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暗黒騎士と聖騎士の異世界戦記  作者: 黒沢 竜
第十四章~帝滅の王国軍~
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第百六十九話  ゼルバムの愚行


 突然連合軍に現れた数体の大型モンスターを見て帝国軍の兵士や騎士達は驚きと戸惑いの表情を浮かべている。僅か一万程度の兵力だと思っていた連合軍がまだ戦力を、それも見た事の無いモンスターを隠していたのだから驚くのも無理はない。

 帝国軍の中には未知のモンスターを目にして恐怖を感じる者もおり、自分達は勝てるのか、と不安を口にする者も出て来た。そんな帝国軍の中央の部隊にいるゼルバムは馬に乗りながら兵士達と同じように現れた大型モンスター達を見ている。ただゼルバムは他の兵士達とは違い、何処か悔しそうな表情を浮かべていた。


「……ビフレスト王国め、あんなモンスター達を隠していたか。小賢しい真似を!」


 砦から出て来た大型モンスター達がビフレスト王国のモンスターだと気付いたゼルバムは険しい表情を見せながら僅かに力の入った声を出す。その声からはデカンテス帝国でも見た事がない未知のモンスターを支配する事ができるビフレスト王国に対する嫉妬心が感じられた。

 ゼルバムが大型モンスター達を睨んでいるとゼルバムの下に五人の騎士が馬に乗って近づいて来る。この五人の騎士がデージックの用意したゼルバムの護衛部隊の隊員達だ。


「ゼルバム殿下、一度軍の後方までお下がりください」

「何? どういう事だ?」


 護衛の騎士から後退するよう言われ、ゼルバムは少し驚いた表情を浮かべながら騎士の方を向く。


「先程、デージック卿から殿下を安全な後方へお連れするよう指示を受けました。我々と共にデージック卿のいらっしゃる所まで後退してください」

「なぜわざわざ後退する必要がある? 大型とは言え、砦から出て来たモンスターの数は僅か十二体だぞ。十二体のモンスターが出てきたところで十万の兵力を持つ帝国軍には何の影響もないだろう」

「敵は我々の知らない未知のモンスターです。数で勝っているとしても何の情報も無い状態で正面から攻撃をするのは危険すぎます。一度後退し、敵の様子を伺いながら作戦を練り直す必要があるというデージック卿の指示です」


 情報の無い未知のモンスターが現れた以上、帝国軍は普通に正面から攻撃を仕掛ける様な行動は控え、慎重に動かなくてならない。騎士は新しい作戦が思いつくまで皇子であるゼルバムを安全な自分の近くまで移動させるというデージックの考えをゼルバムに伝える。その考えは尊敬する皇子であり、大切な部下であるゼルバムを守ろうというデージックの優しさでもあった。

 

「さぁ殿下、後方の拠点へ下がりましょう」

「……いや、後退はしない。このまま突撃する」

「えっ?」


 ゼルバムの口から出た言葉に護衛部隊の騎士達は驚きの表情を浮かべてゼルバムの方を見た。


「殿下、今何と?」

「このまま中央部隊は当初の作戦どおり突撃すると言ったのだ」

「殿下、いくら何でもそれは危険すぎます! 先程もお話ししたように現れたモンスター達の事が何も分からない状態で突撃すれば返り討ちに遭ってしまいます」

「お前達こそ何を言っている! いくら未知のモンスターだからと言って十万の兵力で攻撃し、帝国軍が負けると本当に思っているのか?」


 騎士達の説得を聞かず、ゼルバムは後退せずに攻撃を仕掛けると言う考えを変えようとしない。いくら見た事の無いモンスターが敵軍にいるとは言え、敵の情報が無いだけで守りに入る様な行動を取る事は帝国至上主義者であるゼルバムのプライドが許さなかったのだ。

 更にゼルバムは連合軍が砦から大型モンスターを出した光景を見て、連合軍がモンスターを見せびらかしていると感じたのか、その事に腹を立てており、連合軍を叩きのめしてやるという気持ちで頭の中が一杯になっている。その為、今のゼルバムは突撃する事以外は考えていなかった。

 帝国軍なら未知のモンスターが相手でも絶対に負けない、そう信じ切っているゼルバムを見て騎士達は僅かに表情を歪ませる。ゼルバムはそんな騎士達の反応を見て目を細くした。


「何だ? お前達は帝国軍があんな奴等に負けると思っているのか?」

「い、いえ、そんな事は……」

「なら俺と共に来い。そしてビフレスト王国や同盟国の連中に帝国の力を見せつけてやれ!」

「で、ですが、先遣部隊の総指揮官はデージック卿です。デージック卿の許可が無い以上、攻撃を仕掛けるのは……」

「責任は俺が取る。だから中央部隊の連中全員に突撃命令を出せ!」


 皇子であるゼルバムが責任を取ると言い出し、それを聞いた護衛の騎士達は全員口を閉じた。

 自分達が忠誠を誓っているデカンテス帝国の皇子が全ての責任を取ると言い出せば帝国軍の兵士や騎士にはもうそれを止める事も反対する事もできない。


「……かしこまりました」


 何も言えずに騎士は渋々了承し、他の護衛の騎士や近くにいる部隊長達に指示を出しに行く。

 ゼルバムは護衛の騎士達が周囲の兵士達に指示を出す姿を見て、周囲に気付かれないよう小さく不敵な笑みを浮かべる。実はゼルバムは騎士達には自分が責任を取るとは言っていたが、本心では責任を取る気など全く無く、何か遭ったら他の部隊長、もしくは護衛の騎士達にその責任を取らせようと思っていたのだ。

 未知のモンスターと戦うとなれば帝国軍が被害を受ける事はゼルバムでも分かっていた。だが、開戦を意味する最初の戦いで勝利したいと思っていたゼルバムは勝つ為なら多少の犠牲は仕方がない事だと考え、デージックからの後退指示を無視し、自分がいる中央の部隊を突撃させ、数で連合軍を押し切ろうとしているのだ。

 これでもしゼルバムの動かした中央の部隊が連合軍を倒せばその功績はゼルバムのものとなり、逆に失敗してしまって他の部隊長達が勝手に動いたと嘘をついて他の誰かに責任を押し付けてしまえばいいとゼルバムは思っている。

 帝国至上主義者である自分が言えば殆どの貴族や兵士達がそれを信用し、他の者に責任を取らせるだろうとゼルバムは確信していたのだ。しかし、それ以前にゼルバムは帝国軍が負けるなどとは思っていなかった。

 中央の部隊全体に突撃するという指示が伝わると護衛の騎士達はゼルバムの下へ戻り無言で頷く。それを確認したゼルバムは二ッと笑って連合軍の方を向いた。


「皆の者! 図体のデカいだけのモンスターに怯える事は無い。数ではこちらが遥かに勝っている、モンスターに頼る事しかできない腰抜けどもに帝国軍の力を見せつけてやれぇ!」


 ゼルバムの力の入った声を聞き、中央部隊の兵士や騎士達は声を上げる。どうやら彼等もゼルバムと同じで数で押せば見た事の無いモンスターが相手でも勝てると思い込んでいるようだ。

 兵士達の士気が高まるのを確認したゼルバムは腰に納めてある剣を抜き、数km先の連合軍に剣を向けた。


「全軍、突撃せよぉ!」


 ゼルバムの号令に中央部隊の兵士達は一斉に連合軍に向かって走り出す。ゼルバムはその場を動かずに突撃する兵士や騎士達を見て笑っていた。自分の号令で動いた兵士達を見て気分を良くしているようだ。

 この時のゼルバムはまだ気付いていなかった。現れた大型モンスターが決して弱い存在ではない事を、そして自分のこの独断が帝国軍を窮地に立たせることを。

 後方にあるテントの中ではデージックが連合軍とどう戦うか右翼と左翼の指揮を任されている部隊長達と話し合っている。この時のデージック達はまだゼルバムが中央部隊が突撃した事に気付いていなかった。


「やはりここは飛竜団を使って空からあの岩の巨人を攻撃を仕掛けるのが得策だと思います」

「しかし、敵の中には魔法使いもいるはずです。魔法でワイバーンを攻撃して来る可能性もあるのでは?」

「飛竜団のスモールワイバーンは普通のワイバーンと比べて機動力が高い。素早く飛び回るスモールワイバーンに魔法を命中させるなどほぼ不可能だ。魔法で撃ち落とされる心配は無い」


 部隊長達は未知の大型モンスターを攻略する方法を話し合い、デージックはそれを聞きながら腕を組んで俯いている。


(確かにワイバーンナイト達ならあの岩の巨人を倒せるかもしれない。あの巨人、見た目からして動きは遅く、スモールワイバーンの攻撃を回避するのは難しいだろう。やはり飛竜団を使うべきなのか?)

「デージック卿」


 頭の中で作戦を考えているデージックに部隊長が話しかける。声を掛けられたデージックはフッと反応し、声を掛けて来た部隊長の方を見た。


「ん? ああぁ、どうした?」

「我々は飛竜団を使って空からあの巨人を攻撃しようと考えていますが、デージック卿は他に何か作戦はありますか?」

「……いや、私もそれでいいと思う。他に良い作戦が思いつかないからな。ただ、あの巨人以外にも蜘蛛のモンスターもいるのだ。巨人ばかりではなくその蜘蛛のモンスターも警戒しながら攻撃した方がいい」

「分かりました。では早速各部隊のワイバーンナイト達に作戦を――」

「デージック卿!!」


 デージック達が作戦を練り直していると一人の騎士がテントの中に慌てて飛び込んで来た。デージック達はそんな騎士の様子に少し驚きの反応を見せる。


「何事だ?」

「た、大変です! 中央の部隊が敵軍に向かって突撃を開始しました!」

「何だとっ!?」


 騎士からの知らせを聞いてデージックは思わず声を上げた。部隊長達も全員が驚愕の表情を浮かべながら知らせに来た騎士を見ている。


「どういう事だ! 我々はまだ攻撃開始の指示は出していないぞ!?」

「わ、分かりません。左翼の部隊に敵を警戒するよう知らせに行く途中、中央の部隊が勝手に動き出して……」


 やや興奮気味の部隊長に騎士は怯えた様子で説明をする。騎士の説明を聞いた部隊長達はお互いの顔を見合って、どうなっているんだと困惑した表情を浮かべた。

 デージックはなぜ中央の部隊が勝手に動いたのか、難しい顔をしながら考える。するとデージックは何かに気付いた様にふと顔を上げて隣にいる部隊長の方を見た。


「おい、そう言えばゼルバム殿下は何処におられる? あと、中央部隊の部隊長達は?」

「いえ、私は見ておりませんが……」


 ゼルバムと中央部隊を指揮する部隊長達がいない事を聞かされたデージックは僅かに驚きの表情を浮かべ、速足でテントから出る。部隊長達はテントから出て行くデージックを見て慌てて彼の後を追う。

 テントを出たデージック達は連合軍の砦がある西を見る。そこには確かに中央部隊の兵士、騎士達が一斉に連合軍に向かって走って行く光景があった。それを見たデージックや部隊長は愕然とし、右翼と左翼の兵士達はなぜ中央部隊が動いたのか不思議そうに見ている。


「どうなっている? どうして中央部隊が勝手に攻撃を……」


 微量の汗を掻きながらデージックは連合軍に突撃する中央部隊を見ており、部隊長達も同じように汗を掻きながら中央部隊を見ている。


「急いで中央部隊に後退させろ! 敵との戦闘が始まったら後退させるのが難しくなってしまう。その前に止めるんだ!」

『ハ、ハイ!』


 デージックの指示を受け、部隊長達は慌てて動き出す。部隊長達に指示を出したデージックは拳を強く握りながら鋭い目で中央部隊を見つめる。

 

「中央部隊には殿下がおられるはず、急いでなんとかせねば……」


 ゼルバムの姿が無い事からデージックはゼルバムがまだ中央部隊にいると気付いており、ゼルバムを守る為に何としても中央部隊が連合軍と接触する前に後退させなくてはならないと焦りを見せる。

 この時でさえ、デージックはゼルバムが皇子と副指揮官の立場を利用して中央部隊を独断で動かしたとは思っていなかった。ゼルバムがそんな愚かの事をする訳がないと考えていたのだ。

 デージックはゼルバムを守る為に一刻も早く中央部隊を止めなくてはいけない、その事だけを考えていた。

 その頃、連合軍側もストーンタイタンを前に突撃して来る帝国軍の中央部隊を見て驚いていた。


「どういう事だ? 未知のモンスターであるストーンタイタンを目にしたのに正面から突撃して来るなんて……」


 アリシアは帝国軍の行動の意味が分からずに驚きの表情を浮かべている。ダークも兜の下で意外そうな顔をしており、ノワール、ザルバーン、ベイガードもアリシアと同じように驚いて帝国軍を見ていた。


「何の情報も無い大型モンスターに真正面から突っ込むなんて、無謀にもほどがある。帝国軍は何を考えておるのだ?」

「もしかして、正面から挑んでもあの巨人達を倒す秘策があるのではないでしょうか?」


 帝国軍が何かの作戦で動いているというベイガードの言葉にザルバーンは難しい表情を浮かべながら帝国軍を見つめる。領土や人口、技術が周辺国家と比べて優れているデカンテス帝国なら自分達が想像もつかない作戦を思いつくのも考えられるとザルバーンは感じていた。


「……マスター、どう思われますか?」


 ザルバーンとベイガードの隣に立つノワールはダークを見上げて声を掛ける。ノワールも帝国軍はなぜ正面から突撃して来たのか理由が分からなかった。

 アリシアもダークの方を向いて彼の考えを聞きたがっている様子を見せていた。ダークは腕を組みながら帝国軍の中央部隊を見つめる。


「……恐らく、帝国軍には何の秘策も無いだろう」

「秘策が無い?」

「ああ、何も考えずに突っ込んで来ているだけだ」


 ダークが出した答えを聞いてアリシアとノワールは少し驚いた表情を浮かべた。ザルバーンとベイガードもダークの話を聞いて驚きながらダークの方を向く。


「何も考えていない……それはどういう事ですか、ダーク陛下?」


 意味が理解できないベイガードが尋ねるとダークはゆっくりと中央部隊を指差した。


「向かって来ている兵士達の隊列が乱れている。もし何かの作戦で動いているのだとしたら、隊列を整えながら慎重に進むはずだ。なのに敵は隊列を乱して走って来ているという事は何の作戦も立てずに特攻しているという証拠だ」

「し、しかし、何かの作戦を立てており、向かって来ている部隊が囮である可能性もあるのでは?」

「囮だとしても隊列ぐらいは整えるはずだ。それに何かの作戦だとすれば右翼と左翼の部隊とも上手く連携が取れるように行動するはず。しかし、中央部隊は他の二つの部隊を引き離す様に移動しており、二つの部隊も動く気配は無い。つまり、中央部隊は右翼と左翼の部隊とは連携を取っておらず、独断で動いているという事だ」


 ダークは帝国軍の中央部隊が勝手に行動している根拠などをアリシア達に説明する。ノワールは納得したのか、成る程と言う様な表情を浮かべており、アリシアやザルバーン、ベイガードもあり得るなと言いたそうな顔をしていた。


「しかし、どうして中央部隊は突撃なんてして来たのでしょうか?」


 なぜ帝国軍が考えも無しに突撃して来たのか分からないノワールは小首を傾げながら考える。アリシア達も中央部隊が愚行を取る理由が分からずに難しい顔で考え込む。


「さあな、ストーンタイタンを見かけだけのモンスターだと思っているのか、兵力では勝っているから未知のモンスターが相手でも勝てると思っていたのか……どちらにせよ、中央部隊の指揮官は愚か者という事だ」


 帝国軍の中央部隊を見つめながらダークは呆れた様な声を出す。アリシア達も突撃して来た理由が何であれ、ダークの言う通りだと思い、呆れ顔で中央部隊を見ている。同時に愚かな指揮官の指示で突撃させられた帝国兵達を気の毒に思った。

 ダーク達が帝国軍の行動に呆れている間、帝国軍は少しずつ近づいて来ている。槍と盾を持った大勢の帝国兵が連合軍に向かって走り、その中を馬に乗った騎士が走っていた。


「このペースだと、あと少しでぶつかるな……ダーク陛下、いかがいたしますか?」


 近づてい来る帝国軍を見たアリシアはダークの方を向いて尋ねる。少し前まで友人として接していたが、今はビフレスト王国の総軍団長としてダークと接していた。

 アリシアの問いかけを聞いたダークは迫って来る帝国軍を見つめながら目を赤く光らせる。


「攻め込んで来るのであれば迎え撃つだけだ。いくら愚かな指揮官の指示で特攻させられたとしても、情けを掛ける気は無い。これは戦争なのだからな……」


 低い声で呟くダークを見てアリシアは真剣な表情を浮かべながら小さく頷く。ノワールやザルバーン、ベイガードも戦争である以上、敵を迎え撃つのは当然だと無言でダークを見ていた。

 ダークは帝国軍の中央部隊を見つめながら右手を上げる。すると連合軍の後方で待機していた六体の砲撃蜘蛛達が一斉に目を赤く光らせて突撃して来る中央部隊の方を向き、背中の大砲を中央部隊に向けた。


「……一斉砲撃、開始」


 低い声でそう言いながらダークは目を赤く光らせた。


――――――


 帝国軍の兵士達は声を上げながら武器を構え、連合軍に向かって走り続ける。四万の戦力でぶつかればどんな敵であろうと勝つ事ができると思っているのか、帝国兵達の顔には不安は見られなかった。

 中央部隊の後方では出番を待つ魔法使いやワイバーンナイト達が待機しており、その中でゼルバムは馬に乗りながら余裕の笑みを浮かべ、突撃する帝国兵達を見ていた。


「フフフフ、このまま連合軍の奴等を叩きのめしてやる。そしてそのまま砦に攻め込み、敵指揮官を捕らえてやるわ!」


 このまま連合軍を倒せば自分は初陣を勝利へ導いた者として多くの帝国民から慕われ、次代皇帝へ一歩近付く。ゼルバムは子供の様に浮かれながら笑みを浮かべていた。


「しかし殿下、おかしくありませんか?」


 ゼルバムが楽しそうな笑みを浮かべていると隣にいる護衛の騎士が連合軍を見つめながら声を掛けて来た。その表情には僅かだな連合軍に対する警戒と不安の様なものが感じられる。

 笑っていたゼルバムは騎士の言葉を聞くと不満そうな表情を浮かべながら騎士の方を向く。気分が良かったところを邪魔されて少し機嫌を悪くしたようだ。


「何がおかしいと言うのだ?」

「我々中央部隊が進撃を開始したにもかかわらず、連合軍は迎撃する様子を見せません。何よりも、最前列にいる巨人達も動く気配がありません。どういう事でしょうか……」


 騎士は低い声を出しながら連合軍が動かない事をゼルバムに伝える。他の護衛の騎士達も同じ事を考えていたのか、真剣な表情を浮かべながら連合軍を見ていた。

 確かに中央部隊が突撃を開始してから連合軍の兵士やモンスター達は大きな動きを見せておらず、最前列に並んでいるストーンタイタン達も動かなかった。騎士達はそれをおかしく感じ、ずっと連合軍が何をしているのか考えていたのだ。

 ゼルバムは騎士の話を聞いて連合軍を確認する。帝国兵達が少しずつ近づいて行ってるにもかかわらず、連合軍は迎撃どころか陣形を変えすらしない。普通なら変だと思われる事だが、ゼルバムはおかしいとは思っていなかった。


「大方、進軍する我々の迫力に指揮官が驚いて動けなくなっているのだろう。まぁ、当然だな。四万の大軍が迫って来ているのだから」


 連合軍が動かないのは帝国軍の迫力に怯えているから、ゼルバムはその程度にしか考えていなかった。騎士達はおめでたい考え方しかしないゼルバムを呆れる様な顔で見ている。ゼルバムは戦争をゲーム程度にしか考えていない、騎士の全員がそう感じていた。

 帝国軍は徐々に連合軍との距離を縮めていく。あと1km程で連合軍と接触し、戦闘が始まる。走る帝国兵達は連合軍の兵士達は睨みながら闘志を燃やした。すると、何処からかドンという大きな音が聞こえ、帝国兵達は走りながら周囲を見回す。その直後、中央部隊の先頭にいた帝国兵達の足元で突如大爆発が起き、帝国兵達を跡形もなく吹き飛ばした。

 突然目の前で爆発が起きた事に驚いた帝国兵達は一斉に足を止め、驚愕の表情を浮かべながら爆発した場所を見つめる。


「な、何だ! 何が起きたんだ!?」

「知らねぇよ! 突然爆発が起きて目の前にいた奴等が吹っ飛んだんだ!」


 何が起きたのか分からずに帝国兵達は混乱する。部隊の中間や後方にいた帝国兵達も先頭で起きた爆発に動揺しざわつき始める。その時、再びドンと音が聞こえ、帝国兵達は慌てて周囲を警戒した。

 しかし、怪しい物は何も見つからず、帝国兵達の混乱は更に大きくなる。そんな帝国兵達の真ん中でまた大爆発が起き、近くにいた帝国兵達を吹き飛ばす。

 爆発に巻き込まれた帝国兵達は断末魔を上げ、運よく爆発に巻き込まれなかった帝国兵達は断末魔を上げる仲間の姿に恐怖する。そして再びドンと音が聞こえ、再び中央部隊の真ん中で爆発が起き、帝国兵達は爆発に巻きこまれた。


「い、一体、どうなっているのだ!?」


 連続で起きる爆発に馬に乗る部隊長も混乱する。彼の周りにいる兵士達は現状に怯えているのか槍や剣などを握って震えていた。

 どうして爆発が起きるのか、部隊長が周囲を見回しながら必死に考えていると再びドンと音が聞こえ、部隊長は音の聞こえた方を向く。音の聞こえた方角には自分達を見つめる連合軍の姿があった。


「ま、まさかこの爆発は敵軍の魔法か何かか?」


 爆発の原因が連合軍にあるのではと感じた部隊長は汗を流しながら連合軍を見つめる。すると連合軍の方から橙色の球体が飛んで来るのが見え、それを見た部隊長や彼の近くにいる帝国兵達は目を見開いて驚く。


「な、何だ、あれは……」


 もの凄い速さで飛んで来る球体に部隊長が声を漏らす。その直後、球体は部隊長達のいる場所に当たり爆発する。爆発に呑まれた部隊長と帝国兵達は何が起きたのか理解できないまま消滅した。

 連合軍側ではダーク達が爆発に混乱する帝国軍の中央部隊を見ていた。最初の爆発で進軍を止め、その後に起きる爆発の連続で混乱した帝国兵達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ回っている。中には怯える事なく進軍しようとする者もいるが、数える程度しかいない。その光景にセルメティア王国軍の兵士達、エルギス教国軍の兵士達は目を見開いて驚いていた。


「……撃てぇ!」


 ダークが声を上げると六体の砲撃蜘蛛達は端から順番に背中の大砲を撃つ。大砲から放たれた橙色の球体は中央部隊の方へ飛んで行き、地面に着弾すると爆発して近くにいる帝国兵達を吹き飛ばす。そう、さっきまで中央部隊を襲っていた爆発は砲撃蜘蛛達の砲撃によるものだったのだ。

 砲撃蜘蛛の砲弾は連合軍の兵士達の真上、最前列にいるストーンタイタン達の間を通過して帝国軍に放たれる。兵士達は砲弾が頭上を通過する度に驚いているが、ストーンタイタンやモンスター達は感情が無い為、砲弾の通過に驚く事は無かった。


「な、何という攻撃だ……」

「突撃して来た帝国軍をこうも簡単に……」


 ザルバーンとベイガードは砲撃蜘蛛の砲撃によって混乱する中央部隊を見ながら僅かに震えた声を出す。その声には砲撃蜘蛛の砲撃によって敵を圧倒している事への興奮、そして戦いとは言えない一方的な攻撃に対する動揺が込められていた。

 砲撃によって中央部隊の帝国兵達はかなりの人数が倒れていた。しかも連続で起きる爆発で帝国兵達は混乱し、進撃する事もできなくなっている。ダークはこのまま砲撃を続けて一気に中央部隊を倒してしまおうと考えていた。


「このまま中央部隊に集中して砲撃しろ。反撃の隙を与えるな!」


 ダークは砲撃蜘蛛達に攻撃を続けるよう指示を出し、それを聞いた砲撃蜘蛛達は目を赤く光らせる。そして指示通り、最初に動き出した帝国軍の中央部隊を集中的に砲撃した。

 砲撃を受ける中央部隊をダークは腕を組みながら見ている。すると隣で同じように砲撃を見ていたアリシアがチラッとダークの方を見て口を動かす。


「部隊の先頭にいた歩兵や騎兵は殆どが倒れ、中間にいる敵も混乱し始めている……此処までは順調ですね?」

「ああ、そろそろ後方の飛竜団と魔法使い、そして右翼と左翼の部隊も動き出すはずだ」


 中央部隊を見つめながらダークは語り、アリシアも視線を戻して帝国軍の様子を確認する。ノワールは混乱する中央部隊を見つめながら二人の会話を黙って聞いていた。


「他の敵が動き出したらどうしますか?」

「右翼と左翼の部隊が動いた場合は砲撃蜘蛛達に中央部隊への攻撃を中止させて二つの部隊に砲撃させる。その時にストーンタイタン達も動かして攻撃させるつもりだ」

「ですが、それでは中央部隊に隙を与えてしまうのでは……」

「だから今の内にできるだけ中央部隊の戦力を削いでおくのだ。砲撃を中止した後に再び進軍して来ても返り討ちにできるようにな」

「成る程」

「その時は我が軍のモンスター部隊に中央部隊の相手をさせてやるさ。下級モンスターと言えど、レベルは一般の兵士よりも上だ。余裕で倒せるだろう」

「……では飛竜団が動いた時は?」

 

 アリシアは帝国軍の中である意味、一番厄介な帝国飛竜団のワイバーンナイトはどう対処するのか尋ねる。ダークはアリシアの方を見ると目を薄っすらと赤く光らせた。


「そっちの方も問題無い。既に砦の中に奴等を倒す為の用意はしてある」

「砦の中に?」


 アリシアは不思議そうな顔をしながら後ろにある砦を見た。実はアリシアもまだワイバーンナイト達を倒す為の方法がどんなものなのか聞かされていなかったのだ。

 砦を見ながらまばたきをするアリシアを見たノワールは少し楽しそうな顔をする。どうやらノワールはワイバーンナイト達を倒す方法が何なのかダークから聞かされているらしい。


「どんな方法で倒すのかはワイバーンナイト達が動いた時に見せる。敵ももうすぐ帝国飛竜団を動かすだろうから、すぐに見られると思うぞ?」


 ダークはそう言うと視線を帝国軍に戻し、ノワールもダークと同じように帝国軍の方を向く。アリシアはどんな方法でワイバーンナイトを倒すのか気にしながら戦況確認に戻った。


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