言うのにこんなトロトロとしたやり方をしていたら再び帝国軍は敗北してしまうぞ!?」

「殿下、十万の先遣部隊を破った相手だからこそ、慎重に動かなければならないのです。確実に勝つ為にもちゃんとした戦力をこの町に集結させ、連合軍を迎え撃つ準備をしなければなりません。それにまだ我々帝国は負けてはおりません」


 メルゼンも決して敵を侮っている訳ではない。未知のモンスターだからこそ戦略を練る必要があると考えて慎重に行動しているのだ。その辺りはデージックと同じ考え方をしているようだ。


「ご安心ください、殿下。このラーナーズの町は簡単には落とされません。町を囲む城壁も強固な物です、殿下が見た未知のモンスターでも破る事は不可能です」

「……本当か?」

「ええ、それにこの町には優秀な冒険者も大勢います。冒険者は国同士の戦争で直接戦闘には参加できませんが、町の防衛などには力を貸してくれます。彼等がいれば大丈夫です」


 ラーナーズの町の護りの堅さ、冒険者ギルドが力を貸してくれる事、それらを聞いたゼルバムの顔から先程まで見せていた険しさが少しずつ消えていく。アルマティン大平原での戦いとは状況が色々と違っている為、これなら帝都からの増援が来るまでは持ち堪えられるのではとゼルバムは感じる。


「……なら、この町の兵士達と冒険者達に任せる事にしよう」

「ありがとうございます」


 安心しても大丈夫だ、そう感じたゼルバムは落ち着いた様子でラーナーズの町の帝国軍と冒険者達に任せる事にした。

 先程まで興奮しながら早く戦力を集めるよう言っていたのに安全だと分かった途端に態度を変えるゼルバムを見て二人の騎士や一般人風の男はゼルバムは単純な性格をしているのだな、と心の中で感じる。


「だがこれだけは先に言っておくぞ? もしこのラーナーズの町が落とされそうになったら俺はすぐにこの町を脱出し、メタンガイルの町まで撤退するからな?」

「ええ、構いません。皇族である殿下の身の安全が何よりも重要な事ですから……」


 どんな状況だろうと皇族の事を最優先に考える、メルゼンは帝国貴族として、ラーナーズの町の指揮官としてやるべき事を自分の言い聞かせる様に呟いた。

 ゼルバム達が連合軍が攻めた来た時の事について話し合っていると会議室の扉をノックする音が聞こえ、部屋の中にいる全員が扉の方を向く。


「ハイ?」


 メルゼンが扉の方を見ながら返事をすると若い女の声が扉の向こうから聞こえて来た。


「私だ、カルディヌだ」


 会議室にやって来たのが皇女のカルディヌだと知り、ゼルバム以外の者全員が反応する。ゼルバムはどこか興味の無さそうな顔で扉を見ていた。


「お入りください」


 メルゼンが許可すると扉が静かに開き、銀の鎧と赤いマントを装備したカルディヌが入って来た。その後ろにはカルディヌが隊長を務める紅戦乙女隊くれないいくさおとめたいの分隊長であるマナティアとファウの姿があり、二人はカルディヌに続いて会議室に入る。

 カルディヌと紅戦乙女隊は今回の戦争で帝国の中部に配備されている帝国軍の支援をする事を命じられている。中部の町と砦、ラーナーズの町を行き来し、要請があればその場所へ赴いて様々な支援をすると言う任務に就いていたのだ。今は中部にある帝国軍の拠点の状態をラーナーズの町にいる帝国軍に伝える為に昨日の昼から町に来ていた。

 本来なら状態を知らせたらすぐにメタンガイルの町へ戻るつもりだったのだが、昨夜にゼルバムと先遣部隊の敗残兵がラーナーズの町にやって来た事、先遣部隊が惨敗した事を知り、敵である連合軍がどんな行動を取るか、ラーナーズの町の防衛部隊が敵に対してどんな対策を執るのかなどを確認する為に町に残っていた。

 カルディヌは会議室にいる者達の様子を見てさっきまで何か話し合いをしていたのだと気付く。会議中に部屋を訪れてしまったのだとカルディヌは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「会議中だった? そうなら出直すが……」

「いえ、構いません。丁度切りのいいところで話が終わったので……」

「そうか、それはよかった」


 訪ねて来ても問題無かったと知ったカルディヌは少しホッとした様子を見せる。暴君皇帝と呼ばれるカーシャルドの娘でありながら大きな態度を取る事も無く、周囲の事をちゃんと考えているカルディヌを見てゼルバム以外の全員がカルディヌは心の広い皇女だと感じていた。


「それで、一体何の用だ? カルディヌ」


 メルゼン達がカルディヌを見ている中、ゼルバムは腕を組みながらどこか不機嫌そうな表情と口調でカルディヌに尋ねる。自分とメルゼン達が連合軍の対策をしている最中にいきなり訪ねて来た事に僅かに腹を立てたのだろう。

 ゼルバムの態度を見てカルディヌに付いているマナティア、会議室にいたメルゼン以外の三人は少しはカルディヌの心の広さを見習ってほしいと心の中で思っていた。

 カルディヌはそんな不機嫌そうなゼルバムをチラッと見ると両手を腰に当てながら口を開いた。


「私達、紅戦乙女隊はこれから城塞都市メタンガイルに戻ります。先遣部隊が壊滅した事や連合軍が攻め込んで来るかもしれないという事を伝えなければならないので……」

「何っ? お前、此処に残って町の護りに就かないのか?」


 連合軍がラーナーズの町に攻めて来る可能性があるのにカルディヌと紅戦乙女隊が町を出ると聞いてゼルバムは驚きの反応を見せた。

 先遣部隊を倒した敵と戦うとなれば少しでも強力な戦力をラーナーズの町の護りに加えておきたい、そう考えていたゼルバムは帝国軍でも指折りのエリート部隊である紅戦乙女隊をラーナーズの町の防衛部隊に加えて連合軍を迎え撃とうと思っていたのだ。


「先遣部隊が敗れた事、敵が帝国領内に侵入して攻め込んで来るかもしれない事はメタンガイルにいる部隊だけでなく、他の拠点の部隊にも知らせなければなりません。いつまでも此処に留まる訳にはいかないのです」

「本気で言っているのか!? 敵は十万の先遣部隊を倒した連中なのだぞ!?」


 ゼルバムは興奮しながらカルディヌを何とか止めようとする。十万の先遣部隊に参加し、敵の恐ろしさをその目で見たゼルバムだからこそ分かる事だ。連合軍に勝つには少しでも強力な戦力を集めて守りを堅くしないといけないと思っていた。


「落ち着いてください、兄様。この町の城壁が上級モンスターでも破壊できないくらい頑丈である事はご存知でしょう? 例え相手が未知のモンスターを従えていても十分対抗できるはずです」


 カルディヌは興奮するゼルバムに対して冷静な態度で対応し、ラーナーズの町の城壁について語り、それを聞いたゼルバムは口を閉じた。

 昨日の夜にゼルバムから十万の先遣部隊が負けたと聞かされたカルディヌはメルゼンにラーナーズの町の防衛力について尋ねた。その時にラーナーズの町の城壁が強固で上級モンスターでも突破する事は無理だと聞かされ、連合軍が未知のモンスターを使って攻めて来ても食い止める事ができるだろうと感じていたのだ。

 ゼルバムもカルディヌの言葉でメルゼンから聞かされた事を思い出す。この町の城壁は強固で町には冒険者もいる。アルマティン大平原の時の様な事にはならないかもしれないと感じ始めていた。


「このラーナーズの町に籠りながら戦えば帝都からの増援が来るまでは持ち堪えられるでしょう。それに私達がメタンガイルの町に行き、今回の事を報告すればメタンガイルの町の部隊がこの町に増援を送ってくれるかもしれません」

「ほ、本当か?」

「確証はできませんが、可能性はあると私は思っています」


 カルディヌ達がメタンガイルの町に戻れば帝都からの増援が来るよりも早くメタンガイルの町の部隊が増援としてラーナーズの町に来るかもしれない。そう考えたゼルバムは手を顎に当てながら考え込む。

 このままカルディヌ達をラーナーズの町に残して防衛に協力させるよりもメタンガイルの町へ戻してより強い戦力を送らせた方がいいかもしれない。ゼルバムはエリート部隊の紅戦乙女隊よりも大規模な増援部隊を送ってもらった方が効率よく連合軍を押し返せると考える。


「……よし、そう言う事なら仕方がない。カルディヌ、すぐにメタンガイルの町へ戻れ。そしてラーナーズの町に増援を送るよう伝えるのだ!」


 しばらく考え込んだゼルバムはフッと顔を上げてカルディヌの方を向き、カルディヌにメタンガイルの町へ戻るよう指示を出す。またしても態度を一変させたゼルバムにメルゼン達は心の中で呆れ果てる。


「分かりました。では、準備が整い次第、すぐに出発します」


 指示を受けたカルディヌは小さく一礼をして会議室を後にする。マナティアとファウもゼルバム達に一礼をしてから会議室を出て行った。

 カルディヌ達が出て行った後にゼルバムは不敵な笑みを浮かべながら俯く。もうすぐ連合軍に一泡吹かせる事ができる、カルディヌとメルゼンの話を聞いてゼルバムは次の戦いでは連合軍に勝てると思い込んでいるようだ。メルゼン達はそんなゼルバムを見つめ、こんな単純な人が次代皇帝になったら帝国はどうなるんだ、と不安を感じていた。

 その頃、会議室を出たカルディヌ達は長い廊下を歩いていた。町のいる他の紅戦乙女隊の女騎士達を集めてメタンガイルの町に戻る準備をする為に屋敷の外へ向かっている。


「それにしても、ゼルバム殿下にも困ったものだな?」


 廊下を歩いているとマナティアが小さく笑いながら呆れた様な口調で喋る。隣を歩いているファウはチラッとマナティアに視線を向けた。


「最初はあれだけ慌てておられたのにカルディヌ殿下が大丈夫だと仰られた途端に手の平を返した様に態度を変えてメタンガイルに戻れなんて……」

「よしなよ、マナティア。カルディヌ殿下の前だよ?」


 皇女であるカルディヌの前で皇子のゼルバムを小馬鹿にする様な発言をするマナティアをファウは止めた。

 ゼルバムの性格が異常だという事はカルディヌや貴族だけでなく、一部の騎士達も知っている。その為、兵士達の中には皇子であるゼルバムを馬鹿にするような発言をする者も少なくなかった。

 マナティアはゼルバムの妹であるカルディヌの前だという事を忘れていたのか、ファウの言葉で前を歩くカルディヌに気付き、目を見開きながら驚きの顔をする。


「で、殿下、失礼しました!」


 慌ててカルディヌに謝罪をするマナティア。没落してしまった家を立て直す為に出世を狙うマナティアにとって皇族を馬鹿にするような発言は絶対にしてはならない事だった。

 自分の出世に関わる為、マナティアはカルディヌに平謝りをする。するとカルディヌは立ち止まり、ゆっくりと振り返ってマナティアとファウの方を向いた。


「……別に構わない。お前の言っている事は正しいからな」


 カルディヌはゼルバムを馬鹿にする様な発言に対して怒るどころか冷静な態度でマナティアの発言に間違いはないと口にする。そんな彼女の態度に二人は呆然とした。


「ゼルバム兄様の帝国を最高の国家にしたいという気持ちは素晴らしいと私も思っている。だが、それ以外の考え方には少々問題があるのも確かだ。人の意見に左右されやすい、他人の考えを聞かずに自分で物事を決めようとする、都合の悪い責任は他人に押し付ける、次代皇帝として期待されている者としてはあってはならない考え方だ」

「まぁ、確かに国を治める者としては問題がありますねぇ……」


 ファウはカルディヌの話を聞くと腕を組みながら苦笑いを浮かべる。マナティアはカルディヌとファウを見てうんうんと無言で頷いた。


「あの悪いところが直ればゼルバム兄様が次代皇帝に相応しいと誰もが思うようになるだろう。今回の戦争で彼が自分の悪いところに気付いて改心してくれればいいと私は思っている」

「気付かれますかねぇ?」

「さあな?」


 目を閉じながらカルディヌは肩を竦める。そんなカルディヌの態度を見てファウとマナティアはあまり期待していないな、感じるのだった。


「とにかく、私達は急いでメタンガイルの町に戻り先遣部隊が敗れた事と連合軍が攻めて来る事を伝える。急いで他の者達にも町を出る事を伝えろ」

『ハッ!』


 ファウとマナティアが声を揃えて返事をするとカルディヌは再び歩き出して屋敷の出口へ向かい、二人もその後に続いた。

 それからカルディヌ達は町の駐留している紅戦乙女隊の隊員達を集めてメタンガイルの町に向かう事を伝える。そしてカルディヌ達が屋敷を出てから三十分後、紅戦乙女隊はラーナーズの町の東門から町を出てメタンガイルの町に向かった。


――――――


 カルディヌ達がラーナーズの町を出てから四時間後、太陽が傾いて空はオレンジ色に染まっていた。もうすぐ日が沈んで暗い夜が町に訪れる。町を警備をする兵士達の中には真っ暗な夜に問題が起きてほしくないと思いながら仕事をする者もいた。

 ラーナーズの町の西門の見張り台や城壁に上には大勢の帝国兵達が町の外を見張っている。まだ日が沈んでいないので遠くは見えるのだが木や山などの影で暗くなっている場所は見え難くなっていた。


「んん~っ! もうすぐ日が沈むなぁ。早く夜勤の奴と交代したいぜ」


 西門の見張り台に立つ一人の若い帝国兵が背筋を伸ばしながらぼやいている。戦争中で敵を警戒しなければならないのは分かっているが、疲れているせいかつい不謹慎な事を口に出してしまう。近くにいる別の帝国兵達も同じ気持ちなのか誰も彼を注意する事はなかった。


「あと少しで交代の時間だ。それまで頑張りな?」

「ああ、分かってるよ」


 隣に立つ中年の帝国兵の言葉を聞き、若い帝国兵は肩を回しながら返事をする。それを見た中年の帝国兵は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「……なぁ、お前、あの話どう思う?」


 町の外を見張りながら中年の帝国兵が若い帝国兵に話しかける。それを聞いて若い帝国兵は不思議そうな表情で中年の帝国兵の方を向く。


「あの話って?」

「十万の先遣部隊を倒した敵の話だよ」


 中年の帝国兵の言葉に若い帝国兵は何も言わず目を細くした。既に先遣部隊が連合軍に負けた事やゼルバムがラーナーズの町に逃げ込んで来た事は町中の帝国兵達に伝わっている。無論、十万の先遣部隊が一万程度の連合軍に負けて敗走した事を聞かされた時、帝国兵達はかなり驚いていた。


「厄介だと思うぜ? たった十分の一の戦力で先遣部隊を倒しちまったんだからな」

「……俺達、勝てると思うか? その先遣部隊を倒した敵の中には俺達が見た事の無いモンスターもいるって話じゃないか」


 先遣部隊が負けた事を聞かされた帝国兵の中にはこの戦争に勝てるのかと不安を感じる者も出始めている。尋ねてきた中年の帝国兵もそんな兵士の一人だ。そんな中年の帝国兵を若い帝国兵は呆れる様な表情で見た。


「何怖気づいてるんだよ? 心配ねぇって。先遣部隊は敵モンスターの情報を何も知らずに挑んだから負けちまったんだ。今度は敗走して来た先遣部隊の兵士からモンスターの情報を色々聞いているんだ、対策が練れる」

「そ、そうか、そうだよな」


 若い帝国兵の言葉に中年の帝国兵は元気が出たのか小さく笑う。今の若い帝国兵の姿はさっきまで仕事を面倒くさがっていた時とは別人の様だった。


「それにこの町の城壁は上級モンスターの攻撃にも耐える事ができるんだ。その未知のモンスター達でも破壊できないさ。しかもお偉いさんの予想では敵の主力部隊は一万程度、この町の戦力でも十分戦える」

「一万程度か……敵が更に戦力を増やして攻め込んで来る可能性があるんじゃないのか?」

「あり得ねぇよ。もしも他に戦力があるのなら十万の先遣部隊と戦う時にまとめてぶつけて来たはずだ」


 連合軍の戦力は一万程度、絶対に自分達は負けないと若い帝国兵は確信する。中年の帝国兵も話を聞いて大丈夫だと思ったのか表情に余裕を見せながら頷いた。

 二人が話をしていると彼等と同じように見張り台の上で西側を見張っていた帝国兵の一人が2kmほど先にある森を見て何かに気付き、持っている望遠鏡で森を覗いてみる。すると、帝国兵は目を見開いて驚きの表情を浮かべた。


「お、おい! あれを見ろ!」


 帝国兵の声を聞いて周りにいる他の帝国兵達はどうした、と言う表情を浮かべる。そして一斉に帝国兵が指差す方を見た。すると、森の中から何かが出て来るのを見つけ、帝国兵達は表情を鋭くしながら自分達の望遠鏡を使い、出て来たものを確認する。

 森から出ていたのは青銅色の全身甲冑フルプレートアーマーと多種の武器を装備した大勢の騎士だった。その人数は異常なほどで全員が隊列を崩さずにゆっくりと西門の方へ歩いて来る。

 西門を護っていた帝国兵達は突然現れた騎士の軍団に驚愕の表情を浮かべる。そんな中、騎士達の中にビフレスト王国の国旗を掲げる騎士がいるのを見て帝国兵達は更に驚きの表情を浮かべた。


「ビ、ビフレスト王国軍! 敵が来やがったぞ!」

「もう来やがったか!」

「急いでメルゼン卿達に報告しろ!」


 敵の姿を確認した帝国兵の内、数人は敵襲を知らせる為に急いで指揮官であるメルゼンと部隊長達、他の部隊の下へ向かう。

 西側を警備する帝国兵達が騒いでいる間も騎士達はぞろぞろと森から姿を見せる。その中にはセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達の姿もあった。


「おいおい、どこが一万程度だよ。どう見ても二万以上はいるじゃないか」

「どうなってるんだ、どうして連合軍にあれだけの戦力があるんだよ?」


 中年の帝国兵と若い帝国兵は敵のあり得ない戦力に僅かに震えた声を出す。二人の顔からは先程まで見せていた余裕は完全に消えていた。

 森から出て来た連合軍はラーナーズの町の西門から1kmほど離れた所で止まり、兵士や騎士達はゆっくりと隊列を変更する。隊列が変わると連合軍の兵士達はラーナーズの町の方を向いて西門に注目する。その中にはダーク達の姿もあった。


「……敵がこちらに気付いて戦闘態勢に入っています」

「まぁ、これだけの大軍で近づけば気付いて当然だな」


 望遠鏡を覗いて敵の様子を窺っているザルバーンの隣でダークが西門を見つめながら呟く。アリシア達も望遠鏡を使って西門を警備する帝国兵達を確認していた。


「ダーク陛下、この後はどうされますか?」

「勿論、すぐに攻撃を仕掛ける。まずは砲撃蜘蛛達に西門と城壁を攻撃させる。その間にストーンタイタン達を進軍させ、その後に我が軍の騎士達を向かわせる。セルメティア王国軍とエルギス教国軍は西門が開く、もしくは城壁に穴が空いたら町に突入できるようになるまで待機だ」

「分かりました、兵士達に伝えてきます」


 ザルバーンはダークの指示を聞くとセルメティア王国軍の兵士達に作戦を伝えに向かう。ベイガードも少し遅れてエルギス教国軍に兵士達の下へ向かった。

 日が沈みかけている状態であれば夜になるのを待ち、夜襲を仕掛けるのが常識的な戦い方だが、ダークは帝国軍が護りを固める前に攻撃を仕掛けた方がいいと考えて夕方に軍を動かしたのだ。

 ザルバーンとベイガードから指示を受けたセルメティア王国軍とエルギス教国軍は隊列を少し変えて待機する。それを確認したダークは連合軍の後方で待機している砲撃蜘蛛達の方を向いて目を赤く光らせた。


「これより、ラーナーズの町に攻撃を仕掛ける! 砲撃蜘蛛達よ、敵拠点西門の見張り台、城壁の上にいる敵を狙いを付けろ!」


 ダークが大きな声で命令すると砲撃蜘蛛達も目を赤く光らせて背中に大砲を動かし、西門の見張り台と城壁の上にいる帝国兵達に狙いを付けた。


「砲撃開始!」


 全ての砲撃蜘蛛が狙いを付けたのを確認するとダークは砲撃を命じる。六体の砲撃蜘蛛は一斉に西門と城壁に向かって橙色の砲弾を発射した。

 砲撃時の轟音は連合軍全体に響き、セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は轟音に驚いてビクッと反応する。まだ砲撃の音には慣れていないようだ。

 ラーナーズの町の西門の見張り台、城壁の上では帝国兵達は走って戦いの準備をしていた。まだ連合軍の兵士達が動いていないのを見て戦いの準備をする余裕があると思っているようだ。

 帝国兵達が槍、弓矢などを城壁の上に運んでいると帝国兵の一人が連合軍の方から飛んで来る橙色の球体に気付く。何だろう、と不思議そうに球体を見ていると球体の一つが城壁に命中し爆発する。爆発が起きた所にいた帝国兵達は一瞬で消えてしまった。

 突然の爆発に見張り台、城壁の上にいる帝国兵達は驚く。そんな中、別の光球が城壁や西門の近くに命中して爆発した。爆発に驚き帝国兵達は声を上げる。


「な、何だ! 何だこの爆発は!?」

「あの光球が当たった直後に爆発が起きたぞ!」

「……まさか、先遣部隊の生き残りが言っていた謎の爆発と同じものか!?」


 城壁の上にいる帝国兵達は連合軍を睨みながら声を上げる。その間も砲撃蜘蛛達が放った砲弾は城壁や城壁の上、西門の見張り台の近くに命中して爆発し、近くにいた帝国兵達を呑み込んでいく。

 西門の帝国兵達は爆発を目にした瞬間に悟った。自分達は連合軍の力を甘く見ていた事を、このままでは自分達も先遣部隊の二の舞になってしまうという事を。


「す、すぐに救援を要請しろ! 飛竜団と他の門を警備している部隊や動ける兵士達を全員この西門に集結させてほしいと!」

「わ、分かった!」


 一人の帝国兵は慌てて城壁の階段を駆け下り、メルゼン達に救援を出しに向かう。残った帝国兵達は遠くにいる連合軍を見つめ、救援が来るまでできるだけ時間を稼ごうと武器を握った。

 砲撃蜘蛛が西門に向かって砲撃をする中、ダーク達は西門を警備している帝国兵達の状態を確認している。既に砲撃によって多くの帝国兵が倒され、城壁の上もボロボロになっていた。


「そろそろいいだろう……ストーンタイタン達よ、進軍を開始しろ! 城壁、西門を攻撃して町に突入する為の道を開け。ストーンタイタンが動いてから三十分後、青銅騎士達も進軍を開始せよ!」


 ダークの命令を聞いてストーンタイタン達は西門に向かって走り出す。ストーンタイタン達が走る事で大きな足音が響き、地面が揺れる。その中でダークは腕を組みながらラーナーズの町を見ていた。


(これじゃあ、何だか俺達が侵略者みたいだなぁ……まっ、他国に侵入して町を攻撃してるんだから、帝国からしてみれば侵略なんだろなぁ)


 激しい攻撃を受けているラーナーズの町を見ながらダークは心の中で呟いた。


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