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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百七十一話  帝国軍敗走


 連合軍の陣地ではノワールが望遠鏡を使って帝国の飛竜団とダークが召喚したモンスター達の空中戦を見物している。アリシアもノワールと同じように望遠鏡を使って戦いを見ていた。

 二人は空中戦を最初から見ていた為、モンスター達がどんな行動を取ったのか、どんな攻撃で飛竜団と戦ったのかある程度は理解している。勿論、モンスター達が一体も倒されていない事や一方的に飛竜団を倒していった事も知っていた。


「……マスター、最後のワイバーンナイトが落ちました」

「そうか」


 モンスター達の囲まれていたワイバーンナイトが落下する光景を見たノワールは望遠鏡を覗くのをやめて隣に立つダークに結果を知らせ、ダークはその報告を聞いて軽い返事をする。

 ダークはザルバーン、ベイガードと共に地上にいる帝国軍の動きを窺っていたので飛竜団とモンスターの戦いを見ていなかったが、最初からモンスター達が勝つと分かっていたのか、結果を聞かされても大きなリアクションはしなかった。

 アリシアとノワールもダークと同じように結果が分かっていたのかモンスター達が勝っても驚いたりなどせずに落ち着いている。一方でザルバーンとベイガードは帝国の精鋭である飛竜団を倒した事が信じられないのか、ノワールの報告を聞いて目を見開きながら驚いていた。


「ま、まさか、飛竜団をもこんな簡単に倒してしまうとは……」

「ダーク陛下が召喚したモンスター達はどれ程の力を持っているのだ……」


 震えた声を出しながらザルバーンとベイガードはダークを見つめる。そんな二人の反応を見たノワールは二人に気付かれないように小さな声で笑う。

 確認できる飛竜団を全て倒したモンスター達は帝国軍の中央部隊を攻撃する為に急降下し、ダークは中央部隊に向かって飛んで行くモンスター達を見て目を薄っすらと光らせた。


「指示したとおり、地上にいる帝国軍の攻撃に移ったか。これならあと一時間も経たないうちに中央部隊を全滅させられるだろう」


 帝国軍の三つの戦力の中で最も被害の大きい中央部隊を見つめながらダークは低い声で呟いた。アリシア達も中央部隊を真剣な表情で見つめている。

 現在、帝国軍の中央部隊は二体のストーンタイタン、ビフレスト王国軍のモンスターの群れと交戦している。戦いは連合軍側が優勢だった。砲撃蜘蛛の攻撃によって中央部隊は多くの兵士を失っており、生き残っている兵士達も肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けている。しかも飛竜団を倒した飛行モンスター達も戦闘に加わり、連合軍が一方的に攻める状態になっていたのだ。中央部隊の帝国兵達はモンスター達の攻撃に耐えられず、次々と倒れていく。

 戦いが始まってから集中的に攻撃を受けた帝国軍の中央部隊の戦力は既に三分の一近くまで減っている。本来なら飛竜団を倒した頃には中央部隊は全滅しているはずだったが、動き出した右翼と左翼の部隊を迎え撃つ為に砲撃蜘蛛の砲撃を中止し、右翼と左翼の部隊を攻撃した為、まだ全滅させる事ができなかった。

 だがそれでもストーンタイタンとビフレスト王国のモンスター達に攻撃を受けて中央部隊の被害は少しずつ大きくなっていき、そこへ更に飛竜団を倒したモンスター達が加わった事で中央部隊はもう押し返す事ができない状態になっていた。


「チクショウ! 来るな、化け物どもぉ!」

「もう無理だ、勝てるはずがねぇ!」

「部隊長は何処にいる!? 俺達はこれからどうすればいいんだ!」


 目の前のストーンタイタン、そして多くの下級モンスター達を前に帝国兵達は冷静さを失っている。もはや中央部隊の中には連合軍に勝てると思っている帝国兵は一人もいない。その中には武器を捨てて逃げ出す兵士もおり、そんな兵士達をストーンタイタンは大きな腕で殴り飛ばし、下級モンスター達も容赦なく追撃する。そして飛行モンスター達も上空から激しく攻撃を仕掛けていく。


「逃げるなお前達、戦え!」


 馬に乗っている部隊長が逃げる帝国兵達に戦うよう命じるが戦力の差とモンスターに対する恐怖で戦意を失った帝国兵は誰一人部隊長の命令を聞かない。部隊長の近くにいる兵士や騎士も逃げ出したいと思っているが、部隊長の前な為か逃げる事ができなかった。


「クソッ、根性の無い奴等め。それでも誇り高き帝国の兵士なの……」


 部隊長が逃げる帝国兵達に対して怒りを露わにしていると突然周囲が暗くなり、不思議に思った部隊長が前を見る。そこには一体のストーンタイタンが立っており、部隊長とその周りにいる帝国兵達を見下ろしている姿があった。当然暗くなったのはストーンタイタンの影に入ったからだったのだ。

 目の前のストーンタイタンに部隊長は恐怖の表情を浮かべる。その表情には先程まで帝国兵達に戦えと命じていた時の鋭さは無かった。周りの帝国兵達もガタガタと震えながらストーンタイタンを見上げている。


「……ば、化け物……」


 部隊長は絶望に染まった表情で呟きながら震える。ストーンタイタンは固まている部隊長に右フックを放ち、部隊長と彼が乗る馬、そして周りの兵士達をまとめて殴り飛ばした。

 ストーンタイタンの攻撃を受けた部隊長の首や腕、足はあり得ない方向に曲がり、まるで子供に壊された人形の様になった。馬や他の兵士達も同じような状態になり、全員地面に叩きつけられる。部隊長を倒したストーンタイタンは前進し、逃げる帝国兵達の追撃を再開した。

 帝国軍をどんどん押し戻していくモンスター達の姿をセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は黙って見つめている。その表情には未だ驚きが見られるが、最初と比べると少しだけ和らいでいた。恐らく強大な力を持つモンスター達の凄さに彼等の感覚が慣れて来たのだろう。


「……中央部隊の方はもう大丈夫だな。さて、右翼と左翼の方はどうなっている?」


 中央部隊はもう脅威にはならないと感じたダークは帝国軍の右翼と左翼の部隊の様子を確認した。

 右翼と左翼の部隊も砲撃蜘蛛の砲撃を受けて帝国兵達が混乱していた。ただ、中央部隊と違って右翼と左翼には砲撃蜘蛛を三体ずつに分けて攻撃させている為、中央部隊よりは被害が小さい。だがそれでも十分ダメージを与える事ができている。

 砲撃蜘蛛の攻撃によって部隊の先頭にいる帝国兵達は吹き飛ばされ、次々と命を落とす。運よく砲撃から逃れる事ができた帝国兵も近づいて来たストーンタイタンの攻撃を受けて倒されてしまう。右翼と左翼の部隊も最初に突撃して来た中央部隊と同じような状態になっていた。


「……右翼と左翼、どちらもまだかなりの戦力がありますね」


 望遠鏡を覗きながらベイガードが帝国軍の右翼と左翼の部隊の状態を確認する。アリシアとザルバーンも望遠鏡を使って帝国軍がどうなっているか見ていた。


「右翼と左翼の部隊を攻撃している砲撃蜘蛛は三体ずつですからね。六体で砲撃していた中央部隊よりは与えるダメージが少ないので時間が掛かるのでしょう」

「しかし、それでもかなりの帝国兵を倒しておるぞ。あの岩の巨人達も突撃して敵を倒してくれておるしな」

「確かにそうですね……」


 アリシアとザルバーンの話を聞いてベイガードは小さく頷く。中央部隊よりは敵の戦力を削ぐ時間が長いがそれでも確実に帝国軍を押しているのでベイガードも文句を言う気は無かった。

 中央部隊はほぼ壊滅し、右翼と左翼の部隊も少しずつだが押し返されている。アリシア達はこのまま行けばデカンテス帝国に勝てると感じながら戦場を眺めていた。

 アリシア達から少し離れた所ではダークとノワールが帝国軍を押しているモンスター達をジッと見つめている。ダークは腕を組みながら見ており、ノワールは真剣な表情を浮かべて戦いを見ていた。


「……凄いですね?」

「ああ、予想以上にこちらが優勢なものだから正直驚いている」

「僕もですよ」


 ダークとノワールは今回の戦いでもう少し連合軍が苦戦するのではと思っていたのだが、予想していたよりも有利に戦いが進んでいるので二人は驚いている。だが、二人も苦戦するかもしれないとは思っていたが、連合軍が負けるかもしれないとは微塵も思っていなかった。


「これなら今後の帝国軍との戦いでもこちらが有利に戦えるでしょうね」

「そうだな……だが油断するな? デカンテス帝国にはまだ私達の知らない力や戦力があるかもしれないのだからな」

「ハイ」


 ノワールはダークの忠告を聞くと力強く返事をする。いくら自分達が強い力を持っていても、強力な軍を率いても決して油断してはいけない。油断すればどんな強者でも必ず隙を見せて負けてしまう。ダークとノワールは常にそう考えながら今日まで戦って来た。

 右翼と左翼の部隊はストーンタイタンと砲撃蜘蛛の攻撃で少しずつだが後退していく。すると、二つの部隊の後方から何かが空に向かって飛び上がるのが見え、ノワールは望遠鏡でそれを確認する。そこにはついさっき飛行モンスター達が戦っていた飛竜団と同じスモールワイバーンに乗るワイバーンナイト達の姿があった。


「マスター、右翼と左翼の部隊がワイバーンナイト達を動かしました」

「やはり右翼と左翼の部隊にも飛竜団がいたか……」

「どうしましか?」


 新たに現れた飛竜団をどうするか、ノワールはダークの方を向いて尋ねた。ダークは右翼と左翼の部隊を見てから中央部隊の様子を確認する。しばらく考え込むとダークはチラッとノワールの方を向いて指示を出す。


「中央部隊を攻撃している飛行モンスター達を二つに分けて右翼と左翼の飛竜団を攻撃させろ。中央部隊の相手はストーンタイタンと下級モンスター達にやらせればいい」

「いいんですか? 二つに分けたら飛行モンスター達の戦力も半分になりますよ?」

「構わん。両翼の飛竜団の数も中央部隊と同じ位のはずだ。半分に分けても勝つ事はできるだろう」


 四十体で二十五体のスモールワイバーンに圧勝したのだから半分に分けても十分戦えるとダークは考えており、飛行モンスター達を半分にしても問題無いと思っていた。しかも飛行モンスターの中には中級モンスターもいるので、負ける事だけは決してないとダークは確信している。ノワールも飛行モンスターの数や中級モンスターがいる事を考えて大丈夫だろうと感じていた。


「分かりました、すぐに指示を出します」


 ノワールは再びオレンジ色のメッセージクリスタルを使って中央部隊と戦っている飛行モンスター達に指示を出す。ダークは遠くで飛んでいる右翼と左翼の部隊の飛竜団を見つめた。


「さて、この状況で敵指揮官はどう動くかな?」


 連合軍の圧倒的は強さを目にして帝国軍の指揮官や各部隊の隊長がどう判断して動くのか、ダークはどこか楽しそうな声で呟いた。

 その頃、帝国軍中央部隊の後方ではゼルバムが遠くで帝国兵達を倒しているストーンタイタンや下級モンスター達を見て震えている。飛竜団が空から爆発の原因を突き止め、敵の本隊に奇襲を仕掛けてくれているはずなのに一向に連合軍の勢いが止まらない事にゼルバムは驚きを隠せずにいた。


「どうなっている!? 飛竜団が出撃したはずなのになぜ敵軍に変化が見られない。それどころか我々の方が更に押されているではないか。どういう事だ!?」


 ゼルバムは声を上げながら隣で自分と同じように驚いている声の騎士に尋ねる。驚いていた騎士はゼルバムの声を聞くとゆっくりと視線をゼルバムに向けた。


「……敵の勢いが止まらないところを見ると、恐らく飛竜団が敵本隊への攻撃し失敗したと思われます」

「な、何だと!?」


 飛竜団が任務に失敗した、その言葉にゼルバムは目を見開く。


「しかも先程我々が受けていた謎の爆発が今度は右翼と左翼の部隊を襲っています。となると、あの爆発を起こしている原因の排除にも失敗したかと……」

「で、では、敵地へ向かった飛竜団はどうした、今奴等は何処にいるんだ?」


 僅かに震えた声でゼルバムは騎士に尋ねた。騎士はその質問に答えずに暗い顔で俯く。それを見たゼルバムは騎士の考えている事を察し、更に驚いた表情を浮かべた。


「ま、まさか……飛竜団が負けたと言うのか?」

「恐らくは……」

「そ、そんな馬鹿な! 我が帝国のエリート部隊である飛竜団があんな寄せ集め集団の様な奴等に負けるなどあり得ん!」

「しかし、この状況ではそう考えるしかありません……」

「貴様、自分が何を言って……そうだ! まだ右翼と左翼の部隊にも飛竜団がいるはずだ。奴等も動かして敵本隊を攻撃させれば……」

「無理です」


 右翼と左翼の部隊に編成されている飛竜団を動かそうと考えるゼルバムの考えを騎士は否定した。それを聞いたゼルバムは騎士を見てなぜだ、と目で尋ねる。すると騎士は帝国軍の左翼の方を見て空を指差す。ゼルバムが騎士が指差す方向を見ると左翼の上空でスモールワイバーン達が飛び回っているのが見える。ゼルバムはそれが左翼の部隊の飛竜団だとすぐに気付いた。

 飛竜団の周りには何かの影の様なものが飛び回っている。よく見えないゼルバムは望遠鏡を手に取り飛び回っている影を確認した。それはダークが召喚した飛行モンスター達でもの凄い速さで飛び回りながら飛竜団を攻撃している。そして攻撃を受けたワイバーンナイトやスモールワイバーン達は次々と地上へ落ちていった。

 ゼルバムは飛竜団がモンスターに負けている光景を目にして驚愕の表情を浮かべた。そして、表情をそのままに騎士の方を向き、どういう事だと再び目で尋ねる。


「……私も少し前に確認してとても驚きました。精鋭の飛竜団がモンスター達の攻撃を受けて次々と倒されている、信じられない光景でしたが、あれを見た瞬間に理解しました。我が中央部隊の飛竜団はあのモンスター達に襲われて全滅したと、そしてあのモンスター達が岩の巨人達と同じ、連合軍が支配しているモンスターだと……」

「ひ、飛竜団を難なく倒すモンスター、だと? 奴等、どうしてそんなモンスターを……」


 今まで精鋭と信じていた飛竜団を簡単に倒す戦力が敵軍にいる、最初は信じていなかったゼルバムも流石に飛竜団がやられる光景を目にしてしまった以上は認めるしかなかった。連合軍は自分達が思っている以上に恐ろしい相手だと。

 ゼルバムと騎士が衝撃を受けて固まっていると、前の方から轟音が聞こえ、二人はフッと前を向く。さっきまでまだ遠くにいたはずのストーンタイタン二体が帝国兵達を薙ぎ倒しながら100mほど前まで近づいて来ていた。その周りには大勢のゴブリンやスケルトン、オークの様なビフレスト王国軍の下級モンスター達の姿もある。

 あと少しで自分の所に辿り着く敵を目にしてゼルバムの表情が恐怖と驚きに染まる。護衛の騎士達も汗を掻きながら近づいて来るストーンタイタン、下級モンスター達を見ていた。


「お、おい、何とかしろ! 後方の兵士や騎士を使って奴等を倒せ! 魔法使い達にも魔法で攻撃させろ!」

「無理です! 普通の兵士や騎士では奴等は倒せません。魔法使い達も少し前から魔法で応戦していますが全く効果がありません!」

「クウゥ! なら、右翼と左翼の部隊に救援を……」

「彼等も自分達の前にいる敵と戦うので精一杯です。こちらに救援を送る余裕などありませんよ!」


 窮地を脱する為に必死に策を考えるゼルバムと彼の考えた作戦のどれもが使えない事を語る騎士、ゼルバムは勿論、最初は冷静に対応していた護衛の騎士からも既に冷静さが無くなっていた。

 なぜこんな事になったのか、ゼルバムは表情を歪めながら混乱する。こんな状況になった今でもゼルバムは自分の独断が原因でこうなってしまった事に気付ていなかった。

 ストーンタイタンは大きな腕を振りながら前進し、向かって来たり逃げ惑う帝国兵達を倒していく。下級モンスター達も自分達に攻撃して来る帝国兵達を返り討ちにしながら進軍する。

 既に中央部隊は壊滅的なダメージを受けており、殆どの帝国兵達が撤退している。ゼルバムも、もうダメだと感じたのか馬を走らせて逃げ出した。


「殿下!?」

「俺が逃げ切るまで奴等の足止めをしろ!」


 逃げ出すゼルバムは護衛の騎士達に時間稼ぎをするよう声を上げる。その後、ゼルバムは騎士の方を振り返る事無く馬を走らせ続けた。

 護衛の騎士達は自分達を置いて一人で逃げていったゼルバムにショックを受ける。今まで皇族の為に忠誠を誓って戦って来たのにその皇族に見捨てられたのだから当然と言えるだろう。

 ショックでしばらく固まっていた騎士達はハッと我に返ると自分達も撤退しようと慌てて馬を走らせようとした。だが、ストーンタイタンや下級モンスター達は既に騎士達の目の前まで近づいて来ている。ショックで動けなかった為、敵の接近を許してしまったのだ。

 騎士達は恐怖のあまり自分達の前に立つストーンタイタンを見上げながら固まる。そしてストーンタイタンは固まっている護衛の騎士達に向かって勢いよく腕を振り下ろす。騎士達は逃げる間もなくストーンタイタンの攻撃を受けてしまう。

 ゼルバムは背後から聞こえて来る騎士達の断末魔を聞いてより速く馬を走らせるのだった。

 連合軍の陣地ではダークが全滅と言っていいぐらいの被害を受けている帝国軍の中央部隊を見つめている。アリシアとノワールは何も言わずに無言で中央部隊を見ており、ザルバーンとベイガードは少し驚いた顔で見ていた。


「中央部隊への攻撃はもう十分だな……ノワール、中央部隊を攻撃しているモンスター達に攻撃する対象をを右翼と左翼の部隊に変えるよう指示してくれ」

「分かりました」


 ダークの指示を受けたノワールはすぐに行動に移る。それからダークはゆっくりとザルバーンとベイガードの方を向き、二人は自分達を見るダークに少し緊張した様子を見せた。


「ザルバーン団長、ベイガード殿、ストーンタイタン達の攻撃で帝国軍は既に甚大なダメージを負っている。これより帝国軍を追撃する為に我が国の青銅騎士達、セルメティアとエルギスの部隊全てを帝国軍に突撃させる。構わないか?」


 最後の攻撃にセルメティア王国軍とエルギス教国軍を使う為、ダークは念の為に各軍の指揮官である二人に確認する。ザルバーンとベイガードは総指揮官であるダークから許可を求められる事に少し呆然としたがすぐに我に返った。


「え、ええ、勿論構いません」

「寧ろ、最初の戦いで我々の軍が何もせずに戦いが終わってしまっては増援としてどうなのか、と複雑な気持ちになっていたところでした」

「……フッ、そうか」


 苦笑いを浮かべて緊張した様な態度を見せる二人を見てダークはおかしいと思ったのか小さく笑う。アリシアはザルバーンとベイガードの姿を見てどうかしたのか、と言いたそうにまばたきをする。

 ビフレスト王国のモンスター達によって既に帝国軍は壊滅的なダメージを受けている。もうビフレスト王国軍のモンスター達だけでも十分勝てる戦況だった。にもかかわらず、わざわざセルメティア王国軍とエルギス教国軍を動かして追撃するというのでザルバーンとベイガードは少し驚いたようだ。

 ダークがセルメティア王国軍とエルギス教国軍を動かして追撃しようとした理由、それは士気が低下している帝国軍を全軍で追撃し、帝国軍に更なる精神的ダメージを与える為だ。そうする事で帝国軍を心理的に追い詰め、今後の戦いで連合軍が有利に戦えるようになると思ったからだ。他にもセルメティア王国軍とエルギス教国軍に少しだけ出番を作ってやろうという理由があった。

 ザルバーンとベイガードの許可を得たダークは帝国軍の方を向き、目を赤く光らせながら右手を帝国軍の方へ向けた。


「これより我々連合軍は帝国軍に追撃を掛ける。ビフレスト、セルメティア、エルギスの全兵士達は敵陣に向かって進軍せよ! 逃げる敵は放っておけ、向かってくる敵だけ攻撃しろl!」


 ダークが全軍に聞こえる様に大きな声で命令を出す。セルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は突然命令を下すダークを見て呆然としている。そんな中、待機していたビフレスト王国軍の青銅騎士達は一斉に武器を構え、帝国軍の陣地に向かって走り出す。

 いきなり突撃する青銅騎士達にセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達は呆然としたまま走って行く青銅騎士達を見ている。するとザルバーンとベイガードが自分達の軍と合流し、真剣な表情で驚いている兵士達の方を向いた。


「何をしている! 全軍、ビフレスト王国軍に続け!」

「彼等と共に帝国軍を攻撃し、一気に勝負を決めるのだ!」


 ザルバーンとベイガードの叫ぶ声に両軍の兵士達は二人の方を向いた。まだ状況が飲み込めていないのか兵士や騎士達は隣にいる仲間同士で顔を見つめ合っている。そんな状態がしばらく続くと、セルメティア王国軍の数人の騎士が腰の騎士剣を抜いて帝国軍に向かって走り出す。それを見た他のセルメティア王国軍の兵士や騎士もつられる様に自分達の武器を握って突撃した。

 次々に進軍していくセルメティア王国軍の兵士達を見たエルギス教国軍の兵士、騎士達もようやく状況を理解したのか、遅れて帝国陣地へ向かって走り出す。声を上げながら大平原を走るセルメティア王国軍とエルギス教国軍の兵士達、その姿をダークは小さく笑いながら見ていた。

 連合軍の全軍が突撃を開始した頃、帝国軍の陣地では総指揮官であるデージックと数人の部隊長がモンスター達に襲われて逃げ惑う帝国兵達の姿を見ていた。中央部隊は既に全滅し、右翼と左翼の部隊も半分以上の兵力が倒されて後退を始めている。既に帝国軍は逆転する事ができない状態になっていた。

 逃げる帝国兵達は連合軍の方を向いているデージックや部隊長の横を走って通過する。帝国陣地内にあるテントに逃げ込んだり、何処かに身を隠すような事はせず、一刻も早く地獄の様な戦場から逃げ出したいと思いながら帝国兵達はアルマティン大平原から帝国領のある東の方へ走って行く。

 敵前逃亡をする帝国兵達を部隊長達は止めようとするが誰一人止まらない。強大な力を持つモンスターに襲われているのだから無理のない事だ。


「もう、どうする事もできないか……」


 デージックは逃亡する帝国兵達を止める事もせずに俯きながら呟く。

 最初は十万の帝国軍が負けるはずがないと考えていたが、十分の一程度の戦力しかない連合軍に負けたという信じられない現実にデージックはショックを隠し切れずにいた。それだけではなく、皇子であるゼルバムの姿が見当たらない事からデージックは最悪の状況を想像する。


「……殿下、もしや貴方様は既に……」


 デージックは俯きながらゼルバムはもう死んでいるのではと考える。カーシャルドにゼルバムの事を任されておきながら最悪の結果を招いてしまい、デージックは自分を情けなく思うのと同時に無力な自分を憎んだ。

 大勢の帝国兵達が逃げる中でデージックが自分を責めていると、前の方から一頭の馬が走って来る。馬に気付いたデージックが顔を上げるとその馬には今まで姿が見えなかったゼルバムが乗っていた。


「ゼルバム殿下!?」


 無事だったゼルバムの姿を見てデージックは思わず叫ぶ。ゼルバムが死んでいるかもしれないという最悪の結果が消えた事でデージックは少しだけ安心した表情を浮かべる。

 ゼルバムはデージックの姿を確認すると彼の前で馬を止める。その表情には焦りと敵に対する恐怖が感じられた。


「殿下、ご無事でしたか?」

「ああ、見てのとおりだ」

「心配しました。中央部隊が動き出した時に殿下の姿が何処にも見えないので……ところで、護衛の騎士達は何処ですか?」

 

 デージックはゼルバムの護衛をしているはずの部下達の姿が無い事に気付き、周囲を見回しながらゼルバムに尋ねた。ゼルバムはデージックの言葉を聞き、僅かに目元を動かす。護衛の騎士達は数分前にゼルバムが見捨てて既にモンスター達にやられている。


「……騎士達は、死んだ。俺を逃がす為に敵モンスターに立ち向かっていって……」


 ゼルバムはデージックに騎士達がどうなったのかを正直に伝える。しかし、自分だけ逃げる為に騎士達を盾にしたとは伝えず、騎士達が自分の意志で敵に向かって行ったと嘘をついた。


「……そうですか。しかしアイツ等も帝国の騎士、皇族を守る為に死ねたのなら本望でしょう」


 デージックはゼルバムの嘘を信じ、騎士達が自分の意志で死ぬ道を選んだと思い込む。ゼルバムは自分の嘘を疑う事無く信じたデージックを見て心の中で安心し、同時に簡単に嘘を信じたデージックを愚かに思った。

 部下の死を聞いてデージックはしばらく俯いて黙り込んでいたが、顔を上げて鋭い表情でゼルバムの方を見た。


「殿下、中央部隊で一体何があったのですか? こちらが何の指示も出していないのに中央部隊が勝手に敵に向かって突撃していきました……おかげで我が軍はこの有様です」


 開戦直後に中央部隊が勝手に進軍を開始した時の事を思い出し、デージックは中央部隊にいたゼルバムに再び尋ねる。今回の帝国軍の敗北は中央部隊の独断行動にあると考えているデージックはなぜ中央部隊が勝手に動いたのか理由を知りたがっていた。

 デージックの質問にゼルバムは少し驚いた様な表情を浮かべて口を閉じる。中央部隊の最初の突撃はゼルバムの副指揮官と皇子としての立場と権限を利用した勝手な判断によるものだ。しかもデージックの話を聞いてゼルバムはようやく今回の帝国の敗北の原因が自分の独断にあると気付く。この事がバレると自分の立場が一気に悪くなると感じたゼルバムはどうにかしなければ考え込んだ。

 馬に乗りながら黙り込むゼルバムをデージックは見つめている。するとゼルバムはデージックの方を向き、悔しそうな表情を浮かべて口を開いた。


「あ、ある部隊長が勝手に突撃を命じたんだ。一万程度の戦力が相手なら中央部隊だけで倒せるだろう、と言ってな……」

「何ですって? まさかそんな事が起きていたとは……」


 自分の独断ではなく、他の者が勝手に判断したとゼルバムは再び嘘をつき、デージックはそれを疑う事無く信じた。

 ゼルバムは何か不都合が起きても最初から責任を取るつもりは無く、何があれば他人に自分の失敗を擦り付けようと思っていた。その為、ゼルバムは何の躊躇も罪悪感も無く嘘を付けたのだ。


「とんでもない分隊長ですな。おかげで帝国軍がこんな状態に……しかし、殿下が無事でよかったです」


 デージックはゼルバムの言葉を信じ、責任はその分隊長にあると考える。そしてゼルバムは自分の嘘を信じて心配までするデージックを見てもう嘘がバレる事は無いだろうと感じていた。

 ゼルバムとデージックが話し合っているとゼルバムの背後から大勢の人間の声が聞こえ、二人は声のした方を向く。二人の視界には声を上げながら突っ込んで来る連合軍の兵士達の姿があり、それを見たゼルバムとデージックは目を見開いて驚いた。


「て、敵の本隊が動き出した!」

「チッ!」


 デージックはモンスターだけでなく、人間の戦力までもが向かってくる光景を見て舌打ちをする。するとデージックはゆっくりと前に出てゼルバムに背を向けながら迫って来る連合軍を睨む。


「殿下、お逃げください!」

「何?」

「今回の戦いは我々帝国の惨敗です。そして、その責任は総指揮官である私にあります。私は総指揮官として此処に残り敵を引きつけます。奴等も総指揮官である私を捕らえれば他の兵士達への追撃をやめるでしょう。その間に殿下はこの大平原から一番近くにある町まで後退し、そこにいる部隊と合流して反撃の準備をしてください」


 総指揮官として責任を取る為に最後まで戦場に残り、ゼルバムや部下達を逃がす為の時間が稼ぐというデージックをゼルバムは意外そうな顔で見ていた。この時、ゼルバムはデージックが自分が思っていた以上に責任感の強い男だと知る。だが、そんなデージックの勇士を見てもゼルバムは独断行動について正直に話そうとは思わなかった。


「……分かった。デージック、後は頼むぞ!」

「ハッ!」


 ゼルバムはデージックの気持ちを無駄にしない様な態度で返事をし、乗っている馬を走らせて撤退した。デージックもゼルバムの本心を知らずに誇る様な声で返事をする。

 馬を走らせながらゼルバムは心の中で最後に自分の役に立ったデージックを褒める。だが、その数秒後には今回の敗北の汚名をどう晴らすか、次の戦いで連合軍をどう打ち負かしてやろうかを考えていた。彼にとって上官であり、戦いの師であるはずのデージックですらその程度の存在だったようだ。

 ゼルバムがアルマティン大平原から撤退した直後、連合軍の兵士達はデージックと接触する。デージックは戦力差から勝ち目は無いと分かっているからか、抵抗する事無く自分が帝国軍の先遣部隊の総指揮官と名乗り投降した。

 デージックの予想どおり、総指揮官である彼を捕らえた事で連合軍は撤退する帝国軍への追撃を中止する。戦争の始まりを告げる最初の戦いは連合軍の勝利に終わった。


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