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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百七十話  空中の激戦


 帝国軍中央部隊の後方ではゼルバム達が驚愕の表情を浮かべながら遠くを見ている姿があった。突撃した部隊の先頭を走っていた帝国兵達が爆発で吹き飛ばされ、中間にいた兵士や騎士達も次々と爆発に巻き込まれていく。突然の出来事にゼルバムや彼の周りにいる兵士や騎士達は何が起きたのか理解できずに目を見開いていた。


「な、何が、一体何が起こっているんだ!?」


 ゼルバムは状況が理解できず、力の入った声で隣にいた護衛の騎士に尋ねる。護衛の騎士もゼルバムと同じように理解できず、呆然としながら爆発で吹き飛ばされていく仲間達を見ていた。

 返事をしない騎士、そして理解できない現状にゼルバムは苛立ちを感じているのか険しい表情で騎士を睨み付ける。


「おい!」

「え? あ、ハイ!」


 ゼルバムの声で我に返った騎士はフッとゼルバムの方を向いて返事をする。他の護衛の騎士達もゼルバムと仲間の声を聞いた我に返り、二人の方を向く。


「何が起きているのだと訊いているんだ!」

「わ、分かりません。ただ、状況からして敵軍の攻撃だと思われますが……」

「そんな事は俺も分かっている! 奴等は一体どんな攻撃をしてきているのだ!?」

「そ、そこまでは私も……」

「クソォッ、役立たずめ!」


 苛立ちのあまり答える事ができなかった騎士にゼルバムは八つ当たりをする。そんなゼルバムの姿を騎士達は僅かに困った様な顔で見ていた。

 突然仲間達が攻撃を受け、自分達が理解できない状況になったのだから取り乱すのも無理はない。しかし、それは普通の兵士ならの話だ。部隊を束ねる指揮官が取り乱したら兵士達も混乱し、士気や統率にも影響が出る。混乱する様な状況の時こそ、指揮官は取り乱す事無く兵士達を落ち着かせ、部隊を整える必要があるのだ。

 ところがゼルバムは先遣部隊の副指揮官、そして中央部隊を任されている者でありながら兵士達と同じように混乱し、部下に八つ当たりまでしている。指揮官としてあるまじき姿を見せるゼルバムに騎士達は哀れみを感じていた。

 騎士達から哀れに思われている事も知らずにゼルバムは遠くで爆発に呑まれ、倒れていく兵士や騎士達の姿を見ながらどうすればいいか考える。同時にやられてばかりで攻め込む事ができない兵士達を役立たずと思いイライラしていた。


「……おい、何かいい案はないのか!?」


 必死に考えたが結局いい案が思い浮かばず、ゼルバムは険しい顔で護衛の騎士に尋ねた。護衛の騎士はゼルバムを見た後に困り顔のまま小さく俯き考える。いくら指揮官としてあるまじき姿を見せるゼルバムでも自分達が忠誠を誓うデカンテス帝国の皇子なので見捨てる事無く知恵を貸そうと思っているようだ。

 ゼルバムは考え込む騎士を見ながら、早くしろと言いたそうな表情を浮かべている。ゼルバムはどんな指揮官だろうと見捨てずに助けようと考える騎士達の気持ちなど知らずに苛立ちを見せながら騎士を睨んでいた。


「……ここは飛竜団を動かすのが良いと思います。ワイバーンナイト達を上空から接近させ、あの爆発の原因を調べさせるのです。そして原因が分かり次第、上空から攻撃をさせ、その原因を排除させるのはどうでしょう?」

「飛竜団だな? よし、すぐに中央部隊のワイバーンナイトを全員動かせ。上空から敵を攻撃し、この混乱を治めるんだ!」


 騎士の出した案を検討する事も無く承諾したゼルバムは近くにいた別の護衛の騎士に飛竜団を動かすよう指示を出す。騎士達は考えもせず簡単に決めていいのかと思いながらゼルバムを見ている。

 ゼルバムは大陸に存在する国家の中でデカンテス帝国だけが所有している飛竜団を使えば敵を倒せると確信し、笑みを浮かべながら遠くにいる連合軍を見ている。その表情には先程まで見せていた焦りや苛立ちは無かった。


「連合軍め、俺を驚かせた事は誉めてやろう。だがそれもこれでお終いだ。ワイバーンナイト達を使って空中からお前等を殲滅させてやる。空中ではあの謎の爆発も起こせないだろうからな。ハハハハハッ!」


 手の平を返した様に余裕の笑い声を上げるゼルバム。その姿を見た護衛の騎士達はゼルバムは本当に戦争の事を何も分かっていないのだな、と呆れた表情を浮かべながら見つめていた。

 後方で待機していたワイバーンナイト達は出撃命令を受けると一斉にスモールワイバーンに騎乗する。準備の整ったスモールワイバーンは次々と上昇していき、連合軍の方へ飛んで行く。ゼルバム達は地上から敵地へ向かうスモールワイバーン達を見上げていた。


「ワイバーンナイト達は行ったか……よし、我々も動くぞ!」

「えっ? 我々も、ですか?」


 ワイバーンナイト達が出撃した直後に自分達も敵へ向かって行くと言い出すゼルバムに騎士は驚く。周りにいる他の兵士や騎士達もゼルバムの言葉に驚きながら一斉に彼の方を見た。


「そうだ。飛竜団が敵軍に攻撃すれば前線で起こっている爆発も止むはずだ。爆発が治まった瞬間に攻撃できるように今から我々も進軍するのだ!」

「お言葉ですが殿下、ワイバーンナイト達が攻撃してすぐに爆発が治まるとは限りません。ここはワイバーンナイト達にある程度攻撃をさせ、爆発が治まってしばらくしてから攻撃を仕掛けた方が安全かと……」


 連合軍に攻撃したからと言って必ず爆発が治まる訳ではないので安全である事を確信してから動いたほうがいいと騎士はゼルバムを説得する。他の騎士達も同感と言いたそうな顔でゼルバムを見ていた。


「何を言っている! それでは敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうだろう。相手に立て直す時間を与えないようにする為にも今から敵に向かって行くべきだ!」

「しかし、後方部隊には支援を行う魔術隊の魔法使い達もおります。彼等は後方からの支援を役割としておりますので、最前線へ出すのは酷かと……」

「奴等も帝国の魔法使いだ。帝国の為ならば自らに鞭を入れ、恐れずに危険な最前線へ出る事ぐらいできるはずだ!」


 ゼルバムの怒鳴る様な言葉に騎士達は全員黙り込む。今のゼルバムの言葉は魔法使い達に対してデカンテス帝国の為に特攻しろと言っている様にしか聞こえていなかった。


「すぐに後方部隊の者全員に伝えろ、これより敵地へ進軍する。皆、帝国の勝利の為に俺に続けとな!」

「か、かしこまりました……」


 騎士は目を閉じながら低い声で返事をする。その声からは無茶苦茶な命令を出すゼルバムに対する不満とゼルバムを説得できなかった自分に対する情けなさが感じられた。

 敵軍に突撃する事を待機している魔法使い達や他の兵士、騎士達に知らせる為に護衛の騎士は馬を走らせる。後方にいる兵士のほぼ全員にゼルバムの指示が伝わると後方部隊はゆっくりと進軍を始めた。ゼルバムも馬をゆっくりと歩かせて前進し始めるのだった。

 帝国軍の後方ではデージックが砲撃蜘蛛の攻撃を受けて混乱している中央部隊を見て驚愕の表情を浮かべている。連合軍の攻撃を受ける前に中央部隊を止めたかったが、結局間に合わずに中央部隊は連合軍の攻撃を受けてしまった。


「クソォ、何てことだ!」


 中央部隊を止められなかった事をデージックは悔しがる。近くにいた右翼と左翼の部隊長達も僅かに表情を歪めていた。

 敵の攻撃を受けて中央部隊が混乱している以上、もうデージック達では中央部隊を後退させる事はできない。後退させられるのは中央部隊を指揮する各部隊長だけだが、恐らく部隊長達も混乱しており、中央部隊を上手く動かすのは無理だろうとデージック達は思っていた。

 デージックは今も中央部隊にいるであろうゼルバムを心配し、どうすればいいのか考える。この時、デージックはゼルバムが連合軍に向かって進軍している事をまだ知らなかった。

 難しい顔でデージックが考え込んでいると彼の下に一人の騎士が走って来た。


「報告します! 連合軍の謎の攻撃によって中央部隊の被害は徐々に大きくなっています。このままでは中央部隊が全滅するのも時間の問題かと……」

「クッ!」


 騎士の報告を聞き、デージックは自分の手を力一杯殴る。何処かにこの悔しさをぶつけたいと思っていたが、それができない為、自分で自分の手を殴ったようだ。


「デージック卿、いかがいたしますか?」


 部隊長がこの後どうするかデージックに尋ねるとデージックは顔を上げて攻撃を受ける中央部隊を見つめる。どうすればいいのか、しばらく黙り込んでいたデージックは部隊長の方を向いて口を開いた。


「右翼と左翼の部隊を出撃させろ! 当初の予定通り、連合軍の側面に回り込ませるんだ。右翼と左翼の部隊が動けば中央部隊への攻撃も少しは弱まるはずだ」

『ハ、ハイ!』


 返事をした部隊長達は出撃の準備をする為に急いで右翼と左翼の部隊へ戻って行く。他にいい案が思い浮かばず、デージックは仕方なく最初に考えていた作戦を決行する事にしたようだ。

 指示を出したデージックは再び中央部隊の方を向き目を鋭くする。


「……頼む、持ち堪えてくれ」


 右翼と左翼の部隊が連合軍と接触するまで耐えてほしい、デージックは中央部隊を見つめながら呟く。同時にもっと早く右翼と左翼の部隊を動かしていればよかったと心の中で後悔する。

 連合軍側では砲撃蜘蛛達の連続砲撃によって吹き飛ばされる帝国兵達の姿を見てセルメティア王国とエルギス教国の兵士、騎士、魔法使い達が唖然としている。自分達よりも遥かに兵力の多かった帝国軍を圧倒し、次々と帝国兵達を倒していくその光景に驚き、同時に砲撃蜘蛛の圧倒的な力に小さな恐怖を感じていた。

 セルメティア王国軍とエルギス教国軍が驚いている中、ビフレスト王国軍の下級モンスター、青銅騎士達は何の反応を見せずに砲撃を受けている帝国軍を見ている。はたから見ればその姿は何も感じず、ただそこに立っているだけの人形の様だった。


「……帝国軍中央部隊はこちらの攻撃で総戦力の約二分の一を失っています」


 望遠鏡で帝国軍の中央部隊の様子を見ていたベイガードが敵の状況をダーク達に伝える。ベイガードの報告を聞いてザルバーンは驚きの表情、アリシアとノワールは当然、と言いたそうな表情を浮かべていた。


「確か斥候の報告では中央部隊の兵力は約四万だと聞いておる。その二分の一という事は、既に二万近くの敵を倒したという事になるな……」

「開戦してからまだそれほど時間が経っていないのに既に二万以上の敵を倒すとは……」


 ザルバーンとベイガードは遠くで爆発に呑み込まれる帝国兵達を見ながら話す。この時の二人は帝国軍を圧倒するビフレスト王国に対して頼もしさの他にビフレスト王国とは絶対に戦争をしてはいけないという恐怖の様なものを感じていた。

 二人が驚きながら帝国軍を見ている中、アリシアも望遠鏡を覗き込んで敵の様子を窺っている。そして、中央部隊の後方から騎士を背中に乗せたスモールワイバーンの群れが飛んで来るのを確認した。


「ダーク陛下! 帝国軍の飛竜団がこちらに向かってきます」


 アリシアは望遠鏡を覗くのをやめるとダークの方を向き、飛竜団が近づいて来る事を知らせる。アリシアの報告を聞いたダークとノワールはフッとアリシアの方を向き、ザルバーンとベイガードも目を見開きながらアリシアの方を見た。


「ようやく来たか」

「思ったよりも遅かったですね? もう少し早く動かすと思ったのですが……」


 ダークのノワールは緊張感の感じられない声を出す。アリシアも飛竜団を脅威に思っていないらしく、無表情で二人を見ていた。


「それで? 数はどのくらいなんだ?」

「確認できた数は二十五体でした。ただこれは飛んで来ているワイバーンの数で、まだ地上に待機しているワイバーンもいるかもしれません」


 アリシアは自分が確認したスモールワイバーンの数を教え、まだ飛んでいないスモールワイバーンもいるかもしれないという予想を伝えた。それを聞いたダークは腕を組みながら中央部隊の方を見る。そして空を飛んでいる無数の小さな影を見つけた。

 ダークはサブ職業クラスであるハイ・レンジャーの能力の一つである鷲眼しゅうがんを使って敵を確認する。スモールワイバーンの背中に剣や槍を握りながら乗っている帝国の騎士らしき者達、噂の帝国飛竜団のワイバーンナイト達を見てダークは少し楽しそうに笑う。


「あれがワイバーンナイトか……確かに普通の騎士と比べると少しは手強そうだな」


 ワイバーンナイト達を見てダークは余裕の口調で呟く。ダークにとっては帝国の精鋭部隊である飛竜団もその程度の敵でしかなかった。


「ダーク陛下、飛竜団はどう対処されるおつもりですか?」

「奴等は空を飛んでいる上に機動力も高いです。あの蜘蛛のモンスターの攻撃でも当てるのは難しいと思いますが……」


 ザルバーンとベイガードは少し不安そうな表情を浮かべながらダークにどうするか尋ねる。先程までは地上を走るだけの歩兵だけを相手にしていたので脅威は感じられなかったが、今度は空中を移動するワイバーンナイト達が相手だ。先程の様に余裕の戦いを行う事はできないだろうと二人は感じていた。

 ダークは心配そうな顔で自分を見ているザルバーンとベイガードを見ると目を薄っすらと赤く光らせて小さく笑う。


「心配無用だ。既に飛竜団を迎え撃つ準備は整っている」

「ほ、本当ですか?」


 空の敵と戦う為の戦術も用意してある事を聞かされ、ザルバーンとベイガードは意外そうな表情を浮かべる。アリシアもいよいよダークから聞かされていた飛竜団と戦う手段が見られると興味のありそうな顔を見せた。

 ダークはアリシア達が注目する中、腰のポーチに手を入れてオレンジ色のメッセージクリスタル、ヴァレリアが開発したメッセージクリスタルを取り出してそれを顔に近づけて使用する。


「砦内の対空部隊に命じる。敵の空中戦力が現れた、全力で全ての敵を撃破せよ!」


 メッセージクリスタルに向かってダークは低く、力の入った声を出す。その姿をアリシア達は黙って見ていた。

 命令が済むとダークが持っていたメッセージクリスタルは高い音を立てながら砕け散る。その直後、砦の中から音が聞こえ、ダーク達は砦の方を向いた。すると城壁の向こう側から多くのモンスターが飛び上がって姿を見せる。その光景にアリシア、ザルバーン、ベイガードは驚く。

 砦から出て来たモンスターは全て空を飛ぶ事ができる飛行モンスターだが、昆虫族、鳥族、悪魔族、など多数の種族がいた。これらもダークがサモンピースで召喚したモンスター達だ。その中には中級モンスターらしきモンスターもおり、明らかに地上にいるモンスターよりも強そうだった。

 空を飛ぶモンスター達は下を向き、地上から自分達を見上げているダーク達に視線を向ける。ダークは飛んでいるモンスター達を見てから帝国軍の方を向き、飛んで来る飛竜団を指を差した。


「敵は帝国飛竜団のワイバーンナイト達だ! 連中を全て片付けたら地上にいる帝国兵達を攻撃しろ。逃げる者、戦意を失った者には手を出すな。向かってくる者のみ攻撃しろ」


 ダークが命令すると空中のモンスター達は一斉に飛竜団の方へ飛んで行く。上空を通過する無数のモンスター達の姿にアリシアはおおぉ、という顔をし、ザルバーンとベイガードは目を丸くしながらモンスター達を見上げている。

 ダーク達が上空のモンスター達を見上げているとノワールが帝国軍の右翼と左翼の部隊が動き出した事に気付いて目を鋭くした。


「マスター、帝国軍の右翼と左翼が動き出しました」


 ノワールが帝国軍の動きをダークに知らせるとダークやアリシア達は帝国軍の方を見る。確かに右翼と左翼の部隊がゆっくりとこちらに近づいて来ていた。


「敵指揮官も中央部隊が危ないと感じてようやく他の部隊を動かしたか」

「マスター、どうしますか?」

「半分近く中央部隊の戦力を削ぐ事ができたんだ。予定どおり中央部隊への砲撃をやめて砲撃蜘蛛達に右翼と左翼を砲撃させる。同時に待機させてあるストーンタイタン達を三つに分けて敵軍を攻撃させろ」

「我が国のモンスター達も中央部隊に向かわせて構いませんか?」

「ああ」

「分かりました。僕が指示を出しておきます」


 そう言ってノワールは懐からオレンジ色のメッセージクリスタルを取り出して各モンスター達に指示を出す。ダークはノワールが指示を出す姿を見ると再び中央部隊に視線を向ける。アリシア達も中央部隊、そして近づいて来る右翼と左翼の部隊が今後どう動くのか考えながら真剣な表情で見つめた。


――――――


 中央部隊の飛竜団は空中から連合軍に攻撃を仕掛ける為に真っ直ぐ敵陣に向かって移動している。スモールワイバーンの背に乗るワイバーンナイトは片手に剣や槍を持ち、もう片方の手で手綱を器用に扱ってスモールワイバーンを操った。


「間もなく敵がこちらの攻撃範囲内に入る。範囲内に入り次第、各自敵巨人、及び歩兵に攻撃を仕掛けろ。そして攻撃を行いながら地上部隊を襲う爆発の原因を調べ、原因が発覚次第、それを排除する!」

『ハッ!』


 先頭を飛ぶスモールワイバーンに乗るワイバーンナイトが大きな声で後ろにいるワイバーンナイト達に指示を出し、他のワイバーンナイト達は声を揃えて返事をする。どうやら先頭を飛ぶ彼がワイバーンナイト達の隊長のようだ。


「しかし、四万の中央部隊を圧倒するとは、敵軍の中にはそれだけ手強い存在がいるという事か?」


 隊長であるワイバーンナイトが前を見ながらブツブツと呟く。空中を移動する時の風の音でその声は掻き消されているせいか、他のワイバーンナイト達には隊長の声は聞こえていない。

 帝国飛竜団は誰でも入団できる訳ではない。厳しい訓練を受け、スモールワイバーンを手懐けた者だけが入団する事ができるデカンテス帝国でも指折りのエリート部隊だ。彼等が前線に出た戦いで帝国軍が敗北した事は一度もない。それだけ飛竜団は優秀な部隊という事だ。そんな優秀な飛竜団が十万対一万強の戦いで出撃を命じられた為、隊長は連合軍の戦力を警戒していた。


「まぁ、我々が見た事の無い岩の巨人や蜘蛛のモンスターを従えているのだ。帝国が今まで戦って来た国とは全く違う相手である事は間違いないだろうな……」


 隊長は過去に飛竜団が参加した戦いを思い出しながら連合軍が用意した戦力や使って来る戦術が過去の敵達とは違うと感じていた。今回は今までと違う戦いをした方がいいのだろうか、そんな事を考えながら隊長は部下達を率いて連合軍の陣地へ移動する。

 しばらく空中を移動すると飛竜団は連合軍がよく見える所まで近づいた。ワイバーンナイト達はスモールワイバーンを止めて空中から連合軍の様子を窺う。すると、ワイバーンナイト達は連合軍の後方で蜘蛛のモンスターが背中に付いている筒状の物から何かを地上部隊に向かって飛ばしているのを確認した。


「……成る程、爆発はあの蜘蛛のモンスターが起こしていたのか。爆発の原因が分かれば、対処法は簡単だ」


 爆発の原因が分かり、自分達がまず何をするべきか理解した隊長は部下のワイバーンナイト達の方を向く。


「我々はまず、敵部隊の後方にいる蜘蛛のモンスターを攻撃する。そうすれば地上部隊を襲う爆発も止み、地上部隊は進軍する事ができる。その後、我々は敵地上部隊と敵巨人の攻撃に移る!」


 隊長は遠くにいる仲間にも聞こえるよう、大きな声でやるべき事を伝える。隊長指示が聞こえたのか部下のワイバーンナイト達は隊長の方を見ながら無言で頷いた。

 部下全員に指示が届いたのを確認した隊長は前を向いて手綱を強く握る。


「よし! 全員、敵地に向かって突げ……」


 隊長が突撃を命じようとした瞬間、隊長の真横を何かがもの凄い速さで通過した。その直後、後ろから部下の叫ぶ声が聞こえ、隊長は咄嗟に振り返る。そこには頭部を無くし、首から血を噴き出している部下の姿があった。

 周りにいる他のワイバーンナイト達は仲間の首が無くなり、血を噴き出す姿に恐怖する。首を失ったワイバーンナイトは糸の切れた人形の様にゆっくりと横に倒れ、空を飛ぶスモールワイバーンから地上に落下していった。


「な、何だ! 何が起きた!?」


 隊長は声を上げて何が起きたのか確認しようとすると、今度は小さい何かが勢いよく飛んで来て一人のワイバーンナイトの首に命中する。隊長達がワイバーンナイトの首を見ると、ワイバーンナイトの首には一本の矢が刺さっていた。

 矢を受けたワイバーンナイトは掠れた様な声を出しながら落下していき、隊長や他のワイバーンナイト達は驚愕の表情を浮かべながら矢が飛んで来た方を見る。連合軍の陣営がある西の方角、数百m先に無数のモンスターが飛んでいる姿があり、それを見た飛竜団は更に驚いた表情を浮かべた。

 飛んでいるモンスターの中には紺色と薄い青の体をしたグリフォン。紫色の体に銀色の鎧、弓矢を装備した人型の悪魔。体長1mはある銀色の隼。そして前肢に大きな鎌状の刃を付けた体長2m程の黒と青のトンボのモンスターなど、約四十体ほどのモンスターがいる。ダークが対飛竜団用に用意した飛行モンスター達だ。

 

「モ、モンスター、だと? まさか、アイツ等も連合軍が支配しているモンスター達なのか……」


 隊長が僅かに震えた声で呟き、ワイバーンナイト達は遠くで自分達を見ている大量のモンスター達を見て固まる。

 トンボのモンスターの鎌状の刃にはべったりと血が付いており、それを見たワイバーンナイト達は最初に仲間があのトンボのモンスターに首を刎ねられたのだと気付く。このトンボのモンスターは嘗てダークが亜人連合軍との戦いで召喚した死神トンボだ。

 紺色と薄い青の体をしたグリフォンはダークグリフォンと言う獣族中級モンスターで攻撃力、機動力共に高く、魔法も使う事ができる。獣族モンスターの中では強い方だ。

 鎧と弓矢を装備した悪魔はデビルアーチャー。下級の悪魔族モンスターで対飛竜団用のモンスターの中では最もレベルが低い。だが弓矢の射程は長く、LMFでは後方支援として使えるモンスターとなっている。

 そして銀色の隼はハンターファルコン。鳥族の下級モンスターで機動力が非常に高く数体の群れで行動する為、LMFをやり始めたばかりのプレイヤーからは遭遇したくないモンスターの一体と言われていた。

 どのモンスターも異世界には存在しないモンスターである為、情報を持っていないワイバーンナイト達に強い圧力をかけていた。


「隊長、何なんですか、あのモンスター達は? どのモンスターも見た事が無い奴ばかりです」

「……俺にも分からん。ただ、俺達の敵である事は間違いないようだ」


 隣にいる部下の質問に隊長はモンスター達を見ながら低い声で答える。他のワイバーンナイト達も持っている武器と手綱を強く握りながら未知のモンスター達を見ていた。

 地上にいる岩の巨人や蜘蛛のモンスターだけでなく、空中にも未知のモンスターが存在している。隊長は連合軍は未知のモンスターをどれほど支配しているのか考えながらジッと目の前にいるモンスター達を見つめた。


「た、隊長、どうしますか?」


 部下のワイバーンナイトがこの後どうするか尋ねてきた。他のワイバーンナイト達もどうすればいいのか分からずに隊長が答えるのを待っている。すると隊長は手綱を持つ手に力を籠め、持っている剣をゆっくりと構えた。


「やるしかないだろう。我々の任務は地上にいる連合軍を攻撃し、地上部隊を導く事だ。その為なら例え敵が未知のモンスターだろうと立ち向かう。それに相手は見たところ、鳥族や昆虫族のようなモンスターばかりだ。下級とは言え、ドラゴン族であるスモールワイバーンの敵ではない」


 帝国の勝利の為に飛竜団の役目を全うする、隊長の言葉に闘志を燃やしたのかワイバーンナイト達は先程まで感じていた恐怖を押し殺して武器を握り、遠くにいるモンスター達を見て構えた。

 部下達の士気高まったのを確認した隊長は視線をモンスター達に戻して剣を掲げる。


「我々は帝国の誇り高き飛竜団員、モンスター如きに後れを取る事などあり得ない! 自分に力を、そして相棒である竜の力を信じて戦うのだ!」

『おーーっ!』


 隊長の言葉に全てのワイバーンナイトも武器を掲げて声を上げる。デカンテス帝国の精鋭部隊である飛竜団の誇りに賭けて必ず勝つとワイバーンナイト達は誓った。


「全員、突撃ぃ!」


 声を上げながら隊長は自分が乗るスモールワイバーンを突撃させ、部下のワイバーンナイト達も一斉にスモールワイバーンを操ってモンスター達に向かって行く。ダークが召喚した飛行モンスター達も向かってくるワイバーンナイト達を一斉に突撃した。

 最初は敵の正体も分からずに奇襲を受けた為、仲間を二人失ってしまったが、正体がモンスターである事、種族や数がどれ程であるかを理解した今なら例え始めて見るモンスターが相手でも絶対に負けない自信がワイバーンナイト達にはあった。

 ワイバーンナイトと飛行モンスター、二つの戦力が大平原の上空でぶつかり、戦いが始まる。

 最初に動いたのは飛竜団だった。先頭を飛んでいる隊長と二人のワイバーンナイトが乗るスモールワイバーンが大きく口を開け、炎を吐いてモンスター達に攻撃する。相手は鳥族や昆虫族のモンスターなので炎のブレスが効果的だと思ったのだろう。何よりも、人間である自分達が攻撃するよりも大きなダメージを与えられると思っていた。

 スモールワイバーンが吐いたブレスは真っ直ぐモンスター達に向かって行く。モンスター達は素早く四方に移動してスモールワイバーンのブレスを回避した。


「チッ! なかなか素早いモンスターだ」


 隊長はブレスを簡単にかわした敵モンスターを見て悔しそうに舌打ちをしながら剣を構える。他の二人も剣と槍を構えて回避したモンスター達をジッと睨んだ。

 ブレスを回避したモンスター達は反撃する為に一斉に飛竜団に向かって行った。機動力に長けているハンターファルコンとダークグリフォン、そして死神トンボはもの凄い速さで近づく。

 向かってくるモンスター達をワイバーンナイト達はスモールワイバーンのブレスで応戦する。だがモンスター達はブレスを華麗に避けてワイバーンナイト達の目の前まで接近した。近づいて来たモンスター達をワイバーンナイト達は持っている武器で迎え撃つ。

 ワイバーンナイト達の周りにはモンスター達が取り囲む様に集まり攻撃する。ワイバーンナイト達は武器を振る回してモンスター達を攻撃し、スモールワイバーンも集まるモンスター達を鬱陶しく思っているのか竜尾を振ったり、ブレスを吐いたりなどして応戦した。だが、攻撃はなかなか当たらず、少しずつワイバーンナイトやスモールワイバーンに疲れが出始める。


「クソォ、種族的にはスモールワイバーンの方が力は上のはずなのに、なぜこうも苦戦する!」


 剣を振る回しながら隊長はモンスター達を倒せない事に対して苛立ちを見せる。彼も決して力任せに剣を振っている訳ではない。敵がどう動くか予測して攻撃が当てるように攻撃をしているのだ。だが、それでも攻撃を当てる事ができない。それはそれだけモンスター達の機動力、回避力が高いという事だった。


「このまま攻撃しても埒が明かない。なら一度距離を取って態勢を……」


 モンスター達と戦っていた隊長は態勢を立て直す為に一旦モンスター達から離れようとスモールワイバーンの手綱を引こうとする。すると、後ろの方から仲間の叫ぶ声が聞こえ、隊長や他のワイバーンナイト達は叫び声のした方を見た。

 ワイバーンナイト達の視線の先には体中をハンターファルコンの群れについばむられたり、足の爪で引っかかれたりなどされ、傷だらけになった仲間の姿があった。そして彼が乗っているスモールワイバーンもハンターファルコンの攻撃を受けて傷だらけになっている。

 傷だらけとなり、体中から大量に出血しているワイバーンナイトはとても辛そうにしている。だがそれでも持っている武器とスモールワイバーンの手綱は放さなかった。彼のワイバーンナイトとしての誇りがそうさせているのだろう。

 だがモンスター達は決して容赦しなかった。群がっていたハンターファルコン達は一斉にワイバーンナイトから離れる。そこへ死神トンボがもの凄い速さで飛んで来て前肢の刃でワイバーンナイトと彼が乗るスモールワイバーンの体を切り裂いた。

 止めを刺されたワイバーンナイトとスモールワイバーンは落下していき、その光景を近くで見た数人のワイバーンナイト達は驚きの反応を見せる。そして、そんなワイバーンナイト達に周りにいるモンスター達は無慈悲に襲い掛かった。

 仲間が殺された光景を目にして隙だらけになっていたワイバーンナイト達はモンスター達の攻撃で大きなダメージを受ける。

 攻撃を受けて我に変えたワイバーンナイト達は反撃しようとするが態勢を立て直す事ができない。態勢を直そうとする中、ワイバーンナイト達は死神トンボの切り裂き、デビルアーチャーの矢、ダークグリフォンの引っ掻きなどを受けて一人ずつ倒されていった。


「ク、クソォ! なんて奴等だ!」

「連合軍め、何処であんなモンスター達を見つけたんだ!」


 攻撃を受ける中、何とか態勢を立て直したワイバーンナイト達はスモールワイバーンは操り、モンスター達から距離を取る。そしてモンスター達をスモールワイバーンのブレスで攻撃するがまた避けられてしまう。

 ワイバーンナイト達はブレスを避けたモンスター達を見て悔しさのあまり奥歯を噛みしめた。そんなワイバーンナイトの一人の背後でダークグリフォンが鷲の口を大きく開ける。そして口から紫の光弾を放ってワイバーンナイトを背後から攻撃した。闇属性魔法のダークスピリッツを使ったのだ。

 ダークグリフォンの魔法を受けたワイバーンナイトは断末魔を上げてスモールワイバーンから落下する。ワイバーンナイトを失ったスモールワイバーンはどうすればよいのか分からずにその場を動かずに飛び続けていた。


「な、何という事だ……」


 精鋭であるはずのワイバーンナイトが次々と倒されていく光景に隊長は驚きを隠せずにいる。何の情報も無いとはいえ、飛竜団がモンスターに押されるとは思ってもいなかったようだ。

 隊長が驚いている間も部下のワイバーンナイト達は次々と倒されていく。気付けば残っている部下のワイバーンナイトは僅か七人となっていた。しかも全員が傷だらけでいつ倒されてもおかしくない状態だ。

 ドラゴン族であるスモールワイバーンを操る自分達が未知のモンスターに負けるはずがない、多少苦戦するくらいだろうと隊長は最初、そう思っていた。だがそれは愚かで甘い考え方だったと、この時になって隊長やようやく自分の過ちに気付く。しかし、時すでに遅し、気付いた時には多くの部下を失っていた。

 隊長が後悔している間もモンスター達は攻撃の手を緩めなかった。ハンターファルコンの群れがスモールワイバーンを取り囲み、あらゆる方角からスモールワイバーンとワイバーンナイトを攻撃する。必死で抵抗するがそれも空しく、ワイバーンナイトとスモールワイバーンは倒されて地上へ真っ逆さまに落ちていく。

 離れた所では二体のダークグリフォンが口から紫の光弾を放ちワイバーンナイトを攻撃している。放たれた光弾は二体のスモールワイバーンに一発ずつ命中し、攻撃を受けたスモールワイバーン達は背に乗せているワイバーンナイトと共に落下していった。


「クッ、ふざけやがってぇ!」


 仲間が倒されていく中で臆する事無く必死に戦うワイバーンナイトもいた。スモールワイバーンを操り、ブレスで攻撃させるがやはりモンスター達には当たらない。

 何度やってもブレスが命中せず、ワイバーンナイトは何か攻撃を当てる方法がないか考える。そんなワイバーンナイトの背後から無数の矢が雨の様に降って来た。矢はワイバーンナイトの背中やスモールワイバーンの体に刺さり、矢を受けたワイバーンナイトはスモールワイバーンと共に落ちる。その光景を離れた所から無数のデビルアーチャーが見ていた。先程の矢は彼等の攻撃によるものだったようだ。

 その後もモンスター達の無慈悲と言えるような猛攻は続き、ワイバーンナイトは一人、また一人と倒され、とうとう隊長一人になってしまった。


「ば、馬鹿な、全滅だと……」


 敵を一体も倒せず、部下を全員殺された事に隊長は固まる。そんな隊長をモンスター達は360度全方向から取り囲んで逃げ道を完全に塞いだ。逃げる事もできなくなり、普通なら戦う事を諦める状況だが、隊長は諦める様子を見せず、剣を握る手に力を入れた。


「……普通ならこの時点で諦めるが、このまま諦めたら死んでいった部下達に合わせる顔がない。なら、最後まで抵抗して死んでやるさ!」


 隊長は声を上げながらスモールワイバーンの手綱を引き、前に集まるモンスター達に向かって突撃する。

 たった一人でモンスター達に勝てるはずがない、隊長自身もその事は分かっている。だが、死んだ仲間達の為にも最後まで諦めずに戦おうと隊長は考えていた。何より、自分の甘い考え方が部下達の死を招いてしまったので、その償いをする為にも最後まで戦わなければならないと思っていたのだ。

 隊長は剣を振り上げながらモンスター達に突っ込んでいき、そんな隊長に一体の死神トンボが向かって行く。死神トンボは右前肢の刃を振り上げると加速して一気に隊長との距離を縮めた。

 一瞬で目の前まで近づいた死神トンボに隊長は一瞬驚きの表情を浮かべる。自分は死ぬ、そう理解した隊長だったが、不思議と恐怖は感じない。寧ろ、安心した様な気持ちになっていたのだ。


「……これで、アイツ等に会えるな」


 死んだ部下達に会う事ができる、そして謝る事ができる。そう感じた隊長は小さく笑う。そんな死を受け入れた隊長に死神トンボは刃を振り下ろした。


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