第十六話 盗賊団捜索
ノワールの放った魔法の爆発で周りにいた魔法使いたちは一斉に爆発が起きた方に注目する。一人の少年が放った魔法が自分たちの放った魔法とは比べ物にならないくらいの威力を発揮したことに驚きを隠せずに魔法使いたちは自分たちの目を疑う。一方でダークは力を抑えずに魔法を放ったノワールに呆れて俯いており、レジーナは他の魔法使いたちと同じように驚いていた。
予想以上に威力が高かった自分の魔法にノワールは焦りの入った表情を浮かべて周りを見回す。自分と同じ低級魔法の訓練場所で訓練をしていた魔法使いたちは固まったまま遠くで煙を上げている的を見ていた。
「お、おい……なんだよ、今のは?」
「とんでもない威力だぞ……誰か中級魔法を撃ったんじゃないのか?」
「でも、私が見た時、飛んで行ったのは火球だったわよ?」
「ということは火弾なのか?」
「そんな馬鹿な。火弾であの爆発なんて、あり得ねぇだろう」
自分たちの見た爆発が下級魔法による物だということが信じられない魔法使いたちはざわつき出す。そんな中、訓練場の管理人や自警団の人間も騒ぎを聞きつけてやってきた。
ダークは騒がしくなってきた訓練場を見てさすがにマズイと感じたのかノワールの肩に手を置き、顔をノワールの耳元に近づけると小さく声をかけた。
「ノワール、このままだと面倒なことになる。急いで此処を離れるぞ」
「え? あ、ハイ……でも、どうします? もう大勢の人たちが集まっています。この状態で誰にも見られずに離れるのは難しいですよ」
小声でどうするのかをダークに尋ねるノワール。実際、彼の言う通り、ダークたちの周りには訓練場で訓練をしていた魔法使いや騒ぎを聞いて訓練場に入ってきた町の住民たちで一杯になっており、訓練場を抜け出すのは難しい状態になっていた。
ダークはチラチラと周りを見て近くのいる魔法使いたちが自分たちではなく、爆発が起きた場所に注目しているのを確認する。後ろで固まったままのレジーナを見た後に再び小声でノワールに話しかけた。
「インビジブルを掛けろ。その間にここから離れる」
「あっ、なるほど。分かりました」
理解したノワールは杖を両手で持ってダークとレジーナの方を見る。そして杖の先を二人に向けて口を開いた。
「透明化」
周りには聞こえないようにノワールは呟く。するとノワール自身とダーク、レジーナの体が見る見る薄くなっていった。周りにいる者たちは三人が薄くなっていくことに気付いておらず、ダークたちの体はその間に少しずつ消えていき、最後には完全に見えなくなった。
今ノワールが使ったのは<透明化>という自分や近くにいる仲間の体を透明にする中級魔法だ。LMFでは戦闘中にダメージを受けたり状態異常になった時、回復する時間を作るために姿を消したり、モンスターから逃げる時などに使われている。この魔法は町の外やダンジョン以外、つまり町の中でも使える魔法なので、他のプレイヤーの情報を盗み聞きしたり、PKなど悪用する者もLMFには大勢いた。そのため、LMFの運営は透明化を見抜く技術や透明になれる時間を短くしたりなどいろいろな対策を練ったそうだ。
体が完全に見えなくなるとノワールはダークに近づき、黙ったまま頷く。ダークも周りをもう一度確認するとレジーナの肩をポンと軽く叩いた。肩を叩かれたレジーナはハッと我に返りダークとノワールの方を向く。
「レジーナ、今のうちに此処から離れるぞ。ついてこい」
「え? ついてこいって……」
「いいから来い!」
状況を理解できないレジーナの手を引き、ダークは集まっている人たちにぶつからないよう気を付けながらレジーナの手を引き、出口へ向かう。たとえ透明になったとしてもぶつかってしまえばバレてしまうからだ。
走るダークとレジーナに後を追うようにノワールも走り出し、三人はなんとか訓練場を脱出する。その後、騒いでいた魔法使いたちは爆発を起こしたノワールから話を聞こうとしたが、既にいなくなっていたノワールに気付き、魔法使いたちは訓練場の中やその周りを探し回ったのだった。
訓練場から脱出したダークたちは200mほど離れた所にある路地裏に入り込んだ。その直後、透明化は解けて三人の姿が路地裏の中に現れた。
「ハァ、ハァ、ハァ、疲れたぁ~!」
「大丈夫ですか?」
全速力で走り、息を切らすレジーナをノワールは気遣う。ダークとノワールはレベルが高いせいか走っても殆ど息を切らせておらず、余裕の状態だった。
レジーナは長い間走っても息が切れていないダークとノワールを見て呆れたような顔をする。さっきの魔法の威力といい、驚きが連続で起きたせいか、もう息を切らさない程度では驚きすらしなかった。
「……ダーク兄さんだけじゃなくって、ノワールもあたしが想像している以上に凄い存在なんだね?」
「いえ、マスターと比べたらまだまだですよ」
ノワールはレジーナを見ながら苦笑いを浮かべて謙遜する。いくら自分のレベルが高いとはいえ、主であるダークと比べると力が劣っていることをちゃんと自覚しているようだ。
二人が向き合って会話をしていると、ダークはノワールの後ろから彼の頭をコツンと軽く叩いた。ノワールは叩かれた箇所を軽く擦りながら振り返る、後ろで腕を組んでいるダークを見上げる。
ダークはノワールを見下ろしながら小さく溜め息をつき、疲れたような声を漏らした。
「ノワール、あれほど力を抑えろと言っただろう」
「すみません、ギリギリまで抑えたつもりだったんですけど……」
「それであの威力かよ……やっぱりノワールのレベルじゃあ、魔力も相当なものだし、抑えてもかなりの威力になるか……」
「すみません、マスター」
「済んじまったことは仕方がない。でも今度からは更に抑えて魔法を使うようにしろよ? 場合によってはさっきみたいに町の中で魔法を使うこともあるだろう。今のうちに魔力の加減の仕方を体で覚えておいた方がいい」
「ハイ」
ノワールはダークの忠告を聞く頷きながら返事をし、ダークはそんなノワールの頭を軽く撫でた。
二人が会話をしている時、レジーナは路地裏から顔を出して周囲を見回している。近くで魔法使いや住民たちが自分たちを探したり、騒いだりしていないかを確認していた。
「随分と周りが静かね。訓練場から走ってきたのに誰も追いかけてきたりしてないけど、どうなってるの?」
「……姿を消して此処まで来たからな、誰かに見られてはいない」
「姿を消した? どうやって?」
「魔法に決まってろうだろ」
「えっ? ノワールがやったの?」
透明になる魔法があると聞かされたレジーナはダークとノワールの方を向いて驚きながら尋ねる。
「ハイ、魔法訓練場でお二人と自分自身の透明化を掛けて姿を消したんです」
「インビジブル?」
「さっきマスターが仰ったように姿を消して透明になることができる魔法です。もっとも、姿を消すことができるのは一分程度ですけどね」
「透明になる魔法……透明化みたいなものなの?」
「ファントムヴェール? なんですかそれ?」
「何って、姿を消す魔法じゃない。ハイ・ウィザード以上の職業じゃないと習得できない中級魔法よ」
二人の反応を見て少し不思議そうな顔を見せながら説明するレジーナ。ダークとノワールはそんなレジーナの話を黙って聞いていた。
この世界とLMFとでは魔法は同じでも名前が全く違うことが多い。そのため、ノワールが使う魔法の名前を聞き、不思議そうな反応をする者もいるだろう。現にレジーナも透明化を自分の知っている透明化という魔法ではないのかと考えていた。
ダークとノワールはこの世界の魔法とLMFの魔法の違いを全て把握しているわけではない。この世界の魔法がどんな力でどんな名前なのか、そしてこの世界にはLMFには存在しない魔法があるのか。その全てを理解するまで、魔法を使う時はかなり注意する必要がある。ダークとノワールは自分たちがこの世界の存在ではないということがバレないようにするために改めて用心するのだった。
だが、ノワールが透明化を使った時に分かったこともある。それはこの世界ではこの世界の魔法の名前でもLMFの魔法の名前でもこの世界に存在する魔法ならどちらの名前を叫んでも魔法は使えるということだ。その証拠にこの世界で透明化と言われた透明化の魔法も透明化と叫んで使うことができた。
「……どうしたの?」
黙り込むダークとノワールを見てレジーナは二人に尋ねる。するとダークはふとレジーナの方を見て首を横に振った。
「ん? いや、なんでもない」
「そう? ……それで、どうなの?」
「何がだ?」
「だから! さっきノワールが使ったのは透明化なのかって聞いてるのよ」
「……ああぁ、そうだ」
透明化が透明化なのかと聞かれたダークは余計な詮索を避けるために透明化だとレジーナに説明して会話を終わらせようとする。ダークの話を聞き、レジーナは怪しむような顔をするがとりあえず納得した。
ダークとノワールは納得したレジーナを見てとりあえずこれ以上は透明化のことを聞かれないと感じて安心する。それから三人は路地裏を出て街道を歩きながら魔法訓練場のある方角とは逆の方角へ歩き出す。今はあまり魔法訓練場に近づかない方がいいと考えて別の場所を見て回ることにした。
「……そういえば、アリシアたちは今頃どうしているだろうな」
「そうですねぇ。もう湿地に着いている頃じゃないでしょうか?」
歩きながら空を見上げて任務に出かけたアリシアたちのことを考えるダークとノワール。自分たちと違い、任務で盗賊の討伐に向かっているアリシアたちが今何をしているのか二人は気になっていた。レジーナは二人から少し離れた所を歩いており、二人の会話は彼女には聞こえていない。
「まぁ、向こうにはアリシアがいるんだ。彼女がいれば大抵のことはなんとかなるだろう」
「そうですね。今のアリシアさんはセルメティア王国騎士団で一番強いでしょうから」
「ああ、そうだな」
レベルが70まで上がったアリシアならどんな敵と遭遇しても大丈夫だと笑いながら言うノワールと低い声を出して頷くダーク。アリシアはレベルが高いだけでなく、上級職業の聖騎士でもある。盗賊如きに隙を突かれるようなことはないと二人は考えていたのだ。
二人はアリシアの実力を信じて心配せずに再び町を見て回ることにした。既に遠くではレジーナが一人で先へ行き、出店などを見て楽しんでいる。二人はレジーナを見てまだまだ子供だなと心の中でそう感じていた。
――――――
ダークたちが町を見回っている頃、任務でバルガンスの町を出たアリシアたちは町の南東にある林の前に来ていた。そこは村長から聞いた、盗賊が旅人や商人たちを襲っているという林だ。その林から東側に数百m離れた所には例の湿地が見えている。
部隊の先頭にいるアリシアとべネゼラは目の前にある林の入口と遠くに見える湿地を確認し、林から湿地までの正確な距離と湿地に辿り着くまでの時間を調べた。二人の後ろでは四十人近くの兵士たちは遠くの湿地を見たり、林の周囲を見回して盗賊やモンスターがいないか警戒している。
「此処が町長の言っていた盗賊たちが旅人たちを襲う林か……」
アリシアは入口から林の中を見て目を鋭くする。林の中は木々で太陽の光を遮られて薄暗くなっており、一本道を左右から茂みが挟んでいた。茂みは大きく、盗賊の一人や二人など簡単に隠れることができるほどだ。
林自体はそんなに大きくはないが、僅かな時間で旅人たちを襲い、荷物や若い娘を奪うには十分な場所と言える。アリシアは今日も盗賊がこの林の中で旅人たちを襲っているのではないかと考えながら薄暗い林を見つめた。
すると、アリシアの隣で馬に乗っていたべネゼラが馬を動かして湿地の方へ歩き出した。
「待て、べネゼラ。何処へ行くんだ?」
勝手に動き出したべネゼラに気付いたアリシアが呼び止める。するとべネゼラは馬を止めて振り返り、めんどくさそうな顔でアリシアを見た。
「何処へ? 決まってるでしょう。湿地へ行って盗賊どもの隠れ家を探すのよ」
「この林の中に盗賊が隠れている可能性だってある。まずはこっちを調べてからにしろ」
「そんなにその林を調べたいのならアンタとアンタの部隊で調べればいいじゃない。私の部隊は湿地へ行くわ」
「勝手に行動するな!」
「うるさいわねぇ……もしかして、私たちに手柄を横取りされるのが嫌だからそんなことを言って私たちを行かせないようにしているんじゃないのぉ?」
「なんだと?」
笑いがら挑発するようなことを言い出すべネゼラにアリシアの顔が険しくなる。また始まった二人の隊長の言い争いに兵士たちも緊迫した空気に包まれた。
「私をお前と一緒にするな!」
「だったら、私たちが湿地へ行って盗賊の隠れ家を探しても構わないわよね?」
「クッ! 本当に性格の悪い女だ!」
「フン、アンタが真面目すぎるのよ……じゃあね」
そう言ってべネゼラは馬を走らせて湿地の方へ向かう。べネゼラの隊の兵士たちも馬を走らせてべネゼラの後を追った。
「あっ! 待て、べネゼラ!」
話が終わっていないのに勝手に湿地の方へ走り出すべネゼラを見て呼び止めたがべネゼラは既にアリシアの声が聞こえない所まで行っており、立ち止まるどころか振り返りもしなかった。
アリシアは走り去っていったべネゼラを睨みながら舌打ちをする。そこへアリシアの隊の兵士が一人アリシアの下にやってきて困り顔で話しかけてきた。
「隊長、どうしましょう? 追いかけて連れ戻しますか?」
「……いや、あの女に何を言っても無駄だ」
「では、どうしますか?」
「……誰か一人に後を追わせてべネゼラが勝手なことをしないように見張らせろ。もし何かやらかそうとしたらすぐに知らせるように言っておけ」
「ハイ!」
兵士は近くにいる兵士の一人にアリシアの命令を伝える。指示を聞いた兵士は馬を走らせてべネゼラ隊の後を追って湿地へ向かった。
残ったアリシアたちはとりあえず林に入って盗賊がいないかを調べることにした。だが、いきなり全員で入ると目立って盗賊たちに見つかる可能性があり、狭い一本道では人数が多ければ動き難くなる。更に馬に乗っていると戦闘になった時に自由に動けなくなってしまう。そこでアリシアは馬から降り、部隊の半分を残し、残り半分を連れて森に入ることにした。
アリシアは馬から降りて自分と一緒に林へ入る兵士を選ぶ。連れていく兵士が決まるとアリシアは林の外に残る兵士たちに馬の見張りとべネゼラ隊を追った兵士が戻った時にすぐに知らせるように指示を出し、選んだ兵士を連れて林へ入っていった。
林の中は一本道しかないため、迷う心配はなかった。だが、薄暗いせいか道の左右にある茂みの中や林の奥はよく見えず、盗賊が何処にいるのか分からない。アリシアたちはいつ戦闘が始まっても大丈夫なように剣や槍をすぐに構えることができる態勢で奥へ進んでいく。
「皆、いつ盗賊が襲ってきてもおかしくない。気を抜くなよ?」
「ハ、ハイ」
アリシアが兵士たちに忠告をすると兵士の一人が緊張したような声で返事をする。他の兵士たちも低い声で返事をし、アリシアたちは林の奥へと進んでいった。
しばらく進み、アリシアたちは林の真ん中あたりにやってきた。相変わらず日の光は殆どは入らずに薄暗く、視界は良くない。そんな中、アリシアは先頭に立ち兵士たちを連れて林の中を進んでいた。すると、十数m先から何やら男の声が聞こえ、アリシアはピタリと立ち止まり、ついてくる兵士たちを止めて静かにするよう伝える。
突然立ち止まって静かにするように伝えてくるアリシアを兵士たちは不思議に思う。アリシアは物音を立てずに近くに生えている木に近づき、身を隠すと声のした方を覗き見る。そして十数m先で茂みの中から姿勢を低くして一本道を見ている二人の男を見つめた。一人は長身でラウンド髭を生やし、金色の長髪にバンダナを巻いた盗賊の頭目である男、もう一人は部下と思われる若い盗賊の男だった。頭目は背中にバルディッシュを背負い、男は腰に短剣を収めている。
アリシアは茂みに隠れている男たちを見てすぐに例の盗賊だと気付き警戒する。兵士たちもアリシアの後ろから盗賊たちの姿を見て表情を鋭くした。
「た、隊長、あの二人は……」
「ああ、間違いない。町長の言っていた盗賊だ……しかし、二人だけしかいないのは妙だな」
「仲間が何処かに隠れているのでしょうか?」
「分からない。まずは近づいて様子を見よう。私が様子を見に行くからお前たちは姿勢を低くして此処にいろ」
「ハ、ハイ!」
兵士たちをその場に残し、アリシアは姿勢を低くして盗賊たちに気付かれないように近づいていく。林の中は静かで小さな物音も大きく響く状態のため、アリシアは慎重に近づいていった。
頭目と男の二人はアリシアたちが近くにいることに気付かずに茂みの中から道を見ている。二人は物思うような表情をしており、少し暗い様子だった。
「お頭、俺らいつまでこんなことを続けなきゃいけないんですか?」
「アイツが満足するまでだ……」
「あの女の性格じゃいつ満足するか分かったもんじゃありませんよ。ここは一度アイツから離れて……」
「俺にあの二人を見捨てろって言うのか!?」
頭目は男の胸倉を掴んで怒鳴りつける。男はマズいことを言ってしまったと後悔の表情を浮かべながら頭目を見つめた。すると頭目は自分が感情的になっていることに気付き、ゆっくりと胸蔵を掴んでいる手を放す。
「すまねぇ、ついカッとなっちまって……」
「いえ、俺こそすみませんでした……」
お互いに自分たちの過ちを謝罪し、再び暗い顔を浮かべる頭目と男。二人はこれからどうすればいいのか全く分からずに溜め息をつきながら俯いた。
会話を聞いていたアリシアは盗賊たちがなんの話をしているのか分からずに隠れながら考え続けている。だが、いつまでもジッとしていても仕方がないのでこっちから動くことにした。
「そこのお前たち!」
「「!」」
声を掛けられた頭目と男は驚きに表情を浮かべて声のした方を向く。そして道の真ん中で自分たちを見ているアリシアを見つけた。
頭目はアリシアの姿を見てすぐに王国騎士団の人間であることに気付く。自分たちが仕事をしていると林に王国騎士団の人間がいるとなればその理由はすぐに分かった。
「……王国騎士団か。アンタらが此処にいるってことは俺らを捕まえに来たのか?」
「その通りだ。お前たちがこれまで多くの旅人や商人たちをこの林の中で襲っていることは知っている。大人しく投降しろ、お前とそこにいる部下の二人だけで私や私の部下に勝てるはずがない」
アリシアが投降を要求し、彼女の背後から隠れていた兵士たちが姿を現した。盗賊の男は驚きの表情を浮かべているが、頭目はアリシアと兵士たちを見ても表情を変えずにゆっくりと茂みの中から道へと出た。男も慌てて頭目の後を追うように茂みから出る。
道の真ん中で相手をジッと睨むアリシアと頭目。アリシアは頭目の表情を見て彼が投降する気がないと気付き、鞘に納めてある騎士剣を強く握る。
「その様子だと、素直に投降する気は無いようだな?」
「悪いな、お嬢ちゃん。俺はこんな所で捕まるわけにはいなかねぇんだよ」
頭目は小さく笑いながら背負っているバルディッシュを手に取り、アリシアを見て構えた。盗賊も腰に納めてある短剣を抜いて戦闘態勢に入る。
兵士たちも頭目と男が武器を構える姿を見て一斉に剣や槍を構えた。アリシアも騎士剣を抜いて頭目と男を睨んだ。
人数では明らかにアリシアたちの方が有利で盗賊たちには殆ど勝ち目は無い。どうやってこの場を乗り切るか、頭目はアリシアを睨みながら必死に考えていた。
「……お前たち、下がれ」
突如、アリシアが後ろにいる兵士たちに下がるよう言い出した。兵士たちは驚きながらアリシアを見つめ、盗賊たちも意外そうな顔でアリシアを見ている。
「た、隊長、下がれとは……?」
「私一人で彼らと戦う。お前たちは下がっていろ」
「えっ? なぜですか?」
「相手はたったの二人だぞ? それなのにこちらは十人以上いる。これではあまりにも不公平だ」
「し、しかし……」
「いいから下がれ。これは命令だ」
アリシアの冷静だが少し鋭さの入った言葉に兵士たちは何も言い返せず、言われた通り後ろに下がった。兵士たちが下がったのを見たアリシアは盗賊たちの方を向いて騎士剣を構え直す。
頭目は兵士を下げて一人で戦おうとするアリシアをジッと見つめている。アリシアが自分から有利になる状況を捨てて自分たちと同じ条件で戦おうとすることが意外に思えたのだ。
「……どういうつもりだ? 兵士たちを下げるなんて」
「私は二人の敵に大勢で戦いを挑むというやり方が好きではないだけだ」
「なるほど、多少のフェアプレイは心掛けているようだな……気に入った、アンタと一対一で勝負してやるよ」
頭目は正々堂々と戦おうとするアリシアを見て自分も正々堂々と戦おうと考えたのか一騎打ちを宣言する。部下の男は頭目が負けることはないと感じているのか余裕の表情で後ろに下がった。
お互いに部下が距離を取り、戦いやすい状態になったのを確認し、アリシアと頭目を武器を強く握る。すると、頭目は小さく笑いながら口を開いた。
「しかし、ちょっと意外だったぜ。最近の騎士にもお前さんのような正々堂々と戦う者もいるなんてな」
「……その言い方、まるで騎士は正々堂々戦わない者だと言いたそうだな?」
「ああ、その通りだ。最近の騎士団の連中は自分たちが有利になる戦いばかりしかしないからな」
頭目の騎士団を侮辱する言葉に兵士たちの表情が険しくなる。だが、アリシアは何も言い返さなかった。なぜなら自分のことしか考えない騎士が自分の身近にもいたからだ。べネゼラのことが頭をよぎり、最近の騎士団が周りからどんな風に見られているのかを理解したアリシアは騎士団の評価を心の中で悔しく、そして情けなく思った。
アリシアは戦いのことだけに集中するために気持ちを切り替え、騎士剣を構えて頭目を睨み合う。頭目は自分とアリシアから離れた兵士たち、そして部下の男を見て次にどう動くかを考えた。
(……さて、どう攻める。見たところ、あのお嬢ちゃんは剣を使う騎士のようだがそんなに力があるようには見えない。普通に戦っても俺には十分勝機がある。ここは一気に勝負をつけて兵士どもの士気を下げてやるか)
心の中で勝利を確信する頭目はアリシアには気付かれないように小さく笑う。だが彼はアリシアはただの騎士ではなく聖騎士であることを知らない。そして、彼女のレベルが常人では辿り着けない70であることも知らなかった。
アリシアはジッと頭目を見ながら騎士剣を構え続けており、相手が動くのを待っていた。相手の実力や職業が分からない以上は迂闊に近づくことはできない。それならまずは相手の動きを観察することが大切だ。アリシアは目だけを動かして頭目の視線や足の向き、手の動きなどを細かく調べ始めた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。お嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」
「名前?」
「ああ、これから戦う相手の名前ぐらいはちゃんと知っておかないとな」
「……セルメティア王国騎士団第三中隊所属、第六小隊隊長、アリシア・ファンリードだ」
「俺は銀星盗賊団の団長、ジェイク・バーグリンだ」
ジェイクと名乗る頭目は笑いながらバルディッシュを振り上げてアリシアに向かって走り出した。
名乗った直後に攻撃を仕掛けるジェイクにアリシアは一瞬驚きの表情を浮かべ、兵士たちも驚いて突っ込んでくるジェイクを見た。ジェイクは一気にアリシアとの距離を縮め、振り上げたバルディッシュを振り下ろす。
バルディッシュの刃がアリシアの脳天に迫っていく。ジェイクはこの一撃でアリシアを倒せると確信した。しかし、次の瞬間、アリシアはゆっくりと左へ移動し、バルディッシュの刃を紙一重でかわす。かわされたバルディッシュの刃を地面に刺さり、大きな切傷が地面に生まれる。
自分の攻撃をかわされたことが信じられないのか、ジェイクは呆然としながら地面に刺さる自分の武器を見つめている。兵士たちや盗賊もアリシアがジェイクの攻撃をかわしたのを見て驚いていた。
アリシアは数cm横で地面に刺さっているバルディッシュを見下ろしながら小さく息を吐く。
「フゥ……正々堂々と戦うと言っておいていきなり攻撃を仕掛けるのか。呆れたな」
「お、お前……今のをかわしたのか?」
「ああ、とてもゆっくりに見えたぞ? ……それにしても、バルディッシュを軽々と振り、振り下ろした時のその力……お前の職業はクラッシャーだな?」
アリシアはジェイクの職業を見抜いて彼を見つめながら尋ねる。ジェイクはアリシアの言葉を聞いて目元がピクリと動く。どうやら図星のようだ。
クラッシャーとは、戦士系の職業の中でも攻撃力が優れており、レベルの高い者なら一撃でオーガの様なモンスターを倒すことができる。重量系の武器を軽々と扱えるため、前線向きの職業の一つだ。しかし、重量系の武器を装備できる代わりに移動速度や攻撃速度が低く隙ができやすいため、体力に自信のある者しか選ばない職業でもある。LMFにも存在するが、ベテランプレイヤー向けなので初心者にはあまり勧められない。
バルディッシュを軽々と扱うジェイクを見てアリシアは彼が並のクラッシャーでないことをすぐに理解し、近づくのは危険だと素早く距離を取る。
(なかなかの攻撃だ。レベルアップする前の私なら勝てるか分からないくらいの実力を持っている。盗賊にこれほどの者がいるとは……)
心の中でジェイクの実力に驚きながらアリシアは騎士剣を構え直した。ジェイクがクラッシャーであることが分かれば次にどんな攻撃をしてくるのか読めてくる。そこから隙を探して攻撃を仕掛けようとしていた。
地面に刺さったバルディッシュを引き抜いたジェイクはアリシアを見てニッと笑みを浮かべる。
「驚いたぜ。俺の最初の一撃をかわす奴がいるなんて。しかも俺がクラッシャーであることまで見抜いちまうとは……騎士団にもまだそれなりの技量を持つ者がいるってわけだ」
ジェイクはアリシアを見て少し見直したような口調で言う。それと同時にジェイクはその程度ではまだ自分には勝てないと言いたそうにアリシアを見つめている。
アリシアは自分の方がジェイクよりも間違いなくレベルが高いにもかかわらず、目の前に立つ盗賊の頭を見つめた。